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2007年9月30日 (日)

出席者の皆さんに感謝します:ベトナム交流セミナー

 独立行政法人・日本学術振興会が主催し、流通科学大学・アジア流通研究センターが実施する「ベトナム人留学生と一緒に考える:アジアの中の日本:これからの日本と私たちの役割」(平成19年度「研究成果の社会還元・普及事業:ひらめき☆ときめき サイエンス~ようこそ大学の研究室へ~KAKENHIに採択)が、9月30日(日)に実施された。

(実施大学:流通科学大学のHP)
 http://www.umds.ac.jp/cms/news/detail.php?id=603

(神戸新聞 WEB NEWS及び同新聞社 10月1日付 朝刊)
  http://www.kobe-np.co.jp/chiiki/ko/index.shtml
この部分をクリックして「ベトナム人留学生と交流 流通科学大で中高生ら 」をさらにクリックして下さい。

 その様子は、上記で紹介されている。会場には、ベトナムにおけるフランス戦争やアメリカ戦争について、いくつかの写真集が用意された。また、ダナン市の概要を紹介したDVDが放映され、さらにベトナムの人気歌手ミーリンの歌が会場に流された。

 このセミナーは、中学生・高校生が対象となっており、10名の参加があった。仁川学院中学・加古川南高校・須磨友が丘高校・北須磨高校・姫路西高校の皆さんである。また、大阪外国語大学ベトナム語学科学生2名も参加された。さらに日本ベトナム友好協会兵庫県連合会から会長の藤田先生(神戸大学大学院教授)を始め、5名の方々が出席していただいた。

 さらに在大阪ベトナム総領事館からは、わざわざ大阪からリン領事がお越し下さり、ベトナムの歴史について講演を賜った。そして何よりも、神戸のベトナム人留学生11名が参加し、ベトナム経済や文化・生活について説明してくれた。同時に、日本人の中高生からのさまざまな質問に丁寧に応えてくれた。

 流通科学大学・生涯学習の会からは桶土井会長・本邑副会長の両氏が参加していただいた。そして田村副学長と崔センター長から実施者を代表して挨拶を頂戴した。

 日曜日であるにもかかわらず、多数の皆さまの出席を頂戴し、実施責任者として、以上の皆さんすべてに感謝を申し上げたい。このセミナーが、日本とベトナムのより深い相互理解と交流の一助になれば、そのことがベトナム研究やアジア研究のすそ野の広がりに貢献するものと確信している。

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2007年9月29日 (土)

ミャンマー情勢を憂う(3):民主主義の成熟度

 中国は、ミャンマーに対してODAのみならず、民間の経済的な影響力が大きい。中国は、ミャンマー軍事政権に対して日本より以上に影響力がある。しかし多くの中国人は、ミャンマーと言っても、周辺国の一つといった感覚でしかないと思われる。これはベトナムに対しての感覚と同様であろう。

 中国政府が、ミャンマー軍事政権にどのような対応をするか? この問題に、ほとんどの中国人が無関心ではないか。もしそうであれば、中国人が国際的に成熟することが、ミャンマー問題を解決する決め手であるかもしれない。中国国民が、自国の政府に対して、ミャンマー問題に対して影響力を行使する。

 来年の「北京オリンピック」開催を考慮すれば、中国政府もミャンマー軍事政権を強く支持することはできないであろう。それに加えて、中国国内からも、こういった国際問題について意見が出てこなければならない。たとえば「ミャンマー軍事政権を支持するべきでない」という意見が、中国国内から聞こえてきてもよい。それが、国際社会における中国の評価を高めることになる。

 国内問題だけでなく、国際問題についても自由に意見が言える。これが、その国の「民主化」の程度を認識する尺度になると考えられる。

 このことは日本も同様である。「テロとの戦い支援」について日本で多様な意見が交わされている。このこと自体が、日本における民主主義の成熟度を国際的に示すことになる。賛成・反対を問わず、広く議論を国際的に発信すればよい。その結論ではなく、その議論それ自体が日本の国際的な信用を増すであろう。

 ミャンマー情勢を見るとき、かつて会ったヤンゴン大学経営大学院の先生や学生、マーケティングコンサルティング会社の青年社長のことを思い出す。こういう時にこそ、民主主義国家である日本の価値が再認識できる。また、それだからこそ民主主義制度を有効に日本で活用しなければならないと思う。

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2007年9月28日 (金)

ミャンマー情勢を憂う(2):中国の対応は?

 ミャンマーで多数の死者が出ている。その中には日本人ジャーナリストも含まれている。まさに殉職である。日本政府を始め国際社会がミャンマー政府を強く批判するのは当然である。この中で特に中国の対応が注目される。

 かつて首都ヤンゴンで市場見学した時に驚いたことは、ほとんどの日用雑貨や多くの食料加工品は中国製ということだった。安価な中国製品が近隣諸国に流入する。これはベトナムやラオスでも事情は同じだ。その浸透力は、近隣諸国の脅威になりうる。

 私見では、この脅威に対してベトナムは次のように対応している。ベトナムは中国との長い紛争と戦争の歴史がある。最近では両国間で1979年に戦争があった。これはベトナム人には周知である。ベトナムのカンボジア侵攻に対する懲罰という名目で、中国がベトナムを一方的に侵略した。ベトナムと中国の陸上国境は確定したが、かなりベトナム側が譲歩したと言われている。海底油田の領有権にとって重要な海上国境は未確定である。ただし武力による解決はしないという合意が両国に存在している。

 こういったベトナムと中国の歴史を中国人の多くは知らない。中国人留学生に質問しても、ベトナムと戦争したこと自体を知らないという返事だ。中国人にとってベトナムは周辺国の一つにすぎないが、ベトナムにとって中国は近隣の強大な大国である。そこでベトナムにとっては、政治的・経済的な中国の影響力を抑制・軽減することが重要な課題となる。

 そのためにベトナムは、日本を始めロシア・韓国・米国などとの「全方位外交」の展開が不可欠である。さらに中国に対応するためにASEAN加盟も最優先の政策であった。この延長として、やや拙速ではないかという国内批判もありながら、本年にWTO加盟が実現した。それに伴う日本や米国の外国資本の投資増大は、中国の影響力を希薄化する。このように中国を意識した外交戦略をベトナムは採用してきたと考えられる。

 これに対してミャンマーでは、ODAで日本は最上位に属するが、日本企業の進出は多くない。この状況はカンボジアやラオスも同様である。もし日本企業の進出が多数であれば、ミャンマー政府に対する日本の影響力は強化される。

 私見では、ODAに依存した国際協力だけで日本がアジア諸国に影響力を発揮できると考えることは難しい。ODAといった公的資金の使途には制約があるからである。さらに重要なことは、一定期間で成果を求められるODAでは、現地の民間企業との継続的な取引関係が結べないからである。民間企業レベルの経済力や政治力をも活用して、二国間の国際協力関係は広く深く発展する。(以下、続く)

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2007年9月27日 (木)

ベトナム人留学生と一緒に考える:女子高校生は国際派?

 9月30日(日)に、神戸の流通科学大学で次のようなテーマの「ベトナムセミナー」が開催される。この対象者は、中学生・高校生である。いろいろ私もベトナムに関係するセミナーで話したが、中学生・高校生が対象となるのは今回が最初である。

テーマ: ベトナム人留学生と一緒に考える「アジアの中の日本:これからの日本と私たちの役割」

主催: 独立行政法人・日本学術振興会
実施: 流通科学大学(責任者:上田義朗)
協賛: 駐大阪ベトナム総領事館・日本ベトナム友好協会兵庫県連合会・日越経済交流センター
協力: 在神戸ベトナム人留学生協会

 このセミナーは、日本学術振興会が本年3月末に募集した平成19年度「研究成果の社会還元・普及事業:ひらめき☆ときめきサイエンス」に私が応募し、その企画が採択された結果である。その趣旨は、同会が提供する科学研究費補助金の受給対象研究の成果を中学生や高校生に説明し、その研究分野に対する関心を高めてもらうことである。

 私の研究テーマは、「ベトナム・ラオス・カンボジアの企業経営におけるAFTA・WTO加盟の対応と影響」であり、実施期間は2005年~2007年となっている。今年の研究費は180万円であり、その資金で8月~9月にかけて私はベトナム・ラオス・カンボジアを訪問した。この活動の一部は、すでに本ブログで紹介した通りである。

 この研究の成果が、専門研究者や関係者だけに公表・公開されるだけでなく、これから日本の将来を担う若い人々にも知ってもらうことが必要である。それは、この分野の研究の後継者を育てることに通じるからである。

 このセミナーの結果は、ここでも紹介したいと思う。また、地元の神戸新聞も取材に来ていただくことになっている。予定通り総数40名の参加者があり、遠方のところ来学いただく皆さんに感謝である。楽しく有意義な時間が過ごしていただけるように努力したいと思う。ただし、参加する中学・高校の生徒・学生のほとんどが女子である。こういうテーマに関心が高いのは女性なのであろうか。興味深い現象である。 

 

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2007年9月26日 (水)

「パラダイム」の相違?

 後期の2年生のゼミの教科書として、ライトワークス監修、岡本義行+江口夏郎著『クリティカル・シンキング』(ファーストプレス、2007年、1200円+税)を使用することにした。

クリティカル・シンキング (ライトワークスビジネスベーシックシリーズ) Book クリティカル・シンキング (ライトワークスビジネスベーシックシリーズ)

著者:岡本 義行/江口夏郎
販売元:ファーストプレス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 同書は、最近の若いビジネスピープルや大学生の論理力を鍛えるための好著である。ただし、ただ読むだけでなく、同書で学ぶ「クリティカル・シンキング」の応用が大事なのだから、具体的な事例を何度も取り上げて、その考え方を体得するようにしなければならないだろう。

 最初の部分で興味深い指摘は、パラダイムを強く意識して他人の意見を聞き、また自分の意見を言うということである。このパラダイムとは、ものの見方、考える枠組みのことである。

 ここで私見では、意見の相違パラダイムの相違を区別することが重要である。たとえば、自民党の総裁選挙における福田さんと麻生さんにパラダイムの相違はあるのか? 両者の間には確かに意見や政策の相違はあるが、パラダイムの相違はないように思われる。では、自民党と民主党はどうか?

 少なくとも、意見交換・議論して妥協点を見つけ出すためには、パラダイムが同じであるという前提が必要である。上記の書物によれば、「どのようなパラダイムでものを見るかによって、何が正しいかが決まる。パラダイムを定義せずに何が合理的か、何が論理的かをいうことはできない。」(p.11)と指摘されている。

 パラダイムが異なる人との意見を戦わす場合、相手のパラダイムそれ自体を明確に示すことをしなければ、結局は意見のすれ違いになって時間が無駄になる。パラダイムが相違し、場合によっては間違っているということまで指摘して、初めて議論の論点が明確になり、多くの人々に判断材料を提供することができる。

 以上、抽象的なことを書いたが、具体的には北朝鮮の拉致問題や、日本の国内政治における「テロとの戦い」や「格差の是正」といった争点となっている問題を想定した。簡単に軽く書かれた本のように見えるが、なかなか考えさせられる内容をもっている。

 

 

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2007年9月25日 (火)

ミャンマー情勢を憂う:経済発展の方策を示せ!

