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2007年7月30日 (月)

やっぱりラオスも忙しい!

 朝からラオス国立大学経済経営学部とラオス日本人材開発センターを訪問した。大学では、トンバン先生とトンペット先生に会って、WTO関係の資料収集を依頼した。校舎の通路を歩いていて、雰囲気に活気があって学部の発展を感じた。これまで経済学科と経営学科の2学科であったが、さらに金融会計学科が加わったそうだ。

 また以前にトンバン先生と一緒に作成した教科書は、まだ在庫があるといった話もした。この教科書は「経営事例研究」であり、ティーチングノートがないと、なかなか使い難い。あの当時、JICA専門家として離任する直前までホテルで原稿を書いていた苦しい想い出がある。今から思うと懐かしい。

 その後に経済経営学部を担当するJICA短期専門家の小山さんと話した。さらに日本センターの幸喜さん(JICAコーディネーター)とお目にかかった。小山さんの部屋には、副学部長のソムチット先生もいた。彼はベトナム語が話せる。久しぶりの再会が嬉しい。彼は、2001年の開学当初に学部の研究室や事務室のカーテンを買いに行ったり、備品の掃除機を買ったりした。当時の想い出話が楽しかった。

 日本センターでは、以前の所長であった鈴木さんの後任の佐藤さんが面談中であった。奈良女子大学の先生が来られていた。そのほかに専修大学・立命館大学・学習院女子大学などの学生が夏休みの間にセンターを訪問したり、ラオス人学生と交流するそうだ。ラオスは治安もよく、ラオス人は穏やかだから、女子学生の海外研修には向いているのかもしれない。トンバン先生が日本センターまで同行してくれて私を紹介してくれた。彼の気配りが嬉しい。

 午後は、富永幸子さんが代表をされている職業訓練センターで昼食を食べた。ここは料理・木工品加工・理容の技術指導をするNGO団体である。これまで学生を同行したりするときに、困ったことがあれば、富永さんに相談してきた。私は、富永さんの現地の活動からNPOのあり方を学んできたし、そのお人柄から学ぶことは多かった。また、ご自宅で何度も美味しい日本料理を頂戴したことは忘れられない。数年前の交通事故の時は、タイのノンカイの病院までお見舞いに行ったこともある。これも今では笑い話だ。

 日本大使館では2等書記官の小野寺さんに会った。昨年から1年ぶりの再会だ。次の9月の訪問ではWTO関係の詳細な話を伺うことを約束した。移動の自動車の中でSTEA(内閣府・科学技術環境庁)のテラバク氏に電話した。これは、9月に予定している「第5回清掃ボランティア活動」の協力を依頼するためである。学生主体の活動であり、私はそのお手伝いをしている。今年は神戸芸術工科大学・4回生の中村くんがリーダーとして活躍してくれるはずだ。詳細な計画は、学生から連絡させるという話をしている。

 夕食は、坂牧ご夫妻からのお誘いがあり、ハンサナ夫妻とその妹さんと中華料理をご一緒することになった。ハンサナ氏が坂牧さんに私が来寮(ラオスに来ていること)していることを伝えたということで、それではご一緒しましょうという経緯だ。坂牧さんはJICAの仕事ではスリランカとラオスの仕事を体験され、退職後にラオスに住んでおられる。お知り合いになったのは、故・中内功夫妻がハンサナさんの自宅で食事した時にご一緒したのが契機だ。楽しいご夫妻の話を聞きながら、やや眠たくなるまで会食は続いた。

 ところで今日の自動車は、ホテル前で待っているタクシーを使った。この運転手はベトナム語を話せることがわかった。63歳で45年間ラオスに住んでいるベトナム人だ。運転手は30年間やっているそうだ。英語がわからない運転手が多い中で、ベトナム語ができるのは私にとって助かる。彼の名刺をもらったので、次回の来寮のときには自動車を頼もうと思う。

 また文部科学省の奨学金で流通科学大学大学院の修士課程を修了したカンパティップ先生(ケックさん)のビエンチャンの連絡先がわかった。彼女は日本でラオス人と結婚し、現在は男の子のお母さんになっている。電話で話したが、元気そうで日本語も上手だった。彼女にも次回に会いたい。

 以上、多忙で収穫の多い1日だった。ホテル内ではメールの対応もしなければならない。やっぱりラオスも忙しい。

 

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2007年7月29日 (日)

やっぱりラオスはゆっくりできる

 早朝5時30分からノイバイ空港に向かい、現在はラオ=プラザ=ホテルだ。このホテルは2001年に4ヶ月滞在し、ダイエー創業者である故・中内功ご夫妻を迎えた想い出深いところだ。中内氏は、ラオス国立大学経済経営学部で講義した後に、当時の宮本大使公邸で夕食会に出席。その後にタイで流通科学大学の同窓会で挨拶し、福岡で当時のダイエーホークス城島選手(現マリナーズ)の結婚式の仲人をしたはずだ。年齢が加わると、昔のことはよく覚えている。

 ホテル近くのラオシルクの「カンチャナ」のお店に行った。いつも奥様が笑顔で迎えてくれて、しばらくしてハンサナ氏がやはり笑顔で店に戻ってくる。やや白髪が多くなったようだが、元気そうだ。彼と私は同じ年だ。

 ハンサナ氏から、今年2月に日本政府からの「草の根文化無償資金協力」約8万2千ドルを「ラオシルク博物館」が受給したというニュースを聞いた。このことについて、私に何度かメールを送ってくれたそうだが、古いアドレスだったようだ。この博物館こそ彼が私財を投げ打って建設を進めてきた夢だ。上記の中内氏も資金協力したし、私は、博物館の説明書を日本語に翻訳もした。この出来事は、自分のことのように感激した。親しい友人の夢が叶うのだから、自分も嬉しい。 http://www.la.emb-japan.go.jp/jp/jis/kusanone.htm

Shomei190227  写真は、上記のラオス大使館のHPの写真を転載した。桂大使とハンサナ氏が握手している写真だ。左端は、大使館の小野寺さんだ。昨年には、神戸の学生たちが「清掃ボランティア活動」をラオスの青年と一緒にしたが、その時にお世話になった。ハンサナ氏の悩みは、木材や資材の価格上昇である。予定通りの予算で施設が完成しないと言うのだ。彼なら何とかするだろう。

 ハンサナ氏によれば、ラオ=プラザ=ホテルで株式セミナーが韓国が中心になって開催されたそうだ。彼は、私がベトナムで投資運用会社を設立したことを知っているから、株式投資のコツを質問してきた。私は「長期投資が一番」と助言した。

 ラオスに韓国は積極的に投資・支援しており、病院建設も計画されている。それに隣接するハンサナ氏が所有する土地があり、そこに長期滞在型のリゾートを建設する計画があった。この話は、現在進行形だそうだ。現在、ラオスの不動産投資は活発だ。そう言えば、ベトナム在住の日本開発業者もルアンプラバーンの土地を買っていると言っていた。ハンサナ氏によれば、ルアンプラバーン郊外で5万ドル程度から投資できるようだ。

 午後から散髪に行った。16,000キープ(約200円)であった。愛用の携帯電話はTANGOだったが、今では市内から広告が消えている。要するに会社がなくなった?そこでMーPHONEのSIMカードを購入した。ハンサナさんが自動車を運転して、わざわざ買い物に付き合ってくれた。ともかく外国における移動を伴う仕事のためには携帯電話が必需品だ。

 今年から日本人は15日以内ならラオス入国ビザが不要になった。これは便利だ。空港での長い行列を後にして、スムーズに審査を受けることができた。「日本人でよかった」と思う瞬間を経験した。

 今日は参議院選挙であるが、すでに私は投票を終えている。明日は、大学や日本センターを訪問してみようと思う。今回の訪問は、8月からの本調査の準備である。いろいろなな方面に挨拶するのが目的だ。今日は、ラオスの休日をゆっくり楽しみたい。

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2007年7月28日 (土)

最後のハノイの一日

 ベトナムの発展ぶりは著しい。ベンツやレクサスが、バイクの川の中を泳ぐように走る。少し前のハノイでは考えられないことだ。

 昨日のビンさん(国家証券委員会)との話は興味深かった。ビンさんは、証券教育センターの責任者であった。ベトナムでも証券業務をするためには、資格取得が必要だが、その教育担当であり、なかなかの理論派である。

