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2007年2月27日 (火)

IBOビジネスクラブ「ベトナム戦略を考える会」が開催

 本日、第3回の「ベトナム戦略を考える会」がマイドーム大阪で開催された。IBO(社団法人・大阪国際ビジネス振興協会)が主催し、私は助言者を務めた。

 ベトナム市場で商品販売や製品調達を考える企業の方々が中心に参加された。IBOの池田常務理事によれば、ベトナムに関心をもつ企業には3類型ある。第1は、ベトナムで自社商品を販売したい。第2は、ベトナムに直接投資をしたい。第3は、ベトナムについて知らない。最近の「流行」に乗り遅れないために関心がある。

 私は、初めてのベトナム訪問が1994年であるから、すでに10年以上ベトナムと関係がある。最近の「第2次ベトナムブーム」は喜ばしいのだが、その人気の秘密は、以上の池田常務の分類で言えば、一般に第3類型であろう。日本企業の意思決定は一般に遅いのが通例だ。とりあえずベトナムについても情報入手しておきたい。企業として当然だ。

 他方、すでに直接投資を決断した企業は、自社でベトナム訪問しているだろう。また、そういった企業にとってベトナム人気の昂揚は迷惑というのが本音だ。人件費の高騰を招き、さらに現地に競争相手が進出してくる。もちろん長期的に見て、ベトナムにおける人材の層が厚くなり、ビジネス環境が成熟するという共通の利益は存在する。

 ベトナム進出をお手伝いするのは、このように単純ではない。お客さんのニーズは多様だからだ。こういう場合、ベトナムとベトナム人を中心に考えることだ。あくまでも自己中心的な利己的な観点から生まれた要求や活動は、ベトナムやベトナム人に歓迎されない。ベトナムを舞台に仕事するなら、ベトナムを最優先に考えなければならない。それが不可能で不十分なら、日本から外に出ないことだ。

 ベトナムのためになることは、積極的に支援しようと思う。ベトナムに対する社会貢献だ。すべてのプレーヤーが満足する。こういったWINーWINの絵を描く。この工夫がベトナムでは必要だ。ともかく今後も、いろいろ少しでもお役に立てれば幸いである。 

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2007年2月26日 (月)

2人の青年実業家

 いつもお世話になっているS夫人のご紹介で、2名の青年実業家と大阪・梅田で夕食をご一緒した。青年実業家というのは、古めかしい感じがするが、要するに30~40歳代前半の若手の会社社長である。

 若いにもかかわらず、お話ししていて刺激が一杯で楽しかった。その仕事の発想が新しい。また、企業経営について鋭い感覚や指摘がある。これは、若いにもかかわらずと言うよりも、若いからこそと言うべきだろう。しかし同じ若い世代の人々と話しても、面白くないこともあることを考えれば、やはりお2人の人間性が魅力的なのだ。このような「お見合い」の場を設定していただいたS夫人のマッチングの才能に感謝しなければならない。

 ご両人は経営者であるから、自分が意思決定する人間だ。意思決定する人間には、その決定に対する責任も伴う。そういう体験を繰り返す人間は、普通の人とは違うはずだし、違うから経営者なのだと思う。同じなら、あまり優秀な経営者とは言えないのではないか。

 大学における経営学者は、意思決定する過程や結果を研究や議論の対象にするが、それは後(あと)講釈である。後からは何とでも言える気楽な商売だ。これに対して経営者は真剣勝負だ。

 「気楽な商売」の人間は、その性格も気楽だ。お人好し。こんな大学教授がビジネスに関与して成功するはずはない。もちろん大学教授が「御輿」に祭り上げられるビジネスもあって、それが成功したからと言って、それは大学教授自身のビジネスの実力ではない。

 これに対して真剣勝負する人間は、毎日の修行や緊張感の持続が必要だ。ビジネス相手のスキを突く。自分のスキを作らない。スキを見せない。スキに誘って反撃する。これが真剣勝負。経営学における「ケースメソッド」は、竹刀での剣術練習のようなものだが、その勝負に強くても、真剣勝負に強いとは限らないだろう。

 私の直感では、精神力・気力・冷徹・非情の有無や強弱が、真剣勝負における勝敗を分ける決め手ではないか。ただし、強い気力を発してもダメな勝負もある。相手が無心・虚心・自然体なら、その気力は受け流されてしまう。ビジネスの本質は人間関係。人間と人間の真剣勝負。

 こんなことを考えさせてくれた夕食会だった。勉強になった数時間。S夫人とお2人に改めて感謝を申し上げたい。

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2007年2月25日 (日)

盛り上がってきたベトナムのスタディ=ツアー

 3月末にゼミ学生を同行してベトナムのスタディ=ツアーを実施する。観光旅行とスタディ=ツアーは別個の概念だ。前者は娯楽、後者は勉強。娯楽なら、先生やゼミ生と一緒に行く必要はない。本当に気の合う友人同士や家族で自由に気楽に行けばよい。

 このスタディ=ツアーは、旅行会社を使用しない。集団の個人旅行だ。これも異例のことだ。あえて勉強のために、このような旅行を設定している。個人旅行だから、最終的には自己責任の旅行となる。もちろん私は指導教員として学生のために全力と最善を尽くすが、基本は学生の個人旅行だ。この緊張感と責任感を学生に実感してほしい。

 新3回生になるゼミ生14名が参加し、それぞれに仕事の分担が決まっている。参加しない2名には、このプロジェクトのための「Tシャツのデザイン制作」を依頼している。現地で交流する予定の貿易大学の学生や、そのほかの訪問先のお土産にするのだ。このTシャツの製造場所は、もちろんベトナムだ。日本よりもベトナムで作った方が「コストが安い」というのは常識だ。

 このTシャツについて、どう考えても、デザインの才能がないという場合もあるだろう。しかし任された仕事は仕事だ。立派に果たさなければならない。学生の発想では、自分で頑張ろうとするのだが、実際のビジネスでは、才能のある他人に協力・受託してもらえればよい。自分の家族・友人・知人などだれでもよい。私なら、自分の才能不足を自覚しているから、まず子どもに頼んでみる。それがダメなら、こういうデザイン制作が好きそうな友人・知人に話をもっていく。

 仕事は、試験ではないから自分でやらなくてもよい。ともかく仕事の結果がよければよい。そのために工夫する。あらゆる人脈を動員する。社会人になって人脈が大事だと言われるのは、そのためだ。これは学生でも同じだ。今でも親しくしている中学生時代の美術の先生がいれば、「先生お願いします」と話してもよいではないか。こういう頼みを聞いてもらえる人が何人いるのか。こういった人々は多ければ多いほどよい。

 このようなことを大学生時代に学んでもらいたい。自分の仕事は自分一人でできない。さらに自分一人でするものでもない。こういった「実学」を体験的に学んでほしいと思う。だからこそ「スタディ=ツアー」である。これからが、いよいよ準備が本格化する。また、そうでなければ困る。このようなゼミ活動を通して、ゼミ生相互が生涯つき合える親友になってほしい。このように大学教員として、ちょいワル教授もいろいろ考えているのだ。

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2007年2月24日 (土)

「証券民主化運動」の経緯と理念(2):日本からベトナムへの教訓

 「証券の民主化」という言葉は、GHQの言う「経済の民主化」の応用であるが、大蔵省も自ら使用していた。そのほかに新聞では「株式の民衆化」という言葉も登場した(小林和子、前掲書、p.69)。

 「証券協会全国連合会は、昭和22年10月半ばに委員会を開催し、「証券民主化運動実施要項」を決議した。---(略)---運動の趣旨は、次のように書かれている」(p.69)。

 「日本再建の目標は経済の民主化であり、経済の民主化は証券の民主化によって初めて達成される
 今後放出される株式は莫大な数量に上り、経済復興のため新規証券の発行に待たねばならぬ資金も亦巨額に上ることが予想される。この要請に応える為には「国民一人一人が株主に」なることが理想であり、これを合言葉として株式に関する全国的一大啓蒙運動を展開し、日本経済の速かなる安定に寄与することを期するものである」(pp.69~70)。

 この証券民主化運動に、「とりわけ経済団体連合会は協力的であった」(p.70)が、労働者側の代表が、全国の統一団体である証券民主化委員会に加わることはなかった。全国7地区に設置された委員会の活動は、次の通りであった。①大都市で証券民主化促進大会の開催、②ラジオ放送、③新聞雑誌広告、④ポスターや宣伝パンフによる広告、⑤講演会・座談会の開催。このほかに各地区では、⑥立て看板、⑦アナウンス広告等の街頭宣伝、⑧移動展覧会、⑨株式祭(一種の演芸大会)、⑩投資相談所の設置、⑪株式民主化の論文・標語等の懸賞募集(p.71)。

 昭和22年当時にテレビはなかったが、以上のように考えられるすべての宣伝媒体が活用された。「証券民主化促進全国大会の折には「産業の民主化」という映画が上映され、後に株式民主化の映画も作られた。政府のお声がかりであるから、NHKでも証券民主化の宣伝を流した。後にも先にもNHKの行った宣伝放送はこれだけだといわれる」(p.71)。

 昭和23年11月には、「知識の普及から一歩進めて直接に証券投資を推進する、証券投資普及運動が実施された。この時には証券を買った人に「株式くじ」が発行され、株式祭で抽選が行われたりもした。有名株券そのものが賞品となるラッキー・カードもあった」(p.72)。

 証券民主化運動の標語には、「国民の一人一人が株主に」があるが、そのほかに次のようなものがあった(pp.72j~73。一部省略)。
 ① 明るい再建、正しい投資
 ② 挙って株主、揃って再建
 ③ 我等の産業、我等が株主
 ④ みんなが株主、栄える日本
 ⑤ 証券で貯蓄だ、利殖だ、再建だ
 ⑥ 今日からは僕も株主、明るい職場
 ⑦ 行きわたる証券、晴れわたる日本
 ⑧ 手に手に証券、日に日に再建
 ⑨ ピース一つで東京電力の株一つ
 ⑩ これだけ買へば充分、優秀投資株数種一組の格安提供――五万円で買へる宝船
 ⑪ 株式は春風に乗って
 ⑫ 先は明るい――此の低迷期こそ株式の買入時です
 ⑬ 爽やかな夏きたる!新しい証券投資は新しい店で
 ⑭ 金か物か株か?
 ⑮ 秋の収穫を株式で
 ⑯ 株式は利潤証券として買えます
 ⑰ 『タンス』株券時代。タンス預金追放
 ⑱ 越年は株式を手に

 以上の赤字は、ベトナムでも即座に利用できそうな標語である。⑨については、ピースはベトナムにはないが、次のように改訂すれば、ベトナムでも使用できる。ビール1本で、株主になれる。これは、ロータス証券投資ファンド運用管理会社のソン会長が述べた言葉である。これは昨年の今頃の話だ。ベトナムでも日本でも、株式市場の高揚期には同じ発想が生まれる。