 1998年に初めてミャンマーの首都ヤンゴンを訪問した。当時の私はベトナム・ハノイで在外研修中であった。その間に、笹川平和財団・南東アジア基金が主催するミャンマー投資セミナーで講演することになった。ハノイのキムマーのミャンマー大使館でビザを取得した。

 三井物産が開発した「ミンガラドン工業団地」の「味の素」社を訪問したが、その後に「味の素」社は撤退してしまった。世界企業とも言える「味の素」社に対してミャンマー政府が、化学調味料は健康に悪いといった理由で操業停止を決定したからである。せっかく進出を決めた日本企業に対して「撤退」を求めた発展途上国は希有であろう。

 その数年後にヤンゴン大学経営大学院の学生に対して講義したことがある。ミャンマー(旧ビルマ)は英国領であったこともあり、フランス領であったインドシナ半島3カ国と違った雰囲気である。ヤンゴン(旧ラングーン)市内は緑が多く、町並みも整然としている。学生の能力は十分であり、英語は私よりも上手だ。インドシナ半島3カ国に優るとも劣らぬ発展の潜在力を感じた。

 ただし基本的な疑問は、経済政策が不毛ということである。空港で外貨の強制転換があったり、為替市場における極端に乖離した二重レート(公定レートと市場レート)が存在したりする。しかも公定レートを徹底するために、為替交換それ自体の取り締まりがあった。このような資金流通システムの不備や稚拙は、経済発展を阻害する。

 ミャンマーと言えば、アウンサン=スーチー女史の民主化運動に対する政府の弾圧という問題が有名である。昨今の国民による数万人規模のデモは、石油価格の値上げ反対が契機と言われているが、その背景には民主化要求があるとみなされている。もちろん政治的な民主化は重要な課題であるが、それと同様に経済発展も重要である。政府もしくは政治の「使命」のひとつが国民生活の向上であるとすれば、その内容は、言論・集会の自由といった民主主義と、国民経済の成長であろう。この双方を同時に達成することが理想であるが、少なくとも、一方が改善されることが求められる。

 ミャンマーは、その双方に失敗している。たとえば韓国の近代史を見れば、軍事独裁政権の下での経済発展が先行し、その後に民主化が進展した。ミャンマーの悲劇は、韓国のように軍事政権の下であっても経済が成長しなかったことである。他方、民主化勢力も政治の民主化は要求するが、経済政策について「代替案」をもたなかったように思われる。軍事政権も、それに反対する民主化勢力も、双方が経済政策について無知であったのではないか。民主化運動を批判するつもりはないが、経済発展も重要であることを指摘したい。人間は「民主化」を食って生きていけない。

 もっともベトナムのホーチミンは「自由と独立ほど尊いものはない」という有名な言葉を残した。これはフランスや米国の植民地政策に反対するという文脈で使用された。他方、ミャンマーについては、外国勢力の介入というのではなく、あくまでも国内問題である。軍事政権も民主化勢力も、国民生活を最優先に考えるべきである。

 民主化勢力が、経済政策の改善について言及すれば、おそらく国民の支持は増えるだろう。それを恐れる軍事政権も、そういった経済政策を採用する可能性がある。その結果、少なくとも経済的に国民は恩恵を受けるのではないか。政治の民主化は重要だが、経済成長も同様に重要である。

 現在の政治混乱が早く収拾され、より的確な政策の下に経済成長に向かうことが望まれる。なお、日本のODAについて、それが軍事政権を支援することになるという批判があるが、私の知る限り、それは人道上の支援に限定されているはずである。以上、最近の状況に関する情報制約の中での愚見である。

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2007年9月24日 (月)

ベトナム人に対して品質改善の「こだわり」を伝承する

 ベトナム人と日本人は相性が良いと私は主張している。もちろん、その一般化はできない。個々人で相性は多様である。それでも「相性が良い」と主張する理由は、彼我で「もの作り」に対する「こだわり」が共通しているからである。

 製造業において製品の品質向上に対する「執着心」がないと、生産技術の発展は望めない。「適当でよい」とか「この程度でよい」という自己に対する妥協があると、それ以上の品質改善は期待できない。

 品質の維持と保証は顧客に対する責任である。それが顧客満足の一部の要因である。さらに、それだけでなく、顧客が期待する以上の高品質を実現することが競争優位を確立すると私は考えている。そうであるとすれば、生産者側における品質に対する自己の「探求心」を維持することが重要である。換言すれば、製品の品質に対する自己の妥協と常に葛藤しなければならない。

 このような品質に対する「こだわり」や「執着心」をベトナム人は有していると私は思う。また、製造業における「職人気質」もベトナムには存在している。さらに日本人に似た「恥の文化」もある。「世間体が悪い」とか「かっこ悪い」といった感覚を日本人と同様にベトナム人ももっている。これらのことが妥当とすれが、日本における「もの作り」の伝統をベトナムが継承する可能性があると思われる。

 ただし、それは自然に継承されない。ベトナム人に対して、現在の国際競争力の程度を教育しなければならない。日本企業そして日本人であれば、ここまでの高品質を追求することをベトナム人に明示しなければならない。さらに、そのためにはベトナム人のプライドを傷つけないように配慮しなければならない。ベトナム人に対して「こんなんではアカン」・「こんなこともできんのか」と叱責するのではなく、「もっとこうやれば、もっと良くなる」と激励することが適当であろう。私の経験では、教えれば、ベトナム人は理解する。「こんなこともできんのか」という批判は、ベトナム人に日本人が十分に教えていないことが理由であることも少なくない。

 こういった高品質の技術の伝承が、日本からベトナムに向けて私は可能であると思う。WTO加盟を達成したとはいえ、ベトナムにおけるビジネスピープルの大部分の国際経験は未熟である。国際競争力を維持・発展させるために、ここまで日本人は努力していることをベトナム人に伝える。そのことによって、ますますベトナム製品の品質改善が期待されうる。ベトナム人に教える。それに対してベトナム人は十分に感謝し、十分に反応してくれる。これらの一般化には無理があるかもしれないが、「一考」と「試行」の価値があると私には思われる。

  

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2007年9月23日 (日)

久しぶりに大阪弁で行ったろか:何でも言うたるで!

 今日は、久しぶりに「大阪弁」やで! やっぱし、大阪弁やと元気出るワ。そうでない人は、ゴメンな。

 ベトナム関連のインターネットの掲示板で、ワシについて、いろいろ批判しとる奴がおる。しかも匿名や。ワシは、カッコ悪いけど、恥を忍んで、自分の氏名のほかに経歴まで「プロフィール」で公開してんねんで。それに対して、匿名で批判しよる。ワシは、こんな卑怯なんは相手にせんことにしとる。その掲示板に反論したら、そんなん泥試合になるやろ。アホらし。

 そやけど、ちょっと言いたいことがあるねん。その匿名の投稿者は、「大学教授は気楽でエエとか、そんなんでベトナム株式投資がウマイことできるんか?」と批判しよんねん。

 確かに、大学教授は気楽な人は多かったかもしれん。そやけど大学は不況産業や。少子高齢化・人口減少なんやから、今までみたいに気楽にしとったら、大学経営は破綻するで。だから大学も必死なんやで。必死でない大学は、そらアカンな。大学倒産や。いくら必死でも、経営者がトンチンカンやっとったり、教職員が一致団結して危機を乗り切るという気概がないと、やっぱしアカンやろな。

 ワシは、老若男女すべての人が大学で学べるようにしたら、そら日本の国民の教養レベルを上げるし、それが日本の存在感を世界に示すことになると思うで。少子高齢化・人口減少の対応として、国民一人一人の教育レベルを上げることや。そしたら、大学経営は安泰や。日本国家の発展戦略として、少数精鋭主義のというやっちゃ。今の国民の中で「選別」するんとちゃうで。日本の国全体が、世界の中で精鋭になっていくと言うのがワシの主張や。こんなふうになったら、大学の学生数は増えるから、大学経営は安泰やろ。昔の「国民皆兵」やのうて「国民皆大学生」や。そやけど、こんな意見は少数派やろな。

 ほんで、もひとつ言いたいのは、「気楽な大学教授はベトナム株式投資なんぞ、ウマイことできへんのやないか」という意見についてや。ワシは、自分でベトナム株式投資なんて、やろうと思てへんで。ベトナムのことはベトナム人に任せる主義や。当たり前やないかい ほんまに外国の事情をすべて理解することは、外国人には不可能やろな。より正確に言うたら、理解はできるけど、それを納得はできへんで。外国人なんやから。謙虚にならなアカンで。もちろん勉強せなあかんけどな。

 でも最近になってな、自分の変化が怖いことあるわ。だんだん「ベトナム人化」してくるねん。よお、「ホラー映画」にある設定や。自分の中に異質な人格が侵入して、自分自身と侵入者との人格の闘いが始まるという内容や。映画の『エクソシスト』が、その最初やなかったかな。そう言えば、もっと昔の『ジキルとハイド』もそうやったな。スペンサー=トレイシーなんてワシは知ってんねんで。淀川長治の「日曜映画劇場」で育った世代なんや。ワシにも若い頃が、あったんや。

 ワシは変な大学教授でエエねん。でも、ベトナム人をバカにする奴は許せんで。ワシは、ある時はベトナム人、ある時は日本人なんやで。なんでか言うなら、やっぱりベトナム人にお世話になってるからや。ほんまに日本人にも、いっぱいお世話になっとるけど、ベトナム人にも同様に世話になっとんねん。カンボジア人も、ラオス人も同様や。外国人であるワシにも、いろいろ気を遣こうてくれるんは嬉しいやないか そんな人に不義理はできへんやないか。ワシは、そう思とりまんねんで。

 ヤッパし、大阪弁はエエわ。本音で話できるもんな。もっともっと大阪に頑張ってもらわな。それにしても、阪神タイガースは優勝しよるかな。いろいろ考えなあかん。 

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2007年9月22日 (土)

「マーケティングの父」フィリップ=コトラーのベトナム講演について:追加情報

 ベトナムで収集した資料を整理していると、現代マーケティングの教祖であるフィリップ=コトラーの講演会の「広告」が掲載された『ベトナムニュース』(Viet Nam News, August 3, 2007)が見つかった。そこから、この講演について、追加的な情報を提供する。

 もう過去のことであるが、私は、この講演がベトナムにとって歴史的な出来事であると思う。その記録を残すことが目的である。このコトラーの講演は、本ブログの9月2日に紹介されている。

 名称: マーケティング国際会議
 論題: 新しい時代の新しいマーケティング
 日時: 2007年8月17日(金) 8時30分~17時
 場所: シェラトンホテル、ホーチミン市・第1区
 会費: 320USドル(昼食・資料・証明書を含む。早期登録には割引あり。)

 出席者は700名以上が見込まれ、東南アジア全域の経営幹部を想定している。ヘッドフォンでベトナム語・英語の同時通訳がなされる。この会議に加えて、前日の8月16日に限定20名の夕食会が開催される。これは、Saigon Tiep Thi Magazine とPACE Education Groupが共同主催する。

 なお、コトラーについては、次のように紹介されている(Financial Times より)。
 コトラー教授のマーケティングの専門性は伝説的である。彼は、現代マーケティングの父として広く知られており、常に最も影響力のあるマーケッターであり、さらに常に、Peter Drucker、Bill Gates、Jack Welchと共に4大経営教祖の一人として広く認められている。

 主催者のPACEEducation(www.pace.edu.vn)であり、そのほかにベトナム企業3社がスポンサーとなっている。

 この会議では会場が満員となり、テレビ中継もされたと聞いている。私見では、講演売り上げは2千万円以上である。主催者としては、十分に利益の上がるイベントであったと思われる。20名限定の夕食会というもの、ベトナム人の心をくすぐるセールス方法だ。320ドルの会費を払う人々がいることも驚きだ。もちろん恒例で無料招待も多数あると想像されるが、コトラーのブランドはベトナム人にとっては魅力だ。

 果たして日本人が主催して、また日本人が講演者となって、これだけの反響のあるイベントが開催できるかどうか。こういう問題を考えることも、今後の日本の進路を検討することに通じる。日本はODAでは、ベトナムのみならずカンボジア・ラオスで抜群の実績であるが、コトラーという教授一人に対しては、一般の反響・インパクトという点で負けるように思われる。今後の日本は、どうあるべきか。考えさせられる問題だ。

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2007年9月21日 (金)

今日から講義が始まった:解答できないのは問題が悪い!

