« カンボジア第3日目:良い友人ができたような気がする | トップページ | カンボジア第5日目:市内点描 »

2007年8月30日 (木)

カンボジア第4日目:今日はネクタイ着用してね!

 午前に商業省のダラ(CHHUON DARA)長官にお目にかかった。早朝から商業省のティーダさんから連絡があり、「今日はネクタイ着用してね」といった強い指示があった。「そらエライコッチャ」と大阪弁で思った。商業省の事務方トップで、その上は副大臣という地位だ。日本の政治機構で言えば、事務次官に相当するのだと思う。

 ダラ長官は、統計数値を含めながらカンボジア貿易の特徴を説明して下さった。私は今回「カンボジア縫製協会(GMAC)」を訪問できなかったが、ダラ長官自身から縫製業の現状について説明を受けることができた。カンボジア経済や輸出額の成長は順調に続いている。その成長を牽引しているのは縫製業。しかしそれは短期的であり、今後はより長期的な投資が期待される。たとえば韓国は不動産投資を本格的にしている。カンボジアはWTO加盟国(2004年)だから、政治経済的に信頼できる国であると長官は何度も強調された。

 写真の頂点が商業大臣。その下に副大臣がならび、指先がダラ長官である。完全な官僚制組織である。 
Dsc09846  カンボジア政府は、現時点で13カ所の経済特区(SEZ)を設置しているが、さらにタイ・ベトナム・ラオスの国境にそれを増設する計画をもっているそうだ。経済特区の利点と言えば、たとえばベトナム国境の経済特区は、カンボジアの金融・投資の優遇策を活用しながら、国境を超えたホーチミン市の既存の港湾を利用できる。私見では、この指摘は興味深い。ベトナム人は査証費用が必要ないし、近い将来に日本人もそうなるであろう。カンボジア在住ベトナム人は人口の数%に達し、カンボジア国内でもベトナム語がかなり通じる。このような状況はタイとラオスに類似している。タイを親工場として、ラオスを衛星工場として操業する日系企業があるが、同様のことがベトナムとカンボジアでもありうるかもしれない。このような発想を長官から頂戴した。
 
 なお、この英語の通訳をしてくれたソチヴィン氏は、筑波大学大学院に留学しており、日本語を少し理解する。そのことを後になって知った。私の方は、汗をかきかき英語で話しているのだが、そのことを聞いて少しばかり気が抜けた。もっとも彼は英語履修コースに所属していたから、ほとんど日本語は話せない。日本留学しながら、日本語を話せない留学生が、カンボジアのみならずベトナムにもラオスにも少なくない。日本人として残念に思われるが、そういう時代に日本が変化したのだと思う。日本もベトナムもカンボジアもラオスも「グローバル市場」におけるプレイヤーの一員であり、その市場の共通言語は英語である。
 
 午後は、JICA(国際協力機構)カンボジア事務所の米田所長にお目にかかった。以前に赴任されていたインドネシアと比較して、カンボジアは長い戦争の影響を強く受けている。いろいろなことを教えてくれる「先輩が不在の国」と米田さんはカンボジアの特徴を指摘された。かつての内戦で先輩が殺害されているか、教育を受けられなかったのである。日本のODAは圧倒的にカンボジアで第1位であるが、直接投資は上位10国にも入らない。カンボジア政府からも民間の投資促進を切望されるそうだ。
 
 最近のODAの特徴としては、第1に、民法と民事訴訟法が日本の支援で整備され、今年の国会で成立する予定である。第2は、「第2東西経済回廊」の改修・建設である。ホーチミン市~国道1号線~プノンペン~国道5号線~バンコックのルートの中で国道1号線の工事が進行中。1㎞=1億円の難工事である。第3は、来年に人口統計調査を支援する予定である。人口統計は経済社会発展の基本だが、カンボジアではそれが整備されていない。これは、カンボジア政府が進める地方分権政策を推進するための基礎にもなる。

 米田所長との面会を終えて私は次のように思った。カンボジアと同様にベトナムも長い戦禍に見舞われた国であるが、その戦争は民族の独立と自由を目標にした戦争であった。ベトナムの歴史はポジッティブに若い次世代に継承されていくだろう。それに対してカンボジアは、ポルポト政権時代に明白にネガティブな歴史をもっている。それは、もちろん歴史の重要な教訓となるのであろうが、その反動で、外国資本に対する過剰なまでの自由化・開放化が進行しているように思われる。やや極端な意見かもしれないが、自国民や自国政府に対する不信感が、過剰な外国尊重・外国歓迎という政治経済姿勢を生みDsc09850 出しているのではないか?

