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2006年11月18日 (土)

人生のビジョンを考える:2回~3回の転職・転社は当たり前?

 木曜日の1時間目、基礎演習(1年生向けの少人数教育)の時間に大学生活の計画を書かせる課題を出した。それを考えるためには、人生のビジョンが必要だと話した。このビジョンというのは、経営戦略でも必要なもので、経営理念・社是とも言うし、もっと簡単に「将来の夢」と考えてもよい。

 私の場合、高校時代に将来は世界を飛び回るような貿易の仕事をしたいと考えていた。そのために最初は商社に入って実務を覚える。そして自分で会社を経営する。それなら大学は経済学部よりも経営学部がよいのではないか。経営学部なら神戸大学が当時から老舗だった。こんな理由と当時の学力を考慮して、神戸大学経営学部に入学することになった。

 その後、同大学経済学部の故・置塩信雄先生の「経済原論」の講義を受講した。先生の「置塩の定理」は世界的に有名で、まさに「世界の置塩」の定評そのままであった。その低音の重みのある声は、これこそが大学の講義という印象であった。そこで、もう少し勉強しようということになり、大学院で5年間を過ごすことになった。この青春時代、松田和久先生・二木雄策先生・小野二郎先生など本当にお世話になった。

 なかなか大学の就職先は見つからず、(財)日本証券経済研究所に研究員として就職した。しかし幸いなことに、就職浪人(オーバードクター)にはならなかった。この研究所では、今でも活躍されている奥村宏先生、それに松井和夫先生・田辺昭二先生から教えられることは多大であった。また本当に研究に専念できる時期であった。そして現在の流通科学大学に移ることになる。ちょうどバブル崩壊直前の1988年である。

 そして今、ベトナム・ラオス・カンボジアを専門にして、今年は会社設立を果たした。そしてベトナムでは直接投資のみならず株式投資を研究するまでになった。このように考えると、高校時代の「世界を飛び回るような貿易の仕事をしたい。会社を設立する」という初心もしくは夢は、それなりに達成しつつあるように思われる。

 このように言えば、大学院の進学や日本証券経済研究所の勤務は「回り道」のようにも思われるが、そんなことは絶対にない。それぞれが貴重な経験であったし、多大の勉強をさせていただいた。感謝の気持ちで一杯だ。何よりも大学での研究と教育があってこそ、今の生活が成り立っている。日本証券経済研究所での勤務があってこそ、ベトナム株式投資の研究に違和感はない。人生にムダなことは何もない。

 普通の寿命は80歳前後と言われているが、それよりも長く生きた場合、どうすればよいのだろうか? 「短命のリスク」と同時に「長命のリスク」を考慮しなければならない時代となった。人生を少し長めに100年ぐらい想定して、その設計すれば、「長命のリスク」は軽減・解消されるのではないか?

 このように考えれば、人生において2回~3回の転社・転職は当然だろう。大企業で定年まで働いたとしても、その後に2社ぐらいは働く余生がある。早めに退職して、次の仕事をする。さらにその次の仕事は?

 こういった長期戦略を考えることが必要な時代だ。今の勤務先である流通科学大学の停年は68歳。民間会社よりも長いが、大学院の5年間を考えれば、社会人としてのスタートが遅いのだから、その分だけ停年が長いという正当性はある。しかし、その後はどうすればよいのだろうか? また別の大学で働くとしても、「老害」にならないような自省が求められる。

 人生100歳を想定すれば、大学停年後に私の場合は32年間もある。何か新しいことをやるには十二分な時間だ。しかし肉体的な老化は進行する。こんなことを考えながらの人生の長期戦略を考える。こんな時代になったのではないか? 

 以上のような話を大学1年生にしても、実感はないかもしれない。しかし年功賃金・終身雇用の崩壊や経済のグローバル化は、現実に目の前で進行している。人生の設計図を描く新たな発想や方法が求められていることは確かである。

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