 流通科学大学における後期の講義が今日から始まった。また再び忙しい日々が続く。そういっても、今までも忙しかった。

 企業論と4年生・3年生のゼミがあったが、特に3年生は、これから始まる就職活動が心配な様子だった。そこで私の助言は次の通りである。

 回答の出ない問題に悩むことはしない。回答できる問題を設定して、それを考える。この実例として、たとえば「死んでからどうなるか?」という問題に悩むことは無意味である。確かに「死語の世界」は未知であり、それを考えることに宗教的な意味はあるが、その問題に答えはない。したがって、ほとんどの人は、そういう問題を設定しない。

 「自分に向いた仕事は何か?」。 こういう問題を設定すると、なかなか解答できない。解答できないのは、問題が悪い。その解答のためには経験もしくは時間が必要である。大学生の時代は自分自身が変化するのだから、向いた仕事も変化する。そこで逆に「自分に向かない仕事は何か?」。このように問題を設定すれば、向かないと思う仕事以外は、すべて就職活動の視野に含まれることになる。

 私は高校生の時に、商社マンになって、将来は自分で会社設立することが夢であった。そこで経営学部に進学したが、大学時代の「流れ」に従って現在のように大学教員になった。そして今、自分で会社を設立するようになった。夢がかなったとも言えるが、遠回りしたとも言える。人生100年と考えれば、その間にいろいろなことができる。時間は十分にあるのだから、夢をもって、自分を信じてその実現に向けて努力する。こういうことを学生に伝えたかった。

 学生と接すると、こういう問題を考えることができる。大学教員も捨てたものではない。

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2007年9月20日 (木)

大阪府中小企業家同友会「オンリーワン研究会」の皆さん

 表題の「オンリーワン研究会」の経営者の皆さん7名が、大阪・梅田の日越経済交流センターにお越し下さり、大阪で開催されるベトナム講演会の打ち合わせをした。10月23日(火)午後6時30分からの予定である。

 打ち合わせであるにもかかわらず、いろいろな質問が出されて、内容の濃い会談となった。少子高齢化・人材不足に対応する「切り札」はベトナムという結論を強調した。その論拠は何かと言えば、やはり日本人とベトナム人の親和性である。

 私は、ベトナムと同様に韓国・北朝鮮の人々とも、歴史的・政治的な問題を解決することができれば、日本人は最良のパートナーになれると思っている。ベトナムも韓国・北朝鮮も、日本と同様に中国の「周辺国」という共通点があり、儒教の精神が現在も色濃く残っているからである。日本においても儒教思想は薄らいだとは言え、年長者・上司に対する敬語が存続しているように、儒教思想がすべて日本で消散したわけではない。儒教を意識しなくても、人間に必要なものは義理人情だと考える人は、まだまだ多いであろう。

 他方、中国は日本・韓国・ベトナムにとって思想・文化の源流・発祥地であり、そういった意識を中国の人々自身がもっているように感じられる。いわゆる「中華思想」である。さらに文化大革命で儒教が否定され、さらに市場経済化の進展によって拝金主義や利己主義が助長されている。もっとも拝金主義や利己主義は、日本を含めた世界に共通した自戒すべき考え方である。

 儒教の発祥地の中国で儒教精神が希薄になり、その周辺国で温存される。そして、その周辺国の人々が、その考え方や慣行に共通性と親近感を見いだす。以上、日本人にとってなぜベトナムか?という疑問に対する簡単な解答である。解答と言うよりも、仮説と言ってもよい。ベトナムの人々と接する中で、今後もこの仮説について検証を続けたいと思っている。

 この仮説の欠点は、私には親しい中国人がいないということだ。実質的に私は中国の事情に無知である。これまでのゼミの中国人留学生などを想起すれば、おそらく私は中国人とも親しく付き合っていけると思うのだが、残念ながら、そのような機会がない。したがって、おそらく「中国は依然として儒教精神は健在である」という反論があると予想している。

 なお、おそらく文化人類学や民族学などで、こういった研究成果が発表されているのではないかと想像される。日本人と最も親和性のある外国人は、どこの国の人か? 興味深く面白いテーマであると思う。

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2007年9月19日 (水)

カンボジアにおける経済特区のインセンティブ

 カンボジア投資促進のための誘因として、たとえばプノンペン経済特区の場合、次のようなインセンティブがある(Cambodian Monthly Review, September 2007, p.7)。

 ① 外国人に対する恒久土地使用権99年間認可(その後の更新・転売可能)
 ② 9年間の優遇税制
 ③ 付加価値税免除
 ④ 輸入関税免除
 ⑤ 輸出入税免除
 ⑥ 経済特区における投資家・家族の査証・就労許可証取得
 ⑦ 所得の外国送金無制限

Dsc09907  さらにカンボジアにおける金融制度は開放的であり、パスポートがあれば外国人でも、銀行口座開設やクレジットカードの発行も可能である。ただし銀行や保険会社の倒産も頻繁であるから要注意である。インドシナ3カ国におけるWTO先輩国として、カンボジアの自由経済市場化はより顕著である。

 (写真は、ベトナム国境付近の工業団地の完成予想図である。)

 日本企業は、カンボジア投資について関心が高いとは言えないが、ベトナムを訪問するなら、ぜひカンボジアやラオスも一緒に訪問することを勧める。私は、ホーチミン市からハノイ(その逆も同様)に移動する場合、時間に余裕があれば、ダナン経由と同じ頻度で、ビエンチャン経由やプノンペン経由のルートを使う。

 そのことによって、ベトナムの特徴がより的確に把握できるからである。日本との比較でベトナムを見るだけでなく、カンボジア・ラオスと比較することによってベトナムを見る。このことでベトナムが「経済大国」であるし、カンボジア人やラオス人よりもエネルギッシュで、キビキビとして働いていることが実感できる。

 さらにベトナムが、これら両国に政治的・経済的に強い影響力をもっていることが、それぞれの国の英字新聞を読むだけでも理解できる。WTO加盟後のベトナムは、近隣諸国に積極的にODAや投資を進めている。そのようにしなければ、これらの国に対して中国やタイの影響力が強まる懸念がある。特に中国のベトナム包囲をベトナムは避けるためにも、近隣のラオスとカンボジアに対して、より積極的に接近しているのではないか。

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2007年9月18日 (火)

大阪市「海遊館」株式を近鉄に売却:カンボジアとベトナムに対する含意

 表題のニュースは2007年9月16日(日)に新聞各紙で報道された。第3セクターとは言うものの、大阪市民の資産である水族館「海遊館の株式9億円を民間企業・近鉄に売却して、大阪市の財政再建に役立てるという趣旨である。

 このような手法は、国鉄からJR各社に民営化されて、旧国鉄資産を民間に売却するといったことも同様である。おそらく10月1日から民営化される郵政公社(持ち株会社:日本郵政株式会社)においても、郵便局の資産売却があっても不思議でない。たとえば東京や大阪の中央郵便局は好立地であるから、それを不動産ファンドを利用して超高層ビルに建て替えて、テナントや住居として賃貸・販売することも考えられる。

 ここで考えなければならないことは、海遊館も国鉄も郵便局も国民の税金で設立・運営されてきた国民の財産ということだ。その財産処分について、もっと議論があって当然だと思う。このようなことを考える契機は、カンボジア訪問である。

 なぜカンボジアが関係するのか? 2009年に予定されているカンボジア証券取引所のDsc09969 開設である。その時に果たして上場に値するような会社が存在するのかということである。そこで、たとえば日本のODAで建設中のシハヌークビル港と経済特別区などの管理会社を上場させるというアイデアがある。また、アンコールワット遺跡の管理会社が上場するというアイデアもある。

 (写真は、カンボジアの「アンコール」ビール。なかなかイケル味だ。暑い国では苦みの少ない淡泊なビールが飲みやすい。ラオスの「ラオスビール」も同様だが、地元ビールが、その気候に適合していて最も美味しいと感じるように思われる。)

 これらはカンボジアの国家財産であるが、その会社が上場して外国投資家を含む民間に売却される。この売却益から得た資金がカンボジアの経済社会の発展に使用されるというなら、それも有意義であるとみなされるが、貴重で希少な資源である国有財産の処分には慎重な対応が求められる。

 カンボジア証券取引所では、当初から100%の外国人所有が容認される見込みである。ベトナムでは当初が外国人株主の所有上限が30%、その後に49%となって株式投資ブームになった。これに対してカンボジアは、いきなり開設当初から100%取得できる。国有資産が即座に外国人所有になってしまう可能性がある。

 私見では、ベトナムでは、国有企業の株式会社化やIPOの迅速な遂行が株式市場関係者からは期待されているが、それは国有財産を外国人に売却することを意味する。その「安売り」を政府は避けようとする傾向が見られる。株式市場の発展という観点からの促進派と、国有資産の売却という観点からの慎重派の意見が併存しているのがベトナムであろう。この両者の力学が、今後の国有企業の株式会社化の動向に影響を及ぼすとみなされる。

 なお、これは意見対立というものではなく、考え方が2つあるという意味である。日本のマスコミは「保守派」と「改革派」といった色分け=レッテル貼りが好きだが、ベトナムの政策決定者は、それほど単純ではない。

 財政赤字を補填するために国有財産を売却する日本。経済発展のために国有財産を売却するカンボジア、そしてベトナム。そのカンボジアとベトナムでは、その対応も相違している。

 日本とカンボジアおよびベトナムにおいて経済発展の水準には大きな相違があるが、以上のような国有資産の売却という観点からの論点では共通の議論ができそうである。日本もベトナムから学ぶことがあるかもしれない。

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2007年9月17日 (月)

故・中内功を再考する:新刊書『流通王』の中から

 自宅から京都の同志社大学まで阪急電車の中で一昨日と昨日、大塚英樹『流通王:中内功とは何者だったのか』講談社(2007年8月)を読んだ。

流通王・中内功とは何者だったのか 流通王・中内功とは何者だったのか

著者:大塚 英樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この本の趣旨は、経営者として失敗した中内功であっても、その事業家・革命家・思想家としての才能と業績は高く評価しなければならないということである。全体として中内功を肯定的に描いた内容となっている。それでは経営者と事業家の相違は何か。本書では、いくつかの説明がなされている。

