« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月31日 (土)

ベトナムから帰国して:心から感謝を申し上げます

 31日の早朝にベトナムから帰国。山田弁護士の「秘薬」(朝鮮人参+プロポリス+梅干し)のおかげで比較的元気だ。これまで朝鮮人参は飲んだことがあるが、プロポリスは初めてだ。おそらくプロポリスが効いたのだろう。これから少し研究してみよう。

 タンソンニャット空港で、再び学生にアクシデントがあった。「出入国カード」を忘れるなと念を押していたにもかかわらず、トランクに入れてしまったというのだ。通常は、航空券のチェックイン・カウンターでチェックしてくれるはずなのだが、出入国管理の所で指摘された。

 学生に私も同行し、ベトナム航空のカウンターで荷物を取り戻すように言ったが、新しいカードを記入すれば、それでOKということだった。かつてのベトナムでは、この「出入国カード」の紛失によって、ワイロに等しい手数料を要求されたとかいうトラブル話があった。このことが念頭にあり、私は十分に注意するように学生に言ったのだが、それでも忘れる。「最近の学生は---」と言いたくなるが、それも私の責任の範囲内だから愚痴はやめよう。それにしても、この種のトラブルについてベトナムは簡単に対応してくれるようになった。少し「拍子抜け」した。

 今回のベトナム訪問では、新しい経験が数々あった。
 (1)VJCC(ベトナム日本人材協力センター)のハノイとホーチミン市の2カ所で、それぞれ学生を主体にした「河内音頭」(文化交流)と「G7マート市場調査」(学術交流)の実施。このような異なった活動を同時に学生が行うことは、大げさに言えば、世界でも初めてだろう。さらに「G7マート」の外部の市場調査も初めてだろう。同社の理解と、特に社長秘書ダンさんの協力に心から感謝である。
 (2)VJCCハノイでは「株式投資セミナー」の講師を初めて経験した。この時の豊島さん(ユナイテッドワールド証券)の指摘は、今後の私のベトナム株式観にとって有益であった。ベトナム人個人株主の教育・啓蒙が必要ということだ。日本の経済成長・企業成長の歴史的な観点から見れば、さまざまな取引の協力提携関係が伴う安定株主が必要である。米国型の短期的な配当優先・株価優先志向では、長期持続的な企業成長は望めないのではないか。
 (3)ハノイの「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」では、顧問の竹岡さんを交えて、いくつかの経営意思決定を行った。これまでソン会長・タイ社長と私の3名で、いろいろ相談してきたが、第三者の竹岡さんに加わっていただいた会議は緊張感もあり、効率的に開催できた。
 (4)関西空港での学生の脱落など、常識では考えられない出来事は貴重な経験になった。この学生に大きな責任はない。私の常識が、一般の常識とは異なっていないかを検証する必要がある。私にとってベトナムは東京の隣のような感覚だが、一般には遠い国だ。このことを私の教訓にしなければならない。

 多くの人々のお世話にならない限り、今回のベトナム訪問は実現できなかった。これを痛感した。ハノイの鈴木さん・小松さん。貿易大学の国際交流部長のミンさん。それにVJCCの小樋山所長、竹村専門家。日本に留学中のタム先生。ホーチミン市では、「私の娘」と紹介しているタムさん。エースコック・ベトナムの浪江社長と梶原さん。さらにサンヨーの片岡社長にお目にかかれて元気も出た。それに馴染みのホテルのスタッフにも感謝したい。

 同行していただいた竹岡さんには多大の協力を賜った。山田先生の「秘薬」は一生の想い出になる。そのほか多数の方々のお世話になってこそ、実現できたベトナム訪問であった。この恩義に対して私は一生かかっても返済しよう。それなりの覚悟で臨んだ訪問だった。こういうことを学生に学んでほしい。これが「実学」だと体感してほしい。長い1週間であったが、有益な1週間であった。1人で仕事はできない。言い換えれば、仕事は1人でするものではない。

 今回の訪問で、私の中で日本とベトナムが融合した。国境が消えた。私の感覚では、ある時はベトナム人、ある時は日本人だ。言葉の障害は感じない。気持ちの問題だ。もっと時間があれば、もっと両国の仕事ができる。そのためには、200歳まで生きるか、仕事の効率性・生産性を2倍にしなければならない。こういうことを言いながらも、実際には適当だ。これが「わたし流」。これからも「ちょいワル頑固教授」で行ったろやないか。最後に再度、ご迷惑をおかけし、さらにご協力を賜った方々に心から感謝を申し上げる。

|

2007年3月30日 (金)

ベトナム最後の時間:これはすごい効き目だ

 午前中、貿易大学ホーチミン分校で学生交流。今日は、「G7マート」の市場調査の結果を発表し、そのSWOT分析について議論した。日本のゼミにベトナム人学生の十数名が加わったという雰囲気だ。英語の講義と違って、日本語で話せるのは私にとって非常に楽だ。またベトナム人学生の積極的な発言と日本語能力に感心した。

Dsc09251  G7マートのSWOT分析は興味深かった。主にベトナム人学生から多数の意見が出た。W(弱み)について「普通の雑貨店との差別化が不十分」という意見があった。これに対して、G7マートは資金力があり、そういった「弱み」は克服できるのではないかと私は応じた。

 それよりも重要な課題は、人材の育成だ。G7マートのSV(スーパーバイザー)の各加盟店に対する指導が、十分な店舗と不十分な店舗があるようだ。G7マートにとってSVの人材育成が急務だ。また、「5S」が十分でない。清掃や整理の徹底は小売業にとって不可欠であるが、それができていない。日本では、たとえばローソンは1日に3回の掃除をしている。

 G7マートにはW(弱み)が多々ある。しかし加盟後に売り上げが伸びたと回答した店舗が複数あった。また「ブランド力」があり、コンビニ展開の先駆的な優位性もある。総じて私は、徐々に改善:改革が進み、G7マート全国600店舗の規模の利益を活用できれば、今後の発展が見込まれると結論した。

 その後、サンヨー・ホームアプライアンス・ベトナムの片岡社長にお目にかかった。数日前に発生した1,000名中の300名が参加した「山猫スト」が昨日に解決したという生々しい話を聞いた。女性労働者の産休時にもボーナスを全額支払って欲しいというような要求だ。片岡社長は、「山猫スト」という違法ストに対して断固として団体交渉を拒否したそうである。私は、片岡さんの「古武士」のようなお人柄を感じた。結局、調停に出すこととなり、労働者の職場復帰がなされた。

 ベトナム日系企業において労働争議が増えているが、それは外部の扇動者が「引き金」を引く役割をすることもあるらしい。またサンヨーベトナム社の労働組合の組織率は20%台だそうである。これは労働組合が労働者の代表になっていないことを意味する。したがって「山猫スト」が発生するのだ。今後は一般に、労働組合の育成を会社側が積極的に考えた方がよいかもしれない。

 午後は、エースコックベトナム社の浪江社長にお目にかかった。同社の高業績の経緯と現状が理解できた。学生にとって親しみのある会社であるから、質問も活発だった。ラーメンの試食もさせていただいて感謝である。ハノイでの貿易大学の学生交流では、ラーメンを寄贈いただいた。ラオスのボランティア活動でも毎回のご支援を賜っている。ここで改めてエースコック社に御礼を申し上げたい。

 その後、竹岡さんのご紹介で「サンフラワー」の久保園さんを訪問した。刺繍や漆塗りの専門店である。住所は、88 Truong Dinh。ニューワールドホテルの近くである。日本人の好みにあった作品が展示されており、久しぶりに「芸術の香り」がした。久保園さんは、元リコーベトナムの社長。今年で75歳になられる。温厚なお人柄は、だれもをなごませる。ますますお元気で活躍されることを祈りたい。このお店の作品の数々は、次の竹岡さんのHPを参照。http://www.tulip.sannet.ne.jp/t-takeoka/urusi.html

 以上、今回のベトナム訪問の予定はすべて終了した。ここで九州・大牟田市の山田弁護士から頂戴した秘蔵の「栄養ドリンク」を紹介しよう。朝鮮人参とプロポリスを混ぜた飲み物と、和歌山の梅干しだ。

 学生の活動を終えて緊張感が途絶え、疲労感が極度に大きくなっていた。その時に、これを飲んで食べて、移動の自動車の中で少し眠ったのだが、その後は急に元気になった。これは確かに、よく効く。全身がだるかったが、すっきりした感じになった。これで気持ちよく帰国できる。最後にホッとしてベトナム訪問を終える。

|

2007年3月29日 (木)

ホーチミン市の「G7マート」について市場調査

 27日の株式セミナーの直前、タクシーの中で携帯電話を紛失した。自分の電話番号に連絡すると、スイッチが切られていた。これは困る。今回の旅行の緊急連絡先になっている。そこで新しい電話を買った。

 この電話には、新しいと言っても、正確には中古品だ。さらに、以前に使用していた人物の電話番号のメモリーが入っている。ということは、私の携帯電話もどこかの店頭で販売されているのかもしれない。もしそうであれば、さらに時間があれば、執念の捜索を続けて、この盗品販売ルートを告発しようかと考えないこともないが、結局うっかりしていた私の自己責任である。あきらめるしかない。

 28日にハノイからホーチミン市に移動。タンソンニャット空港からバスで市内視察した。その後、明日29日の貿易大学ホーチミン分校における学生交流の準備をした。パソコンを持参している学生は皆無であったから、私がワープロでアンケート用紙を清書する。いやはや寝る時間もない。このアンケート用紙を添付ファイルで公開しよう。ベトナム資本100%のコンビニエンスストアであるG7マートを対象にした市場調査である。
「ConviQues.doc」をダウンロード

 この調査には、全面的にG7マートの協力を受けた。各加盟店の住所のリストまで提供していただいた。こういう好意に応えなければならない。調査自体は、たとえば売上高などの質問は省略した。この種の質問は回答し難いからだ。

 この様子は、明日に紹介する。予定では29日午前に学生交流。同日午後に市場調査。30日午前に発表・報告会を開催する予定である。

 ともかく現在、非常に疲労している。気持ちが張っているから何とかもっているのだろう。次回からは、添乗員付きの「お気楽旅行」にしよう。こんなハードな旅行では寿命が縮む。

|

2007年3月28日 (水)

ハノイで「ベトナム株式セミナー」の開催

 この日は、午前中にフランス病院に行かなければならないアクシデントがあった。お菓子・ケーキ店の鈴木さんに病院まで来ていただかなければ、この日午後の株式セミナーに影響したかもしれなかった。

Dsc09246  セミナーは150名ほどの参加者であったと思う。何よりも、ユナイテッドワールド証券の上級アナリストである豊島さんの講演が鮮烈であった。これまでベトナムに来たことがない豊島さんが、的確にベトナムを分析する。世界の金融アナリストの実力を見せつけられた。ベトナムの証券会社や大口個人投資家の出席もあり、翌日の株価がかなり変動したのではないか。

 私の講演は、日本で開催された「ベトナム株式投資セミナー」講演のベトナム版という内容であった。私は株価収益率が、ベトナムでは70倍と述べたが、先の豊島さんは50倍。さらにベトナム人に言わせれば、20倍とか30倍と言う。これらの相違は何かといえば、おそらく想像だが、上場株式と店頭株式を含めるか含めないかの理由であろう。

 豊島さんと私の指摘の共通点は、個人投資家の「マネーゲーム」が株価を引き上げており、その「バブル」の要因を除去することが、健全な株式市場の発展に寄与するということであった。事実、政府も、そのような規制強化の政策を考えているようだ。

