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2007年5月31日 (木)

「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」の歴史が始まる:信用と安心の源泉は何か?

 ベトナムで昨年末に設立された証券運用会社「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」(http://www.lotusimc.com)からの連絡によれば、おそらくベトナムで初めて、個人向け株式運用契約が5月30日に外国人との間で締結された。しかも、その外国人は日本の金融機関だそうである。

 確かに、これまで外国人のベトナム投資ファンドは多々あり、今後も募集され続けるであろう。それらの多くは「公募」であり、そのために投資家からベトナム株式投資までの距離が遠くなる。その間に証券会社・証券管理会社・証券運用会社・預託銀行などが介在し、その距離が長ければ長いほど手数料が積み上がっていく仕組みだ。結局、これらの手数料は高額になるが、それは一般投資家が安心するための費用と考えられてきた。

 これに対して、上記の「個人向け株式運用契約」は、投資家が投資運用会社と直接契約する。投資家から株式運用担当者までの仲介会社が省略されている。流通業界で言えば、メーカーと顧客が直接取引するようなものだ。

 ただし、流通業界の「卸売り」機能が健在であると同様に、投資信託における証券会社・証券管理会社・預託銀行などの役割は依然として重要である。前述のように、投資家のリスク削減(=安心)を提供しているからだ。また投資運用会社は、資金を募集しやすくなる。このような役割分担が依然として存在する。

 以上の「リスク削減(=安心)」の源泉は、ファンドを勧誘する証券会社に対する信用であったり、その資金を仲介する管理会社や預託銀行の知名度であったりする。しかし、必ずしも株式運用を直接担当する会社や個人を信頼しているわけではない。そもそも運用を担当するベトナムの会社が、どんな会社かを確かめて投資する人はいないだろう。そういった不安を投資家は、信用できる知名度のある証券会社や管理会社の介在で解消してきたのだ。

 しかし最近、大手証券会社の粉飾決算、また生命保険会社や損害保険会社の保険金の不払いに見られるように、信用と知名度のある金融機関の杜撰な経営姿勢が明らかになった。それは今に始まったことではなく、バブル崩壊後の「証券スキャンダル」の時代から不変である。さらに決定的なことは、最も信用できるはずの政府機関である社会保険庁までもが「年金問題」を顕在化させた。これまでの日本における信用・信頼の体系が崩壊している。

 「お上(かみ)のやることは間違いない」という信頼は完全に消滅したと言ってもよい。その信頼喪失が、表出しないのは、「そうではないはずだ」とか「そうでないだろう」という希望的で楽観的な気持ちが国民の間で存在しているからだ。

 「お上」が信用できないとなると、自分の目と耳で確かめたことしか信用できなくなる。株式投資の分野で言えば、自分の資産は自分で守る。自己責任の徹底ということだ。少なくとも自分が納得するまで担当者に質問すればよい。それで信用できなければ、その投資は断念する。

 さて、100万円を投資して、合計5%の各種手数料を証券会社や管理会社に1年間で払うとすれば、2年間で10万円になる。その10万円があれば、ベトナムを訪問して運用担当者に会って話し合うことができる。同じ10万円で、各種手数料を払うか、運用担当者に直接会うか。どちらの方が投資家は安心できるだろうか。これは意見の分かれるところだと思う。最善は、ベトナムの運用担当者が最初から信用できる会社または人物であることだ。そうなれば、わざわざベトナム訪問する必要もない。10万円も節約できる。

 もちろんベトナムの運用担当者は、ベトナム証券法の下に活動している。まったく信用できないということはない。WTO加盟を果たしたばかりのベトナムの国家的信用が低いことは事実だが、それだからこそ、ベトナムは国際的信用の向上のために、外国人投資家の信頼を獲得する努力をしているとみなされる。

 個人投資家と投資ファンドに依存してきた外国人のベトナム株式投資において、外国人の個人投資運用の業務を開始したことは、ベトナム証券市場の新しい扉をロータス社が開いたとも言いうる。同社設立の関係者として、これは非常に喜ばしい。ロータス社の今後に期待したい。

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2007年5月30日 (水)

1年に1本のタバコ喫煙:故・松岡大臣の自殺をめぐって

 一昨日の月曜日、松岡・前農林水産大臣が自殺した。その前日に、普段は吸わないタバコを1本吸ったそうだ。大臣は「1年に1本くらい吸う」と同席者に述べたという。

 このセリフは、私も同じに使ったことがある。ゼミの懇親会などで学生の1本をもらい受けて、「先生、タバコ吸うんですか?」という質問に対して、「1年に1本か2本は吸う」と答えた。こういう喫煙の気分はリラックスと開放感だ。しかし最近、この1年に1本か2本の機会がなくなった。

 タバコに対する嫌悪度が強くなったのか、または喫煙したくなる雰囲気がなくなったのか。その理由は自分でも明らかでない。1年に1本程度の喫煙だから、常習性はない。このような喫煙の場合、その喫煙の気分はどのようなものであろうか。大臣の喫煙の心境は、いかようであったか。また私が次にタバコを吸いたくなるのは、どんな状況か。

 「1年に1本のタバコ」。こういう非常習性の喫煙者のためのタバコがあってもよいかもしれない。新しいコンセプトの新商品だ。値段は高くてもよいだろう。また、こういった喫煙者のために健康被害のないタバコがあってもよい。薬草系の「健康タバコ」などは売れると思う。それが今でも未発売ということは、そういうコンセプトの製品化は困難ということなのだろう。

 最後になったが、政治的な疑惑を残したとはいえ、故・松岡大臣のご冥福をお祈りしたい。日本人は死者にむち打たない国民性をもっている。これは浜村淳が朝のラジオで強調していたが、確かにそうであると思う。松岡前大臣は、延々と続く政治の腐敗構造の犠牲者であったとみなすことができるかもしれない。彼の死を無駄にしないためには、そういった汚職・腐敗の根絶をめざすことが正論であると思う。

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2007年5月29日 (火)

2回生のゼミ募集中

 現在、2回生のゼミ生の募集期間中である。個別面接のために学生が研究室を訪問してくる。これらの学生に何を勉強したいのかと聞いても、あまり考えていない場合が多い。何をしてくれるのかという意味の質問が多いような気がする。

 研究よりも人間関係の「楽しさ」を求めるのかもしれない。私は「厳しく指導する」ということを方針にしているが、こういうゼミは人気がないのだ。要するに、学生と一緒に遊んでやることが、学生から人気を得るためには必要なのだろう。

 そうなれば、今年3月のベトナム研修でも、学生のための添乗員としてサービスするのが引率教員の仕事ということだ。しかし、そんなことを私はできない。学生にサービスすることが、学生の自立を遅らせるのではないか。学生に迎合することが教育的であるとは思えない。

 いろいろ考えながら、新しい青年との出会いを楽しんでいる。ゼミの定員は16名。どのようなメンバーが集まるか楽しみにしている。

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2007年5月28日 (月)

今日はベトナム相談日:共感があると「やる気」が出る

 月曜日は、大学で講義がないので「自宅研修」である。自宅にいては「実学」を実践できないので、大阪・梅田の「日越経済交流センター」でベトナム案件の相談3件を朝から受けた。

 それぞれが真剣なご相談であったが、その受け手である私が共感できる社長の言葉があった。「ほかと同じことやってたんではあきまへん。何かちゃうことやらな、儲かりまへん」。

 これは、いわゆる差別化戦略の実践的な表現だ。こういう相談を受けると、私も興奮する。相談者よりも私の方に「やる気」が出てくる。

 現在の日本で、ほかと違う新しい事業が未だに実現していないとすれば、何らかの障害が存在しているからだ。そういった障害を克服してこそ、いわゆる「先発行動者の利得」を獲得できる。

 私は、こういう障害の克服のためには、ベトナムが絶好の地であると考えている。日本で不可能でも、ベトナムで可能なことは何か。今日の相談の案件は、この問題の「琴線」に触れるものであった。だから私は興奮したのだ。

 相談者と共感し、一緒に成長を喜ぶ。こういう関係の仕事ができれば幸運だ。このことは、日本人の間のみならず、日本人とベトナム人の間でも同様である。ビジネスから得られる幸福感は世界共通であるし、それがビジネス成功の要因である。

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2007年5月27日 (日)

ベトナム「証券法」を読んで(3):インサイダー取引規制

 ベトナム証券法においては、第1章 総則において、次のような禁止事項が明記されている。
 
 第9条 禁止される諸行為
 1. 証券の公募、上場、取引、経営、証券投資、証券サービス、証券市場に重大な影響を与えるために、事実を偽り、欺き、誤った情報を作り上げ、あるいは必要な情報を隠して誤解を生じさせる諸行為を直接、間接に行うこと。
 2. 証券の売買を紛糾、扇動させるために誤った情報を流すこと、あるいは市場の証券価格に大きな影響をもたらす事情についての情報を、適時に漏れなく公表しないこと。
 3. 内部情報を利用して、自らのためあるいは他者のための証券売買を行うこと;内部情報を漏洩、提供すること、もしくは内部情報に基づいて他者のために証券売買コンサルタントを行うこと。
 4. 価格を操作するために共謀して証券売買を行うこと;他者を惹きつけ、惑わせて売買を続けるなどの形で証券取引を行い、証券価格を操ること;その他の取引方法を組み合わせ、または利用して証券価格を操ること。