 「マネーゲーム」の防止のために政府の規制が必要と私が指摘したが、市場は自由であるべきで、それを規制するのは本来は間違っているとビンさんは返事された。どちらが資本主義国の人間で、どちらが社会主義国の人間なのか区別できない。今までも今後も「××主義」というようなレッテルは無意味で現実に役に立たない。

 OTC市場はリスクが高いので、一般の投資家に対する参入障壁が必要である。そこで、これまで青空で取引されていたOTC株式を証券会社で取引させることにするという話を聞いた。これは新しいニュースだ。これまで個人的なコネクションで購入できたOTC株式が、文字通り、証券会社の「店頭」でしか売買できなくなる。

 各種の規制(=ブレーキ)と規制緩和(=アクセル)を使い分けることが重要だという私の意見にビンさんは合意してくれた。「でも、とても複雑だ」という意見が付記された。

 それに対して私は、ブレーキとアクセルの政策手段を明示し、それを国民に明らかにすることが重要だとも指摘した。さらに日本の戦後の「証券民主化運動」をベトナムでも証券業協会が推進するような企画も提案した。前者の指摘は納得されたようだったが、後者の提案の実現は難しそうだった。確かに未だ証券会社それ自体の経営が不安定なのだから、その協会の活動強化は無理だろう。

 ビンさんの人柄に親しく触れることができた。収穫の多い会食であった。昼間から一緒にビールを飲んで楽しい時間を過ごせるのがベトナムらしくて好きだ。今日も、数社の会社を回る。土曜日だし、午後は休日としたいが、まだまだ会いたい人がいる。やや疲労が蓄積している感じだ。

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2007年7月27日 (金)

ホテルサービス業の人材不足:ハノイでの体験

 ハノイの宿泊は、1998年当時の滞在先であったミニ・ホテル。しばらく別のホテルにしていたが、私のためにインターネットを設置してくれたというので、また戻ることにした。この「私のために」というのは、おそらくウソだが、確かに便利になった。

 部屋の設備は10年前と変わらないが、カーテンやテレビが新しくなったり、それなりに維持費はかけている。このホテルのオーナーが、日本料理店「紀伊」が入居している建物のオーナーでもある。さらにフエ通りに自宅を兼ねた家電製品のビルを所有している。この不動産価値だけでも、おそらく総額100万ドル以上であろう。いずれの建物も、大きな通りに面した場所なので総額が200~300万ドルになるかもしれない。

 備品や設備が新しくなるのはよいのだが、従業員が新しいのは困る。今年3月以前からいた馴染みの従業員が別のホテルに移ったようだ。そうなると、サービスの質が格段に低下する。朝食時には、迷惑に思うことも多かったが、NHKの衛星放送テレビにチャンネルを合わせてくれたのだが、そういったこともない。食事のサービスもダメ。果物にはフォーク、フォーにはライムと唐辛子を小皿に盛って付ける。これは常識だろう。

 レセプションの女性の英語能力はさらに低下。以前の女性も、かなり「立派な」英語力だったが、今回はもっとだ。留学時代の1998年当時のランさんやハイさんが懐かしい。英語の上手な優秀な大学生だったが、みんな結婚してしまった。

 ここにはマイさんという女性オーナーがいて、彼女がガミガミと従業員教育をしてきた。それで授業員は不満を言いながらも、接客ビジネスを学んできた。しかし資産100万ドルを超えるようになると、それほど厳しく躾ける意欲もなくなるのかもしれない。とは言うものの、ストレス発散のようにガミガミは続いているが、あれは一種の習慣とか趣味の領域なのかもしれない。

 今日は、ベトナム企業を数社訪問する予定だ。昼食は、国家証券委員会のビンさんとご一緒する。最近の株式市場の動向について同委員会の見解を伺いたいと思う。

 

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2007年7月26日 (木)

再び関空から

 関西空港の「さくらラウンジ」で「至福の時間」と言いたいのだが、忙しくてブログも書けない。今から、ハノイ~ビエンチャン~ホーチミン市を巡る仕事だ。これは、日本学術振興会の科学研究費補助金が資金援助してくれる研究が目的である。

 もう搭乗の呼び出しがあった。では、また。ゆっくりハノイからの報告をいたします。お楽しみに。

 追記:

 このブログ記事について「なぜ、さくらラウンジなのか?」という質問を頂戴した。熱心な読者に感謝である。

 ベトナム航空と日本航空の共同運行便を今回は利用しており、私はベトナム航空の「ゴールデンロータス」の会員である。この会員になれば、荷物の上限が40㎏に増加されたり、ビジネスクラスのラウンジが使用できるようになる。私が「さくらラウンジ」を使用できるのは、この会員だからである。料金はエコノミークラスだが、ビジネスクラスに準じた待遇が提供される。

 科学研究費委補助金を使用した出張調査では、いろいろ気を遣う。税金を有効に使用する。説明責任を果たす。そのために制約が多くなったように思うが、それも時代の潮流であると思う。

 

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2007年7月25日 (水)

さすがに今日は忙しい

 試験の採点。原稿の執筆。さすがに今日は多忙だ。そうは言うものの、NHKのDVD『ハゲタカ』を見ながらの仕事だ。このDVDの内容とコメントについては、また報告する。

 仕事をしながらDVDを見る。不謹慎なようだが、尊敬する大先輩の故・松井和夫先生(日本証券経済研究所主任研究員を経て、大阪経済大学教授)は、次のように指摘された。「TVを見てるときでも仕事をしているんや」。つまり「常時仕事」ということだ。これは、松井先生からの私にとっての遺訓だ。

 以上、今日は、ここまで。

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2007年7月24日 (火)

梅雨明けの富士山:日本の風景

 午前6時に起床し、いわき駅前から高速バスで福島空港に向かう。いわきベトナム交流協会の副会長・大和田さんが早朝からホテルに迎えに来られて恐縮した。その心配りやお気遣いは大いに勉強させていただいた。その後、関空まで1時間070724_09150001 少し。関空から空港バスで神戸三宮駅前。そして流通科学大学で試験監督を2回。そして大学共同利用施設ユニティで午後7時45分まで「比較企業論」の最終講義。今日は1日フルに働いた。

 しかし不思議に疲れない。関西地方は梅雨明けで快晴。さらに福島から関空の機内から、左手に富士山、右手に浅間山の噴煙が見えた。この爽やかさが疲れを忘れさせてくれた。

 今回初めて日本列島を視察した。その第一印象は、何と山の多い国だろう。そして山々の深緑が目に染み入る。しかし注視すれば、山々の周辺にはゴルフ場が多い。ゴルフ場建設が自然破壊だというようなヤボなことは言わないが、上空から見れば、かなり目に付く。ゴルフ好きの日本人は、空から見ても明白だ。

070724_09570001  上の写真は、福島空港。ラオスのワッタイ国際空港を想起した。右の写真は富士山。かつてバンコックからカトマンズに向かう途中で目に入ったヒマラヤ山脈と重なって見えた。

 航空路は、紀伊半島を海岸沿いに回って和歌山から大阪湾に入り、関空に向かう。エメラルドのようにさまざまに色彩を変化させる海上に白線を流して走る船舶。その背景に入り組んだ入江があり、その奥には紀伊半島の山々が連なっている。この絵は今でも目に焼き付いている。

 以上、日本の自然美を再認識できた。すでに日本は十分に「美しい国」である。この「美しい国」を守ることが重要ではないのか。こんなことを考えながら、まるで子どものように左右の景色を機上から楽しんだ。だから疲れを今日は感じなかった。

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2007年7月23日 (月)

いわきベトナム交流協会主催「ベトナム投資環境セミナー」で講演

 早朝の伊丹空港から福島に向かう。福島県の「いわきベトナム交流協会」が主催する「ベトナム投資環境セミナー」で講演することが目的だ。

 いわきベトナム交流協会は、いわき商工会議所の中に設置され、会員は約150社。副会長の大和田宏さんからのご紹介で講師を務めることとなった。同協会は、いわき市の小名浜港とベトナムの港湾都市の友好親善関係を強化するという目的で設立された。かつて炭坑で栄えたいわき市は、その後に温泉や観光地に転換し、現在は人口35万人を超え、面積は静岡市に次いで日本で第2位となっている。