 以上のような証券民主化運動は昭和25年頃まで続いたが、その後は株式市場は沈滞した。戦後インフレーションなどで苦しめられた一般国民が、本格的に株式市場に参入する余裕はなかったと考えられる。「証券民主化が投資家のためになったかどうかは疑問だといえるが、とにもかくにも株式所有構造を根底から変化させ、証券業者の営業姿勢を変えさせたことは確かであろう。戦前は玄人と半玄人が大半であった株式市場に、素人で資力の小さい、多数の投資家がどっと参加するようになったのである」(pp.74~75)。

 当時の日本では考慮されなかったが、ベトナムでは労働組合が株式普及運動に積極的に関与して当然である。さらに従業員持株会の発展が積極的に宣伝されてもよい。また先に紹介した国家持株会社とでも言うべきSCIC(The State Capital Investment Corporation:国家資本投資会社)が、こういった運動を展開する役割を担ってもよい。日本で全国的に展開された株式民主化運動は、ベトナムに導入される価値があると私は考えている。

 一般ベトナムの大衆株主が増大しなければ、外国投資ファンドの売却時の「受け皿」がなくなる。また、外国人投資家と外国投資ファンドのマネーゲーム化した株式市場をベトナム政府は、けっして望んでいないだろう。このように考えれば、株式民主化運動は、ベトナム政府と連携して外国投資ファンド会社が推進するべきなのである。このようにして、外国投資ファンド会社はベトナムに対して利益還元しなければならない。それが、ベトナムで利益を獲得した外国投資ファンド企業の「社会的責任」であると言っても過言ではない。

 私は、ロータス証券投資ファンド運用管理会社の顧問として、このような提案をベトナム政府に対して指摘したい。さらに、3月27日に開催予定のハノイ・VJCCにおける株式投資の講演で、このことを広くベトナムの人々に直接に訴えたい。

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2007年2月23日 (金)

「証券民主化運動」の経緯と理念(1):日本からベトナムへの教訓

 日本の株式取引所は、明治11(1878)年に東京と大阪で設立された(小林和子、前掲書、p.4)。その後、昭和20(1945)年8月10日に全国の株式市場を臨時休会するように政府は命じた(同上、p.44)。その再開は、昭和24(1949)年5月16日であった。

 「この間3年9ヶ月にわたり取引所における証券取引は存在せず、そのうちの2年間は証券取引所そのものが存在しなかった。証券市場の歴史における取引所空白時代である」(同上、p.56)。もっとも戦後直後の20年9月から取引所の外で取引は自然に始められていた。

 「経済の民主化は、連合国による戦後日本経済管理の基本原則であった。民主化のポイントは、「生産設備を、より広汎な範囲の人に所有せしめ、より多くのひとをして利益の分配に与らしめ、以て民衆の生活程度を向上せしめること」(同上、p.65)にあった。

 その具体的な手段として、戦争遂行に協力した三井・三菱・住友・安田の四大財閥を中心にした財閥解体が実施された。財閥の中核にあった持株会社や財閥家族の株式は、昭和21(1946)年に持株会社整理委員会によって国債を対価にして買い取られた。

 経済の民主化という基本方針に基づいて、これらの巨額の株式を民間に放出しなければならなかった。そのためには「これまで株式に縁のなかった一般の国民を啓発し、株式に投資させるようにし向けねばならなかった。たまたま、戦争中の貯蓄増強の国策が戦後は救国貯蓄増強方策と名を変えて、インフレーション防止と資金蓄積のためにすすめられていた。---(略)---株式を特定の大資産家に持ってもらうのではなくて、全国津々浦々の多数の庶民に分散して持ってもらうためには、「株式」と「貯蓄」を結び付けるとよいかも知れない」(同上、p.68)。

 「このアイデアは成功した。内容は株式貯蓄を勧める運動であるが、これを全国的キャンペーンにもっていくために、証券界では「証券民主化運動」と名付けた。証券民主化運動は、証券界が考え出した運動であるが、司令部や政府の賛成と協力を得、官民一体となって、数年にわたり推進された」(同上)。

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2007年2月22日 (木)

ベトナム株式市場の国家統制:日本からの教訓(続)

 日本が太平洋戦争下であった昭和16年~20年にも株式市場は閉鎖されたことがなかった。昨日の小林和子氏の著書によれば、

 「十九年十一月にはB29が初めて東京に来襲し、これ以後空襲警報の発令による株式市場の臨時休止がしばしば起こることになった。二十年三月十日の東京大空襲の後には十六日まで臨時休会になった。十七日の再開に当たっては戦時金融金庫が東京大空襲前日の三月九日の価格で無制限に買い支えをすることを決定したため、これ以降は戦金の買いで完全に市場が維持された」(p.43~44)と指摘されている。

 東京大空襲があっても、株式市場は日本で健在であった。株式市場を閉鎖させなかったという事実は、小林氏が述べているように、「株式市場は資本主義経済の中心であり、株価はその活動のメルクマールであるという抜きがたい考えがあったためと思われる」(p.44)。

 このように考えれば、バブル崩壊以降に発生した証券業界の不祥事や再編は、確かに大問題であったが、日本の証券市場の歴史から見れば、それは歴史の一コマとみなすことができる。人間の生死を分ける東京大空襲の時ですら、株式市場は毅然として存続してきた。日本における株式市場は永遠に不滅であると言っても過言ではない。

 果たして、ベトナムの株式市場の担当者に、ここまでの決意や自負が醸成されているのであろうか。「社会主義」を目標とするための経済発展の一つの手段として株式市場が考えられているとすれば、株式市場に対する位置づけは、それほど強くならないのではないか。もしそうだとすれば、ベトナム株式市場に対して国家統制が安易に強化されたり、市場閉鎖が行われるという大きなリスクが将来に存在することになる。これまでの小林氏の指摘にもあるように、市場は本来的に国家統制を嫌うものなのである。

 私は、株式市場と「社会主義」は必ずしも矛盾しないと考えている。小林氏が指摘するように「資本主義経済の中心」であると同時に、資金調達にとって合理的・普遍的な制度であり、それは人類が考案した共通の発明であるとみなされる。それだからこそ、いかなる社会体制とも矛盾しない。このような理念的・本質的な議論が、政策を指導する立場であるベトナム共産党によってなされていなければならない。これについて私は、機会があれば、ぜひ関係者に質問してみたいと思っている。

 それでは次に、日本の戦後改革の中心であった「財閥解体」と、それにともなって推進された「証券民主化」は、どのような状況だったのだろうか。これは、まさにベトナムで言えば、国有企業の株式会社化と株式放出という現代的な問題に関連している。しかし日本とベトナムの決定的な相違は、当時の日本市場は、現在のベトナム市場ほどに外国投資家に開放されていなかったということである。日本の「資本の自由化」は、戦後しばらくして1960年代から徐々に始まった。

 このような相違に注意しながら、ベトナム株式市場に対する日本からの教訓を検討してみよう。

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2007年2月21日 (水)

ベトナム株式市場の国家統制:日本からの教訓

 3月27日にハノイのVJCC(ベトナム日本人材協力センター)で開催予定のベトナム人向け株式投資セミナーの講義を私は準備している。そこで手始めに、小林和子『産業の昭和社会史⑩証券』日本経済評論社(1987年)を読んでいる。小林先生は、(財)日本証券経済研究所に現在も勤務されている私の大先輩。証券史の第一人者である。以下では同書の中で、太平洋戦争前の時期における株式市場に対する国家統制について紹介する。

 「株式市場は戦争については状況によりいろいろの反応をしたが、経済統制については一貫して強い抵抗を示した。結果として、この時期の株価は暴落と低迷を交互に繰返し、株価の維持が何度も問題になった。
 満州事変の勃発時にもそうであったが、廬溝橋事件の直後の北支派兵決定にも、株式市場は「暴落」で応えた。続いて、増税案、株式金融の抑制、臨時資金調整法につながる統制の報道、および戦局の拡大にも大暴落を示した。国家総動員法案と電力国家管理法案については市場はむろん警戒して反落し、公定価格制には暴落した。
 国家総動員法第十一条を発動して配当制限を行う案が出された時にも大いにこれを嫌ったが、十四年八月に配当統制令は発動された。
 いくら統制を嫌っても、これを避けることはできない。この繰り返しが、株式市場に次第に無力感を忍び寄らせた。---(省略)---
 十五年七月に大蔵省・商工省と相談の上、九月に東株関係者の手で日本証券投資が設立された。それでも株価維持はうまくいかず、十六年三月には金融界をバックとした日本興業銀行の提案を容れて、株式梃入れ機関として日本協同証券が設立された。七月には興銀に同証券に対する融資命令が発動され、同証券は無制限融資方針を明らかにした。さらに八月には、政府が株価の最低を決定しうる株式価格統制令が公布施行され、ようやく株価は下げどまった。
 経済統制を嫌い抜いた株式市場が、文字通り株価を統制するための法律により、崩壊から救われたのは皮肉である。救われはしたが---、株価はもはや株式市場の正直な判断を示す指標ではなくなった。株式市場は自由市場から統制市場の時代に入ったのである」(pp.33~35)。

 以上の引用文について、どのような感想をもたれただろうか。市場原理と国家統制は矛盾する。しかし市場原理に従った株価暴落を止めるためには、国家統制に依存せざるをえない。まさに皮肉だ。また、あたかも日本の敗戦を予感するかのように、株式市場は戦局の拡大とともに株価下落を繰り返したとみなされる。株式市場は、まさに経済社会の先行指標である。

 ここで注意すべき教訓は、おそらく日本の株式市場の歴史において最大の暴落であった1990年から始まる「バブル経済」の崩壊の時期にあっても、上記のような「株式価格統制令」は発動されなかったということである。つまり、株価そのものを国家統制するというような事態は、通常の市場経済ではありえない。それは、戦時下の統制経済においてのみ実施されたのである。

 私は、国家が市場を統制・管理することがあっても不思議ではないと思う。今日の日本経済でも、すべてを市場原理に任せれば、「勝ち組」と「負け組」が発生する。その格差を何とかしなければならないということは、野党のみならず、与党も認めていることである。ただし、この市場の統制・管理は、その市場のルールに限定されるべきである。市場価格それ自体に国家が直接干渉するとなると、それは戦時経済と同じになる。

 完全に自由な市場経済の推進ということは、それもひとつのイデオロギーであって、それが科学的な唯一の真理ではありえない。国家もしくは政治の存在意味は、国民の幸福を増進することに尽きる。それだからこそ国民は税金を払っている。このような趣旨で、市場原理のルールが国家・政府によって設定されることは当然である。

 以上の検討からベトナムに対する教訓を言えば、ベトナム株式市場のルールを国家・政府がどのように決定するのかが重要である。けっして株式市場における株価それ自体に国家・政府は介入すべきでない。そのような戦時統制経済に匹敵するような事態を回避するためにこそ、市場のルールが予め設定されるべきなのである。