 これらの中で、いわゆる「インサイダー取引規制」は第3項であり、その「内部情報」は、第6条 用語の解釈において次のように定義されている。

 32.内部情報とは、公開会社もしくは大衆ファンド(公募投信)に関連する未公表の情報で、もし公表されれば、その会社もしくはファンドの証券価格に重大な影響を及ぼす可能性があるものをいう。

 この内部情報を認知する者(インサイダー)として、その次の第33項と第34項は次のように範囲を規定している。

 33.内部情報認知者(インサイダー)とは以下の者をいう:
 a) (株式)公開会社の取締役会構成員、監査役会構成員、社長または総裁、副社長または副総裁;大衆ファンド代表委員会構成員;
 b) 公開会社、大衆ファンドの大株主;
 c) 公開会社、大衆ファンドの財政報告監査員;
 d) 公開会社、大衆ファンド内の内部情報にアクセスするその他の者;
 e) 証券会社、証券投資ファンド管理会社、会社の証券業務従事者;
 f) 公開会社、大衆ファンドと経営協力関係を有し、サービスを提供する組織、個人およびその組織内の就業者;
 g) この項a、b、c、d、e、fの各号に定める対象から直接、間接に内部情報を受け取り得る組織、個人。

 34.関係者とは、以下の状況にあって相互に関係を有する個人または組織をいう:
 a) インサイダーたる個人の父、義父、母、義母、妻、夫、子,養子、実の兄弟姉妹;
 b) インサイダーたる個人がその職員、社長または総裁、議決権付き発行済み株式数の10%以上の所有主である組織;
 c) インサイダーたる組織の取締役会構成員、監査役会構成員、社長または総裁、副社長または副総裁、およびその他の管理職;
 d) インサイダーたる他者と直接間接に検査し、あるいは検査される関係にあり、または共同して検査を受ける関係にある者;
 e) インサイダーたる親会社、その子会社;
 f) ある者がインサイダーたる他者(相手側)の代理人となるような契約関係。

 これらのインサイダーが、第9条の規制の対象になる。ただし私の知る限り、これらのインサイダーの届け出義務は未だないようである。より厳格なインサイダー規制のためには、少なくとも証券会社と証券運用管理会社におけるインサイダーの氏名と持ち株の届け出が必要と思われるが、ベトナム証券法やそれに関連する規則では、そこまで規定していない。

 また後述するように、インサイダー取引の罰則規定(第126条 証券取引に関する規定違反行為の処分)によれば、インサイダー自身の株式所有それ自体を禁止しているのではなく、その情報漏洩などによる株式売買を禁止している。これらの規制について、国際比較の検討が必要である。そのことによってベトナム証券市場の信頼性が検証できる。

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2007年5月26日 (土)

ベトナム「証券法」を読んで(2):ベトナム証券市場は普通だ

 日本では、これまでの「証券取引法」に代わって「金融商品取引法」に本年9月から施行される。これに対してベトナムの「証券法」は、2007年1月1日から施行され、全部で11章・136条で構成されている。

 以下では、順次、日本におけるベトナム株式投資家にとって注目すべき条文について紹介し、それについて私見を述べる。まず、第1章 総則から検討する。なお、この表題の「普通だ」という意味は、文字通り普通ということだ。「ベトナムだから特別」ということではない。ただし、その特徴については、より詳細な国際比較が必要だ。

 第3条 証券法・関連諸法・国際条約の適用の第2項では、ベトナム法よりも国際法を優先することが明示されている。
 2.ベトナム社会主義共和国が加盟する国際条約にこの法律の規定と異なる規定がある場合は、国際条約の規定が適用される。
 外国人投資家がベトナム株式市場で何らかの問題に直面した場合を想定して、これらの国際条約についても情報を把握しておかなければならない。

 第4条 証券活動と証券市場の原則では、次の5項が規定されている。これらはベトナム証券市場が国際的に見て標準であることを示していると思われる。
 1.組織・個人の証券の売買、経営、証券サービスの自由の権利を尊重する。
 2.公平・公開・透明であること。
 3.投資家の合法的権利・利益を保護すること。
 4.損失に関して自己責任を負うこと。
 5.法律の規定を遵守すること。

 
 以上の第4条・第2項に関連して、第5条 証券市場育成の政策では、第2項で次のように述べる。
 2.国家は、証券市場が公平・公開・透明・安全で効果的な活動を行うよう保証する管理・監察政策を執る。
 ここで証券市場の取引について国家が責任を持つことが宣言されている。これに関連して、ホーチミン市やハノイの証券取引センターの運営規則が規定されているはずである。これについて別途に検討を必要とする。

 第6条 用語の解釈では、34項目について掲載されている。
 この中で「大株主」は、5%以上の株式所有者のことである(第9項)。さらに第12項は、証券の公募について次のように述べている。
 12.証券の公募とは、以下の手段の一つによって証券を販売することをいう: 
 a) インターネットを含む大衆的情報機関(マスコミ)を通じて;
 b) 機関投資家を含まない100以上の投資家への証券販売によって;
 c) 不特定の一定数の投資家への販売によって。

 すでに日本では手数料の安価なインターネット取引が盛況であるが、ベトナムでもインターネットを通した株式取引が想定されている。

 日本人がベトナム投資する場合、投資ファンドを通す場合が多い。これについては、次のように解釈されている。
 27.証券投資ファンドとは、証券もしくは不動産を含むその他の資産への投資より利益を得ようとする投資家の出資分から形成されるファンドをいい、そこでは投資家はファンドの投資決定について日々の点検を行う権利はもたない。
 このように投資家の行動を制限することは、逆にファンド運用者の責任を明確化することを意味する。日々の投資決定に投資家が口を出すことは、ファンド運用者に加えて投資家にも運用責任が及ぶ場合がある。そうなれば、ファンド運用者の職業的な責任が不明確になり、ファンド運用管理会社は、運用の成功報酬を受け取る正当性も不明確になる。
 
 投資ファンドの公募と私募の区分については、以下のように私募が、30法人までと規定されている。現在、「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」が組成中の「ロータス=グロース=ファンド」は、この私募の規定に該当している。
 28.大衆ファンド(公募投信)とは、証券投資ファンドがファンド証書(投資信託受益証券)を公募するものをいう。
 29.会員ファンド(私募投信)とは、証券投資ファンドが30を超えない出資会員を有し、その会員を法人に限っているものをいう。
                                              以下、続く。

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2007年5月25日 (金)

ベトナム「証券法」を読んで(1):日本で初めての邦訳

 日越経済交流センター(http://www.j-veec.jp/)が発行する月刊『日越経済交流ニュース』では現在、ベトナムの「証券法」(全文)の邦文訳を連載している。この翻訳の原文は、VASC(ベトナム公文書電子出版センター)が公表する文書に依拠している。このような法律の日本語訳の紹介は、同ニュースが本邦最初であると思われる。

 少なくともベトナム株式市場に関係する人々は、この「証券法」を一読いただきたい。投資ファンドに全部を任せるのではなく、また証券会社に全部を任せるのではなく、ベトナム株式市場の基本的な特徴を自らが確認されることを勧めたい。

 さてベトナム株式市場は、3月以降に「調整期」に入ったと本ブログでも紹介したが、現在は再び上昇局面に転じている。すでに指摘したように、これまでに募集を済ませている外国投資ファンドが大量に現金を抱えて、投資機会の到来を待機しているからだ。

 さらにエース証券(http://www.ace-sec.co.jp/)が、新たに「ベトナム・インフラストラクチャー・ファンド」の募集を開始した。新たに日本からの大量の資金がベトナム株式市場に投資されるのだ。

 またさらに、5月末にはベトナム最大の保険会社であるバオベト国営企業の株式公開(IPO)の入札がある。今年は、このバオベトを初めとして金融機関の株式公開が連続する予定である。経済成長が確実視されるベトナムは、今後の資金需要の増大は当然に予想される。そうであるからこそ、金融機関に対する株式投資は有望である。

 以上のような事情を考えれば、ベトナム株式市場の今後の成長は大いに期待できる。それだからこそ、そういった株式市場を規定する「証券法」は必読文献である。

 次回から、この「証券法」を読みながら、私見を述べてみようと思う。なお、この「証券法」の原文の入手は、冒頭の「日越経済交流センター」に問い合わせて下さい。

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2007年5月24日 (木)

3つの禁句:見えた・わかった・知ってる

 昨日、「箕面船場ライオンズクラブ」の27周年記念の例会と懇親会があった。余興でリチャード=シブヤさんのマジックショーがあった。シブヤさんはテレビにも出演経験があるそうだ。軽妙な話術は、さすがにプロだ。

070523_18560001_1   そこで手品の禁句は、表題の3つということだ。「見えた」、「わかった」、「それ知ってる」。さらに最悪は「それ持ってる」。手品のネタを持っているという意味だ。これらは、たとえそう思っても、言ってはダメな言葉だそうだ。

 大学の講義やその他の講演会でも、「それ知ってる」とか「それ見た」は困る。最近、ベトナム経済やベトナム株式に関する講演依頼が増えているが、同じ人が何度も熱心に参加していただく場合がある。このような「上田ファン」には大いに感謝しなければならないのだが、このような場合、「それ知ってる」・「それ見た」ということが多い。これは講演者としては当惑し、申し訳ない気持ちになる。