 今後に調整局面があり、その後は「買い」というのが最も印象に残った豊島さんの指摘だった。他方、私は長期持続の買いだ。1950年代に100円未満だった日本の日経株価指数が1989年には4万円近くにまで成長。40年間で400倍。果たしてベトナムではどうか。

 さらに投資信託をベトナムに導入することを提案した。銀行預金の感覚で株式投資できる。株式投資に関心はあるが、マネーゲームのリスクも考慮する。こういった冷静なベトナム人も多数存在すると思われた。私の講演後には、どのようにして投資信託は買えますかという質問があった。もっともっとベトナム人投資家との情報交換ができれば、ベトナムの投資家の意識が理解できる。

 この間、ゼミ学生も講演を聴いてくれた。昨日に仲良くなったベトナム人学生も何人か出席したし、その後は、また自由行動だ。同世代の若者がいれば、すぐに外国にも慣れる。こういう体験を学生に私はしてほしかったのだ。

|

2007年3月27日 (火)

ハノイで河内音頭の大成功

 26日(月)は、ハノイ貿易大学で現地の学生と河内音頭で交流する。今回のベトナム訪問の大きなイベントの一つだ。その成功は以下の写真で明らであろう。Dsc09245  Dsc09232

 このイベントには、ハノイ在住の日本人の方も参加され、総勢で50名になった。学生達は、すぐにうち解けて大学の食堂で一緒に食事し、その後は自由に市内観光をしたようだ。初めての海外旅行であるにもかかわらず、若い人の適応力はすごとい感じた。

 私たち社会人組は、ロータス証券投資ファンド運用管理会社を訪問。その後、私と竹岡さんはビジネスの話をした。竹岡さんは、ロータス社の顧問になっていただいている。

 交流と仕事。充実した1日であった。

|

2007年3月26日 (月)

ハーロン湾の失敗

 ODAで建設されたハーロン湾のバイチャイ橋も見たい。また、ベトナムそして海外旅行も初めての学生に世界文化遺産のハーロン湾を見せてやりたい。こんなことで、昨日・日曜日は1日かけてハーロン湾を訪問した。

 その前に「ホーチミン廟」を表敬訪問した。相変わらずの多数の人々で行列ができていた。若いゼミ学生にとっては、あまり関心は高くなかったようだが、ベトナムに来て1度は訪問したいところだ。もっとも約半数の学生はバスの出発時間に遅れた。個人旅行だから待っていればよいのだが、それを容認すれば、規律がなくなる。この日から毎日ミーティングをすることにした。

Dsc09212  写真は、ハーロン湾の鍾乳洞の島での写真。右端は、宝塚ロータリークラブの永野さん。今年で81歳になられるが、お元気である。流通科学大学のベトナム人留学生のための奨学金の受給について、お世話になった。女子2名は、貿易大学の学生。同大学と流通科学大学の交流学生として来日を希望している。観光業やサービス業の勉強をしたいそうである。ベトナムの貿易大学のレベルといえば、いわゆる偏差値で70以上である。優秀な学生の留学は大歓迎である。

 ハーロン湾での失敗は、船上での昼食をしなかったことだ。これまですべての場合、船上での昼食が常識だったので、そのことを私が確認しなかったのだ。せっかく海辺に来ているのに、なぜ牛肉や鶏肉を食べなければならないのか。初めてのベトナム訪問の社会人の方々やゼミ学生は、それでも喜んでいただいたが、同行していただいている竹岡さん(元サンヨー・ホーム・アプライアンス・ベトナム社長)には申し訳なく、恐縮であった。

 ベトナムで常識は通用しない。それは最近では日本も同様だ。自分で確認することを忘れてはいけない。大きな教訓だ。

|

2007年3月25日 (日)

ベトナム・ハノイからの報告:信じられない出来事

 このブログは、関西空港で書いている。公開は25日(日)。24日からベトナム訪問。学生が12名。現地合流が1名。昨日のブログに関連して言えば、これを機会に大いに「コミュニケーション能力」を鍛えてもらいたい。海外旅行が初めてという学生が多いだけに刺激も強いだろう。

 このように考えていると、関西空港で学生が1名脱落した。信じられない! 航空券の氏名とパスポートの氏名が一致しない学生がいた。これはしかたがない。少なくとも4回は名前をチェックするように学生に伝えている。そこで訂正を申し出た学生もいた。それでも名前を間違っている。これは、信じられないことだ。

 このような場合、発券後だから料金の返済はない。それも何度も念を押している。しかたがないことだ。このような場合、新たに航空券を発行することも可能だそうだが、通常料金になってしまう。この学生は、非常に残念だが、ベトナムに縁がなかったとしか言いようがない。

 最初から驚愕の出来事だ。普通では信じられない。今回の旅行は旅行会社を使用していない。そこから生まれた失敗だ。しかし、自己責任は周知のことだ。出発の前からのトラブル発生。さてこれから、どうなるか。今回は、大変な予感がする。

|

2007年3月24日 (土)

就職活動中の学生に贈る:自分を高く「売る」こと

 ビジネスは単純ではない。その要点は価格交渉だ。ビジネスの醍醐味でもある。いくら欲しいか。いくら払うか。売買交渉は熾烈だが、普通のことだ。ストレスもある。遠慮もある。でも仕事だからと割り切る。

 大学教授は、こういうことに苦手だ。そういう経験がないからだ。また社会からも、そのように見られている。お金を欲しがる教授は、軽蔑されたりする。大学教授は清廉でなければならない。学問=研究のために全身全霊を注ぐ。お金儲けなどは考えてはいけない。他方、お金儲けの経験がないから大学教授は、国税である「科研費」の不正流用などという犯罪を犯す。

 「お金儲け」についての大学教授の対応は、研究対象に依存することだ。経営学の場合、研究対象は企業だ。営利目的の企業を研究するための方法として、書籍・論文を読むだけでよいのかどうか。立派な経営学者は、「経営学」学者ではないか。これは私の大学院生時代に聞かされた名言だ。さすがに最近は、文献学者は減少して、実証分析の学者が増えてきた。しかし後講釈の結果論だ。解剖学。評論家。本当の臨床学になっていないのではないか。

 私の勤務する流通科学大学の建学理念は、「実学」である。実学を追究するために企業経営に自らが関与することに何の遠慮や躊躇がいるものか。そこで最近の私のビジネス経験から、就職活動中の学生にメッセージを贈ろう。こういうことを言えるのも、私の「実学」の成果なのだ。

 冒頭の価格交渉の話に戻れば、就職活動も価格交渉と同じだ。自分の実力に対応した適正価格を80点として、それを300点として企業にアピールする。そのようにすれば、企業は300点を基準にして面接して150点にまで価格を下げてくる。この商談は学生の勝ちだ。これに対して正直に80点という学生がいる。企業は、80点を基準にしてさらに価格を下げようとする。70点と評価されるかもしれない。正直な学生は、実力相応の80点すら評価してもらえない。学生の負けだ。

 80点の学生が300点のアピールをする。これが無謀であると直ちに見破られると、最初から企業は見向きもしない。「不当価格表示」が直ちに分かる店では、だれも買い物しない。店の信用がなくなる。せめて80点の学生は約3倍の240点が上限だろう。そうしておけば、企業は240点から低い価格を考えて評価してくれる。その結果が80点なら、企業の人事担当者の「見る眼」は確かだ。それが100点であれば、それは学生の勝ちだ。

 さらに学生が80点と正直に言って、それを80点と適正評価してくれて、さらに潜在的な能力まで考慮して100点にしてくれる人事担当者もいる。この人事担当は優秀だ。こういう会社は成長するし、成長していると思う。

 「ありのままの自分を見てもらえばよい」というのは、きれい事だ。学生は、できるだけ自分を高く売ればよいのだ。そのような高い志をもつことで、80点の実力が100点に向上することもある。学生は若いから、どんどん成長する。自分は80点と思っても、就職活動が終われば、実力が100点になっていることもある。

 このようなことができるためには、自分の実力を知らなければならない。自分の実力が80点と思っても、客観的には40点かもしれない。それなら120点という価格設定が適当だ。それを250点というのは「不当価格表示」だ。このような意味で、自己分析は重要だ。

 さらに昨日のブログで紹介したように、採用担当者は「能力」を重視している。しかし「能力」なんて見えるはずがない。だから実力80点でも250点という価格を主張できるのだが、他方、能力は見えないので、自分の能力も自分で見えない学生が増えている。

 このような場合、私は学生に多くの人々に自分のことを聞いてみなさいと言っている。親兄弟・親戚・友人・先生・バイト先など多様な人々に対して、「自分はどんな人間か」を質問すればよい。それで自分を判断すればよい。

 成績は目で見える。しかし能力は目で見えない。大学生活では、この能力を上げることを考えればよい。成績向上から能力向上へ。この評価基準の切り替えを理解させることが、大学教員の役割だと思う。大学の成績=偏差値だけ上げればよいというほど単純ではない。

 今日から「ベトナム=スタディツアー」に出発だ。学生達は、何らかの能力を必ず向上させてくれるだろう。これは「遊び」ではない。これは「勉強」だと宣言した旅行だ。このように学生に納得してもらった。今は半信半疑であろうが、帰国後の反応が楽しみだ。明日から時間のある限り、ベトナム現地報告を続けよう。

|

2007年3月23日 (金)

「成績」と「コミュニケーション能力」

 2007年3月22日『朝日新聞』によれば、2008年の主要100社の採用計画の調査が実施され、「就職氷河期から温暖化」という見出しを掲げている。どの企業も採用は「面接重ね人物を見極め」るとしている。

 採用にあたって重視している点で、100社中80社と突出しているのが「コミュニケーション能力」。次点が「行動力」(54社)、そして「熱意」(36社)・「人柄」(33社)と続く。「成績」は何と0社である。

 就職情報サイト『リクナビ』前川編集長は、「コミュニケーション能力が重視されるのは、同じ価値観を持つ人と話すことの多い学生が、異質な価値観を持つ大人の中に入っても十分な意思疎通力があるかを確かめるためと言える」と指摘している。

 それでは大学教員として、どのようにして学生を教育すればよいか? 私は最初に、特に1回生の時に偏差値の呪縛から脱して、学生自身の精神を解放してやることが重要だと思う。大学という自由な環境では、個性を十分に発揮できる。こういう意識を最初にもたせてやる。この解放がなければ、伸びる個性も伸びないように思う。変に「成績」を追求するだけの学生になってしまう。

 高校時代のように勉強の結果としての「成績」ではなく、大学卒業後の就職では各自の「能力」それ自体が問われる。このように考えれば、自己の能力を高めるためには、結果を意識していてはいけない。たとえば、座禅を組む。その結果、精神的に成長したとしても、それだからと言って、目に見える結果は何も残らない。それでも「能力」は高まったのだ。

 最近の学生が「資格取得」に熱心なのは、「成績」重視の価値観からの解放ができていないからだろう。座禅をすることで自己の精神力を高めることが目的なのに、座禅をしたという証明書の取得を目的にするような話だ。

 コミュニケーション能力は、さまざまな人間関係を経験することで養成される。そのためには、個人的には、学生に迎合しないことが重要ではないかと思う。学生の立場になりながら、学生に対して厳しく接することも必要だろう。学生に迎合したコミュニケーションは、あまり「能力」向上に貢献しないのではないか。あまりにも安易だからだ。どのような能力も、それぞれに応じた「障壁」があり、それを超えることで鍛えられると思う。

