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2007年6月 5日 (火)

2回の「ミスター・ウエダ」:ベトナム人は感激させてくれるじゃないか!

 今日の朝7時過ぎにホーチミン市から関西空港に着陸。駐車場を7時30分に出て、大学には9時前に到着。1時間目の講義に余裕で間に合った。阪神高速5号線(=湾岸線)は混雑もなく、快適なドライブだった。

 昨日は、ホーチミン市の部品会社、商工会議所、ベトナム日本センター、それにサンフラワーで買い物し、三洋電機の片岡さんと夕食。同行してくれたタムさん(日越経済交流センター・ホーチミン市代表)のおかげで快適な移動ができた。

 部品工場のタム社長は、いつもの律儀さで話を聞いてくれたし、商工会議所のフン副会頭とは昼食を一緒した。タイン会長も交えた7人ほどのベトナム人グループに私も加えていただいた会食だった。ビールを飲んで大いに昼間から盛り上がった。

 「私は35歳だ」。「いや75歳だろう」。また農学部の教授というベトナム人先生がいたので、「あなたはヤギ肉がすきなんでしょう」と私が言うと、これはバカ受けだった。これらの「下ネタ系」の冗談を交えて4回ぐらいは乾杯した。こんなことは、日本で経験できない楽しいひと時だ。

 日本人も昼休みはビールでも飲んで、楽しくやればよいのだ。私見では、ベトナムは暑いので発汗が活発で、すぐにアルコールが分解されるのではないか。いずれにせよ、ビールで昼食。これは最高だ。そういえば、昨日の午前中もハノイのビンコムタワーで生ビールを1人で飲んだ。ベトナムでビールは水代わり。これは私だけの定説だ。

 ところで、このレストランの支払いを誰がしたのか不明。ベトナム人は午後からの仕事があるし、私は以下の知人と話している間の流れ解散だった。その後に商工会議所でフンさんと仕事の話をしたが、食事代のことは失念した。どうも、だれかわかりませんが、ごちそうさまでした。

 このレストラン、確か「5 VIEN」といって商工会議所の近くなのだが、その従業員から「ミスター・ウエダ」と声をかけられた。1998年のハノイ滞在中のホテル従業員だ。ちゃんと名前を覚えてくれていたのも嬉しかったが、元気そうにしていることにも感激した。彼は1999年にホテルを解雇され、当時19歳だったと思う。解雇の理由は、あまり良いことではなかった。その後に、ホテル従業員の噂では犯罪にもかかわったと言うのだ。ベトナムでは噂が一人歩きするので、本当かどうか疑わしかった。

 この真偽を質問するのも気が引けた。今は結婚してホーチミン市に住んでいるそうだ。元気そうにしているので、今は問題がないように思われた。「ランさんはどうしてる?」と聞かれた。ランさんは当時の従業員でハノイ外国語大学英語科を卒業した才媛だった。父さんは中国国境での貿易をしている。結婚して子どもができたので、お祝いを数年前にしたが、その後は連絡していない。

 このハノイのホテルは、1998年にはランさんのような優秀な大学生が働いていたが、受付女性の英語力は次第に低下している。優秀な大卒の若者が働く職場が次々と増加するのに対して、ホテルの管理や設備は昔と変わっていないのだ。

 ホーチミン市では初めて「バクダンホテル」に宿泊した。定宿の「リンホテル」が改装で閉鎖中だ。この「バクダンホテル」は、日本人の出張者が多いことで有名。室内では無料でインターネットが使用できる。この朝食時にも、レストランのウェイトレスが「ミスター・ウエダ」と声をかけてくれた。最初、どうして名前を知ってるのだろうと当惑した。従業員がお客の名前を呼んでくれるなんて、日本なら一流ホテルのホスピタリティに匹敵する。

 懐かしい人との出会いや、思いがけない感動があった。だからベトナムは面白い。

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