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2007年6月30日 (土)

今日はラオスの日:清掃ボランティア活動の説明会

 ラオスでの清掃ボランティア活動は2003年に始まった。この年は「ASEAN交流年」であり、その記念事業に認定された。当時の橋本ラオス特命全権大使やピッサマイ科学技術環境庁長官も清掃に参加していただいた伝統ある活動だ。また、毎年のように神戸新聞や毎日新聞が記事として掲載してくれている。

 今年は第5回目になるが、今日の出席者は5名だった。やや寂しい。しかし、こういう感情を抑えておかないとボランティア活動はできない。多くの人々がボランティア活動に参加するような国なら、日本の前途はもっと明るいはずだ。そうでないから問題があると考えるべきだろう。海外旅行でお金もかかるのに、5名でも参加者がいたことは喜ばしいことだ。

 このボランティア活動は、流通科学大学の学生だった大須賀くんの発案だ。これまでのボランティアと言えば、何かをしてあげるとか、何かを贈呈・寄付するとかいう内容がほとんどだ。贈呈する側は自己満足であり、それを受け取る側も感謝する。それでよいのだが、それが長く続くと、受け取る側は寄付慣れしてくる。もらって当たり前という気持ちになる。自立心が失われる。

 このような雰囲気がラオスにないわけでもなく、それだから当時の橋本特命全権大使は、われわれの活動を高く評価してくださった。この清掃活動は、ラオス人と「一緒にやる」ということが基本だ。ラオス人大学生と日本人大学生が一緒に清掃活動する。一緒に小学校に行って、子どもたちと一緒にゴミ拾いをする。

 たとえばアメリカ人大学生が日本に来て、湘南海岸や須磨海岸のゴミ拾いをする。日本人から見れば、ある意味で恥ずかしいし、他方、お節介は止めてくれという気持ちにもなる。しかしアメリカ人と日本人の大学生が一緒に活動すればどうだろうか。若い人々の相互理解・相互交流を促進することは間違いない。われわれの活動も、こういう趣旨だ。

 7月14日(土)に再度、説明会を開催することにした。少なくとも10名参加が目標だ。最低10年間続ける。これは、故・中内功と私の約束だ。気負わずに気長にやる。熱くならずに微熱を継続する。これはボランティア活動を継続する秘訣のひとつだと思う。

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2007年6月29日 (金)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース(11)」:ベトナム組成投資ファンドを100%外国法人が買える

 ロータス証券投資ファンド運用管理会社のソン会長の来日が日曜日となった。早朝の成田空港の迎えはかなり辛いので、東京都内まで「成田エクスプレス」で自分で移動してもらうことにした。日本では、お世話になった方々に会ったり、ベトナムセミナーの講師をしてもらったりする。

 私が保証人なので、勤務先の神戸の流通科学大学でも学生に少し話してもらう。来週の1週間は、ソンさん同様に私も多忙になりそうだ。

 来日の打ち合わせをしていて、次のような話があった。つまり、ベトナムで組成された株式投資ファンドを100%外国人法人が購入できるというのだ。これまでの理解では、外国人が49%であり、ベトナム人が51%ということで、「合弁ファンド」と呼んでいたのだが、それが100%外国人の投資が可能ということだ。ただし30名以下の私募になる。

 この投資ファンドは会社形式であるから、投資家は年に1回の「株主総会」を開催しなければならないし、監査法人を選任しなければならない。そうであれば、100%日本人のほうが簡単だ。会社を共同出資して設立するという感覚の投資ファンドになる。

 このような枠組みでの投資ファンドの組成をどうするか。今回のソン会長の来日で、しっかりと相談しておきたいと思う。自分で言うのはどうかと思うが、ソンさんと私は最良のパートナーだ。そのように思い込んで、そのように行動する。そうでなければ、どんな仕事もできないだろう。そのように彼も思ってくれていることを期待している。

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2007年6月28日 (木)

「トヨタベトナム」がトヨタ全社をリードした:なるほどそうだったのか!

 ハノイ近郊のビンフックにトヨタベトナムの工場がある。初代社長の長谷川さん以来、何度か訪問し、お話を伺ったことがある。また、1998年に「東アジア経営学会」がハノイ国家大学で開催されたとき、同社からご寄付を賜ったこともある。

 このトヨタベトナムの生産システムが注目され、日本本社から何人ものトヨタ関係者が見学に来ていることは以前から知っていた。過剰な設備投資をしないで減価償却費を節約し、その設備機械の代わりに従業員が手作業で対応し、利益確保を優先する生産システムと理解していた。

 今日、、大学院の「国際地域市場研究特論」という講義で、次のような論文の指摘を発見した。トヨタ全社にとって、トヨタベトナムは重要な役割を果たしていたのだ。

 1996年、生産量が極少であるベトナム・トヨタでのカムリの生産において、内側固定式治具を用いたラインが開発された。そして、こうしたラインが需要変動、多品種化に柔軟に対応しつつ固定費の低下をもたらすことが着目され、1997年、プリウスの生産に応用するために日本国内の工場に輸入された。1998年以降、GBL(引用者注:Global new Body Line)と名付けられたこのラインは、ヴィッツの大量生産ラインでも用いられた。その後、GBLは、生産量に関係なく適用可能であるため、生産規模が大きく異なる全世界の工場へ展開していった。、

 引用:小松史朗「トヨタ生産方式と技術・技能・フレキシビリティ」日本経営学会『日本経営学会誌』第15号、2005年、p.66。

 現在、世界のトヨタ工場で普及している生産システムの起源がベトナムであった。このような生産が可能である要因は、企業特殊的熟練と論文では指摘されている。熟練を要する人材が、この生産には不可欠なのである。ベトナム人従業員は、十分にトヨタの期待に応えたとみなされる。

 機械設備の導入でコスト削減することと、高コストの多品種少量生産に対応することは、大きな矛盾である。それを解決するために、「人と機械の柔軟な分業」が考案された。この世界のトヨタの生産方式を先導した工場がベトナムであった。恐るべし、トヨタそしてベトナムである。

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2007年6月27日 (水)

少しだけ悩み:経営責任を考える

 現在、大学で新しいゼミ生を募集している。しかし、あまり人数が集まらない。

 海外志向を鮮明にして、英語の資料を読んでみようとおもったりしている。しかし、お金がかかって、シンドイ仕事は歓迎されないのかもしれない。

 しかし、たとえば国際的な雰囲気が当たり前の大学なら、それなりの人気もあるのではないかと思う。流通科学大学は、本来はアジアに開かれた大学であったが、自宅と大学とバイト先を周遊する学生に占領されてしまったような気もする。

 これらの責任の一端は、私にもある。開学から20年。そこでの仕事を担ってきた責任があると思う。経営学・企業論を教育する立場から見て、こういった点からの自省が必要だ。ただし、経営者と従業員では立場に相違がある。従業員の気楽さは、経営者の責任に比べると雲泥の差だ。

 少なくとも弊社TETやロータス社については、経営責任を明確に自覚した行動を取らなければと思っている。いつまでも続く企業不祥事の報道を見ていると、これを自らの教訓としなければならないだろう。

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2007年6月26日 (火)

学歴詐称の問題:大卒を高卒に

 大阪市で大卒なのに高卒と偽った職員に1ヶ月の停職処分があった。

 通常、学歴詐称とは、少ない学歴を多くするのが普通だが、この場合は反対だ。公務員としての生活の安定を優先するために、大卒なのに高卒の採用試験を受けて、それに合格・採用されたというのだ。

 学歴とは、こんなに軽いものだのだろうか。特に大学卒業というと、それなりの重みがあってよいと思うのだが、最近はそうではないようだ。大学時代に、バイト経験をしていれば、大卒も高卒もない。そういった経験をすれば、大卒を高卒と偽っても、その罪悪感や誇りの喪失感はないのだろう。

 過度に高い学歴意識は問題だが、過度に軽いのも困ったものだ。大学教育が、本当に見直されなければならないと思う。私は、そのカギは、過度のバイト依存の生活であると思う。大学生しかできないことをするべきなのに、なぜバイトするのか。何もしないで考えることも大学時代には重要なのに、親も何もしない子どもを不安に思うのかもしれない。

 大学教育の再生は、日本の将来を考えるとき、重要な論点だ。

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2007年6月25日 (月)

カンボジアでの再々会を約束;「JICA貿易促進コース研修」の講義

 (財)神戸国際協力支援センターが実施機関となっている「平成19年度・第4回JICA貿易促進コース」において、私は「ベンチャービジネス」について講義した。場所は、JICA(国際協力機構)兵庫国際センターである。この研修指導者は、神戸大学大学院・国際協力研究科・松永宣明教授である。松永教授とは、ラオスのJICA専門家として一緒に仕事をしたことがある。

 私の講義の特徴は、一方的ではなく対話式である。今回の研修員に対しても、最初に「今日は、自由な議論を楽しみましょう」と話している。そして宿題として、「日本の商品やサービスの中で、あなたの国の市場で受け入れられるものは何か? 他方、あなたの国の商品やサービスの中で、日本市場に受け入れられるものは何か? そして、その時の留意点は何か?」という課題を出している。