 最初の講演はベトナム大使館のズオン参事官による「WTO加盟のベトナムはどう変わるか」、次に、地元の竹内精工(株)代表取締役の竹内三男氏が「なぜ、ベトナだったか、進出した経緯とその成否」というテーマで講演された。私のテーマは「いま注目されるベトナム株式投資」。

 ズオンさんは、以前に大阪総領事館に勤務されており、旧知の間柄。また、竹内さんはホーチミン市のVSIP(ビンユン省・ベトナムシンガポール工業団地)に昨年に進出されたばかり。精密ベアリングを製造されている。

 ズオンさんの070723_14110001話では、本年末に来日予定のチェット大統領は国賓となる。日本の国賓は
年間3名に限定。私見では、おそらく皇室の仕事が過剰にならない措置だ。この来日時に 日本人のベトナム友好功労者を大使館に招待し、大統領から感謝を述べるという企画があるそうだ。現在交渉中のEPA(経済連携協定)が年内に締結されることに合わせて、国賓チェット大統領の来日は、これまでの日本ベトナムの関係の新たな段階を象徴する出来事になるであろう。

 写真はズオンさん。ハノイ時代からズオンさんの日本語は流暢であったが、この講演では、敬語の使い方が日本人よりも正確なように思われた。日本のVIPとの豊富な通訳や会談の経験が生かされていると想像された。

 竹内さんは、ベトナム進出の具体的な経緯を話された。進出の動機は、ベトナム人の人柄。同じ仕事をするなら、進出して感謝される国がよいし、同じ技術を指導するなら、教え甲斐のある人がよい。この基準で考えれば、ベトナムは合格。ベトナム進出前にアメリカに工場を設立されており、その操業経験の日本人が英語でベトナム人大卒の幹部候補生を指導しているそうだ。これらの大卒幹部候補生は優秀。これに対して、一般のワーカーの転職が多くなっていることが「悩みの種」だそうだ。

 大和田さんとはハノイで、竹内さんとはホーチミン市での再会を約束した。こういったベトナムを縁にした出逢いが嬉しい。またセミナー後の懇親会には、櫛田一男いわき市長が出席され、このセミナーの前には、ハノイ近郊のタイビン省の幹部職員が市長を訪問していることを紹介された。いわき市とベトナムの交流関係は相当なものだ。いわきベトナム交流協会の熱心な活動を実感した。

 日本各地でベトナムに対する関心が高まり、その関係が深まる。国賓としてチェット大統領が来日する。いよいよベトナムの時代がやって来た。 

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2007年7月22日 (日)

在日ベトナム人の犯罪について思う

 窃盗と傷害事件の容疑者としてベトナム人が逮捕されたと報道されている。ベトナム人の犯罪は珍しいと思うのだが、その理由は、今までベトナム人の滞在者数それ自体が少数であったからだ。

 これから来日するベトナム人が増えるにつれて、ベトナム人の犯罪も自然に増えると考えられる。それと同様に、ベトナムを訪問する日本人や日本企業が増えるにつれて、日本人に関係するベトナムにおけるトラブル発生件数も多くなるであろう。

 日本とベトナムの関係が深化し、その人間の往来が頻繁になることは喜ばしいのだが、それに伴って、いろいろな問題も必然的に増える。こういうトラブルの予防策も考えておいた方がよい。具体的に何をすればよいのか。この解答は難しいが、そういうトラブル発生を念頭において今後は行動することが重要だ。

 中国で上手くいかないから、ベトナムに行く。こういう安易なベトナム進出は、中国と同様に失敗すると思う。中国での失敗原因を自省して、その誤りを繰り返さないことが必要だ。その失敗の共通点のひとつには、アジア蔑視があると思う。欧米人を尊重し、アジア人を蔑視する。「脱亜入欧」から始まって、その後の「大東亜共栄圏」構想の根底につながるアジア人蔑視思想が日本には依然として存在しているように思われる。

 また、日本においても同様だが、顧客としての傲慢さが最近は顕著になってきたようだ。「お金を払う」ということに対して、やたらに優越感をもつ日本人や日本企業がある。

 ベトナムは、本音はともかく「独立と自由ほど尊いものはない」という国なのだ。事実、「人生は、お金だけではない」というベトナム人も多い。また個人的な経験からも「先生から、お金をもらうわけにはいかない」というベトナム人が多数いる。誇り高いベトナム人に対して、お金で何でも解決すると思っては失敗する。(注:ほとんどは解決するのだが、そうでないこともある。これに注意する。)

 日本とベトナムの関係は新たな段階に入ったと思う。多数の日本企業のベトナム進出は、これまでの両国の関係を変化させる。まさに「量が質を変化させる」。それに対応して新たな問題も発生する。こういった動向に留意することが今後は必要であろう。

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2007年7月21日 (土)

「生涯学習の会」で講演

 流通科学大学では「生涯学習」が開学当初からの「ウリ」であった。確かに創業者の中内功は、それを自分で実践し、80歳になって自動車免許証を取得した。

 1988年の開学当初から、学生の父母や近隣の方々が集まって「生涯学習の会」が組織されている。私も何度か講演し、さらに2000年にはベトナム旅行に同行させていただいた。その当時からの懐かしい方々30数名を前にして、久しぶりにベトナムやアジアについて話をさせていただいた。

 アジア投資ファンドの専門家・中内丈滋さんの話も紹介し、これからの国際分散投資の重要性について最初に指摘した。財政赤字・少子高齢化・日本経済縮小といったことを強調して、将来の不安を扇動し、だから外国投資をしましょうというような姑息なことはしたくない。しかし事実として、日本には不安材料が山積している。
 中内丈滋さんについては、http://www.toushinotetsujin.com を参照。

 これまでのように企業が栄えて、国民生活も向上するという成長路線は、果たして復活するのであろうか。日本型経営の特徴であった終身雇用や年功賃金が崩壊した今、その復活は単なる願望にすぎないであろう。国際競争力を維持・強化するという企業の大前提が存在する限り、そういった復活は許されない。

 もっとも、個々の企業でパートや派遣社員を減らして正社員を増やし、終身雇用を維持・復活するというような努力はなされている。ただし、それは例外的とみなされるのが一般的だ。そのような人件費の増加を株主もしくは投資ファンドが容認しないという経済環境に最近は変化している。

 私は、大学生向けには対話式の講義を心がけている。そのための「仕掛け」として名札を机の上に置くようにしている。これからの日本経済がどうなるか。だれもが考えなければならない問題だ。「生涯学習の会」のメンバーの方々の多様なご経験は、私にとっても大いに勉強になる。次回に機会を賜れば、こういった型式で、さまざまな方々と自由に意見交換できればと思う。同会のご発展と関係者の方々のご健康をお祈り申し上げたい。 

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2007年7月20日 (金)

書評:田中森一『反転:闇社会の守護神と呼ばれて』幻冬舎、2007年6月

 久しぶりに大著を一気に読んだ。最近、自動車から電車に通勤経路を変更したので、車内での読書が可能になった。通勤が楽しくなったし、少しばかりダイエット効果もあるようだ。

 さて、本書の購読動機は、新聞広告を見たことである。いわゆる興味本位の「暴露本」というような先入観で読み始めたが、単なる自叙伝ではない迫力と説得力をもっている。同書は、一人の男の生き様を詳細に描いたノンフィクション作品であり、さらに日本の政治経済の裏面史を赤裸々に紹介したルポルタージュ作品でもある。

 著反転―闇社会の守護神と呼ばれて者・田中氏は特捜検事にまでなり、その後に弁護士に転じた。そしてバブル崩壊後に詐欺罪で懲役3年の判決を受け、現在は最高裁判所に上告中の被告でもある。

 検察という国家権力の中での田中氏の反骨精神は、その裏側として、反社会的なヤクザなどに対する人間的な共感や親近感となって表現されている。このことは、田中氏が人間を人間として素直に見ている証左であると思った。社会的な評価や名声で人間を評価していない。この人間性が田中氏の魅力となっている。