 次回は、日本の株式市場からの教訓として戦後の「証券民主化」について検討してみようと思う。

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2007年2月20日 (火)

今日は博多に日帰り出張:ベトナムを通して日本人を見る

 今日は、博多にベトナム関係の仕事で日帰りの出張であった。九州大学のNGOC(ゴック)先生と弁護士の山田先生にお目にかかることが目的だ。

 NGOC先生は、文部科学省の国費留学生として来日して10年。昨年、九州大学から経済学博士の学位を取得され、この4月にベトナムに帰国される。今年度は九州大学経済学部でご講義を担当されていた。ご専門は金融論・開発経済学。日本留学前はベトナム国家銀行(中央銀行)に勤務されていた逸材である。

 これまで何度かメールでの交流はあったのだが、先生とは今回が初対面である。先生との交流の始まりは、九州大学大学院前教授の丑山先生からご紹介であった。丑山先生とは数年前にホーチミン市の企業調査をご一緒したことがある。その時に私の携帯電話が紛失して、丑山先生とのベトナム訪問は強く印象に残っている。敬愛する丑山先生からのご紹介ということもあり、NGOC先生とは初対面であるにもかかわらず、なぜか古くからの知人のような感覚をもった。

 NGOC先生は、私の留学先であった国民経済大学の出身。さらに国家銀行に勤務されている時に、国家銀行総裁顧問として当時はIMFから派遣されていた片木先生(日本銀行・元金沢支店長)の通訳をされていたそうである。この片木先生は、何と偶然に現在、国際金融論を担当されている私の同僚教授である。

 このように世間は狭い。だから人生は面白い。人生は面白いということで言えば、その後に、ハイアットリージェンシー福岡のロビーでお目にかかった山田弁護士とも奇妙な出会いだ。私のブログを読んでいただいて、この3月末にベトナム訪問をご一緒することになった。ブログを通した新しい出会い。わざわざ大牟田市から博多まで来ていただいて恐縮してしまった。山田先生もベトナムに魅せられたおひとりで、観光旅行では見れないベトナムを見たいとおっしゃっている。私の責任は重大だし、同行する学生にも頑張ってもらわなければならない。

 ベトナムを通して、さまざまな出会いがある。これが楽しいし、だからベトナムは止められない。この意味で、ベトナムという国に感謝しなければならないし、ベトナム人のために私は貢献したいと思う。まだまだ発展途上国のベトナム。さらに社会主義を目標とするベトナム。あのベトナム戦争を経験したベトナム。このベトナムに対して日本人がどのような態度や対応をするか。この観点から日本人を見れば、その日本人のことはほぼ理解できるような気がする。

 謙虚な人。傲慢な人。無視する人。通り過ぎる人。愛着を感じる人。郷愁を感じる人。尊敬できる人。過大評価する人。思い込みの激しい人。偏見を持っている人。自分勝手な人。これまで私は、ベトナムを通して多数の人々と出会ってきた。ベトナムを通して日本人を見てきた。ベトナムを通してビジネスを見てきた。

 私はベトナムで仕事をさせてもらっている。だからこそベトナムに恩返しをしなければならないと思っている。ベトナムについて客観的に見ているつもりだが、やはり好きでなければ研究はできない。感情移入や愛着があるからこそ、研究や仕事に熱中できる。熱中できない研究や仕事は、それなりの成果しか出ないだろう。

 ぜひ大学生には、または若い時代に、こういった熱中体験をしてもらいたい。その経験は忘れがたく、それを再びという意欲が出てくる。それが就職後の仕事に生かされる。熱中体験から生まれる陶酔感を一度味わった人は、それを再び経験したいと思うだろう。おそらく麻薬のような誘惑だ。麻薬は肉体を破壊するが、熱中体験から生まれる陶酔感は人生の原動力になる。

 「ベトナム、熱中」。今年度、4月からのテーマはこれにしよう。といってもラオスやカンボジアもほっとけない。ともかく多忙な1年になりそうだ。だからこそ、オモロイやないかい。

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2007年2月19日 (月)

人の行く裏に道あり花の山

 「人の行く裏に道あり花の山」。これは、日本の株式売買の格言である。株価が安くなって人が売るときに買い、株価が高くなって人が買うときに売る。多くの人々の反対の行動をすれば、「花の山」=利益が見えてくる。

 企業経営という観点から見れば、他社の真似をしない。独自の商品やサービスを提供する。商品やサービスの「差別化」を考える。真似をしない。同じことをしない。この姿勢を持てば、自分で考える習慣が身につく。ここから新しい商品やサービスの発想が生まれる。

 一般に人間や組織(人間で構成されている)は、惰性や慣性が好きだ。これまでのやり方を変えたくない。また過去に成功体験があれば、その体験の枠組みを踏襲しようとする。既存の考え方や方法に安住する。新しいことをやるのはメンドクサイし、それが失敗するリスクを回避したい。結局、今までのままでよいという結論になる。

 「人の行く裏」を行くのはエネルギーが必要だし、勇気も求められる。でも、それを楽しむ気持ちをもつことが望ましい。人の行く後を付いて行って、何の楽しみがあるんだろう。このような気持ちをもつこと。このような気持ちを持てる人が「花の山」に行き着く。

 他人と同じことをしていて、それでお金をもうけようとする。こんな楽なことはありえないのだ。このように考えれば、冒頭の格言は、当たり前のことを言っている。このような格言、果たしてベトナム人投資家にも理解してもらえるのだろうか。今度、ベトナムに行って聞いてみよう。

 

 

 

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2007年2月18日 (日)

今日は「ラオスの日」

 以前から気になっていた来日中のJICAのラオス研修生を自宅に招待した。ラオス国立大学経済経営学部のDR.マニソット先生(写真右)・カンプイ先生(写真左)・トンバン先生(写真中央)である。

070218_18390001_1  彼らは、いずれもラオス日本人材協力センター(LJCC)のビジネス=コースの講師であり、ラオス人ビジネス人を教育する立場である。本務は、もちろん大学での研究と教育である。マニソット先生は、私がラオス滞在当時の2001年から、尊敬を込めて「ドクター」と呼ばれており、当時からLJCCのラオス側の所長であった。

 話を聞くと、昨日がホームビジットの日で、ボランティアの日本人家庭を訪問したそうである。このJICA研修を受託した(財)太平洋人材交流センター(PREX)は、私がコースリーダーを担当したベトナム研修でもホームビジットの日程を入れていたが、これは研修生に大好評である。ドクター=マニソットは7回も来日しているそうだが、家庭訪問は初めてと言うことだった。それだけでも研修の効果は十分だ。

 この日の夕食メニューは何がよいか? ラオス人は辛い(スパイシーな)食べ物が好きだし、ビエンチャンでは韓国料理も普及している。そこでメニューは、キムチ鍋にした。これは好評だった。また、ビールの「おつまみ」として用意した「イカの明太塩辛」も大好評。ラオスにも魚の塩辛のような調味料がある。これをラオス風ラーメンに入れて食べる。したがって、おそらく「イカの塩辛」は受けると思った。これは当たり。

 ラオスの人々と話していると、ラオスはベトナムに比べて人口が少ないとか、そういった負の要因の話になる。これはラオス人の謙虚さを示すように感じる。そう言われると、「人口は少ないが、一人当たりの天然資源は豊富だ。ラオスは資源国家だ」と励ましたくなる。私は、ベトナムを仕事の場と考えているが、住むならラオスと思っている。ベトナムに比べて穏やかな国民性があり、空気もきれいだ。何と言っても、外国人の所得税は10%だったと思う。この税制は外国人にとって最高の優遇だ。

 私は、2001年にラオスに滞在して以来、ベトナムを「経済大国」だと認識できるようになった。このように、ある国を分析する場合、その周辺国を訪問してみることは有意義である。この意味で、日本人はアジア諸国に注目し、「アジアの中の日本」という観点から日本を再検討する必要があるのではないか。いくら欧米崇拝・欧米志向を強めたとしても、日本人がアジア人であることを止めるわけにはいかない。もっと足下を見つめる。今の日本人に求められることではないかと思う。

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2007年2月17日 (土)

3月にベトナム株式セミナーが3回開催

 ベトナム株式投資セミナーが3月に3回、東京とハノイで開催される。いずれも私が講師となる。もし、お時間があれば、お目にかかりたいと思います。

 「ブログ読んでるよ」と東京弁でも、「ブログ読んでまっせ~」と関西弁でも、何でもよいので声をかけていただければ嬉しいです。以下をご参照下さい。

 ユナイテッド=ワールド証券主催
3月10日(土):午後2時~、大手町KDDIホール
3月18日(日):午後2時~、国際フォーラム(有楽町)
 VJCC(ベトナム日本人材協力センター)主催
3月27日(火);午後2時~、ハノイ貿易大学

 ユナイテッド=ワールド証券からは、匿名組合形式で1口が10万円からベトナム投資ファンドを購入できる。この投資運用は、インドチャイナ=キャピタル社が担当している。同社は、すでにベトナム投資ファンドを販売しているキャピタル=パートナーズ証券の投資ファンドを運用しているドラゴン=キャピタル社よりも投資利回りは高い実績を達成している。

 弊社・「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」は、上記のインドチャイナ=キャピタル社やドラゴン=キャピタル社とはライバル関係にあるが、いずれもベトナムの国家証券委員会管轄下の同業者という意味では、利害が一致する部分も多い。

 ユナイテッド=ワールド証券やキャピタル=パートナーズ証券は、今後、「ロータス社」の組成した投資ファンドを販売していただく関係になるかもしれない潜在的な顧客である。弊社「ロータス社」は投資ファンドの「メーカー」であるから、その販売先の証券会社とは、まったく競合しないのである。

 この業界、結果がすべての部分もある。好業績を達成する実績があれば、その投資ファンドは強いて営業活動をしなくても自然に販売できる。弊社「ロータス社」は新設の運用会社だから実績はないと思われがちだが、すでに昨年から「実験ファンド」として20万ドル規模の投資ファンド2本、総額50万ドルほどを運用している。これらの実績は、投資金額が少額なこともあるが、1年未満の運用期間で資産は2倍以上に増加した。

 こういう実績があるからこそ、私は「ロータス社」設立を支援する決断をした。大学教授は慎重なのだ。しかし慎重だけでは、永遠に「実学」はできないことも事実だ。

 講演を主催されるユナイテッド=ワールド証券の林会長は、私の自宅近隣のご出身であり、関西弁が通じるという点で以前に意気投合した。商売抜きにして、できることは何でも協力させていただこうと私は思っている。

 ハノイのVJCCと私は長い関係がある。開所式典にも出席し、当時の山崎特命全権大使とモー前学長の写真も撮った。日本側の堀添初代所長そして橋本前所長と何度かお目にかかっており、新任の小樋山所長とは昨年末に「株式投資セミナー」について相談させていただいた。もちろんベトナム側の代表であるタム所長とも長いつき合いである。このような経緯で「株式投資セミナー」を開催することとなった。直接の担当窓口は、VJCCビジネスコースのJICA専門家である竹村氏である。