 残念ながら、同じ演目を何度聞いても魅力があるというような「芸域」に私は未到達である。ただし、かつての私の大学生時代、神戸大学経済学部の故・置塩信雄教授の講義は、何度聴いても魅力があった。低音で抑制された先生の口調は忘れられない。私の漫談のような軽い講義では、何度聴いても楽しいとはならないだろう。

 1度限りの講演における内容構成は、非常に難しい。重複部分がないと、どうしても全体の話がまとまらないのだ。それに比べて講義は、それぞれの部分の講義の積み重ねであるから、話す内容は豊富で多様にすることが可能である。

 講演を重複して聞く受講生の方は、たとえ思っていても、「それ知ってる」・「それ見た」とは言わないでいただきたい。マジシャンのシブヤさんと同じ気持ちだ。他方、そう思っているのは講演者の方だけで、受講生は、以前の話を忘れている場合も多い。「これは前に話したけど、覚えてる?」と講義で質問して、ちゃんと答えることができる大学生が少ないことも事実だ。

 結局、雑念を排して、その時々にベストを尽くすしかない。いろいろ気にしていると、何もできなくなってしまう。受講生のために自然体で話す。これが一番だ。

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2007年5月23日 (水)

国際間・地域間競争の宣伝効果:タレントやキャラクターを起用する

 先日、東京のJETRO本部に行ったとき、その受付の前に日本の各都道府県のパンフレットの英語版・日本語版が並んでいた。これは、JETROに日本の取引先や直接投資070514_11100002 先を相談に来た外国人ビジネスパーソン向けと思われる。このような地域間の競争は、当然であるが、これまであまり注目されてこなかった。

 写真左は、JETRO本部内に設置された都道府県の案内書である。その中には英語版のみならず、韓国語版もあった。

 最近、宮崎県の東国原知事による宮崎県のセールス効果が高いと言われている。宮崎県の物産の売り上げも上昇しているだろう。かつて横山ノック大阪知事も、大阪の「たこ焼き」を宣伝していたが、東国原知事の場合、その活動がより積極的で顕著である。その知事が、今度は韓国を訪問するそうだ。テレビでは、韓国でも日本と同様に「東国原ブーム」が起こるかどうかと指摘していた。おそらく日本のマスコミの取材陣につられて、韓国のマスコミも取り上げるだろうが、日本ほど人気が出るかどうかは疑問だ。韓国でタレント「そのまんま東」は無名だからだ。

 私見では、海外向けの日本宣伝や都道府県の宣伝をするなら、海外に知名度のあるタレントを効果的に起用するべきだと思う。外国人観光客を日本に誘致することが近年は奨励されているが、それに適当な役柄は、けっして安倍首相ではなく、外国に知名度のあるタレントやキャラクターであると思う。たとえば日本政府が、映画「ラストサムライ」の渡邊謙を起用したり、ドラえもんキャラクターを活用すればよい。それは、日本に韓流ブームをもたらした「ヨンさま」や「チェジュウ」と同様だ。

 いくら政治家や外交官が頑張っても、一般大衆に人気のあるタレントの真似はできない。国際的に活躍する日本人がいてこそ、日本は国際的に認知される。そういった日本人を広報に活用することが、日本の国際的な注目度を高めると思われる。

 政府は、日本のコミックが世界的に人気があることに着目している。今後、日本のコミックのキャラクターが世界で活躍することが望まれる。外国向けの日本の文化政策が、ようやく始動したとみなされる。そのことが、外国企業の日本投資や外国人観光客の日本誘致の促進に貢献することが期待される。ドラえもん、名探偵コナン、ポケモン、ゴルゴ13、ケンシロウ、ラオウ。そのほかコミックの人材は確かに日本で豊富だ。 

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2007年5月22日 (火)

ベトナム企業と「相思相愛」になれるか?:アジアビジネス成功の要点

 たとえば、これまで中国と取引していた日本企業が、その取引の一部をベトナム企業に移転しようと思う。「チャイナ=プラス=ワン」として「リスク分散」だ。適当な取引相手が見つかって、ベトナムでの仕事が始まる。

 日本企業は当然、契約の遵守を期待し、品質や納期の厳守をベトナム企業に要求する。ベトナム企業も、それに最初は答えようと努力する。何と言っても、新しい日本の顧客だ。信頼関係が重要なことはベトナム企業だって理解している。

 このような状況において、日本企業とベトナム企業は契約に基づいた取引を行うのであるから、何ら問題は発生しない。このように安心してしまうと、ひょっとして、近い将来に品質にバラツキが出たり、納期が遅れたりするような問題が発生するかもしれない。日本企業とベトナム企業の経営者の意識に大きな相違がある可能性がある。

 日本企業は、契約通りに納期も品質も問題なく、きっちり送金もしている。当然、何の問題もないと考える。ベトナムは中国のリスク分散だし、中国やベトナム以外にも次はタイと取引したい。ベトナムのビジネスは何とか順調に始動したようだ。ひとまずベトナムは安心だ。

 他方、ベトナム企業は、金払いの良い信頼できる日本企業と取引が始まった。さらに日本企業と取引を増やして、もっと売り上げを伸ばしたい。また、品質の高い高付加価値の製品を作りたい。日本企業が技術指導してくれないかな。しかし、それにしても、この日本企業の注文は余り増えないな。

 このような両企業の経営者の意識の相違は、おそらく将来に何らかの仕事のトラブルの原因になるのではないか。両企業とも仕事熱心で成長志向は共通しているが、取引相手に対する期待の度合いに格差がある。ベトナム側が思っているほど日本側はベトナムに関心が高くない。もし問題が発生したとすれば、おそらくベトナム側の関心が日本から別の国に移った場合である。恋愛問題と同様に、感情の行き違いはビジネスでも存在する。

 一般に、発展途上国の企業との取引では、共に成長するとか、共存共栄といった経営姿勢が重要ではないか。さらに言えば、アジア経営においては、取引先パートナーとの共感を生むような感情移入が日本側に特に必要であると思う。そして「相思相愛」の関係が最善だ。それができそうでなければ、別の相手を探すことだ。

 最初の例は、ベトナム企業の期待が大きかった場合であるが、他方、日本企業と取引を始めたベトナム企業が、必ずしも日本企業との取引をを歓迎していない場合もある。すでにEU企業と取引していて、それを優先したい。どうしてもというので日本企業とも取引を始めたが、米ドル建てよりもユーロ建ての取引がビジネスでは好ましい。こんなことを考えるベトナム企業があっても不思議でない。これも、相思相愛にならない事例である。

 以上は、アジアビジネスにおける私の成功のための仮説のひとつだ。企業取引には経営者のお互いの相性がある。それは個人的な人柄ということも含まれるが、より経営的に言えば、その企業の成長志向についての同調性のことである。同調性が高ければ、今後のビジネスの話が弾んで、大きな相乗効果を得ることができるだろう。

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2007年5月21日 (月)

日本の法律は日本人のために

 ベトナム投資ファンドの組成や運用は当然、ベトナムの法律に従う。いろいろベトナム法に不備はあるが、それらが次第に制定・改善されていることは事実である。

 では、このベトナム投資ファンドに投資する日本人は、ベトナム・日本のどちらの法律に従うべきなのであろうか。たとえばベトナムの会社が、日本語インターネットのホームページで投資ファンド募集をすれば、それは日本の「証券取引法」違反となる。日本の認可を受けないで、日本人投資家にベトナムの会社が金融商品を募集しているとみなされるからである。

 これに対して、このベトナムの会社が英語で投資ファンドを募集し、それに応じて日本人が投資した場合、これは日本人投資家が自己責任で外国投資したことになる。これは、日本の証券取引法違反に当たらない。ベトナムの会社が日本人投資家を対象にして金融商品を募集しているわけではなく、その対象は全世界だからである。

 以上のようにベトナムの会社が投資を募集する場合、その使用言語に注意しなければならない。日本語であれば、日本人を対象としていることが明白であり、それは違法である。日本の法律は、日本人を保護するために作られているのだ。

 以上のようなことは、私見では、たとえば日本で違法の「ポルノ映像」のインターネットのサイトが外国に置かれているのに似ている。このようなサイトが日本語で書かれていると、それは日本人を対象としており、明らかに脱法行為であろう。しかし英語を使用していれば、その顧客は全世界を対象としているので、そのこと自体は違法ではない。その後は、日本国内でそういった映像をどのように使用するかという日本国内の法的な問題が発生する。

 日本語の使用の有無が、法律的に重要になる。このような問題を今まで意識したことがなかった。「実学」は、いろいろ勉強になる。

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2007年5月20日 (日)

校歌の効果:「関大マグマ」に感動した

 流通科学大学には校歌がない。卒業生の作詞・作曲した愛唱歌があり、私はテープを持っているが、あまり最近は歌われていない。

 他方、今日、機会があって関西大学の校歌を聴かされた。また、テレビの東京六大学野球では、早稲田大学と明治大学の試合があり、早稲田の校歌が歌われていた。

 早稲田の「都の西北」は有名だが、関西大学の校歌や応援歌は初めてであった。しかし関西大学の応援のための愛唱歌とも言うべき「関大マグマ」は親しみやすい名曲だ。あのテレビ番組「マグマ大使」の替え歌になっている。私のような年配者は、テレビの「マグマ大使」を思い出すし、その同じ歌を若い大学生が歌うとなると大いに連帯感が生まれる。