 私見では、経営者は管理者のトップ。あくまでも所与の事業や組織を維持・発展させるための管理が仕事である。そのために利益追求は当然の使命となる。そのためには広い知識や経験が必要であることは言うまでもない。個人的には、調整力や判断力が重要な能力であろう。これに対して事業家は、創造力・決断力・構想力が必要とされる。新たな事業分野を開拓する先取の発想も不可欠である。ここでの「判断力」と「決断力」の相違は、前者が日常の意思決定を含む広義の概念であるのに対して、後者の決断は、自らの進退をかけた思い切った高次限の判断ということを意味している。

 また同書では、中内功の平和論者・護憲派としての側面が詳細に紹介されている(p.251~255)。中内功は述べる。「対米追随から脱却した自主外交の確立こそ、必要ではないでしょうか。ソ連を仮想敵国と見るのではなく、日本が東西世界、南北世界の架け橋としての役割を果たす努力が大切です。徴兵制ではなく、若者が自主的に防衛する意識を持てる国づくりこそ必要だと思う」と。「中内がとくに腹立たしかったのは、日向(=1981年「関西財界セミナー」当時の関西経済団体連合会会長・住友金属会長)の国民皆兵論、徴兵制復活論だった」。

 「核戦争になれば、戦闘機も戦車も軍艦も、いくらあっても無に等しい。憲法を改正して徴兵制を導入するなんて、それこそ言語道断だ。戦争になれば、あなたの会社は軍需産業として儲かるでしょうが、われわれはたまったものじゃない」。「あなた方の言う国際貢献は間違っています。戦争を起こさないためにはどうするのか、これを考え、実行することこそ国際貢献だ。軍拡そのものが国際貢献だなんて、とんでもないことを言う」。

 以上の中内功の思想は、これまでの大学経営にも反映されていて、中内功が理事長・学園長を務めた流通科学大学で「日の丸」が掲揚されたことは一度もない。ただし昭和天皇の崩御の日は、文部科学省から「日の丸」掲揚の指示があり、流通科学大学に初めて日の丸が掲揚されたと思うのだが、私は見ていない。

 事業家・革命家・思想家としての中内功の研究は、今後も継続される価値はある。もし中内功が経営者としても成功していれば、かえって事業家・革命家・思想家としての中内功のより重要な歴史的な意義が軽視されていたかもしれない。中内功を批判することは簡単だ。それは結果論だからだ。ただし簡単に批判したとしても、そこから新しい知見は発見されない。当たり前の結論しか導出されないであろう。

 そうではなく逆に、中内功を肯定的に評価する試みの中から、新たな教訓が次の世代に受け継がれていくと考えられる。本書の著者・大塚氏の意図もそこにあったと私には思われる。さらに同時に、中内功の最後の居城であった流通科学大学に勤務する教員として、私自身も中内功からの様々なメッセージに応えなければならないと思う。そうでなければ、中内功を理事長とした大学に、何らかの縁があって私が勤務した意味がないではないか。

 私は、大学教員の本質はサラリーマン(=教育研究労働者)であるが、その精神は事業家でなければならないと思っている。独創的な研究分野の開発・開拓が、大学教員の社会的使命である。これは事業家の仕事と共通する。中内功から私はこのことを学んだ。その一つの到達点が、このブログで紹介している「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」である。さらに、今年で第5回目となった「ラオス清掃ボランティア活動」である。このようなことを本書を通読して、私自身が確認できた。

 「上田先生、何でも最低10年間は続けなあかん」。この中内功の言葉は私にとって重い。来年もラオスのボランティア活動、「やらんとあかんな」と思っている。

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2007年9月16日 (日)

中国企業における「誠信経営」:作新学院大学大学院・宝虎氏の研究報告から

 アジア経営学会第14回全国大会(主催校:同志社大学)で私は、9月16日(日)に作新学院大学大学院・宝虎氏の「現代中国企業における「誠信経営」」という研究報告の司会をした。

 企業不祥事の多発は中国のみならず、日本でも同様である。これは「企業倫理」の欠如を意味する。その倫理感を象徴する基本的な理念として、宝氏は「誠信経営」を指摘する。英語で「誠信」は、integrityである。まさに時宜にかなった論題である。

 誠信経営とは広義には、企業がその各種利害関係者に対し誠実と信用を理念として行動する意味であり、いわゆる関係領域への対処に際して求められる価値理念である。狭義には、企業が自主的に倫理規範を策定し、その倫理・行動規範を順守することである。

 たとえば中国では、胡錦涛・国家主席が2006年3月4日に全国政治協商委員会第10期全国委員会第4回会議において、八栄八恥という道徳観を提唱したそうである。

 ① 祖国を熱愛することは栄光/祖国に危害を与えることは恥辱
 ② 人民に奉仕することは栄光/人民に背くことは恥辱
 ③ 科学を尊重することは栄光/無知蒙昧は恥辱
 ④ 労働にいそしむことは栄光/労働を嫌悪することは恥辱
 ⑤ 団結と互助は栄光/個人を傷つける利己主義は恥辱
 ⑥ 誠実さを信義を守ることは栄光/利により義を忘れることは恥辱
 ⑦ ルール遵守は栄光/法と紀律の違反は恥辱
 ⑧ 苦労をしのび奮闘することは栄光/奢侈と安逸に溺れることは恥辱

 宝虎氏によれば、以上は「内容として特に目新しいものはないが、中国では依然として「政治家や官僚の腐敗」「拝金主義」「企業の不正行為」等が大きな社会問題となっており、国家主席が改めて道徳観を説いたことが注目された。」

070916_13480002  あえて上記8項目を指摘しなければならないということは、それだけ中国の「恥辱」が蔓延しているとみなすことができる。儒教主義に基づいた中国人の生活慣行は、かつての文化大革命と最近の市場経済化によって崩壊してしまったのであろうか。こういった儒教精神は、今日では韓国やベトナムで継承されていると私は思う。年長者・先輩・先生を尊重し、家族・親族を大切にする。信義を重視する。こういった精神は、かつての日本にも継承されていたが、最近では希薄になってきたと私には思われる。(写真:同志社大学・今出川の正門)

 宝虎氏の報告は、大学院生として水準以上の優れた研究発表であり、大いに私は勉強させていただいた。会場からは、前大阪市立大学・稲村先生、前慶応義塾大学・植竹先生、前立命館大学・仲田先生といった「企業論」分野の権威の方々の手が次々に挙がり、内容の濃い質疑応答の機会をもつことができた。宝虎氏は、前明治大学の中村瑞穂先生の指導を受けられている。さすがに企業支配・企業統治・企業倫理で最先端の議論を先導されてきた中村先生のお弟子さんだと思われた。

 私見では、企業不祥事を防止するための具体的な方法として、たとえば「内部告発」といった制度の導入は効果的と思われるが、その効果は中国と日本で相違はあるのだろうか。もっとも、この制度は「告げ口」や「チクリ」の奨励である。あまり気持ちのよいものではないが、不祥事の防止を優先させるなら、こういうことも考慮されなければならないであろう。いやな時代になったものである。

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2007年9月15日 (土)

アジア経営学会第14回全国大会:同志社大学で開催

 アジア経営学会第14回全国大会同志社大学今出川)で開催されている。9月14日(金):理事会、9月15日(土):研究報告、9月16日(日):研究報告の予定である。

 私は、柄にもなく理事に選出されており、14日から連日出席している。以下では、9月15日(土)における印象深かった報告が紹介される。なお、アジア経営学会の詳細は、次のHPを参照していただきたい。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsaam/index.html

なお、同志社大学商学部で私は非常勤講師として20年ほど前に「企業集団論」という070916_13480001_4 科目を講義していた。その当時、ダイエー会長兼社長の故・中内功氏を講義に招聘した。受講生が500名近く集まり、次から次に質問の手が挙がった。ダイエーも中内氏も元気であったし、私も若かった。昔と変わらぬ今出川の煉瓦作りの校舎の間を歩きながら、そんなことを思い出した。

 今回の学会報告の中にはベトナムに関するテーマはなかったが、いくつかの報告の中でベトナムについて触れられている。たとえば鈴木康二先生(立命館アジア太平洋大学)は、「インドネシアの新投資法で外国投資は増えるのか」という論題で報告された。その中で、インドネシアよりもベトナムの方が日本企業の製造拠点として人気が高いと指摘されている。ベトナム最大の魅力は、良質な労働力と評価されている。

 鈴木先生は、ベトナムのビジネス研究の先駆者であるが、最近はベトナムについて本格的に言及されないのは残念である。たまたま会員総会で席が隣であり、「最近はカンボジアが面白いですよ」といった会話を交わした。

 藤本隆宏先生(東京大学大学院経済学研究科・東京大学21世紀CEOものづくり経営研究センター長)は、「アジア諸国における設計思想と比較優位に関する試論」という記念講演をされた。藤本先生は、設計思想に関係する人のすべては「もの作りの人」という考え方で、生産のみならず、サービスや販売なども「もの作り」の発想が必要だし、それが重要だと指摘された。つまり生産工学的な発想があれば、それはすべて「もの作り」ということである。

 藤本先生は、経済学におけるリカードの「比較優位説」の観点に基づいて、製品設計者の発想(=製品アーキテクチャ)をインテグラル(擦り合わせ)型モジュラー型(組み合わせ)型に区分して、各国の生産の優位性を分析された。そこでは、米国と中国は、モジュラー型の製品生産に優位性を持った国であり、日本はインテグラル型、台湾は、その両方の要素を持った国であると指摘された。

 そしてベトナムは、インテグラル型の製品アーキテクチャをもつ国として比較優位性を発揮する可能性の高い国と言明された。日本人はベトナム人に中国人よりも一般に親近感もしくは親和性をもつ。それは、インテグラル型の生産技術を日本からベトナムに移転する前提もしくは背景となる要素である。このインテグラル型のアーキテクチャが成立する具体的な条件は、多能工の存在と長期雇用制度である。これらの条件が維持される限り、日本のもの作りも健在と言いうる。

 私見では、多能工と長期雇用という自国の比較優位性・競争優位性について、ベトナム人自身が自覚・納得することが求められる。中国に勝てるベトナム的な要素は、これである。低コストで多能工が養成できる国がベトナムである。この認識をもって日本企業はベトナム進出を検討することが必要である。ベトナムでモジュラー型の製品生産を志向しても、それは良策ではない。

 ベトナムは、けっして「中国+ワン」の国ではない。藤本先生によれば、中国はモジュラー型、ベトナムはインテグラル型に分類される国である。それぞれの国に特性に適応した製品生産が直接投資先を検討する要点である。それが成功の要因とも言える。ブームに流されず、自社の製品特性を考慮し、経営者が進出国を決定する。このような意味で、経営者の役割は重要である。

 以上、藤本先生の指摘である。そういったベトナムが、ベトナムらしさを発揮することが求められる。それが、WTO加盟を果たしたベトナムの国際競争力の源泉とみなされる。

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2007年9月14日 (金)

ベトナム直接投資の速報:市川さんの資料から

 ベトナムの計画投資省(MPI)と外国投資庁(FIA)において、外国投資アドバイザーとして対省庁や日本人投資家に助言・提言されているJICA長期専門家の市川匡四郎さんが8月13日に作成された資料によれば、日本の直接投資は昨年7月末時点よりも本年は増加している。

