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2006年12月 6日 (水)

大阪らしさとは何か?:大阪成蹊大学・開学記念企画から

 12月2日(土)に大阪成蹊大学・開学記念企画・第2回公開シンポジュウム「地域と知恵の連携」が開催された。主催は同大学の現代経営情報学部である。

 同大学の庄村長教授のお招きであった。庄村先生は、私の大学院時代の1年先輩であり、夜遅くまで真面目に語り合ったこともある懐かしい畏友である。

 このシンポジュウムの基調は「大阪」。大阪を愛する人々が大阪を語るという趣旨である。その中で加藤英雄教授の話が私には興味深かった。40年前に大阪に初めて来たとき、「大阪は日本でない。外国だ」と感動されたそうである。それ以来、大阪が大好きになったが、今はもう大阪らしさはなくなったと先生は嘆かれる。

 この大阪らしさは、次のような内容である。①言葉が違う。柔らかい敬語を使う。②関東人は見栄を張るが、大阪は合理性がある。回転寿司は大阪が発祥の地だ。③本音を言う。優しい。偏見がない。④批判精神がある。反中央。⑤大阪人のプライドをもっている。「大阪の凄み」を感じる。

 さらに山本憲司教授は、大阪の遺伝子(伝統・原点)に目覚めることを訴える。この遺伝子とは、合理性と情緒性の融合ということだ。合理的な設計図だけで行動するのではなく、それにサービス精神(人を大切にする。やんちゃ。遊び心。面白さ。乗り)が織り込まれている。

 悲壮感でなく、大阪のやんちゃくれ精神、お笑い精神で大阪の危機を乗り切ろうと山本先生は主張された。

 私は大阪生まれで大阪育ち。大阪在住。大阪を大好きな人間と思っている。このシンポジュウムは、そういった人々が集まっていた。久しぶりに面白かった。これからもっとコテコテの大阪弁を使ってみたろ。大阪の凄みを出したろか。こんなんで大阪が再生するんやったら、そらオモロイで。やっぱり、開き直りが大事とちゃうか?

 私は、ベトナム人は関西人に似ていると指摘した。大阪人とベトナム人は意気投合する可能性は高い。でもベトナム人は見栄を張ってエエカッコすることも多い。それに大阪人が突っ込みを入れて、ベトナム人がなるほどと思う。こういう掛け合い漫才的な楽しさをベトナムビジネスで享受できればと思う。

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コメント

大阪らしさについて実に分かり易く勉強させて頂きました。そこで最近の大阪万博ニュースについてこんなブログを書いてみました。ひとりよがりですのでご意見ご指導お願い致します。

 大阪万博が2025年に決まった、大阪に開催の賛否について様々な意見があるが決まった以上は、何としても好ましく有意義なものを希望したい。自分なりに大阪万博にこんなことを希望したい。

 万博は国際博覧会条約で、公衆の教育を主目的として人類に必要な文明について将来の展望を示すものとある。この人類に必要な文明の在り方を主目的にした行事であって欲しい。

 条約に人類に必要な文明とあるが、むしろ人類人類平和維持のための文化と文明とすべき思いがある。文化には武化に対応すべき戦争排除の目的がある。それに対して文明の目的が明確であって欲しい。

 大阪万博に≪人類平和維持の為の行事≫を大阪人らしく考えるなら大阪らしい在り方とは、いったい何だろうかと考えさせられる。ネットに山本憲司教授が次のように整理されている。

 ①柔らかい敬語を使う。②見栄を張らず合理性がある。③本音を言うが優しく偏見がない。④批判精神がある。等々、合理性と情緒性の融合であり、合理的設計で行動するだけでサービス精神がある。

 さすがに大学教授、解り易く説得力がある、こういう大阪らしさを以て様々な行事の中に、せめてではなく必ず≪人類平和維持の為の文明と文化≫を希望してやまない。

投稿: 貞木康夫 | 2018年12月 2日 (日) 16時54分

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