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2007年6月 9日 (土)

『ベトナム』映画2部作を一挙に鑑賞:ベトナム戦争を再び考える

 最近、ベトナムについて講演の依頼が増えている。そのいずれもが、経済ビジネス関連だ。もし私が、たとえば生物学者なら、「なぜビジネス?」となるのだが、少なくとも私は経営学者だ。そうであれば、研究対象となる「ビジネス」に接近するのも当然だろう。それが「実学」だ。

 それでは次に、「なぜベトナム?」。 この出発点は、1994年に実施された流通科学大学「中国華南・ベトナム流通調査隊」の参加であるが、その参加理由の原点はベトナム戦争である。私は小学生時代にベトナム戦争反対の作文を書いた記憶がある。その後のベトナムはどうなっているか? こういった関心・好奇心が私とベトナムの最初の接点だ。

 このベトナムの原点を触れるために、(株)日本電波ニュース社『ベトナム』と『トンニャット=ベトナム』の2部作をDVDで初めて見た。いずれも故・山本薩夫が総監督の長編記録映画だ。これらは明らかに反米映画だが、ベトナムと米国の戦争だから、ベトナム側の視点から見れば反米は何の不思議もない。

 また、これらの映画には、ベトナムの社会主義建設を賛美する主張が込められている。しかし、その後のベトナムのカンボジア侵攻や難民の国外脱出、そしてソ連崩壊に伴う経済危機などを考えれば、その後のベトナムの歴史には紆余曲折があったと思われて感慨深い。

 ただし、これらの紆余曲折の部分を削除して、この映画を今見れば、それほど違和感がない。現在、この映画の主題となった南北統一の成果が顕在化し、ベトナム全土の経済発展が推進されているからである。

 ベトナム戦争は、映画『宇宙戦争』のように米国を舞台にした戦争ではない。ベトナム本土に対して米国が侵攻した戦争にほかならない。多数の米国人も犠牲となったが、それが嫌なら米国に戻ればよい。これに対してベトナム人に戻る国はなかった。祖国ベトナムのために戦う。それだからこそ、ベトナム人は世界最強の米国に勝利したのだ。このような論理は、本日公開の映画『300:スリーハンドレッド』のスパルタ軍にも共通している。侵略を撃退する。これは世界で共感される。(注:実は今日、映画『300』を見に行った。予告編通りの映画だった。)

 「祖国を守る」。「祖国そして愛する人のために死ぬ」。このような主張は、第2次世界大戦をめぐる最近の日本映画でも強調されている。敵の侵攻に対して反撃する。これは国際的に当然の権利だ。確かに米国は日本を爆撃したが、逆に日本も米国(=真珠湾)を爆撃した。このような性格の戦争は、どっちもどっち。帝国主義=植民地主義に基づいた野蛮な国家間の戦争である。

 侵略戦争には必ず大義名分が必要とされる。当時の日本が主張した「五族協和・王道楽土の満州国建設」や「欧米列強の支配からのアジア解放」は、今日の米国の「イラク参戦」における「自由と民主主義を守る」という目的と共通している。勇ましい言葉や耳障りの良い言葉には注意だ。その心地よい響きの裏に邪悪な「本音」が隠されている。これらに対しては、言葉巧みな「詐欺師」と同様に十分な警戒が必要だ。

 以上、私のベトナムの原点、ベトナム戦争を少し検討した。統一国家ベトナムがあるからこそ、紆余曲折があったものの、今後の高度経済成長が期待される。韓国と北朝鮮の民族分断問題をベトナムは解決済み。その後は経済成長に集中する。これがベトナム当面の最優先の政策課題とみなされる。ベトナム映画の中でも、南北統一の次は、経済成長だと一般庶民のベトナム人が指摘していた。

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