 対ベトナム国別直接投資 2007年7月20現在

         件数(増減)   投資額(増減)
日本       83(+ 17)   427(+   107)
シンガポール  44(+ 26) 1,316(+ 1,231)
台湾      109(+ 61)   488(+   403)
韓国      214(+118) 1,434(+   941)
中国       56(+ 34)   210(+   171)
香港       27(+ 20)   127(△   493)
米国       31(+  6)   157(△   287)
その他     209(+124) 2,212(+ 1,525)
合計      717(+350) 6,371(+ 3,598)
 (単位) 投資額:100万ドル

 市川さんは、上記の数値について次のようにコメントしている。「2007年もベトナムへの新規投資は極めて旺盛で特にシンガポール・韓国・台湾等が前年同期比大幅に増加させており、電子機器関連及び不動産投資が多い。」

 私見では、シンガポールと韓国の両国においてのみ、本年度7月までの投資金額が10億ドルを超えている。ただし件数を見れば、韓国はシンガポールの4倍以上となっている。これは、シンガポールよりも韓国の1件当たりの投資金額が小さいことを意味する。このことを明示するために、次の表を作成してみた。

 1件当たりの投資額 2007年1月~7月20日

日本       5.14     
シンガポール 29.91
台湾       4.48
韓国       6.70
中国       3.75
香港       4.70
米国       5.06
その他     10.58
合計       8.89
(単位)100万ドル

 シンガポールの1件当たりの投資規模が他国を圧倒している。これはVSIP(ベトナムシンガポール工業団地)の増設工事が含まれているためであると想像される。すでの南部ビンズン省にVSIPは存在し、日本企業も入居している。その成功を実績として、さらに北部にも2カ所の工業団地の建設を決定したのである。

 さらに注目すべきは、1件当たりの投資金額でも韓国は日本を上回っていることである。ベトナムのみならず、ラオスやカンボジアにおいても韓国投資は日本よりも活発のように思われたが、それは上記の数値によって明白である。ベトナム経済成長にとって韓国投資の動向を無視することはできない。 

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2007年9月13日 (木)

「大学洋上セミナーひょうご2008」第1回講師会議の開催

 来年2008年8月18日~9月7日の予定で「大学洋上セミナーひょうご2008」が開催される。今日は、その講師予定者が参加する事前の会議に出席した。

 これは、兵庫県下の大学・短大34校(注:保護者・本人が兵庫県内在住の関西大学を含む)の大学生500名を対象として、船上(船舶名「ふじ丸」)の講義(4単位が取得可能)とホーチミン市(ベトナム)~シンガポール~広州~香港(中国)の訪問を事業内容としている。(財)兵庫県国際交流協会が運営主体となり、参加大学生に対して兵庫県からの約半額の費用支援がある。今年の主催分担校は神戸大学である。

 私は、ベトナムの経済や社会の概観を講義する予定である。このセミナーでは、流通科学大学が主催分担校となった1997年に「オリエントビーナス」(現在は廃船)に乗船し、シンガポール~パース~ジャカルタまでの船上講義したことがある。したがって今回の乗船は2回目である。神戸大学大学院経済学研究科の藤田教授からお誘いがあったときは、即座に講師を引き受けることにした。

 船旅を経験すると、その魅力は忘れがたい。5星ホテル並の客室で美味しい食事を楽しむ。航空機での短時間の外国旅行ではけっして味わえない優雅さだ。以前の「オリエントビーナス」の大学洋上セミナーでは、クジラやイルカの勇姿を船上から見ることができた。これは、一生に1回あるかないかの想い出である。

 今回の「ふじ丸」は、映画『踊る大捜査線:レインボーブリッジを封鎖せよ』のロケにも使用された豪華客船(23,235トン)である。今日は、神戸港に停泊中の同船の船内案内をしていただいたが、通路が広くて「車いす」でも乗船できる余裕の設計となっている。また学生を含めた何回かのディナーパーティも開催される。

 このように書けば、何て贅沢な旅なんだろうと思われるかもしれないが、船上での講義には苦労も多い。
 (1)船酔い:これは教職員にも学生にも同条件で課せられる試練だ。以前は、学生が船酔いで退出しても、私は講義を最後まで続けた。ただし、フラフラして白板に文字が書けない「揺れ」もあった。
 (2)限られた空間での資料不足。学生から質問があって「少し待ってください。次回に解答します。」といった対応ができない。
 (3)インターネットが使用できない。ということは、このブログを書くことができない。ある程度まで世間から隔離された状態となる。これは、インターネット社会から解放された気分転換になるかもしれない。
 (4)兵庫県下34大学の学部も異なる学生に対する講義となれば、それなりの講義の工夫が必要となる。また閉鎖された講義室ではなく、船内のサロンやラウンジでの講義となる。これは教員も学生も集中力に欠けることになる。

 以上、いろいろ障害はあるにせよ、ともかく楽しい講義を提供したい。教員が楽しくなければ、学生も楽しくない。講義内容はベトナム。話題は尽きないから、少なくとも私は楽しくないはずはない。期待のふくらむ講義である。なお、昨年までのセミナーの様子は、次を参照されたい。http://www.hyogo-ip.or.jp/memory99/homepage.htm
 

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2007年9月12日 (水)

ロータス投資運用会社提供「ベトナム経済ニュース(12)」:ベトナム投資ファンド運用成績

ベトナム株式市場は調整局面が続いている。今年に1,100を超えた株価指数は800代に下落。それに伴って各社の株式投資ファンドの純資産価値も減少している。この中で昨年12月に認可されたロータス投資運用会社(LotusIMC)は、本年6月当初から株式運用を始めているが、その成績は以下の通りである。

ベトナム投資ファンドの運用成績:純資産価値の変化率

「VN-FUND-P.doc」をダウンロード


 ロータスPIM(Private Investment Managementとは、投資ファンドに参加を望まない個人・法人の投資家を対象としており、投資資金を「ロータス社」に運用委任する「一任勘定の投資口座(ラップ口座)」である。この取引は個別契約であり、投資方針は相談可能である。外国人の最低投資金額は10万ドル以上。ベトナム在住外国人は2万ドル以上。ベトナム課税は最終売却金額の0.1%である。この低い税率は魅力だ。


 この業務の認可を同社は本年3月5日に取得した。このようなビジネスは、ベトナム証券業界で最初である。当面のベトナム人投資家は自分で株式売買したいと考えるから、このような資金の運用委託を考えていないのである。この金融商品の期間は原則2年間。契約書は英語・ベトナム語を正文としている。

 100万ドル以上の大口投資金額になれば、「戦略パートナー」としてIPO前の上場予定会社に割安に投資可能である。

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2007年9月11日 (火)

休憩

 今日は休憩。

 とは言うものの、大学に行って仕事を済ませた。日本には日本の仕事がある。

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2007年9月10日 (月)

日本に帰ってきた

 8月10日夕方に日本を離れ、9月10日早朝に関空に帰ってきた。ちょうど1ヶ月間の出張であった。その訪問都市の経路は、次のようである。

 関空~ハノイ~ダナン~ホーチミン市~ダラット~ホーチミン市~プノンペン~ビエンチャン~ルアンプラバーン~ビエンチャン~ホーチミン市~関空

 最終のビエンチャンで、神戸市の大学生の清掃ボランティア活動と合流したが、その時が疲労のピークだった。ホーチミン市では恒例の「子持ちクワ」を1日おきに食べて元気になった。なお、この調査活動の統一テーマのキーワードは「WTO加盟」。それぞれの都市を訪問し、学生を含めた多数の方々の示唆や教えを受けながら、ベトナム・ラオス・カンボジアの特徴が見えてきたように思われる。今後、その見解を報告したいと思う。

 それにしても8月28日に開港したタンソンニャット新空港は、想像以上に立派だ。御Dsc00185 影石の床もよいし、入国管理やチェックインカウンターが広々している。出発と到着が1階と2階に区別されているのも混雑が緩和される。ゴールデンロータスの会員ということで、スターアライアンスのラウンジを使用したが、無線ランが使用できる。軽食も5星クラスのビュフェに相当する。赤ワインも美味しかったし、巻き寿司や裏巻きまであった。

Dsc00188  空港としては、ノイバイよりもタンソンニャットに軍配が上がるように思われた。さずがに日本の円借款による日本のゼネコン共同企業体の施工・設計である。ベトナム航空の職員と話したが、新しくてきれいという感想。何となく誇らしげな顔に見えた。ここまでやるかベトナムだ。

 昨日の流通科学大学の留学生入試の面接でも強い印象をもったが、若い人々の意欲的な向上心が、ますますベトナム高度成長に拍車をかける。そのベトナムの成長力に日本が乗っていけば、さらなる日本の経済成長も期待できるだろう。このように確信した。

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2007年9月 9日 (日)

流通科学大学ベトナム現地入試が開催される

 9月9日(日)、流通科学大学では2008年度留学生現地入学試験を中国・韓国・ベトナムで開催した。ベトナムでは今回が初めてである。

 入試場所は、ホーチミン市のドンズー日本語学校。校長のホエ先生とは10年来の交際である。ホエ先生がAOTS((財)海外技術者研修協会)ベトナム代表をされていた頃からのつき合いだ。私が当時、大阪でAOTS研修の講師を引き受けた時、その研修生の中にAOTSベトナム事務局の女性がいた。そこでベトナムを訪問時に再会したが、その場所がドンズー日本語学校であった。

 1998年のハノイ留学時には、ホーチミン市の企業調査のために出張している私に「ホテル代がもったいないから、学校で宿泊しなさい」と勧めてくださった。お言葉に甘えて、数日間の滞在をしたことを記憶している。あの時のシャワーは、お湯が出なくて冷たかった。なお今でも、多くのベトナム人の生活では給湯設備はない。お湯を沸かして「たらい」(すでに日本語では古語?)で行水する人々が多い。

 また、AOTS研修生のホーチミン市の同窓会で講演したこともある。その時に何を話したのか忘れたが、今から思うと赤面である。このように一宿一飯の恩義があるホエ先生と、ようやく大学と学校間の関係を結ぶことができた。ベトナム人留学生の入学試験をするなんて、当時は想像もできなかった。

 編入学試験の受験生が3名、通常の一般留学生入試が11名であった。これらの受験生は私費留学生であるから、奨学金の受給の可能性は高いものの、当初は日本人と同額の入学金や授業料を支払わなければならない。面接では、この支払い能力に留意しながら質問した。

 優秀なベトナム人であっても、縁故がない、お金がないと外国留学は一般に困難である。これがベトナムの現状だ。それはラオスでも同様に思われる。こういった学生支援ができればと痛感する。これからの私の課題だ。

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2007年9月 8日 (土)

カンボジア証券取引所2009年に開設:フンセン首相が公式発表

 『Viet Nam News』(2007年9月7日)によれば、カンボジア証券取引所が2009年までに開設される。私のカンボジア経済財務省の訪問に偶然に符合するような発表である。ベトナムで、この種のカンボジアの報道がされること自体、ベトナムとカンボジアの経済関係の緊密性を示している。ただし私見では、カンボジアやラオスを「ビジネスチャンス」として把握しているベトナム人は未だ少数である。

