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2007年8月14日 (火)

ハノイの混沌に触れる:1998年当時の残像を見た

 ハノイの宿泊ホテル周辺を歩いてみた。ホム市場は、韓国資本などが出資して大改装される計画があったそうだが、出資の条件が折り合わずに挫折したと聞いた。この前の一方通行の道がフエ通り。このフエ通りにある「ブンチャー」の店は今もお客で一杯だ。値段は14,000ドン(約100円)。最初に訪れた1998年当時は6,000ドンくらいだった。約10年で物価は2倍になった。

Dsc09618  写真は、ビンコムタワー。一方通行のバチオ通りの終点にある。ホアンキエム湖に隣接する「チャン=ティエン=プラザ」よりも人出が多く、さすがにホーチミン市からの進出した商業施設である。店作りのセンスがよい。上階はオフィスビルであり、日系企業も多数入居している。私は、このパロマカフェで生ビールを飲むのが好きだ。こういった近代施設と古いフォーの店舗などが併存している。これがベトナムだ。より一般には発展途上国の特徴と言える。かつての韓国ソウルもそうだった。

 チオベットヴォン通りの「フォー」のお店は10,000ドン。けっして清潔とは言えないが、嬉しいほどに安くて美味しい。これに比べて、全国チェーンのマレーシア資本の「フォー24」では24,000ドン。しかしハノイでは、ホーチミン市ほどに顧客は多くないのではないか。その理由は、平均所得が低い(1人当たりGDPがホーチミン市1,600ドル、ハノイ1,300ドルと言われている)というよりも、美味しい店がハノイに多いからだと思う。それに加えて外国人観光客は、ホーチミン市ほどハノイは多くないように思う。正確な数字は未確認。

 ホム市場の前に「ワンタン麺」の店があった。この店にも何度も行って「化学調味料を入れ過ぎるな」と言いながら、薄味の美味しい熱いスープをすすった。当時の店主のおじいちゃんが健在だったが、現在、店は工事中。店を改装するのか、新しい業種になるのかは不明だ。少し日本語ができる店主の表情は、何か寂しそうに見えた。

 ホム市場の「ハイハコトブキ」のケーキ店は、同社の売り上げ一番の店である。今は、鈴木社長が退職し、当時の活気がないように思われた。しかし9月の「バンチュンツー」(中秋の名月に月餅を食べる)商戦の宣伝はすでに始まっていた。この店の前で鈴木社長は、ベトナムで初めてサンタクロースの格好をしてクリスマスのケーキを販売した。その姿が今でも目に浮かぶ。

 かつての「ラ=テレッサ」というイタリア料理店は閉店。マレーシア人がオーナーだったが、店の経営はベトナム人に任せていた。よく「赤ワイン」を飲みに行った。ここで現在、金沢の重光商事で働いているベトナム人のリンさんに初めて会った。当時の彼女はハノイ外大生で学生アルバイト。月に60ドルほどの収入と言っていた。(注:こういった昔のことは良く覚えている。老化の証明だ。)その店跡の隣りに「足マッサージ」の店が今年7月末に開店した。この店で感心したのは、1階が奥の方まで駐車場になっている。自動車時代の到来を考慮した設計である。ただし、こういう構造は地震には弱いのに---と思ったりした。一般にベトナムは地震に無警戒だ。ベトナムにも温泉があり、地震も経験している。完全に安心とは言えない。

 今回の出張は、WTO加盟の影響を企業経営の観点から調査することが目的だ。その最大の注目点は、ベトナムにおいては証券市場の開放と言えるが、そのほかに縫製企業など労働集約的産業の輸出急増、進出した外国企業のインセンティブ(投資優遇策)の解除(WTO規則では国内外企業の平等が原則なので優遇策は好ましくない)といった問題がある。ベトナムの統一企業法や共通投資法は、国内外の企業を平等に規定している。

 住み慣れたベトナムについては、こういった一般的なWTO問題を私なりに味付けした研究成果を出したいと思っている。上述の研究目的から言えば、次の訪問先のカンボジアとラオスの知見を広めることが今回の主要な調査活動になる。ラオスも土地勘があるので大丈夫と思う。最大の課題は、カンボジアをどう攻めるかである。これまでに数回訪問しているので、今年が勝負だ。 

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