 この研修員13名の母国は、11カ国(アルメニア・バングラディッシュ・カンボジア・ドミニカ共和国・メキシコ・モルドバ・モンゴル・モンテネグロ・オマーン・タイ・ウクライナ)。いずれも政府の貿易担当者である。

 この研修で何と、昨年の夏にカンボジア・プノンペンでお世話になったイエンさんと再会した。最初、彼から声をかけてくれて、やや戸惑ったが、すぐに記憶がつながった。彼は、カンボジア商業省の貿易担当職員であり、昨年は、カンボジア縫製協会や商工会議所に私を案内してくれた。

 私は、日本学術振興会の科学研究費補助金を受給しており、その研究課題は「ベトナム・ラオス・カンボジアの企業経営におけるAFTA・WTO加盟の影響と対応」である。私にとってベトナムのみならず、カンボジア・ラオスも研究対象となっている。今年の夏は、いわば研究調査の「かき入れ時」である。プノンペンでの再々会をイエンさんと約束した。

 さらにメキシコのロサリアさんとも気が合いそうだった。私のメキシコ訪問は2回だけ。1回目は、ロサンゼルスからティファナの1日観光。2回目は、クエルナバカで開催された学会に出席した。クエルナバカではメキシコの革命博物館を訪問し、メキシコ人の情熱を感じることができた。率直に言って、ロサリアさんとメキシコで再会したいと思った。

 日本にいて、このように国際交流ができる。有り難いことだ。関係者の皆さんに感謝である。なお、上記の問題において、自国市場に受け入れられる日本の商品やサービスの上位は、温泉・自動販売機・洗浄便座であった。さらに「プロフェッサー上田」という意見があった。この冗談の発言者が、ロサリアさんだった。それぞれの導入の可能性が、日本人では想像もつかないほどに活発に議論された。日本人は、もっと主張し、もっと議論してよい。

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2007年6月24日 (日)

「ケインズ経済学」はベトナムで継承されている?

 日曜日であるにもかかわらず、「兵庫県大学退職教職員懇談会」が主催する第1回の講演会で「ベトナム社会主義の現状と株式市場の発展」というテーマで話した。こういうテーマは、どちらかというと苦手だ。しっかりとマルクスやレーニンの古典を勉強する機会がなかったからだ。

 ただし少なくともベトナム社会主義共和国は、自由放任・弱肉強食・優勝劣敗の市場経済を認めていないことは確かだ。国家管理に基づいた市場経済を想定している。これは「市場経済」ではないという批判があるかもしれない。しかしそうであれば、これまでの日本も「市場経済」でなかったことになる。たとえば、バブル崩壊後の銀行救済を想起すればよい。それは、日本において国家が市場管理したことの証明である。

 日本の経済発展の歴史を見れば、政府=国家の産業政策に基づいて企業が活動してきたことは間違いない。さらに政府の支援に基づいて企業が発展してきたと言える。これらの日本の歴史を考慮して、ベトナム政府に対しては総合的な産業政策の立案が提言されてきた。いわゆるケインズ経済学である。それに対して、フリードマンらが提唱した新自由主義経済が、今日では世界を席巻し、規制緩和や小さな政府が推奨されてきた。

 以上のように2つのタイプの市場経済を考えれば、ベトナムにおける国家管理の容認は、ブレない基本方針だ。それは、正確さは欠くが、ケインズ経済学がベトナムで継承されている言ってもよいかもしれない。それでは、日本はどうなのか。格差社会の拡大が指摘される中で、ベトナムよりも日本こそが、その市場経済の有り様を真剣に考えなければならないように思う。ベトナムについて考えることが、日本について考えることに通じる。

 せっかくの休日に講演を引き受けて、当初は後悔していたが、いろいろ勉強をさせていただいた。こういう機会を頂戴して感謝である。主催者の神戸大学工学部名誉教授・金持(かなじ)先生を始め、皆さまのご健康とご活躍をお祈りしたい。

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2007年6月23日 (土)

日本IBM(株)流通事業推進事業本部長・伊藤孝氏のご講義:21世紀の業界展望

 私が担当する「実学」講義のひとつである「21世紀の業界展望」では、7月23日(土)に日本アイ・ビー・エム(株)流通事業推進事業部長・理事・伊藤孝氏をお招きして、ご講義を賜った。

Dscf1692  注:左の写真は、クリックすると大きく鮮明に見ることができます。

 「IT社会の将来動向」というテーマで、21世紀の「ユビキタス社会」(いつでも、どこでも、だれでも、何でもつながるネットワーク社会)の展望が語られた。

 日本のIT(情報技術)業界の出発点は、1964年の東京オリンピック開催にさかのぼる。この当時、オンラインが初めて登場。データ通信の最初であった。その後の1970年の大阪万国博覧会では、民族学博物館の情報が日本で最初にデータベース化されたそうである。オリンピックと万博は、日本の高度経済成長の契機となったように思うのだが、IT業界にとっても画期的な出来事であった。

 それから今日までのIT業界の歴史を見れば、ハードの販売は常に価格下落が伴う。1970年代の大型コンピュータは1台当たり100億円であったが、今では、より高性能のパソコンが10万円で買える。ハードの販売は価格下落が常に伴う。そこでサービスを販売する。さらにビジネスモデルを販売する。次から次に時代の変化に対応して付加価値の高いビジネスを追求する。

 伊藤さんのご講義を聞いていて、IBMの歴史は、大胆なイノベーションの歴史であることが理解できた。常に時代を先取りする。このような経営理念が、変化の激しいIT業界での存続条件ではないか。時代を先取りする。これは、すべてに共通したビジネスの要諦だ。

 私自身が最も印象深かったことは、外国語の自動翻訳機械の完成が近いということだ。こうなれば、外国語コンプレックスは解消される。その代わりに、その国の文化を学ぶために外国語を学ぶようになると伊藤さんは指摘された。いわゆる語学力ではなく、コミュニケーション能力が問われる時代が来るということだ。外国人とのコミュニケーションが目的であって、外国語それ自体を学ぶことが目的ではない。このことが、翻訳機の登場で明確になるだろう。

 まさに「21世紀の業界展望」という科目名にふさわしい夢のあるご講義であった。ご多忙の中を大学にお越し下さった伊藤さんに感謝を改めて申し上げたい。

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2007年6月22日 (金)

流通科学大学の先進的なFD活動:話し合い付きの講義参観日

 私の担当する科目の一つ「経営学入門」の講義が、一般公開され、その後に話し合いの機会があった。これは流通科学大学が1992年から開始したFD(ファカリティ=デベロップメント:大学教員集団の教育能力開発のための組織的な取り組み)の一環である。

 同僚の教職員が15名ほど参観してくれた。私の講義手法の特徴は、(1)対話式の講義を心がけること、(2)そのために各自の名札を机の上に置かせること、(3)さらに発言をすればその名札の裏にハンコを押して得点を与えることである。

 そのほかに、できるだけ講義室を巡回し、学生に名前を呼んで声をかけるようにしている。また、後列の学生をできるだけ前方にすわるように最初に指示する。後列の学生ほど私語が多くなる傾向があるからだ。

 講義の公開は、流通科学大学では「オープン=クラス=ウィーク」と呼ばれており、2003年後期から、毎期に実施されてきた。すでに4年目になる。私見では、このシステムは全国の大学の中でも先進的だ。大阪の某大学から最近、本学のFDを参考にするための問い合わせがあった。

 その後の「話し合い」では、発言者の確認をどのようにしているのかとか、出席を取らないのかとかの質問が出た。これらのコメントは、別途にウェブ上で記入され、公開されるようになっている。さらに、それに対して公開者もコメントや反省点を記入する。

 こういったFDの試みは、即効性はないように思うが、着実に教育技能を高める役割をしている。こういう先進性・新規性は、やはり初代理事長・中内功のDNAの影響だ。

 

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2007年6月21日 (木)

大阪商工会議所「2007年度ベトナムビジネス研究会」の開催

 大阪商工会議所が昨年から始めた「ベトナムビジネス研究会」で講演する機会があった。以下で、この研究会の概要を紹介する。

 1.「乗り遅れるな!ベトナムビジネスがいま熱い」
 上田義朗(流通科学大学教授、日越経済交流センター副理事長、ロータス証券投資ファンド運用管理会社投資諮問委員会委員長)
 この講演では、パワーポイントを使用しなかった。ほかの方々が使用すると予想したので、敢えて「差別化」した。私の率直なベトナム感を語ったが、「オフレコ」の話が多かったので、どのように記録が残るのかやや心配だ。

 2.「中部ダナン最新ビジネス情報」
 錦 富一(ベトナム経済研究所大阪事務所研究員、(株)一(いち)コーポレーションジャパン営業本部営業部長)
 錦さんは、以前の別の講演会でもご一緒したことがある。東京のベトナム経済研究所に駐日ダナン代表部が設置されており、この研究会でもダナンの詳細な情報が紹介された。東西経済回廊に伴うダナンの発展可能性が強調された。ホイアン・ミーソンといった世界文化遺産も近接し、製造業だけでなくリゾート産業でも注目される。