 写真は、プノンペン市内の「洪水」の様子である。現在は雨期だから、大雨の夕立が多い。そのために毎度のように市内の一部では「洪水」になる。しかし、その後は晴れるので日本の梅雨のような蒸し暑さはない。カンボジア訪問のベストシーズンは11月~4月の乾期がよいと言われている。この頃のシハヌークビルの海岸は最もリゾート地域にふさわしく、海は紺碧になるそうである。
 
 さて午後4時から、幸運にも私にとって初めて経済財政省を訪問することができた。金融産業局のバンコサル第一副局長、同局の金融市場部のチョェン副部長、同フオット副部長に面会した。ベトナム株式市場の経験を私は話し、その後にカンボジア証券取引所の開設準備状況について説明を受けた。この情報交換は貴重な機会だった。「カンボジアの証券法」は、すでに草案が完成し、今年9月の国会に上程。カンボジア証券取引委員会は、本年末か来年早々に設置される見通しであるそうだ。
 
 カンボジア証券市場はベトナムよりも自由で開放的である。外国人投資家も当初から100%の株式所有が認められる。開設当初は3~4社の上場企業数から始めてもよい。また取引は、コンピュータ化する考え方もあるが、コストを考えれば、マニュアルで開始することも考えている。そのいずれにするかは未定だそうだ。公正・公平な取引のためにはコンピュータ取引が不可欠と思われるが、ニューヨーク証券取引所(NYSE)は今でも手動取引をしている。取引の実態を見せるという意味で、手動取引にも価値があるとバンコサル第一副局長は話された。
 
 その後にカンボジア人金融情報筋と一緒に夕食した。韓国証券会社が、すでに投資銀行として進出している。またADB(=アジア開発銀行)がベトナムと同様に金融証券市場の「発展ロードマップ」を作成している。カンボジア証券取引所は韓国証券取引所が45%を出資する合弁の取引所になる可能性が高い。ベトナムでも証券取引所の開設では韓国が大きな支援をしている。ここカンボジアでも「先発行動者利得(First Mover’s Advantage)」について、日本は韓国に「一本取られた」ように思われる。

 日本人の大多数の認識によれば、日本よりも韓国は経済的に下位である、しかし韓国企業の先進性・先駆性はインドシナ3カ国では顕著である。今回のカンボジア訪問で、このことを改めて実感できた。リスク=テイク(危険受容)度が、日本企業よりも韓国企業は極めて高いと指摘できるけれども、それはビジネスにとって必ずしも悪いことではない。ハイリスク=ハイリターンは広く認識されたビジネス原則だ。

 ともかく外国人に自由で開放された市場そして国家がカンボジアだ。これが、ベトナムやラオスにはない魅力である。今回のカンボジア訪問で、そのことが実感できた。この国は、そういった意味で、何でもできる何でもありの国である。それをビジネス=チャンスと考えることができるかどうか。どちらかと言えば、「モノ作り」と得意としてきた日本人には違和感のある国かもしれないが、ビジネス対象国としては捨てがたい国と私には思われる。 

 歴史と伝統のアンコールワットを精神的支柱としながら、外国に開放された自由な国家カンボジア。こういう国の国民は今後、どのような生活を営むのか。これは世界に類例がないのではないか? 自国の資産を外国に自由に売却する国家。これは、日本でも同様であるが、それが発展途上国の場合は、その国民生活はどうなるのであろうか。こらオモロイで カンボジア。オモロイと言えば不謹慎だが、訪問5回目にして、ようやく到達した私の実感である。

|

« カンボジア第3日目:良い友人ができたような気がする | トップページ | カンボジア第5日目:市内点描 »