 流通科学大学は来年に開学20周年を迎える。これまで何度か校歌を作ろうという試みはあったが、「大学には校歌があるべきだ」というような規定の固定概念を持たないという大学があってもよいという意見もあった。大学という組織に依存せず、個々の学生が最大限の個性を発揮する。こういう大学が日本にあってもよい。いずれにせよ、大学の主役は学生だ。学生が考えればよい問題だと私は思う。

 私は神戸大学の卒業だが、校歌よりも「神大の屋根からノーエ---」という替え歌を覚えている。神戸大学の卒業生が「未来の社長」になって、神戸女学院の卒業生を「奥さん」にするという内容だ。この歌、私が歌ったのは数回だが、今でも覚えている。誰か、一緒に大声で歌ってくれる人がいたら楽しい。要するに校歌とは、年齢を重ねてから若い時を懐かしむためにある歌ではないか。

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2007年5月19日 (土)

映画『北斗の拳:ラオウ伝・激闘の章』を見る

 『北斗の拳』は、私が40歳代になってから読み出したコミックだ。近所の散髪屋さんの待合いで偶然に読んだのが契機だ。もちろん全巻を繰り返し読んでいる。コミックとしては『柳生蓮也武芸帳』や『ゴルゴ13』に並んだ愛読書である。

 この映画は、ラオウを主人公にしている。ラオウの一直線の生き方は、主人公のケンシロウより以上に共感を生む。またラオウの最期の言葉、「我が生涯に一片の悔いなし!!」の名セリフは、世代を超えて多くの人々に継承されるであろう。

 「愛と哀しみを背負う」ことで修得できるという北斗神拳・究極奥義「無想転生」のコンセプトも魅力だ。ラオウに倒される(注:実質的には勝った)フドウも、南斗五車星に生まれずに、北斗神拳を学んでいれば、この「無想転生」を修得したであろう。

 この映画、原作のコミックに若干の脚色を加えながら感動的に仕上がっている。以下、コミック『北斗の拳』の魅力を私なりに少し語ってみよう。

真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章/ユリア伝 オリジナルサウンドトラック(初回限定盤)(DVD付) Music 真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章/ユリア伝 オリジナルサウンドトラック(初回限定盤)(DVD付)

アーティスト:サントラ
販売元:ユニバーサル・シグマ
発売日:2007/02/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 1.時代背景の魅力
 このコミックの舞台は「暴力が支配する社会」。現在のような「お金が支配する社会」に代替する社会がありうることを若い人々に具体的に見せることがスゴイ。同様に新しい社会として頻繁に映画で描かれるは、「コンピュータが支配する社会」であろう。世界的にヒットした『マトリックス』がその典型だ、現代の資本主義が永遠に持続する社会でないことを若い人々に説明する場合、この『北斗の拳』は効果的な教材のひとつとなる。
 最近の政府が主張する「美しい国:日本」も、「お金が支配する社会」に対抗する社会像を示しているように思われる。「金儲けに熱心な社会」が「美しい国」であるはずがない。しかし実際は、「お金が支配する社会」に対して政府は本気で反省・自省していない。「経済成長を優先する社会」から、「人間性を重視した社会」や「日本の主権や独立を重視した社会」に変革されることが望ましいと私は考えている。

 2.「愛と哀しみを背負う」ということ
 人間の感情には様々ある。その中で「愛と哀しみ」は特別な意味をもっていると思われる。愛する者を失った哀しみ。これは人間のみならず、たとえば犬や馬などの動物にも存在する感情のように思われる。「愛と哀しみ」は哺乳動物に共通した感情ではないか。母親の体内から生まれ、母乳で育つという過程を通して発達する特別の感情ではないのか。もしそうであるなら、この感情を深く心に刻みつけた人間こそが、本来の人間らしい人間ということになる。
 ラオスは「強さ」を追求した。その剛拳それ自体は、その体格から見てもケンシロウを凌駕しているだろう。しかし勝負を分けるのは、拳の単純な強弱ではない。その拳に込められた精神力(=気力=オーラ)なのだ。この精神力は、学力・知力・財力・体力を基準にした評価に対する対抗軸となりうる。
 精神力=人間性の優位性を具体的に見せた『北斗の拳』は、前述のような学力・知力・財力・体力に基づいた「格差社会」に対する抗議の発端になる可能性もある。コミックの中のキャラクターである「コウケツ」を中心に描かれる社会は、まさに「格差社会」だ。家族のために無理矢理に働かされる競争社会と言ってよい。それを破壊するのは、ラオウの息子「リュウ」である。この構想力も『北斗の拳』が普遍的な名作である要因となっている。

 おそらく『北斗の拳』は、世界に誇る日本のコミックの一つとして歴史に残るであろう。若い人々に読み継がれて良い不朽の名作であると私は思う。

北斗の拳 プレミアムベスト Music 北斗の拳 プレミアムベスト

アーティスト:TVサントラ
販売元:ポニーキャニオン
発売日:2002/07/24
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2007年5月18日 (金)

ベトナムで新たに「総合商社」を設立する:その背景は何か

 日本の中小企業は、多様で高度な技術を集積し、日本経済の発展を支えてきた。その中小企業が、国際競争の下で疲弊している。取引先からの恒常的な納入価格の下落要求は、中小企業の経営を圧迫してきた。それが、中小企業の魅力を低減させ、人材不足や後継者不足といった問題を生んでいる。高い利益を謳歌する大企業に対して、以上のような中小企業は苦悩しながら下積みの「すそ野」を形成してきた。

 ベトナムについて「すそ野産業」の発展が中国に比較して不十分であると評価する大企業は多いが、その日本の「すそ野産業」を育成し、そして疲弊させた主体も大企業である。さらにその大企業ですら、成果主義の拙速な導入や正規従業員の削減などによって社内の「モラール」は低下しているように思われる。さらに投資ファンドによって、株主優先の経営方針に移行せざるをえない状況が生まれている。

 これらの状況を考えれば、日本の労働者は、これまでに経験したことがないような苦境に立っている。それでも社会の安定が維持されているのは、これまでに蓄積してきた金融資産や日本人固有の特性(忍耐力・協調性・楽天性・非論理性---)があるからだろう。ただし、そのような社会の矛盾が、最近になって多発している異常な犯罪として噴出しているのかもしれない。

 もっとも政府の政策が全面否定されるべきではない。規制緩和によって新しい中小企業も多数生まれている。弊社・合同会社TETも、その恩恵を受けている。最低資本金の規制が撤廃されたからこそ、弊社は設立できたのだ。私の周囲を見ても、多数の若手経営者が続々と輩出されているような雰囲気がある。前述のような大企業に「見切り」をつけた「脱サラ」組だ。これらの中小企業が、いずれは大企業に成長していく。これが日本経済の今後の成長と活性化に貢献すると言われれば、その通りである。

 私は、このような最近の若手経営者と、これまでの「すそ野産業」を構成してきた技術や経験をもった経営者の双方が、ベトナムという舞台で融合できないかということを考えている。ベトナムにも、有能な若手経営者もしくはその予備軍が多数存在している。日本とベトナムの中小企業の経営者が協力し、ベトナムで「総合商社」の活動を広げる。

 貿易・ファイナンス・プロジェクト開発・不動産開発など広範な分野をそれぞれの中小企業の得意分野でカバーする「総合商社」だ。日本で不可能なことを、ベトナムで可能にする。このような夢をもった仕事が、ベトナムでできれば楽しい。日本経済の閉塞感を脱するために、ベトナムは絶好の国だと私は思う。

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2007年5月17日 (木)

流通科学大学・東京オフィス:東京駅から徒歩1分「セピアタワー」を訪問

 5月14日(月)に流通科学大学・東京オフィスを訪問した。東京で知人に会うための待ち合わせ場所に利用するためだ。この東京オフィスは本年4月から開設され、東京駅の日本橋口か070514_14410001ら徒歩1分の「セピアタワー」の9階である。

 同じ階には、関西大学や産業能率大学などの東京オフィスが並んでいる。現役学生が東京で就職活動する場合の情報交換の拠点、同窓生の集合場所、さらに私のような東京出張中の待ち合わせなどの利用が期待されている。
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 写真上は、事務局の木村さんである。流通科学大学の東京オフィスの事務職一般をすべて担当されている。写真下は、会議室である。小さな研究会やセミナーを開催できる広さである。

 ビジネスの東京一極集中が一般に進行中であるから、より活発な就職活動や同窓会活動のために大学も東京の拠点が必要である。流通科学大学は、すでに学士会館の近くに東京オフィスを設置していたが、より利便性のある東京駅にそれを移転した。

 この「セピアタワー」はセキュリティが厳重であり、事前に訪問を連絡し、その後に受付で確認カードをもらうことになっている。訪問される場合は、電話を事前にしていただく必要がある。03-5224-8268。流通科学大学の東京での活動拠点として、私個人としても大いに利用したいと思っている。

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2007年5月16日 (水)

ベトナム鉄道の副総裁が来阪:株式会社化で資金調達を!