 本書では、実名の政治家の話も面白い。これらは今でも政治スキャンダルになっても不思議でないと素人には思われるが、おそらく証拠不十分や時効のために犯罪にはならないのであろう。だからこそ書けるのだと思う。当事者でないと知りえないと思われる事柄は信憑性が高い。

 貧困の中で育った田中氏が、検察特捜部の時代に大活躍し、さらに弁護士になってから7億円のヘリコプターを所有するまでになる金満ぶりは、まさに成功物語として痛快である。そして許永中氏との友情・信頼を守るために、敢えて懲役刑を受けるという本書の結末も、田中氏の人間性の魅力を強く訴えるし、劇的な効果がある。この作品の映画化やテレビドラマ化は当然、検討されてもよいし、大いに期待される。

 日本の政治権力の構造が、本書では具体的に多々指摘されている。「国策捜査」という言葉が何度か出てくる。現在の政治体制の維持が、検察庁でも最優先されるということだ。これらの政治権力の暗部について、田中氏は次のように指摘している。

 「いちど足を踏み入れると脱け出せないような、暗いブラックホール。その深淵に立ち、覗き込むことはあっても、足を踏み入れることはできない。検事時代に感じた上層部や政治家の圧力も、これと似ている。----日本という国に存在する、深く真っ暗い闇がそこにある」(401ページ)。

 私見では、このような闇の構造は強固なように今は思われるが、意外に脆く崩壊するようにも感じる。われわれの世代は、あの「ベルリンの壁」が倒され、超大国「ソ連の崩壊」を実体験している。そこからの教訓は、国民の力が結集されると、信じられないような政治改革が進行する可能性があるということだ。ただし、その実現は国民の意識の高低に依存する問題だ。

 本書を読めば、朝鮮総連をめぐる元公安調査庁長官の逮捕という最近の事件が想起される。田中氏の指摘を敷衍すれば、この朝鮮総連の問題も「国策捜査」の色彩が濃いように思われる。そういった新しい観点から、この事件のみならず、さまざまな日本の犯罪解釈が可能である。

 あらゆる事件の真相は、日本の権力構造にも似て、闇の中に埋もれているように思われる。すべての事件に人間が関与することを考慮すれば、曖昧で非合理的な特性をもつ人間の営みから生まれた事件の真相を明示的に説明すること自体が困難を伴うのではないか。つまり、自分の行動を客観的に自分で説明することは難しい。

 そこで、それなりに説得力のあるストーリーが作為的に検事によって作られる。多くの被疑者は、自分の行動を自分で説明できない状態であろうから、そのストーリーに迎合してしまう。不本意ではあるが、それが事実であるような気持ちになってしまう。これが冤罪の温床になる。本書を読んで、このようなことを私は感じた。

 本書出版に向けて田中氏の勇気と決断に敬意を表するとともに、ご健康に留意されることを心からお祈りしたいと思う。本書を一読し、そういった政治構造を容認するのか、また改革するのか。そのために、どのような行動をするのか。それらは読者側に問いかけられた問題であると思った。

Book 反転―闇社会の守護神と呼ばれて

著者:田中 森一
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年7月19日 (木)

角川春樹さんに会う:北新地みやざわ

 大阪の北新地にある創作中華料理店「みやざわ」で昼に女性4名と会食した。いろいろ仕事には外交活動が必要なのだ。そこで偶然に角川春樹さんに会った。

 この「みやざわ」は、創業当時に利用して、その後も何度かVIPの方々をご招待した。その後にブランド価値が高まり、関西の財界の方々も訪問するようになっているそうだ。オーナー=シェフの宮澤さんは、いつも通りの気さくな人で、それが同店の魅力にもなっている。

 何人かのお弟子さんがおられて、厳しい指導もされていた。お客の前で普通、そういったことはしないものだが、「みやざわ」では不快感がない。お弟子さんの緊張感が伝わり、その後の宮澤さんのお客に対する気さくな語りかけのフォローもあり、それが、この店に特有の雰囲気になっている。

 味は文句なし。贅沢な素材を使った独特で新鮮な味付けだ。フカヒレのスープの味は奥深くて、全身に精気が染み渡るような感覚がする。また最後は、ウニ入りのチャーハンにイクラがトッピングされている。何と贅沢なんだろう。この味は絶妙であり、芳醇な海の香りがする。おそらく最高級のチャーハンだ。

 「みやざわ」は、次を参照。通常の中華料理に満足できない多くの方々にお勧めです。
http://www.cocoalde.jp/feature02/003miyazawa/f_top.html

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2007年7月18日 (水)

ブレインワークス(株)近藤昇社長の講演:『バカモン!』

 流通科学大学では、専任教員が担当する講義の中で外部講師を招聘できる制度がある。そこで7月4日(水)に、ブレインワース(株)の近藤昇社長をお招きして、ご講義をしていただいた。

 講演のテーマは「バカモン」。独創的で異色のテーマだ。そうは言うものの、最近の大学生にはピッタリだ。せっかくの自由な時間がある大学時代に「バイト三昧」の学生。バイトに精を出し、幾ばくかの報酬を得ることで本人も親も安心する。しかし仕事をするなら、社会人になってからでも十二分にできる。

 大学時代にしかできないことがあるのに、それが理解できない。こういう大学生は「バカモン」だ。これは私の意見だが、これと同じような調子で近藤社長は、以下のような著書を出版されている。

 近藤社長の講演の中で学生に好評であった指摘は、大学生は就職先を迷うことが多いが、それは余り意味がないということだ。いろいろな社会人の入り口があって、どこから入るのかを迷っているのだが、中に入れば同じということだ。社会人という舞台に上がるためには、いろいろな道があるのだが、結局は社会人になり、そこで勝負するという意味だ。

 このような考えに基づけば、当面の就職先の思案よりも、その後の社会人としての実力を養成することが最重要だ。短期的な目標よりも、より長期の目標に向けて大学生活を送るということになる。

 ご講義に対する学生の感想文によれば、「就職に対して不安であったが、近藤社長の話を聞いて、気が楽になった」という。これは、本講義の大きな収穫である。ご多忙の中で来学くださった近藤社長に心から感謝を申し上げたい。

バカモン!―一流ビジネスパーソンへの登竜門 Book バカモン!―一流ビジネスパーソンへの登竜門

著者:近藤 昇
販売元:カナリア書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年7月17日 (火)

軟調なベトナム株式市場の考え方

 ベトナム株式市場が軟調だ。要するに、これまでが高過ぎたのだ。おそらく株価下落の原因は、ベトナム人個人投資家の売りということだろう。

 株式売買は、安いときに買い、高いときに売る。当然のことだが、現在のベトナム人個人投資家は、安くなって売り、高くなって買うという逆の売買をしている。これが株価下落の主要な原因である。

 投資ファンドを初めとする機関投資家は、買いの機会を待っている。日本で募集した投資ファンドも、適当な投資先がなく、現金で保有している場合が多いと聞いている。これまでの株価が高すぎて、手が出なかったのだ。

 以上の事情を考慮すれば、ある程度まで株価が下落すれば、その後は急速に株価反転というシナリオが確実だ。株価を反転するだけの資金が十分に待機している。ベトナム株式市場について何ら不安材料はない。

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2007年7月16日 (月)

アジア杯・ベトナム決勝トーナメント進出

 『ジャパン=タイムズ』のサッカー・アジアカップの記事を見ていると、ハノイの夜が早いという取材記者の「グチ」が掲載されていた。

 たとえば夜の10時になって、少しお腹が減ったから何か食べようと思っても、なかなか開店している店が見つからない。5星ホテルのルームサービスは可能ではないかと思うのだが、それも難しい。深夜まで働く従業員がいないのだ。

 お客の都合よりも、お店の都合が優先される。「これは許されない」という意見は、経営やマーケティングの観点からは当然だ。しかし夜まで働く従業員のことを考えれば、さらに人間らしい生活という観点から考えれば、深夜まで働かなくてもいいではないか。そういう社会があってもよいと思う。そこまでしてお金を儲ける必要はないのではないか。こんなことも考えさせられる。

