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2007年4月11日 (水)

大学で講義始まる:最も「受けた」と思った話

 大学の講義が始まった。久しぶりに学生に話をするのは、一種の快感だ。「上田ワールド」を演出するようなものだからだ。または、新興宗教の教祖になった気分でもある。ただし、それは教員側の気分であって、学生側の反応は必ずしもそうではない。そこが難しい問題だ。

 最初の講義だから、ガイダンスのような話だ。最近の学生は新聞を読まないし、社会問題にも関心が低いと一般に言われている。携帯電話のメールを通して、自分の小さな世界に入り込む傾向が、それを助長していると思う。

 それは社会人として通用しない。2回生や3回生を対象とした講義だから、「もっと新聞を読まんとアカン」と最初に一般的な話をした。これを言うだけなら、学生にとってインパクトが小さい。そこで次の話を続ける。「次のような話を想像してみ

 「ヤンキースの松井が昨日、ヒット打ったらしいで
 「フ~ン。ところでヤンキースの松井って、だれのこと?」 

 社会人になって新聞を読んでないと、こういう会話と同じことになるんやで。松井を知らない人って、どんな人やろ? だいぶ変わってる。そこで会話が中断する。コミュニケーションの断絶。つまり就職で最も必要とされる「コミュニケーション能力」の欠如ということや。今からなら間に合う。社会人としての常識を身につける。今から準備しとかんとアカンねんで。具体的に何したらエエねんて? そら簡単や。新聞、読んだらエエねん。

 以上のような話をすると、教室の中は静寂が漂って学生は深く納得する。このように教師側は感じるのだが、学生の実際の反応はどうか。次回に、短いレポートを書かせてみよう。

 注:通常の講義で私は標準語を使っている。留学生も受講生にいるので、大阪弁は理解し難いことに配慮している。ラジオの「浜村淳」的なわかりやすい会話が理想だと思うのだが、「浜村淳」節は時にはイライラすることもある。人前で話すことについて「慣れ」はあるが、そのことと「上手に話すこと」とは別の問題だ。これは永遠の課題だ。

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