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2007年2月22日 (木)

ベトナム株式市場の国家統制:日本からの教訓(続)

 日本が太平洋戦争下であった昭和16年~20年にも株式市場は閉鎖されたことがなかった。昨日の小林和子氏の著書によれば、

 「十九年十一月にはB29が初めて東京に来襲し、これ以後空襲警報の発令による株式市場の臨時休止がしばしば起こることになった。二十年三月十日の東京大空襲の後には十六日まで臨時休会になった。十七日の再開に当たっては戦時金融金庫が東京大空襲前日の三月九日の価格で無制限に買い支えをすることを決定したため、これ以降は戦金の買いで完全に市場が維持された」(p.43~44)と指摘されている。

 東京大空襲があっても、株式市場は日本で健在であった。株式市場を閉鎖させなかったという事実は、小林氏が述べているように、「株式市場は資本主義経済の中心であり、株価はその活動のメルクマールであるという抜きがたい考えがあったためと思われる」(p.44)。

 このように考えれば、バブル崩壊以降に発生した証券業界の不祥事や再編は、確かに大問題であったが、日本の証券市場の歴史から見れば、それは歴史の一コマとみなすことができる。人間の生死を分ける東京大空襲の時ですら、株式市場は毅然として存続してきた。日本における株式市場は永遠に不滅であると言っても過言ではない。

 果たして、ベトナムの株式市場の担当者に、ここまでの決意や自負が醸成されているのであろうか。「社会主義」を目標とするための経済発展の一つの手段として株式市場が考えられているとすれば、株式市場に対する位置づけは、それほど強くならないのではないか。もしそうだとすれば、ベトナム株式市場に対して国家統制が安易に強化されたり、市場閉鎖が行われるという大きなリスクが将来に存在することになる。これまでの小林氏の指摘にもあるように、市場は本来的に国家統制を嫌うものなのである。

 私は、株式市場と「社会主義」は必ずしも矛盾しないと考えている。小林氏が指摘するように「資本主義経済の中心」であると同時に、資金調達にとって合理的・普遍的な制度であり、それは人類が考案した共通の発明であるとみなされる。それだからこそ、いかなる社会体制とも矛盾しない。このような理念的・本質的な議論が、政策を指導する立場であるベトナム共産党によってなされていなければならない。これについて私は、機会があれば、ぜひ関係者に質問してみたいと思っている。

 それでは次に、日本の戦後改革の中心であった「財閥解体」と、それにともなって推進された「証券民主化」は、どのような状況だったのだろうか。これは、まさにベトナムで言えば、国有企業の株式会社化と株式放出という現代的な問題に関連している。しかし日本とベトナムの決定的な相違は、当時の日本市場は、現在のベトナム市場ほどに外国投資家に開放されていなかったということである。日本の「資本の自由化」は、戦後しばらくして1960年代から徐々に始まった。

 このような相違に注意しながら、ベトナム株式市場に対する日本からの教訓を検討してみよう。

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