 3.「当社の海外展開とベトナムでの取り組み」
 松原武夫(ヤンマー(株)海外総括部企画グループ専任課長)
 松原さんは、1999年~2002年までベトナム駐在。船舶用エンジンの販売に主に従事されていた。ベトナムの生活について生き生きと話されている様子を拝見して、松原さんは私と同類の人間であると直感した。「ベトナム好き」ということだ。講演後に、かつての東京三菱銀行の今平さんと親しかったと言われていた。私も今平さんには何度かホーチミン市でお会いした。懐かしいお名前で、これも嬉しいことだった。

 出席の方々も50名を超え、盛況な研究会であった。私が強調したのは、ベトナムと共に日本も発展する。こういう姿勢があれば、それはベトナム人にも伝わる。さらに、そういった気持ちが伝わるような信頼できるパートナーを見つけることが重要だと指摘した。

 このパートナーは、ある意味では「鏡」のようなものだ。ベトナム人を見れば、それに対応するパートナーの日本人の人柄もわかる。しっかりしたベトナム人は、外国人を見る眼をもっている。また「類は類を呼ぶ」ということもある。なぜか、善人には善人が集まり、悪人は離れていく。おそらく悪人は悪人で集まるようになるのだろう。アジア蔑視の日本人が悪人とは言わないが、少なくとも私はおつき合いしたくない。

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2007年6月20日 (水)

朝食ビジネスの展開:顧客を絞り込む

 ビジネス関連のTV番組を教材に使用した。そこで朝食サービスが、新しいレストランメニューとして好評だそうだ。

 そこでは、比較的厳しく顧客ターゲットを絞っている。20代から30代の女性。少しリッチな家族。高齢者。それぞれに配慮したメニューが、各店で考案されている。

 顧客のセグメンテーションが、これほどまでに明確になっているとは驚いた。これからは、そういう時代なのだろう。この意味で、私は大学も同様だと問いかけた。

 これは学生に対してでなく、大学の経営戦略もしくはマーケティング戦略の問題だ。多くの学生は、偏差値に応じて大学に入学してくる。そうなれば、その偏差値に適応した教育が必要だ。各大学で異なったカリキュラムがあってよい。

 これに対して大学は、少しでも偏差値を上げたいから、偏差値の現実を直視しないで、「特徴ある大学」といったアピールで受験生を集めようとする。その特徴が魅力的であれば、より偏差値の高い学生が入学してくると期待しているのだ。確かに、そういう学生も少数はいるだろうが、大部分は偏差値に依存した大学受験をしているのが現状だ。

 そういう現実があるとすれば、たとえば「偏差値50の一流大学」というコンセプトがあってもよい。入学成績が偏差値50の学生にとっての一流大学は何か。こういう議論は必要だが、普通の一流大学というコンセプトとは異なる。また、「偏差値60の一流大学」とも相違している。

 顧客=受験生を絞り込んだ戦略。これは、企業でも大学でも共通した少子高齢化の時代において、検討に値する有効な戦略だと思う。

 

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2007年6月19日 (火)

ビジネスには「相性」が重要:ベトナムにおける今後の懸念材料

 ベトナム企業と日本企業が取引する場合、それらの企業間の「相性」の善し悪しが、その後のビジネスの進捗状況に影響する。

 ベトナム企業が熱心であるにもかかわらず、日本企業がゆったり構えている。他方、日本企業が早く仕事をしたいと考えているのに、ベトナム企業の優先順位が低い場合がある。こういう状況は「相性」が悪い。

 しかし、たとえば私にベトナム講演の依頼があったとして、たまたま、その日に大学で講義があれば、その依頼を断ることになる。この場合、「残念ながら次の機会に」と双方が納得して、両者の関係は継続する。取引企業間で仕事量の多寡や変動があるということだ。これは、特に「相性」が悪いということではない。タイミングが偶然に合わないのだ。

 会社の「相性」とは、仕事における取引先に対する「姿勢」の問題である。通常、日本企業が仕事をベトナム企業に依頼する場合が多い。したがって、日本企業がベトナム企業に合わせる必要がある。こちらがお金を出しているのだから、何でも迅速に対応するべきだ。こちらの言うことが最優先だ。確かにそうであるが、相手のベトナム側にも事情がある。

 顧客第一主義。顧客満足を追求する。顧客の価値創造。これらは日本で通用する発想だが、ベトナム人は頭で理解していても、なかなか実践を伴っていない。だからこそ、ベトナムは発展途上国なのだ。だからこそ、日本に比べて賃金も安いのだ。

 賃金が安いから発展途上国ベトナムと取引しようとしているにもかかわらず、その発展途上のベトナムの状況を理解しない。日本の感覚のままで、ベトナムやベトナム人に接する。これでは、おそらく「相性」は絶対に合わない。この背景には、発展途上国に対する「蔑視」が存在しているのかもしれない。対等の取引ではなく、下位の取引先としてベトナム企業を見ている。

 日本企業とベトナム企業は相互にパートナーであるべきだし、その交流の中から日本側の先進性をベトナム側に移転していく。「金を払っているのだから、言うことを聞け」は国際ビジネスでは通用しない。その国に固有の文化や伝統があり、民族の誇りもある。それらを尊重しなければ、けっして相互の理解は進まないし、ビジネスの「相性」は改善されない。「世の中、お金がすべてではない」。かつて留学中に、ベトナム人によく聞かされた言葉だ。

 国際ビジネスにおける上記の「姿勢」は、これまでの日本企業では問題視されなかった。大企業の進出が多く、国際ビジネスにふさわしい人材がベトナムに送り込まれていたと考えられる。これに対して、最近は国際ビジネスに精通していない人々の進出が増えてきた。いわゆる中小企業のベトナム進出だ。今後、こういった「相性」の不適合問題の発生が懸念される。

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2007年6月18日 (月)

今日は高校訪問:信頼関係の構築が重要だ!

 大学経営にとって、多数の優秀な受験生を確保することは最重要の課題となっている。学生の定員割れは、大学の経営破綻に直結する。それを回避するための高校訪問は、少子化時代における大学存続にとって不可欠な仕事となった。

 今日、大阪を中心にした高校を訪問した。こういった大学の「営業」活動における留意点は、やはり信頼関係の構築だ。高校が、ぜひ何とか推薦入試枠での入学をお願いしたいという希望があるときに、それに大学が応える。そうしておけば、ぜひ何とか受験生を増やしたいという大学の希望があるときに、それに高校が応える。より正確に言えば、高校生自身が、そういった過去の実績を考慮して自発的に大学に受験してくれる。

 このような関係は、一般のビジネスも同様だ。困ったときは、お互いさま。相手のために誠意を尽くせば、それが将来に自らにも帰ってくる。このような信頼関係を構築する。そのためには、目先の利益を考えないで、長期的な視野での利益を追求する。

 たとえばベトナムは、最近になって「中国のビジネス移転先」として注目されるようになった。「第2次ベトナムブーム」は本物であるし、それは単なる一時的な「ブーム」ではないと思う。その「ブーム」に便乗する人々がいる。これはビジネスとして当然だ。

 しかし他方、それほどベトナムが注目されていなかった時代から、日本とベトナムの各種の交流に尽力した人々がいる。これらの人々は、古くからの関係に固執・安住してしまって、現在進行形の急速なビジネス展開に乗り遅れている部分もある。しかし、これらの人々の下積みの努力があってこそ、今日の日本とベトナムの好調な経済関係が存在している。 

 ベトナムに飛びついた最近の人々は、こういった先駆者に敬意を払わなければならない。こういったことに無配慮な日本人および日本企業は少なくないと思われるが、ベトナム人およびベトナム企業は、こういった歴史をより重視していると私は思う。日本よりも儒教主義的な意識が、間違いなくベトナムでは強いからだ。この意識の乖離があるとすれば、日本とベトナムのビジネスにおいて何らかの負の影響が生まれる可能性がある。

 長期的な視野での相互利益を追求する戦略を考える。それが、短期的な利益よりも重要な場合があることを認識する。このようなことを今日は考えさせられた。

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2007年6月17日 (日)

『日刊工業新聞』に弊社TET(テト)が掲載されていた!:小山貴広社長から紹介

 本日、ジオクリエイトカンパニー社(大阪市城東区、電話:050-3900-2847)の小山貴広社長とお目にかかる機会があった。インターネットを通したベトナム語教育や、ビジネス=コンサルティングの仕事をされている。参照:http://vietnam.behappy-school.com/kaisyagaiyo.html

 小山さんは、未だ30歳代の青年実業家。大手の損害保険会社の勤務から独立されて保険代理店を設立。その保険代理店も継続されながら、ベトナムのビジネス好機に着目され、新しくベトナム事業に参入された。礼儀正しく精力的な好青年だ。(注:正直言って、若いと思っていた自分が、こんなセリフを言うようになったことに感慨深いものがある。)

 その小山さんから、『日刊工業新聞』(2007年5月17日)の記事を頂戴した。見出しは「ジオクリエイト社長がファンド社、ベトナム企業に投資、現地の運用会社に委託」というものだ。こういう記事が掲載されたことを私はすでに知らされていたが、現物の記事を見たのは今日が初めてだ。

