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2007年7月20日 (金)

書評:田中森一『反転:闇社会の守護神と呼ばれて』幻冬舎、2007年6月

 久しぶりに大著を一気に読んだ。最近、自動車から電車に通勤経路を変更したので、車内での読書が可能になった。通勤が楽しくなったし、少しばかりダイエット効果もあるようだ。

 さて、本書の購読動機は、新聞広告を見たことである。いわゆる興味本位の「暴露本」というような先入観で読み始めたが、単なる自叙伝ではない迫力と説得力をもっている。同書は、一人の男の生き様を詳細に描いたノンフィクション作品であり、さらに日本の政治経済の裏面史を赤裸々に紹介したルポルタージュ作品でもある。

 著反転―闇社会の守護神と呼ばれて者・田中氏は特捜検事にまでなり、その後に弁護士に転じた。そしてバブル崩壊後に詐欺罪で懲役3年の判決を受け、現在は最高裁判所に上告中の被告でもある。

 検察という国家権力の中での田中氏の反骨精神は、その裏側として、反社会的なヤクザなどに対する人間的な共感や親近感となって表現されている。このことは、田中氏が人間を人間として素直に見ている証左であると思った。社会的な評価や名声で人間を評価していない。この人間性が田中氏の魅力となっている。

 本書では、実名の政治家の話も面白い。これらは今でも政治スキャンダルになっても不思議でないと素人には思われるが、おそらく証拠不十分や時効のために犯罪にはならないのであろう。だからこそ書けるのだと思う。当事者でないと知りえないと思われる事柄は信憑性が高い。

 貧困の中で育った田中氏が、検察特捜部の時代に大活躍し、さらに弁護士になってから7億円のヘリコプターを所有するまでになる金満ぶりは、まさに成功物語として痛快である。そして許永中氏との友情・信頼を守るために、敢えて懲役刑を受けるという本書の結末も、田中氏の人間性の魅力を強く訴えるし、劇的な効果がある。この作品の映画化やテレビドラマ化は当然、検討されてもよいし、大いに期待される。

 日本の政治権力の構造が、本書では具体的に多々指摘されている。「国策捜査」という言葉が何度か出てくる。現在の政治体制の維持が、検察庁でも最優先されるということだ。これらの政治権力の暗部について、田中氏は次のように指摘している。

 「いちど足を踏み入れると脱け出せないような、暗いブラックホール。その深淵に立ち、覗き込むことはあっても、足を踏み入れることはできない。検事時代に感じた上層部や政治家の圧力も、これと似ている。----日本という国に存在する、深く真っ暗い闇がそこにある」(401ページ)。

 私見では、このような闇の構造は強固なように今は思われるが、意外に脆く崩壊するようにも感じる。われわれの世代は、あの「ベルリンの壁」が倒され、超大国「ソ連の崩壊」を実体験している。そこからの教訓は、国民の力が結集されると、信じられないような政治改革が進行する可能性があるということだ。ただし、その実現は国民の意識の高低に依存する問題だ。

 本書を読めば、朝鮮総連をめぐる元公安調査庁長官の逮捕という最近の事件が想起される。田中氏の指摘を敷衍すれば、この朝鮮総連の問題も「国策捜査」の色彩が濃いように思われる。そういった新しい観点から、この事件のみならず、さまざまな日本の犯罪解釈が可能である。

 あらゆる事件の真相は、日本の権力構造にも似て、闇の中に埋もれているように思われる。すべての事件に人間が関与することを考慮すれば、曖昧で非合理的な特性をもつ人間の営みから生まれた事件の真相を明示的に説明すること自体が困難を伴うのではないか。つまり、自分の行動を客観的に自分で説明することは難しい。

 そこで、それなりに説得力のあるストーリーが作為的に検事によって作られる。多くの被疑者は、自分の行動を自分で説明できない状態であろうから、そのストーリーに迎合してしまう。不本意ではあるが、それが事実であるような気持ちになってしまう。これが冤罪の温床になる。本書を読んで、このようなことを私は感じた。

 本書出版に向けて田中氏の勇気と決断に敬意を表するとともに、ご健康に留意されることを心からお祈りしたいと思う。本書を一読し、そういった政治構造を容認するのか、また改革するのか。そのために、どのような行動をするのか。それらは読者側に問いかけられた問題であると思った。

Book 反転―闇社会の守護神と呼ばれて

著者:田中 森一
販売元:幻冬舎
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