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2007年3月20日 (火)

今日は卒業式:教員として考えたこと

 昨年も卒業式の日にブログを書いたが、もう1年が経過した。卒業式の後の「謝恩会」は「忘恩会」というようなことを昨年に書いたことを記憶している。

 今年の「謝恩会」には1年前に卒業したゼミ学生が来ていた。何度か転職を繰り返して、現在の生活が不安定だという。学生時代に期待していた学生なのに、どうしたのだろうと思ったが、私からオセッカイなことはしない。彼は、もう社会人だし、今でも「自分探し」をしているのだ。

 写真は、Photoゼミ学生2名と一緒に。今年の卒業生は、全員で色紙を贈ってくれた。韓国とラオスのゼミ旅行をして国際的な活動をした。韓国では「独立記念館」を訪問し、韓国の雑誌取材を受けたことも印象深い。学内の懸賞論文では、フィンランドの「マリメッコ」ブランドの日本市場の浸透について論文を投稿し、第3席に入賞した。近年では、思い出深い学年であった。

 私自身の「自分探し」を振り返ってみると、修士論文を書き上げた30年近い前のことを思い出す。あまりできのよい論文ではなくて、自分でも落ち込んでいた。論文を12月末に提出して、その直後にネパール旅行に出発した。初めての海外旅行だ。この旅行は気分転換になった。

 しかし帰国しても、やはり論文について自己嫌悪が続いていた。ネパールの自然に触れて、これまでの自分自身を考えた。「狭い世界」だと思った。あまり研究に自分は向いていないのではないかとも思った。もう大学院を辞めようかと悩んだ。そんな時に、当時の神戸大学の二木教授から「科研費」のアルバイトの仕事を依頼された。簡単なデータ集計の仕事だ。修士論文を提出して時間に余裕があるだろうという意味だ。ごく普通の大学院生として先生から接していただいた。二木先生にとって当たり前のことなのだが、大学院を辞めようかと思っている人間にとって、それは嬉しいことだった。もう少し大学院で研究を続けてみようと思った。

 かつて、こんなことがあった。二木教授は私の恩師だ。おそらく先生には、そんな意識はないと思う。普通のことだからだ。しかし時と場合によって、ごく普通に付き合っていただくことに感激することもある。特別に面倒を見てもらわなくてもよい。どんな時でも普通に付き合う。対応や意見に起伏がなく、いつも不動点のように相手に応じる。伝統的な大学教授のひとつの立ち位置のように思う。

 卒業生を送り出すときに、教員として自己のあり方を考える。私は上記の「不動点」のような存在は無理だと思う。自分自身が次々に変化する人間だからだ。卒業生に負けないように進化(=深化)したいと思っている。この意味で私は、変化する人間であり続けたい。何年か後に「先生、まだ新しいことやってますね。昔と変わってないですね」と卒業生から言われたい。日々前進。指導した学生の人生の節目に臨席して、以上のようなことを考えた。

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