 ベトナム人に対して株式投資の話をする。このような機会は、おそらく日本人で初めてではないか。非常に光栄である。日本は、大阪の米相場から始まった市場取引の長い伝統をもっている。さらに、おそらく世界史上でも類例を見ないような「バブル経済」の発生と崩壊を経験している。これらの日本の経験をベトナムの人々に伝えたいと思う。そして米国投資ファンドが、日本市場をかき回している最近の動向も話したい。

 株式市場は資金調達が本来の経済機能である。米国流のマネーゲームの発想に基づいた利益追求型の投資ファンドの動向に十分注意すべきことをベトナム人に強く訴えたい。さらに、ハノイ講演前に短期間であるがベトナム訪問するので、その時にベトナム人のニーズを把握しておきたいと思う。聴衆のニーズや予備知識の程度を事前に把握しておかないと、聴衆に十分満足してもらえる講演は難しい。

 ベトナム人の証券知識が向上すれば、ベトナム国内向けの投資ファンドの組成も可能となる。この意味で上記のセミナーは、弊社「ロータス社」の営業・宣伝活動の一環とみなすこともできる。これから3月末まで大学は春休みであるが、個人的には多忙な日々が続きそうだ。オモロイやないか----。

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2007年2月16日 (金)

テト前夜

 日本にいながら、テト(旧正月)にワクワクするのは久しぶりだ。東京の大使館と大阪の総領事館のテトのパーティーに出席したのだから、自然に気分は盛り上がる。

 ベトナムのテトは明日。中国の旧正月はあさってだ。両国間の時差の都合で、何年かに1度、1日のズレが生じるのだそうだ。

 テトの前は、爆竹の代わりに花火大会だ。ハノイのホアンキエム湖の周辺にも人出があふれるのだと思う。そして明日の朝は、正月料理。桃の花やキンカンの木の飾り付けは終わったのだろうか。ワインも買わなければ、多くの来客に対応できない。

 初日は家族。次に親戚。そして友人。会社の上司。順番に訪問の範囲を広げていく。少しばかりのお年玉を渡したり、もらったり。WTO加盟を果たし、経済も好調。今年のベトナムの人々の雰囲気は明るいのではないか。明日は、ともかくメールでChuc Mung Nam Moi を全ベトナム人に送信しておこう。

 すっかりベトナム気分に浸っていたいのだが、明日は、大学に行かなければならない。昨年に実施したラオスのボランティア活動の報告書を作成する作業がある。ちょうどラオス国立大学の先生3名が、JICAの大阪国際センターで研修中だ。1度だけ会いに行って、カップラーメンを差し入れしたが、その後は私の体調が悪くてそのままになっている。

 お決まりのコースで、自宅に招待して鍋料理が未だ実現していない。この週末も何かと多忙だ。

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2007年2月15日 (木)

ODA記者会見で現金配布:お車代の慣行

 『朝日新聞』(2007年2月15日)によれば、「日本政府の途上国援助(ODA)が供与されるインドネシアの首都ジャカルタの大量高速輸送システム(MRT)事業を説明する記者会見で、現金が入った封筒が配られていたことが14日にわかった。会見を主催した国際協力銀行(JBIC)は「現地の慣行に従った」と説明している」。

 この金額は20万ルピア(約2700円)で配付資料の中に封筒に入れて渡されたそうである。「インドネシアでは企業などの会見で「交通費」として少額の現金が配られることがあるが、地元紙記者によると、最近は授与を慎む傾向で現金を返した社もある」と言われている。

 以上の記事に関する私の論点は2つである。第1に、この「交通費」の慣行はベトナムにもある。最近の現状はどうか。第2は、この記事を送信した記者の意図は何だったのか。

 私が滞在中の1998年にハノイで「東アジア経営学会」が、ハノイ国家大学の主催で開催された。私は、ハノイの国民経済大学に留学中だったから、この学会開催をお手伝いした。開催予算を検討して、日本人参加者の参加料などで収入は十分と思われたが、ベトナム人担当者は不足と言う。なぜならベトナム人参加者に渡す「お車代」が必要というのだ。

 学会の会場受付では、現金入りの封筒が渡され、それに対して名簿に受領のサインをする。この金銭受領の面でキッチリしていたことにも驚いた。このようなことは日本では考えられないので、大きな文化の相違を痛感した。しかし、このことが「悪い」とは一概に言えない。薄給で多忙な研究者に多数集まって欲しいと希望するのは主催者側だ。「お車代」を渡して、ぜひとも来ていただくのが集客の原則だ。

 同じことは、ベトナム企業にもあった。ある企業の新製品の発売会見では。それを取材する新聞記者に対して、会社関連グッズと一緒に「お車代」が配布されたと聞いている。この記者は、この「お車代」だけを返却した。十分な給与と取材経費がある外国人記者が金銭を受け取る必然性がないという理由だ。これは、この記者個人の見識の高さを示している。しかし、そのことがニュースになることはなかった。これは犯罪ではなく、通常に行われている「慣行」だからである。

 もしニュースにするなら、こういった「慣行」を全廃するまで戦うという本気の決意と姿勢が求められるのだと思う。場合によっては、ベトナム人全体や同僚記者を「敵」に回すかもしれない。また、これまでのベトナムの友人関係を失うかもしれない。外国人が、その国の「慣行」を批判するためには、これほどの覚悟が必要であると私は思う。慣行とは、その社会で醸成された秩序=常識であるから、善悪は別にして、それを批判するには、相当のエネルギーが求められる。

 冒頭のインドネシアの記者は、「不正」と思われる「慣行」をニュースにしたのだろうが、果たして、上記で述べたような覚悟があったのかどうか。この「お車代」の出所がODA資金の税金であるとすれば、それは税金の無駄遣いとみなされる。現在、税金の使途に国民は敏感になっているから、この「お車代」も注目される。このように記者が考えたとすれば、それは皮相的だ。ニュースの本当の相手は、インドネシアの慣行なのだ。もし記者の良心を発揮するなら、個人的に「お車代」を返却すればよかった。また、そういう記者仲間を増やせばよい。慣行に従わなければ、せっかくの会見が記事にしてもらえないかもしれない。それは、かえって税金の非効率的・硬直的な使用だ。

 最近のベトナムでは、こういう「お車代」の提供は少数になった。それだけ個人の所得水準が向上した。それを「払わない」というセミナーや記者会見が多くなり、受け取る方も「もらわない」が当たり前になってきた背景がある。「お車代」を要求することが恥ずかしい。このように社会の風潮が変化する。慣行は変幻自在だ。慣行とは、そういうものだ。

 おそらくインドネシアも同じだろう。日本のJICAやODA関連のセミナーや記者会見において今後「お車代」を払わないとすれば、それは次第に拡大していくだろう。その結果、慣行を変化させることになる。この意味で、冒頭の記者のニュースは効果があるのかもしれない。しかし摩擦が生じることも確実だろう。

 ただし、このような長期的な視野がこの記事にあるようには感じられなかった。一時的・短期的な正義感。それは悪くないが、外国の慣行について、それだけに基づいて単純に批判するのは軽率ではないか。そういった慣行ができあがった長い歴史があるのだ。彼に、それだけの配慮があったのかどうか。私は、それを問いたい。

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2007年2月14日 (水)

今日は風邪でお休み

 先週は東京2泊出張を含めて休みなし。風邪を引いた。昨日も明日も大学で休むわけにはいかない。そこで今日は休養。あまり食欲がないことを好機にして、食事も減らして体重も減らす。転んでもタダで起きない。「ネアカのびのびへこたれず」。そういうことにしておこう。

 ベトナムの「ロータス社」に電話したら、今日は「忘年会」で職員みんなで昼食は日本料理店に行ったそうだ。旧正月前のウキウキした雰囲気が伝わってくる。

 インベスター=リレーション(IR)担当のTRANG(チャン)さんからは、先生、次に来るときは「お年玉」ですよと言われている。確かに、そう言われれば、「お年玉」を渡すような立場になったのだなあと思う。この「お年玉」、要するに縁起物だから高額は必要ない。5万ドン~10万ドンで十二分だ。それでも10人も渡せば、結構な出費になる。それも楽しいではないか。その代わりに、今度は、「先生の日」にプレゼントをくれるようにお願いしてみよう。花束がてんこ盛りになるかもしれない。

 ベトナムでは、このようにプレゼントを交換する習慣は強く残っている。これを忘れたからと言って、外国人だから許されるだろうが、いつまでもベトナム人には接近できないであろう。かつての日本にあったような濃密な人間関係が残っているので、それに注意しながらベトナムでビジネスをする。円滑なビジネスの遂行にとって、これは重要なことだと思う。

 休憩と言いながら、これだけ書いてしまったじゃないか。もう、「どうにも止まらない」。山本リンダ現象だ。それにしても、古~~い!! まさに中年オヤジだ。

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2007年2月13日 (火)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(3):国有投資機関SCICとは何か?

 設立されたばかりの「ロータス証券投資ファンド運用管理会社」は、ベトナム財務省傘下の国家証券委員会が認可したベトナム現地法人の株式運用会社である。証券会社と違って、投資ファンドを組成したり、日本の「ラップ口座」のように一任勘定で顧客の口座管理を業務としている。

 証券会社は、顧客の売買注文の仲介が主要な業務だが、上記の「ロータス社」は運用会社であるから、実際に株式売買を担当する。この意味で、同社からの直接の情報は注目に値する。ただし「ロータス社」の顧客は、証券会社や金融機関などの法人や、そこからの紹介による大口個人顧客に限定されている。

 さて、同社が提供する「ベトナム経済ニュース(2)」(2月11日)におけるSCICについて質問を頂戴した。そこで、以下ではSCICについて解説する。

 SCIC(The State Capital Investment Corporation:国家資本投資会社)は、2005年6月20日に首相決定で設立された国家の特別経済組織である。国有会社における国有資本の代表者として、その資本について管理・投資・処理する。SCICの設立資本金は5兆ドン(3億1,250万ドル)。2007年の今日までのSCICの投資項目は1,000社あり、総資本(帳簿価格)は23兆ドン(14億3,750万ドル)に達している。

 SCICは、いわば「国家持株会社」である。その任務は、国有資金の投資運用会社である。首相決定によれば、同社の業務は次のように規定されている。
 第6条 SCICの機能と任務
1.独立した国有企業から転換した国営の1名有限責任会社・2名以上有限責任会社・株式会社もしくは新しく設立されたそれらの会社に投資された国家資本の所有者を代表するために、それに伴う権利を所有・行使する。
2.次の目的を達成するために、国内・外国の経済部門・分野において国家資本を投資・売買する。
 ・効率的に資本供給源を利用して国家資本を保持・発展させる。
 ・発展のための推進力を創出して、国家資本によって投資された企業の業務能力と競争力を向上させる。
3.国家指定の任務に従って国内の経済部門・分野にSCICの投資資本を投資・管理する。
4.国家企業法の条文に従って国内・外国資本供給源の動員を組織化する。
5.投資コンサルティング・財務コンサルティング・株式化コンサルティング・企業所有転換コンサルティングおよび国内・外国の組織および個人からの受託投資資本の受領のような金融サービスを提供する。
6.資本投資分野における国際協力の任務を遂行する。
7.法律の条文に合致するように企業支援サービスを提供する。

