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2007年7月30日 (月)

やっぱりラオスも忙しい!

 朝からラオス国立大学経済経営学部とラオス日本人材開発センターを訪問した。大学では、トンバン先生とトンペット先生に会って、WTO関係の資料収集を依頼した。校舎の通路を歩いていて、雰囲気に活気があって学部の発展を感じた。これまで経済学科と経営学科の2学科であったが、さらに金融会計学科が加わったそうだ。

 また以前にトンバン先生と一緒に作成した教科書は、まだ在庫があるといった話もした。この教科書は「経営事例研究」であり、ティーチングノートがないと、なかなか使い難い。あの当時、JICA専門家として離任する直前までホテルで原稿を書いていた苦しい想い出がある。今から思うと懐かしい。

 その後に経済経営学部を担当するJICA短期専門家の小山さんと話した。さらに日本センターの幸喜さん(JICAコーディネーター)とお目にかかった。小山さんの部屋には、副学部長のソムチット先生もいた。彼はベトナム語が話せる。久しぶりの再会が嬉しい。彼は、2001年の開学当初に学部の研究室や事務室のカーテンを買いに行ったり、備品の掃除機を買ったりした。当時の想い出話が楽しかった。

 日本センターでは、以前の所長であった鈴木さんの後任の佐藤さんが面談中であった。奈良女子大学の先生が来られていた。そのほかに専修大学・立命館大学・学習院女子大学などの学生が夏休みの間にセンターを訪問したり、ラオス人学生と交流するそうだ。ラオスは治安もよく、ラオス人は穏やかだから、女子学生の海外研修には向いているのかもしれない。トンバン先生が日本センターまで同行してくれて私を紹介してくれた。彼の気配りが嬉しい。

 午後は、富永幸子さんが代表をされている職業訓練センターで昼食を食べた。ここは料理・木工品加工・理容の技術指導をするNGO団体である。これまで学生を同行したりするときに、困ったことがあれば、富永さんに相談してきた。私は、富永さんの現地の活動からNPOのあり方を学んできたし、そのお人柄から学ぶことは多かった。また、ご自宅で何度も美味しい日本料理を頂戴したことは忘れられない。数年前の交通事故の時は、タイのノンカイの病院までお見舞いに行ったこともある。これも今では笑い話だ。

 日本大使館では2等書記官の小野寺さんに会った。昨年から1年ぶりの再会だ。次の9月の訪問ではWTO関係の詳細な話を伺うことを約束した。移動の自動車の中でSTEA(内閣府・科学技術環境庁)のテラバク氏に電話した。これは、9月に予定している「第5回清掃ボランティア活動」の協力を依頼するためである。学生主体の活動であり、私はそのお手伝いをしている。今年は神戸芸術工科大学・4回生の中村くんがリーダーとして活躍してくれるはずだ。詳細な計画は、学生から連絡させるという話をしている。

 夕食は、坂牧ご夫妻からのお誘いがあり、ハンサナ夫妻とその妹さんと中華料理をご一緒することになった。ハンサナ氏が坂牧さんに私が来寮(ラオスに来ていること)していることを伝えたということで、それではご一緒しましょうという経緯だ。坂牧さんはJICAの仕事ではスリランカとラオスの仕事を体験され、退職後にラオスに住んでおられる。お知り合いになったのは、故・中内功夫妻がハンサナさんの自宅で食事した時にご一緒したのが契機だ。楽しいご夫妻の話を聞きながら、やや眠たくなるまで会食は続いた。

 ところで今日の自動車は、ホテル前で待っているタクシーを使った。この運転手はベトナム語を話せることがわかった。63歳で45年間ラオスに住んでいるベトナム人だ。運転手は30年間やっているそうだ。英語がわからない運転手が多い中で、ベトナム語ができるのは私にとって助かる。彼の名刺をもらったので、次回の来寮のときには自動車を頼もうと思う。

 また文部科学省の奨学金で流通科学大学大学院の修士課程を修了したカンパティップ先生(ケックさん)のビエンチャンの連絡先がわかった。彼女は日本でラオス人と結婚し、現在は男の子のお母さんになっている。電話で話したが、元気そうで日本語も上手だった。彼女にも次回に会いたい。

 以上、多忙で収穫の多い1日だった。ホテル内ではメールの対応もしなければならない。やっぱりラオスも忙しい。

 

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