 現在、ベトナム鉄道の副総裁を代表とする研修団が来日中だ。本日、日本ベトナム経済交流センターが主催する夕食会に出席した。ベトナム側が総勢9名、日本側もほぼ同数であった。

 私の話す「ベトナム語」を初めて聞いたという日本人の参加者もいたが、ともかく私は、こういう機会ではベトナム語を話すことにしている。外国語は話さないと忘れる。私の場合、1998年にベトナム語を勉強した当時と比較して、ほとんど進歩していないが、何とか当時の水準を維持する努力をしているという状況だ。ともかく、日本でベトナム語を勉強する時間がない。

 TRUNG副総裁は、気さくな方で日本酒の「100%飲み」を何回かした。「100%飲み」とは「一気飲み」のことだが、「いっき、いっき」という掛け声の代わりに、ベトナムでは「モッ=チャム、モッ=チャム」と連呼する。「100、100」という意味だ。こういうベトナム語は絶対に忘れない。

 私の飲酒について言えば、最近は「麦焼酎」を愛好しているが、ベトナム人の口に「麦」は合わないようだった。やはり「米の文化」だから、日本酒が一番だろう。これは、よく飲んだ。「米焼酎」は試してみなかったが、ベトナムにも米の蒸留酒があるから、おそらく違和感はないだろう。

 さて、ベトナムで新設される高速鉄道に対して、日本政府はODA資金を提供することになっている。ベトナムにおける鉄道の近代化と発展は、地球のエネルギー問題や環境問題を考慮すれば、自動車の発展よりも優先されてよいかもしれない。効率的・効果的なODAの使途が期待される。

 私見では、ベトナム鉄道の発展の可能性は大きい。たとえば駅の構内の売店を近代化する。さらに駅の改築に伴うホテル建設や商業施設の導入。駅周辺の住宅地の開発。これらは、日本の鉄道会社の発展の歴史であるが、同じ発展過程をベトナムも参考にできる。

 ここで強調したいことは、それらの資金調達である。全面的にODAに依存する必要はない。たとえば全国の駅の売店を別会社として統合し、その会社の株式公開をすればよい。さらに株式上場を目標にすればよいのだ。株式市場を活用すれば、これまでよりも資金調達は容易だ。鉄道本体は国営を維持するとしても、鉄道関連事業は別会社として、株式公開することは、ベトナム鉄道によって十分に検討されてもよい。

 なぜ、ここで本体は別にするかといえば、やはり安全性と収益性という対立する問題があるからだ。鉄道事業を民営化して、株主のための収益性を追求するようになれば、どうしても安全性の維持が後回しになる傾向がでてくるだろう。民間会社として優秀であればあるほど、経営の効率化やコスト削減が最優先されなければならない。それでは、安全性はどうなるのか。もちろんCSR(企業の社会的責任)という観点からは、安全性は最優先の課題である。このような最優先課題の対立・矛盾を解消もしくは調和することが経営者の手腕である。

 私は、JR西日本の事故の教訓は、ここにあると思う。この意味で、ベトナム鉄道には、周辺事業において大胆に株式会社化を進めて資金調達をすると同時に、本業の鉄道輸送では「公共事業」として国営企業形態を堅持する。「民営化」と「規制緩和」を推進してきた日本の歴史は後戻りできないであろうが、ベトナムは日本から学ぶことができる。以上、鉄道に素人の愚見である。

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2007年5月15日 (火)

ベトナムは「松竹新喜劇」で行こう!:大阪からベトナムを考える

 大阪の「地盤沈下」の原因は何か。昨日、大阪出身のタクシーの運転手さんと話していて、彼は次のように分析した。「吉本新喜劇が全盛となり、松竹新喜劇が衰退した。それが大阪衰退を決定付けた」。この視点は面白い。

 「吉本」の芸人は全国的に有名だが、かつての「松竹」の藤山寛美のような人情話を演じる芸人は少ない。かなり昔に博多淡海や木村進が「おばあさん」役で主演したこともあったが、今はいない。最近の吉本芸人は、タレントであって役者ではないような気がする。藤山寛美を私は子どもの頃にテレビで見ただけだが、その人間的な話と演技は全国的な人気を誇った。藤山寛美が亡き後も、「松竹新喜劇」はテレビで何度か見たことがあるが、最近は遠い思い出になってしまった。

 これに対して、「吉本」の芸人は軽い。あるベトナム人の女子留学生が、「吉本」の山田花子が大嫌いという。「女性の尊厳というようなものを感じない」という理由だ。誇り高いベトナム人女性から見て、山田花子のような女性の「役割」は、同じ女性として絶えられない醜態であると想像できる。また私見では、差別的で他人をバカにする言動で笑いを取る場面も「吉本」に多い。笑いを取る「間」は天才的にうまいが、刹那的で深みもないタレントが優勢のように思う。

 全国的に「吉本」が大阪だと思われている。さらに「たこ焼き」が大阪名物である。大阪の食文化は奥深いと思うし、大阪人の食に関する感性も高いと思うのだが、その代表が「たこ焼き」というのは、どういうことだろうか。こんな話もタクシーの中で話した。「大阪衰退」と言うとき、最近に亡くなった「横山ノック」のことも思う。彼の大阪に対する功罪は何だったのか。タレントではなく府知事であった人物なのだから、その多面的な分析も不可欠だろう。

 私は、大阪を含む関西人的な気質がベトナム人と親和性があると指摘した。しかしこれは、どちらかと言えば、「吉本的」ではなく「松竹的」な側面をイメージしている。「ベトナムは関西だ」と思って、ベトナム訪問時に「吉本的」な言動を取ると、周囲から「ひんしゅく」を買うことがあるかもしれない。ベトナムは「儒教の精神」が根深く残っている国なのだ。

 ベトナム人との交際は、「松竹新喜劇」で行こう。これは、私の新説・奇説だ。

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2007年5月14日 (月)

情報は空間を超える:ベトナム情報を大阪から発信する「日越経済交流センター」

 昨日、「東京一極集中」が進んでいると述べた。しかしベトナム投資やビジネスの情報については最近、東京の企業から大阪の「日越経済交流センター」に問い合わせを多数頂戴するようになった。東京には「JETRO」本部があり、さらに「アジア経済研究所」や「ベトナム経済研究所」がある。それでも、わざわざ大阪に来ていただくのは有り難いことである。http://www.j-veec.jp/

 その理由は、ベトナム情報を10年以上も毎月の『ニュース』で発信し続けてきた「日越経済交流センター」の実績が全国的に次第に評価されるようになったからだと思う。特にニュース編集長の伊藤幹三郎さん(日本ベトナム友好協会大阪府連合会副会長)のご苦労があってのことである。私も微力ながら、1999年から毎月欠かさずにニュース原稿を寄稿し続けている。

 さらに昨年から、同センターのハノイの仕事を「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」会長のソンさんや、その設立母体となったITIPP社(International Trade and Investment Promotion:貿易投資促進会社)のトゥアン社長に任せているのだが、その活躍に起因することも多い。彼らは、ただ日本語ができるというだけでなく、ビジネスを理解している。

 ちょうど東京にある「ベトナム経済研究所」が大阪に支所を設置しているが、同様に大阪の「日越経済交流センター」の東京進出が検討されてもよい。特に東北・北海道地方の企業にとって、ベトナムは「未知の国」であることが多いと聞いている。同センターの情報を必要とする企業が多数存在しているのだから、その便宜を向上させることを考えることも視野に入れてもよい。

 ベトナムにおいては、ホーチミン市に同センターの拠点がほしい。ホーチミン市の商工会議所との友好関係は長いが、より機敏な対応ができればと思う。東京にいて、以上のような展望を考えた。

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2007年5月13日 (日)

東京出張で考える:東京一極集中化と大阪

 現在、東京出張中である。月曜日に朝から仕事がある。おそらく東京の人々は、大阪を特に意識しないのではないか。大阪は、札幌・仙台・名古屋・京都・神戸・福岡などと同様に、地方都市の一つと認識されているにちがいない。ほとんどの仕事が東京だけで完結することが多いからだ。

 それに比べて、大阪に住んでいると、やはり東京に行かなくては仕事にならない。お金と情報が東京に集まっている。それに反比例して、大阪経済が「地盤沈下」していると言われて久しい。

 ベトナムにも2つの都市がある。ハノイとホーチミン市だ。ハノイは首都であるだけに政府の情報が集まる。何らかの問題で企業が政府に陳情するとなれば、ホーチミン市からハノイを訪問する。他方、経済活動ではハノイよりもホーチミン市が優位であるために、ハノイからホーチミン市に出張しなければならないことも多い。この相互の往来がある限り、両都市は補完的である。その結果、ベトナム航空は儲かる。

 このようにベトナムでは2都市が分業しているように思われるのだが、日本では東京一極集中が進行している。かつての「商都」と呼ばれた大阪は、どこに行ったのだろうか。このような都市の発展過程の歴史的な分析は、おそらく「経済地理学」といった学問領域に含まれる。こういう問題にも、ぜひ私は取り組みたいという気持ちはあるが、なかなか時間がない。やはり100歳まで生きるしかない。

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2007年5月12日 (土)

中小企業向け「総合商社」:ベトナム設立の勧め

 日本の中小企業の皆さんのベトナムに対する関心が高まっている。中国からベトナムに生産を移転したり、中国とベトナムで生産を分業する。また、ベトナム人と日本人の相性がよいという理由で、ベトナムで何か仕事をしたいという希望もある。

