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2007年8月24日 (金)

ダラットで「アメリカ戦争」を考える

 まずダラットでは、日越経済交流センターでホーチミン市代表を依頼しているタムさんの実家を訪問した。お父上のザンさんは1957年生まれ。タイビン省からダラットに来て、生家の家業である「ブン」(お米の麺)を生産し、小売店・飲食店に卸売している。通常は毎日500㎏の生産であるが、最近は300㎏に落ち込んでいる。その理由は豚の病気のために、豚肉を使った「ブンチャー」を一般の人々が食べなくなったからだ。(注:ハノイで私はブンチャーを食べたが、確かに客足は少し減っていたのかもしれない。)

 ブンは、日本で言えば「生のうどん」であり、長期保存できない。日本では1人前ごとに冷蔵パック販売しているが、ベトナムでは山盛りにしたブンを市場(いちば)で量り売りで販売している。「私のブンは心を込めて作っているので、ダラットで一番美味しい」と自負されている。確かに食べてみると、「コシ」がある。歯ごたえが違う。この感想がザンさんに伝わったか不明だ。こういう表現は日本独自であろう。
 
Dsc09728 写真は、右からタムさん、タムさんのお母さんのビックさん、ザンさん、そして左はブン作りを住み込みで手伝っているナムさんである。ビックさんは、神戸市外国語大学大学院を卒業して大阪で働いているフンさんのお姉さんである。

 ザンさんは「アメリカ戦争」(外国人は「ベトナム戦争」と呼んでいるが、ベトナム人はこのように言う)に従軍してホーチミン市内に進駐し、さらにカンボジア戦線まで従軍している。彼との戦争に関する議論は、日本の人々に直接聞いてほしい内容だった。ザンさんは「私は学問はないが---」と謙遜されるのだが、彼が命のやり取りをしている時、日本の私は勉強と遊びで気楽に時間を使っていた。彼の勉強は、戦争を通した命がけの勉強である。「何のために死ぬのか」という問題に対して、自分が納得できる解答がないと戦争はできないと思う。ベトナムでは、こういった教育のために現在でも国民の政治意識は高いと推理できた。

 「アメリカ戦争の時、中国やキューバはベトナム派兵を提案した。当時のホーチミン主席は、お金の支援は受け入れるが、人間の血の支援はいらないと断った。お金は返せるが、人間の命は返せない。」「戦争が終わって最近はアメリカ人がベトナムにも来る。しかし私は悪いと思わない。その時の政治指導者が悪いのだ。でもアメリカ人は「お金」好きのように思う。ベトナム人は心を大切にする。」

 人間の命は何者にも代え難いということは、私の世代は頭で考えているが、戦争を直接経験した同世代のベトナム人は体感している。その指摘は説得力がある。さらに日本人は「お金」も「心」も大切にする国民であると外国人から評価されたいと思った。まだまだベトナムから学ぶことは多い。

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