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2007年9月17日 (月)

故・中内功を再考する:新刊書『流通王』の中から

 自宅から京都の同志社大学まで阪急電車の中で一昨日と昨日、大塚英樹『流通王:中内功とは何者だったのか』講談社(2007年8月)を読んだ。

流通王・中内功とは何者だったのか 流通王・中内功とは何者だったのか

著者:大塚 英樹
販売元:講談社
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 この本の趣旨は、経営者として失敗した中内功であっても、その事業家・革命家・思想家としての才能と業績は高く評価しなければならないということである。全体として中内功を肯定的に描いた内容となっている。それでは経営者と事業家の相違は何か。本書では、いくつかの説明がなされている。

 私見では、経営者は管理者のトップ。あくまでも所与の事業や組織を維持・発展させるための管理が仕事である。そのために利益追求は当然の使命となる。そのためには広い知識や経験が必要であることは言うまでもない。個人的には、調整力や判断力が重要な能力であろう。これに対して事業家は、創造力・決断力・構想力が必要とされる。新たな事業分野を開拓する先取の発想も不可欠である。ここでの「判断力」と「決断力」の相違は、前者が日常の意思決定を含む広義の概念であるのに対して、後者の決断は、自らの進退をかけた思い切った高次限の判断ということを意味している。

 また同書では、中内功の平和論者・護憲派としての側面が詳細に紹介されている(p.251~255)。中内功は述べる。「対米追随から脱却した自主外交の確立こそ、必要ではないでしょうか。ソ連を仮想敵国と見るのではなく、日本が東西世界、南北世界の架け橋としての役割を果たす努力が大切です。徴兵制ではなく、若者が自主的に防衛する意識を持てる国づくりこそ必要だと思う」と。「中内がとくに腹立たしかったのは、日向(=1981年「関西財界セミナー」当時の関西経済団体連合会会長・住友金属会長)の国民皆兵論、徴兵制復活論だった」。

 「核戦争になれば、戦闘機も戦車も軍艦も、いくらあっても無に等しい。憲法を改正して徴兵制を導入するなんて、それこそ言語道断だ。戦争になれば、あなたの会社は軍需産業として儲かるでしょうが、われわれはたまったものじゃない」。「あなた方の言う国際貢献は間違っています。戦争を起こさないためにはどうするのか、これを考え、実行することこそ国際貢献だ。軍拡そのものが国際貢献だなんて、とんでもないことを言う」。

 以上の中内功の思想は、これまでの大学経営にも反映されていて、中内功が理事長・学園長を務めた流通科学大学で「日の丸」が掲揚されたことは一度もない。ただし昭和天皇の崩御の日は、文部科学省から「日の丸」掲揚の指示があり、流通科学大学に初めて日の丸が掲揚されたと思うのだが、私は見ていない。

 事業家・革命家・思想家としての中内功の研究は、今後も継続される価値はある。もし中内功が経営者としても成功していれば、かえって事業家・革命家・思想家としての中内功のより重要な歴史的な意義が軽視されていたかもしれない。中内功を批判することは簡単だ。それは結果論だからだ。ただし簡単に批判したとしても、そこから新しい知見は発見されない。当たり前の結論しか導出されないであろう。

 そうではなく逆に、中内功を肯定的に評価する試みの中から、新たな教訓が次の世代に受け継がれていくと考えられる。本書の著者・大塚氏の意図もそこにあったと私には思われる。さらに同時に、中内功の最後の居城であった流通科学大学に勤務する教員として、私自身も中内功からの様々なメッセージに応えなければならないと思う。そうでなければ、中内功を理事長とした大学に、何らかの縁があって私が勤務した意味がないではないか。

 私は、大学教員の本質はサラリーマン(=教育研究労働者)であるが、その精神は事業家でなければならないと思っている。独創的な研究分野の開発・開拓が、大学教員の社会的使命である。これは事業家の仕事と共通する。中内功から私はこのことを学んだ。その一つの到達点が、このブログで紹介している「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」である。さらに、今年で第5回目となった「ラオス清掃ボランティア活動」である。このようなことを本書を通読して、私自身が確認できた。

 「上田先生、何でも最低10年間は続けなあかん」。この中内功の言葉は私にとって重い。来年もラオスのボランティア活動、「やらんとあかんな」と思っている。

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