 このような場合、最大の問題は現地のパートナーである。信頼できるベトナム人もしくはベトナム企業を探さなければならない。たとえば日越経済交流センターは、これまで10年以上のベトナムとの交流関係をもってきた。私も同様だ。ベトナム人が何を考えているか。こういった想像ができなければ、現地での仕事に成功するはずがない。

 海外の事業展開では、一般に「資金」ではなく「経験」が重要なのだ。この意味で、信頼できるベトナム人を蓄積していることは、多額の資金をもっているのと同様にベトナムで成功する秘訣だ。経営資源としてカネ・モノ・ヒト・情報と指摘されるが、この中で「ヒト」が海外事業では最重要だ。

 私は、これまでのような「投資進出コンサルティング業」のコンセプトを超えて、ベトナムで「総合商社」が設立されてもよいと考えている。三井物産が駐在員事務所から現地法人の認可を取ったそうだが、あくまでも外資系商社だ。そうではなく、ベトナム人の手によって「総合商社」が設立されて、その事業の中に日本の中小企業向けの仕事があっても不思議ではない。

 人材と情報はある。取り扱うモノもある。残りは資金だ。「日本で不可能なことが、ベトナムでは可能になる」。私は、「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」の設立に関与して、このことを実感したが、次は「総合商社」をベトナムで設立するというアイデアがある。これは、日本の中小企業のベトナム進出に多大に貢献すると思われる。

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2007年5月11日 (金)

手と頭が回らない:ご心配をおかけしました

 毎日ブログを書いていて、しばらく空白があると、私の健康状況について、ご心配を頂戴することがある。

 今回の空白理由は、健康不良ではなく、時間不足という由である。ご心配をおかけして恐縮でした。ベトナム現地法人・ロータス証券投資ファンド運用管理会社の仕事が、大学の講義と重なったために、ブログにまで「手と頭が回らない」という状況であった。

 これが30歳代なら無理もできるのだが、50歳代になると、健康維持のために無理できない。どうぞ、ご容赦ください。 

 以後、空白を埋めていきたい。

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2007年5月10日 (木)

結婚記念日

 明日、5月11日は結婚記念日だ。20回目以上になる。最近、結婚記念日をお祝いしてくださるのは、私の所属する「箕面船場ライオンズクラブ」からだけになった。お祝いしてもらうのは何でも嬉しいから、それで満足してしまう。

 しかし今年は、花束を買った。合同会社TETを設立し、昨年度は給与を支払うことができなかったこともあり、申し訳なく思う気持ちもあったからだ。会計処理ソフト『弥生会計』を担当するのは妻である。

 来年の記念日はどうなるか不明だ。それぞれの家庭で記念日を作っておくと、生活に変化があって楽しいかもしれない。当面、弊社の「創立記念日」を作ろう。この日は、会社を休みにして、従業員全員にボーナスを支払うことにしよう。といっても、私を含めて社員2名の零細企業だ。今は、大学との兼業であるが、こういった種を撒いておくと、たとえば定年退職後が楽しみだ。

 人生はいろいろだ。自分の人生を自分でデザインする。これが楽しい。どんなことでもよいので、頭の中で考えているだけでなく、少しの勇気とやる気と弾みがあれば、最初の一歩踏み出すことができる。結婚記念日を前にして、こんなことを考えた。

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2007年5月 9日 (水)

ベトナム株式市場の懸念材料:マネーゲームの加速要因

 ロータス証券投資ファンド運用管理会社(http;//www.lotusimc.com)の情報によれば、ベトナム国内企業からの投資ファンドに対する応募が活発である。その規模も100万ドル単位。ベトナム企業の膨大な資金余剰を示しているのだが、問題がないわけではない。

 ベトナム国営企業では、経営効率化のために株式会社化が推進されている。ベトナム政府は、「親方=日の丸(ベトナムでは金星紅旗)」という緊張感のない経営体質を「民営化」によって変革しようとしている。経営改革によって、WTO加盟後の国際競争に打ち勝つことが期待されている。国営企業の株式会社化は政府の規定方針である。

 株式会社化は今後も進行し、その一般公開によって膨大な資金調達ができる。しかし、これは本来の資金調達の趣旨と乖離している。何らかの具体的な事業目的(新規工場の建設、研究開発費、海外進出など)のために資金調達が必要であり、そのために株式公開したり、増資したり、銀行融資を受けたりする。最初に経営課題があり、そのための資金調達が通常の順序である。

 これに対して現在は、最初に株式公開ありき。それに伴って資金が集まり、その資金運用のために投資ファンドに投資される。これは「マネーゲーム」そのものだ。現在、外国投資ファンドを通して外国資金が国営企業の株式に投資され、その国営企業がさらに株式に投資する。株価が過剰に上昇するはずである。

 株式投資ファンドに企業が投資することは、余剰資金の運用として容認される。しかしその前に企業は、生産設備や技術革新や人材育成に資金を投資するべきだ。その結果として企業成長の基盤が構築され、それが企業収益および企業価値を高める。そして株価が上昇する。これが、経済成長に貢献する株式市場の本来の機能であり、健全な株価の上昇である。

 ベトナム企業の資金使途に関する統計が入手できれば、株式市場における「マネーゲーム」の程度が分析できる。所有者別の株主分布などを含めた「法人企業統計」の充実と開示が早急に望まれる。、

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2007年5月 8日 (火)

ベトナムとミャンマーを結ぶ「東西経済回廊」:最近の動向(下)

 東西回廊に沿った地域を開発しようとするベトナム政府の努力にもかかわらず、日本企業はあまり関心を示していない。予測できない道路事情、貧困なインフラ、長い通関手続きは、日本企業が躊躇する主な理由である。

 先の「ロジテムベトナムNo.2」の斉藤社長は、「ルート沿いには街灯がない。夜は真っ暗で運転はかなり危険だ」と述べる。確かに、ラオバオには一社も日本企業は設立されていない。その理由には、インフラが悲惨な状態のままであり、下水道は全領域をカバーしていないことがある。また医療施設がないので、そこへの配置転換を労働者は嫌がる。

 取り扱い貨物のための大きな容量はあるにもかかわらず、ベトナム第3の都市ダナンの港湾の改善と拡大は現在進行中である。日本の国際協力銀行によって融資されたプロジェクトの進捗は、予期された取扱量よりも低いために遅延している。

 「施設の平均操業率は、50%未満である。われわれは、貨物取り扱い需要が上昇するまで、拡張を遅らせなければならない」とダナン港のグエン=スアン=ズン副所長は指摘する。

 これらの要因のために、内部関係者は次のように述べる。回廊が日本企業を中部ベトナムに引き寄せるようにするハノイの努力が実を結ぶまでに、どのくらいの時間がかかるのかを予想するのは困難である。

 前述のズン副所長は指摘する。「われわれは、東西経済回廊を十分に利用して、貿易ルートを発展させなければならない。いつの日か、そのルートは(航路経由で)日本にまで延長されるであろう。しかし、そのためには時間がかかる」。

 以上、ベトナム側から見た東西経済回廊の取材結果を紹介した。この回廊の利用が増加するためには、ベトナムのみならず、タイやラオスの適切な対応も必要となってくる。たとえば通関の簡易化がそうである。

 また以前に構想されていたダナン港にラオスの通関施設を設置し、内陸国ラオスが港湾をもてるようにすることが再検討されてもよい。私がラオス滞在中の2001年頃は、こういった計画が表明されていたが、現在は立ち消えになっているそうである。これは、ベトナムにとってメリットはないが、交通量や貨物量の増大には貢献すると思われる。

 ダナン港のズン副所長の指摘は妥当であり、インフラ整備や経済発展には時間がかかる。しかしベトナムの発展の速度は異常に早いと考えられる。あのホテル事情が悪いと10年前に言われていたハノイには、今や5☆ホテルが立ち並び、その客室数も不足している。東西経済回廊の発展には確かに時間がかかるが、それは意外と短期であるかもしれない。

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2007年5月 7日 (月)

ベトナムとミャンマーを結ぶ「東西経済回廊」:最近の動向(中)

 昨年末に「第2国際メコン川橋」が開通した後に、「ラオバオ」の国境を超える外国人観光客数は半増し、1日で500人になった。ほとんどはラオスとタイからであるが、ラオスやタイに向けて国境を越えるベトナム人もいる。

 ベトナムは、日本の製造企業が回廊を利用することを期待している。たとえば営業基地としての役割を果たすダナンの事務所が、タイ内陸の部品メーカーとベトナムの製造工場を結びつける。部品の調達・販売ネットワークの効率化を進めている東南アジアで操業する日本の製造企業にとって、ダナンは特に魅力的だと前述の石渡所長(JETRO)は述べる。

 確かにダナンの工業団地には、すでに日本企業23社が12月時点で進出している。たとえばマブチモーター(小型モーター製造)・ダイワ精工(釣り竿製造)などである。(注:ダナンを中心とするベトナム中部の投資環境については、国際協力銀行・中堅中小企業支援室『ベトナムの投資環境』(2006年9月)が便利な参考資料である。)