 その記事中に「金融商品を手掛けるTET(大阪府箕面市)から投資業務で助言を得る。初年度に2億円の扱い高を目指す。」という文章がある。何と、このTETとは弊社のことではないか!! 弊社・合同会社TETが初めて新聞に掲載された。これは、驚きとともに感激だ。自分の子どもの活躍を聞いたような感覚がする。

 弊社TETの定款の目的の中に、「2.国内外の株式・債券・商品など金融諸商品に対する投資と助言及び顧問」と記載されている。今回の小山さんとの仕事は、この部分に該当する。日本の若いビジネスパーソンが、ベトナムの同世代のビジネスパーソンと一緒になって、これからの両国の経済発展を牽引していく。このようなイメージが、小山さんと話していて、より鮮明になった。

 ベトナムは「ドイモイ=刷新」が始まって20年目を超え、ようやく今年にWTO加盟を果たした。これに対して日本は、ベトナムに比べて経済力は格段と大きいが、従来の「商法」が画期的に改革され、新たに「会社法」が施行されたのは昨年である。たとえば株式会社の最低資本金が1千万円から1円に変更された。これは、日本における会社観の大きな「刷新」である。経済社会の「改革」が強く求められることは、日本とベトナムに共通した今日的な課題である。

 このような改革の時期は、若い人々が重要な役割を果たす。これについて彼我の区別はないと思う。小山さんのご成功とご発展を期待したいと思う。そのためにも、今回の投資ファンド運用委託先のベトナム現地法人「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」の健闘を期待したい。少なくとも私は、同社のソン会長とタイ社長に全面の信頼を寄せている。

 ブランドのある会社を信頼する前に、個人間の信頼関係がビジネスの原点だと思う。この人間(=人と人の間の関係)を認識する感性=直感が、かつての人間には鋭敏に備わっていたのだと思う。動物的な本能と言ってもよい。その感性=直感が鈍ってくると、先入観や評判に依存するようになる。このような感性=直感に優れた人が、ビジネスでも成功するのではないか。もっとも、それに私が該当するかの証明は未完である。これらのことは、実感から生まれた私の「仮説」だ。

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2007年6月16日 (土)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(10):未公開株取得の留意点

 ベトナムでは、国営企業の民営化によって企業改革を推進することが基本政策である。「親方=金星紅旗」(:日本では「親方=日の丸」)の意識をもった国営企業は、非効率的な経営が蔓延していた。たとえば国営企業間の取引は非競争的であり、高価格の取引が普通であったように思う。換言すれば、コスト削減の意識が希薄であった。

 このような国営企業が株式会社化すれば、経営に対する一般株主の「チェック機能」が働く。また、企業の経営評価の指標としての役割を「株価」が果たすことになる。さらに当然、国営企業が株式会社形態になれば、直接金融による資金調達が可能となるし、ベトナム株式市場の発展にも貢献する。

 以上の意図で、国営企業の株式会社化、そして上場を政府は推進していると考えられる。したがって、「未公開株」を取得しても「なかなか上場しないというリスク」:場合によっては」詐欺」と言える)は、日本に比べてベトナムではより低い。

 未公開株式を取得すれば、必ず儲かる。これはベトナムで依然として有効だ。この取得は、ほとんどの場合に機関投資家や金融機関に限定される。新規株式公開(IPO)以前に、既存の経営者を支持する「安定株主」を確保しておくニーズが企業側に存在する。たとえばホーチミン市の某民間企業の未公開株式の譲渡時には、申し込みのあった投資ファンド代表と面接する予定である。

 これは、自社にとって有利な大株主(戦略的パートナー)を企業側が選択することを意味している。このようにベトナム株式の人気を背景にして、株式発行主体=供給側の企業が「強気」になっている。

 そうだからと言って、かなり無理な増資が行われている場合も多い。たとえば上場企業・ハパコ(銘柄コード:HAP)は増資(=新株発行)を発表したが、それは現在の資本金の4倍にも及ぶ金額と言われている。単純に言って、1株当たりの利益は4分の1になる。株価収益率(PER)は4倍に跳ね上がり、かなり割高な株式になる。当然、既存株主に対する利益が希薄化する。

 ハパコは、このようにして調達した資金を何に使うのだろうか。本業の製紙業の生産増強や生産性向上に使用されるのであれば、国際競争力が強化される。これは好ましい資金使途である。しかし、これらの調達資金が他社の株式投資に向けられるとすればどうだろうか。これは「マネーゲーム」を過熱させる。このような事情が真実であるとすれば、ハパコ増資の引き受けについて慎重にならざるをえない。

 ベトナム株式市場の健全な発展を期することが、ベトナム証券業界の関係者すべての願いであろう。この「健全な発展」の手段は、以前にも指摘したように、証券行政の「ブレーキ」と「アクセル」の使い分けである。さらに場合によっては「エンジン=ブレーキ」の使用もありうる。以上、結論として国家証券委員会の役割と責任は重大ということだ。

 本ブログは、ロータス社からの情報に基づいて筆者が付言・加筆した。ロータス社の公式見解ではない。

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2007年6月15日 (金)

小松みゆき『越後のBaちゃんベトナムへ行く』を読む:ベトナム人を知るための好著

 ハノイ生活の畏友・大先輩である小松みゆきさんが著書を出版された。小松みゆき『越後のBaちゃんベトナムへ行く:ラストライフを私と』2B出版、2007年6月5日(税別1334円)。これは面白いし、写真やイラストも楽しい。

 この著書のキーワードとして、もちろん、ハノイ生活15年になる小松さんが経験した「ベトナム」と「ベトナム人」を最初に指摘できる。ベトナム人の特徴は何か。彼もしくは彼女は何を考えているか。具体的な体験を交えて私は小松さんから多々ご教示いただいた。それは本書も同様だ。私も実感するのだが、自らの生活を通した「ベトナム人観」は、それほど大きく間違っていない。

 次のキーワードは、やはり「Baちゃん」だ。今年88歳になる小松さんのお母様には、確か5年前の2月にお目にかかった。ちょうどハノイ在住10年記念パーティということで、小松さんや鈴木さん(現在、お菓子ポエメのオーナー)を主賓にして、当時のJETROハノイに勤務されていた肥後さんや馬場さんを始めとする何人かをご招待したことがある。このとき、小松さんのお母様は誕生日であり、そのお祝いも兼ねた。

 お母様は認知症であり、その逸話は本書の中でも数多く取り上げられている。それが深刻ではなく軽妙に書かれている。私の亡き母は最後は「要介護5」の認定であったが、そういった介護について共通の経験は小松さんと私の関係を緊密にしたように思う。ただし母親に対する接し方は娘と息子では異なるし、その思いは一様ではない。

 お母様の逸話の中では、行方不明と入院について緊迫感がある。前者の行方不明事件の時に私はハノイに滞在していた。本書に登場しているソンさん(現在、在日本ベトナム大使館2等書記官)と食事をしているときに、小松さんから行方不明という一報があったのだ。このときは私も緊張したことが想起された。

 私は、この部分で小松さんの「リスク管理」の一端を理解したし、その重要性を再認識した。つまり、何か緊急の事件の場合、だれに助けを求めるかを準備しておくということだ。日本なら警察とか消防署という公的機関になるが、一般に外国では、そういった機関は外国人にとって当てにならない場合が多い。通常、日本大使館に連絡というのが一般的だが、やはり信用できる人が、いざというときに最も頼りになる。私にとってハノイでは、そういった日本人が小松さんであり、鈴木さんだ。こういう「リスク管理」は、外国では常に考えておいたほうがよい。

 本書に関連した話題は尽きないが、かなりマニアックで私的な世界に入ってしまう。ぜひ一般の読者の皆さんの感想を頂戴したいと思う。本書を通して、ベトナム人の思いやりを感じることができるし、ベトナム社会や文化の一端を感じ取ることができるだろう。また、こういった社会なら、自分も老後を過ごしてもよいと思われるかもしれない。

 本書は、小松さんご自身とお母様の半生記であるが、それは異色のベトナム案内、ベトナム入門書にもなっている。ベトナム観光客のみならず、ベトナムでビジネスをされる方にも一読を勧めたい。はるかに日本よりも楽しく元気にベトナムで生活されているように私には思える小松さんとお母様に対して、これまでのご好意に感謝するとともに、より一層のご健康とご多幸をお祈りしたいと心から思う。

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2007年6月14日 (木)

ベトナム「証券法」を読んで(5):外国投資ファンドの留意点(再考)

 ベトナム証券法の第61条は、すでに説明したように「投資ファンド管理会社」の仕事を説明している。これを虚心に読めば、外国投資ファンドの導入は、国家証券委員会の認可を受けたファンド運用管理会社しかできないはずだ。これは、前回のブログで指摘した。

 しかし現実には、外国投資ファンドが、「取引コード」(ベトナム株式取引をする場合に法人・個人を問わずに必要な「身分証明書」のような番号)さえ所有していれば、ベトナムで運用されている。確かに、「証券法」を読めば、ファンド運用管理会社以外の投資家が、外国投資ファンドを運用することを禁止しているわけではない。