 この首相決定の条文全文は以下(英文)で紹介されている。 
http://www.itpc.hochiminhcity.gov.vn/en/business_news/vietnam_legend_update/Full%20Text/folder.2006-06-15.1549210660/2005_06_20c

 以上の条文を見る限り、SCICが外国企業に投資したり、外国企業を買収したりすることもありうる。さらにベトナムにおける機関投資家との連携・協力もありうる。すでに既報のように同社は金融機関・国際大手投資銀行20社と関係を結んでいる。

 次回に私は、このSCICを訪問してみたいと思う。果たして、この金融機関の中に日本企業は含まれているのであろうか。訪問しないことには「実学」は始まらない。

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2007年2月12日 (月)

学生と航空券をめぐる問題

 3月末にベトナム訪問をする予定だ。学生と社会人の方々で総勢21名になる。社会人の方々は、それぞれ目的があるので、それに応じた手配を現地でする予定だ。学生は、貿易大学の学生と一緒にハノイでは河内音頭で文化交流、ホーチミン市では市場調査で学術交流する。

 外国旅行の初歩は航空券を買うこと。最も簡単な方法は旅行会社に依頼することである。しかし今回は旅行会社を使用しない。経費削減のためだ。学生の「スタディツアー」に5☆や4☆ホテルは不要だ。

 そこで航空券の購入を学生に任せたのだが、パスポートを取得していない学生がほとんどだから、どのようにするのか分からない。通常、旅行会社から申込書が送られてきて、それに住所・氏名や緊急連絡先を書けば問題ない。それと同じことを学生にやらせればよい。

 数年前に就職活動のためにハノイから途中帰国する学生がいた。航空券を変更するように指示したのだが、学生はノイバイ空港まで行った。航空券は空港で買うと考えていたのだ。当然チケットは、市内に多数あるベトナム航空の事務所で買うことができる。航空券の変更を指示するだけでなく、どのに行けばよいかも指示しなければならなかったのだ。

 以上、これまでに経験したことがないことに学生は挑戦する。おそらく失敗もするのだろうが、大きな事故さえなければ大成功である。自宅と大学とバイト先を主な活動領域とする大学生が、世界に初めて飛び出す。「この夏休み、どこかに行きましたか?」。「はい、友達と京都に行きました」。「~~!!」。京都に行くのは悪くないが、「もっと視野を広げろよ」と思ってしまう。「ベトナム・スタディツアー」の教育効果は絶大だ。

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2007年2月11日 (日)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(2):機関投資家の動向

 今日は、在大阪ベトナム総領事館が主催する「旧正月」の新年会である。東京では比較的公式的な集まりであったが、大阪は留学生の出席も多く、どちらかと言えば気楽な雰囲気であった。

 ベトナムの旧正月(今年は2月17日)は、ベトナム人にとって最大の楽しみ。約1週間の長期休暇があり、故郷に帰省し、家族・親族・友人との交流を深める。仕事が始まっても、新年会が連日のようにあり、正常な仕事の状態に戻るには1週間以上が必要だったりする。かつての日本も同じような状況ではなかったかと思う。これは私のハノイ滞在中の1999年の話。

 今では帰省しないで、家族で海外旅行に出かけたり、仕事のために短期間の休みにする会社も多いと言う。さて、「ロータス証券投資ファンド管理会社」からのニュースを紹介する。同社の場合、2月16日~21日が正月休暇である。

 2007年2月7日『ベトナム経済タイムズ』によると、SCIC(The State Capital Investment Corporation)が大株主として、2007年に20社の上場を支援する予定だ。
 SCICは、新投資法を展開したり、戦略パートナーなどのメンバー企業の再編成したりする。例えば、戦略パートナー募集、株式入札・新規株式引き受け、上場支援、国有株式の販売を進める。
 対象とする企業は、のPasific Airline、Bao Minh Insurance Corporation、Bao Minh Life-CMG、FPT、VINAMILK、Binh Minh Plastic Company、Thieu Nien Tien Phong Plastic Company などである。
 その他にSCICは、20社の金融機関および国際的な大手投資銀行との関係を作り上げてきた。

今後、続々と国有企業の株式会社化が進展し、その上場が期待される。そうしなければ、過大な外国投資資金が吸収できないからである。ここでのポイントは、いかに安く株式を購入するかということだ。いわゆるベトナム人の間での「インサイダー情報」によって一定の株式取得は可能であろう。しかし、それには限界があるのではないか。

国有企業と本格的に話し合って、その資金調達を投資ファンドが担当する。それだけでなく経営支援・生産支援・販売支援を戦略的なパートナー株主として実施する。このようなことができないのだろうか。これまで私が何度か訪問した国有企業や民間企業では、このような話し合いができるような気がする。

 『週刊ポスト』(2007年2月23日、pp.42ー45)によれば、ベトナムでは「上場ブーム」と紹介されている。しかし「フェイム・アセット・マネジメント社」が運用し、アイザワ証券が販売する暴騰率は3ヶ月間で7.8%、6ヶ月間で11.3%となっている。通常の株価が2倍~3倍になっているのに、この低利回りはいったいどういうことだろうか。

 おそらく、この投資ファンドの大部分の資金は現金で保有されていると思われる。上場株式が少なくて、投資したくても投資できない。また上場株式を無理に購入すれば、割高になり「バブル」を助長することになる。こういう状況での最善の投資戦略は、前述のような未公開株の取得であると思う。今後、こういったベトナム株式の運用戦略の相違が暴騰率に明確に現れる時代が来るだろう。

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2007年2月10日 (土)

東京・ベトナム大使館のテト(旧正月)新年会が開催

 2月9日の午後6時30分から東京・元代々木のベトナム社会主義共和国大使館は、 070209_185400012月17日のテト(旧正月)を記念した「新年会」を開催した。

 駐日特命全権大使・カップ大使が、ベトナムの民族衣装=アオザイを着用して笑顔で出席者に挨拶し、おそらく大使館職員の奥様たちの手作りのベトナムお正月料理が並べられた。ベトナム風の「ハム」は懐かしい味がしたし、ベトナムのラッキョもお正月らしい。バンチュンはテトの定番メニュー。長い行列ができたフォーは本場の味がした。ベトナムのワインもあっさりして飲みやすかった。家庭的な雰囲気の心温まる新年会だった。

 来賓として、日本共産党の志位委員長(写真上)と日越友好議員連盟会長の武部・前自民党幹事長(写真下)が来られた。ベトナムの「全方位外交」政策を象徴しているような組み合わせだ。

070209_19480001 志位さんは、最初にベトナム語で挨拶し、その後は日本語で最近ベトナム訪問された時のベトナム人大学生の反応や感想を話された。武部さんには、昨年8月にラオスからベトナムの飛行機が偶然に同じだったから、少し声をかけようと思ったのだが、その機会がなかった。こういったテレビでおなじみの国会議員が出席するパーティーは、やはり東京ならではだ。

 そのほかに、以前に大阪総領事館におられたズオン参事官、カップ大使の通訳を担当されたソンさんなど旧知の方々の華やかな活躍を見ることができて嬉しかった。大阪からは日越経済交流センターの事務局長の織田さんも出席された。さらに私は、ベトナムに訪問したことはないが、これからビジネスを始めようという日本人の方々を同行した。

 「まあ適当で東南アジア的ですね」。新年会の参加者のためにクローク用の部屋が用意されていたが、荷物の管理や引き替え番号の受け渡しが適当であり、もし荷物の取り違えや盗難があったら、どうするのだという感想であった。帰りのタクシーの中での会話だ。

 私なら、「これもベトナム流。それでも無事で盗難などは起きないだろう」と見逃してしまう風景だった。ベトナム初めての日本人の印象は以上だった。そのほかに私は以前、ベトナムのバイクの洪水が普通に見えてしまって、ベトナム初訪問の日本人が「キャア、スゴイ」というのを何でだろうと思ってしまった経験があった。

 これらのことは、私にとって自戒すべきことだ。ベトナムに慣れすぎない。普通の日本人の初心に帰る。普通の視点を忘れない。ベトナムと密接に仕事しているとベトナム慣れして、「ベトナムお宅化」する。これでは一般の日本人の感覚から浮いてしまう。客観的なベトナム観を保持しなければならない。

 なお、以前にベトナム株式公開予定のベトナム航空は「割引航空券」はないと述べたが、大使館からもらった資料によれば、ベトナム航空が「正規割引運賃」を昨年10月から導入していた。「東京・大阪発ホーチミン・ハノイ行きの平日運賃」について出発日前日までの料金と、出発日21日前までの料金は現在、前者が136,000円、後者の午前便が81,000円、午後便が73,000円である。これもベトナム慣れして航空券購入を任せきりにしていたので気づかなかった情報だ。いろいろ楽しく、懐かしく勉強になった新年会だった。

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2007年2月 9日 (金)

ベトナム株式投資のリスク:社会主義と政府規制

 先日、ベトナム株式投資に関する為替リスクについて議論した。ここで次に、政府規制のリスクについて検討しておく。

 周知のようにベトナムは社会主義を志向する国である。しかし当面、市場経済は社会主義制度と矛盾しないと考えられている。社会主義に向かう過程で必要な経済発展にとって市場経済が適当とみなされているのである。

 しかし、社会主義体制下においても市場の役割を積極的に評価する見解もありうる。神戸大学経済学部の故・置塩信雄教授は以前に、本来の市場メカニズムは、国民全体で最適な商品の数量と価格を決定する仕組みであって、それは民主主義的な投票制度に類似しているという意味のことを指摘された。

 確かに、売れないものは国民から支持されていないのだから、市場から退出せざるをえない。あらゆる生産活動から生まれた商品やサービスが、市場という国民投票の洗礼を受けて取捨選択される。企業活動も同様であり、国民から支持されない企業は人も集まらないし、取引も減少する。その結果、廃業しかない。消費者としての国民が経済活動に大きな影響を及ぼしている。

 このような観点から市場メカニズムを把握すれば、経済活動全体が国民全体によって市場を通して決定されていることを意味する。経済活動を国民全体が決定するということは、経済活動を国民が支配=所有していると言うことである。経済を国民全体が所有するということは、あるべき社会主義の理想の姿ではないのか。

 これは単純化しすぎる議論である。次の問題は、そういった「市場」をより詳細に規定しなければならない。少なくとも経済学でいう「完全競争市場」の条件とは同じでない。国民が経済活動を決定できるための市場は、新しい概念である。