 今日のサッカー「アジアカップ」の日本とベトナム戦。4-1で日本が勝利。これは順当だが、ベトナムも第2位で決勝トーナメント進出という。これは快挙だ。

 思い返せば、1999年6月に日本のプロサッカーチームが初めてベトナムのナショナルチームと対戦した。この日本チームは、関西4チームの若手で結成された「J関西」。このときの選手に大黒がいたし、監督は副島さんだった。日越経済交流センターが主催し、現地の日系企業からも支援を賜った。その時から見て、ベトナムチームも強くなったように思う。今後のベトナムに期待したい。

 

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2007年7月15日 (日)

オープンキャンパスでミニ講義

 来年度の入学試験のための第2回「オープンキャンパス」が開催された。私は、経営情報コースの説明が担当だ。この仕事は、高校生向けに30分間の講義を1日に3回することだ。

 台風4号の影響で参加者が昨年より下回ったが、それでも300人近い高校生が来てくれた。感謝である。私の担当講義には、合計で9名。興味深く話を聞いてくれた。

 大学で何を学ぶか。これは大事な問題だが、「学問の扉を開く」とか「真理の探求」と言っても、なかなか高校生には「ピン」と来ないのではないか。そもそも私自身が、そんなことをエラそうに言えない。もちろん結果として、または何年かして、新たな真理が発見されたり、学問を前進させるといったことになるのかもしれないが、それ自体を直接の目的にして仕事をしているわけではない。今の仕事に全力。ただし、自分の寿命は縮めない。当面、100歳まで生きるぞ!! これが私の方針だ。

 今日のミニ講義では、今の企業が求める人材や能力を説明し、そのために大学で何をすればよいかを話した。第1の目的は、大学卒業の社会人としての基礎知識を学ぶこと、それに加えて第2の目的は、人間として成長することが重要だと指摘した。

 学力・知力・偏差値だけを基準とした従業員の採用なら、それは簡単だ。その上位の大学および成績上位者から採用すればよい。採用コストは低減できる。しかし実際の企業の採用では、第1の目的よりも第2の目的を重視している。それだから企業は何度も面接して、その人間性をチェックしている。 

 流通科学大学は、その人間としての成長のために、日本で最初・最多の「実学」プログラムを提供している。これが今日の高校生向けの営業のポイントであった。果たしてこれが、どこまで高校生に訴求=アピールするか? 受験生が減少している今日こそ、高校生向けのマーケティングを本格的に検討するべきなのだ。

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2007年7月14日 (土)

アジアカップ:日本対ベトナム戦を前に

 ずばり予想。7月16日に予定されているサッカー国際試合「アジアカップ」における日本対ベトナム。2-1で日本の勝ち。

 前半に意表を突くベトナムが先制。その後に日本が返して、1ー1で前半終了。後半で日本の早いボールの動きが続き、ベトナムが体力を消耗。その間隙を突いて決勝のゴールを日本が決める。

 圧倒的なアウェーの中で日本も思ったような動きができない。そこでベトナムが先制する。その後、上記のような展開になると私は予想する。

 ベトナムでサッカー試合があると、観衆が試合後にバイクで走り回る。また、暴徒となる場合もある。日本からのサポーターは、こういった騒動に巻き込まれないように十分に注意してほしい。自動車を手配して、試合終了時に迎えに来てもらうようにしておけばよい。

 この試合が、両国の友好に貢献することが何より期待される。

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2007年7月13日 (金)

からむ酔っぱらいの理不尽に耐えるのか?

 今日の3回生のゼミでは、学生に最近の話題を提供してもらって自由に議論した。期末試験の前だし、少しリラックスしようという趣旨だ。

 その中でコンビニのアルバイトをしている学生から、酔っぱらいの客に絡まれるという話を聞いた。お客が店員に対して因縁をつけて、嫌がらせをする。おそらく客は、それでストレスを発散しているのだ。店員は、相手がお客だから我慢しなければならないが、人間としては我慢にも限界があると実感する。まさに理不尽だ。学生は、こんな話をしてくれた。

 私は、そのようなバイトは辞めたらどうかと助言したが、続けることが大事だと思うという返事。私は惰性はよくない。決断することも必要だと返した。その後は本人が考えることだ。ともかく、暴力事件に発展しないように十分に注意するように指摘した。

 最近の世相を反映しているか、自己中心的な考えや発想の人々が増えているように思う。競争社会だから自己主張しなければならない。競争社会だから自分の利益を最優先にするのは当然だ。このような発想が背景にあると思われる。このような競争社会が、果たして人間を幸福にするのだろうか。これは政治の問題だ。

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2007年7月12日 (木)

ベトナムの強固な同窓生ネットワーク

 ハノイ貿易大学のタム先生から、大学生時代の想い出話を聞いた。彼女は「大学は軍隊のようだった」と述べた。

 全寮制だから、ハノイ市内の学生も入寮しなければならない。土曜日の午後に自宅に帰り、日曜日に寮に戻る。寮の食事は粗末だから、この帰宅時に栄養補給した。起床時間が決まっており、その後に全員で体操。それから勉強。こういった規則正しい生活が毎日続く。この寮の時の友達との関係は、今の大学生とは比べものにならないほどに親密だ。

 ベトナムビジネスにおいて、大学の同窓生ネットワークが有効に機能することを何度か経験した。同じような人的ネットワークには、年配の人なら軍隊ネットワークがある。また今でも同郷ネットワークも有力だ。もちろん家族=親族のネットワークは最強だ。

 タム先生の話から、同窓生ネットワークの実態の一端を知ることができた。「生涯の信頼できる友達」は、青年期に共に苦労を分かち合った間柄から生まれる。この実例がベトナムで生きている。このような人間関係を知ることは、ベトナム人とビジネスをする場合に不可欠である。

 ベトナム人にビジネスパートナーを紹介してもらう場合、そのパートナーとは、どういう関係か? パートナーとビジネス上の信頼関係を作らなければならない時に、こういう情報が判断材料のひとつとして役立つ。

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2007年7月11日 (水)

安定株主と株式持ち合い

 ベトナム投資ファンドが、未公開株式を取得する。その場合に2年~3年間は安定株主として株式を継続保有する契約を結ぶ。この取得価格は、安定株主であることの代価として通常の評価価格よりも割引される。このような安定株主のことを「戦略的パートナー」とベトナムでは呼ぶ。

 この「安定株主工作」が行われるのは、株式公開するための準備として行われる。敵対的・非協力的な投資家が株式を取得すると、その後の経営に混乱をもたらすからだ。企業成長のためには、株主と経営者の協力体制が望ましいことは世界に共通している.。ベトナムでは従業員持株が奨励されているが、それだけでは安定株主として不十分である。

 通常、安定株主は取引先の企業や金融機関が一般的だ。長期的な取引関係を維持するために安定株主の地位を占めるという論理である。しかし、ベトナムでは一般の企業や金融機関に資金余裕はない。そこで、安定株主の役割を果たすのが外国投資ファンドというのがベトナム的である。より正確には、ベトナム的と言うよりも、資金不足の新興市場で一般に見られる現象であると想像される。

 ここで、日本企業独特の「株式持ち合い」を検討する企業があっても不思議でない。株式持ち合いは株券を交換するだけだから、「紙のやり取り」(京都大学・故大隅健一郎)と指摘され、実質的な資金調達にならない。しかし安定株主工作の低コストの有力な手段になる。

 このような株式持ち合いによる安定株主工作は、国際的な観点からは好ましくない。経営者の自己保身が目的であり、一般株主そして個人株主の利益を希薄化するからである。株主と経営者の協力体制は望ましいと指摘したが、株式持ち合いでは、両社の緊張関係が失われる。経営者間の「なれ合い」が発生する。

 ベトナムにおいて「株式持ち合い」が普及して、企業グループが形成される。各省傘下の総会社のグループ企業が、株式持ち合いによって支配権を維持しながら、株式公開を進める。このようなシナリオも考えられないこともない。

 私は、大学時代(約30年前)から「株式持ち合い」を研究してきた。当時、株式持ち合いは欧米では日本固有の奇妙な驚きの現象であった。日本企業システムの「閉鎖性」の象徴とみなされた。今、ベトナムと係わっていて、株式持ち合い問題に再会するとは予想もできない出来事だ。