 フンセン首相は昨日(9月6日)に、2009年下期に証券市場を開設するカンボジア王国のプロジェクトを公式に発表した。首相は、「証券市場を設立する主要な目的は、金融装置を多様化することである。それによって不動産分野や銀行預金の投資機会を始めとする国内・外国投資家の投資の選択肢を新たに創設することができる」と述べた。さらに証券市場は、経済発展成長を頂点にまで押し上げることに役立つであろうと付言した。

 経済財務大臣のキート=チョホン(Keat Chhon)上級相によれば、カンボジアは、経済発展・法律規制枠組み・インフラストラクチャーの適当な水準に到達するための準備をしているとことである。それは証券市場の証券発行者・投資家・仲介機関についても同様である。「われわれが無視できない他の重要な要因は、会計・監査基準の完全な導入実施である。それによって、透明性・説明責任・良好なガバナンス(企業統治)が保証されうる。」

 「カンボジアには、安心できる証券市場が必要である。そこでは、システマティックリスク(制度的リスク)によって一般の信頼が損なわれないようにしなければならない。」「この間、すでに関連法案を国会に上程し、そのほかの法案は承認のために閣僚会議に提出した。」

 同大臣は、韓国政府と韓国証券取引所(KRX)に謝意を表明した。2007年~2009年に証券市場の人材教育のために180万ドルを提供している。カンボジアと韓国政府は、韓国ノムヒョン(Rou Moo-hyun)大統領がカンボジア訪問した2006年に証券取引分野における協力の「覚書」(MoU:Memorandum of Understanding)を締結した。

 以上、私見では、今なら間に合うカンボジア株式投資に乗り遅れるなと言えないこともないとコメントできる。それにしても、どうして日本の政府そして証券業界はカンボジア証券市場を支援できないのであろうか。もっともカンボジアを支援する韓国証券界の人材を育成してきたのは主に日本の証券業界である。この意味で、日本は余裕をもっていればよいのかもしれない。

 

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2007年9月 7日 (金)

ベトナムに帰ってきた!:ルアンプラバーン~ビエンチャン~ホーチミン市

 9月5日~6日に「世界文化遺産」に指定されているラオスのルアンプラバーンを視察してきた。ルアンプラバーン王朝の所在地であった古都である。かつての王宮が博物館になっており、その内装の黄金を使った精密さは当時の栄華を想起させる。

 9月5日午前10時30分出発の航空機が、ワッタイ空港に行ってみると午後1時に変更になっている。事前に何も連絡がなかった。こうなれば、ノンビリ時間を過ごすしかない。これがラオス流だ。乗客が少ないので燃料節約で飛ばないということは、かつてのベトナム航空で聞いたことだが、ラオス航空もそうなのかもしれない。

 空港ロビーで偶然に、ラオス国立大学経済経営学部のトンペット先生(先生=アチャン)に会った。彼とも2001年以来のつき合いだ。JICA支援で流通科学大学で研修にも来ている。同じ飛行機で、新しく設置されるルアンプラバーン国立大学の教員養成のための仕事で出張だそうだ。日本で、こんな偶然にはめったに遇わない。これもラオス的だ。

5_5  親友のトンバン先生は、すでにルアンプラバーンに出張中でマーケティングを先生の候補者に講義している。この方式は、ラオス国立大学経済経営学部で日本人JICA専門家が、ラオス人教員を指導してきたことと同様である。このように教育指導に関する日本の技術移転・技術協力の効果がある。ルアンプラバーン空港に着くと、トンペット先生の出迎えの自動車に便乗させてもらってホテルまで送ってもらった。偶然は、有り難いものだ。

 午後は、ルアンプラバーン市庁内のSTEA(科学技術環境庁)支部を訪問した。同市はラオスの観光地として有名であるから、その開発を目的とした不動産投資が最近は増加している。ラオスは外国人の不動産所有は禁止されているが、外国人がラオス人名義で土地を購入することは可能である。この現状を最初に質問した。確かに投資は増加しているが、メコン川の向こう側に開発地域は限定されている。古い町並みが残る市内の土地売買は制限があるという解答だった。政府内でSTEAの権限がどの程度あるのか明確でないが、「環境保全」という観点からSTEAに一定の発言力があることを伺わせた。

 清掃ボランティア活動の観点から言えば、CCC(子ども文化センター)が同地に設置されており、そこで環境教育が実施されている。カナダ人のボランティアも指導に来ているそうである。観光都市であるから、環境問題には熱心に取り組んでいるようだ。来年以降の活動の参考になる意見交換ができた。

 9月6日は、建設中のルアンプラバーン国立大学の新大学と、上記のトンペット先生らが指導している古い大学の両方を訪問。その後、セーの滝を見学した。新大学は、韓国政府の支援で建設中の大きなプロジェクトである。韓国が、カンボジアと同様にラオスに対してもODA供与を強めていることを実感した。

 私見では、このように最近の韓国がODAに熱心なのは、政府による企業支援の新しい形態であ62_2る。これまで韓国大統領と財閥の個別の親密な関係が指摘されてきた。たとえば、かつてのキムヨンサン大統領を三星財閥が選挙前から支援しており、その見返りとして、経済合理性からは疑問が多かった三星自動車の設立が認可されたという話がある。このような政府の露骨な企業支援が、1998年以降のIMF改革後にできなくなったので、ODAという「美名」の下に政府が企業に資金提供しているともみなされる。これは日本の方法を韓国が模倣したとも言える。

 工事は、正門と校舎の一部が完成している。ラオス国立大学ドンドック校舎には、一部の古い校舎が残っているのに対して、ここはすべてが新しい。市内中心から遠いのが難点であるが、おそらく寮が用意されるだろうから、竣工すれば、立派な大学になるだろう。首都ビエンチャンのラオス国立大学が「東京大学」なら、古都ルアンプラバーン国立大学は「京都大学」に相当するように思われた。今後、大学間での競争原理が働けば、研究教育分野の向上にとって効果的だ。

 セーの滝は、驚愕の観光地に変身していた。ゾウが飼われるようになった。1人で9ドルを払うとゾウの背中に乗って、川の中でも悠然と進むことができる。まるで「水陸両用車」である。向こう岸まで行って、さらに戻ってくるまで約30分間。この9ドルは価値がある。ただし、このセーの滝まで行くために6_42渡し船」に乗るのだが、この料金は不確定であるし、船の整備状況もよくない。新しい観光の目玉として、やさしい目をしたゾウがいるのに、そこに行くまでは旧態依然である。

 以前に、最低限の安全設備である救命胴衣がなければ、乗船しないという親しい日本人がいた。確かに、それは自己のリスク管理としては正しい選択だ。もし船が転覆すれば、雨期のメコン川の水量は多いから、さっと川下に流されるだろう。これらの改善は今後の課題である。観光地として、大部分のラオスは「バックパッカー」を中心とした「エコツーリズム」の段階でしかない。外貨獲得のために、より多くの一般の観光客を迎え入れる洗練された観光地になっていない。もう少し時間がかかるだろう。

6_19  なお私は、このセーの滝で泳いだ。数年前には、クワンシーの滝でも泳いだ。いずれも水は濁っていたが無臭である。石灰質を大量に含んでいるためである。濁っていても「汚い」という印象はなかった。その後の肌荒れもない。9ドル出してゾウに乗る学生と、無料で川で泳ぐ先生。ラオスの経済と観光の発展にとっては、学生の行動がより望ましい。しかし、日本なら「危険ですから泳がないでください」とか「遊泳禁止」の標識があるような場所で泳ぐから楽しい。これが、エコツーリズムの発想だ。多様な観光客のニーズを満たすための全国的な「観光デザイン」が必要とされるであろう。おそらく観光業も重点政策としているラオスでは、、すでに用意されているはずだ。

 その後にラオラーオの村に行った。餅米からの蒸留酒を作っている村だ。45%~55%の強い酒だが、クセがなくて甘みが少しあり飲みやすい。こういった蒸留酒を輸出品にまで商品開発するためには、やはり専門家の指導が必要であるが、そうでないからこそ観光地としての価値があるとも考えられる。以上、国際観光都市としてのルアンプラバーン発展の可能性を少し議論した。発展のための十分な潜在力があるだけに、今後も注目したいと思う。

4_36  6日の午後7時前の飛行機でにビエンチャンに戻り、7日は朝からビエンチャン~プノンペン~ホーチミン市に戻ってきた。ビエンチャンのワッタイ空港では、英字新聞『ビエンチャンタイムズ』8月6日付けに活動の様子が紹介されていた。また、流通科学大学大学院を卒業した国費留学生カンパティップさんによれば、ラオス語の有力紙『パテトラオ』紙にも大きく掲載されたそうだ。こういった活動をラオス国内で広げるために報道の役割は重要である。来年もがんばろうという気持ちになる。

 新空港からエースコックベトナム社を直接訪問し、同社の浪江社長と梶原さんに即席ラーメンのご寄付を賜った御礼を申し上げた。同社のマーケティング担当のベトナム人にビエンチャンで会ったが、タイ製品に負けないようにラオスで第1位シェアになると意欲的だった。会社の発展は自分のため、顧客のため、投資家のためという経営理念がベトナム人にも浸透していると実感できる。だからこそ日系企業で頻発した「山猫ストライキ」も発生していない。同社の製品は、ラオスやカンボジアのみならず、欧米・オーストラリア・シンガポール・中東などベトナム人が在住しているところには、ほとんど輸出されている。ベトナムの味は、異国のベトナム人には郷愁を感じさせるのであろう。もちろん日本人の私が食べても美味しい。

 なお、ラオスの清掃ボランティア活動には、同社の即席ラーメン30箱のほかに、箕面船場ライオンズクラブ兵庫大学からの活動資金の援助を受けた。ご協力を賜った皆さまに、ここに記して感謝を申し上げたい。

 ホーチミン市では、恒例で待望の「子持ちクワ」を食べてボランティアの学生達を見送った。「美味しい」とか「もったいない」とか言いながら身をほじくって黙々と食べる学生を見ているのが楽しい。100グラムで2万ドン。ベトナムでは高いが、日本では安い。クワ最高! ベトナムに帰って元気も出たし、さあ仕事と思ったら、もう日本に帰らなければならない。ベトナムにはベトナムの仕事があり、日本には日本の仕事がある。両者の一体化も可能であるが、それには時間がない。それが現状だ。

 最後の偶然に、学生と別れた後、私の宿泊ホテルのレストランで中央大学商学部・高橋由明教授が夕食をされていた。先生は、国際協力基金の支援で貿易大学ホーチミン分校で講義されるために来られている。教材は、ご自分で制作されたベトナム語版の経営学の教科書である。ホーチミン市に来られていることは以前に知っていたが、今回はお目にかかる機会がないと思っていた。

 それにしても高橋先生とは偶然の出逢いがあり過ぎる。その理由は簡単だ。先生と私の行動範囲が極めて限定されていて、それが重複しているからだ。近くの足マッサージの店とインターネット店を先生にご紹介したことから、両者の徘徊地域が限定されてしまった。以上、偶然から始まって偶然で終わる数日間だった。

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2007年9月 6日 (木)

ラオスのWTO加盟:その進捗状況は?