 社会主義といえば、中央集権的な官僚主義の共産党独裁体制を連想するのだが、そのような体制の失敗はソ連・東欧の崩壊によって明らかである。それでは現代の社会主義をどう考えるか。ベトナムや中国の共産党は政権党であるし、日本にも共産党は現存している。今さら失敗が明白になったソ連・東欧型社会主義を復活させるというような復古主義・時代錯誤の方針を彼らが保持しているようには思われない。そのような方針や政策は国民や世界から支持されないからである。それでは、その社会主義像はどのようなものなのか。

 以上、ベトナム株式投資のリスクを検討する場合、社会主義を志向する共産党政権下での株式市場であるということが、最大のリスクであると指摘できる。どのような社会主義を目標にするのか前例がないからである。たとえばタイやカンボジアなら、少なくともこれまでの資本主義国の経済発展が想起できるのであるが、ベトナムは必ずしもそうではない。

 ただし、そのリスクは予想可能である。少なくとも私の知る限り、ベトナムについて言えば、政府は、国民生活の改善や保護を優先している。この観点から、ベトナム株式市場について何らかの規制の発動があっても不思議でない。それは日本でも同様であって、大きな規制緩和の潮流がありながら、国民生活を保護する法律まで緩和することには強い抵抗がある。ベトナムも同様である。

 常に、ベトナム国民に与える影響に注意しながら、株式市場の動向を観察する。これが、ベトナム株式市場における「リスク管理」の要点であると思う。

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2007年2月 8日 (木)

ベトナムのカレンダー表記

 先日、学生が研究室に来て、ベトナム=スタディ=ツアーの打ち合わせをした。そして次に会う日を考えるためにカレンダーを見たのだが、「先生、このカレンダーどうなっているのですか?」という質問があった。「何、言うとんねん?」と思ったが、よく見てみると「ホンマやな~」となった。

 ベトナム航空からもらったカレンダーなのだが、毎月のカレンダーの左端が月曜日から始まるカレンダーなのだ。通常の多くの日本のカレンダーは日曜日から始まる。インターネットのフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を調べると、「日曜日と月曜日の2種類ある」と書かれているが、その両者の区別の詳細は説明されていない。

 ベトナムの場合、ベトナム語で月曜日は「ツー・ハイ」。「2の曜日」という意味だ。したがって金曜日は「6の曜日」、土曜日は「7の曜日」だ。このように考えると、左端が日曜日から始まる方が、曜日の呼び方に一致していると思う。ベトナムのカレンダーは変だ。

 アメリカのカレンダーは月曜日から始まるが、ウィークエンド(週末)と言えば、土曜日と日曜日だから、最初に月曜日が来るのは不思議でない。ただし、アメリカでも日曜日から始まるカレンダーが一般化しているという意見もある。日曜日始まりと月曜日始まりにアメリカ全州で相違があるのだろうか。

 日本の場合も、「週末」という言葉があるのだから、週の最初は月曜日であって当然だが、なぜか日曜日から始まるカレンダーが多い。これも不思議だ。

 この月曜日から始まるカレンダーと日曜日から始まるカレンダーの相違は何が理由なのだろうか。上述のように、理屈に合わない表記が一般的になっている国があったりする。

 こういうテーマの研究は、学問的な分野は何に属するのだろうか。文化人類学・社会学・民俗学の領域であるように思う。おそらく先人が調べていると想像されるのだが、その情報が入手できなければ、せっかくの先人の研究が後世に活用されないことになる。時間があれば、インターネットで詳細に検索して解答を見つけてみたい。もし解答がなければ、面白い研究テーマだ。どなたか、教えて~~。 

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2007年2月 7日 (水)

ベトナム人との仕事:サービス業の成功の秘訣

 これまでの日本企業のベトナム直接投資について、多くの事例は製造業であった。そしてハノイやホーチミン市のJETRO(日本貿易振興機構)事務所に相談に行ったり、日本で開催される各種の「ベトナム投資セミナー」に行けば、ほとんどの場合、推奨される投資形態は「100%外資で工業団地に進出しなさい」というものだ。その主な理由は、「煩わしい慣行や意思決定の調整を気にすることなく、本来の生産活動に集中できるから」である。

 この指摘は、私の拙著でも紹介しており、その通りだと思う。しかしこれは、特に輸出加工型の製造業の場合に最も妥当すると思う。ベトナム国内販売を考慮しなくてよいからだ。工業団地というベトナムから離れたような別世界の中で生産に専念する。このような状況を作り上げることができれば、ベトナム進出は成功する。

 しかし工業団地で100%外資の進出が万能策かといえば、必ずしもそうではない。たとえばエースコック=ベトナム社は、ベトナム国内で製造と販売の双方で活動している。当初は、国営食品企業の大手であるヴィフォン社と合弁であり、その後に外資100%に円満に転換した。もし最初から外資100%であれば、製造はともかく、販売は成功したのかどうか? もっともエースコック社が進出した当時の「外国投資法」は100%外資を認めていなかった。

 製造は最初から100%外資でよいと思う。「日本のもの作り」や「品質管理」を集中して教育・伝達する。しかし、販売は100%外資で難しい。ベトナム国内市場の流通システムにおける支払い条件や販売促進などの慣行を理解してこそ、日本人による革新性が活きてくる。ベトナム人から国内販売については学ぶことが必要だ。

 この販売ということを広く言えば、サービス業ということだ。金融業・旅行業・教育なども広くサービス業に含まれる。これらの顧客はベトナム人だ。そうなるとベトナム人から学ばざるをえない。この「学ぶ」ということを謙虚に虚心にできる企業が、サービス業での成功の秘訣ではないか。私が関係している「ロータス証券投資ファンド管理会社」の少しばかりの経験から、このように私は確信するようになった。日本での「思い込み」や先入観は捨てた方がよい。

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2007年2月 6日 (火)

ベトナム訪問計画:皆さんも参加しますか?

 昨日、私のゼミ学生が中心となって集まり、3月24日~31日までのベトナム訪問の第1回の打ち合わせをした。ハノイでは、「河内音頭」をベトナム人学生と一緒に踊る。ホーチミン市では、ベトナム初の全国展開しているコンビニであるG7マートの市場調査をする。昨年末に大学交流協定を調印した貿易大学の学生と一緒である。

 このベトナム訪問には、社会人の方々の参加も歓迎だ。通常の観光ではなく、ベトナム人の若者との交流に参加する。さらに個別の商談会の設定も可能である。ただし商談会の設定は、日越経済交流センターのニュース読者(年間購読料:1万5千円)が最低の条件である。

 このベトナム訪問は旅行会社を使用しない。個人旅行の扱いだ。それで学生を鍛える。自分でやらなければ、何もできない。各自の責任を果たさなければ、全員が迷惑する。このような状況で「ただ乗り」は許されない。大学における私の指導は厳しいのだ。

 他方、すでに数名の社会人の方々の参加希望がある。このブログ読者の方々の参加も歓迎である。大学・企業・観光など盛りだくさんの内容を同時進行で企画中である。このような同時多重の行事処理は私の得意な領域である。私の自己実現の一環である。もちろん部分的な参加も歓迎。私は個人的に団体旅行は嫌いだから、参加する皆さんも自由に行動してもらえばよい。部分的に接点を作る。関心の方は大学事務所宛に2月17日(土)までに、ご連絡下さい。

 本当は学生の行動の自由度も高めて、現地集合・現地解散でよいのだが、これが初めての海外旅行でパスポートを持っていないという学生がほとんどである。そこで関空から私が引率する。それでは、費用はどうするか。すでに昨年8月からバイトして貯金するように指示してあるし、さらに私が貸与すると言明した。「在学中に返済すれば、無利子。しかし賃貸借契約書には連帯保証人をつけてもらうで---」と「金貸しの顔」で言ってある。これも社会勉強だ。こんなゼミは、他大学にも稀有だろう。だからこそ「実学」なのだ。

 「大学教授:アジアで「実学」を追究する」。このブログの副題である。学生や社会人の方々を交えた「実学」追究の旅が今年から本格的に始動する。オモロイやんけ。ホンマに。旅行の企画書は以下のファイルの通りである。「VNVisit07.doc」をダウンロード  

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2007年2月 5日 (月)

ベトナム株式投資のリスク:日本からの教訓

 大学の研究室を大掃除していたら、次の論文が「発掘」された。若尾晃弘「株価高騰と日本経済」『調査月報』484号、1987年11月、東海銀行。(注:この発掘とは的確な表現である。私の大学院生時代からの膨大な資料の中から偶然に発見されたからだ。)

 この調査月報は、バブル崩壊を予想して勇名をはせたエコノミスト・水谷研治氏が執筆代表者である。確かに、この論文が執筆された1987年は、株価上昇が顕著になった1986年から株価が最高値をつけた1989年末までの過渡期である。「バブル経済」の真っ最中の日本の現状は、今日のベトナム株式投資のリスクを検討する手がかりになると思われる。そこで、この論文を簡単に抜粋・紹介し、ベトナムに対する教訓を指摘する。

 株価の高騰は、家計・民間企業・金融機関・政府という経済主体の資産増加・収益(税収)増加をもたらす。これらのことは、個人消費を押し上げ、設備投資意欲は高まり、減税の税源は確保され、公共投資は増加する。総じて株価高騰は経済成長率を上方に修正する。

 そもそも株式の価値は、次の2つの方法で求められる。(1)企業の配当や配当の源泉となる利益を基礎にする考え方。(2)企業の資産価値を基礎にする考え方。前者の立場に立った投資尺度には、株価収益率(PER)があり、後者の立場からは、株価純資産倍率(PBR)がある。

 PER=株価/1株当たり利益、
 PBR=株価/1株当たり純資産額。

 PERが高いと言うことは、それだけ株式の人気が高いことを示しているが、あまりにも高くなり過ぎると、投資尺度としては使用できない。これはベトナムでもそうかもしれない。

 1987年6月末のPERとPBRの水準は、次のようになる(上記論文、表6、17頁)。なお、この利回りとは、株式配当利回り=1株当たり配当金/株価。

        PER(倍) PBR(倍)  利回り(%)
 日  本   58.2    4.90    0.5
 アメリカ   17.8    2.14    3.0
 イギリス   15.7    2.40    3.2
 西ドイツ   14.7    2.29    3.1
 フランス   16.3    2.04    2.6
 香  港   17.7    3.20    2.8
 世  界   22.7    2.61    2.2

 このような株価高騰の原因は、「日本企業の業績や成長性が評価されて実現されたものではなく、金融情勢・為替相場などの極めて不安定な基盤のうえに成り立っている脆弱なものである可能性が高い」。さらに「我が国の株価の水準は企業の業績によっては説明できないほどに高くなっているだけに、高水準の株価を支えている条件に何らかの変化が生じた場合には、隠されていた株式投資のリスクが顕在化する可能性がある」と注意が喚起されている。

