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2007年5月 5日 (土)

世界の「日本ブランド」を維持する:牛尾治朗氏の日本観

 やや古くなるが、『日経ビジネス』(2006年7月3日)特別編集版は「ブランド進化論」の特集であった。現在、大学院の講義で討論用資料の一部として使用している。この中で、ウシオ電機会長の牛尾治朗氏が「日本ブランド」について語っている(pp.44~50)。

 私見では、最近に活発に議論されるようになってきた「憲法改正」は、これまでに世界の中で蓄積してきた「日本ブランド」を破棄することになるのではないか。戦後の日本や日本人は「外交戦略がない」とか「お人好し」と指摘されてきた。また「平和ボケ」とも言われてきた。さらに日本人は「自己主張しない」とも指摘されてきた。これらは日本または日本人の否定的な特徴と考えられてきた。

 しかし逆に、それだからこそ日本や日本人は、世界の国々から信頼・信用されてきたともみなされる。「戦略がなく」「お人好し」で「自己主張しない」「平和ボケ」の日本もしくは日本人だからこそ、外国(人)は安心して付き合ってくれる。悪いことを絶対にしない善良な国または国民とみなされる。日本は他国から警戒されない貴重な国となる。これが、戦後に形成された「日本ブランド」ではないか。

 『日経ビジネス』の見出しには、「世界が認めた日本の品格。戦略なき優しさが愛される」、「歴史が織りなす楽観と達観の妙。戦略なき優しさを誇っていい」とあり、その後に「「ニッポン」の時代が来た」、「信用さえあれば生きていける」、「共生の世紀に際立つ品格」と続く。そして今後の日本を「落日だが真っ暗闇にあらず」と牛尾氏は展望している。

 他方、最近になって、これらの批判に対応する政治動向が顕著になってきた。具体的には、教育基本法の改正であったり、憲法改正の推進である。しかし、それらが実現してしまうと、これまでの「日本らしさ」もしくは「日本人らしさ」が失われてしまうのではないか。米国の亜流になれば、世界の中で日本の魅力は激減するのではないか。もしくは、これまでの日本(人)に対する信頼・信用が失われるのではないか。

 冒頭の特集記事を読んで、私は以上のように考えた。以下、牛尾氏の発言を抜粋してみよう。強調部分は、私の選択である。

・ 「これからの時代、日本人が生まれながらにして持っている特質が世界でいよいよ高く評価されるようになるんじゃないかな。
・ 「世の中が変わり、自然と共存するとか、人間に優しいということが経済や企業活動に求められるようになってくると、日本人のような完璧主義でないとオールラウンドに通用することができないのです。」
・ 「米メリーランド大学と英BBCが世界で実施した長蛇で、世界に最も良い影響を与える国」の第1位に日本が選ばれたんです。33カ国のうち31カ国で、回答者の過半数が日本のような国の存在が世界に好ましいと答えたわけですよ。」
・ 「なぜ日本は、世界からこんなに高く評価されているのか。僕は考えたんですが、日本って約束したことは必ず守るし、実行する国だからじゃないのかな。世界を見渡してみてください。こんなに正直な国民が集まった国はほかにありませんよ。
・ 「国連でちゃんと負担金を払っているのは日本だけですよ。スマトラ沖地震に伴う津波被害の義援金をきちんと振り込んだのも日本だけ。アフリカで飢えた子供がいると聞けば、気の毒に思って進んで募金する。」
・ 「優しくて思いやりはある。だけど、戦略性があるとはお世辞にも言えない。日本のODA(政府開発援助)は戦略性がないってよく言われますよね。確かにカネを出しても何の利権も得られないようなことが多い。でも、戦略がちらつかないから相手に信用されている部分もあるんですよ。
・ 「日本人が「好ましい」と見られているのは、要するに相手に不安感を与えないということです。親切で、率直で、金持ちで、戦略性がないというか、侵略性がない。先の大戦では侵略国と言われているけど、欧米列強みたいな帝国主義的なイデオロギーなんてなかったんですよ。満州(現・中国東北部)の建設あたりからうぬぼれてしまったんだね。敗戦で非常に反省をしました。
・ 「今でも日本には戦略がないんです。それがいいんです。根っこのところに、ものすごい楽観論があるんです。---自分たちが優しくしているんだから相手も優しくしてくれると思っちゃうような。---もし他国から軍事的に攻め込まれても、みんなが守ってくれるだろう、特に米国がと信じている国ですね。現実はそうそう甘くないのだけれども、平和憲法を掲げる国としては、ひょっとしたらものすごく大事なことなのかもしれません、これは。
・ 「日本が約束したことは世界が信用するからね。これは、日本製品の信頼性とも相通ずるところがあります。
・ 「僕もかつては、戦略とか思想をもっと身につけなければならないと叫んでいたけれど、考えてみれば国民の大多数が本当に楽観的で、絶対大丈夫だと信じているんですから、なかなか身につかないはずですよ。」
・ 「長い目で見ると、日本の文明が2000年にわたって生き長らえたのは、ダメになったらもう1回やり直せばいいんだというこの性格ですよ。世界から、日本のそういうところの価値が認められ始めているんじゃないでしょうか。困った人は目的もなく助ける。その代わり自分が困った時には助けてもらえると信じる。必ずやり直せるんだという楽観と、生きることへの達観。そういう国民性は世界的に珍しい。
・ 「アングロサクソン系とは明らかに違うんです。彼らにとっては戦略的に動かない人間というのはレベルが低いわけですよ。---でも、東西、民族の対立、いろいろな差別がなくなり、地球環境を大切に守りながら人間と自然が共生していこうという時代になっていくと、いよいよ日本人の良さが際立ってくるはずです。
・ 「僕は、そういう日本人の良さをそのまま経済や政治、国際関係での主張に素直に持っていくのが一番いいんじゃないかと思っている。これから20年ぐらいは、「日本的なもの」が世界に受け入れられやすい時代になりますよ。製品だけでなく、日本人も、日本人なら安心だ、信頼できるぞと。
・ 「戦略性はないけど、いい人の集団で、几帳面で現場が大好き。しかも歴史という文化的な深みと奥行きがある。そういう日本人の本性こそが、実は世界のなかでの確固たるブランドになっているんです。僕はそれを一番言いたい。

 牛尾氏と私の意見はすべて同じではないが、開き直りとも言うべき牛尾氏の現状認識は新鮮で刺激的であり、共感できる。要するに牛尾氏は、日本人の人生観もしくは生き方それ自体が、日本人の魅力と指摘しているのだ。私見では、日本を「普通の国」(=グローバル。スタンダード)に変える必要はなく、これまでの「日本らしさ」をより強調すればよいのではないか。せっかく形成された「日本ブランド」を放棄しなくてもよい。

 そもそもブランドとは、長い年月をかけて形成されてきた顧客からの信頼もしくは信用である。それを簡単に変更すれば、かえって顧客は混乱するし、これまでの固定した顧客を失うことになる。それでもよいという意思決定があってもよいが、そのためには「ステークホルダー」の間での十分な議論と納得が必要であろう。ひとたび「ブランド棄損」があれば、その回復のために膨大な時間と費用が求められる。今後、牛尾氏の発言を継続して注目したい。

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