 国家証券委員会には「ジレンマ」がある。外国投資を増加させて、株式市場を発展させることと、株式市場の過熱を沈静化することだ。いわば、アクセルとブレーキの双方の調整をしなければならないのだ。このような場合、曖昧な証券法の下で、実際の運用・規制は現実の合わせて柔軟に対処する。これが最善の方法だ。自由にブレーキとアクセルを踏み分けることができるからだ。

 このように考えれば、現在はアクセルを踏んでいる証券政策が、ブレーキに踏み換えられることも想定しなければならない。これが通常に指摘される投資ファンドの「規制リスク」と呼ばれるものだ。政府の規制の変更によって、投資ファンドの運用が制限されるリスクである。

 現在、ベトナム投資ファンドが任意組合の型式で募集することは比較的簡単だ。ベトナムという成長性のあるイメージや、手数料の安さだけで投資決定してはならない。現地の実情を知らない投資家に対して、こういった制度的なリスク開示は詳細に行われるべきだ。今は大丈夫でも、将来は不透明。こういう投資ファンドに要注意だ。

 一般に、株式はリスクの高い投資である。それに加えて新興国では、上述のような制度的なリスクが存在する。この制度的なリスクの高低は、現地の事情を熟知していなければ認識できない。それだからこそ、そういったリスクの情報開示が必要だ。再度、ベトナムに関心をもつ日本の投資家に注意を喚起したい。

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2007年6月13日 (水)

大学における教員評価

 流通科学大学では「教育活性化」として、教員評価が今年度から実施されている。各教員がA・B・Cの3段階に評価され、それぞれ給与に反映される。

 こういった評価は、普通の企業では通常に実施されている。大学だけが例外ではありえない。評価方法は完全ではないので、今後も改善していく。これが推進の論拠のひとつだ。

 頭の中では理解していても、実際に「あなたは??評価」ですという通知を受け取ると違和感がある。特に20歳代・30歳代の若手教員は、どんどん収入が増えなければ生活設計できないだろう。これに対して、子どもが独立した60歳代の教員が同じ基準で評価される。これは変だ。これまでの「年功賃金」には、このように考えれば、正当性がある。

 大学における教育者・研究者には独立性・創造性が要求され、それに応じた自負心があると思う。そういった教員に対して評価を下すことは、その勤務意欲を大幅に衰退させることにならないのだろうか。

 私事でいえば、私は自分自身の「実学」を遂行することで時間と頭が一杯だ。どんなことでも全力を尽くす。それだけのことだ。そう思っていても、なかなか思うようにいかない。時間と能力に制約があるからだ。学生を含めて多くの人々にご迷惑をかけることもある。こういう私自身を評価する? それは評価する側の自由だ。人間は、常に他人から評価されている。これも頭で理解できる。評価を気にしてもしかたがない。しかし正直に言って、その評価が給与に反映するのは愉快でない。お金はみんな欲しいのだ。これは感情の問題だ。他方、実際の切実な生活の問題でもある。

 今後、教員の評価の是非や方法は広く問題にされるだろう。その本質は、論理と感情のジレンマと思われる。頭で理解できても、感情がそれに追いつかない。人間の仕事の意欲は、その双方で決まるように思われる。少なくとも評価の目的は、仕事の改善・向上だ。評価のための評価であってはならない。

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2007年6月12日 (火)

ハノイ=ゴルフ=クラブ社長・室賀(ムロガ)さんに会う

 ベトナムで初めての日系ゴルフ場を開発・経営されている(株)ムロガの室賀社長にお目にかかった。何と、私は自転車での訪問。自宅から自転車で訪問し、ベトナムの話ができるのは嬉しい。室賀さんと私は大阪府の箕面市在住である。

 これまでに室賀社長とは、ハノイの大宇ホテル隣のダエハ=ビジネス=センターのハノイ=ゴルフ=クラブ会社で何度かお会いしたが、日本本社には今日が初めての訪問だ。室賀さんは、箕面ライオンズクラブ、私は箕面船場ライオンズクラブに所属しており、その意味で親戚みたいな関係。室賀さんは7年間に渡ってベトナムで仕事をされてきたが、私もベトナム初訪問から10年以上、ハノイ留学から9年が経過している。

 さらに室賀さんが頼りにされているベトナム人のスタッフであるハーくんは、室賀さんよりも私との関係が古い。私の留学当時(1998~99年)に彼は別の日系会社に勤務していた。彼のお父さんは貿易大学の日本語の教授であり、ベトナム語と日本語の辞典を出版されている。

 このように室賀さんと私の接点は多く、親しい先輩と後輩のような気持ちを勝手に私はもっている。まったくの偶然の関係であるが、考えてみれば、人間の出生も偶然の産物と言えるのかもしれない。こう考えれば、偶然と必然は反対語であるが、それは硬貨の表裏の関係だ。偶然を必然と感じるか、偶然を偶然として見逃してしまうのか。それぞれの人の考え方に依存する。私は、やはり偶然の出会いを大切にして、それが必然に転化するように努力したい。

 さて、ベトナムの首都ハノイの日系ゴルフ場。これはブランド価値がある。室賀さんによれば、マレーシア国王がゴルフ場でプレーを楽しんで、さらに国王は室賀さんをマレーシアに招待されたそうである。マハティール前首相の日本好きは有名だが、マレーシア国王が日本語を理解されるということも、室賀さんから初めてお聞きした。それに国王の招待なんて想像もできない。

 そのほか、いろいろ話は弾んだ。特に、ハノイ=ゴルフ場は「環境問題」に気を遣っているということを室賀さんは強調された。ゴルフ場の芝生には多数の種類があって、緑が鮮やかであったり、病気に強かったりなどの特徴がある。ハノイ=ゴルフ場の芝生は農薬散布が少なくてよい種類を使っている。別のゴルフ場では、農薬の大量使用で池の魚が死んでしまうこともあるそうだ。

 ベトナムでも環境問題の関心は高い。この意味で、ゴルフ場であっても農薬散布の被害は最小限に維持されるべきである。初めての日系ゴルフ場として、また首都ハノイの名前を冠するゴルフ場として、「かっこ悪いことはできない」と室賀さんは指摘された。

 こういった日本人もしくは日本企業の「自負心」がある限り、世界の中で日本の存在感があり、世界の人々は日本人を評価すると思われる。偏狭なナショナリズム(=自国優先主義)ではなく、正義や合理主義を遂行するという自負心や勇気をもつことが重要ではないのか。それだからこそ、世界から日本は信頼・尊敬されるのだ。

 最近の社会保険庁の年金問題でも同様だ。責任の所在を明らかにして、自ら反省し、その責任をとる。こういう爽やかな対応をする日本人はいなくなったのだろうか。そのためには自己批判する勇気が必要だ。そういう勇気が賞賛・尊敬されるのだと思う。

 室賀さんとは、またハノイでの再会を約束した。ますますのご発展をお祈りしたい。

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2007年6月11日 (月)

東京で仕事:ロータス社ソン会長の来日

 月曜日は、日曜日に続いて東京で仕事だった。流通科学大学・東京オフィスがあるサピアタワー9階でベトナム関係の仕事の打ち合わせをした。

 私の最大の使命は、ベトナム=ビジネスの専門家であることだ。それを換言すれば、ベトナムに関する研究者であり、教育者であり、実務家である。これらのいずれにせよ、専門家でなければ、その仕事が十分に遂行できない。

 東京に行って、まずベトナム株式市場について講演した。また、政策研究大学院大学が6月2日に主催した第3回ベトナム国際会議の資料を入手した。さらにベトナム大使館のソン二等書記官と貿易大学から留学中のタム先生と情報交換した。さらにベトナム初の日系証券投資ファンド運用管理会社のソン会長の来日についての打ち合わせをした。

 ソンさんの来日は私が保証人になる。ベトナム人の来日には一般に保証人が必要だ。その書類には、たとえば日本で法令遵守を指導するとか、何らかの事故があった場合の航空券の費用を負担するなどを私が誓約しなければならない。さらに私の勤務先の在職証明書も添付し、ソンさんと私の関係も記載する。こういった書類をベトナムに送付し、それを日本大使館に提出して初めて、ソンさんは日本のビザ(入国査証)を取得できる。

 かつて日本人がベトナム旅行する場合も、現地の引受機関からの書類が必要であったが、今や15日間のビザは必要なくなった。これに対して、上記のように、ベトナム人の日本入国の手続きは煩雑だ。理由は、ベトナム人の不法在留が多いからだ。

 日本に出稼ぎに行く。しかし就労ビザの取得は難しい。そうなれば、研修生や観光のビザで入国して、その後に行方不明になって仕事をする。こういう不法在留が中国人と並んでベトナム人に多いのだ。

 私見では、少子高齢化の日本経済を支えるために、外国人の日本就業を積極的に認めるべきだと思う。正規に来日して日本に税金も支払ってもらえばよい。不法入国・不法就業を厳しく取り締まるのではなく、合法入国・合法就労の枠を拡大する。そのために法律を改正する。このような大胆な「開国」が必要だ。そうでなければ、日本経済の活性化は難しいのではないか。  

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2007年6月10日 (日)