 「バブル経済」の最中であるにもかかわらず、このような警告の先見性は注目に値する。そして株価暴落のリスクの程度を測定するために、家計・企業・金融機関の資金運用に占める有価証券および株式の比率の動向が調査される。その結果、特に金融機関の比率が増加していることが明示された。このことから、金融機関がバブルを煽ったことは確かである。

 この論文の結論は次のようなものであり、その後にそれが的確であったことが証明された。「株価の高騰がもたらす経済成長は、株式を購入もしくは保有する投資家が株価下落のリスクを負担することによって実現されている一時的な現象にすぎない」。「株価下落が現実のものになった場合には、株価高楼によって景気が回復するメカニズムが逆にはたらくことにより(すなわち株価の下落が個人の金融資産残高の減少や企業収益の悪化を通じて個人消費や設備投資に負の影響を与えることにより)、これまで実現された経済成長は帳消しになる可能性が高い」。

 そして、「株価高騰を本当の経済成長に結びつけていくためには、金融資産への投資だけでなく、株高に伴う資本コストの低下を生かして積極的な研究開発投資を行うなど、日本企業成長の可能性をより大きなものとしておく努力、すなわち日本企業の実力を高水準の株価に見合ったものとしておく努力が必要とされるのではなかろうか」と最後に提言される。

 以上の論文からのベトナムに対する教訓は自明である。単純に「日本」を「ベトナム」に代えればよい。ベトナムにおいても、株式公開・株価上昇による低い資本コストの調達資金を利用して、国際競争力を早急に強化することである。そのためには設備投資・研究開発はもちろんであるが、ベトナムでは人材開発が重要であると私は思う。

 そこで、人材育成のための思い切った投資をする気が経営者にあるのかどうか。また、その支援を積極的に受け入れる意欲があるかどうか。さらに経営者の浪費癖・成金趣味が過剰ではないかどうか。企業を訪問して経営者にインタビューして、これらの点を確認してから投資先を選定する。これがベトナム株式投資の重要点である。また、マクロ経済分析のみならず、PERやPBRの時系列データや国際比較データの収集・分析も不可欠であろう。

 特に私は、同業種の企業のPBRをタイもしくは中国と比較することを提案したい。ただし、この場合はベトナム企業の財務データの正確性・信頼性が問題となる。しかし、この問題は日本でも同様である。今日の日本でも粉飾決算が事件になっている。この意味で、企業財務データは一つの目安と考えることが適当かもしれない。

 いずれにせよ、当たり前の分析を日本でもベトナムで行う。その客観的な分析結果に合理的に従う。日本では、それができなかったからバブル崩壊の傷を深くしたのではないか。果たしてベトナムではどうか。社会主義を志向するベトナム政府の論理性・合理性は、意外と株価高騰のリスクを乗り切るのではないか。この私見の適否は、これから実証的に明示されるだろう。

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2007年2月 4日 (日)

ベトナム株式投資と為替レートの関係:4年間で12.67%!!

 ベトナムに株式投資する場合、われわれ外国人投資家は為替レートの影響を受ける。いわゆる為替リスクである。日本の場合は、二重のリスクがある。円とドル、そしてドルとドンの為替変動の影響である。

 たとえばベトナム旅行すれば、直接に円をドンに換金できるのだが、その換算の間に円とドルの為替レートが介在している。米ドルとドンのレートは短期的に安定的だから、対ドルの円レートが円安になれば、対ドンの円レートも円安になる。

 まず、円とドルについては、たとえば『週刊エコノミスト』(2007年2月6日号)は、「円」の暴落という特集記事を掲載した。確かに、長期間の低金利が続き、将来の経済の不確実性が高まっているときに、自己の生活を守るためにも、外国投資に個人資金が大量に流出するのは当然である。私見では、今後の「団塊の世代」の退職金が、かなり外国投資に向かうことも十分に予想される。これらの要因は、さらなるドル高・円安を誘導する。

  ベトナムにおける為替レートの推移

 年    為替レート(ドン対1ドル) 変化率%
1995   10,970          ------
1996   11,100          1.16
1997   11,746          5.82
1998   13,300         13.23
1999   14,000          5.26
2000   14,200          1.43
2001   15,000          5.63
2002   15,243          1.62
2003   15,478          1.54
2004   15,570          0.59
2005   15,857          1.84
2006   16,000 (速報値)   0.90
2010   17,990 (予測)    
(注) 中央銀行公表インターバンク市場レート。
(資料) ベトナム統計総局『統計年鑑』各年度版および報道。
(出所) 東京三菱UFJ銀行『ベトナム経済情勢』2006年12月号から抜粋。

 ドル高・円安の傾向は、ベトナム株式投資に好都合だ。できるだけ早くベトナムに投資した方が、為替差益を獲得できる。たとえば実際、昨年1月の送金レートが116円として、現在は121円。1ドル当たり5円=4.31%の為替利益だ。それでは次に、米ドルとベトナムドンの為替変動はどうなっているか。

 上図をみれば、明白な「ドン安」傾向である。これは、外国人投資家にとって不利益だ。たとえば2006年に1株3万ドン(=1.88ドル)で買った株式が、4年後の2010年に3万3800ドンに値上がり(12.67%)しても、そのドル換算は1.88ドルとなり、利益は消滅する。なお、この計算は、2010年の為替レートが17.990ドンという上図の予測値を使用している。最近のドンのレートは安定的に下落しているから、この予測値は説得力がある。

 以上、これから4年間で12.67%以上の値上がりがなければ、ベトナム株式投資の収支はゼロと予想される。言い換えれば、この「4年間で12.67%」より以上の値上がりがあれば、ベトナム株式投資は利益がでるということだ。ただし円安が進行すれば、この値上がり比率はもっと低くても利益が生まれる。

 このことをさらに言えば、円安が12.67%進めば、為替リスクから自由になる。4年間で現在の121円が136円の円安(12.67%下落)になれば、ドン安の損失は円安で補填される。要するに4年後の2010年に、1ドル=16,000ドンが17,990ドンの「ドン安」になっても、1ドル=121円が136円の「円安」になれば、為替の変動の影響は受けない。

 私は、数ヶ月で2倍や3倍になった株式が続出している事実を知っているから、ベトナム株式投資について楽観的である。しかし「4年間で12.67%」を疑問に思う人はベトナム株式投資に躊躇するだろう。

 ただし客観的に見て、ベトナムの経済成長率が低く見積もって毎年7%とすれば、今後4年間で経済規模は31.07%増加する。経済が30%以上成長しているのに、株価成長が半分以下の12.67%は通常考えられない。株価が12.67%上昇すれば、「ドン安」の為替差損は解消する。残りの為替リスクは円レートであるが、「円安」傾向があるとすれば、それは為替差益を生む。

 結論として、ベトナム株式投資は儲かるということだ。以上、簡単な為替レートの計算による議論だ。これを信じるかどうか。投資家の自己責任の問題である。

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2007年2月 3日 (土)

ロータス社提供「ベトナム経済ニュース」(1):株式公開の動向

 ハノイのロータス証券投資ファンド管理会社から、第1回の「ベトナム経済ニュース」をお届けする。同社のIR(投資家向け広報)を担当するTRANGさんからの情報である。最初は、新聞・雑誌記事の紹介などが中心となるが、次第に訪問企業のインタビューなどの独自情報を充実させる計画である。これに私がコメントを加えるという形式で、今日から連載してみようと思う。なお、私のコメント・解説にはを付記する。

ベトナム株式市場の過熱=高騰が報じられ、そのバブル崩壊のリスクが指摘されている。また、多額の外国投資ファンドがベトナム株式市場に参入して「池の中のクジラ」の状態になる懸念がある。これは、小さな池(=ベトナム株式市場)にクジラ(=巨額の外国投資ファンド)が住むことはできないという意味である。

こういった懸念や不安を解消するためには、国有企業および有限会社の①株式会社化を推進し、②その株式を公開し、③さらに店頭市場での売買を経て、④株式市場に上場するという過程を促進する必要がある。

ベトナム政府は当然、こういった点を理解しており、株式市場の過熱を冷却するためにも、株式会社化と株式公開を積極的に推進すると考えられる。これが、以下の報道の背景である。

 (1)ベトナムテレビ(VTV)1の「金融ニュース」と『ベトナム経済タイムズ』によると、2007年~2010年の間に国有企業の株式会社化が、さらに促進される予定である。大規模な国有企業グループの企業が53社、それ以外の大小企業500社以上が株式会社化される。
 非常に注目されるのは、ベトナム織物グループ( VINATEX)傘下の91年に設立された大手企業6社、工業省に属している6社、建設省の14社、交通省)の10社、水産省の3社、農業・農村発展省の12社、医療省の1社、それにベトナム航空である。
 その中で、VINATEX とベトナム航空は2008年、ハノイビール=ワイン=ソフトリング社(HABECO)とサイゴン=ハノイビール=ワイン=ソフトリング社(Saigon Beverage Co.Ltd)は2007年に株式公開の予定である。

以上のように、各省で株式会社化する企業がすでに準備されている。これらの株式取得は「従業員持ち株」を除いて「公開入札」で実施されることになるだろう。ここで再び、この入札価格が過熱するのではないかという懸念が生じる。そうなれば、その後の店頭売買価格も過熱することになる。株式市場の健全な発展のためには、適正価格の「抽選」販売を検討してもよいかもしれない。

上記の国有企業の中で最も注目されるのは「ベトナム航空」であろう。ハノイ~ホーチミンの国内線が常に満席に近い状態であるし、国際線も「割引チケット」が出回らない。この独占企業の株式に人気が集まるのは当然であろう。ビール企業は競争が激しいので果たして人気が出るのだろうか。たとえば公開入札しても、入札価格が額面価格といった事例が昨年にあった。個別銘柄の検討・分析は、今から始めても遅くない。

 (2)Thanh Nien新聞によると、全国的な電力需要に対応するために、「EVN(ベトナム電力グループ)全体を株式会社化する!」とNGUYEN SINH HUNG副首相が公表した。

ベトナムにおいて資源・電力株は有望だろう。上記の報道にあるように需要増加が見込まれるからである。さらに電力については、ベトナムからカンボジアに輸出していると聞いている。カンボジアの経済発展に伴ってもベトナムの電力会社は恩恵を受ける。水力発電・火力発電に加えて原子力発電もベトナムでは計画されている。事実、たとえば「PHA LAI火力発電所」の株価は、昨年9月に3万ドン程度であったが、わずか4ヶ月で10万ドンになった。だからベトナム株式投資は儲かるのだ!!