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2007年7月10日 (火)

ハノイ貿易大学タム先生の来学

 本日、東京大学と法政大学の外国人客員研究員として来日中のハノイ貿易大学のタム先生が流通科学大学を訪問した。お嬢さんは京都大学大学院経済学研究科の博士前期課程に留学中。ベトナムの知識層を代表する家族である。

 タム先生とは、共同研究の打ち合わせをした。また、彼女の研究テーマである人材育成についての意見交換をした。ここでのキーワードは、「暗黙知」と「形式知」の円滑な交換ということだろう。

 たとえば自転車の乗り方を教える場合、ベトナム人が日本に来て、その乗り方の講義を受けて、たとえそれを丸暗記したとしても、ベトナムに帰って自転車は乗れない。日本またはベトナムで自転車に実際に乗って、場合によっては転倒して、その繰り返しの結果として乗り方を体得することになる。

 ベトナム人は一般に優秀だから、以上の乗り方はすぐに理解する。しかし、その実践には時間が必要だし、そのためのノウハウがさらに必要かもしれない。これが「形式知」から「暗黙知」への転換だ。理論や知識から応用・実践への転換と言ってもよい。

 ベトナムの人材育成において、この転換が最大の障害であると思われる。この障害を克服する実践例の臨床的な収集が求められる。そこから一般的・普遍的な人材育成の要点が導出されるのではないか。

 タム先生には、「比較企業論」という私の講義で対談形式の講義をしていただいた。私が質問し、それにタム先生が答える。それに私がコメントする。このような型式の講義だった。私自身、すでに数百人の人々にインタビューをしている。いわゆる「聞き取り調査」だ。この経験を生かした講義は、私にとっては新鮮だった。

 この中で、タム先生は子どもの頃、米軍の爆撃を避けるために農村に「疎開」したことや、ドイモイ以前の配給制の実態を話された。これは生々しい証言だった。今の大学生は、どのような印象を持ったであろうか。

 尊敬するタム先生の研究成果に期待したいし、その助力ができることを私は光栄に思う。

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2007年7月 9日 (月)

「IPOの延期」報道とベトナム政府の混乱

 ズン首相が、国営企業のIPO計画の延期を指示したという報道があった。7月7日付けの『日本経済新聞』の記事に対応した内容だ。私は「計画通りにIPOを進める」という国家証券委員会の見解を支持したのだが、それが早くも「ハズレ」た格好だ。

 筆者の情報によれば、今回の株価下落によって、外国投資ファンドも被害を受けている。かなり高値で株式取得したようだ。さらなる株価下落は運用成績に影響する。そこで、より以上の株価下落を回避するために、新規株式の供給を少なくすることが望ましい。ズン首相の指示は、このような論理が機能したのかもしれない。

 また私見では、国家証券委員会はベトナム証券市場の監督官庁として、証券市場と証券業界の健全な発展戦略を十分に検討・理解している。この観点から言えば、ベトナムの株価は、個人投資家の売買によって攪乱され、その結果、割高になっている。その是正こそが、当面の必要とされる施策である。

 このためには、ズン首相が言うような株式公開の延期ではなく、たとえばIPO入札時の適正な基準値が開示されたり、抽選などの方式が検討されるべきなのだ。このような規則がないために、個人投資家が高値の入札を繰り返してきた。そして個人投資家からの株価下落の苦情や不満が噴出しているのだ。

 国民の「声」に押されて、首相が指揮権を発する。これは、政府の政権維持のための重要な「民意吸収」の手段であり、これまでベトナムで何度も実施されてきた。問題解決の「奥の手」は、首相が主導権をもって国民のために動く。ベトナム共産党が一党独裁の長期政権を維持できている秘訣の一つだ。

 しかし、株式市場の問題は、たとえば交通事故の増加といった社会問題とは性格が異なる。市場参加者は、一般国民ではなく、富裕層を中心とした個人投資家である。また、株式売買の専門家である投資ファンドを含む機関投資家である。これらの投資家は、当然であるが、自己責任で株式投資をしている。

 このような観点から言えば、首相の指示は異例とも考えられる。ベトナム株式市場の健全な発展を考えるなら、すでに指摘したように、バブル化した株価の下落は好ましいからだ。

 株式市場は、企業の資金調達のための「発行市場」と、それを円滑に促進する「流通市場」の双方がバランスよく発展しなければならない。このような観点から、証券当局は、いくつかの指導や規制を「ブレーキ」と「アクセル」の手段として使用している。さらに私見では、以前から主張しているように、かつて日本で実施された「株式民主化運動」といった証券知識の普及活動が求められる。

 次回の訪越で、国家証券委員会と意見を交換してみようと思う。何事も現場での調査。これが「実学」の基本だ。

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2007年7月 8日 (日)

久しぶりの休日

 何週間ぶりに日曜日が休みとなった。そこで、今日は休日。

 そうは言っても、大学の期末試験の問題作成をする。レポートに目を通す。出席カードを名簿に転記する。読みたい論文もある。仕事は山積している。

 限られた時間を有効に使う。しかし寿命を縮めては元も子もない。100歳まで生きるつもりなら、まだまだ時間はある。無理はしないことだ。

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2007年7月 7日 (土)

ベトナム株の報道に少し異論:『日本経済新聞』長谷川記者(ハノイ)の誤解

 『日本経済新聞』2007年7月7日(土)の夕刊記事「市場の話題」において、「ベトナム株に需給悪化懸念:相次ぐ大型IPOに波乱の展開も」とハノイの長谷川岳志記者が報じている。

 私見では、この記事に事実誤認がある。ベトナム株式投資に関係する者として、この記事は広く誤解を与える恐れがあるので、ここで異論を3点を指摘しておきたい。

 (1)「6月上旬に実施された国内最大手のバオベト(保険総公社)の上場に先立つIPO(注:新規株式公開)が期待外れとなったことだ。---平均落札価格は73,910ドン(約560円)と、市場の事前予想の半分以下にとどまり、さらに高値で落札した個人投資家の多くが手付金を放棄してでも購入を見送る動きが出た。」

 そもそも入札価格が異常に高すぎるのだ。今朝まで拙宅に滞在していた「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」のソン会長によれば、この最低入札価格は67,800ドン最高価格は20万ドンであった。しかし機関投資家筋の分析では、6万数千ドンが適正価格ということだった。ソン会長は、値下がりしているバオベト株について「今が買い時だ」と述べている。(注:ベトナムのIPO入札では、投資家1人が2つの価格での入札ができる規則になっている。)

 記事でも指摘しているように、「狼狽売り」しているのはベトナム人個人投資家だ。多数の機関投資家は冷静に株価を判断している。このような機関投資家の見解を紹介しなければ、報道記事としてはバランスを欠くように思われる。

 (2)「地元メディアでは、「将来、海外市場に上場し、大きな値上がり益が期待できると証券会社に踊らされた」などといった個人投資家の声を紹介し、今後IPOを計画している企業の資金調達計画に狂いが出るだろうと指摘している。」

 私見では、地元メディアを利用して、証券当局は、過剰な投資熱の個人投資家を沈静化させようとしている。すでに筆者が指摘したように、ベトナム人個人投資家は「衝動買い」と「狼狽売り」を繰り返す。また、その多くは短期投資(長くても3ヶ月)志向であり、証券に関する知識も十分でない。こうした個人投資家が、たとえばベトナム石油採掘(PVD)社の株価収益率200倍といった異常値を生んだ主役なのだ。これらの個人投資家の過熱を冷やすことは、株式市場の「バブル化」=「マネーゲーム化」を抑制するために証券当局として望ましいことだ。

 (3)証券業界を中心に大型国営企業のIPOの時期をずらすべきだとの議論が高まっているが、国営企業の民営化の遅れを懸念している政府側は「計画通り実施する」(国家証券取引委員会)との姿勢だ。」

