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2007年10月 7日 (日)

愛読書を再紹介:とみ新蔵『柳生連也武芸帖』リイド社

 以前に紹介したが、表題の『柳生連也武芸帖』は、何度も読み返すに値する私の愛読書である。以下では、その中の一部を紹介する。これはビジネスにも通じる。

 「共に必殺の剣気を放射しつつも、心の裡(うち)は水面に映った月のように実体なく虚影。共に新陰流「水月」の剣境」(第5巻、p.97)。

 この描写は、徳川家光の御前試合において、尾張の本家柳生流の柳生連也と江戸の柳生新陰流の柳生宗冬が対決する場面である。双方は必殺の激しい闘志を秘めながらも、表面上は平静を維持する。これは、大きな商談に向かう時の心境に共通するのではないか。

柳生連也武芸帖 1 (1) (SPコミックス) Book 柳生連也武芸帖 1 (1) (SPコミックス)

著者:とみ 新蔵
販売元:リイド社
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 これからのビジネス人は、かつて指摘されたような組織の中の一兵卒である企業戦士としてではなく、ひとりの剣士としての生き方を探求することが必要であろう。企業=組織に依存して生きていけない時代に変化したからである。自分の人生が政府や会社に依存する時代ではなく、自分で責任をもつ時代となった。つまり自分の生き方を自分で律することが求められている。

 そうであるとすれば、各人は何を基準にして、何をより所にして自己を規制すればよいのであろうか。ビジネス活動で生死をかけることはないが、取引相手や商談相手を傷つけたり、期待を裏切ったりするのが日常である。WINーWINの「落とし所」の商談は最善であるが、その実現は簡単でない。ビジネスで生きていく上で、何らかの加害者に自分がなることは避けられない。

 その場合、加害者としての責任や自己嫌悪との向き合い方を考えなければならない。たとえば「リストラ」を宣告して従業員を解雇する。人事担当者は個人的に辛い仕事だ。先輩・同僚の「クビ」を切るのだから。通常は、会社の指示に従っていると自己を納得させて、自己を防衛する。そうしなければ、「リストラ」を命じる当人は精神的に変調を来すのではないか。

 それでは、それを指示した経営者の責任はどうなるのか。これも責任を感じる人は少ないであろう。企業防衛のために不可欠だと自己を納得させる。こうして従業員は当然のように「無慈悲」にも解雇される。しかし、そういった事態を招いた責任や加害者意識を感じる経営者がいても不思議ではない。また、それが人間として当然ではないか。経営者として当然でも、人間として当然でないことは存在する。

 多くの人々の殺戮を余儀なくされ、さらに剣の道を究めようとした柳生連也の心境は、以上で述べた競争社会に生きるビジネス人の生き様にも共通している。殺戮を好まないにもかかわらず、そうせざるをえない。剣士の宿命だ。このような状況が改善されるためには、平和の時代の到来を待たなければならない。ビジネスの世界にも同様に平和が訪れるためには、やはり資本主義社会の矛盾が解消されなければならないであろう。その日までは、強い意志をもった自律した武士・剣客として生きる。これが、今後のビジネス人の生き方ではないか。

 柳生連也が現代に生きていれば、極めて優秀なビジネス人であると同時に、情け無用の殺戮を繰り返すビジネス人にはならなかったであろう。柳生連也は剣士としての矜恃をもっていた。強いだけを至上目的にしなかった。それではビジネス人としての矜恃は何か。これは即答の難しい問題だ。

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