ベトナム「証券法」を読んで(4):証券会社とファンド管理会社の仕事と外国投資ファンドの留意点

ベトナム証券法によれば、証券会社と証券投資ファンド運用管理会社の仕事は、次の第60条と第61条によって規定されている。

第60条 証券会社の経営業務
 1.証券会社は以下の経営業務の一つ、一定数、またはその全てを行うことができる:
   a) 証券の仲介;
   b) 証券の自己売買;
   c) 証券の引受;
   d) 証券投資コンサルタント;
 2.証券会社は証券の自己売買業務を行う際に、証券引受業務のみを行うことを許される。
 3.証券会社はこの条第1項に定める経営業務以外に、財務コンサルタントサービスおよびその他の財務サービスを提供することができる。

第61条 ファンド管理会社の経営業務
 1.ファンド管理会社は以下の経営業務を行うことができる:
   a) 証券投資ファンドの管理;
   b) 証券投資ポートフォリオの管理。
 2.この条第1項に定める経営業務は、ファンド管理会社の設立・活動許可証にまとめて記される。
 3.ファンド管理会社は、この条第1項に定める業務以外に、ベトナムへの投資目標を有する外国投資ファンドの導入と管理を行うことができる。

上記の第60条第2項は、換言すれば、証券会社が自己売買を行う場合、証券売買の仲介や証券投資コンサルティングが禁止されていることを意味している。このことは、インサイダー取引の禁止が意図されている。

第61条は、すでに本ブログで紹介している「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」の活動を規定している。ここでの第1項・a)における「証券投資ファンドの管理」とは、「ファンドの運用」という意味を含んでいる。また、この「管理」には、ファンド組成の意味も含まれている。いわゆる「管理」は、英語で言えば、「マネジメント」の意味であり、その意味は幅広い。

以上のほかに、証券会社とファンド管理会社の最低資本金や人材育成などの規則が国家証券委員会によって規定されている。これらの条文を逆に読めば、これら以外の会社は条文に規定された業務はできないということである。

第61条によれば、いわゆる外国投資ファンドの導入と管理の仕事は、ファンド管理会社の仕事であり、それ以外の会社は同様の業務はできないことを意味している。たとえば日本で資金を募集すれば、それは外国投資ファンドである。それを導入と管理できるのはファンド管理会社だけである。そうでなければ、わざわざファンド管理会社を認可する必要もなくなる。

外国からの送金内容をベトナム当局は認識できない。その資金の源泉が外国投資ファンドか、法人もしくは個人の資金かは判別されない。このようにしてベトナムに流入した外国投資ファンドは、本来は61条のファンド管理会社が引き受け、証券会社を通して投資される。しかし、認可を受けていないベトナム企業が「受け皿」となることも可能であろう。

しかし、これは違法であると思われる。外国投資ファンドの不法なベトナム導入だと私は思う。たとえば資金源が外国投資ファンドであることが判明すれば、この時点で違法性が顕在化する。この立法の趣旨は理解できる。外国投資ファンドとなれば、その資金量は大きい。それを無認可の会社が運用することは、そのファンドの受益者のリスクを高めることになる。そこで何らかの問題発生前にベトナム政府が規制する。これは当然だ。

このような正規のルートを通さない「外国投資ファンド」の資金が大量に流入するからベトナム株式市場は「バブル化」すると考えられる。この意味でも、政府規制が必要だ。

ベトナム株式投資ファンドは最近になって注目されているが、ベトナムの事情を十分に知らない日本人投資家は、このような投資ファンドに十分に注意したほうがよい。ベトナム政府による規制リスクが発生するかもしれない。

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2007年6月 9日 (土)

『ベトナム』映画2部作を一挙に鑑賞:ベトナム戦争を再び考える

 最近、ベトナムについて講演の依頼が増えている。そのいずれもが、経済ビジネス関連だ。もし私が、たとえば生物学者なら、「なぜビジネス?」となるのだが、少なくとも私は経営学者だ。そうであれば、研究対象となる「ビジネス」に接近するのも当然だろう。それが「実学」だ。

 それでは次に、「なぜベトナム?」。 この出発点は、1994年に実施された流通科学大学「中国華南・ベトナム流通調査隊」の参加であるが、その参加理由の原点はベトナム戦争である。私は小学生時代にベトナム戦争反対の作文を書いた記憶がある。その後のベトナムはどうなっているか? こういった関心・好奇心が私とベトナムの最初の接点だ。

 このベトナムの原点を触れるために、(株)日本電波ニュース社『ベトナム』と『トンニャット=ベトナム』の2部作をDVDで初めて見た。いずれも故・山本薩夫が総監督の長編記録映画だ。これらは明らかに反米映画だが、ベトナムと米国の戦争だから、ベトナム側の視点から見れば反米は何の不思議もない。

 また、これらの映画には、ベトナムの社会主義建設を賛美する主張が込められている。しかし、その後のベトナムのカンボジア侵攻や難民の国外脱出、そしてソ連崩壊に伴う経済危機などを考えれば、その後のベトナムの歴史には紆余曲折があったと思われて感慨深い。

 ただし、これらの紆余曲折の部分を削除して、この映画を今見れば、それほど違和感がない。現在、この映画の主題となった南北統一の成果が顕在化し、ベトナム全土の経済発展が推進されているからである。

 ベトナム戦争は、映画『宇宙戦争』のように米国を舞台にした戦争ではない。ベトナム本土に対して米国が侵攻した戦争にほかならない。多数の米国人も犠牲となったが、それが嫌なら米国に戻ればよい。これに対してベトナム人に戻る国はなかった。祖国ベトナムのために戦う。それだからこそ、ベトナム人は世界最強の米国に勝利したのだ。このような論理は、本日公開の映画『300:スリーハンドレッド』のスパルタ軍にも共通している。侵略を撃退する。これは世界で共感される。(注:実は今日、映画『300』を見に行った。予告編通りの映画だった。)

 「祖国を守る」。「祖国そして愛する人のために死ぬ」。このような主張は、第2次世界大戦をめぐる最近の日本映画でも強調されている。敵の侵攻に対して反撃する。これは国際的に当然の権利だ。確かに米国は日本を爆撃したが、逆に日本も米国(=真珠湾)を爆撃した。このような性格の戦争は、どっちもどっち。帝国主義=植民地主義に基づいた野蛮な国家間の戦争である。

 侵略戦争には必ず大義名分が必要とされる。当時の日本が主張した「五族協和・王道楽土の満州国建設」や「欧米列強の支配からのアジア解放」は、今日の米国の「イラク参戦」における「自由と民主主義を守る」という目的と共通している。勇ましい言葉や耳障りの良い言葉には注意だ。その心地よい響きの裏に邪悪な「本音」が隠されている。これらに対しては、言葉巧みな「詐欺師」と同様に十分な警戒が必要だ。

 以上、私のベトナムの原点、ベトナム戦争を少し検討した。統一国家ベトナムがあるからこそ、紆余曲折があったものの、今後の高度経済成長が期待される。韓国と北朝鮮の民族分断問題をベトナムは解決済み。その後は経済成長に集中する。これがベトナム当面の最優先の政策課題とみなされる。ベトナム映画の中でも、南北統一の次は、経済成長だと一般庶民のベトナム人が指摘していた。

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2007年6月 8日 (金)

ベトナムと中国の経済改革:比較研究

 先日の訪越で、次の著書(英文)を購入した。

 Le Huu Tang & Liu Han Yue, Economic Reform in Vietnam and China: A Comparative Study,Nha Xuat Ban The Gioi、2006.(レ=フー=タン、リュウ=ハン=ユ著『ベトナムと中国における経済改革:比較研究』テゾイ出版社、2006年。)

 これは待望のテーマだ。経済社会改革においてベトナムは中国を参考にしていると言われて久しい。しかし、両国の類似点や相違点がより体系的に記述されたことはなかったように思う。

 たとえば中国の株式市場は「バブル」と指摘され、その崩壊もありうると言われている。では、ベトナム株式市場はどうか? 中国もベトナムも社会主義を志向する国であるが、両国における「所得格差」の拡大は、どのような社会的な影響があるか? これらは、両国の経済改革を比較する場合の現代的な課題である。これらを検討する場合のヒントとして同書は不可欠な文献である。

 同書の目次は次のようになっている。

      第1部 ベトナムの経済改革
 第1章 ベトナム経済改革に関する国内的・国際的な状況
 第2章 ベトナム経済改革過程における教義の改革
 第3章 ベトナム経済改革:成果と課題
 第4章 1996年以降のベトナム経済改革の政策
      第2部 ベトナムと中国の改革理論の比較
 第1章 ベトナムと中国の経済改革を先導する国内・国際状況の類似点と相違点
 第2章 中国とベトナムの改革理論の比較
 第3章 ベトナムと中国の経済改革の比較
 第4章 ベトナムと中国の経済改革の発展志向の比較
      第3部 経済関連事件の年表
 付録1 ベトナム:1975年~2000年の経済事件の年表
 付録2 中国経済の簡単な年表(1978年12月~2001年12月) 

 ベトナム人研究者によって表明された見解は、一読に値するとみなされる。これまでも、こういった研究書や研究論文という形式でベトナム共産党の見解が発表され、その一般的な反応を探りながら、その後に政府の政策として確定されることが多いと言われてきた。この意味では、対中国に対するベトナム政府の見解の一端を理解するために同書は注目される。