 自分の家庭で「頑固親父」になれないから、せめて大学でそうなってみるのも悪くない。大学生は、いい迷惑だ。しかし、それを迷惑と思わせないためには、なぜそうするのかを学生に説明して納得させなければならない。今は、こういう説明責任や透明性が重視される時代だ。しばらくは「ちょいワル教授」で行こうと思っていたが、これからは「ちょいワル頑固教授」になってみようか。これもオモロイやないか。

|

2007年3月22日 (木)

週刊誌の奥深さが少し理解できた

 『週刊新潮』3月29日号、35ページに私のラオスについてのコメントが掲載された。東京・新橋駅前で1時間の取材であったが、私のコメント掲載は7行だった。

 大学で『週刊新潮』に掲載されたと同僚の教職員に話せば、多くの反応は「セクハラ事件ですか?」。「ちゃうちゃう。ラオスの金鉱の話や」と言えば、「金を盗んだんですか?」。「NO~~!」。こういう冗談が言える職場は楽しい。

 午後にベトナム株式投資の話をしている時に、この記事の話をすると、「ラオスの金鉱採掘の権利は買えるのですか?」という質問があった。「それは無理です。でも、カンボジアではベトナム国境付近でボーキサイトの鉱脈があり、山全体を買っている中国人がいますよ」なんて答えた。いやはや。この世の中、すべて金儲けなのだ。金儲けの「勝ち組」と「負け組」を区分する境界は何か? その答えは私見では、本人の意欲に尽きる。

 さて新橋駅では、すでに記事ができあがっていて、写真入りで2~3ページの分量の原稿を見せていただいた。それが実際の掲載では、ほんの少し。この事情は、別途に取材のフリー記者がいて、ラオスの記事を出版社に持ち込み、その記事を編集・改訂して掲載する。このような仕組みで週刊誌はできあがるからだと推察される。

 考えてみれば、贅沢な話だ。読み捨てのように扱われる週刊誌であるが、その内容と情報は厳選されている。これを機会に、心して週刊誌を読んでみたい。

|

2007年3月21日 (水)

ベトナムから驚愕の通達:サイゴン証券の新規外国人口座の開設について

 ベトナム政府・国家証券委員会は、ベトナム株式市場の動向について神経をとがらせている。「バブル崩壊」となれば、多くのベトナム人個人投資家から批判を受け、政府の無策が批判される。さらに私見だが、政府幹部が自ら株式投資に関係しているとも想像される。これは、日本でも通常のことであり、特に批判されることではない。資産公開や情報公開が求められることは両国に共通した課題だ。いずれにせよ、ともかく株価維持はベトナム政府にとって至上命題だ。

 ベトナムは、先行する中国の株式市場の動向を注意深く研究していると思われる。「バブル崩壊」を回避しながら、いかに順調に株式市場を発展させるか? このように考えても不思議でない。しかし「バブル崩壊」があるからこそ、過度の株高が沈静化し、その後のさらなる株価上昇が期待できる。その時点で「バブル崩壊」という大事件であるが、それが後日に「調整局面」とみなされる小事になる。これが、これまでの株式市場の一般的な歴史である。

 私と親しくしていただいているベトナム株式投資の「スーパースター」の日本人がおられる。これまでに何度かお目にかかり、ホーチミン市で奥様とも食事をご一緒した。本当の成功者は、自分から成功したとは言わないものだ。何億円も儲かったという成功者に対する羨望や嫉妬は、日本社会では今でも根強く残っているからだ。この「スーパースター」から次のような連絡があった。

 取引先のサイゴン証券から連絡があり、新規の外国人個人投資家の口座開設について料金改定があった。
 ・公開株式仲介:0.5%(従来と変わらず)
 ・口座開設:200米ドル
 ・口座管理料:月額100米ドル(従来は15米ドル。既存口座は25米ドルに改訂)
 ・最初の保証金:10,000米ドル
 ・最低保証金:1,000米ドル

 このスーパースターは「なんぼなんでも、ムチャクチャやおまへんか」と大阪弁で言いながらも、その負担増は、毎月の口座管理料が15ドルから25ドルになっただけである。このようなサイゴン証券の料金改定は何を意味するか? 

 この料金改定の背景には、バブル沈静化のための「行政指導」があったと考えられる。不平が強く表明され難い新規の外国人個人投資家の市場参入を抑制する。このような手法は、これまでにもベトナム政府がよく使用してきた。ただし、この価格改定は合理的でもある。これまでの制度的なリスクの高い状態で口座開設した人と、そのリスクが次第に減少する現状での新規の口座開設する人とでは、その負担料金が相違して当然と考えられるからだ。

 それにしても、毎月100米ドル負担しても利益を上げるためには、かなりの大口投資でなければならない。明らかに小口の外国人の個人投資家の締め出しだ。私見では、個人投資家の過剰な短期売買が株価の「バブル」を発生させた。その抑制のために政府当局は、手始めに外国人投資家の参入障壁を高くしたのである。なお、これはサイゴン証券の個別企業の事例なのか、または一般的な傾向なのか。これについては調査が必要だ。

 要するに、ベトナム政府が歓迎する投資家は長期保有を志向する安定株主だ。短期売買を繰り返す個人投資家は市場の攪乱要因とみなされて非歓迎であるように推察される。そうであるとすれば、これからのベトナムは投資信託の時代だ。銀行預金の代わりに投資信託。個人資産の安定的な成長がベトナム経済に貢献する。これが、ベトナム投資信託のセールスポイントとなるであろう。

 所得格差の拡大が進めば、一般国民の不満が高まるのは当然だ。株式の値上がりによる所得(キャピタルゲイン)の成功談は、一般の人々には大きな不満材料になる。日本でもそうだろう。株式で大儲けした話を聞けば、「アホらして働けるかいな」となる。それでも生活のために黙々と働かざるをえない。これが大多数(ベトナムも日本も)の人々の正直な気持ちではないか。

 このようなことに配慮すれば、ベトナムで投資信託が導入されてもよい。「ビール1本からの株式投資」。少数の富裕層を株主とする株式市場ではなく、一般国民を巻き込んだ株式市場の発展がベトナムでは求められていると思う。そのためには、ベトナム国民向けの投資信託の導入が望ましいと私は考えている。

|

2007年3月20日 (火)

今日は卒業式:教員として考えたこと

 昨年も卒業式の日にブログを書いたが、もう1年が経過した。卒業式の後の「謝恩会」は「忘恩会」というようなことを昨年に書いたことを記憶している。

 今年の「謝恩会」には1年前に卒業したゼミ学生が来ていた。何度か転職を繰り返して、現在の生活が不安定だという。学生時代に期待していた学生なのに、どうしたのだろうと思ったが、私からオセッカイなことはしない。彼は、もう社会人だし、今でも「自分探し」をしているのだ。

 写真は、Photoゼミ学生2名と一緒に。今年の卒業生は、全員で色紙を贈ってくれた。韓国とラオスのゼミ旅行をして国際的な活動をした。韓国では「独立記念館」を訪問し、韓国の雑誌取材を受けたことも印象深い。学内の懸賞論文では、フィンランドの「マリメッコ」ブランドの日本市場の浸透について論文を投稿し、第3席に入賞した。近年では、思い出深い学年であった。

 私自身の「自分探し」を振り返ってみると、修士論文を書き上げた30年近い前のことを思い出す。あまりできのよい論文ではなくて、自分でも落ち込んでいた。論文を12月末に提出して、その直後にネパール旅行に出発した。初めての海外旅行だ。この旅行は気分転換になった。

 しかし帰国しても、やはり論文について自己嫌悪が続いていた。ネパールの自然に触れて、これまでの自分自身を考えた。「狭い世界」だと思った。あまり研究に自分は向いていないのではないかとも思った。もう大学院を辞めようかと悩んだ。そんな時に、当時の神戸大学の二木教授から「科研費」のアルバイトの仕事を依頼された。簡単なデータ集計の仕事だ。修士論文を提出して時間に余裕があるだろうという意味だ。ごく普通の大学院生として先生から接していただいた。二木先生にとって当たり前のことなのだが、大学院を辞めようかと思っている人間にとって、それは嬉しいことだった。もう少し大学院で研究を続けてみようと思った。

 かつて、こんなことがあった。二木教授は私の恩師だ。おそらく先生には、そんな意識はないと思う。普通のことだからだ。しかし時と場合によって、ごく普通に付き合っていただくことに感激することもある。特別に面倒を見てもらわなくてもよい。どんな時でも普通に付き合う。対応や意見に起伏がなく、いつも不動点のように相手に応じる。伝統的な大学教授のひとつの立ち位置のように思う。

 卒業生を送り出すときに、教員として自己のあり方を考える。私は上記の「不動点」のような存在は無理だと思う。自分自身が次々に変化する人間だからだ。卒業生に負けないように進化(=深化)したいと思っている。この意味で私は、変化する人間であり続けたい。何年か後に「先生、まだ新しいことやってますね。昔と変わってないですね」と卒業生から言われたい。日々前進。指導した学生の人生の節目に臨席して、以上のようなことを考えた。

|

2007年3月19日 (月)

さすがに野村證券はすごい:ベトナム投資戦略

 本ブログ(2月13日)でも紹介したように、SCIC(The State Capital Investment Corporation:国家資本投資会社)は、ベトナム国営企業の株式を管理する会社である。

 このベトナム会社と野村ホールディングスが、3月13日に業務提携の覚書を締結したと発表された(『日本経済新聞』2007年3月14日)。この記事の意味は重い。「さすがに野村はすごい」。これが私の印象だ。

 業務提携の目的は、「SCIC傘下のベトナム国営企業の株式新規公開(IPO)などを野村が支援する」(同紙)ことである。つまりベトナム株式市場における株式売買ではなく、ベトナム政府と提携して、国営企業の未公開株式に野村が投資するのである。国営企業の未公開株式を取得することが、現在の「バブル」状態のベトナム株式市場では、最もリスクが小さい投資戦略である。それを野村は見逃さない。さすがだ。

 ベトナム政府は一般に、、企業や資金の規模の大小を評価基準にする。「大きいことは良いことだ」という発想がある。経済的に小国であるベトナムが、大国を羨望することは理解できる。日本の証券業界をリードしてきた野村に対して、さらに「野村ハイフォン工業団地」を先駆的に建設した野村に対して、ベトナム政府が絶大の信頼を寄せないはずがない。上記の業務提携については、このような背景があると思われる。

 現在のベトナム株式市場は「バブル」状態である。株価収益率が平均70倍。個別銘柄では200倍もある。これは異常だ。近い将来の調整局面が不可欠だ。それを経過してから、さらなる成長が見込める。これは一般に容認される将来展望であると思われる。

 そうであるとすれば、当面の投資戦略は株式売却による利益の確定。そして現金保有。たとえ現金保有しても、ドン建てで8%、ドル建てで5%の利回りがある。現金保有しながら合理的な次の投資機会を待つ。このような投資戦略が最善だ。

 しかし、より最善の投資戦略がある。それは未公開株式に投資することだ。企業と直接交渉して未公開株式を譲渡してもらって、安定株主として経営陣を支持する。または、従業員持株会と交渉して、その株式を買い取る。これは、調整局面もしくは「バブル崩壊」の株価下落の影響を受けない最善の投資戦略だ。これに野村は目をつけたのだ。

