« ベトナムが国連・非常任理事国に選出される | トップページ | ホーチミン市『投資ガイドブック』から(1):はじめに »

2007年10月21日 (日)

議論に必ず勝つ方法は何か?

 私の大学生時代に、経営学者の故・古林喜楽神戸大学学長が「議論に必ず勝つ方法は何か? それは相手の言うことを聞かないこと」と喝破されたことを聞いた。もう20年以上も前である。

 この指摘は半分冗談と気に留めていなかったが、それ自体は印象深く記憶に残っていた。最近になって、この意味が理解できるようになったような気がする。つまり「議論の基礎になる考え方」(注:これを「パラダイム」と呼ぶ)の相違や共通点のことを故・古林先生は述べられたのだ。

 会議などで議論が混乱することがある。これはパラダイムの違う意見を持ち出すからだ。たとえば、まとまりかけた結論に対して、悪く言えば「イチャモン」をつける人がいるが、それはパラダイムの違う意見を突然に持ち出しているからだ。こういう意見に論理性と説得性があれば、それは参考意見とか付帯決議とするべきである。ただし従来は、多数決で無視されるのが通常である。

 パラダイムの違う対立する意見は、いくら議論しても一致しない。議論が平行線というのは、そもそもパラダイムが違うのだ。他方、パラダイムが相違しても部分的に意見が一致することもある。それは、現実的な問題についての具体的な対応の場合である。換言すれば、パラダイムが異なっても、結論に選択の余地が少ない問題の場合である。

 もちろん同じパラダイムの中では一貫した論理性が必要である。そうでなければ、議論それ自体が成立しない。非論理的な意見について批判は当然ありうるが、パラダイムが違っても論理性をもった意見は、傾聴されるべきであると思う。なぜならパラダイムが永久に不変ということはありえないからだ。パラダイムのシフトは、国家・社会・企業を問わずに発生するものである。

 相手の立場を考えて議論するとは、相手のパラダイムの土俵に上ることである。しかし、そうしたからと言って、自分のパラダイムを代える必要はない。こういった「大人の議論」が最近になって遅まきながら理解できるようになってきた。これも私が提唱する「実学」の効用である。

 冒頭の古林先生の指摘は、次のように変更できる。「議論に必ず勝つ方法は何か? それは相手のパラダイムを見抜くことである」。これができれば、そのパラダイムの限界も見えてくる。そうなれば、より包括的な見解を発表できる。これで議論は勝利だ。相手のパラダイムに安易に引きずり込まれてはダメだ。相手のパラダイムの限界を突く!

 国会での与野党の論争、国際問題として北朝鮮との交渉、対米交渉、そしてビジネス交渉などについて、以上の観点から再検討できるのではないか。

 

 

|

« ベトナムが国連・非常任理事国に選出される | トップページ | ホーチミン市『投資ガイドブック』から(1):はじめに »