 2007年8月30日の英字新聞『ビエンチャン=タイムズ』によれば、ラオスのWTO加盟について次のように述べられている。

 ラオス工業商業省は、数ヶ月後に開催されるスイス・ジュネーブの第3回交渉会議において、WTOからの一連の質問に対する解答を準備している。工業商業大臣Nam Vinhaket博士は、「11月の会議では、WTOに対してラオスの製品・サービスの一覧表をわれわれは発表する」と、WTO加盟局長Arif Hussain氏が昨日(8月29日)にビエンチャンを訪問した時に述べた。

 同氏の訪問目的は、WTO加盟の準備を議論すること、さらにラオス理解を促進することである。規制法的分野で必要とされる税金削減・法的枠組み・改正のようなWTO加盟に関する多数の問題交渉に対してラオスの担当者は準備しなければならないであろう。

 Nam博士は次のように述べた。ラオスは、農産物や食肉、製造品質基準、商標保護、投資とビジネス操業の発展に関するそのほかの手続きに関連する規制や法律を起草・再制定しなければならない。「これらの規制や法律が発効しなければ、われわれの貿易やビジネスをWTOは容認しないだろうし、ラオスに投資は向かわないかもしれない。」

 博士は次のように指摘した。規制や法律はラオスの利益だけでなく、海外貿易の関係者をも保護するであろう。同省の職員は、質問に解答するために懸命に作業しており、間もなく国会に対して草案を提出し、それが検討され、おそらく採択されるであろう。

 私見では、ほかの消息筋によれば、ラオスは当初、2010年の加盟を目標としていたが、最近は目標年月を公表しなくなった。いずれにせよ、ベトナムでは「明治維新」とか「戦後GHQ改革」に相当するとみなされたWTO加盟である。ラオスの国益を考えた慎重な対応が望まれる。拙速は、外国企業の参入による国家財産の「切り売り」になる可能性もある。

 現在のラオス産業は縫製・手工芸品・観光が主であるが、南部セポンの金と銅の鉱山で大成功したオキシアナ社(オーストラリア)を想起すればよいが、「資源大国」という見方もできる。広大な国土を外国人投資家が「ハイエナ」のように買い漁る事態はカンボジアで見られるが、その教訓を学ぶべきである。

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2007年9月 5日 (水)

ついに謎が明らかに!;ベトナムの「クワ」は何か?

 今日は、ビエンチャンからルアンプラバーンに移動する。おそらくインターネットは使用できなくなるので話題をベトナムに移す。

 大阪大学大学院博士後期課程の板東あけみさんは、このブログでも何度も紹介している。「ベトナム大統領勲章」を3回も受章されているベトナムの英雄(ヒロイン)だ。何をなさっているかといえば、ベンチェ省を中心にして日本の「母子手帳」をベトナムに普及させるボランティア活動を始められ、それが今日では全国的に普及しようとしている。

 この板東さんからの以前の情報で私はDsc07479、 ベトナムの「クワ」は日本の高知県の「エガニ」であると紹介したが、写真は「エガニ」でないようである。ともかく私は、ホーチミン市の中華街の海鮮料理店で「クワ」(特に子持ち)を食べることをベトナム最大の楽しみにしている。また、それを日本人に食べさせることも楽しみである。「どうですか? 美味しいでしょう! それがまた安いんですよ。」というセリフを言いたいのである。板東さんの貴重な情報に感謝したい。

 「高知の魚屋さんに画像を送って伺ってみたところ、下記のようなお返事でした」(引用)。

★★★★★ 土佐の魚屋 山もと ★★★★★
 お問い合せありがとう御座います。
 映像のカニは ノコギリガザミ だと思います。
 「えがに」と同種です。
 最近では 南方から安く輸入して 販売しているサイトも見かけます。
 こんなに獲れていると、価格も安く 食べ放題ですね
 お問い合せ ありがとう御座います
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  土佐の魚屋「山もと」http://www.tosa-sakanaya.com 
      メール info@tosa-sakanaya.com
 〒780-0972   高知市中万々57  鮮魚山もと
        TEL 0888-73-0763     FAX 0888-73-0789
       フリーダイヤル 0120-73-0763
                店主 山本英男
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 私は上記の山本さんと面識はないが、ここで紹介させていただくからには、ぜひ高知の「えがに」または「ノコギリガザミ」を近々に注文したいと思う。

 なお私見では、私の知っているホーチミン市の「クワ」は、写真よりも大きい。日本では「ノコギリガザミ」と「エガニ」を区別しているが、ベトナムでは両方を一緒にして「クワ」と呼んでいるのではないか。このような感じがするが、確証はない。「クワ」についての疑問は尽きない。

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2007年9月 4日 (火)

ラオスでの活動:その2

 昨日、ラオシルク博物館で「バーシー」が開催された。それは村の長老を司祭として、各自の健康・幸福を祈りながら、参加者の手首に紐を結ぶ儀式だ。この博物館では、すでに本ブログで紹介しているように、日本政府の2006年度草の根文化無償資金協力によDsc00001a_5 って「日本ラオス伝統文化教育館」が建設中である。

 この博物館の存在は、ラオス人にも未だ十分に知られていない。参加したSTEA(科学技術環境庁)の職員も、その展示物や雰囲気に感激していた。われわれ外国人とラオス人が一緒に感動する。それが「歴史の重み」というものであろう。それにだれもが圧倒される。写真は、バーシー後の立食のパーティである。この日は、少し大きめの「コオロギ」の唐揚げが珍しかった。日本の「小エビの唐揚げ」よりも、あっさりしていて香ばしい。これは気に入った。

 さて今日は、午前中にChome Phet Tay中学校を訪問した。兵庫県の学生が中心となって組織された清掃ボランティア活動に参加するためである。朝から雨が降っていたが、清Dsc00001a_68掃活動が始まる頃になると晴れた。そのために涼しく、ほとんど汗はかかなかった。200人が4クラスに別れて、それぞれの教室で兵庫大学の相坂さんが作成した紙芝居を見せて環境問題の重要性を説明し、その後に生徒と一緒に 学校周辺のゴミ拾いをした。最後に日本から持参した画用紙とクレヨンで環境問題の「啓発ポスター」を生徒自身にに描いてもらった。そしてビナエースコック社に提供してもらった即席ラーメンを200名全員に配布した。

 経済発展と同時に自然環境の保護が重視されることは当然である。それは日本の高度経済成Dsc00001a_55長時代の教訓でもある。この問題に対する国民の意識向上のためには、小中学校における環境教育が効果的である。このような趣旨で、STEAの協力の下に「清掃活動」が毎年継続している。

 午後は、日本大使館を訪問した。以上の活動を報告すると共に、ラオスの経済状況やWTO加盟の進捗状況について、お話を伺った。また「東西経済回廊」については、「第1」がタイのムクダハンからラオスのサバナケットのルートであり、「第2」がカンボジアのルート。これらに加えてラオスの国道18号線からベトナムの19号線を経由してプレイクに向かうルートもあるそうだ。これはベトナムのラオス支援の一環で施工されたそうである。道路だけでなく、病院や学校もベトナムからの支援で建設。ラオスに対するベトナムの積極的な接近が、今回のダナン訪問でもラオス側からも知ることができた。

 ベトナム山岳部に建設中の「ホーチミンルート」(南北の第2幹線)は、山岳の貧困改善のための政治的な意図があると考えられてきた。しかし、それにラオスやカンボジアの東西の幹線が複数に連結されれば、それは大きな経済効果をもつことになる。今になって、ベトナムの道路インフラ建設の全貌が見えてきた。ホーチミン道路の意図は、そういうことだったのだ。

 ラオス北部は中国、ラオス南部はベトナム、そして全土に及ぶタイの影響(たとえばラオスではタイのテレビ番組が放映。ほとんどのラオス人がタイ語を理解する)。このようにWTO加盟国における経済統合(FTA・EPA)の世界では、各国の「陣取り合戦」が始まっているとみなされる。このことはカンボジアでも痛感した。ラオスやカンボジアが、その「合戦」の舞台になっているように思われる。

 次に、JICAシニアボランティアとしてビエンチャン特別市・計画投資局で働いておられる井幡さんを訪問した。ビエンチャン市西部の貧困地区を改善するために「一品一村運動」を推進するお仕事をされている。竹炭や蜂蜜が有望という説明をしていただいた。私見では、大分県で始まった一品一村運動は国際的な広がりがあり、タイで効果的に実践されたと聞いている。それがラオスでも展開されようとしている。より統一・調整されたラオス全土の取り組みが望まれる。井幡さんの努力に敬意を表したい。

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2007年9月 3日 (月)

ラオスでの活動:いろいろやります

 今日から始まるラオスの活動は、今まで以上に多忙だ。学生4名(東さん:神戸市立外国語大学、中村くん:神戸芸術工科大学、相坂さん:兵庫大学、上谷さん:甲南女子大学)に加えて、社会人の石井さん・中谷さんが昨日に来寮された(写真参照)。この6名は、第5回「ラオス清掃ボランティア活動」メンバーだ。また偶然に昨年までメンバーだった神戸大学大学院Dsc00011 国際協力研究科の中野さんも同じ飛行機だった。

 この「メンバー」というのがスゴイ。単なる参加者ではなく、自らが計画・準備して活動する。航空券やホテルの予約まで自分でやっている。これらの活動が、学生を成長させることは間違いない。社会人の中谷さん(流通科学大学「生涯学習の会」会員)に言わせると、私からの厳しい注意メールを何度も受け取っても、それにめげないで、ここまで来た学生はエライということになる。本来は何回かのミーティングをしなければならないのに、それをメールのCC機能で情報共有しながら、ここまでやってきた。ラオスで初めて会う学生(上谷さん)もいたほどだ。

 昨年から私は、できるだけラオスのこの活動を学生の自主性と主体性に任せることにした。なぜなら、この活動のラオス側カウンターパートであるSTEA(科学技術環境庁)青年同盟が、この活動に習熟してきたからである。日本側メンバーは初めてだが、ラオス側メンバーは担当者が決まっている状況である。

 このボランティア活動の第1回は2003年。流通科学大学3回生(当時)の大須賀くんが提案・開始し、ラオス側に活動を理解してもらうことが最初だった。在ラオス日本大使館も支援してくれ、「アセアン交流年2003」の活動に認定された。当時の橋本特命全権大使と現在も在職のピッサマイ科学技術環境庁長官も清掃活動の参加を賜った。

 2003年当時の事情は次のとおりであった。ラオスは発展途上国であり、今日まで国際的な援助対象国である。そこでは「援助慣れ」という問題が発生していた。2003年末にアセアン首脳会議がビエンチャンで開催予定であり、そのために市内の清掃活動は急務であった。その清掃活動にまで、資金援助をしてほしいと日本大使館にラオス政府側が申し出た。清掃活動には、特に大きな資金は必要ない。やる気があれば自分でできる。そのタイミングで、上記の大須賀くんが清掃ボランティア活動を提案したのである。

 その基本コンセプトは、「してあげる」・「提供する」・「寄付する」という「一方向」ではなく、共に「一緒にやる」ということだ。ラオス人の学生や青年と一緒になって、ラオスの小学校や中学校を訪問して、ゴミ問題について「紙芝居」やゲームをやって、その後に全員で一緒に学校周辺のゴミを拾う。このような簡単な活動だが、一緒にやるための準備や配慮が必要である。

Dsc00024

 写真は、科学技術環境庁・副長官・サクホン(Sakhone Chalernvong)閣下である。われわれの活動に歓迎の挨拶を賜り、来年の再会を期待したいと述べられた。

 日本側の立場は、日本で施行された「循環型社会形成推進基本法」である。その中の基本概念(① 廃棄物等になることの抑制=REDUCE)、② 原材料としての再生利用=RECYCLE、③ 発生した循環資源の再利用=REUSE ④ 熱回収 ⑤ 適正処分)について、日本の現状や課題を毎年ラオス側に紹介している。

Dsc00032  リーダーの中村くん(神戸芸術工科大学)は、大学間の単位互換講義「比較企業論」の受講生であり、受講の前からラオスの活動に関心をもっていた。そこで私の勤務先の流通科学大学を含めて近隣大学にメンバーを募集した。その結果が、以上の6名となった。

 写真は、科学技術環境庁内で日本の環境問題についてプレゼンテーションをする学生メンバー(東さん)である。ラオス側の報告は、日本の支援で実施されている衛星写真による自然環境の調査や管理についてであったが、日本側は、上記の「基本法」について説明し、その後に環境教育の重要性を指摘した。

 この報告に対しては、ラオス側から「熱回収」とは何かという質問があった。私見では、現在のラオスは、ダイオキシン発生の懸念があることと、政府予算の制約、さらに豊富な遊休地があるために、ゴミ焼却施設が未だ存在していない。したがって、この質問は当然である。

 このような活動を私は側面から支援したいと思う。本業の研究調査では、ラオス国立大学経済経営学部、日本大使館、JICA専門家などでの意見交換や資料収集を予定している。

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2007年9月 2日 (日)

マーケティングの教祖(=グル):フィリップ・コトラーがベトナムで講演した!

