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2006年11月22日 (水)

古森義久氏がハノイ訪問(下):「皮相」な論理の結末

 先日のAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議でベトナム訪問したブッシュ大統領を歓迎し、反体制運動家を釈放したベトナム政府に対して、古森氏は次のように述べる。

 「こうした米国への接近と融和、そして共産主義をまったく離れての外資依存の資本主義経済の導入とは、いずれもベトナム共産党が「抗米救国」として戦った米国と、米国に全面支援された南ベトナムの政府とを相手とした戦争の大義からみれば許しがたい背反となる」。

 果たしてそうであろうか? この論理に従えば、日本政府の「米国追随」政策や、沖縄など「米軍基地」の未解決問題は、多数の国民が犠牲となった太平洋戦争の大義からみれば許しがたい背反となる。たとえば米国でエルビス=プレスリーにご満悦であった小泉前首相が、「英霊」を祭る靖国神社を参拝するなど大いなる矛盾と背反だ。

 しかし日本について、私もそうだが、米国との友好関係を「許しがたい背反」と感じる人は少数であろう。小泉前首相は米国で大いに楽しめばよい。あらゆる戦争について真摯に反省し、その後に不戦と平和と友好親善を決意することは人類の進歩を表現している。

 たとえば、これまで戦争を繰り返してきた欧州諸国がEUを形成し、通貨統合まで果たした。このことは、上記の「人類の進歩」の象徴と実証である。ベトナムが米国と仲良くして何が悪いのか? まるで両国の友好親善を進めることが悪いかのような古森氏の感覚が理解できない。

 なお日本は米国に対する敗戦国であるが、ベトナムは米国に対する戦勝国である。ベトナムは、米国よりも経済的に格段に貧しいが、政治的・精神的には米国に対して余裕があるようにも思われる。後述するが、国家の矜持は経済力だけではない。古森氏は、このことも理解されていないようである。

 古森氏の議論の特徴は、共産主義や社会主義について先入観に基づく偏見・嫌悪をもつことである。おそらく南ベトナム滞在中、当時の「革命政権」に悪感情をもたれたのであろう。これが原体験とすれば、その後も現政権に好印象をもたないことは理解できる。人間は一般に、自らの原体験を引きずって生きているからだ。

 しかし仮にも古森氏が「ジャーナリスト」であるとすれば、その報道の視点をも常に自己点検しなければならない。そうでなければ、客観的な報道はできないであろう。自らの体験に基づく視点や観点は有力な説得力をもつが、それが正しいとは限らない。謙虚な自省が求められる。

 この自己点検がまったく欠落していることは、たとえば古森氏が次のように述べていることでも明白である。「中国と同様の「社会主義市場経済」という、わかったようでわからない標語の下での新経済政策である。だが自由経済も外国投資も経済学的には資本主義の権化だろう」。

 古典的な完全競争市場がありえないように、古典的な社会主義もありえない。現実のソ連が崩壊したからと言って、社会主義の思想や理念は崩壊していない。上記の古森氏は、「社会主義市場経済」に関する中国・ベトナムさらには各国共産党に関する不勉強を自ら告白している。彼の頭の中には古典的な社会主義・共産主義しかないようだ。

 理論と現実の乖離は当然である。換言すれば、建前と本音が相違するのは日常に経験する。毎日のように理性と感情が対立する。これら両者には、双方向の検証と修正が常に求められる。これらの葛藤と矛盾が自己成長や社会発展の原動力ではないのか? このメカニズムが不完全であると、ソ連のように国家自体が崩壊する。個人的なレベルでは、偏見・先入観・慣行・惰性の虜になる。

 古森氏は次のように最後に述べる。「ハノイの明るく活気ある街頭をみて、陥落前のサイゴンそっくりだなどと感じた私は皮相で不遜(ふそん)と知りながらも、ベトナム戦争の結末をそんな壮大な皮肉だなとつい思ったのだった」。

 この「壮大な皮肉」とは何か? 北ベトナムが南北統一を果たしても、結局は南ベトナムと同じになったという意味か。勝った北が、実際には南に負けたということか。経済現象的には、そうであろうと私も思う。たとえば、もし戦争がなければ、もし南ベトナム政府が存続していれば、今日の南ベトナムはシンガポールや韓国より以上の経済発展をしていたにちがいない。

 他方、民族の南北分断は、今日まで続いていただろう。中国と東南アジアの接点として米軍基地が今も温存されていたかもしれない。国家の独立や民族の統一という問題は、経済発展と引き替えに現在も継続していたと想像される。しかし現実のベトナムでは、これらの問題は解決済みである。

 現代のベトナムは経済発展に集中・邁進している。それがベトナムにとって残された当面の課題だからである。もちろん民主主義の問題や所得格差の問題が残されている。これらの課題克服もベトナム政府は十分に認識している。経済発展は重要だが、国家さらに人類の発展は、経済的な側面からだけでは判断できない。1994年以来のベトナム訪問で私はこのことを学んだ。ホーチミンが述べたように「独立と自由ほど尊いものはない」。

 経済的な側面から限定して見れば、古森氏の言うとおり、ベトナム戦争は「皮肉な結末」なのかもしれない。しかし、それは「皮相」な見解であることは間違いない。国家の独立と民族の統一を果たし、国際社会で広く認知されたベトナムが、ここまで経済発展を達成したのである。かつての南ベトナムの分断国家の経済発展とは質的に異なっている。

 もし将来に機会があれば、ぜひ古森氏にお目にかかりたいと思う。意外と、ベトナムの話で盛り上がるのかもしれない。刺激のある彼の論考に感謝したいのだが、一般の人々に対する悪影響を懸念して、ささやかに本ブログで反論・批判を書かせていただいた。

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