« 「グローバルビジネス・投資環境セミナー」の開催:インド・タイ・ベトナムの比較検討 | トップページ | 「ベトナム民営化ファンド5」セミナー:質疑応答から »

2007年3月17日 (土)

『週刊新潮』からの取材:ラオス経済の現状

 東京に出張中。その時に大学からの携帯電話を受けた。『週刊新潮』の三輪さんがラオス経済について取材したいということだった。本来は電話取材ということだったが、私が偶然に東京にいるために新橋駅の「SL広場」の前で待ち合わせることにした。

 「なぜ、私がラオスなんですか?」と質問すると、やはりインターネットでの情報収集ということだった。ラオス経済についての専門家としては、近畿大学の西澤教授、広島修道大学の豊田教授がおられる。いずれも神戸大学大学院国際協力研究科を退官されてから現職に就かれ、私のラオス滞在中にお世話になった先生だ。さらにアジア経済研究所では山田さんが専門家として活躍されている。鈴鹿国際大学の鈴木先生はラオス経済研究の先駆者だ。東京大学におられた原先生はJICAのラオス経済支援で貢献された。これらの大先輩がおられるのに、本当に私でいいのかなというのが最初の印象だった。

 取材の目的を聞いてみると、ラオスのオキシアナ社について教えてほしいということだった。このオキシアナ社はオーストラリアの会社で、ラオス中部のセポンで金と銅を採掘している。このセポンは、タイのバンコックからベトナムのダナンを結ぶ「東西経済回廊」にあり、ベトナム国境に近い。採掘は、セポンから10㎞ほど離れた場所である。このオキシアナ社について、昨年に私は論文を書いたことがある。さらに、それ以前に次の拙稿で紹介したことがある。「ラオス近況:「砂の国」から「黄金の国」へ(上・下)」『日越経済交流ニュース』日越経済交流センター、2004年4月・5月号。これが注目されたようだ。

 新橋駅前の喫茶店で約1時間に渡って三輪さんとお話した。さらに、たまたまパソコンをもっていたので現地の写真もお見せした。取材を受けるというよりも、喫茶店の片隅での「ミニ講義」だった。さぞかし三輪さんも当惑・辟易されたのではないかと反省している。でもラオスについて話すのは久しぶりだから、ついつい熱が入った。一般には場所も十分に知られていないラオスについて熱心に語るなんて、普通の人からは「変人」扱いされてもしかたがない。厚かましい大阪人の私も少しは自制しているのだ。

 ちょうど今朝、ラオス国立大学経済経営学部のマニソット先生からメールが来た。JICAが支援して設立された「ラオス日本センター」の日本側の所長である鈴木さんが、4年間を超えるラオスの仕事から離任されるので、送別会を開催したということだった。鈴木さんには、私がJICA専門家であった時も、ラオス清掃ボランティア活動の時も本当にお世話になった。このメールを受け取った日に、ラオスについての取材依頼である。こうした偶然が重なるのだから、私とラオスについても、ベトナムと同様に「縁」があるように思われた。

 この記事を掲載した『週刊新潮』は3月22日(木)に発売。どうのような記事になっているかご覧下さい。私も大いに関心がある。取材される方は、材料を提供するだけ。その後はお任せ。新聞や雑誌の文章は、そういう性格のものだ。すべての記事の内容について、取材先に確認を取っていたのでは時間がかかるし、逆に新聞社・雑誌社側が内容に責任を持てない。

 最近の私の「実学」の対象である投資ファンドも同様だ。どの株式や債券を売買するかは、運用担当者が責任をもって判断するのであって、投資家が口を出すものではない。責任の所在を明確にするためにも、任せたからには、すべてを任せる。

 以上のような責任の明確化は、大学教育でも効果的かもしれない。手取り足取り指導するのではなく、学生に任せて、その結果の責任を学生に実感させる。その責任を自覚させ、その評価や反省を十分にする。このようなアフターケアに配慮した指導が、「実学」教育には必要であるように思われる。このようにラオスを通しても、いろいろな事柄を考えさせられる。今日はラオスに感謝である。

|

« 「グローバルビジネス・投資環境セミナー」の開催:インド・タイ・ベトナムの比較検討 | トップページ | 「ベトナム民営化ファンド5」セミナー:質疑応答から »