 私はベトナム政府に望みたい。株式市場が本来の機能を果たすように証券行政を指導することを。この「株式市場の本来の機能」とは、株式の発行市場と流動市場の均衡ある成長によって、企業に対する直接金融を拡大することである。それが結果として企業成長そして経済成長に貢献する。このことには、次のような当面の課題になる。バブル化した株式の流通市場の成長に実物経済の成長が追いつくことである。

 実物経済=モノ作り=生産活動は手間暇かけた営みだ。品質管理・コスト削減・人材育成など面倒な仕事が山積する。これに比べてマネーゲームを通しての「濡れ手に粟」の利益獲得は、簡単で効率的なように思われる。しかし、生産活動=実物経済の成長がなければ、マネーゲームの基盤を浸食する。マネーゲーム自身がマネーゲームの存在基盤を脅かす。この矛盾を、社会主義を目標とするベトナム政府が認識していないはずがない。

 ベトナム株式市場の今後の動向は、上記のマネーゲームに対するベトナム政府の具体的な施策に影響を受けざるをえない。 

|

2007年3月18日 (日)

「ベトナム民営化ファンド5」セミナー:質疑応答から

 先週に続いて、ユナイテッドワールド証券が主催する「ベトナム民営化ファンド5」セミナーで講演した。場所は、東京国際フォーラム・D7ホール。有楽町駅から徒歩1分。熱心な質問が続いた。命の次に大事なお金を投資するのだから、それは当然だ。

 現在のベトナム株式市場は「バブル状態」であるが、大きな値下がりはない。株価が下落すれば、投資ファンドの買いが入るからだ。これは私の見解。私の次に、ユナイテッドワールド証券・執行役員の豊島さんが「しかし近い将来に調整局面の株価暴落がありうる。その時には、一般の個人投資家は大きな損失を被る可能性はあるが、その後は、さらなる格段の成長が見込める」と講演された。この指摘に私も同意する。

 ただし、どの程度の「株価暴落」になるのかが不明だ。ベトナムでは上下5%の株価変動の制限がある。日本で「ストップ高」または「ストップ安」と呼ばれる株価の値幅制限だ。私見では、「ストップ安」が何日も続くという状況は考えられない。株価収益率を始めとする投資指標が合理的な水準に達するまでには、機関投資家=投資ファンドが買い注文を出すと予想されるからだ。この意味で、ベトナム株式市場における「底なしの大暴落」はありえない。

 投資ファンドの売却リスクについても質問があった。これは、投資ファンド設定期間の終了時に株式を円滑に売却・現金化できないリスクだ。ユナイテッドワールド証券の説明によれば、投資ファンド満期終了前の高値での利益確定もありうるし、市況が悪ければ、ファンド期間の延長もするということだ。このようにして確かにリスクは回避される。

 私が補足したことは次のようである。たとえばベトナム最有力のIT会社FPTに投資ファンドが投資し、その資金や経営助言で会社が成長する。それと同時に投資ファンドは安定株主として経営陣を支持する。そして投資ファンドの満期が来た時には、その株式を日本のIT企業に友好的に売却し、その日本企業とFPTはベトナムや日本で新たな事業展開が可能になる。このような投資ファンド売却の理想的なシナリオもありうる。

 この講演会では、あくまでも私はゲストだ。証券会社の立場なら「中長期的な成長機会が訪れています」と言うべき所を、私なら「中長期的に見たら必ず儲かる」と言ってしまう。自分でも慎重に言うべきことは理解していたが、ゲストの私見という気楽さがあった。

 弊社・「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」の立場で私が説明する場合、こういった気楽さは容認されない。「必ず儲かる」という文言は日本では違法だ。この同じ文言をベトナムで使用する場合は容認されるのだろうか。ベトナム証券法の条文や国家証券委員会の規則について確認してみようと思う。

 講演会終了後、何人かの出席者の方々とお話しした。「ベトナムエエでっせ!!」とセールスマンに徹した。まったくベトナムに縁のなかった人々が、株式投資を通してベトナムに関心をもっていただく。日越経済交流センターの立場からは非常に喜ばしいことである。

 超巨大都市・東京の一極集中化を内心では批判しながらも、その魅力を実感した。大学教授・ベトナム投資運用会社顧問・友好団体理事の各立場から、いろいろなことを考えさせられ、同時に勉強になった。こういう機会を提供していただいたユナイテッドワールド証券の皆さまに感謝を申し上げたい。

|

2007年3月17日 (土)

『週刊新潮』からの取材:ラオス経済の現状

 東京に出張中。その時に大学からの携帯電話を受けた。『週刊新潮』の三輪さんがラオス経済について取材したいということだった。本来は電話取材ということだったが、私が偶然に東京にいるために新橋駅の「SL広場」の前で待ち合わせることにした。

 「なぜ、私がラオスなんですか?」と質問すると、やはりインターネットでの情報収集ということだった。ラオス経済についての専門家としては、近畿大学の西澤教授、広島修道大学の豊田教授がおられる。いずれも神戸大学大学院国際協力研究科を退官されてから現職に就かれ、私のラオス滞在中にお世話になった先生だ。さらにアジア経済研究所では山田さんが専門家として活躍されている。鈴鹿国際大学の鈴木先生はラオス経済研究の先駆者だ。東京大学におられた原先生はJICAのラオス経済支援で貢献された。これらの大先輩がおられるのに、本当に私でいいのかなというのが最初の印象だった。

 取材の目的を聞いてみると、ラオスのオキシアナ社について教えてほしいということだった。このオキシアナ社はオーストラリアの会社で、ラオス中部のセポンで金と銅を採掘している。このセポンは、タイのバンコックからベトナムのダナンを結ぶ「東西経済回廊」にあり、ベトナム国境に近い。採掘は、セポンから10㎞ほど離れた場所である。このオキシアナ社について、昨年に私は論文を書いたことがある。さらに、それ以前に次の拙稿で紹介したことがある。「ラオス近況:「砂の国」から「黄金の国」へ(上・下)」『日越経済交流ニュース』日越経済交流センター、2004年4月・5月号。これが注目されたようだ。

 新橋駅前の喫茶店で約1時間に渡って三輪さんとお話した。さらに、たまたまパソコンをもっていたので現地の写真もお見せした。取材を受けるというよりも、喫茶店の片隅での「ミニ講義」だった。さぞかし三輪さんも当惑・辟易されたのではないかと反省している。でもラオスについて話すのは久しぶりだから、ついつい熱が入った。一般には場所も十分に知られていないラオスについて熱心に語るなんて、普通の人からは「変人」扱いされてもしかたがない。厚かましい大阪人の私も少しは自制しているのだ。

 ちょうど今朝、ラオス国立大学経済経営学部のマニソット先生からメールが来た。JICAが支援して設立された「ラオス日本センター」の日本側の所長である鈴木さんが、4年間を超えるラオスの仕事から離任されるので、送別会を開催したということだった。鈴木さんには、私がJICA専門家であった時も、ラオス清掃ボランティア活動の時も本当にお世話になった。このメールを受け取った日に、ラオスについての取材依頼である。こうした偶然が重なるのだから、私とラオスについても、ベトナムと同様に「縁」があるように思われた。

 この記事を掲載した『週刊新潮』は3月22日(木)に発売。どうのような記事になっているかご覧下さい。私も大いに関心がある。取材される方は、材料を提供するだけ。その後はお任せ。新聞や雑誌の文章は、そういう性格のものだ。すべての記事の内容について、取材先に確認を取っていたのでは時間がかかるし、逆に新聞社・雑誌社側が内容に責任を持てない。

 最近の私の「実学」の対象である投資ファンドも同様だ。どの株式や債券を売買するかは、運用担当者が責任をもって判断するのであって、投資家が口を出すものではない。責任の所在を明確にするためにも、任せたからには、すべてを任せる。

 以上のような責任の明確化は、大学教育でも効果的かもしれない。手取り足取り指導するのではなく、学生に任せて、その結果の責任を学生に実感させる。その責任を自覚させ、その評価や反省を十分にする。このようなアフターケアに配慮した指導が、「実学」教育には必要であるように思われる。このようにラオスを通しても、いろいろな事柄を考えさせられる。今日はラオスに感謝である。

|

2007年3月16日 (金)

「グローバルビジネス・投資環境セミナー」の開催:インド・タイ・ベトナムの比較検討

 表題のセミナーが、大阪府・社団法人大阪国際ビジネス進行協会(IBO)・日本貿易振興機構(JETRO)大阪本部・国際協力銀行(JBIC)大阪支店・日本政策投資銀行関西支店・中小企業基盤整備機構近畿支部の主催によって、シティプラザ大阪で開催された。

 第1部は、中国・欧州のビジネス環境。第2部は、チャイナプラス1の投資環境。私は、第2部においてベトナムの報告を担当した。コーディネーターは、日本政策投資銀行の山本貴之氏(シンガポール事務所首席駐在員)。タイの担当は、中矢一虎氏(中小企業基盤整備機構・国際化支援アドバイザー、IBO貿易投資相談員)、インドの担当は、西山征夫氏(同機構・国際化支援アドバイザー)であった。

 「中国プラス1」について、中国を生産基地と見れば、それはベトナムだが、中国を販売市場とみれば、中国の次はインドになるという山本氏の指摘があった。そのインドについて西山氏は、世界トップの優秀なIT人材の存在を強調され、さらに財閥企業やIT巨大企業の実力を紹介された。すでにインドは経済的に強大な力をもっている。この意味でインドは、日本から見れば、地理的に近い中国の次の国と認識されるが、実際には中国と肩を並べる大国である。「中国プラス1」という表現は、インドには当てはまらないと西山氏が話されていたが、これに私も同感である。

 タイは、すでに成熟した自動車部品産業の集積ができあがっているという中矢氏の報告も印象深かった。中国広州でも自動車部品が生産され、それは供給過剰となっている。そうなれば、ベトナムの自動車産業は、中国広州とさらにタイの双方から原材料部品を陸路で受け入れることができる。このような状況でベトナム自動車産業の「すそ野産業」の育成は可能なのであろうか。WTO加盟後のベトナムは国内生産の優遇策も次第に解消されるから、自動車部品については自国生産よりも輸入が安価であると思われる。

 このような状況下において、ベトナムの進路は何か。これが重要な問題だ。インドにおける英語ができるIT人材に対して、ベトナムでは日本語ができるIT人材。中国広州やタイにおける自動車部品産業の発展に対して、ベトナムではエンジン生産や高付加価値の自動車部品生産に特化。このような差別化戦略がベトナムには必要であろう。

 私は、ベトナム人と日本人の国民性や政治体制の類似性を指摘した。したがって日本企業にとって投資環境は良好という趣旨だ。ベトナムの国民性は、いわゆる儒教文化圏であり、日本人の勤勉さに似た気質をもっている。次の政治体制の類似性というのは、普通では理解されない指摘であろう。これは、自由民主党とベトナム共産党の体質が似ているという意味である。それぞれの党の思想や理念が異なるのは当然だが、その政権維持のための執念は同じである。それぞれの政治姿勢や政策の柔軟性・包容力・強靱性は共通していると私は思う。

 これまで自民党政権が長期に維持された理由は、「すべての不満や問題点を経済成長が潤す」という基本姿勢であると同時に、多様で広範な国民の意見を吸い上げてきたことだと思われる。これはベトナム共産党も同様であるように私は感じる。それだからこそ政権は安定し、それだからこそ経済成長に専念できるのである。

 インド・タイ・ベトナムの比較がもっとできれば、さらに興味深い討論になったと思うが、その時間が十分でなかった。これが残念である。時間無制限の徹底討論。次回のセミナーは、こういう大胆な企画がオモロイで。