 IPOの時点で高値入札し、その後の店頭市場での株価が低迷し、さらにその後の上場後も株価は横ばいを続ける。このような現象は、何度も言うが、IPOの入札価格が高すぎるのだ。この先例はサコムバンクだ。おそらく今後、IPO入札価格が適正価格に近づくのではないか。今回のバオベトからの教訓は、「衝動買い」・「うわさ買い」(根拠のない風評で株式購入する。筆者命名)の個人投資家が市場から退場してくれることだ。それが、株式市場の健全な成長を促進することになる。国家証券委員会にしてみれば、バオベトの事件を契機にして、機関投資家が適正な価格で株価を主導してほしいと考えているのではないか。したがって当然、今後のIPOは「計画通り実施」される。

 (4)「今後のIPO動向次第で株式相場全体が波乱の展開となることを予想する声も増えている。」

 外国投資ファンドの株式需要は旺盛だ。現在も適当な投資先がなくて、おそらく日本円で数百億円規模の現金保有している投資ファンドが多数ある。その理由は、現在は高値過ぎて株式が購入できないか、または外国人の所有枠(49%)の上限になった上場銘柄が増加しているからだ。他方、ベトナムの企業や機関投資家も潤沢な資金の運用先を求めている。したがって国営企業の株式会社化やIPOが進行しても、その「受け手」に不足はない。これまでの個人投資家による入札の異常な高値ではなく、企業・株価分析に基づいた適正な価格での入札が期待される。したがって「波乱の展開」はありえないと私は考えている。

 私は、以上のように考えているが、果たして今後の株価動向はどうか。長谷川記者の記事と私見の仮説が、今後の事実で証明されるだろう。

 なお、ロータス社のソン会長によれば、同社もバオベトのIPOに入札したが、最低価格から数千ドンの差で入札に「失敗」した。しかし現在は、その価格よりも下落しているからこそ、「今が買い時」と判断されている。前述の記事のように、バオベト自体は悪い会社ではないのだ。ただ株価が異常に高すぎる。同様のIPO失敗が同社には過去に何度かあった。このような経験を考慮すれば、ロータス社の入札価格が、その企業の適正株価と判断してもよいと私には思われる。バオベトの入札失敗は、ロータス社の高い分析力を証明している。

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2007年7月 6日 (金)

盛況のベトナムセミナー:感謝です

 朝からソン会長と一緒に大学に向かう。ベトナム人留学生のフンくんが、ソン会長を案内している間に、私は「経営学入門」の講義だ。この講義の最後にはソン会長にゲストスピーカーとして参加していただいた。

 ビジネスのチャンスが拡大するベトナムで、30歳で会社を起業。日本人の投資家向けのIR(投資家向け広報担当者)を募集していると話された。学生の就職向けの「リップサービス」だったが、学生には刺激になったかもしれない。外国人の企業経営者の話は、学生も初めてだろう。

 その後に新大阪に向かって、(株)GABB社・(株)ブレインワークス社が主催する「ベトナムセミナー」で講演した。何度もお目にかかかる方々も多く、話す内容の重複を避けようとするのだが、そうするとまとまりが悪くなる。やりにくいセミナーだ。

 しかし東京から何人かの方々が、このセミナーのためにお越しいただいた。これには感激した。50名の定員で、70名を超える方々が集まっていただいた。また、神戸大学のベトナム人留学生も複数名が来てくれた。これも嬉しかった。私が連絡したことはないので、いろいろな情報網が機能したのだろう。若いベトナム人のためにも、今後とも頑張りたいと思う。

 私が、ベトナムの経済・企業経営・株式市場の全体的な話をして、その後にソン会長が、ロータス社の概要や投資戦略について話をされた。私の英語の講義や報告よりも、はるかに流暢な日本語のスピーチであった。

 その後、ロータス社について今後の経営を話し合ったが、彼の分析は的確だ。一般に、ベトナム人若手経営者の実力は高く評価できる。経営者として彼を信頼しても、大丈夫だ。そのように確信できた。私は、限られた時間の100%をビジネスに充当できないので、やはり「顧問役」に徹するのが適当だ。確認・助言・支援に徹することにしよう。まさに顧問の仕事だ。以上、ソン会長の来日は、私にとっても非常に有意義であったと言える。

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2007年7月 5日 (木)

ロータス社ソン会長の来宅;テトも大歓迎だ

 何度か登場するテトが、ソンさんを大歓迎した。これまでの576回のブログの中で、テトとソンさんは何回か登場した。

Photo_2  テトは、写真の通り。最近は、目の周辺に白髪が増えてきた。このテトが、ソンさん(ロータス証券投資ファンド運用管理会社・会長)を拙宅で大歓迎した。大歓迎とは、飛びかかることだが、これは正規の訓練を受けていないテトの悪い性癖だ。

 テトとは、TET。ベトナム語の旧正月のことだ。この名前は、弊社(合同会社TET)の登記済みの名称でもある。今から考えれば、「合同会社・旧正月」というユニークな社名だ。

 ソンさんは、2度目の来日。以前は横浜に滞在したそうだが、それ以外の日本は知らない。東京の訪問では「すごい!」を連発していた。日本人でも、その巨大都市の雰囲気や「オーラ」に圧倒されるのだから、ベトナム人なら当然かもしれない。

 明日は、(株)GABBが主催するベトナムのセミナーでソンさんと私が共演する。共演と言うよりも、私が前座を務める。「GABBsemi.pdf」をダウンロード

 ソンさんは自宅に宿泊中だが、私よりも妻の方が同行する時間は長い。今日の私は、神戸市外国語大学の非常勤講師で午後7時20分まで講義だった。ともかく多忙だ。毎週11コマ(通常のノルマは5.5コマ。1コマは90分の講義)をこなしているのだから当然だ。こういう愚痴を独白する。だれかに聞いてほしい。これもブログの特徴であろう。

 ソンさんは日本の時間差に慣れてきたようだが、そうなったときには帰国となる。未だご家族のお土産を買う時間がないので、帰国日の7日の土曜日には十分に時間を作ってあげようと思う。しかし私は土曜日も講義だ。超多忙。とは言うものの、民間企業に比べれば、それほどでもないと自覚している。ともかくソンさんにとって、有意義な日本訪問であることを願っている。

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2007年7月 4日 (水)

ベトナムにおける法律・規則変更の論理:リスクを予想する

 ベトナムの法律・規則は「猫の目」のように変わる。だからベトナムは信用できない。突然の政府の政策変更があり、現在のビジネスにとって大きな被害が生じた。ベトナムの投資環境の問題点だ。これまでの私の見聞では、このような苦情・不満が多数あった。

 たとえば自動車産業の「マスタープラン」の変更で多数の自動車企業が進出し、過当競争に陥ったことや、オートバイの部品輸入規制が性急に導入されたことだ。そのほか突然の増税や課税、規則変更に日系企業は悩まされてきた。

 私は、こういった日系企業の苦情・不満に納得しながらも、ベトナム政府の立場も理解してきた。しかし自分自身が、ベトナムの投資ファンドの仕事に関係するようになって、より深い部分でのベトナムの政策立案の論理が見えてきたように思う。

 たとえば株式投資における一任勘定の個別口座管理の仕事は、弊社・ロータス社がベトナムで最初に始めた。すでに外国投資ファンドや個人株式投資の業務は活発であるが、個人の株式投資をベトナムの運用管理会社に委託する業務は、本年6月に日本人顧客とロータス社が締結した契約が最初である。

 この場合、預託銀行が投資資金を管理するのだが、その銀行業務はベトナムで前例がないので、監督官庁である財務省や国家証券委員会と預託銀行が連絡を取りながら、必要書類を作成している状態だ。未開拓の業務を最初に始めるときは、こうした慎重な手順を踏むことになる。このようなことが起こるのは、法律は成立したものの、具体的な施行細則は決定されていないからだ。

 ビジネスはスピードが肝心。そこで法律の解釈の範囲内でビジネスを進める。具体的な規則がないから、実際のビジネスを進めながら、政府当局と相談しながら規則が決まってくる。このような政策決定の過程を私は実感することができた。

 ここで注意を要するのは、法律の範囲内なら合法とみなされるが、規則が決定後には、それが違法になるかもしれない仕事やビジネスモデルだ。施行細則が決定されていない段階で政府当局に問い合わせると、ビジネスが可能という返事がある。合法的と判断される。しかし、その後に施行細則が決まると、最初に合法と判断されたビジネスが不可能になることもありうる。同様のことが、施行細則の代わりに、首相令によって起こる場合もありうる。これが、冒頭の日系企業の苦情・不満の本質だ。