 今日は、ラオスで休日だ。この調査旅行も終盤となり、さすがに疲れた。これまでに書きためておいたベトナム関係の記事を紹介し、それについてコメントする。

 日本における経営学者の中には、ベトナムの高等教育はマルクス=レーニン主義に今でも基づいていると考えている人々がいる。もちろん社会主義社会を志向する国家として、それは履修科目の中に含まれている。しかしマルクス=レーニン主義の講義科目は、欧米や韓国ですら同様に存在している。

 ベトナムと欧米・韓国との相違は、やや極端に言えば、前者が必修科目であり、後者が選択科目という程度であろう。このように考えれば、日本における今日の高等教育は「偏向」していると言ってよいかもしれない。ほとんどの大学では講義科目としてマルクスやレーニンを学ぶ機会が消失している。それは学問的・学術的な素養として不可欠なように私には思われるが、大学における「学生満足最優先」の風潮は、そういった素養なんて遠回りな教育は後回しにされているように思われる。

 さて、このようなベトナム経営学の現状誤認を改訂するためには、表題の事実を指摘することが一助になるだろう。マーケティング学界・実務界の大御所であるコトラーがベトナムに来て、その講演にベトナム人は納得した。日越経済交流センターのタム代表は、「私の考えていたことと同じだった」と感想を述べた。すでに彼女は、コトラー『マーケティング原理』(ベトナム語版)を読んでいた。日本のマーケティングを学ぶ大学生でも読了者は少数である。以下の引用はThe Saigon Times, Weekly, No.35-’07(830),August 25,2007,pp.20-21.

 この8月に来越したコトラーは述べる。「米国において人々は、インテルが中国ではなくここベトナムで工場建設していることを知らない。ヤマハやナイキがここベトナムに存在することを知らない」と。「2000年以来、ベトナムの皆さんはビジネス界の門戸を開放してきた。ビジネスピープルをビジネスさらに世界に向けて目覚めさせてきた。7年間で、皆さんが成し遂げたことが、いかによりよいものであったかを誰もが知り得た。私たちは期待しています。次の7年間で、皆さんベトナムのブランドが成長し、高く尊重されることを」。

 私見では、この2000年は「企業法」が施行された年であり、さらに同年に証券取引センターがホーチミン市で開設されている。まさに民間企業が尊重され、株式会社が認知された元年である。コトラーが、世界に向けたベトナムビジネスの本格的な出発点として2000年を特徴づけたことは、さすがに卓見である。ただし私は、株式会社や株式市場の開設が社会主義を志向する国家戦略と矛盾しないと考えているが、コトラーにすれば、証券取引所が開設されたことが、社会主義から資本主義への転機を意味するのかもしれない。

 コトラーの主張の要点は、ベトナムのブランド価値を向上させることである。世界に向けてベトナムに関する認識度を高めるために、あらゆる機会を活用することである。たとえば確かに、今年のサッカーアジア杯における日本=ベトナム戦はベトナムに対する日本人の認識を高めた。

 コトラーを招聘した主催者は、外資系コンサルティング会社であったが、その影響は大きかった。会場に入れない人々のためにビデオ放映もされたそうである。このようなイベントは、ベトナム自身に対する影響より以上に、ベトナム市場経済の発展を世界に認識させることになる。

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2007年9月 1日 (土)

カンボジア第6日目:国道1号線をベトナム国境に向かう

 プノンペンから国道1号線を東に進めばベトナム・ホーチミン市、国道5号線を西に進めばタイ・バンコックに向かう。これを「第2東西経済回廊」と呼んでいる。タイとベトナムを結ぶ幹線道路の中で、ダナンを終点とする「第1」と、ホーチミン市を終点とする「第2」がある。Dsc09867

 昨日(8月31日)、ベトナム国境のバベット(ベトナム側はモックバイ)まで約2時間半かけて国道1号線を走った。運転手は寡黙だが安心できるトーチンさん。この国道は、日本のODAによって改修されており、大林組が施行を担当している。

Dsc09943  すでに2つの架橋工事は終わっているが、最長の渡河には今もフェリーを使用している。フェリーに乗り遅れると、30分~40分待たなければならない。この工事の完成が待たれる。そのほかの道路の舗装・拡張は今も工事中であり、その作業はノロノロ、ユルユルだ。しかし外気に触れて、その理由が理解できた。肌をチリチリと焼くような日差しと暑さだ。文字通りの「炎天下」であり、ゆっくりした「カンボジア流」の工事もやむをえない。しかし車中から、日本人と思われる技術者が測量している姿を見かけた。ここでも日本人は頑張っている。頑張るのは「日本流」だ。

 国道1号線を走っていると、ベトナムの大きな存在感に気がつく。緑のMAI LINHタクシー会社がホーチミン市とプノンペンの往復路線を1日に何度も走らせている。タクシー仕様の私の米国製カムリを抜き去っていったが、上記のフェリーで私たちは追いついた。おDsc09881 そらく時速100㎞は出ていただろうが、そのスピードは「ベトナム流」の猛烈な仕事ぶりを感じさせる。

 日本人から見るとノンビリしているように思われるベトナム人も、カンボジアやラオスから見ると、無茶苦茶に仕事する。

 同タクシー会社は、ホーチミン市にを本社があり、ダナンにも多く見かけるようになった。できるだけ私は、このタクシーに乗ることにしている。以前に荷物をタクシー内で忘れたが、その後の対応もよく、無事に荷物がホテルまで届けられたからだ。この会社も株式上場する計画だが、必ず優良企業として高値を付けるだろう。

 ベトナム側のモクバイから国境を超えた直後の道路周辺の「カジノ・ホテル」の盛況に驚かされた。国境まで各ホテルは送迎自動車を用意している。あるカジノに入ると、ベトナDsc09912 ム人で一杯だ。トランプゲームはバカラが中心。スロットマシーンをやっている人はだれもいない。各テーブル周辺に人が群がっていた。宣伝看板によると、5,000ドル儲かるというのが「売り」のようだ。カジノと言えば、米国ラスベガスだが、カンボジアのラスベガスでは、ベトナム人のおばちゃんが、昔から恒例のパジャマ姿でゲームしている。ホーチミン市の金持ちが来ているのかと想像したが、必ずしもそうでないように思う。金持ちはベトナム国内で不動産や株式で「ゲーム」できるから、それよりも一般の小金持ちが多いのではないか。

 この道路の両側の広大な風景は目を見張る。地平線までの緑の草原(田園?)だ。2001年にDsc09967、ラオスのビエンチャンからパクセーまで走ったことがある。この道路の両側は、米国の「西部劇」に出てくるような原野であったが、このカンボジアでは緑一面だ。これがカンボジアらしい風景なのだろう。カンボジアが「カジノ国家」や「観光レジャー国家」として発展してもよいし、広大な大地を生かした「農業国家」として発展することも可能だろう。カンボジアの国土を初めて走ってみて、こんなことを考えさせられた。

 なお、先日にカンボジアでの私の携帯電話を公開したが、プノンペン在住の石原さんからお電話をいただいた。こちらで日本企業向けのコンピュータサービスやビジネスコンサルティングをされている。損害保険の代理店もされているそうだ。新しい出逢いがあって嬉しかった。カンボジア人の奥様と2人のお子様がおられる。カンボジア社会の「生の実態」を聞かせていただいて、次の再会を約束した。

 この1週間、私のカンボジア理解において大きな成果があった。私の勝手なお願いに理解と協力していただいたカンボジアの皆さんに本当に感謝である。さあ、次はラオス・ビエンチャンだ。

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緊急報告:「カンボジア証券法」草案を入手!

 大学教員の一般的な性癖として、大学院生時代にそれは形成されるのだが、偏執的な資料収集癖がある。貴重な資料を自分だけが入手したいという欲求だ。多くの教員は、自ら収集した資料を長期保管する。すでに私は保管場所がなくなり、昨年末に大量の資料や書籍を廃棄したことは、このブログで紹介した。

 さて、カンボジアを離れてラオスに向かう日に、次の2つの資料を入手できた。
 (1) Royal Government of Cambodia、FINANCIAL SECTOR DEVELOPMENT STRATEGY 2006-2015,ADB,2007.
 (2) Royal Government of Cambodia,DRAFT LAW ON THE ISSUANCE AND TRADING OF NONーGOVERNMENT SECURITIES

 前者は、カンボジアの金融証券市場の発展プログラム(ロードマップ)であり、後者は、この9月のカンボジア国会で審議される法律の草案である。いずれも「秘密」ではなく、公開されてよい内容であるが、なかなか普通では入手困難だと思う。

 しかし(2)の本案は、公式の英文ではないという注記があるが、日本語にすれば「非政府証券の発行と取引に関する法律草案」となる。何か冗長で語感が変だ。なお、中国の上海からカンボジア証券市場についての調査訪問団が来たという情報を耳にした。「乗り遅れるなカンボジア株式投資はいま熱い」といった表題の書籍が、取引開始予定の2009年に発売されているかもしれない。

 一般に、こういう貴重な資料は入手しただけで満足してしまうことが多いが、ぜひ機会を見て、その内容を紹介・発表してみたい。さらに、カンボジアとベトナムの金融市場を比較検討するという研究課題は、なかなか魅力的だ。

 株式取引の規制緩和・自由化という観点からは、カンボジアの方がベトナムよりも進んでいる。カンボジアはWTO加盟の先輩国である。ただし、自由な金融証券市場が自国の経済発展に貢献するかどうかは別の問題である。国民の財産を外国に切り売りするような事態が望ましいのかどうか? この問題には議論の余地がある。私見では、ベトナムよりもカンボジアにおいて、このような懸念は大きい。

 両国における金融証券市場の構造や実態の比較は、より一般に発展途上国もしくは移行期(国有から民間に企業形態が転換する)経済における金融市場の知見を新たに提供するであろう。これは研究論文として興味深い。ここではアイデアだけを披瀝しておきたい。

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