 同書を大学のゼミ生と一緒に読んでみようと思う。ベトナムについてだけなら、研究志向のやや偏狭な教材だが、中国との比較となれば、より一般性をもっている。また順次、このブログでも内容を紹介してみよう。

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2007年6月 7日 (木)

ベトナムは世界で第35位の「平和な国」:日本は第5位

 ベトナムニュース(Viet Nam News, June 2, 2007)は、世界121カ国の中でベトナムは35番目の平和な国という記事を掲載した。Economist Intelligence Unit(EIU)が調査する「世界平和指数」が1,729点ということだ。

 この指数は、オーストラリア人実業家 Steve Killelea、元米国大統領 Jimmy Carter、英国大富豪 Richard Branson、南アフリカ大司教 Desmond Tutu によって提唱された新しい概念であり、24指数に基づいて集計される。

 これらの指数には、国内暴力、組織犯罪、総人口に対する警察官と犯罪者の割合、軍事支出、過去5年間に国家が関与した戦争と戦争犠牲者の数が含まれる。

 アジア太平洋地域では、シンガポール(第29位)に次いでベトナム(第35位)が上位を占めている。そのほかにマレーシア(第37位)、中国(第60位)、インドネシア(第78位)、カンボジア(第85位)、フィリッピン(第100位)、タイ国(第105位)、ミャンマー(第108位)と続く。

 最も平和な国は、ノルウェー、ニュージーランド、デンマーク、アイルランド、日本である。他方、最も危険な国は、イラクである。次にスーダン、イスラエル、ロシア、ニカラグアとなっている。世界最大の経済大国である米国は、第96位である。その理由は、膨大な軍事支出、イラク・アフガニスタンの戦争関与、国内暴力と国内犯罪の存在である。

 以上の報道は、ベトナム国民の誇りをくすぐる内容だ。また、アジアにおいて日本が最も「平和な国」となっていることは、もっと日本国民に知られてよい。イラクに自衛隊を派遣していても、世界で第5位に位置しているのだから、それがなければ、世界トップの平和国家になっているかもしれない。もっとも、最近の日本の異常な国内犯罪が平和から遠ざかる要因になるかもしれない。また、多くの日本人が「危険な国」と考えているであろう北朝鮮の順位はどうなっているかも興味ある問題だ。

 日本はアジア諸国を経済だけでなく、平和でも先導していく。こういう国家戦略を世界に発信することも、この「世界平和指数」に基づけば、現状では十分に可能だ。憲法問題が議論される場合、これらの事実が検討されなければならない。「平和ボケ日本」と言われるが、こうやって世界を眺めてみると、必ずしも悪いことではないようにも思われる。

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2007年6月 6日 (水)

流通科学大学の学生「はしか発症」:全学休講・構内立ち入り禁止

 昨日(6月5日)午後に流通科学大学・学生の「はしか発病」が確認された。それに伴って直ちに全学休講・構内立ち入り禁止の対応が学長名で発令された。期間は6月5日(火)~14日(木)である。

 いわゆる「リスク=マネジメント(危機管理)」の必要性は、企業も大学も同じである。大学においては、未成年を含む学生や企業と同様に多様な利害関係者が存在している。したがって、それに伴う「リスク」を事前に想定し、それを予防することが検討されていなければならない。

 これまでの大学の「リスク」に関する最近の報道によれば、大学教員による日本学術振興会「科学研究費補助金」の不正使用が発覚した。さらに教員の「セクハラ」事件も実際に近隣大学で発生した。また研究論文や著書の剽窃や盗用、調査データ捏造や偽造も後を絶たない。入学試験問題の訂正報道は恒例になっている。他方、有名大学においても大学生の犯罪が多々発生している。

 大学を取り巻くこのような問題について、大学自らが事前に予防策を講じる。このようなことが、今日の大学では求められている。日本における「知力の牽引車」となるべき大学が、こういった危機管理に対しても日本社会を先導しなければならないと考えられる。

 他方、一般企業においても、さらに特に中小企業においても、十分な危機管理が検討されなければならない。その不備が、たとえば食品業界における一連の経営危機の原因にもなっている。危機管理の体制を整備することは、企業の存立・継続にとって不可欠である。

 以上では、危機管理における「予防措置」について強調したが、その「事後対応」も重要だ。私見では、「すんだことは、しかたがない。その事実を真摯に分析・公開し、再発防止に全力をあげる」。これが事後対応の要点だ。これは、個々の人生観や人間性にも通じる考え方だ。失敗を隠す人間と、失敗を教訓とする人間。後者が人間的にも立派だし、より成長する。これは自戒・自省すべきことだ。

 このように言えば、現在の政府にも危機管理が必要ということになる。社会保険庁の「年金問題」や自衛隊の「情報流出」など、組織自身を律するという「危機管理」意識が、これまで希薄ではなかったのか。「親方=日の丸」意識は、「危機管理」意識の対極にあるとみなされる。政府が率先して危機管理の体制を整備・推進すべきであろう。それは、一般に政府自身が強調する「外部」からの危機ではなく、内部組織からの危機である。

 最後になったが、はしか発病の学生の早い回復を祈念したい。

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2007年6月 5日 (火)

2回の「ミスター・ウエダ」:ベトナム人は感激させてくれるじゃないか!

 今日の朝7時過ぎにホーチミン市から関西空港に着陸。駐車場を7時30分に出て、大学には9時前に到着。1時間目の講義に余裕で間に合った。阪神高速5号線(=湾岸線)は混雑もなく、快適なドライブだった。

 昨日は、ホーチミン市の部品会社、商工会議所、ベトナム日本センター、それにサンフラワーで買い物し、三洋電機の片岡さんと夕食。同行してくれたタムさん(日越経済交流センター・ホーチミン市代表)のおかげで快適な移動ができた。

 部品工場のタム社長は、いつもの律儀さで話を聞いてくれたし、商工会議所のフン副会頭とは昼食を一緒した。タイン会長も交えた7人ほどのベトナム人グループに私も加えていただいた会食だった。ビールを飲んで大いに昼間から盛り上がった。

 「私は35歳だ」。「いや75歳だろう」。また農学部の教授というベトナム人先生がいたので、「あなたはヤギ肉がすきなんでしょう」と私が言うと、これはバカ受けだった。これらの「下ネタ系」の冗談を交えて4回ぐらいは乾杯した。こんなことは、日本で経験できない楽しいひと時だ。

 日本人も昼休みはビールでも飲んで、楽しくやればよいのだ。私見では、ベトナムは暑いので発汗が活発で、すぐにアルコールが分解されるのではないか。いずれにせよ、ビールで昼食。これは最高だ。そういえば、昨日の午前中もハノイのビンコムタワーで生ビールを1人で飲んだ。ベトナムでビールは水代わり。これは私だけの定説だ。

 ところで、このレストランの支払いを誰がしたのか不明。ベトナム人は午後からの仕事があるし、私は以下の知人と話している間の流れ解散だった。その後に商工会議所でフンさんと仕事の話をしたが、食事代のことは失念した。どうも、だれかわかりませんが、ごちそうさまでした。

 このレストラン、確か「5 VIEN」といって商工会議所の近くなのだが、その従業員から「ミスター・ウエダ」と声をかけられた。1998年のハノイ滞在中のホテル従業員だ。ちゃんと名前を覚えてくれていたのも嬉しかったが、元気そうにしていることにも感激した。彼は1999年にホテルを解雇され、当時19歳だったと思う。解雇の理由は、あまり良いことではなかった。その後に、ホテル従業員の噂では犯罪にもかかわったと言うのだ。ベトナムでは噂が一人歩きするので、本当かどうか疑わしかった。

 この真偽を質問するのも気が引けた。今は結婚してホーチミン市に住んでいるそうだ。元気そうにしているので、今は問題がないように思われた。「ランさんはどうしてる?」と聞かれた。ランさんは当時の従業員でハノイ外国語大学英語科を卒業した才媛だった。父さんは中国国境での貿易をしている。結婚して子どもができたので、お祝いを数年前にしたが、その後は連絡していない。

 このハノイのホテルは、1998年にはランさんのような優秀な大学生が働いていたが、受付女性の英語力は次第に低下している。優秀な大卒の若者が働く職場が次々と増加するのに対して、ホテルの管理や設備は昔と変わっていないのだ。

 ホーチミン市では初めて「バクダンホテル」に宿泊した。定宿の「リンホテル」が改装で閉鎖中だ。この「バクダンホテル」は、日本人の出張者が多いことで有名。室内では無料でインターネットが使用できる。この朝食時にも、レストランのウェイトレスが「ミスター・ウエダ」と声をかけてくれた。最初、どうして名前を知ってるのだろうと当惑した。従業員がお客の名前を呼んでくれるなんて、日本なら一流ホテルのホスピタリティに匹敵する。

 懐かしい人との出会いや、思いがけない感動があった。だからベトナムは面白い。

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2007年6月 4日 (月)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(9):投資ファンドの制度改革

 ホーチミンから早朝に報告する。日本の「体内時計」が有効のために、ベトナム時間で午前6時前に起床してしまう。この時間から朝食までが日本では考えられない「余裕の時間」である。以下、ハノイで仕入れた最新情報を紹介しよう。