 以上のような「法律的・制度的なリスク」が、ベトナムビジネスに存在することを銘記しなければならない。このリスクを証券業に敷衍すれば、たとえば次のような場合が想定できる。

 ベトナムの株式市場を発展させるために外国投資ファンドを呼び込みたい。そこで政府は、正式の投資運用管理の認可を取得していない会社にも「株式取引コード」を付与する。書類の形式さえ整っていれば問題ない。そこで外国投資ファンドの会社は、ベトナムで株式運用できる。

 このような会社のリスクは、ベトナムで本来は取得すべき正規の認可を取得していないことである。たとえば現在、ベトナムに関するニュース配信会社が複数存在し、ベトナム語のニュースを日本語に翻訳してインターネットで販売している。この業務には、本来は情報文化省の認可が必要だ。ベトナム国内報道は同省が監督官庁だ。しかし、外国人向けに限定されたインターネットの報道であるから、認可は不要と判断されている。それはよいとしても次に、今日的な留意点として、翻訳ニュースに関する知的所有権の問題が残されている。

 さて上記は、株式市場の発展のために政府が「アクセル」を踏み込んで加速した状況である。これに対して、株式市場が加熱して「バブル化」=「マネーゲーム化」した場合、政府は「ブレーキ」をかけようとする。この場合の手段として、さまざまな政策手段が考えられる。

 実際に提案されている政策は、株式投資に対する銀行融資の規制であるが、そのほかに、株式売買の課税を強化したり、外国人の個人投資家の参入を抑制したり、正規の認可を受けていない外国ファンドの運用会社の活動を規制することも考えられる。この最後の運用会社に対する規制の場合、いわば「梯子を外された」ことになるが、そういうリスクが生じるのは、その会社が国家証券委員会から認可を受けていないことから生じる。この場合、当然、この会社は政府の政策変更を恨み、苦情を公言するだろう。しかし、それは「しょうがない」のではないか。

 経済発展を優先課題とする政府は、法律上の解釈の範囲内で最初に「アクセル」を踏む場合が一般的である。しかし、それが加速してくると「ブレーキ」を踏むこともある。この「ブレーキ」の段階で、具体的には「突然の政策変更」というような苦情や不満が日系企業から出てくる。この「ブレーキ」の効果が十分にあれば、政府は再び「アクセル」を踏むこともある。

 社会主義を目標とするベトナムは、「経済発展」という「アクセル」と「所得格差の是正」という「ブレーキ」の双方を巧妙に踏み分けるような政策調整をしていると私は考えている。これまで一般の人々は、前者を「改革派」、後者を「保守派」と呼んできた。しかし、このような「二分法」=「二者択一」は正しくない。アクセルとブレーキは、どんな自動車にも併設が必要だからだ。つまり、どのような国にも、経済発展にとってこの両者の役割が不可欠である。事実、現在の日本でも「格差是正」という政策課題に関心が高まっている。

 「法律的・制度的なリスク」を以上のように認識すれば、その予想も容易であろう。予想できることであれば、それを政策の「突然の変更」と言うことはできない。これまでのベトナムビジネスの教訓として、このようなリスクに対する観察と警戒そして対応に十分に留意しなければならない。

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2007年7月 3日 (火)

新妻さんがTV出演

 ハノイでお世話になっている新妻さん(注:お名前は本名。新婚の女性のことではありません)が、TVに出演されるそうだ。

 これは、緊急連絡。

 7月5日(木)、19:00~20:54。
 日本テレビ系の『モクスペ』「衝撃報告!これは奇蹟なのか世界ウルトラ超人伝説」
 この番組の中で、新妻さんが、取材のコーディネートされた「ベトナムの透視超能力者」が出演する。

 ここで新妻さんも出演されるそうだ。参照:http://www.ntv.co.jp/mokusp/

 これは必見。ちょっと宣伝です。

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2007年7月 2日 (月)

2人のソンさん:外交官ナンバーの自動車に初めて乗車

 今日は、朝からソンさんに同行して東京をめぐった。

 流通科学大学の東京オフィスでは、私のゼミの卒業生(日本人)をソンさんに紹介した。今日は合計5社の方々とお目にかかった。朝から多忙だ。

 夕方にベトナム大使館のソンさんと「新マルビル」で会った。来日中のソンさんと大使館のソンさんは、大学時代の同級生だ。来日中のソンさんを紹介してくれたのが、大使館のソンさんだ。ソンとソンでややこしいが、「損の損は得だ」などという軽口を私が言う中で、2人のソンさんは久しぶりの再開を楽しんだようだ。

 大使館のソンさんは、外交官ナンバーのトヨタ=クラウンを自分で運転してやって来た。彼は、今年に2等書記官に昇進したばかりだが、自動車を自分で運転していることに驚いた。さらに、そのクラウンがやや旧式で、そのことも親しみを持てた。セルシオやベンツをソンさんが運転していたら、私はベトナムから卒業する。

 そのソンさんの運転で、私とソンさんは東京から品川に向かった。いろいろ車内で話したかったので、東京駅からではなく品川駅から新幹線で大阪に帰ることにした。

 外交官特権をもった自動車だから、スピード違反も駐車違反も天下御免。どんどん行けなどという不謹慎な冗談を私はアルコールの勢いで怒鳴っていたが、大使館のソンさんは安全運転。立派なものだ。

 私のことに気を遣って、2人のソンさんは日本語で話してくれたが、妙によそよそしい。ベトナム語なら「おう。どうだ。元気なんか?」というような同級生の口調で話しているのに、日本語になると表現が敬語になる。そんなことで2人を冷やかしたりもした。

 大学生時代から知っている大使館のソンさんの運転で東京を走る。これは感慨深かった。自分の教え子の立派になった姿を見たような感覚だ。それぞれの進む道は異なるが、2人のソンさんの発展を期待したい。そして、おそらく間違いのない経済発展とともに2人の前途も明るい。

 年金問題・少子高齢化・財政破綻危機・増税といった問題を抱える先進国日本の暗い話に比較して、ベトナムは元気一杯だ。2人のソンさん、そしてベトナム全体の発展を私は確信している。 

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2007年7月 1日 (日)

ソンさん来日:品川プリンスホテルの「イルカショー」で考える

 東京からのブログだ。

 日越経済交流センターのハノイ代表のソンさんが来日。ソンさんは「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」と「ITIP(貿易投資促進)会社」の会長であり、さらに貿易会社TSCの取締役でもある。

 早朝の成田空港の到着後、宿泊先の品川プリンスホテルに隣接した水族館やイルカショーをソンさんと一緒に見た。大人でも十分に楽しめた。

 私見では、このような都市型の水族館がベトナムでも人気が出るだろう。たとえば水族館と言えば、ハーロン湾・ニャチャン・ファンティエットなどの海辺のリゾートの立地がよいと考えてしまうが、それでは顧客が入らない。

 確かにそうだ。子どもがイルカショーを見たくても、わざわざハーロン湾には行かない。ハーロン湾は自然の景観が最大の「ウリ」なのだ。水族館は、より多くの顧客が期待できるホーチミン市やハノイに立地することが望ましい。

 ただし、これはベトナム政府の方針に必ずしも合致しない。都市と地方の所得格差の是正が政府の基本方針なのだ。また都市部に人口が集中すると、それに伴う住宅・交通・地価上昇などの諸問題が発生する。これらは日本が経験したことだ。所得格差を縮小するために地方都市を発展させることが、ベトナムの現代的な政策課題となっている。

 ソンさんには、さまざまなことを日本で学んでほしい。そのためには、できるだけ彼を「お客さん」にしないで、自分で動いてもらうようにすればよいと考えている。しかし、それでは移動や訪問の効率性が悪い。限られた時間に最大の仕事をしてもらいたいとも思う。なかなか両立は難しい。

 大学の講義もあり、なかなか私も時間がない。そのために、多くの方々にご迷惑をおかけしている。皆さんに感謝である。ソンさんの実り多い来日を祈念したい。
 

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