 (3)『ベトナム経済タイムズ』によると、MobiFoneは年内(2007年)に株式会社化を終える予定である。

この報道の意味は、MobiFoneが今年中に株式会社化を完了するという意味であると想像される。携帯電話の競争も激しいので、同業他社の動向を含めて個別企業の検討が必要であろう。現在、日本の携帯電話は3社の競争であるが、それぞれの差別化が進行中である。おそらく今後、ベトナムの携帯電話市場でも、その付加価値的なソフト面でのサービス競争が激化するであろう。いわゆるコンテンツの競争である。こういった動向にも注目が必要である。

以上、売買株式の銘柄数が次第に増加することは歓迎されるのだが、それだけに玉石混交の状態が生まれる。優良企業を見極める確かな目をもった「証券アナリスト」の充実と拡充がベトナムにおいて切望される。また、国営企業の株式会社化に伴う政府役人の汚職にも警戒が必要だ。それによって国民の株式市場に対する信頼が失われる。

外国人の個人や投資ファンドだけがプレーヤーのベトナム市場になれば、結局は外国投資ファンドの売却時の「受け皿」がなくなってしまう。国内投資家の健全な発展に外国投資ファンドの運用会社は留意すべきである。

ロータス社は設立されたばかりの投資ファンド運用会社であるが、たとえばJICA支援で建設された「ベトナム日本人材協力センター」やベトナム商工会議所におけるベトナム人向けの株式投資セミナーの開催を計画・企画中である。このようなセミナーを通して、ベトナム株式市場の健全な発展を推進する。これが、世界初の日系の投資管理会社であるロータス社の独自性と存在意味である。

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2007年2月 2日 (金)

ロータス証券投資ファンド管理会社:ベトナム株式市場の最新情報を提供開始

 昨年末に設立認可された「ロータス証券投資ファンド管理会社」は、世界で初めての日本人投資家向けのベトナム株式投資の運用会社である。なぜ日本人投資家向けかと言えば、

 第1に、日本の証券会社・投資ファンド運用会社・金融機関を主要な顧客にしている。さらに日本人の取締役が初めてベトナム証券投資管理会社に就任する予定である。

 第2に、ベトナム進出企業で活躍された日本人の社長経験者で構成された「投資諮問委員会」が組織されている。この委員会は投資先のベトナム企業の経営・生産指導を行い、その上場までを支援する。

 第3に、日本語を理解するソン会長、さらに文部科学省の奨学金で東京外国語大学に1年間留学していた元貿易大学教員のチャン広報部長などが勤務している。

 第4に、たとえば「すそ野産業」分野に重点投資する投資ファンドが組成できれば、ODAでカバーできない企業レベルの産業支援を民間投資ファンドが実施できることである。このすそ野産業の育成は、現地進出の日系企業の生産活動を支援することになる。

 以上のほかに、ベトナム株式の独自の情報を日本の投資家に提供する。上記のチャン部長が、ほぼ毎日のように情報を提供してくれることになっている。このブログを通して、それらの情報の一部を一般公開する予定である。ご期待していただきたい。

 なお、誤解のないように説明すれば、上記のロータス社の仕事の基本は、第1に指摘しているように「B to B」である。つまり企業と企業の取引に限定される。一般の個人投資家とは基本的に取引しない。いわゆる「ベトナム投資ファンド」という金融商品を「生産」する「メーカー」がロータス社である。それを「購入」するためには、その「販売」を契約した証券会社や金融機関などの窓口を通していただくことになる。

 ベトナム株式投資に関するロータス社の情報は、販売会社が、その商品を説明するのではなく、その商品を生産したメーカーが商品内容を説明することと同じだ。このような意味で有用性がある。より正確には、より有用性をもつように努力したいと思う。

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2007年2月 1日 (木)

今日は「映画の日」:話題作「どろろ」を見る

 最近、やや疲れているような気がする。大学では試験監督・試験採点があり、ビジネスでは会社設立後の営業活動がある。東京に今週最初に行ったが、来週も東京訪問だ。大学とビジネスをつなぐ産学協同研究の推進が指摘されて久しいが、ひとりの人間が産学協同を研究・実践する実例は、特に社会科学系分野では多くないと思う。

 そんな中で、今日は休養。また偶然に「映画の日」。千円で新作が見られる。そうなれば、映画館に行ってみようということになる。そこで話題作、手塚治虫原作の「どろろ」を見た。

 この映画、子どもだましの特撮映画というのは偏見だ。そもそも「子供だまし」という言葉が、子どもに対して失礼だ。最近の子どもはしっかりしていて、そう簡単にだませない。十分に大人も楽しめるし、そもそもR12に指定されている。なぜなら、少しばかりの残酷場面が出てくるからである。

 全体の印象は、かつての「マカロニ=ウェスタン」のような新鮮な感覚だった。この「マカロニ=ウェスタン」とは、イタリアで制作・撮影された西部劇のことだ。それまでの米国製の西部劇に比較して、その荒涼とした場面とニヒルな主人公が人気だった。現在公開中の「硫黄島からの手紙」の監督をしたクリント=イーストウッドの映画界で出世作は、このマカロニ=ウェスタンであった。

 ニュージーランドを撮影場所にしており、それが超時代・超国籍の映画にふさわしい異様な雰囲気を感じさせる。音楽も、その雰囲気を助長する。それに柴咲コウが熱演だ。滑舌が明瞭だし、動きもよかった。今年の日本アカデミー賞の受賞も期待できるのではないかと思うのだが、これは素人の考え。親子の関係を問い直す内容になっており、それも感動を誘う。

 特撮は、「着ぐるみ」のレベルであり、期待はずれ。しかし私は、ウルトラマンを見て育った世代から特に違和感はない。この特撮場面がリアルになれば、世界で通用すると思った。これが残念。

 なお、まだ主人公の百鬼丸は完全な人間に戻っていないのだから、この作品の続編が期待される。さらに柴咲コウが男から女に戻るハッピーエンドがあってもよい。どうなるのかな?この興業収入に依存するのだろう。続編、見てみたい気もするが、レンタルDVDで見てもよいかという気にもなる。本作品の新鮮さを後編では感じないと思うから、後編の期待度は低くなるのだ。

 映画評価で言えば、少し甘く採点して☆☆☆☆。大人1800円の入場料に何とか匹敵する大作と思う。今回の「映画の日」の1000円なら明確に割安☆☆☆☆☆だ。

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このブログがベトナム語の電子ニュースに掲載!(1月31日)

 この1月22日付けのブログ「ベトナム株式市場の高騰:強気100%で問題ないか?」が、次のベトナム語の電子ニュースで紹介された。

(1)http://www.tuoitre.com.vn/Tianyon/Index.aspx?ArticleID=184657&ChannelID=86

(2)http://www.vneconomy.vn/?home=detail&page=category&cat_name=07&id=8475ecd1746797

(3)http://www.nguoidaibieu.com.vn/Trangchu/VN/tabid/66/CatID/3/ContentID/6253/Default.aspx

(4)http://www.vietstock.com.vn/Tianyon/Index.aspx?ArticleID=36294&ChannelID=36

 (1)は若者に人気のある新聞であるし、(3)は国会ニュースである。このように、私のブログは大きな反響があった。これは、九州大学大学院で経済学博士の学位を取得したNGOC先生が紹介してくれた。彼は、長崎大学から九州大学大学院に進学した国費留学生である。以前から交流があった。

 たかが「ブログ」であるが、されど「ブログ」。その影響力の大きさを実感した。ただし、もともとの趣旨は、しばらくの間、ベトナム株式市場の「バブル崩壊」はありえないということだった。外国投資ファンドが大量の資金を現金で抱えているからである。しかし上記のベトナム語の電子ニュースの紹介では「バブル警戒論」に趣旨が変更されているように思う。

 今後ともベトナム政府は一般国民に対して「マネーゲーム」の過熱を警告し続けるだろう。政府にとって株式市場の開放は、企業の資金調達を増進する発行市場の役割については大歓迎であるが、マネーゲームとしての流通市場については「招かれざる客」とみなされる。しかし、発行市場と流通市場は「表裏一体」=「車輪の両輪」と言うべき不可分の関係である。

 ベトナム政府当局は、この両市場のバランスの取れた発展を誘導したいのだと思う。そのための政策は何か? 具体的な政策手法は何か? これらのメニューを予め知っておくことは、今後のベトナム株式投資のリスクを事前に認識しておくことになる。これについて別途に検討しよう。

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忘れちゃったのよ(1月30日)

 朝から午後3時まで、流通科学大学入学試験の監督。その後に大阪・梅田の日越経済交流センターで『ニュース』の原稿を書いて、午後6時からは大阪府議会・自由民主党議員団が主催した「日越友好親善議員連盟」発起会でベトナムについて記念講演した。

 以上の中でニュースの原稿執筆は、伊藤編集長からの連絡があるまで、まったく忘れていた。忘れるというのは、認知症の始まりかとも思うのだが、それよりも多忙が原因だと思う。私は、同時多重の仕事をするのが得意だと自負しているのだが、それは、それぞれの仕事が軽い場合だ。最近のように、それぞれの仕事の内容が重くなると、それぞれを同時に処理するのが困難になってくる。

 上記の「日越友好親善議員連盟」には、大阪府議会の最大会派である自由民主党の議員41名の全員が賛同されたそうである。この日には、フォン大阪総領事、それに三輪副知事も出席された。私は写真を多用してベトナムを説明したのだが、同じテーブルのフォン総領事から合格点を頂戴して嬉しかった。私はベトナムのセールスマンだ。

 この発起会には、数人の大阪府職員の皆さんも出席されていたが、「また、明日もお世話になりまして」という挨拶を受けた。明日? 何のこっちゃ? ここでも再び、忘れちゃったのよ---。その後に考えてみれば、韓国の忠清南道の知事が大阪訪問する話だ。その準備で同道の職員が大阪府を明日に訪問する。その訪問の対応を私が大阪府に依頼したのである。

 忘れることは、必ずしも悪くないが、 他人に迷惑をかけられない。その防止策は、仕事を減らす。秘書を雇う。いろいろな方法があるだろう。今後、検討してみよう。

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東京出張(1月29日)

 今日(1月29日)は東京出張だった。ロータス証券投資ファンド管理会社の仕事だ。

 このような仕事は、勤務先の大学に出張届けは提出するが、費用は会社(この場合は弊社TET)の負担である。弊社・合同会社TETの定款には、「海外の直接投資・貿易・株式投資の促進」という項目があり、その一環として上記のロータス社が設立されたのである。

 今回の東京出張がベトナムに関係する仕事だからと言って、この費用を日本学術振興会「科学研究費補助金」で負担したり、大学の個人研究費で充当したりすることは明確に不適当である。費用負担の厳密な区別は当然である。より一般に、コンプライアンス=法令遵守の意識向上は、企業でも個人でも最近の最優先課題となっている。

 このような意味で、最近の話題となっている東京都石原知事の飲食費乱用は異常だ。これこそ典型的な公私混同ではないか。私見では、石原都知事は勘違いしている。自分がエライから都知事なんだ。または都知事だからエライのだと。石原氏自身は小説家としてエライのだろうが、だからといって都知事になれば、公務員=パブリック・サーバントにすぎない。その重要な職務を果たす対価として給与が支給されており、エライから給与が支給されているのではない。

 いずれにせよ、自分がエライと思い始めると、ろくなコトはない。「稔ほど頭をたれる稲穂かな」。自戒、自戒。

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