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2007年9月 1日 (土)

カンボジア第6日目:国道1号線をベトナム国境に向かう

 プノンペンから国道1号線を東に進めばベトナム・ホーチミン市、国道5号線を西に進めばタイ・バンコックに向かう。これを「第2東西経済回廊」と呼んでいる。タイとベトナムを結ぶ幹線道路の中で、ダナンを終点とする「第1」と、ホーチミン市を終点とする「第2」がある。Dsc09867

 昨日(8月31日)、ベトナム国境のバベット(ベトナム側はモックバイ)まで約2時間半かけて国道1号線を走った。運転手は寡黙だが安心できるトーチンさん。この国道は、日本のODAによって改修されており、大林組が施行を担当している。

Dsc09943  すでに2つの架橋工事は終わっているが、最長の渡河には今もフェリーを使用している。フェリーに乗り遅れると、30分~40分待たなければならない。この工事の完成が待たれる。そのほかの道路の舗装・拡張は今も工事中であり、その作業はノロノロ、ユルユルだ。しかし外気に触れて、その理由が理解できた。肌をチリチリと焼くような日差しと暑さだ。文字通りの「炎天下」であり、ゆっくりした「カンボジア流」の工事もやむをえない。しかし車中から、日本人と思われる技術者が測量している姿を見かけた。ここでも日本人は頑張っている。頑張るのは「日本流」だ。

 国道1号線を走っていると、ベトナムの大きな存在感に気がつく。緑のMAI LINHタクシー会社がホーチミン市とプノンペンの往復路線を1日に何度も走らせている。タクシー仕様の私の米国製カムリを抜き去っていったが、上記のフェリーで私たちは追いついた。おDsc09881 そらく時速100㎞は出ていただろうが、そのスピードは「ベトナム流」の猛烈な仕事ぶりを感じさせる。

 日本人から見るとノンビリしているように思われるベトナム人も、カンボジアやラオスから見ると、無茶苦茶に仕事する。

 同タクシー会社は、ホーチミン市にを本社があり、ダナンにも多く見かけるようになった。できるだけ私は、このタクシーに乗ることにしている。以前に荷物をタクシー内で忘れたが、その後の対応もよく、無事に荷物がホテルまで届けられたからだ。この会社も株式上場する計画だが、必ず優良企業として高値を付けるだろう。

 ベトナム側のモクバイから国境を超えた直後の道路周辺の「カジノ・ホテル」の盛況に驚かされた。国境まで各ホテルは送迎自動車を用意している。あるカジノに入ると、ベトナDsc09912 ム人で一杯だ。トランプゲームはバカラが中心。スロットマシーンをやっている人はだれもいない。各テーブル周辺に人が群がっていた。宣伝看板によると、5,000ドル儲かるというのが「売り」のようだ。カジノと言えば、米国ラスベガスだが、カンボジアのラスベガスでは、ベトナム人のおばちゃんが、昔から恒例のパジャマ姿でゲームしている。ホーチミン市の金持ちが来ているのかと想像したが、必ずしもそうでないように思う。金持ちはベトナム国内で不動産や株式で「ゲーム」できるから、それよりも一般の小金持ちが多いのではないか。

 この道路の両側の広大な風景は目を見張る。地平線までの緑の草原(田園?)だ。2001年にDsc09967、ラオスのビエンチャンからパクセーまで走ったことがある。この道路の両側は、米国の「西部劇」に出てくるような原野であったが、このカンボジアでは緑一面だ。これがカンボジアらしい風景なのだろう。カンボジアが「カジノ国家」や「観光レジャー国家」として発展してもよいし、広大な大地を生かした「農業国家」として発展することも可能だろう。カンボジアの国土を初めて走ってみて、こんなことを考えさせられた。

 なお、先日にカンボジアでの私の携帯電話を公開したが、プノンペン在住の石原さんからお電話をいただいた。こちらで日本企業向けのコンピュータサービスやビジネスコンサルティングをされている。損害保険の代理店もされているそうだ。新しい出逢いがあって嬉しかった。カンボジア人の奥様と2人のお子様がおられる。カンボジア社会の「生の実態」を聞かせていただいて、次の再会を約束した。

 この1週間、私のカンボジア理解において大きな成果があった。私の勝手なお願いに理解と協力していただいたカンボジアの皆さんに本当に感謝である。さあ、次はラオス・ビエンチャンだ。

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