 

|

2007年3月15日 (木)

ハノイで河内音頭:練習の日

 ハノイ=河内。ベトナムの首都ハノイを漢字で書けば「河内」。この簡単な発想から、ハノイに河内音頭を普及させようというアイデアが、日本ベトナム友好協会の理事である小松みゆきさんから今年の初めに提案された。「先生、河内音頭の踊り方のビデオを次に来るときに持ってきてよ」。「よっしゃ、よっしゃ」と新潟県出身の小松さんに合わせて、かつての宰相に似せた「だみ声」で応対した。

070315_16100001  昨年末に流通科学大学と貿易大学の間で大学協定が締結された。それを記念して、この3月に学生交流する計画があった。そこに小松さんの提案もあり、それなら河内音頭で学生交流しようということになった。もちろん大学生の交流だから、踊りだけでは情けない。そこでホーチミン市の貿易大学分校ではコンビニエンスストアの市場調査をすることにした。文化交流と学術交流。まさに理想の大学交流だ---自画自賛の自己満足---。

 さて写真の中央は、河内音頭担当リーダーの大垣くん。はっぴは、八尾市の河内音頭の会の方々から頂戴した。短時間で踊りをマスターして、ほかの学生に指導する才能には感心した。左は松田くん、右は足立くん。

 大垣くんを始めとする学生4名が、3月4日に八尾市で開催された「河内音頭」の会に飛び入りで仲間に入れていただいて、丁寧に厳しく踊りを指導していただいた。これらの参加学生は、ほとんど踊り方をマスターした。この学生を中心にして、最初に踊り方のビデオを全員で見て、次に一人一人の足の動きと手の動きがチェックされた。最後は、参加の10数名の学生が輪になって踊った。このような活気は、なかなか通常のゼミでは見られない。070315_16090002これからは「踊るゼミ」と称して、ゼミの始めに全員で河内音頭を踊って、盛り上がってから討論を始める。こら、オモロイ。なお今日の練習には、ベトナム旅行に一緒に参加される社会人の中谷さんも参加。若い学生に混じって楽しそうに踊られた。

 おそらくベトナム人にも河内音頭は受け入れられるだろうし、次第にハノイで河内音頭が普及していくような予感がした。そのリズムと情念もしくは哀愁はベトナム人にも共通すると思う。学生たちの努力と情熱に敬意を表したい。また、来年以降も継続するための企画を今から私は考えなければならない。こういう活動は、継続しなければ意味がないのだ。

 上の写真は、一人一人のステップの練習。「先生も練習して」という学生の要望は丁重にお断りした。学生主体の活動だ。あくまでも私はサポーター。サポーターがサッカー場に乱入してはいけない。

|

2007年3月14日 (水)

ベトナム「ノーロードファンド」に対する疑問:再考

 「民営化ファンド5」について東京で講演した後に、ある知人から次のような質問があった。
 「ユナイテッドワールド証券の募集する「ベトナム民営化ファンド5」と、やはり同じくベトナム株式投資する「ノーロードファンド」の相違は何ですか? 同じような仕組みだと思うのですが---」。
 
 ☆ 民営化ファンド・・・http://www2.uwg.co.jp/vietnam/02_outline.html
 ☆ ノーロードファンド・・・http://www.gladv.co.jp/gli/noload/index.html 

 両者は、同じように「匿名組合」(商法第535条)によって日本で投資資金を集めて、それを主にベトナム株式に投資する。どこが違うのだろうか。

 以前に私は、「ノーロードファンド」が「出資法」違反でないかと疑問をもったが、商法の下での「匿名組合」であるから問題ないということである。しかし今回の知人の質問で、改めて両者を比較してみると、その決定的な相違は投資運用の体制の信頼性である。

 まずユナイテッドワールド証券は、金融庁の認可を受けた証券会社。金融庁の厳しい規制と監査・指導を受けるし、不祥事に対して罰則もある。これに対してノーロードファンドのグローバルリンク社は財務局に登録する投資顧問会社である。認可と登録では、会社としての信用度が違う。

 次に、ユナイテッドワールド社の「民営化ファンド」は、ベトナム国内の投資運用を「インドチャイナキャピタル社グループ」に委託している。このインドチャイナキャピタル社は、投資ファンド運用会社であり、国家証券委員会(SSC)から認可を受けている。したがって運用体制について委員会から検査を受け、違法取引には罰則もある。法定の最低資本金も必要だ。それに今までの運用実績の記録をもっている。

 これに対して「ノーロードファンド」は、現地で認可された運用管理会社と契約していない。新たに設立した英国領ヴァージン諸島の会社(資本金100ドル)に日本で集めた資金を投資し、この会社が投資運用することになっている。この会社に対してベトナムの顧問会社が助言する。しかし投資の実績は皆無だ。本当に投資運用できるのかどうかは不明だ。そういう状況で、資金の公募ができるのであろうか。

 通常は「倒産隔離」といって、もしファンド募集会社が倒産したとしても、投資家の財産は預託(カストーディアン)銀行が保管しているために安全である。ノーロードファンドの仕組みの中に、このような預託銀行が含まれているのだろうか。また、ベトナム株式運用について何ら実績のない会社に対して、預託銀行は責任がもてるのであろうか。預託銀行は、自らの責任を果たすために、運用実績のない会社については最初は「私募」を勧めている。

 以上が、知人からの質問を契機にして考えた私の新たな疑問だ。これについてベトナム証 券法や国家証券委員会の見解などを調査してみようと思う。このような複雑な問題は、あたかもMBAコースのファイナンス関係の「ケースメソッド」で採用されても不思議でない事例だ。まさに「実学」である。

 ベトナムでは一般に、このような証券分野に限らず、法整備が遅延している。以前には「法律の生産性が低い」という日本人専門家の指摘もあった。したがって法的に曖昧な部分が多々ある。それでもベトナム政府はWTO加盟に向けて大量の法律を懸命に制定してきた。この努力は高く評価されなければならない。

 現在のベトナムの法律が未整備だからと言って、外国人が何をしてもよいということにはならない。特に日本は、ベトナムにおけるODA(政府開発支援)資金の最大の投入国であり、法整備も支援の内容に含まれている。法整備を支援している国の企業が、卑しくも法の盲点を突くことは自粛すべきである。何のために日本は国税を使用してベトナムの法整備を支援しているのか? 自らが自己の行動を規制・統制することが、先進国としての日本企業および日本人の矜恃(=社会的責任と言ってもよい)ではないのか? 

|

2007年3月13日 (火)

本気になってベトナム直接投資する(2):まず人間関係を作らなあかん!

 何の紹介もなくて、ただベトナム行って仕事するのは無理やな。ワテの知ってるベトナム人は1994年に紹介してもろたハウさんが最初や。その時に小学生やった娘さんは大学に行って、就職して今年初めに結婚したわ。長いつき合いや。その場に何人かベトナム人がおったけど、いろいろ偶然が重なって、今でもハウさんと関係が続いてる。親友や。

 その後の1998年にベトナムに行ったら、ハウさんは仕事を変わっとってん。連絡できへん。この時、ハウさんを知ってるベトナム人に偶然におう(会う)て連絡できてん。関係が続くのは偶然や。これを「縁」と言うんやろな。そやけど、こっちが何もせんかったら、「縁」はできへんな。自分から「縁」は作るもんや。でも、相手と会えんかったらアカンな。「縁」がなかったんや

 仕事の基本は人間関係や。それを上手く作らな仕事はできへん。日本でもそうやろ。人間関係を作るために、わざわざプライベートな時間に、ご飯食べたりしてるんや。これは日本のビジネスの常識やけど、ベトナムでも同(おんな)じや。一緒にメシ食(く)わなあかん。アメリカでもホームパーティやいうて、家族同志で一緒にメシ食(く)うとるんとちゃうか。ベトナム行ったら、ベトナム人と食事せなあかん。日本料理店で日本料理ばっかり食べてたんでは、ベトナムで仕事できへんな。

 そやけど外国人と食事するのは気遣うで。ベトナム語もようわからんし、自分だけ取り残された気もするわ。それでも何か気の利いた冗談でも言うて、ベトナム人を笑わすことを考えんねん。ホンマに疲れるわ。そやけど、これが人間関係を作るのに重要や。何もオモロイこと思いつかんかったら、「一気飲み」の乾杯でウケ狙いや。ホンマに疲れる。でも、それでエエねん。それも仕事やんか。外国人を笑わすなんて大変なことやで。

 人間関係ができたら、そのベトナム人がまた別のベトナム人を紹介してくれる場面がでてくるわ。人間関係は広がっていくわ。ビジネス情報も拡大していくわ。これはベトナムも日本も同じや。本気になって直接投資するんやったら、コスト削減も原材料調達も生産技術も大事やけど、人間関係が最も重要やで。

 今までの人間関係づくりは、社外の話やけど、社内も同じや。一般のオペレーター(=ワーカー)はベトナム語しか話せへん。そんな従業員とも一緒にメシ食うたらええねん。少なくとも、工場ではニコッと笑って挨拶せな。「コイツら、何考えてんねん?」というような難しい顔しとったらアカン。一般の従業員とも人間関係を作る努力が必要や。信頼関係が大切や。それができる日本人管理職の会社は、労働争議も起こらへんと思うで。

 ⇒「ベトナムにおける日系企業・韓国系企業・国営企業の経営実態に関する比較研究」(科学研究費補助金・課題番号12430028、2000~2001年)」の成果によれば、ベトナム人の一般労働者は必ずしも金銭的な欲求だけで働いているのではない。「働きがい」や「その会社で働くことの誇り」を多数が重視している。賃金は安く働きがいもない。ベトナムのみならず、日本でも従業員は怒って当然だ。

 ベトナム直接投資のポイントは、真剣にベトナムとベトナム人に向き合うことや。会社から派遣されて、3年とか4年で日本に帰るので、ベトナムでは適当にしとこ。うまいこと儲かることだけ考えとったらエエわ。ベトナム人スタッフを雇うんでも、会社のためよりも自分の好みで適当にしとこ。人間関係は気楽が一番や。これでは、ベトナム行っても成功せえへんと思うで。

 1994年前後の第1次ベトナム投資ブームの頃の日系企業の人々は、今でも当時のベトナム人と関係が続いて、私費でも何回かベトナムに行ったはる。日本より以上にベトナムやベトナム人と真剣に向き合ったら、それは生涯の想い出や。ベトナムに対する郷愁。この気持ち、よ~うわかるわ。

 これからベトナム投資する人は、こういう人々が道を開拓してくれたから、すごい楽できんねんで。1994年頃のハノイの日本料理店は、3店とか4店やった。トヨタ自動車の知人が家族で、細々と「しゃぶしゃぶ」を「らん」(今は閉店)で食べてた風景を今でも覚えてるわ。その頃は「弁慶」も「紀伊」も「ととや」もなかってんで。もちろんゴルフ場なんてあるかいな。

 ベトナムでビジネスして成功する要点は、本気になってベトナムと付き合うことや。それに尽きるで。

|

2007年3月12日 (月)

本気になってベトナム直接投資する(1):大阪弁でホンネを話す!

