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2007年9月25日 (火)

ミャンマー情勢を憂う:経済発展の方策を示せ!

 1998年に初めてミャンマーの首都ヤンゴンを訪問した。当時の私はベトナム・ハノイで在外研修中であった。その間に、笹川平和財団・南東アジア基金が主催するミャンマー投資セミナーで講演することになった。ハノイのキムマーのミャンマー大使館でビザを取得した。

 三井物産が開発した「ミンガラドン工業団地」の「味の素」社を訪問したが、その後に「味の素」社は撤退してしまった。世界企業とも言える「味の素」社に対してミャンマー政府が、化学調味料は健康に悪いといった理由で操業停止を決定したからである。せっかく進出を決めた日本企業に対して「撤退」を求めた発展途上国は希有であろう。

 その数年後にヤンゴン大学経営大学院の学生に対して講義したことがある。ミャンマー(旧ビルマ)は英国領であったこともあり、フランス領であったインドシナ半島3カ国と違った雰囲気である。ヤンゴン(旧ラングーン)市内は緑が多く、町並みも整然としている。学生の能力は十分であり、英語は私よりも上手だ。インドシナ半島3カ国に優るとも劣らぬ発展の潜在力を感じた。

 ただし基本的な疑問は、経済政策が不毛ということである。空港で外貨の強制転換があったり、為替市場における極端に乖離した二重レート(公定レートと市場レート)が存在したりする。しかも公定レートを徹底するために、為替交換それ自体の取り締まりがあった。このような資金流通システムの不備や稚拙は、経済発展を阻害する。

 ミャンマーと言えば、アウンサン=スーチー女史の民主化運動に対する政府の弾圧という問題が有名である。昨今の国民による数万人規模のデモは、石油価格の値上げ反対が契機と言われているが、その背景には民主化要求があるとみなされている。もちろん政治的な民主化は重要な課題であるが、それと同様に経済発展も重要である。政府もしくは政治の「使命」のひとつが国民生活の向上であるとすれば、その内容は、言論・集会の自由といった民主主義と、国民経済の成長であろう。この双方を同時に達成することが理想であるが、少なくとも、一方が改善されることが求められる。

 ミャンマーは、その双方に失敗している。たとえば韓国の近代史を見れば、軍事独裁政権の下での経済発展が先行し、その後に民主化が進展した。ミャンマーの悲劇は、韓国のように軍事政権の下であっても経済が成長しなかったことである。他方、民主化勢力も政治の民主化は要求するが、経済政策について「代替案」をもたなかったように思われる。軍事政権も、それに反対する民主化勢力も、双方が経済政策について無知であったのではないか。民主化運動を批判するつもりはないが、経済発展も重要であることを指摘したい。人間は「民主化」を食って生きていけない。

 もっともベトナムのホーチミンは「自由と独立ほど尊いものはない」という有名な言葉を残した。これはフランスや米国の植民地政策に反対するという文脈で使用された。他方、ミャンマーについては、外国勢力の介入というのではなく、あくまでも国内問題である。軍事政権も民主化勢力も、国民生活を最優先に考えるべきである。

 民主化勢力が、経済政策の改善について言及すれば、おそらく国民の支持は増えるだろう。それを恐れる軍事政権も、そういった経済政策を採用する可能性がある。その結果、少なくとも経済的に国民は恩恵を受けるのではないか。政治の民主化は重要だが、経済成長も同様に重要である。

 現在の政治混乱が早く収拾され、より的確な政策の下に経済成長に向かうことが望まれる。なお、日本のODAについて、それが軍事政権を支援することになるという批判があるが、私の知る限り、それは人道上の支援に限定されているはずである。以上、最近の状況に関する情報制約の中での愚見である。

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