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2007年5月 1日 (火)

なぜ「社員」なのか?

 今日は、「経営学入門」・「企業論」・「比較企業論」の3科目を講義した。連休中の講義なので、通常よりも7~8割という出席者だ。

 学生と教職員のことを考えれば、夏休みを2日間短縮して、5月1日と2日を休みにすればよい。これで文字通りの「黄金週間」になる。こういう柔軟な対応が大学ではできないのだろうか。

 さらに「黄金週間」の旅行費用などが特別の割高料金になることを考えれば、この期間は働いて、6月とか11月を振り替え休日にすればよい。または有給休暇に加算して、自由に休暇を設定して消化する。さらに付言すれば、今日は「メーデー」。労働者の日だ。休日にしてもいいではないか。こんなことを考えながら、上記の「企業論」の講義の中で、次のような話をした。

 一般に、従業員や労働者のことを「社員」と呼んでいるが、法的に「社員」は「出資者」のことを意味する。株式会社では、株主が社員であるし、相互会社では、保健契約者が社員だ。どうして従業員や労働者を「社員」と呼ぶようになったのだろうか? これが、学生に対する私の問題提起であった。

 かつての日本企業には、「会社は従業員のものである」とか「会社は家族のようなものだ」という意識があった。そういう意識が形成・維持されるためには、経営者(=資本家)と労働者(=労働組合)の利害対立の顕在化は回避されなければならない。そのためには労働者という言葉自体を消滅させればよい。

 経営者も労働者も会社組織の一員。だから「社員」だ。「社員」は運命共同体。みんなで仲よく働こう。みんなで会社のために働こう。みんな「社員」じゃないか。だから「私の会社(my company)」と言ってもいいではないか。「私の会社」と言えば、私が所有・支配している会社と思うのが普通だが、日本では労働者でも「私の会社」と言う。

 労働者を「社員」と呼ぶ経緯は何か。また「社員」意識は、最近では変化しているのではないか。非常勤労働者を「派遣社員」と呼ぶ時代になったのだから、自分が労働者であることを知らない「社員」が多数存在しているのではないか。このような問題は十分に研究に値する。

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