 2002年にダナンに進出したロジテム=ベトナム=NO.2社(運送業)の斎藤社長は、「東西経済回廊の開発計画があるために、われわれはここに進出した」と述べる。輸送時間の短縮は、主要な魅力の一つであった。これまでバンコック・ハノイ間の船便は10日間もかかっていたが、陸路を使えば5日間であった。しかし回廊を利用すれば、輸送時間は3日に短縮される。

 以上が、東西経済回廊の最大の経済効果である。もちろん私見では、回廊周辺の観光地の開発や、道路沿いの工業団地の開発が期待される。さらにドライブインやガソリンスタンド、さらにホテルなどの建設が必要とされるであろう。 以下、続く。

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2007年5月 6日 (日)

ベトナムとミャンマーを結ぶ「東西経済回廊」:最近の動向(上)

 THE JAPAN TIMES, THURSDAY, MAY 3, 2007は、「ベトナム-ミャンマー道路は希望と懐疑を生む」という取材記事を掲載している。以下では、この内容を紹介する。

 この道路は、いわゆる「東西経済回廊」を意味する。東西経済回廊は、タイとベトナムをラオス経由で結ぶルートである。このほかに、タイとベトナムのホーチミン市をカンボジア経由で結ぶルートも「東西回廊」と呼んでいる。この記事の道路は、ベトナム中部のダナンからドンハ、そしてラオス経由でタイに入り、ミャンマーのマウィアミネ(Mawiamyine)に至るルートである。

Dsc04149  さて、この記事における東西経済回廊の建設費用は総額17億ドル。その少なくとも3分の1が日本の経済援助である。東西経済回廊の総計画は、アジア開発銀行によって1998年に承認され、2008年に完成する。昨年、タイのムクダハンとラオスのサバナケットの間に「第2国際メコン川橋」が完成し、人と物の国境を超えた往来がすでに加速している。

 しかしながら日本企業は、東西経済回廊を重要な物流ルートとして未だ認識していない。JETROハノイセンターの石渡所長は次のように述べている。「東西経済回廊は確かに物的物流を促進する。しかし貧弱なインフラを考慮すれば、それが実現するまでには、しばらく時間がかかるようだ。」

 このプロジェクトは、アジア開発銀行のアジア太平洋地域多国間開発局によって始められた。その顕著な特徴は、高速道路が4カ国のどの首都も通過しないことである。その代わりDsc04164に、それらの国々の最も未発展の地域を通過する。国境を超えた人と物の移動が促進されれば、最貧地域の発展ペースを加速し、貧困削減が期待される。

  この戦略の成功事例は、「ラオバオ特別経済商業地区」である。これは、ベトナム政府によってラオス国境に1998年に建設された工業団地であり、その規模は15,804ヘクタールに達する。

 写真上は、ダナンからラオバオに向かう東西経済回廊。建設中のホーチミン道路に山岳部で連結する部分である(2005年6月に筆者撮影)。写真下は、ラオバオ工業団地である。当時、ほとんどが空き地であったが、どのように最近は変貌したのであろうか。再訪問してみたい場所である。

 ラオバオには、中国とタイの企業が進出している。その多くは製造業であり、税金控除と政府の優遇策を受け、タイ・ベトナム・ラオスに製品供給する足がかりとしている。総投資額1億2,060万ドルの地域における操業中または操業予定の45プロジェクトの中で、10プロジェクトが外国資本である。また観光の増加は、この地域の好機を助長する。(以下、続く)。

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2007年5月 5日 (土)

世界の「日本ブランド」を維持する:牛尾治朗氏の日本観

 やや古くなるが、『日経ビジネス』(2006年7月3日)特別編集版は「ブランド進化論」の特集であった。現在、大学院の講義で討論用資料の一部として使用している。この中で、ウシオ電機会長の牛尾治朗氏が「日本ブランド」について語っている(pp.44~50)。

 私見では、最近に活発に議論されるようになってきた「憲法改正」は、これまでに世界の中で蓄積してきた「日本ブランド」を破棄することになるのではないか。戦後の日本や日本人は「外交戦略がない」とか「お人好し」と指摘されてきた。また「平和ボケ」とも言われてきた。さらに日本人は「自己主張しない」とも指摘されてきた。これらは日本または日本人の否定的な特徴と考えられてきた。

 しかし逆に、それだからこそ日本や日本人は、世界の国々から信頼・信用されてきたともみなされる。「戦略がなく」「お人好し」で「自己主張しない」「平和ボケ」の日本もしくは日本人だからこそ、外国(人)は安心して付き合ってくれる。悪いことを絶対にしない善良な国または国民とみなされる。日本は他国から警戒されない貴重な国となる。これが、戦後に形成された「日本ブランド」ではないか。

 『日経ビジネス』の見出しには、「世界が認めた日本の品格。戦略なき優しさが愛される」、「歴史が織りなす楽観と達観の妙。戦略なき優しさを誇っていい」とあり、その後に「「ニッポン」の時代が来た」、「信用さえあれば生きていける」、「共生の世紀に際立つ品格」と続く。そして今後の日本を「落日だが真っ暗闇にあらず」と牛尾氏は展望している。

 他方、最近になって、これらの批判に対応する政治動向が顕著になってきた。具体的には、教育基本法の改正であったり、憲法改正の推進である。しかし、それらが実現してしまうと、これまでの「日本らしさ」もしくは「日本人らしさ」が失われてしまうのではないか。米国の亜流になれば、世界の中で日本の魅力は激減するのではないか。もしくは、これまでの日本(人)に対する信頼・信用が失われるのではないか。

 冒頭の特集記事を読んで、私は以上のように考えた。以下、牛尾氏の発言を抜粋してみよう。強調部分は、私の選択である。

・ 「これからの時代、日本人が生まれながらにして持っている特質が世界でいよいよ高く評価されるようになるんじゃないかな。
・ 「世の中が変わり、自然と共存するとか、人間に優しいということが経済や企業活動に求められるようになってくると、日本人のような完璧主義でないとオールラウンドに通用することができないのです。」
・ 「米メリーランド大学と英BBCが世界で実施した長蛇で、世界に最も良い影響を与える国」の第1位に日本が選ばれたんです。33カ国のうち31カ国で、回答者の過半数が日本のような国の存在が世界に好ましいと答えたわけですよ。」
・ 「なぜ日本は、世界からこんなに高く評価されているのか。僕は考えたんですが、日本って約束したことは必ず守るし、実行する国だからじゃないのかな。世界を見渡してみてください。こんなに正直な国民が集まった国はほかにありませんよ。
・ 「国連でちゃんと負担金を払っているのは日本だけですよ。スマトラ沖地震に伴う津波被害の義援金をきちんと振り込んだのも日本だけ。アフリカで飢えた子供がいると聞けば、気の毒に思って進んで募金する。」
・ 「優しくて思いやりはある。だけど、戦略性があるとはお世辞にも言えない。日本のODA(政府開発援助)は戦略性がないってよく言われますよね。確かにカネを出しても何の利権も得られないようなことが多い。でも、戦略がちらつかないから相手に信用されている部分もあるんですよ。
・ 「日本人が「好ましい」と見られているのは、要するに相手に不安感を与えないということです。親切で、率直で、金持ちで、戦略性がないというか、侵略性がない。先の大戦では侵略国と言われているけど、欧米列強みたいな帝国主義的なイデオロギーなんてなかったんですよ。満州(現・中国東北部)の建設あたりからうぬぼれてしまったんだね。敗戦で非常に反省をしました。
・ 「今でも日本には戦略がないんです。それがいいんです。根っこのところに、ものすごい楽観論があるんです。---自分たちが優しくしているんだから相手も優しくしてくれると思っちゃうような。---もし他国から軍事的に攻め込まれても、みんなが守ってくれるだろう、特に米国がと信じている国ですね。現実はそうそう甘くないのだけれども、平和憲法を掲げる国としては、ひょっとしたらものすごく大事なことなのかもしれません、これは。
・ 「日本が約束したことは世界が信用するからね。これは、日本製品の信頼性とも相通ずるところがあります。
・ 「僕もかつては、戦略とか思想をもっと身につけなければならないと叫んでいたけれど、考えてみれば国民の大多数が本当に楽観的で、絶対大丈夫だと信じているんですから、なかなか身につかないはずですよ。」
・ 「長い目で見ると、日本の文明が2000年にわたって生き長らえたのは、ダメになったらもう1回やり直せばいいんだというこの性格ですよ。世界から、日本のそういうところの価値が認められ始めているんじゃないでしょうか。困った人は目的もなく助ける。その代わり自分が困った時には助けてもらえると信じる。必ずやり直せるんだという楽観と、生きることへの達観。そういう国民性は世界的に珍しい。
・ 「アングロサクソン系とは明らかに違うんです。彼らにとっては戦略的に動かない人間というのはレベルが低いわけですよ。---でも、東西、民族の対立、いろいろな差別がなくなり、地球環境を大切に守りながら人間と自然が共生していこうという時代になっていくと、いよいよ日本人の良さが際立ってくるはずです。
・ 「僕は、そういう日本人の良さをそのまま経済や政治、国際関係での主張に素直に持っていくのが一番いいんじゃないかと思っている。これから20年ぐらいは、「日本的なもの」が世界に受け入れられやすい時代になりますよ。製品だけでなく、日本人も、日本人なら安心だ、信頼できるぞと。
・ 「戦略性はないけど、いい人の集団で、几帳面で現場が大好き。しかも歴史という文化的な深みと奥行きがある。そういう日本人の本性こそが、実は世界のなかでの確固たるブランドになっているんです。僕はそれを一番言いたい。