 最近、ベトナム投資の話をすることが多くなった。次は、16日にシティプラザ大阪で大阪府・大阪国際ビジネス振興協会(IBO)主催のセミナー、18日は東京の国際フォーラムでユナイテッドワールド証券主催の株式投資セミナー、27日はハノイのVJCCでJICA主催の株式セミナー。最後は、ベトナム人向けだが、それ以外は日本人向けである。

 こういうセミナーは参加者が多様であるために、話す内容も一般的で無難になる。いろいろな人が聞いていると想定して、あまりホンネが言えない。しかも標準語で話すとなると、なかなかホンネが言えない。より有用なベトナム情報は、大学のゼミ形式の少人数のセミナーで交換することが望ましい。それにホンネは大阪弁や。ということで、以下ではホンネの直接投資の留意点について、久しぶりに大阪弁で話そか。

 (1)ベトナム直接投資となると、まずベトナム視察や。個人的な紹介や「投資ミッション」といったグループでの訪問になる。だいたいベトナム人のエライ人にも表敬訪問するように日程が設定されていて、場合によっては一緒に記念撮影して帰ってくる。日本大使館に行って大使や公使に会いたいという人もいたりする。このパターンは、ちょっと古いベトナム視察や。本気でビジネスするなら、その後に個人で行かな。

 (2)個人で行って、真剣にベトナム投資を考えるなら、寸暇を惜しんでベトナム企業や日系企業を訪問するやろ。観光なんて関心もない。ワテは、この熱心な姿勢を評価するけど、観光も値打ちあるで。ただし景色を見るだけではアカン。できるだけ観光地で人間を見るようにするねん。ベトナム人がどんな行動して、何を食べて、どのように家族に接しているか。カメラを持っとるか、どんな服装か。子どもを親は叱ってるか。こんなことに注目・観察して、ベトナム社会に慣れることが必要や。

 (3)こういうベトナム人に対する理解の努力を省略したビジネスは、あんまり成功せえへんと思うで。ベトナムで金儲けだけ考えてる人は、ベトナム人からも、そんなふうに思われてるということや。ベトナム人の人間判断力は日本人よりも鋭いかもしれへん。ベトナム人に真剣に向かい合うことが大切や。その気持ちは、ベトナム人にも伝わるで。それが人間というものや。

 (4)日本や中国などで儲かっていて、ベトナムで試しにやってみよかという人もいはる。こういう人は仕事1日、それ以外は観光とゴルフという場合が多いで。こういう人は日本からグループで来はることが多い。日本人同士でゴルフする。それでエエねんけど、もっと仕事せな、そのベトナム訪問企業を紹介した日本人やベトナム人はたまらんな。訪問先を紹介した日本人はベトナムに一生かけるような人もおる。そのベトナムやベトナム人を軽く扱われたら、そら嫌になるな。紹介や案内の謝金を払ったら、それでよいという問題ではないで。ベトナムに行こうと思うなら、もっと真剣にならな。

 以上、ベトナム直接投資についての経営姿勢の問題や。ベトナムに対する「志し」の有無の問題や。ベトナムで変なコトしたら、それはその会社が変なコトしたというだけでなく、日本人が変なコトしたと言われる。この気持ちを持つことが重要や。ベトナム人従業員に暴言を吐いたら、それは日本人がベトナム人に暴言ということになって、ベトナムで「口コミ」で広がる。今までのベトナム在住の日本人がエエ人多かったから、余計に目立つねんで。外国投資や外国ビジネスには、日本を代表するという責任が必要やねん。これを自覚せな。

|

2007年3月11日 (日)

ベトナム民営化ファンド5セミナー開催:ベトナム株式市場は「バブル」か?

 3月10日(土)に東京・大手町KDDIホールで「ベトナム民営化ファンド5セミナー」が、ユナイテッドワールド証券の主催で開催された。私は特別講師として講演したが、何人かの方々との出会いがあって感激であった。

 このブログを通して知り合った2名の方々。それに今まで電話だけでしかお話したことがなかったお一人。これらの方々がご出席下さり、お互いに名刺交換させていただいた。恐縮と感激であった。これも「ベトナム」というキーワードに基づく「ご縁」である。

 私は、ユナイテッドワールド証券の林会長のバイタリティに敬服しているし、その人柄も好きだ。同じ関西人の空気を感じる。次から次に新興投資市場を開拓する意欲は、まるで探検家を彷彿させる。大学の研究活動でも、果たして成果がでるかどうか不確実な新しい領域に挑戦する冒険的な研究者が必要だ。このような気質をもった研究者がいるからこそ、学問は進歩してきたのだと思う。

 さて、昨日のセミナーのポイントは、ベトナム株式市場が「バブル」かどうかであった。バブル状態なら、今後の高い投資利回りは期待できないことになる。私見では、バブル状態だが、大きなバブル崩壊はありえない。なぜなら株価は需給関係で決定し、まだまだ需要は増加するからだ。

 外国投資ファンドは長期保有の戦略であり、今後の3年~5年は安定株主である。たとえ現状を「バブル」とみなして利益確定しても、その資金は割安株に対して「買い」に向かって、さらに長期保有となる。このような状況下で結局は「浮動株」が少なくなる。

 浮動株が少数であり、その株式に対して個人投資家が売買を繰り返せば、株価が上昇する。ベトナム株式市場の「バブル」は、この状態であると私は思う。株式市場における適正な株価形成の機能を果たしていないとみなされるが、それも全体として市場機構が機能した結果であるからしかたがない。

 このことは、日本の株式市場における「株式持ち合い」の状況と同じである。株式持ち合い株は安定株主として浮動株を減少させる。したがって日本の株価は割高に評価されてきた。株式持ち合いによって、一方の企業の株価が下がっても売らないのだから、株価は下げ止まる。

 ただ株式持ち合いと投資ファンドには、株式所有の目的に相違がある。前者は、「乗っ取り」を防ぐという経営的な判断の結果であるが、後者は、利益最大化が目標である。この意味で、投資ファンドは「安定株主」ではありえない。私は何度が指摘したが、投資ファンドの株式売却が円滑に進むことが重要なのだ。その「受け皿」となるような国内外の企業が存在しなくてはならない。または個人投資家が拡大していなければならない。

 以上の「受け皿」が存在しない場合、まさに「バブル崩壊」である。このような事態を想定して、投資ファンドの「目論見書」には売却期限が延長できる条文が含まれている。これは的確な投資方針だ。また、こういったバブル崩壊を防止するためには、かつての日本のPKO(価格維持操作)政策と同様に、ベトナム政府が株式取得することがあってもよい。この価格は交渉可能だろう。

 日本のPKOは、より自由な市場経済を標榜する限り、批判されて当然であるが、ベトナム政府のPKOは、同国が社会主義を目標としている限り、国民経済における国家所有の増大を意味するから、当然とも考えられる。以前に紹介したSCIC(The State Capital Investment Corporation:国家資本投資会社)が、この役割を担うことが適当であろう。このようなPKO体制ができれば、外国投資ファンドは安泰であるし、さらなる投資資金が増加し、ベトナム経済の順調な発展が期待できる。このための前提条件は、十分なPKO政策を政府が採用できるだけの外貨準備の存在である。

 このような意見も、機会があれば、ベトナム政府に提案してみようと思う。いろいろなことを考えさせてくれるという意味で、こういったセミナーの講演はありがたい。通常の大学の講義で、こういった話をすることは皆無に近い。余りにも専門的・特殊的な話題だからである。 

|

2007年3月10日 (土)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(4):順調に進行する国有企業の株式会社化

 「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」に新しく企業アナリストのトアン(TUAN)氏が入社した。前職は貿易大学の経済学の教員であり、日本語も堪能である。私見では、これだけの逸材を現地の日系企業は絶対に欲しがる。もっともロータス社も日系企業なのだが、会長はソンさん、社長はタイさん。私は顧問に過ぎない。ベトナムのことはベトナム人に任せる方針だ。

 このトアンさんからレポートが送られてきた。本日10日に大手町KDDIホールで開催されるユナイテッドワールド証券が主催する「ベトナム民営化ファンド5セミナー」における私の講演の参考にという趣旨だ。貿易大学の日本語の先生だったチャンさんに加えて、トアンさんの入社によって、こういったレポートや最新ニュースを今後より頻繁に提供できる。

 レポート全体は、ベトナム経済全体の発展動向を紹介しているが、以下では、最初の序文の引用文と国営企業の株式会社化の動向を抜粋・要約する。

 「ベトナムにおける経済成長・政治改革そして資本市場の発展の速度は、今や注目を集めている。アジアにおいて新興の最後の未開拓市場のひとつとして、ベトナムは10年間買いとみなされている。ベトナムは地域モデルポートフォリオの3%に今や達している」(メリルリンチ証券、調査レポート、2006年2月2日)。

 「ベトナムは、次の5年の中国・インドと同様の経済成長を達成するだろう。これまで、ベトナム株式市場を観察した機関投資家は、余りにも小規模で非流動的と判断してきた。しかし、それが変化した。投資家は試してみる時だ」(HSBC(香港上海銀行)Global Research、2006年9月1日)。

 「ベトナムは東南アジアの新しい台風の目だ」(Moh Siong Sim、Citigroup Global Markets Inc.2006年9月27日)。

 ベトナムに対する評価が昨年から以上のように高まっている。それに対して当然、外国資本の流入が始まり、ベトナム株価指数は昨年に比べて2.5倍程度の値上がりとなっている。最近では、これが「バブル」ではないかという懸念が提起されている。株価収益率が200倍を超える銘柄(PVD)も出てくるのだから、「バブル」警戒は当然の観点である。

 上海市場を発端とした世界的な株価下落にベトナムも影響を受けたが、現在は回復傾向である。この下落の理由は、私見では個人投資家の「狼狽売り」である。その後の値下がりの時点で機関投資家(=外国投資ファンド)は余剰資金で買いを入れているから、株価は反発したとみなされる。このように機関投資家は現金を大量保有しており、買いの機会を注視している。

 日本においてもベトナム投資ファンドの募集は継続しているから、ますます現金はベトナム投資に向かう。この現金が直ちに株式投資に向かえば、ますます株価上昇=「バブル」は過熱する。しかし実際はそうならない。機関投資家は、投資先を冷静に判断しているから、当面は現金で保有することになる。

 このような現金が投資される対象は、バブル状態にある高値の上場株式ではなく、新規上場企業であれば最善だ。なぜなら、予想されるバブル崩壊の時期を先延ばしすることになるからだ。このように機関投資家も政府も考えている。そこで、民間企業の上場促進と同時に、国有企業の株式会社化⇒株式公開(IPO)⇒店頭市場売買⇒株式上場という過程が加速されることになる。

 下表は、完全国有企業の改革の動向を示している。
「VNREFORM.doc」をダウンロード

 この表は、国有企業の株式会社化が加速度的に増加していることを明示している。また清算・破産も増加傾向を示す。このことは、国営企業改革の進展を意味する。株式会社となった国営企業は、資金調達コストが下がり、それだけそれよりもでも新たな設備投資の導入などに効果をもつ。それよりも膨大な創業者利得が国庫に入ることになる。政府財政の改善に貢献する。

 添付表に加えて次のような国有企業の再編事例がある。たとえば2005年に国有企業ハイハは、日本の菓子メーカーであるコトブキ(本社:尼崎市)との合弁会社ハイハコトブキの株式を国有タバコ企業ビナタバに売却した。それだけでなく、コトブキ所有株式の一部もビナタバは取得した。これは国有企業内の企業再編である。以上、ハイハコトブキについて、日本からベトナムに経営権が移動し、さらにベトナム側の内部でもハイハからビナタバに経営権が譲渡されたことを意味する。