 現在、ベトナム株式投資の個人口座の開設は日本人が最も多いと言われている。また、外国人投資ファンドについても日本の募集は好調のようだ。

 投資ファンドには大別して、100%の「外国投資ファンド」と49%までが外国人の「合弁ファンド」の2種類があった。前者は、外国人の個人投資家と同様にベトナム企業に対する投資は49%、金融機関に対しては30%の株式取得に制限されていた。他方、後者は、ベトナム国内投資家と同様にみなされ、これらの制限がないと考えられてきた。

 しかし、国家証券委員会が発表した新しい証券規制によれば、上記の「合弁ファンド」であっても「外国投資ファンド」とみなされることになった。株式取得の制限がないことが魅力であったが、それがなくなった。残された「合弁ファンド」のメリットは、ベトナム国内投資家も参加するために、戦略的パートナーとしてより有利な条件で株式取得できるといったことになる。

 また「合弁ファンド」の優位性は、外国人投資家とベトナム人投資家は、それぞれの利害を共有するために、ここで外国人とベトナム人は新たな関係を作ることができる。その関係が、新たなビジネスや投資の機会を生む可能性がある。特に外国法人や金融機関にとっては、文字通り、今後のベトナムにおける戦略的な事業展開を考慮した投資が可能だ。

 さらに草案の段階であるが、ベトナムで組成された投資ファンドであっても、外国人が自由に購入できるようになると言われている。つまり、かつての「合弁ファンド」の規制であった49%しか外国人が投資できないという規制が撤廃される。ベトナムで組成する投資ファンドに外国人でもベトナム人でも自由に投資できる。その代わりに前述のように、そのファンドは外国ファンドと同様の制限があるということだ。

 このように「合弁ファンド」については、規制の強化と緩和の双方が適応される。これは、ベトナム人個人投資家を投資ファンドに誘導する政策であると私は考えている。個人投資家の「衝動買い」と「狼狽売り」や、過度に投機的な投資を抑制するためには、長期的な投資ファンドを受け皿にすることが適当と国家証券委員会は判断しているとみなされる。

 また、国家証券委員会は、株式市場の健全な発展のために外国投資機関の駐在員事務所を通した株式投資を禁止することを発表した。これは当然だ。こういった行為が容認されるなら、国家証券委員会の認可を受けて指導に従っている既存の証券会社や投資運用管理会社は、その営業を妨害されることになる。不法で過剰な資金流入を防ぐことが、株式市場の健全化に貢献する。

 今後、このように変則的な投資の規制強化が予想される。これまでは法律が整備されていなかったので可能であった株式取引が、次第に規制の方向に進むと思われる。そのことで、過剰な投資資金の流入を抑制し、市場のバブル化を防ぐ。これまで可能であった株式取引は「合法的」ではなく、ただベトナムに法律がなかっただけである。新興市場の株式取引について、このような留意点が指摘できる。

 たとえ現在のベトナムで可能であっても、やはり日本の常識が通用する行動をすることが株式取引に限らず、一般に重要である。 

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2007年6月 3日 (日)

蒸し暑いハノイから報告

 昨夜、ノイバイ空港に到着。市内までの交通が整然としてきた印象を受けた。今回は、日本人の滞在者も多い「Vタワー」を右手に見るカウザイ経由で市内に入ったが、なかなか道がよくなっている。夜であったが、そのように感じた。

 もちろん、バイクの3人乗りなどは以前と同じだが、それでも次第にベトナムは「普通の国」に近づいている。VTV(ベトナムテレビ)を見ていると、ブーバン国家証券委員会・委員長が出演。私のベトナム語力では十分に理解できないが、おそらく今後の証券市場の発展について語っているのだろう。多くの一般ベトナム人にとって、株式市場は「手軽に儲かるゲームセンター」という意識も強いのではないか。本当の資産家は、株式市場と不動産市場に資金を分散し、それぞれのリスクを最小にしているように思われる。一般ベトナム人には、そこまでの資金力はない。

 馴染みの本屋の女主人は、サイゴンハノイ銀行の株式を6万ドンで買ったが、5万ドンに値下がりしたと嘆いていた。総額で200ドル弱の投資だったそうだ。私は、ともかく長期持続だと助言した。

 朝から「ミスト=サウナ」のような蒸し暑さだ。これがハノイだ。私は、こういった気候は好きだが、耐えられない人がいても不思議でない。これから何人かの人に会う。私もベトナム在住の感覚でお話をするのが楽しみだ。ベトナムの地方都市に住んでいて、久しぶりにハノイに帰ってきたという感じだ。こういう会話ができるのはベトナムだ。

 日本でもベトナムの話はいくらでもしたいし、そして聞きたいが、余りやりすぎると「浮いて」しまう。その場の雰囲気を読めないと、日本での生活はやりにくい。これはベトナムも同様だ。その場の空気を読めない人は、どこの国でもちょっと困る。

 ---昼食をハノイ日航ホテルの「弁慶」で---(日本にいる雰囲気だった)
 ---ホテルに帰って再びパソコンを前にして---

 ハノイでの1日は有意義だった。有益な最新情報は現地で直接に入手する。やっぱりメールや電話ではダメだ。これは、上記の空気を読むということにも通じる。対面での会話で話しやすい空気を作ることで、いろいろ情報が聞き出せる。話が弾む。これはビジネスも同様だろう。携帯電話のメールに依存する若者は、こういった空気を読んだり、空気を作ったりすることに、もっと慣れる必要があると思う。

 さあ、ホーチミンに行くぞ、ホテル前で自動車が待ってくれている。現地時間、ちょうど午後5時だ。こんなに働く日曜日は、日本では経験しない。それに疲れもない。ベトナムは不思議な国だ。 

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2007年6月 2日 (土)

至福の時は再び:関空からベトナムへ

 関西空港からのブログ。右側には生ビール。淡い雲の中から今なお強い光を浴びせかける夕陽が左側に見える。至福の時が再び到来した。

 今からハノイ出発。現在は、神戸市外国語大学の非常勤講師としての担当科目を含めて1週間に11科目を講義している。これは通常の2倍の仕事量だ。日本では本当に多忙だ。それに加えて、講義のない月曜日は弊社そして日越経済交流センターの仕事をしている。ちょっとやり過ぎの仕事量と自覚している。

 今回のベトナム訪問も、ハノイとホーチミン市を駆け足でめぐる。多忙だ。でも日本よりは格段に楽しい。何と言っても、専用車(タクシー)での移動であり、さらにベトナム人のアテンド(案内・通訳)が付く。また、ベトナム語を駆使できるという絶好の機会に恵まれる。これは脳の活性化に寄与する。さらに、旧知の日本人の皆さんとの交流も短時間ではあるが楽しみだ。

 こんなことを書くと、遊びに行くようだが、ちゃんとした研究である。研究=仕事=趣味=楽しみ。これが同時に遂行できる。私にとって、これはベトナムしかない。だからこそ今が、至福の時なのだ。ベトナム到着、そして帰国。これは多忙な連続だ。その直前の今こそ、最もリラックスできる時間である。

 明日はハノイから現地報告する。ベトナムだからこそ、それも苦にならない。今、真正面を見ると、JALの航空機の真正面の「顔」が見えている。微妙な卵形の形だ。そして今、午後6時42分。登場の案内があった。さあ、出発だ。

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2007年6月 1日 (金)

韓国人卒業生の母校訪問:シムさん

 2年前に大学院修士課程を卒業したシムさんが私に会いに来てくれた。彼は、学部の学生時代は私のゼミ生だった。卒業生の訪問は嬉しいものだ。夕食を一緒にして仕事の話をいろいろした。また韓国情勢を聞くことができた。

 学生時代に私の拙宅にも来てくれたのだが、その時は鍋料理だったと覚えてくれていた。また彼は、学生の時に結婚しており、奥様にも一度お目にかかったことがある。このような想い出のある学生はそれほど多くない。

 彼は釜山の近くのマサン(馬山)で不動産会社を経営し、日本に対する不動産に投資もしている。マサンは、韓国の財閥・現代(ヒュンダイ)自動車の工場で有名だが、そのほかの大企業も操業しているそうである。私は未訪問だが、工業都市という印象を受けた。

 最近の韓国では株価上昇。昨年まで不動産価格も上昇していたが、今は下落し、そういった資金が株式に向かっている。また、投資ファンドでは東南アジア株式に投資する商品もあるということだ。彼は韓国経済のみならず、日本経済にも詳しく、日本人は働き過ぎと言っていた。先進国なのに、どうしてあんなに働くのか? 韓国なら労働争議が発生しているだろう。

 韓国の学生の留学は英米志向。いろいろな国に留学して、多様な考えを韓国に持ち込んでくれたらよいのに、英米一辺倒になっている。韓国で売れている車はレクサス。日本の2倍ほどの価格なのに一番の人気。韓国人は見栄っ張りだ。現代自動車は日本で販売されているが、韓国よりも安くてお買い得。いろいろなオプション装備が最初からついてくる。こんな話をいろいろした。

 韓国での再会を約束して、シムさんと別れた。彼の事業とご家族の発展を祈念したい。久しぶりに教員としての幸福を感じることができた。

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