 牛尾氏と私の意見はすべて同じではないが、開き直りとも言うべき牛尾氏の現状認識は新鮮で刺激的であり、共感できる。要するに牛尾氏は、日本人の人生観もしくは生き方それ自体が、日本人の魅力と指摘しているのだ。私見では、日本を「普通の国」(=グローバル。スタンダード)に変える必要はなく、これまでの「日本らしさ」をより強調すればよいのではないか。せっかく形成された「日本ブランド」を放棄しなくてもよい。

 そもそもブランドとは、長い年月をかけて形成されてきた顧客からの信頼もしくは信用である。それを簡単に変更すれば、かえって顧客は混乱するし、これまでの固定した顧客を失うことになる。それでもよいという意思決定があってもよいが、そのためには「ステークホルダー」の間での十分な議論と納得が必要であろう。ひとたび「ブランド棄損」があれば、その回復のために膨大な時間と費用が求められる。今後、牛尾氏の発言を継続して注目したい。

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2007年5月 4日 (金)

「ダリ展」に行く:個性と創造性の表出

 大阪・天保山の「サントリーミュージアム」で5月6日まで開催中の「ダリ展」に行った。「生誕100年記念」、「創造する多面体」という副題が付いている。個性・独創性・新規性---。こういった才能の表出が「ダリ」だと思う。

 そうは言うものの、初期の写実画の正確な描写は意外であった。ピカソもそうだが、いわゆる前衛的な芸術画家は最初から「ムチャクチャ」ではない。しっかりとしたデッサン力が最初に修得されている。そういう基礎能力があってこそ、その後の個性や新規性が発揮できると痛感した。(芸術と同様に学問も同様だ。)

 「サントリーミュージアム」で入場券を買うのに10分間、さらに入場するために10分間の待ち時間、それに隣接する「海遊館」では最長で「3時間待ち」であった。いつもなら閑散としているのに、さすがに黄金週間である。これほどの顧客動員には驚嘆する。確かに景気は回復しているような気がする。

 おそらくダリは、立体感の把握や描写に優れた才能があったのだと思われる。この意味で、彼がデザインした「家具」は秀逸だ。普遍的な「驚き」や「遊び心」を多数の人々に訴える。他方、絵画は鑑賞者によって評価が分かれるのではないか。「よく理解できない」という「つぶやき声」が入場者の中から聞こえた。

 個性や新規性は魅力的だが、それが長続きする必要がある。そのような工夫がないと、すぐに飽きられる。また、過度に個性的であれば、多くに受け入れられず、特殊化してしまう。経営戦略においても、差別化=差異化戦略は存在するが、特殊化戦略は強調されない。

 特殊化は、それを支持する顧客が少数限定的である。逆に、特殊な分野を一般化・普及させる努力が求められるかもしれない。他方、少数限定であるからこそ「ブランド化」するという現象もありうる。一般に妥協してしまえば、それで個性は終わりだ。そこで「ブランド形成」は中断する。

 ダリの不可解な世界を人々の頭越しに見ながら、以上のようなことを考えた。それにしても、この人出は予想外だった。かなり多数の人々に景気回復が実感されているように思われる。果たして、それは本当か。

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2007年5月 3日 (木)

ベトナム人留学生とBBQ(バーベキュー)パーティ

 勤務先の流通科学大学で「ベトナムセミナー」をこれまで何回か開催している。ベトナム商工会議所のボン副会頭(当時)、ホーチミン支所副会頭のフンさん、そして昨年は貿易大学・経営学部長のンギア先生らを招へいしたセミナーを開催した。この場合、いつも「在神戸ベトナム人留学生協会」から何人かの留学生が参加してくれている。このようにお世話になっているので、拙宅でのBBQ(バーベキュー)にベトナム人留学生を招待した。

Dsc09261  前会長・ヒエップさん(神戸大学大学院国際協力研究科博士課程3年生)、新会長・ヤンさん(同大学院工学研究科修士課程2年生)ら5名とヒエップさんの娘さん1名という顔ぶれだ。ヤンさんは建築学を専攻しており、日本の住宅にも関心があり、多数の写真を撮りまくっていた。レンガ造りの建築が一般的なベトナムで、斬新なデザイン住宅がお目見えするのも近いかもしれない。

 私は、いつものことながら、ワインやビールを飲んで寝てしまうという醜態であったが、「ホスト役」が出しゃばらないという配慮をしているのだ(---というのは言い訳)。自宅以外でお酒を飲むときは、かなりの酒量であっても酔っぱらうことはないのだが、ついつい自宅では気がゆるんでしまう。失礼をご容赦ください。

 IBPC(㈶大阪国際経済振興センター)でベトナムを担当している大平さんや、英語の同時通訳者の徳丸さんにも来ていただいた。皆さん気楽に付き合える人たちなのだ。特に総勢12人での「トランプゲーム」は盛り上がった。

 昨年のお正月(2006年1月1日)に私がベトナムに滞在しているときは、ベトナムの友人が気を遣ってくれて自宅に招待してくれた。お正月を1人で過ごすのは寂しいでしょうという意味だ。こういう気持ちを相手は違っても日本で返したいと思う。

 私は朝から「落ち葉拾い」と「室内掃除」。妻は料理の「下ごしらえ」。こういう多人数のパーティーは、これまでも多数経験しているが、最近は準備に疲れるようになってきた。体力は確実に低下。しかし気力は健在。若い人たちに喜んでもらうと、懲りずにまたやろうと思ってしまう。

 いろいろ不手際や失礼があったにもかかわらず、わざわざ来ていただいて楽しい時間を過ごすことができた。それに、いろいろお土産を頂戴した。ベトナム人留学生からのお土産は遠慮したいのだが、それもベトナム的な慣習だ。皆さんに感謝である。また別のところでもよいので、皆さんの有り難い気持ちを返済しよう。

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2007年5月 2日 (水)

今日は税務署に行った

 私は「企業論」を20年以上講義してきたが、企業の実務は初心者だ。昨年に合同会社を設立したばかりだ。企業経営を「実学」として教育するためには、自らが実践することが必要だ。このような信念に基づいて会社を設立した。

 さて今日は税務署に行って、弊社・合同会社TETが契約している法律会計事務所に支払った顧問料から控除した源泉所得税を払ってきた。また同時に、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する届出書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書」という超長い表題の書類と、「給与支払事務所の開設届出書」とを提出した。昨年度は無給であったが、今年度は従業員(=妻)に給与を支払うことにしたから、後者の届け出が必要になった。

 講義では、自然人に対応して法人が存在し、それぞれに人格が認められていると話している。頭では理解できているが、実際に法人を設立してみると、この区別が難しい。たとえば自然人である私が、法人の代表である私と契約書を締結しなければならない。

 もっとも、こういう実務の裏付けがあるからこそ、講義に迫力と説得力が備わる。これは私の実感であるが、学生の感想も聞いてみたい。少なくとも、このブログの副題「アジアで「実学」を追求する」を実践していることは間違いない。このような試みが、どのような学問的・教育的な成果をもたらすのか。この解答には、今後何年かの時間が必要である。

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2007年5月 1日 (火)

なぜ「社員」なのか?

 今日は、「経営学入門」・「企業論」・「比較企業論」の3科目を講義した。連休中の講義なので、通常よりも7~8割という出席者だ。

 学生と教職員のことを考えれば、夏休みを2日間短縮して、5月1日と2日を休みにすればよい。これで文字通りの「黄金週間」になる。こういう柔軟な対応が大学ではできないのだろうか。

 さらに「黄金週間」の旅行費用などが特別の割高料金になることを考えれば、この期間は働いて、6月とか11月を振り替え休日にすればよい。または有給休暇に加算して、自由に休暇を設定して消化する。さらに付言すれば、今日は「メーデー」。労働者の日だ。休日にしてもいいではないか。こんなことを考えながら、上記の「企業論」の講義の中で、次のような話をした。

 一般に、従業員や労働者のことを「社員」と呼んでいるが、法的に「社員」は「出資者」のことを意味する。株式会社では、株主が社員であるし、相互会社では、保健契約者が社員だ。どうして従業員や労働者を「社員」と呼ぶようになったのだろうか? これが、学生に対する私の問題提起であった。

 かつての日本企業には、「会社は従業員のものである」とか「会社は家族のようなものだ」という意識があった。そういう意識が形成・維持されるためには、経営者(=資本家)と労働者(=労働組合)の利害対立の顕在化は回避されなければならない。そのためには労働者という言葉自体を消滅させればよい。

 経営者も労働者も会社組織の一員。だから「社員」だ。「社員」は運命共同体。みんなで仲よく働こう。みんなで会社のために働こう。みんな「社員」じゃないか。だから「私の会社(my company)」と言ってもいいではないか。「私の会社」と言えば、私が所有・支配している会社と思うのが普通だが、日本では労働者でも「私の会社」と言う。

 労働者を「社員」と呼ぶ経緯は何か。また「社員」意識は、最近では変化しているのではないか。非常勤労働者を「派遣社員」と呼ぶ時代になったのだから、自分が労働者であることを知らない「社員」が多数存在しているのではないか。このような問題は十分に研究に値する。

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