 本年度は、ベトナム航空や携帯電話のビナフォン・モビフォンなどの株式公開の予定がある。これらの大型株式の上場によって、外国投資ファンドの余剰現金の「受け皿」になる。このことは、株価上昇を伴わないで株式市場の規模が拡大することを意味する。さらに民間企業の上場が続けば、「バブル」を肥大化させずに膨大な投資資金を吸収できる。その間に、既存の上場企業の利益が上昇・好転すれば、株価収益率も下落し、「バブル」状態か沈静化される。

 このようにベトナム株式市場のバブル崩壊は、いずれ到来すると予想されるが、その時期は先延ばしされると考えられる。

|

2007年3月 9日 (金)

ベトナムから帰国して:ビジネス嗅覚の養成

 最近になって私は痛感するが、ビジネスで重要な「商機を見る眼」は真剣勝負の緊張感から養成される。私は、30年以上も経営学・経済学を学んできた。論文執筆や内外の学会発表において真剣勝負や緊張感は経験したが、現実の企業を見る眼については、それほどではなかった。今から思えば、やはり私自身の緊張感が欠如していた。企業を研究する単なる大学の先生にすぎなかった。

 親しいベトナム企業の日本人経営者から以前に「本音」を聞いたことがある。「大学の先生から企業訪問の依頼があると、ああ、またかと思う。緊張する」。この経営者の気持ちは理解できる。訪問者に対して同じように進出の経緯や問題点を話す。相手は大学の先生だから、その背後の大学生の存在も意識しなければならない。さらに、それなりの鋭い質問もあって緊張する。しかしビジネスには直接に結びつかない。私なら「うっとうしい」と思う訪問者だ。私の場合、こういう最初の手順は省略できる。私には、すでにベトナム進出を果たした経営者の側面がある。

 昨年から自分で会社設立し、多くの人々からの資金を預かるようになると、ビジネスに対する緊張感や嗅覚が格段に上昇したように思う。そうしなければ、自分の会社を維持・成長させることができないではないか。この緊張感や嗅覚は、本当に必要に迫られて向上するが、その前提として一定の基礎知識や経験も必要だと思う。最近の私は、やや大げさに言えば、長く眠ってきた「ビジネス嗅覚の覚醒」を意識している。注:勘違いかもしれない---!!

 このように考えれば、一般の企業の従業員として長く働いていても、会社の指示の下での仕事として仕事していては、この緊張感や嗅覚が養成されない。この状態では会社全体として、人材育成ができていないことになる。私は、従業員に大幅に権限委譲して、それに応じた成果報酬を提供する企業が成功すると思う。権限委譲しないで、成果報酬だけの評価システムでは、やる気が継続しないだろうし、長期的に見て「ビジネス嗅覚」が養成されない。

 おそらく以上の話は、経営管理論や経営組織論の中ですでに議論されているに違いない。そういった最近の文献を私は渉猟していないが、私は体験的に以上を確信をもって主張できる。念のために言えば、私の専門は経営学の中でも「企業論」である。株式会社制度・企業統治・企業支配・社会的責任などが私の研究対象だ。この研究は、まさにベトナムで実践的に現在進行中である。

 今日は、ベトナムを舞台にした「実学」の話だ。さらに追究したいと思う。

|

2007年3月 8日 (木)

ベトナム帰国後に教授会と学生相談

 早朝に帰国し、帰宅後に大学に向かった。「ゼミ活性化タスクフォース」と「教授会」があった。このために出張を短縮したのだ。さらに携帯電話のメールを見ると、ゼミ学生のQくんから就職の相談だ。そこで大学で彼に会うことにした。

 就職を控えた学生は、大学入試の時よりも不安になる。大学と自分についての偏差値という評価基準が存在しないからだ。自己分析に模範的な解答は存在しない。また企業分析も、自分にとっての企業を分析しなければならない。優良企業という世間の評判があっても、その企業は自分に合わないかもしれない。

 このように考えれば、大学生になって、できるだけ早く偏差値順位のトラウマから開放されることが重要だろう。トラウマから解放された段階から、自分自身の個性を自由に伸ばしていけばよい。このような舞台を提供するのが大学であるのに、「偏差値の低い大学」というコンプレックスや不安から抜け出せないでいる学生も一般に多いようだ。

 確かに流通科学大学の偏差値は低いが、あの「天下の中内」が作った大学ではないか。私も、その中内功の薫陶を受けた人間だ。少しばかりの「DNA」は受け継いでいる。中内のDNAのひとつに、自信をもって、どんなことでも前向きにプラス志向で考えることがある。晩年の中内は、いろいろ苦悩はあったと思うが、われわれ教員には元気に振る舞った。

 そのダイエーがイオンの事実上の傘下に入るという報道が今日あった。たとえダイエーの名前がなくなっても、中内功の名前は歴史に残るし、その功績の評価は不変だ。私は最近、あえて自分の名刺に「学校法人中内学園」と印刷することにした。「中内」は、良きにつけ悪しきにつけ「ブランド」であることに変わりないからだ。

 学生には、中内ブランドに自信をもってほしい。そして就職先の企業を考える場合も、前向きにプラス志向でその企業を見る。相手の良いところを見つける。そして自分の良い部分を強調する。お互いの良い所が相互に理解されれば、相思相愛になるかもしれない。成功する就職のためのひとつの類型だ。

|

2007年3月 7日 (水)

タンソンニャット空港から

 帰国前のホーチミン市の空港からの報告だ。午前中は貿易大学とVJCC(日本センター)を訪問。その後は企業2社で話を聞いて今日は終わり。疲れた。

 WTO加盟について言えば、企業競争の激化が予想されることが多い。さらに今日は日系企業の人材不足の懸念が指摘された。日系企業と欧米企業の給与が2倍程度の格差がある。つまり日系企業は安すぎるのだ。終身雇用で給与は次第に上昇するというが、それは日本の理屈だ。ベトナムで通用するのだろうか。

 以上、いろいろ考えなければならない点を仕入れてきた。では、搭乗である。

 

|

2007年3月 6日 (火)

ハノイからホーチミン市:多忙

 ベトナム航空の出発遅延のために、夕方の予定だったホーチミン市の企業訪問ができなくなった。私も多忙なのだが、この会社の社長も多忙で次の予定は木曜日という。そうなれば私が帰国だ。そこで秘書に頼んで、何とか明日に予定を入れてもらった。

 夕食は、地元の「田舎料理」の店に行った。外国人は見かけないような珍味の店だ。ビールは、コップでなくて「お椀」で飲む。また薬用酒を飲んだが、これも美味しい。いわゆる「養命酒」のような味だ。ラオスにも同様の酒がある。さらに「トカゲ料理」を食べた。全体として鶏肉のようで味も悪くないが、肉の量が少ない。私は「尻尾」も食べてみたが、だんだん太くなると、さすがに硬かった。

 その後は馴染みのフットマッサージの店に行ったが、そこで寝てしまって、ホテルに帰っても、服のままでダウンした。さすがに疲れた。

 明日7日は、貿易大学と企業訪問3社である。これは、翌日7日の早朝に書いている。

 

|

2007年3月 5日 (月)

多忙な1日:日本では「信じられない!」

 朝から何人の人と話しただろうか。18人。そのなかでベトナム人12人、日本人6人。電話での会話を含めると、それぞれプラス3名と1名になる。ランチミーティングとディナーミーティングが続いた。ホテルを午前8時30分に出て、部屋に帰ったのは午後11時に近かった。こんな動きをしていたら、おそらく日本なら私は寝込んでしまうと思う。自動車移動で便利なハノイだからこそ可能だ。

 貿易大学と日本センター(VJCC)を訪問して、3月26日と27日の「河内音頭」と「株式投資セミナー」の打ち合わせをした。また、国際交流基金で日本に留学する直前のタム先生にVJCCで会えた。彼女は親しいつき合いだからこそ、比較的遠慮なく、ベトナム人との考え方やつき合い方法などを私に注意してくれる。貴重な友人だ。

 また貿易大学では、国際交流部長のミン先生と話していると、わざわざチャウ学長やギャー経営学部長が挨拶に来てくれた。恐縮であった。学長と学部長は、AOTS(海外技術者研修協会)の支援で深夜便で日本に出発するそうである。WTO加盟後の一層の外国開放によって、人々の往来も活発化していることが実感できる。

 日本市場の株価下落が続いている。これに対してベトナム市場の株価は「バブル」と言われながら上向きだ。現金で保有されていた外国投資ファンドが買いに入ったと思う。さらに驚いたのは、たとえば貿易大学で一般のベトナム人向けに「株式投資セミナー」を1週間ほど開設しているのだ。ベトナム人の株式知識の普及は予想外に進行していると考えるべきだ。

 親しい友人のハウさんは出張中で、その同僚のトアン氏からビジネス相談があった。ハノイ近隣の省で工業団地の建設計画があり、そこで職業訓練校を設置したいというのだ。日本企業を積極的に誘致するために何をしたらよいかという質問だ。職業訓練校では、ホーチミン市のVSIP(ベトナムシンガポール工業団地)が有名だ。これは数年前に前述のAOTS小柴さんとと一緒に見学したことがある。VSIPを参考にしながら、日本企業がオペレータに対して必要としている要素を加味する。たとえば「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾け)」の知識と実践などが考えられる。この問題は帰国後の宿題だ。

 日本とベトナムは年内にEPA(経済協力協定)の締結を目標としている。これは、WTO加盟以上の内容にすると約束された。それに対応して、ベトナム政府も工業団地の建設に熱心だ。しかも立地は地方。首都圏では労働力不足で賃金も上昇するから、日本企業にとって地方進出は好都合だ。他方ベトナムにとっても、都市部と地方の所得格差の解消に効果がある。このように真剣に、ベトナム政府は日本との経済関係の深化に対応している。

 このような政府レベルの「ラブコール」に対して、次は個別の日本企業が対応する番だ。犯罪は増加し、株価は下落。人口が減少し、市場は縮小し、労働力は不足。この日本から脱出して、人口増加・市場拡大・経済成長・株価上昇のベトナムに目を向ける。これは当然の流れだと思う。今日一日の感想は、こんなところだ。

|

2007年3月 4日 (日)

成田からハノイへ

 成田空港からハノイに移動した。これまで成田は数回しか利用したことがなく、空港内で戸惑った。成田エクスプレスも便利なのだが、やはり都心から遠いように思う。それにしても多数の旅行者に圧倒された。

 ベトナム航空の「ゴールドカード」をもっているので、エコノミークラスでも「さくらラウンジ」を使用できるのだが、インナーネットの席は満席。さらに、すわる席もないような状態だった。関西空港でそんな経験はない。なお成田で嬉しかったのは、コンビニの「おにぎり」が取り放題である。しっかり食べてしまった。

 ハノイは予想外に暑い。30度に近い。しかし半袖は少し早い。ベトナム時間午後3時に到着して、ロータス投資管理会社のチャンさんが迎えに来てくれた。彼女は、せっかく学生時代に交換留学生で東京外国語大学に1年間留学しているのに、最近は日本語を使う機会がないという。前職は、貿易大学で国際関係論を教えていた。さっそく『日本経済新聞』を渡して、経済欄を読むように勧めた。さらに彼女には、日本語実用手紙の文例集の書籍をお土産に渡す予定だ。日本人でも敬語と謙譲語は難しい。ましてや外国人が日本ビジネスをする場合、必携であろう。

 その後、お2人の日本人にお目にかかり、お話を伺った。寸暇もないほとだ。最近は日本企業の進出が特に多いという話になった。その中でも日本の企業間の取引が増加し、そこでのトラブルも発生していると聞いた。原材料部品の品質管理の問題だ。これはベトナム人の能力に問題があるのではなく、日本人の管理に問題がある。今まで、こういった話は聞かなかった。それだけ進出日本企業が増加したということだ。

