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2007年2月23日 (金)

「証券民主化運動」の経緯と理念(1):日本からベトナムへの教訓

 日本の株式取引所は、明治11(1878)年に東京と大阪で設立された(小林和子、前掲書、p.4)。その後、昭和20(1945)年8月10日に全国の株式市場を臨時休会するように政府は命じた(同上、p.44)。その再開は、昭和24(1949)年5月16日であった。

 「この間3年9ヶ月にわたり取引所における証券取引は存在せず、そのうちの2年間は証券取引所そのものが存在しなかった。証券市場の歴史における取引所空白時代である」(同上、p.56)。もっとも戦後直後の20年9月から取引所の外で取引は自然に始められていた。

 「経済の民主化は、連合国による戦後日本経済管理の基本原則であった。民主化のポイントは、「生産設備を、より広汎な範囲の人に所有せしめ、より多くのひとをして利益の分配に与らしめ、以て民衆の生活程度を向上せしめること」(同上、p.65)にあった。

 その具体的な手段として、戦争遂行に協力した三井・三菱・住友・安田の四大財閥を中心にした財閥解体が実施された。財閥の中核にあった持株会社や財閥家族の株式は、昭和21(1946)年に持株会社整理委員会によって国債を対価にして買い取られた。

 経済の民主化という基本方針に基づいて、これらの巨額の株式を民間に放出しなければならなかった。そのためには「これまで株式に縁のなかった一般の国民を啓発し、株式に投資させるようにし向けねばならなかった。たまたま、戦争中の貯蓄増強の国策が戦後は救国貯蓄増強方策と名を変えて、インフレーション防止と資金蓄積のためにすすめられていた。---(略)---株式を特定の大資産家に持ってもらうのではなくて、全国津々浦々の多数の庶民に分散して持ってもらうためには、「株式」と「貯蓄」を結び付けるとよいかも知れない」(同上、p.68)。

 「このアイデアは成功した。内容は株式貯蓄を勧める運動であるが、これを全国的キャンペーンにもっていくために、証券界では「証券民主化運動」と名付けた。証券民主化運動は、証券界が考え出した運動であるが、司令部や政府の賛成と協力を得、官民一体となって、数年にわたり推進された」(同上)。

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