 今日は、ベトナム初日。明日も多忙だ、以上、ここまでで終了。

 

|

2007年3月 3日 (土)

ベトナム大使館と帝国ホテル:心温まる1日

 午前中は、ベトナム大使館のRUONG参事官・SON大使秘書と、私の研究「WTO加盟の影響と対応」について情報交換をした。WTO加盟後の民主化の展望、株式市場における外国投資ファンドの動向が話題になった。明日、私は成田空港からベトナムに向かう。この両氏は、私のハノイ留学時の1998年以来の友人である。何かと頼りになるし、本当にお世話になっている。特にSONさんとは1994年に会っている。彼が貿易大学の学生、私が助教授であった。その当時、お互いに意識はしなかったが、それが深い関係になっている。「縁」とは不思議なものだ。

 午後には、帝国ホテルでの結婚式に出席した。新郎は、岡村陽介さん。早稲田大学大Dsc09158_1 学院理工学研究科から博士号を取得され、現在は、慶応義塾大学医学部と共同で「人工血小板」の研究をされている。世界最先端の研究分野だそうである。新婦は、美貴子さん。学習院大学法学部を卒業され、三菱UFJ信託銀行に勤務されていた。大学時代は、東京ドームの「ボールガール」に選抜され、あの長島元監督とも一緒に写真を撮られている。まさに才能・才知・美貌を兼ね備えられたベストカップルである。(写真は「お色直し」後の1枚。クリックすると大きく鮮明になります。)

 このような新ご夫妻と私が、どのような関係にあるのか?実は、新婦のお父様である古田さん(株式会社ナブテスコ)と神戸商工会議所「海外進出企業懇話会」でご一緒したのが「ご縁」である。それが何と1996年だから10年前である。その時に古田さんと冗談半分で「娘の結婚式には出席して下さい」、「ぜひお祝いをさせてください」というやり取りをした。それ以来、10年の歳月を経て、今日まさに、その約束が実現した。しかも私は、新婦側の主賓であった。

 こんな話、ちょっと信じられない。そこで私も今日、古田さんと約束した。「私の娘の結婚式では主賓でお招きします」。この場合、古田さんと同じ「お願い」を私も娘にしなければならない。「父親として2つだけお願いがある。バージンロードを2人で歩くことと、主賓には古田さんを呼ぶからね。それ以外は何でも好きにしていいよ」。

 私の娘の高校の卒業式が3月1日にあって、その時も涙を押さえられなかった(最近、涙腺が弱くなった)のだが、この結婚式も涙であった。どうぞ、新ご夫妻のご発展とご多幸を心からお祈りしたい。また同時に、今後も古田さんとの「ご縁」と友情を大切にしたいと思う。古田さんとはベトナムという共通の話題もある。

 ベトナム大使館と帝国ホテル。何の関係もないような話題だが、私にとって両者は共通して感慨深い「縁」がある。心温まる「ひな祭り」の一日であった。

|

2007年3月 2日 (金)

ベトナム経済講演会の開催:第2次投資ブームの到来

 3月2日(金)午後3時から4時30分まで、「中之島センタービル」で関西日越協会主催、関西経済連合会・大阪商工会議所共催の「ベトナム経済講演会」が開催された。私は「ベトナム経済の将来の展望;乗り遅れるな!経済成長の「大波」」というテーマでお話をさせていただいた。

 毎日新聞や日刊工業新聞で事前に広報されていたとはいえ、出席の登録人数が230名を超えた講演会は異例という主催者の感想であった。もちろん私の人気ではなく、ベトナム人気のためである。ただし講演後に、名刺交換で列ができたのは初めてだった。また特に若い人が多かったのにも驚いた。ベトナムに対して熱気を感じる講演会だった。

 すでに大阪市・IBPC(大阪国際経済振興センター)主催で昨年に講演した内容と重複した部分もあり、続けて出席していただいた方々には申し訳なかった。同じ人間が話すのだから、それはご容赦いただきたい。何回かの継続しての講演なら、また違った話をするのだが、なかなか同じテーマの講演は難しい。

 この講演で新しく強調したことは、これまでの合弁形態・100%外資という外国企業のベトナム進出形態に加えて、まずベトナム企業の未公開株式を取得し、その企業の上場支援という目的で業務提携や技術協力して、そして株式公開・上場時のキャピタルゲインを獲得するという第3の新しいベトナム進出がありうるということである。これは、あたかも日本の「ベンチャー投資ファンド」や「エンジェル投資ファンド」に相当する。こんなこともベトナムでできるのである。

 さらにベトナムで成功する気持ちが本当にあるなら、ベトナムやベトナム人と本気でつきあわなければならないことを指摘した。「中国プラスワン」やVRICs(ベトナム・ロシア・インド・中国)という「流行」に乗り遅れないという程度の「志し」であるなら、それをベトナム人は見抜くと強調した。ベトナムと共に成長していく姿勢が重要だ。ベトナムを単に通過していく企業と、ベトナムに根を張って活動しようとする企業を区別して、ベトナム人は日本企業や日本人を見ている。だれでもそうだが、通過するだけの人と真剣につきあわない。

 以上、これだけの多くの社会人の方々を前にしての熱気ある講演は、私も久しぶりだった。講演後の講師控え室では、共栄製鋼(株)の高島成光会長・CEOとお話しした。関西日越協会の会長である。現地法人「ビナキョウエイ社」の桜井社長にホーチミン市で私はお目にかかったことがあり、いろいろ話が弾んだ。ベトナムのおかげで講演会もできて、新しい出会いもある。ベトナムに感謝の気持ちを忘れて、今後の仕事はできないと確信した。

|

2007年3月 1日 (木)

3月1日:ベトナム株式の最新動向

 昨日(2月28日)、上海の株式市場の下落から始まり、それがニューヨーク市場や東京市場にも波及し、世界的な同時株安となった。

 ベトナム株価指数は、昨日でホーチミンで2.5%程度、ハノイでは0.8%の下落となった。今日も下落は継続している。しかし、ある程度の下落後に外国投資ファンドの「買い」が入ることは間違いない。膨大な現金を抱えている外国投資ファンドは、株価が合理的な水準に近くなるまで待機しているという状況である。

 ベトナム株価の下落のきっかけは、もちろん世界同時株安に連動したとみなされる。それに加えて独自要因は、やはりベトナム市場について「バブル」感が存在していることである。本年初頭からの40%を超える値上がりがあり、さらにテト(旧正月)前に若干の売りがあり、株式の現金化がなされたものの、テト休暇後も値上がりを続けた。これは異常事態とみなされる。株価収益率(PER)が200倍を超えるベトナム石油採掘会社(PVD)などの高値株があるので、ベトナム市場全体の割高感は機関投資家に浸透していた。

 ここで注目したいのは、ベトナム・ドンの為替動向である。昨年に1ドル=16,000ドンであったから、今年はもう少し「ドン安」が進むのかと思っていたが、これまでの常識は通用しなかった。現在も1ドル=15,980ドンといった水準である。

 これまで「傾向的なドン安」が常識であったベトナム為替市場が、「ドン高」に転じる時期が近いと言えるかもしれない。輸出が増加し、外国投資が増えると「ドン高」になることは予想されていた。その時期が早くなるのではないか。これは中国の人民元のと同様の道をたどっている。ベトナムにおける「ドン高」は、外国投資にとっては有利になる。

 以上、株価動向は今後も調整局面はあるだろうが、当面は外国投資ファンドが下支えをすることは間違いない。したがって大きな暴落はありえない。さらに「ドン高」の為替差益を獲得できるかもしれない。このように考えれば、ベトナム株式投資は、早ければ早いほどよい。もちろん銘柄選択が重要だが、そのような投資行動は一般の日本人の投資家には無理である。そこで投資信託=投資ファンドの購入ということになる。

 すでに本ブログでも紹介したように、いくつかのベトナム株式運用会社の投資成果が明らかになっている。昨年だけでも150%(つまり2.5倍)に近い株価指数の上昇を示しているベトナムであるから、それを基準にして、それぞれの運用会社の成績を評価すればよい。

 ここでの注意事項は、外国投資ファンドは募集金額が多く、その資金量(=需要)と上場株式数(=供給)が一致しないのである。明らかに過小供給。過大需要。そこで、そういった投資資金が未公開株の取得に向かえばよいのだが、それは、一般投資家向けの公募の場合、投資の安全性の観点から国際的な基準から見て制限される。やむをえず公募の外国投資ファンドは現金で投資待機せざるをえないのである。

 それでは最も利益の出る戦略は何か。ここから先は、企業秘密だ。お人好しの大学教授なら大公開だが、「実学」を追究する「ちょいワル教授」は、そう簡単に口をすべらせるわけにはいかない。ビジネスは非情・冷徹。そういうことで、ご了承していただきたい。

|

2月28日:今日は大学

 2月28日は大学でベトナム=プロジェクトの打ち合わせをした。また、2006年度の「教育研究等活動報告書」を提出した。

 前者では、新3回生の学生8名が集まった。ほとんどが海外旅行初めての学生14名がベトナムを訪問する。しかも旅行会社を使わない個人旅行だ。旅行会社を通した旅行と個人旅行の相違も理解できていないと思うのだが、ともかく緊張感がないとアカンということは学生に次第に伝わったようだ。

 3月4日(日)午後2時から4時まで、大阪府八尾市山城町1、河内音頭広場(買物広場)で「八尾本場河内音頭連盟定期公演」が開催される。学生の何人かが、これに参加し、河内音頭を勉強することになっている。この勉強の成果が、3月27日にハノイ(河内)で披露される予定だ。この学生たちが、ベトナムでは先生になってベトナム人に「河内音頭」を紹介する。「しっかり勉強せな、あかんど~」。大学の勉強についてよりも「凄み」をきかせた。

 後者は、勤務先の流通科学大学で10年以上続いている報告書である。今年度から、この報告書に基づいて教員の「査定」が行われる。この報告者に基づいて、年俸が上がったり下がったりする。通常の会社では当然のことだ。特に抵抗感はない。しかし基本的に不明なことは、「査定」の基準である。

 たとえば現在、科学研究費補助金で私はベトナム・ラオス・カンボジアの研究をしている。航空料金は同じだから、ひとたび現地を訪問すれば、できるだけ長期間滞在をするほうが研究調査コストは安くなる。しかし、その間に教授会があれば、その欠席で査定ポイントが減点される。真面目に教授会に出席している教授と、休んでばかりいる教授が同じ評価では不公平という判断は正当だ。しかし、上記のような私の場合はどうなるのだろうか。2週間が必要な現地調査が、教授会に出席するために帰国して1週間の調査に短縮される。これが、効率的な科研費(=国税)の使用とは思われない。

 しかしながら、科研費の研究の申請書では「エフォート」という記載欄がある。これは、自分の仕事全体の何%を科研費の研究に充当できるかを示すという意味である。通常は、60%前後が妥当だそうだ。そうであれば、約40%は大学の仕事をしなければならない。これを100%とすれば、まったく大学の教育や業務をしないか、または全体で150%といった仕事量となり、「過労死」を辞さない覚悟が必要だ。

 大学教員の「査定」と科研費の研究については、以上のような問題がある。そうは言っても、要するに健康を害さない程度に自分のできる限りで全力で頑張るしかない。それが、仕事というものだ。

|

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »