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2006年10月31日 (火)

野村證券、いよいよベトナム株式投資か?

 ベトナム株式市場の現状や動向を日本語で知るためには、インターネット上の「ベトナム株式情報」(http://viet-kabu.com/)が便利だ。

 この情報によれば、先日のズン首相の来日時に同行したベトコンバンク頭取は、日本の金融機関各社と会談した。そこで、その中の野村證券が、証券取引の分野でベトコンバンクと提携する意志があることを示した。

 これが「リップサービス」か「本気」かは別として、いずれにせよ、ベトナム証券投資の魅力が高まっていることは間違いない。さらに、もともと野村證券は、ベトナム証券市場の発展を支援・協力することを意図して、「野村ハイフォン工業団地」を建設した経緯がある。この工業団地の立地場所は、私の記憶が正しければ、当時の共産党書記長であったムオイ氏本人または親族の出身地という話であった。

 今日では、同工業団地の分譲は完了し、投資は成功したと判断できる。しかし他方、本業の証券分野で野村證券は、日本のバブル崩壊後の「証券スキャンダル」事件に巻き込まれ、その当時に即座に収益を期待できないベトナムにまで対応する余力がなかったと思われる。

 この野村證券が、いよいよベトナム進出の意思表示をした。この動機は、基本的に顧客のニーズに対応ということであろう。私見では、ベトナム証券取引の近代化・コンピュータ化の進展に応じて、日本の大手証券は進出を決定するだろうと予想していた。しかし、それでは遅すぎる状況が生まれてきたと言えるかもしれない。本年度末のWTO加盟によって、来年以降の米国投資銀行のベトナム投資が活発化すると考えられるからだ。

 ベトコンバンクなど大手有力金融機関と早急に提携・協力関係を締結しておかないと、有望なベトナム証券市場において、米国金融機関の後塵を拝することになる。それでは、何のために苦労して工業団地まで建設したのか。野村證券の本音は、こんなところであろう。

 これから年末そして来年にかけて、ベトナム株式市場に対する資金流入が増加することは確実である。より具体的には、先日に募集のあったユナイテッド・ワールド証券の「ベトナム民営化ファンド3」などの株式買い付けが本格化するからである。また、すでに紹介したように米国メリルリンチ証券の株式売買も始まる。このように株式需要は拡大する。

 他方、株式供給も十分である。2005年企業法(2006年7月1日発効)の下で操業を望む国有企業は、2010年7月1日までに有限責任会社または株式会社に転換することが決定しているからである。私見では、このことが株式公開を促進することは間違いない。つまり投資対象企業が確実に増加するということだ。

 比較的安く株式を購入することが株式投資の鉄則だから、株式の需要増大で株価が上昇するばかりでは、より大きな投資収益は期待できない。供給の増大も必要だ。この意味で、ベトナム株式市場の需要と供給は、その双方が増加する局面が明確になってきたと言える。つまり、株式市場は確実に発展している。

 株式市場の発展の歴史を考えれば、たとえば戦後の財閥解体後に民間放出された三菱商事の株式、さらに新規上場するトヨタ自動車のIPO株式を買っておけば、今は何倍に儲かっているか?こういった質問がありうる。しかしそれは無意味だ。歴史は後戻りできないからだ。しかし同様のことが、異なった国で繰り返されることはありうる。私はそれが、今のベトナムだと思う。 

 ベトナム株式市場の展開は、日本最大手の野村證券が動き出すことで、いよいよ加速されるだろう。これを面白いと思わないで、ベトナムビジネスを語ることはできない。ベトナム株式市場の歴史的な発展を考えれば、投資の機会は今しかないと私は確信している。

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2006年10月30日 (月)

日本食研株式会社・人事部・山本浩史氏のご講義:「焼肉焼いても家焼くな」の採用方針

 日本食研株式会社の山本さんに「21世紀の業界展望」で講義を賜った。10月18日(水)に講義していただいてから、しばらく日時が経過し、その報告が遅くなったことを、受講生の学生を含めた関係者の皆様にお詫び申し上げたい。

Dsc08887

 さて、表題にある「焼肉焼いても家焼くな」のテレビCMは、1992年が初放映というから、もう10年以上が経過した。しかし、その衝撃的な関西弁のCMは、今も記憶に強く残っている。日本食研の概要は、このCMシリーズの動画を含めて、以下のウェブサイトに掲載されている。http://www.nihonshokken.co.jp/main.html

 日本食研は、業務用食材を主力商品(売り上げの約8割)としている。「たれ」の出荷量は日本一。「から揚げ粉」の生産量は日本一。同社の特徴は、このように表現できる。

 同社の経営理念は、「仕事で成功することは、人類に最大の幸福をもたらす」。なるほどと思わせる。山本氏によれば、「食」という漢字は「人」を「良くする」と書く。食品業界は生活に密着しており、すべての人を対象にして社会貢献できる。このような考えが経営理念の背景にあるようだ。

 食品業界における「非常識」として5点が指摘される。(1)美味しいものが売れるわけではない。(2)安いからといって売れない。(3)機能的だからといって売れない。(4)テレビCMに出るからといって売れない。(5)食品業界は安定しているわけではない。たとえば安い価格よりも、「値ごろ感」が重要だし、テレビCMではエバラ食品工業が有名だが、市場占有率では日本食研が圧倒的である。これらの指摘は、食品業界に就職を希望する学生にとって有益な情報となるであろう。

 講師の山本氏は人事部に所属されて、採用にも関与されている。同社に就職するために、5つの能力と3つの価値観が説明された。まず5つの能力として、①清潔感(身だしなみ)、②自立性、③バイタリティ、④率直さ、⑤プラス志向。これらは、あらゆる企業に共通したことであろう。

 次に日本食研に入社のための価値観として、①食べることが好き、②日本食研が好き、③日本食研を自分で成長させたい人。これらの中で②は当たり前に思われるが、重要な指摘だ。自分の働く会社や職場が好きでなくなったら、その人は不幸だ。しかし実際は、たとえ不幸であっても、家族の生活維持のために、そういう好き嫌いを考えずに我慢して、その会社に働き続ける人が多いのではないか。また、③の「自分で会社を成長させたい」人材が望まれるということは、山本氏によれば、「出る釘の人は歓迎」ということである。

 最後に採用のポイント3点を紹介していただいた。①第一印象が大切。営業職として採用されるので、第一印象は大切。不採用の人のコメント記入欄の共通点は「元気がない」。ただ、それだけ。②本気度を伝える。面接者は、就職希望者の本気の度合いを感じることができる。「この学生は食品に関心がない」といったことは、すぐにわかる。③自分が何をしたいかを積極的にアピールする。

 上記の採用ポイント3点は、同社で必要とされる3つの価値観に対応している。同社の価値観に就職希望者が適応しているかがチェックされている。同社に限らず、これらの価値観やポイントは、大多数の企業にも妥当する。就職希望者には対応を考えてもらいたい。

 ただし現代の大学生について言えば、「本気度を伝える」と言っても、これまでに本気で何かやった経験があるのかどうかが疑問だ。何事も適当に済ませて、それで何とかやってきたのが大多数の大学生の履歴ではないかと思う。この意味では、あらゆる面で自由度が格段に広がる大学生活で、本気になってやれる何かをぜひ見つけてほしいと思う。それは必ずしも勉強を意味しないのは言うまでもない。

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2006年10月29日 (日)

第7回・国際シンポジュウム「グローバル経済時代の国家と企業」に出席:大阪商業大学を訪問

 昨日28日・土曜日の午後に大阪商業大学に伺った。第7回・国際シンポジュウム「グローバル経済時代の国家と企業」に出席するためである。

 このシンポジュウムは、同大学比較地域研究所、中国の上海財経大学亜州経済研究所、韓国の江原大学校産業経済研究所の共催。以前にお目にかかり、親しくしていただいた同研究所長の瀧澤秀樹教授は、韓国・朝鮮に関する日本屈指の専門家である。

 国際会議で問題になるのは使用言語である。通訳者の費用を節約するために、通常は共通言語を英語ですませることが一般である。しかし、この会議では、日本語と中国語と韓国語が入り乱れた。報告の予稿集も、3カ国語の併記である。司会の瀧澤教授は、日本語と韓国語を駆使されて、進行役を務められた。これは新鮮であったし、今さらながら瀧澤教授の力量に敬服した。

 個人的に関心があった報告は、大阪商業大学・菊池光造教授の「グローバル経済下の日本企業と外国人労働」であった。最近、ベトナム人の派遣労働者を受け入れる動きが私の周辺でも活発になっているからである。以下、簡単に菊池教授の報告を紹介してみよう。

 2004年現在、研修生5万7050人、技能実習生4万993人が日本に滞在している。通常、研修が1年間、その後に実習生として2年間の滞在が認められている。この制度は、1991年に法務・外務・厚生労働・経済産業・国土交通の関係5省の共同管理の形で、財団法人・国際研修協力機構(JITCO)が設立されたことから始まる。本来の趣旨は、「途上国の自立と経済発展を支援する」ことだが、実際には日本企業の「安価で勤勉な外国人労働者獲得の手段」になっている場合がある。

 この研修生の受け入れ手続き代行、企業への研修生斡旋をビジネスにするエイジェントが1990年代に無数に誕生し、現在は労働者派遣業者が業務の一環としてこれらを実施している。この業者の中には、中小企業に対して当初から外国人低熟練労働者導入・低賃金雇用の手段として、この制度利用を奨励するものがあり、それだけに、研修生・実習生受け入れ後に問題を多発させている。

 私見では、この問題の実態的な解明を通して、より望ましい制度改革が緊急に必要であろう。人口減少が始まる日本において、特にEPA(経済協力協定)締結に向けて日本とベトナムの協議が始められようとしている今、外国人労働者の問題は十分に検討されなければならない。

 菊池教授の次の指摘は重要である。「バブル景気のピークで労働力不足が深刻だとされた時期に、現実には国内に130万人以上の完全失業者が存在したことは指摘しておかねばならない。不足していたのは、安価かつ勤勉で不満を述べることが少ない労働力だったのだ」。これは、日本経済および日本社会のあり方それ自体を再検討しなければならないことを示唆している。

 日本の経済社会の底辺を構成する外国人労働力を土台にして、将来に「美しい国」が創造されたとしても、それは国際的な批判を浴びることは必至である。表面的に「美しい国」を厚化粧で取り繕っても、そこからの腐臭は消し去ることはできない。このような外国人労働者の問題のみならず、最近の教育問題も含めて、日本という国家における人間社会の有り様や将来を真剣に検討する時期が来ていると思われる。

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2006年10月28日 (土)

チャンバラ映画の魅力:柳生但馬守=若山富三郎が最高だ!

 子どもの頃からチャンバラが好きだった私は、CATVでも「時代劇専門チャンネル」をよく見る。昨日は、勝新太郎の「座頭市」を見た。それに刺激されて今日は久しぶりに映画の話である。

 この「チャンバラ」という言葉は、現在の若者の中では死語になっているのではないか。もっとも「スポーツチャンバラ」という競技があるが、身近で活動しているという話は聞かない。チャンバラは、広義には「時代劇」に含まれるが、その内容よりも、剣豪の個人技に焦点があると思う。チャンバラは死語になっても、その関心は、ゲームソフトに引き継がれている。プレイステーション2の「剣豪シリーズ」が私の手元にもある。

 さて、チャンバラ映画の最高峰は何か? 映画と言うよりも、最高の場面は何か? これまでの私見では、それは、柳生但馬守宗矩=若山富三郎が出演。1981年「魔界転生」深作欣二監督。この中で若山が、宝蔵院胤瞬の室田日出男と戦う場面が、短時間であるが、必見である。

 若山が両腕を左右に広げ、室田の槍先に堂々と対峙する。この若山の自信に溢れた気迫ある表情。その直後に、室田が繰り出す槍先をかわすために見せる若山の軽快な足捌き。これには目を見張る。静止した緊張感から一転した躍動感。突き出された槍を大刀を鮮やかに抜いて払う。そして槍もろとも室田を一刀両断にするスピード感。これらの一連の動きは何度見ても飽きない。

 映画の楽しみのひとつは、登場人物に感情移入することだ。子どもの頃に大瀬浩一の「隠密剣士」のマネをしたように、この柳生但馬守=若山富三郎に今も私は同調することがある。一種のイメージ=トレーニングのような感覚だ。

 緊張した場面に落ち着いて立ち向かい、その後は当意即妙に軽快に対応。そして最後はズバッと切ってオチを付ける。このような講演や講義そして対談ができれば最高と思う。

 しかし、そのためには相手も「強敵」でなければならない。強敵だからこそ、より大きな緊張感が生まれる。この緊張が、ある意味で快感だ。最近では、先日に紹介したハノイの国家証券委員会におけるベトナム要人との会談が、そのような感覚であった。

 以上、「魔界転生」のような娯楽性の強い映画ですら、それを見て勉強することは多々ある。だから映画は面白い。

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2006年10月27日 (金)

日本「会社法」とベトナム「企業法」の施行:ベトナム3つの企業法

 今年5月1日から日本では、会社法が施行され、有限会社が廃止され、その代わりに合同会社(LLC)が導入された。これは、私が担当する「企業論」で学生に講義していることである。さらに私自身も8月4日に合同会社TET(テト)を設立した。

 その後、7月1日にベトナムでは「企業法」が発効し、有限会社や株式会社が法律で明記され、ベトナム人・外国人を問わずに会社設立が可能となった。

 このように同年に、日本とベトナムで会社法と企業法が施行された。これに同様に関心をもって、両国で会社設立を考えた人間が世界に何人いるだろうか? こういう独自性は私の自負するところである。研究者として独創性の追求を恩師・故松田和久・神戸大学名誉教授から指導されてきた成果である。

 以上このように書くと体裁がよいが、要するに私は「変人」なのである。

 さてベトナムの企業法は、現在3つある。この3つとは、日本語訳のことである。1つ目は、ベトナム経済研究所が翻訳・出版した。2つ目は、MPI(ベトナム計画投資省)がJICAの支援で翻訳・出版した。3つ目は、日越経済交流センターが翻訳し、そのニュースで連載している。

 これらの3つの企業法の中で、どれが最も原文を正確に反映しているのか。私は十分にベトナム語ができないので回答はできないが、自社に関係する条文については、これらを読み比べてみる必要はありそうだ。

 現在、このベトナム企業法について、その特徴を紹介するためのレポート(日越経済交流ニュースに掲載)を執筆中である。このブログでも後日に発表したい。

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2006年10月26日 (木)

林和人『香港大富豪のお金儲け:7つの鉄則』幻冬舎、2006年10月を読む

 この著書は、おそらくベストセラー書籍の上位に入るだろう。そう思う理由を以下で述べる。

 本書は、簡単に言えば、「こうして私は金持ちになった」という話である。この種の本は通常、自慢話や説教が多く、綺麗ごとで嫌みな印象を受けることがある。しかし、そう感じさせないところが本書の最大の魅力だ。

 香港の大富豪を先生とすれば、著者の林氏と同様に読者も生徒になれる。このような気分にさせる率直な語り口だ。ちょうど先輩が新入生に大学生活を指導・助言する感じがする。

 この場合の「大学」とは、「高校」と違って自由だが、自主性と自己責任が必要とされる環境のことだ。高校の勉強が、就労所得を獲得する目的であるとすれば、大学は、大富豪になるために不労所得の獲得を勉強する場所である。著者は、このガイダンス役を親切に果たしてくれている。

 私は、著者の林和人・ユナイテッドワールド証券会長とベトナムのハノイでお目にかかったことがある。それ以前に大阪でお会いしているので、2回目だ。本書の中でも紹介されているベトナム株式投資について、私と共通の接点があったからだ。さらに林氏の出身が大阪府豊中市。私が隣の箕面市。同じ関西のご近所ということもあり、初対面から話は弾んだ。

 特に、香港のトップ証券マンだった林氏から、「営業マンとして十分やっていけますよ」と指摘されて、私は正直に言って嬉しかった。お世辞もあるのだろうが、自分自身のビジネス姿勢に自信がもてた気がした。ベトナム人の要人に対して、確かに私はやや押しの強い交渉を笑顔でやっちゃった!!のだ。

 少なくともベトナムに関して私は林氏よりも詳しいだろうが、ビジネスに関しては林氏が大先輩だ。この時の私の気分は、大学教授ではなく、新人の商社マンのようであった。

 ここでは、本書の「お金儲け:7つの鉄則」を個々に紹介しないが、それに付け加えるとすれば、お金の使い方に注意するということだろう。

 日本では就労所得を尊び、不労所得を卑しく考える傾向が残っている。それは不労所得の使途が、これまで一般に好ましく思われなかったからだと考えられる。このブログでも「ホリエモン事件」に関連して述べたが、しばしば不労所得は「あぶく銭」として遊興三昧に使用され、それが世間のねたみや嫉妬や不快感を高める。

 林氏は、就労所得も不労所得も同じお金と言われている。お金に貴賎はない。これは当然だ。ただし林氏は、お兄様のご不幸を契機にして、お金の使途について強く反省をされた。この体験が、ホリエモン的な「成金趣味」を感じさせない林氏の謙虚さの秘密なのであろう。こういった具体的な逸話の紹介も、林氏を身近な先輩のように感じさせてくれるし、本書の魅力となっている。

 数億円のお金儲けをしたい人に必読の書であるが、ただそれだけではなく、人間的に成長したい人にも本書を勧めたい。林氏は、けっして楽してお金を儲けることを教えていない。「人生にはハードワークの時期が必要」と明言している。お金は楽して儲からない。お金があって、人間的にも立派だ。こういう目標や夢をもつ人にぜひ読んでほしい。

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2006年10月25日 (水)

ベトナムのスーパーマーケット事情(下)

 スーパーマーケット発展の決定要因は、ラテンアメリカについてReardon & Berdegue(Reardon, T., J.A. Berdegue, and J. Farrington, 2002, "Supermarket and farming in Latin America: ointing directions for elsewhere?," Natural resources perspectives, ODI, No.81)が提示してるが、ベトナムについても妥当する。

1  (1)急速な都市化。国内食品市場の金額で40%を示す特に都市部での購買力の成長。(Figuie and Bricas, 2002, )。(2)女性労働の増大。(3)冷蔵庫と乗用車の家庭での普及。特に冷蔵庫は、1993~2002年の間にハノイで年間6.69%、ホーチミン市で年間8.00%増加した(出所:統計総局家計調査)。(4)民間の国内・外国投資の自由度の増大。(5)多国籍小売会社の進出による販売店の多様化。

 Reardon & Berdegue の発表した結果によれば、スーパーマーケットは最初に中央地区に立地し、その後に郊外地区に展開された。これはベトナムでも観察される。外国・国内投資家は、スーパーマーケットの発展に関係している。生鮮食品についてスーパーマーケットの流通の主要な企業は、次の3社である。

 1.METRO
 ドイツ所有のスーパーマーケットチェーン。2002年に開業。理論的には小売店やレストラン所有者をターゲットとする卸売り流通チェーンであるが、次第に個人顧客が来店している。ホーチミン市に2店、ハノイに1店、カントーに1店あり、2006年にさらに5店舗を増やす予定である。カントーに1店、2005年開業を承認されたハノイに1店、ハイフォンに1店(2005年9月開業)、ホーチミン市に1店、ダナンに1店(出所:Viet Nam Investment Review, 24.10.04)。

2  2.BIG C
 フランスとベトナムの合弁。1999年にベトナム進出。ホーチミン市では商業センター3ヶ所、ハノイでは2005年1月に6,500㎡の売り場面積の1店を所有。

 3.Coop-Mart
 ベトナム企業。ベトナム政府の指導を依然として受けているSaigon coopmart の傘下。株主は政府と民間。2001年の近代食品小売の半分に達している(Hagen, 2002)。2004年にスーパーマーケットは13店舗(ホーチミン市で12店、カントーで1店)(Viet Nam Investment Review, 22-08-2004)。   

 ほかのベトナムのスーパーマーケットには、Intimex(ハノイに4店)、Fivimart、Maximartが含まれる。ハPhoto_1ノイ商業局と連携して、Intimexが推進しているハノイスーパーマーケット協会2005年3月に設立された。同協会には、Intimex、Wincom、Trang Tien、Seiyuを始めとするハノイの近代的な流通に従事する65社の中の17者が結集している。その主要目的 は、スーパーマーケットを促進することと、当局交渉のためにベトナム企業を支援することである(Viet Nam Investment Review, 22-08-2004 and 20-03-05)。

 注:昨日と本日の内容は、表1の引用文献に依拠している。写真は筆者の撮影。なお、上記のSEIYU(西友)は撤退し、現在は台湾の統一グループ傘下のUNI MART に店名が変更されている。

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2006年10月24日 (火)

ベトナムのスーパーマーケット事情(上)

 ベトナムにおけるスーパーマーケットの公式の定義は、2004年6月に規定された。主要な基準は売り場面積である、専門スーパーマーケットは250㎡超、総合スーパーマーケットは500㎡超。その他の基準には、製品数やトイレ設置などが含まれている。

 それまでは商業局が、スーパーマーケットと自称した設置数を記録していた。それらは一般に200㎡超であった。この定義に基づけば、1990年と2004年の間にスーパーマーケット数は急速に増加した。

表1 スーパーマーケット数の動向

 年     ハノイ  HCM市
1990    0      0
1993    3      0
2000   25     24
2001   32     38
2002   ーー    46
2004   43     ーー
2005   ーー    71

(出所)商業局。
(注) Hoang Bang An (RIFAV)とLe Thanh Loan (Lam Nong大学)が同省の統計を用いて集計。自称スーパーマーケットの設立数が含まれ、その90%が200㎡超である。数字は、ショッピングセンター出店のスーパーマーケットを含んでいない。
(引用) Paule Moustier, Dao The Anh, Hoang Bang An, Vu Trong Binh, Muriel Figuie, Nguyen Thi Tan Loc, Phan Thi Giac Tam, The participation of the Poor in Supermarkets and other Distribution Value Chains, Making Markets Work Better for the Poor, disucussion papser, No.11, October 2005, Asian Development Bank, p.11.

 2000年~2004年にHCM市では17%、ハノイでは14%の増加である。2004年6月にハノイではスーパーマーケット55店舗(これにMETROを始めとする商業センター9カ所が加わる)、2005年にはHCM市で71店舗に達した。

 発展のスピードは、次の主要3企業で顕著である。METRO、COOPMART,BIG C。ただし、これらにはハイパーマーケット(ここでは2,500㎡を超える店舗と定義。フランスの用語であり、ベトナム法の定義はハイパーマートに言及していない)が含まれる。

 COOPMARTについて言えば、2008年までに25~30店舗の新規開店が計画されている(Saigon Times, 06/03/2004)。店舗数で見れば、COOPMARTは1996~2004年に年間39%の増加であり、1996~2008年も同様と推測され、全部で50店舗に達する。COOPMARTの売り上げ成長率は毎年25%と推定されている(150万USドルから6,660万USドル)。

 METROの計画によれば、2002~2008年に3店舗が8店舗になる。つまり毎年28%の増加である(Vietnam Investment Review, 24.10.2004)。BIG C は、次の5年間でハノイにハイパーマーケット3店舗を増やす計画である(出所:フランス大使館経済局)。 

 以下、明日に続く。

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2006年10月23日 (月)

ベトナムと日本の階層意識:「学農官商」と「士農工商」

 週末から昨日にかけて、ベトナムのチュン=グエン=コーヒーのグループ企業・G7マートのダン氏とドゥック氏と話していて、いろいろ勉強させてもらった。

 彼らによれば、ベトナムには「学農官商」という社会階層の意識がある。G7マートは、その意識を改革したい。これは初耳だった。この指摘で、今までの謎が解けた。

 そうだからこそ、ベトナム人は勉強熱心。そして教育熱心。先生は尊敬され、大学教員の中には「嫌み」にプライドが高い人もいる。仕事を終えた後に従業員が夜間大学に通学。結婚準備として数学を勉強し始める意味不明の若い女性もいる。企業経営者は何年かかっても博士号を欲しがる。

 このような「学農官商」の階層意識が、日本の「士農工商」と共通しているのは、「農」と「商」である。そのなかで「商」が最下層ということは、ベトナムと日本の共通点として注目してよい。「商」がもつ怨念ともいえるエネルギーが、地下水脈のようにベトナムと日本で結びついている。

 このエネルギーが、流通システムの改革に向かう。その実行者は、日本ではダイエー創業者・中内氏であったろうし、ベトナムではG7マート創業者・ヴゥ社長であろう。

 これは、私の思い込みかもしれない。しかし、こういった思い込みのない仕事は空疎である。思い込みが伴った仕事は情熱を生むが、そうでない仕事は、自らの労働力の単なる販売でしかない。このような場合、仕事以外の別のところで情熱をかけうる何かを探さなければ、その人の日々の生活は楽しくないだろう。

 佐野眞一編『戦後戦記:中内ダイエーと高度経済成長の時代』平凡社、2006年6月によれば、中内ダイエーがなければ、今のコンビニもユニクロも百円ショップも存在しなかった(p.53)。しかし「中内ダイエーの歴史は、いまや『カリスマ』のなかにしか残っていない」(p.44)と指摘されている(注:『カリスマ』は佐野氏の著書)。

 確かに中内ダイエーは、もはや歴史のなかに残るのみである。しかし、その精神は伝承されうる。日本と同じ「商」の怨念をもったベトナムで、その精神が具現化しても不思議ではない。中内功が総隊長、私が実行委員長としてベトナムを初めて訪問したのは1994年。このときは、小池百合子衆議院議員(現職)がハロン湾の観光に合流した。この当時の中内が「夜明け前」と称したベトナムは、今やWTO加盟を迎え、煌煌とした朝日に照らされている。

 日本は、戦後のGHQ改革によって混沌とした自由経済=「闇市」が生まれた。その中からダイエー・ソニー・トヨタ・松下が育ち、戦後経済を牽引した。けっして旧財閥系企業が活躍したのではなかった。

 他方、ベトナムはWTO改革によって、その市場経済は、伝統と慣行の「闇の世界」から解き放されようとしている。この時期こそ、国営企業よりも過去のしがらみのない民間企業の出番である。

 G7マートは、その期待に応えてくれるに違いない。「日本で不可能であっても、ベトナムで可能なことは何か。ベトナムには、このような夢を実現する成長力が存在する」。これは、私の講演で最近強調する文言だ。ヴゥ社長を通して、中内の精神をベトナムに伝承する。これほどの楽しい夢があるのだろうか。私は、「ちょい悪」の教授を自認しているが、思い込みの激しい人間でもあるのだ。

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2006年10月22日 (日)

日本ベトナム友好協会・兵庫県連合会で講演する:G7マートの2人も出席

 今朝に帰国したズン首相にはベトナム企業約40社の代表が随行していた。その中のベトナム鉄道総裁には、JR西日本・日越経済交流センターが対応した。

Dsc08899  私は昨日、この8月にハノイでお目にかかったチュン=グエン=コーヒーのヴゥ社長と再会した。社長に同行した社長秘書ダン氏と人材開発部長ドゥック氏は、日本滞在を1日延長し、この7月からベトナム全土で展開しているコンビニエンスストア・G7マートに関する情報を収集することになっていた。

 注:それにしても写真のように、ヴゥ社長のスキンヘッドとスーツは目立つ。また8月と同様に、驚くべき強力な握手だった。ベトナム人のほとんどが周知の民間企業・チュン=グエン=コーヒーチェーンの総帥は、日本でもカリスマ的な雰囲気を漂わせていた。

 他方、私は今日午後に、日本ベトナム友好協会・兵庫県連合会の会員総会の講演を依頼されていた(会長は藤田誠一・神戸大学大学院教授)。そこで、G7マートの2人を総会に同伴することにした。私の講演の内容については、流通科学大学大学院の院生フンさんが彼らに通訳してくれた。

 この講演テーマは「ベトナムの最新情勢と日越貿易の展望」。この8月までJETROハノイセンターに在籍されていた馬場さんが作成された経済統計資料も使いながら、いくつかの論点を指摘した。その1つは、ベトナムの輸出額の過半数は外資系企業に依存しているということである。この外資系依存からの脱却がベトナムの課題である。個々のベトナム企業自身の国際競争力の強化が基本的な対応である。

 なお、同行したダン氏とドゥック氏を、このセミナー前には大阪城と梅田の日越経済交流センター、その後には、神戸ポートアイランドの中の「UCCコーヒー博物館」にお連れした。その後は拙宅で夕食。さらに近くのカルフールで市場視察。宿泊先のリーガロイヤルホテル到着は午後10時を過ぎていた。

 彼らは、ベトナム人従業員やコンビニ店長を指導する立場である。その理由もあり、日本の消費市場についてもっと勉強したい様子であった。そこで、より体系的な研修スケジュール日本で組むことも可能であるという提案をした。

 こういった個別企業の日本研修については、AOTS((財)海外技術者研修協会)が部分的に助成をしてくれるのではないかと思う。その実現の可能性について検討してみると約束した。

 多忙な週末と休日であったが、ベトナムについて有意義な時間を過ごせた。ベトナム人と積極的に接触をしないと、けっしてベトナム人に対する認識は深まらない。

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2006年10月21日 (土)

JETRO大阪本部・関西経済連合会・ベトナム投資計画省主催『ベトナム投資セミナー』の開催:ズン首相の切れ味は鋭い

 今日は、表題の「ベトナム投資セミナー」が、午後1時30分~午後3時30分までリーガロイヤルホテルで開催された。

 JETRO理事・鷲尾友春氏、グエン=タン=ズン首相、ベトナム計画投資省・ヴォー=ホン=フック大臣、株式会社タカコ・石崎義公社長、ベトナム=ギソン=セメント・森紀雄社長の講演があった。

 この日のメイン講演者は、何と言ってもズン首相。日本での「初顔見せ」である。以前に、ファン=バン=カイ前首相の講演も大阪で聴いたことがある。前首相は、どちらかと言えば、伝統Dsc08895的な政治家の答弁と言えるような差し障りのない話であったが、他方、ズン首相は、その若さと明確な語り口が印象的であった。政治家と言うよりも、エリートのビジネス=パーソンの雰囲気がある。

 中部ダナンのフラマ=リゾート=ホテルで当時の副首相であったズン氏と私は偶然に会っている。中部から南部では「ズン」を「ユン」と発音する。VIPが来るのは、ホテル正面の入口からの赤い絨毯で理解できたが、従業員に来ても、最初はだれのことか分からずに当惑したことを覚えている。

 ズン首相は、会場からの質問にも的確に回答し、さらに自分よりも年配の投資計画省や商業省の大臣を指名し、自らの回答を振り分けた。このような年配者に対する配慮がなければ、内閣を率いることはできないであろう。彼自身の答弁からも、即断即決の指導力を発揮できそうなシャープな人物であると思われた。

 ズン首相は、東京で安倍総理と会談し、ベトナムと日本が「戦略的パートナーシップ」に基づいた協力関係を築くことで合意したと述べた。これまでの単なる友好関係ではなく、「戦略的」な関係を築くというのである。

 この意味は、想像するに、将来の目標に向けた長期的な友好・信頼関係を持続するということであろう。この場合、将来のベトナムと日本の関係は、どのように描くことができるかが課題となる。

 私は、兄弟姉妹のような関係になるような気がする。また、かつての英国と日本のような関係になるのかもしれない。この場合、英国が日本で、日本がベトナムだ。このような将来のベトナムと日本の関係を想起してこそ、「戦略的」と言える。

 私は、今ベトナムを支援・協力しておけば、将来にはベトナムが日本を助けてくれると考えている。国家レベルだけでなく、企業レベルでも個人レベルでもそうである。たとえば今、ベトナムに株式投資すれば、それが将来の自らの生活を助けてくれる。今、日本の資産がベトナムを支援すれば、将来、ベトナムの経済成長力が日本を支援してくれる。

 私自身の「戦略的」なベトナムとの関係は、以上のようである。このような関係の構築は、ただ何となく友好関係を享受していては不可能である。こちらからの「戦略的」な働きかけが必要である。そのための決断力が必要である。決断=「思い切り」のできない人に戦略を語ることはできない。それは、単なる評論=机上演習でしかない。

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2006年10月20日 (金)

大阪市・(財)大阪国際経済振興センター主催「ベトナム最新事情セミナー」で講演する

 午後2時から(財)大阪国際経済振興センターが主催する「ベトナム最新事情セミナー」が大阪キャッスルホテルで開催された。参加者は100名。なかなかの盛況である。

 私は、(株)一(いち)コーポレーション営業部長・錦富一氏に次いで「WTO加盟で飛躍するベトナム:希望と緊張の企業経営」というテーマで講演した。

 ベトナムのWTO加盟は次の手順で進められる。先週10月13日にジュネーブで加盟の基本合意に達した。その後に細部が決定され、11月7日に常任理事会で加盟が承認。11月17日にベトナム国会で批准され、その批准書がWTOに送付される。その30日後に150番目の正式加盟国となる。この予定であれば、年末に正式加盟ということになるのかもしれない。いずれにせよ、新年から約束条項の実施が開始される。

 WTO加盟交渉が始まって11年。ようやくの加盟である。「ドイモイ」開始20周年。新内閣の成立。WTO加盟。そして11月15日からのAPEC(アジア太平洋経済協力)閣僚会議のハノイ主催。本年は、ベトナムの歴史の中でも大きな「一里塚」とみなされる。

 ただし私の講演では、このWTO加盟が、戦後日本のGHQやアジア通貨危機後の韓国のIMFのような役割になるかもしれないと指摘した。これほどにWTO加盟は、ベトナムの経済・社会の変革に大きな影響を与えることは間違いない。ただしGHQやIMFと違って、国家の自主権や主体性までをベトナムが喪失したわけではない。政府の舵取りが重要だ。

 以上のような問題提起で講演を始めた。最近は、ベトナム講演や講義の依頼が多くなっている。今月は22日、30日と続き、11月は4回の予定である。

 こういう場合、ベトナムに関する話題のポケットを多数もっていて、その中から参加者に合わせた材料を取り出さなければならない。同じ人が複数の講演に出席しても、その度毎に新しい情報を提供したいと思う。これが難しい。

 ただし通常のビジネスの助言では、私がベトナム人になったつもりで考える。このようにしておけば、たとえ材料は少なくても、どのような質問にも臨機応変に柔軟に回答できる。このブログで、「30%ベトナム人」とか「60%ベトナム人」になることが必要だという主張は、このような意味である。

 なお、その後の懇親会で旧知の皆さんや、新しい人々との出会いがあった。こういった人々に支えられていると思うと、ますますベトナムで頑張ろうという気になってしまう。要するに私は、お調子者なのである。

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2006年10月19日 (木)

今日の出来事:その4

 第1時限目と第5時限が講義。明日は、大阪市・IBPCのベトナムセミナーの講師。ベトナムからズン首相を始めとする一行が来日。東京に連絡。

 明日の講師の準備で多忙。この日もブログ執筆を断念。

 「毎日書く」と宣言していて書かないと、ご心配を賜る場合がある。「ブログが更新されていない。倒れたのではないか? 入院したのか?」

 今後、短くても「今日の出来事」を書いておこうと思う。ご心配をしていただいた皆様に感謝です。

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2006年10月18日 (水)

今日の出来事:その3

 朝から会議の打ち合わせ。午後に講義。その後に教授会。それにFD(教育改善)研修会。

 少し気力を出しかけたが、このブログ管理のメンテナンスのために接続が悪くなっており、ストレス増大。明日の講義の準備もあるーーー。この日もさすがに疲れて、ブログ執筆を断念。

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2006年10月17日 (火)

今日の出来事:その2

 朝から大学でベトナム人研修。さすがに気疲れで、今日もブログ執筆を断念。研修それ自体は楽しかった。後日に詳報予定。

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2006年10月16日 (月)

今日の出来事

 今日は、1時間目が大学で講義。午後からJICA大阪でベトナム人研修。夜は大阪・梅田でインド訪問の同窓会。

 疲れてブログの執筆は断念。

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2006年10月15日 (日)

安倍総理大臣:箕面カルフールに来る

 午前中は、大学のAO入試の面接試験委員。午後は、近くの総合スーパーマーケット「カルフール」前で開催された演説会の安倍総理大臣を見に行った。

Dsc08874  主催者側の発表で1万人の聴衆。大阪第9区・衆議院議員の補欠選挙の投票日22日に向けての街頭演説である。その応援のために、安倍総理と公明党の太田新代表が箕面市に来た。ともかく安倍人気に驚いた。

 この選挙は、自民党(公明党推薦)・民主党・共産党の3候補者の戦いである。私は、「アジアと共に日本が成長する」という主張に最も近い候補者に投票したいと思っている。

 日本の輸出額は米国が最大であるが、第2位の中国、第3位の韓国を合わせれば、その輸出額は米国を上回る。また日本にとって最大の輸入国は中国である。

 以上のような日本経済を現状を考えれば、中国・韓国を始めとするアジア諸国と日本は、より以上に関係を深めることが不可欠だからである。

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2006年10月14日 (土)

ベトナム政府は本気だ!!:WTO加盟直前に知的所有権保護に取り組む

 インターネット経由で簡単にベトナム情報を日本語で読みたい。このサービスを最初に提供したのは、私の知る限り、ベトナム人が経営しているFUJINET社の『ベトナムニュース』だ。数年前にホーチミン市の同社を訪問した。10台ほどのパソコンを前にして、ベトナム人がベトナム語のニュース記事を日本語に翻訳していた。フォン社長は30歳代。流暢な日本語が印象深かった。

 さて、この『ベトナムニュース』でも紹介されたベトナムの有力紙『TUOI TRE』(2006年10月9日、p.2)の報道によれば、ハノイ郊外の大宇ハネル社が、10億ドン(約700万円)相当額の違法ソフトウェアを自社のパソコンにインストールしていて摘発された。これらは、マイクロソフト社ウィンドウズなどのソフトが中心であり、公安省「ハイテク犯罪防止機関」と協力して情報文化省が強制捜査した。

 以下では、このニュースについて解説してみよう。私にとっては、個人的に感慨深いニュースである。

 日本でも最近まで、こういった著作権違反の摘発がニュースになっていた。WTO加盟(予定)国として、ベトナムでも同様に違反が摘発されている実績を国内外にアピールする。これは重要だ。

 しかし、ハノイやホーチミン市の多数のコピー(PHOTO COPY)店を訪れれば、多数の書籍がコピー製本されている。DVD映画のコピー店もある。WTO加盟国というなら、こういう著作権違反を取り締まる必要がある。それは政府も理解しているが、それをやってしまうと、国民の反発を受けることが必至だ。広く普及した違法コピーの禁止を即座に強化すれば、国民の金銭的な負担増を強いる。貧しい学生が参考書をコピーして熱心に勉強する。それを強制的に止めさせることはできない。こういう論理や心情がベトナムでは機能している。国民の所得上昇にともなって、やむにやまれぬ違法行為が減少する。これに期待したい。

 次に注目されることは、摘発された企業が「大宇ハネル」であり、その対象となったソフトが「マイクロソフト」社製ということだ。

 「大宇ハネル」と言えば、第1次ベトナム投資ブーム(1995年前後)時代の「寵児」であった。この時期は、韓国の大宇財閥がベトナム投資を多角的に展開しており、ハノイ市傘下の電機製造会社ハネル社と合弁で「大宇ハネル」社が設立された。この当時の大宇財閥のベトナムにおける積極投資の実績は、今でも名前が残されているハノイの「大宇ホテル」を見ればよい。大宇財閥の総帥・金宇中は、その後の粉飾決算や不正蓄財で訴追され海外逃亡を続けていた。その潜伏先はベトナムであった。

 個人的な想い出として、ハノイからの深夜便で2005年6月13日に彼が韓国に帰国した時、同じ時間帯に同じ空港で私は関空までの帰国の途につくところであった。確かテレビで帰国が報道され、空港で彼がいないか見渡した。

 大宇財閥とハノイ市は親密な関係であったが、大宇財閥の解体に伴って、ハノイ市において住友商事の存在感が増した。ベトナムにおける大宇系企業は、大宇電子・大宇GMとして存続している。しかし「タンロン工業団地」の開発と成功は、ハノイ市の協力パートナーが大宇から住友に移行したことを実感させた。今回の事件は、まさに大宇の凋落を決定的に示している。

 他方、本年4月にマイクロソフト社の創業者ビル=ゲイツは、政府首脳を始めハノイ工科大学やFPT社(同社はソフト開発会社。日本語とITを教育する大学を最近開設)を訪問・会談した。ベトナムと米国の通商関係の発展、さらにベトナムIT産業の発展を考えれば、マイクロソフト社との関係を最重視することは、ベトナム政府の中では一致した見解であろう。同社の著作権違反を摘発するのは当然だ。

 もっとも、ベトナムで違法ソフトを使用している企業は多数ある。かつてベトナムでは「ウィンドウズ2001」が販売されていたというような「笑い話」があった。「ウィンドウズ2000」のコピー製品である。そういった企業を摘発しないで、「大宇ハネル」が対象となる。これは、前述のように大宇の存在感が軽くなったと同時に、政治的な意図があるようにも考えられる。つまり、ハノイ市に対する摘発という意味もあるからだ。

 さらに、今まで以上に知的所有権の保護が問題にされるようになると、情報文化省が外国企業に対して眼を光らせ始めることも予想される。計画投資省・工業省・商業省・財務省に比べて、日本企業と関係が薄かった同省の動向にも注意しなければならないだろう。今回の事件は、そういった予告・警告を意味しているのかもしれない。

 以上の解説は私見である。どのような経緯で実際には摘発が行われたのか。その検証は今後の課題である。

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2006年10月13日 (金)

イオンとダイエーの業務提携をめぐる問題

 昨日、(株)オーエムシーカードについて、山下さんのご講義の紹介と私見を述べた。その日にダイエーの大株主・丸紅が、所有株式の15%をイオンに売却するという報道があった。ダイエーとイオンの業務提携は間違いない。その結果、より強力な購買力によって、より低価格の商品提供が顧客に対して実現できると予想される。

 そうなれば、ダイエー創業者・中内功の夢は、故・中内自身は愉快でないかもしれないが、その実現に近づいたことになる。それでは、それぞれの傘下にあるクレジットカード会社(OMCカードとイオンカード)も統合されるのか?

 消費者金融の上限金利の見直しに伴って、業界の再編成は必至である。それに伴ってクレジットカード業界の動向も注目される。その中でもイオンとダイエーの提携から波及する上記2社から目が離せない。

 しかし、昨日の山下さんが指摘されたように、この業界は、多額のコンピュータ投資を毎年のように必要とする装置産業である。コンピュータシステムの統合コストが、両社の協力・統合にとって重要な検討課題になる。さらに重要な問題は、両社のビジネスモデルが相互補完できるかどうかである。換言すれば、カード利用者にとって、より以上のサービス向上が期待できるかどうかである。そうでなければ、統合・提携のメリットはない。

 阪急と阪神が経営統合されても、阪急百貨店と阪神百貨店は当面は現状維持される。フランスのカルフールが撤退してイオンの傘下に入ったが、カルフールの名称は存続している。同じくイオン傘下のマイカルやサティも名前は存続している。これらと同様に、イオンとダイエーが業務提携しても、両社が存続すると考えるのが妥当であろう。それぞれには古くからの固定客をもっている。

 それでは、それぞれの傘下のカード会社も別個に存在するかと言えば、必ずしもそうではないと思う。利用者にとって、所有するカード枚数は少ないほど便利だからである。

 私見では、両社のカード会社が協力するとすれば、新たな事業分野である。たとえば、すでに存在している「SUICA」・「ICOCA」・「PITAPA」などのキャッシュレスのICカードが、イオンやダイエーの商品購買にも使用できるようになれば、確かに便利だ。しかし果たして実現可能なのか? 両カード会社にとって、こういった新規事業分野における協力が当面の現実的な課題であると思われる。巨額の設備投資を分担できるからである。

 以上、なかなか先が読めない。これが日本の現状だ。しばらくは複数のカードを所有して、それぞれを使い分けなければならないようだ。

 なお、ここで注意するべきは、クレジットカード利用者の特性である。たとえば「アメックス」や「ダイナーズ」を所有して優越感を感じたい。「ビザ」の「ゴールドカード」よりも「プラチナカード」を支払い時に出してみたい。こういったニーズを持った利用者が存在する。おそらく自分が富裕層に所属して、自らの地位や社会的評価が高いことを顕示したい人々である。

 流通系カードは、こういった利用者層に浸透していないかといえば、そうでもないと想像される。こういった人々は、おそらく複数のカードを時と場所に応じて使い分けている。銀座・北新地そして伊勢丹や三越では「ダイナーズ」や「プラチナカード」を使うが、同じ人がダイエーに行けば、「OMC」を使う。要するに日本の消費者は単純でない。単純でないというよりも、消費嗜好の幅が広い。少なくとも従来の日本人は、そうであった。広範な中流階級が、多様な消費活動を実践してきた。

 こういった日本が、「勝ち組」と「負け組」の区分が明確な米国型「格差社会」に変化するのかどうか。これは不透明である。こういった社会動態の動向に、クレジットカード会社も依存する。

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2006年10月12日 (木)

脱ダイエーで過去最高益を達成:(株)オーエムシーカードの経営戦略

 昨日、私が担当する「21世紀の業界展望」では、(株)オーエムシーカード執行役員の山下政和さんから講義を賜った。山下さんはダイエー店長を経て、同社に1994年に移籍。当時の同社の負債は3千億円に達していたが、現在は完済し、2005年度の経常利益は356億円。過去最高を達成した。

 講義前の雑談では、中国に次ぐ投資先としてインド・ベトナムが有望といった話になった。すでにクレジットカードは、ベトナムでビザとマスターが都市部で普及しつつある。最近はベトナム航空がアメックスと提携カードを発行し始めた。私見では、これからカード決済の普及が見込まれ、さらに流通小売企業の発展が予想されるベトナムでは、同社の流通系カードP1010074 ビジネスのノウハウが、さまざまなビジネスチャンスを生むと思われる。

 さて、このビジネスのノウハウの内容は、簡単に言えば、DATA BASE MARKETING(データベースマーケティング)である。カードの会員情報に基づいた何種類もの顧客セグメントに対して、より精度の高い的確なマーケティングが実施できる。つまり換言すれば、OMCカードを導入した店舗・商店街・ショッピングセンターなどの取引企業は、客数と客単価を上昇させることができる。ここが、銀行系カードにはない流通系カードの優位性=強みである。

 2005年現在、親会社ダイエー(52.54%所有)の取り扱い金額は全体の23%程度。ダイエーの業績悪化に伴って脱ダイエーを迫られ、まず中核業務であるカードビジネスに専念し、さらに新しいビジネスモデルに挑戦してきた。そのことが最高益の達成という結果となった。私見では、親会社の業績悪化が、子会社である同社の改革スピードを上げたと指摘できるかもしれない。

 ただし、オーエムシーの経営理念は、かつてのダイエーの「For the Customers」を継承している。山下さんは、ダイエー出身者らしく、「ダイエーのDNAを引き継いでいるのは当社だ」と胸を張られた。このような意味では、ダイエー創業者・中内功のDNAを受け継ぐ人材を育成するのは、流通科学大学でなければならない。そのためにこそ、ご子息である中内潤氏が理事長を務めている。

 山下さんのご講義で興味深かった話題は、最近の消費者金融業における金利見直し問題である。これは、金融問題と社会問題を混同した不毛の議論になっていると明確に指摘された。「上限金利の高低」と「自己破産件数」は無関係である。

 現在の20%~29.2%の金利は、一般には高いように思われるが、貸し倒れのリスクが含まれており、消費者金融会社の利益率は3%程度。金利が高いほどに消費者金融会社は儲かっていない。この上限金利を下げる法案が通過すれば、全国の消費者金融会社1万4千社の中で、存続できる会社は10%程度になると予想される。

 他方、借り手側については、これまで融資をしてくれた会社が消滅するのだから、法規制の及ばない「ヤミ金融」に手を出す人が増えることが懸念される。この金利は、1000%~2000%である。当然、こういった違法な金融に手を出さないように、公的な融資を充実させるという主張が考えられる。しかし実際、多重債務者となり自己破産する人々の中で、本当に「生活苦」で借金する人は15%程度。残りの85%は「遊興費」が目的だそうである。

 これが社会問題だ。多重債務者を救うという大義名分があっても、たとえば競馬やパチンコに使う目的のために公的融資を充実させるわけにはいかない。遊興費のために多額の借金をするような社会それ自体が問題とされなければならない。

 消費者金融の上限金利の引き下げは、業界のみならず利用者にも混乱を招く。当然、そこには新しいビジネスチャンスが生まれる。成熟した社会における健全な業界発展が望ましい将来像であると私は思う。それを先取りするように同社は、企業の社会的責任(CSR)および社会貢献に1991年から取り組んでいる。すでに環境保護などのための寄付金は4億2700万円に達している。

 なお、おそらく最も関心が高い問題は、ダイエーが子会社であるオーエムシー株式を売却するかどうかである。これは、ダイエーの大株主である丸紅の意向に従う問題だ。オーエムシーカード自体は、高い収益性を誇る企業価値の高い企業であるから、株式取得を希望する企業があって当然。株式売却となれば、ダイエーのDNAも消滅する。(株)オーエムシーカードの今後に注目したい。

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2006年10月11日 (水)

ベトナムのWTO加盟承認は早くて11月上旬:APEC開催に間に合うか?

 10月9日のスイス・ジュネーブにおけるベトナムWTO加盟交渉は合意を見なかった。しかし加盟は間違いない状況である。

 ベトナム加盟協議の議長であるノルウェー大使のEirik Glenneは、ベトナムが用意したWTO加盟に向けたすべての書類を初めて受け取り、それは完全に近いものであると指摘した。

 今後の最短の加盟予定は、10月26日を目標に作業部会で合意し、11月上旬に常任理事会を召集して承認。その後にベトナム国会で批准され、その30日後に正式に150番目のWTO加盟国となる。

 ベトナムにとって当面の最善のシナリオは、11月上旬にWTO加盟承認を取り付けることだ。そうすれば11月15日から開催予定のAPEC首脳会議で、WTO加盟承認国としてベトナムは胸を張ることができる。ただし、期待されていた正式加盟は来年2007年初頭になる。正式加盟国ではないが、承認国であれば、ベトナムのメンツも立つ。

 いずれにせよ、二国間協議において米国との交渉が終了しているので、ベトナムのWTO加盟は時間の問題と見られていた。来年のベトナムは、WTO加盟国としてスタートする。本格的な市場開放が徐々に現実となる。ベトナム企業にとって希望と緊張が高まって当然であろう。

 以上の情報は次を参照した。http://www.kiplingerforecasts.com/apnews/XmlStoryResult.php?storyid=244527
http://www.nhandan.com.vn/english/business/101006/business_vn.htm
http://asia.news.yahoo.com/061009/kyodo/d8kldbro0.html

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2006年10月10日 (火)

JETROハノイセンター・石渡所長にインタビュー:英文誌『Vietnam Economic Times』から紹介(下)

 3.第2次外国投資ブームが来ているとすれば、どのような戦略をベトナムは採用するべきか?

 ⇒どのような政策や戦略よりも透明性と安定性が常に優先されるべきだ。投資インセンティヴは、長期的な観点から検討される必要がある。それが提供されれば、維持されなければならない。もしベトナムが、その時々に変更されたり、その後に廃止されたりする短期的なインセンティヴを採用してFDIを誘致しようとすれば、投資家や援助国の信頼を得ることは難しい。
 
ベトナムの政策立案者が集中・強化するべき戦略は次の通りである。(1)省レベルでの投資促進政策と行政サービス(ワン=ストップ=サービス)を簡易化・強化する。(2)インフラ開発の長期的なマスタープランを策定し、予定通りの実施を約束し、その品質を保証する。
 ⇒
それに加えて、ベトナムの投資計画者は、地方基準よりも全国基準のFDI促進策を実施するべきだ。たとえば外国人投資家が、全国の統一的なFDI政策を理解できるような投資促進セミナーを開催することである。
 
ベトナムはWTO加盟交渉に成功したが、他のWTO加盟国や近隣諸国と比較して発展段階は依然として低い。外国人投資家は、ベトナムと他の近隣諸国との投資条件を比較する。したがって、地域におけるFDI誘致競争に勝利するためには、それらの国々が用意する投資政策や投資インセンティヴを研究し、さらにより重要なことは、少なくとも1歩進んだ、または1段階高い投資政策や投資インセンティヴを提供することが必要である。

 4.ベトナム投資において注目するべき日本企業はどの企業か?

 ⇒日本のFDIについて最近の動向を見れば、輸出志向製造企業が継続して投資することが期待される。さらに日本のFDIはベトナム北部に注目しているようだ。
 ⇒日本の投資家は、日本企業が開発した工業団地に以前は投資したが、その工業団地が今や満杯となり、新しい工業団地も稀少である。そこでベトナム投資家が適切に開発した工業団地を探している。これは、地元の特に北部の工業団地が日本の投資家を誘致するための好機となっている。

 5.ベトナムのビジネス・投資環境に関する新たな投資家に対するメッセージは何か?

 ⇒先ず最初に、ベトナムは投資環境の改善を明白に決定しており、外国投資家が投資プロジェクトの増加を考慮する良い時期であると指摘しなければならない。JETROは貿易・投資の促進機関として、より多くの日本の投資家のベトナム進出を奨励する。
 ⇒
しかしベトナム投資において外国投資家は、いくつかの障害を受容しなければならないかもしれない。人的資源について、ベトナム人スタッフは勤勉で器用なことで有名である。それは労働者と技術者について、より以上である。中級・上級管理者不足は依然として問題である。したがって外国投資家は自前で教育・訓練に投資する必要があるだろう。
 ⇒
最近になって法制度が積極的に改革された。しかし制度よりも実施について主要な問題がある。新しい様々な法律・規制が公布されるけれども、適切な実施は発効日よりも遅延している。
 ⇒
インフラストラクチュアについて言えば、輸送施設などの物流サービスは、まだ余り発展していない段階だ。その改善のためには数年を要するだろう。このことは最も決定的に、より高いビジネスコストをもたらす。

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2006年10月 9日 (月)

JETROハノイセンター・石渡所長にインタビュー:英文誌『Vietnam Economic Times』から紹介(上)

 ベトナム経済専門誌『ベトナム=エコノミック=タイムズ』にJETRO(日本貿易機構)ハノイセンター所長・石渡健次郎氏のインタビューが掲載されている(Vietnam Economic Times, Issue 151, September 2006, p.34)。

 見出しは「変わらない仲間(Constant Companion)」。親しい友達だから相手の耳の痛いことも敢えて言える。これまで、官民一体となった投資環境の改善について、ベトナム側との交渉でJETROは主要な役割を果たしてきた。このような意味を込めた内容になっていると思われる。以下では、その質疑応答の要点を紹介してみよう。

 1.今後5年間のベトナムのFDI(外国直接投資)誘致をどのように考えるか?

 今日までベトナムは多くの成果を達成してきた。①WTO加盟に向けた法改革、②すべての階層における上位から下位までの広範な反汚職キャンペーン、③投資手続きの簡素化など。その鍵となる資金源がFDIの誘致とみなされてきた。
 しかし障害も残されている。①不明確・短期的な政策やマスタープラン、不十分なインフラの発達(運輸・電力など)、③WTO加盟による投資インセンティブの廃止など。
 新指導部は、双務協力協定・自由貿易協定(FTA)・WTO加盟による地域的・世界的な統合に向けて、ベトナムが早急に移行しつつある非常に重要な時期に選出された。そして「ドイモイ(刷新)」を継続して有益に実施するであろう。  
 ⇒
新指導部は、国内投資家の奨励と同時に外国投資家の誘致に続けて道を開くと信じている。ベトナム自身のために、さらに投資家と援助国の信頼を強化するために、投資資金そしてより重要な投資効率の問題が、汚職・人的資源・教育・訓練などの他の重要課題と同様に、より以上に取り組まれるであろう。

 2.日本は依然として外国投資家の上位5カ国に含まれている。他方、最近は台湾・シンガポールに加えて米国の投資が次第に増加している。今後5年間で、その順位はどうなるか?

 中国から第3国に生産が移行または拡大する最近の傾向を背景にして、特にベトナムは、日本とベトナムの安定した相互関係があるために、将来も日本は上位の外国投資家でありうる。MPI(計画投資省)の投資実施金額の数値(5月31日)を見れば、日本は47億5千万ドルであり、第2位のシンガポールの36億4千万ドルより10億ドル以上も上回っている。
 ⇒2005年以来、他国の対ベトナム外国投資は確かに増加している。IT産業(米国)、ヘルスケア・インフラストラクチュア産業など1億ドルのプロジェクトがある。日本は、大手のプロジェクトに投資していないが、他方、投資資金を着実に流入させてきた。たとえば2006年上期の日本のFDIは、2005年の同期比で117%増加した。着実な投資は安定的な発展にとって不可欠である。  (以下、続く)

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2006年10月 8日 (日)

ベトナムG7マート・ヴゥ社長のメッセージ:これは「民族統一戦線」結成の宣言だ!!

 ベトナム初のコンビニチェーン「G7マート」は、国内小売店舗向けにフランチャイズ加盟店の募集用パンフレットを用意している。その中にヴゥ社長からのメッセージがある。

 その表題は、「粗末な武器を手に...世界貿易競争で何をしようというのか? ベトナムのWTO加盟は間近だ!」。宛先は「国内流通システム構成員の皆様へ」。

 明日、10月9日にスイスのジュネーブでWTO加盟協議が開催され、大きな反対がなければ、そこでベトナムの加盟が承認される予定だ。それはベトナムに未曾有の改革の「大きな波」が押し寄せることを意味する。

 WTO加盟後の外国流通企業の参入によって、ベトナム国内市場は席巻されるのではないか。この危機感は、多くのベトナム人小売店主の共感を集め、すでに1万店の加盟希望があり、その中から7月に500店舗が全国に開店。当面、1000店舗の展開を目標としている。

 以下、そのメッセージを紹介してみよう。

 「世界的な流通大手の国内進出が増加しており、それが全国各地の日用品を中心とする伝統的な流通システムにとっての大きな脅威となっている。この流通システムが、巨大な資金力と近代的で専門的な経営方式をもつ多国籍グループに太刀打ちすることはできない。これにより、伝統的な流通システムは一気に崩壊し、大きな社会変動を招くことは必至だ。

 それと同時に、元々この流通面できわめて脆弱であった国内生産者が、多国籍グループに支配されれば、さらなる困難に直面するとともに閉塞し、自国製品を消費者の手に届けることがますます難しくなる。崩壊の危機は、生産者にとって現実的なものだ。

 上記の危険は現実だが、われわれがG7マートの流通システムにおいて一致団結することにより、直ちにその危機を解決することができる。それだけでなく、それによって流通システムの全構成員は、きわめて大きな発展の機会を獲得できる。

 日用品の各小売店舗は、はるかに近代的・専門的・効率的な経営プロセスに従うことにより高規格化され、生産者は消費者に商品を提供する公正な場を得ることになる。また、国内流通を強化することこそが、自国製品を世界に輸出するための強固な後方支援となる。

 崩壊を防止し、強固な発展をとげ、さらには国内流通システムの大きな力を分割することを目的とした短期的な利益追求に打ち勝つためには、われわれが一致団結するしかないことは明らかである。

 団結は国内生産者の保護に役立つだけでなく、国内製品が国際市場に進出するための必須の基盤となる。団結は全構成員の権利のためだけでなく、グローバリゼーションにおけるベトナム精神の精華を主張することでもある。

 国内流通システム、とりわけ全構成員の自主と発展のために、G7マートのシステムにおける全構成員の団結・創造・不動を再び心から呼びかける。」

<署名>
ダン・レ・グエン・ヴゥ
G7マート社長(常務委員長)

 以上は、独立と自由のために戦った「ベトナム戦争」参戦を国民に呼びかける文章を想起させる。このままでは国内流通市場が、多国籍流通企業に支配・従属してしまう。流通=物流の支配は、国内製造企業にも大きな影響を及ぼす。この愛国的な訴えは、ベトナム人の心に響くだろう。

 他方、事実として外国流通企業の市場参入は、たとえば日本や韓国などにの先進国においては容易でない。日本市場からのカルフールの撤退、韓国市場からのカルフールとウォルマートの撤退を見れば、進出先の消費者・顧客の気持ちを外国企業が的確に掌握し、その流通システムの慣行に適応することの難しさを感じさせる。

 しかし、ベトナムの流通システムは未開拓の「暗黒大陸」だ。たとえば日本のような「流通革命」を経験していない。その状態で外国流通企業が参入してきたら、どうなるか。外国企業に対して、まったく何の抵抗も受けない自由な「草刈り場」が提供されることにならないか。

 日本のイオン・イトーヨーカ堂・ダイエーや、韓国の流通大手イーマートのような国内流通企業がベトナムでは未発達である。かろうじて、シティマートやコープマートがベトナム国内スーパーマーケットとして健闘しているにすぎない。

 これからのG7マート。どのような戦いを展開するか。これには目が離せないし、さらに私も「外人部隊」として支援したいと考えている。そして何度も強調するが、ベトナム政府による流通関連の法制度整備が急務である。

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2006年10月 7日 (土)

休養日

 今日は、健康管理のためにブログはお休みです。

 なお、この「健康管理」という用語は、JICA(国際協力機構)で使用されている。外国に1年以上派遣された長期専門家は、健康診断などを受けるために強制的に約1ヶ月間の休暇を取らなければならない。健康管理休暇と呼ぶ。そうしなければ、十分に当初の任務が達成できないという趣旨であると思われる。

 大学でも「サバティカルリーブ」と言って、教育現場から離れて、自己研鑽のための自由な時間を提供する制度がある。ただし、この制度を利用するためには、自己申請しなければならない。しかし本来、各自の健康や自己研鑽のためには強制的に休暇を取らせるべきである。それは大学に限らず、すべての労働者の権利とも言うべきものである。

 有給休暇の完全消化。治療から予防医療の充実へ。健康保険制度を今後も維持するためには、予防医療に対する関心がもっと高まってよい。そのために健康管理を十分にする。働き過ぎない。その代わり、高齢化社会だから70歳までは勤務する。

 このような意味で、健康管理休暇という発想や制度は広く適応・導入されるべきである。

 せっかく休養日と思っていたのに、またブログを書いてしまった。これでは休養にならんではないか!!

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2006年10月 6日 (金)

ベトナムにDHLで書類を送る:ビジネスはスピードだ!!

 今日は、大学で講義する科目はない。そこで「日越経済交流センター」(http://www.j-veec.jp/)を訪問した。大学教員の仕事場は、必ずしも大学だけではない。自宅研修や海外出張もある。

 他方、必ず毎日出勤しなさいという職務命令の大学もあると聞いている。大学に毎日出勤という命令は、ある意味で簡単に実施できる。それぞれの研究室で新聞を読んで、お茶やコーヒーを飲んでいれば、それで時間が経過する。それで良いはずがない。勤務形態よりも、その結果や成果は何かということが問題だ。

 さらに問題が発生する。勤務時間は客観的に測定できるが、大学教員の仕事の結果や成果は評価し難い。たとえば次のような例が指摘される。10年間も論文を書かない先生が、その沈思黙考・思索の結果、ノーベル賞級の論文を発表することもある。

 確かにそういう可能性も、ありうるだろう。しかし、少なくとも私の専門である経営学分野で、そんな先生の存在を聞いたことがない。もちろん10年間も論文を書かない先生はいるが、そもそも経営学分野でノーベル賞を受賞した先生は組織論のサイモンぐらいだろうか。

 さて、日越経済交流センターで受け取った書類をDHLでハノイに送った。大阪駅・梅田駅に最も近い事務所となれば、JR環状線・天満駅から徒歩5分。DHLをご存じない方は、インターネットでお調べ下さい。

 今日の午後に受け付けて月曜日にハノイに必着。郵便局のEMSより早い。スピードを必要とするビジネスで、DHLは不可欠だ。もちろん事前にFAXで文面は送っている。

 いくらインターネットが発達してビジネスや金融が電子化しても、「スター=トレック」の世界のように物体を転送できる技術が実現化しない限り、物流の問題は最後まで残されている。ということは、まだまだ「物流」について、ビジネスチャンスがあるということだ。

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2006年10月 5日 (木)

「ラストサムライ」の休日:姫路市・書写山・円教寺を見学

 昨日は、播州信用金庫・姫路本店に伺った。大学で先日ご講義を賜った和田理事長に対する御礼を申し上げた。

 昼食は、姫路キャッスルホテル内の日本料理店「はりま」。姫路市は、山の幸・海の幸に加えて但馬肉もある。周辺は自然に恵まれ、姫路工業大学・兵庫県立大学・姫路獨協大学など学術的な雰囲気も備えている。姫路市は人口50数万人。兵庫県下で神戸市に次ぐ第2の都市である。

 その後、映画「ラスト=サムライ」の撮影場所となった書写山・円教寺を見学した。今日は久しぶりの休日。姫路と言えば、国宝・姫路城が有名だが、この円教寺も必見。ただしロープウェイで山頂まで行って、そこからの徒歩10数分間がハードだ。それなりの覚悟が必要。

 帰宅すると、雑誌『ダカーポ』(10月18日・593号)が届いていた。「ベトナム」に関する私の記事が掲載されている。9月初旬に東京駅前のフォーシーズンズホテルで取材を受けた「日本を好きな国・日本が好きな国」という特集の中の1ページだ(p.26)。

 さすがにプロの記者にまとめていただいただけに内容はOK。しかし私の写真はNG。ちょっと疲れた感じだ。日本でなくベトナムで撮影されたら、もっと生き生きしていたかも----。

 上記の志水さんという記者から助言されたのだが、「ちゃんとした写真を1枚もっておかれたほうがいいですよ」。確かにそうだろうが、ちゃんとしても微妙な程度の問題だ。だからNGというものの、まったく気にならない。そういう世界からは、すでに「解脱」している自分を感じる。でも、メガネを代えたら、もっと良くなったかも??? 

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2006年10月 4日 (水)

ズン新首相の来日:G7マートのヴゥ社長も同行

 今回のハノイ訪問で、ベトナムのグエン=タン=ズン新首相が10月中旬に来日すると聞いた。昨日、別のルートで10月18日~22日の予定という情報があった。

 ズン首相の公式訪問には、G7マートのヴゥ社長も同行する。G7マートの話は、昨日のゼミで紹介したばかりである。日本以上に複雑なベトナムの流通チャネルを改革する「流通革命」の旗手。このように彼を紹介した。

 ヴゥ社長が来日となると、私も動かざるをえないと思うのだが、大阪に住んでいるのがもどかしい。やはり仕事は東京だ。ベトナムの流通革命のために頑張るのは私の勝手な思い込みだが、好きでやっているので心身ともに充実している。残念なことは、十分な時間がないことだ。

 一昨日の夜、ハノイ・ノイバイ空港で藤井社長(カトーレック社)と話したばかりである。「仕事で無理して健康を害したらダメですよ」。新しい職場で藤井さんは頑張っておられて、それを心配して私から言葉をさしあげた。でも、好きな仕事で無理するのは理解できる。同等に並べるのは不遜だけれども、藤井さんは「モノづくり」。私は「流通革命」・「株式投資」。その共通の舞台はベトナム。

 これまで客席から舞台を眺めて、難しい顔つきで評論していればよかった私が、この8月から舞台にあがることになった。それはベトナムの舞台の魅力的だからだ。さあ、一緒に踊りましょう。いつまでも見ている場合ではない。「同じアホなら、踊りゃなソンソン」。楽しそうなベトナムで踊ってみよう。確かに楽しい踊りは苦にならない。

 「同じアホなら踊りゃなソンソン」。少子高齢化・年金破綻・増税・福祉後退・格差社会。日本で暮らすのも大変。異国のベトナムでビジネスも暮らしも同様に大変。同じ大変なら、ベトナムに行こう。かつての日本のように成長力があるじゃないか。

 ベトナムの舞台は、私の感覚では幕が上がったばかりである。今なら私のような素人でも舞台に上がれる。だから面白い。

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2006年10月 3日 (火)

ハノイの戒厳令??:いろいろ想像してしまう

 早朝5時30分に帰国した。ハノイ~関空は4時間の飛行時間。十分に寝れない中途半端な時間だ。

 ハノイで今から思えば、不思議なことがあった。なぜ以前に宿泊していたホテルから私の携帯に電話がかかってきたのか? レセプションの女性は携帯電話を知らないはずだ。なぜ知っているのかを確認すべきだった。

 かなり以前に教えたような気もするが、そういった顧客名簿が管理されているとすれば、ベトナムでもCRM(顧客関係マネジメント)が進展していると言える。だが、どうもそうではないと思う。

 ひとつ考えられるのは、今回はハノイ中央郵便局からホーチミン市にEMSで郵便物を送ったが、その送り主の住所として、使い慣れた以前のホテルの住所を使用し、私の携帯電話の番号も記入した。しかしホテル名は書かなかった。

 今、APEC国際会議を前にして、ハノイ市内は厳重な警戒態勢に入っている。表面は静かだが、滞在の外国人を公安(=警察)が調査しているし、ナイトクラブやカラオケなどの接客業も取締りが厳しい。

 今回の電話事件を推理すると、私の郵便物が調査され、その住所から外国人の私が実際に住んでいるかどうかを確認するためにホテルに公安が来る。本人が不在の住所を書いたらダメということで、ホテルから私の携帯電話に連絡が入る。これは、ありそうな話だ。

 私の郵送物は金属部品と書籍だったが、考えてみれば、『ゴルゴ13』のように狙撃銃の部品を分解して、バラバラに郵送して組み立てるという方法が想像されても不思議でない。

 また、最近のベトナムではインターネットの速度が遅くなった。その理由は、インターネットのメール送受信の監視を強化しているからだ。確かに電話の盗聴はもちろん、インターネットのメール監視の話は以前から聞いていた。

 以上の話、本当だろうか。ともかく国家の威信をかけたAPEC国際会議であり、ブッシュ大統領もベトナム訪問するのだから、テロ対策も万全にしなければならない。ベトナムが十分すぎるほどに警戒するのは当然だ。

 なお、10月10日にスイスのジュネーブでWTO会議が開催され、そこでベトナム加盟が議論されるそうである。そこで認められれば、直ちにベトナム国会が10月18日に承認。11月中旬のAPEC国際会議は、WTO加盟国ベトナムとして主催できる。これが今後の最善のシナリオだそうだ。10月10日に認められないようだと、ベトナム側もAPECの開催に合わせる必要もなくなり、来年の加盟という事態になるとも予想されている。

 これからのベトナムについては、WTOとAPECに目が離せない。

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2006年10月 2日 (月)

今日はハノイで何をしたか?:偶然は何度もやってくる

 ハノイの一日が終わろうとしている。密度の濃い一日だ。この充実感が日本では、なかなか経験できない。

 朝から、まず貿易会社のツゥイさんに会う。いろいろ商談だ。なお、日本から持参したベトナム製バックの修理をお願いした。器用なベトナム人に任せれば安心だ。

 その後に国家証券委員会を訪問。法制部長のビンさん、午後は証券業務部長のフンさんにお目にかかった。ベトナム証券市場について意見交換をした。日本の投資家を歓迎するという基本姿勢をお2人から感じることができた。

 その間、1998年当時から宿泊しているゴクリンホテルから電話がかかってきた。何か郵便物が届いたのかと思って訪問すると、今度から上田のためにADSLのインターネットを導入したので宿泊してほしいと言うのだ。ただし確認すると、1時間4000ドン(約30円)の料金。

 「上田のために」というのなら無料にしてくれたら良いのに、ちゃんとお金を取るところが ベトナム人らしい。今のエデンホテルはNHK衛星放送が見られないが、インターネットは部屋の中で使える。ゴクリンホテルは、NHKは見れるが、インターネットは1階の食堂での使用だ。しかし「上田のため」と言われると、また古巣に戻る気にもなる。

 その後、日越経済交流センターのハノイ顧問のブーバンに会った。センターの実質的な仕事はソンさんが担当しているが、ブーバンを無視することはできない。何と言ってもカム前副首相と友達であったり、キエト元首相とテニスをする間柄なのだ。ベトナム鉄道労働組合8万人のトップだった人物だ。引退して仕事に役立たないと言って無視することはベトナム人ならできないことだ。

 現在のブーバンは、日越経済交流ニュースをハノイの読者である住友商事・三菱商事・JETROなどに届ける仕事をしている。ブーバンと年齢は30歳も違うが、私のハノイ在住の時からの兄弟(Anh Em)だ。元気なブーバンに会えば、こちらも元気が出る。

 三進交易の新妻所長にお目にかかった。いろいろ商談だ。さらにJETROハノイ事務所の小林さんにもお話を伺った。日本企業のベトナム直接投資が9月時点で件数102件、昨年を上回ったというお話を聞いた。ベトナム投資は絶好調である。

 この夜に貿易大学のタム先生とお嬢さんのマイさんに会う。マイさんは京都大学大学院経済学研究科に留学する。ちょうど私と同じ航空機だ。何という偶然なんだろう。これから冬になるのでセーターなどを持って行くが、荷物が一杯という。当然、私が持ちましょうということになる。

 また何と偶然に、カトーレック社長の藤井さん(松下電器ベトナム前社長)とも空港でお目にかかることになった。成田までのご出張だが、私の出発の時刻とほぼ同じだ。これも偶然だ。藤井さんがホーチミン市にご勤務中は、学生や見学者を同行して何度も何度も訪問させていただいた。やや古めかしいが、「ご恩は一生忘れません」という関係だ。

 私は、こういった関係はベトナム人にもあると思う。同窓生・同郷人・戦友・恩師といった関係をベトナム人は家族・親戚と同様に大切にする。ベトナム人に「ご恩は一生-----」という気持ちの有無を質問したことはないが、あることを私は信じたい。それが正しいかどうかの検証は、しばらく時間がかかる。

 以上、今日だけで何人の人々と会ったのだろう。また電話で何人の人々と話しただろう。それぞれが私にとって大切な人々だし、大切な出会いだ。外国人旅行者としてベトナムを通り過ぎているのだが、私の軌跡がベトナムに残されている。その軌跡が、度重なる訪問で次第に深く刻まれていく。この感覚が私は好きだ。

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ベトナムコーヒーについて一考察:WTO加盟に備えた品質改善

 風邪の初期の熱っぽさがなくなった。元気回復だ。今日は一日、ハノイを走り回る予定だ。大学の月曜日1時間目の2回生のゼミは休講。学生に連絡済み。それは補講で対応する。先生が元気で走るところを見せないと、学生は付いてくるはずがない。もっと正直に言って、勤勉に講義する先生と違って、私は「ちょいワル」先生を目標にしているのだ。

 昨日の夕方、鈴木さんとYさんに会って「お土産」を渡した。ベトナムは、確か昨年からか世界第2位のコーヒー輸出国になっている。ベトナムコーヒーは有名だが、ベトナム在住10年を超える鈴木さんのリクエストはコーヒー豆。「日本からの豆は香りが違う。美味しいコーヒーが飲みたい」というのが、最近の鈴木さんの願いだ。その後にお目にかかったYさんには「大福もち」。「こんなに食べたら太ってしまう」と言いながら笑顔は大福もちのようだった。それがまた嬉しい。

 さてコーヒーの味は好みがあると思うが、香りの有無は素人でも判断できる。確かにベトナムコーヒー豆の香りは薄い。これは品種の特性と言うよりも、加工技術の問題だと思う。もっと豆を乾燥させて焙煎後も品質管理して、販売時点でも真空パックにするなど、香りに配慮した生産工程を導入する必要があるのではないか。

 ちょうどカンボジアのプノンペンで、日本人の倉田さんが胡椒の製造販売をしている。これは本ブログで紹介した。この胡椒を日本で使っているが、香りは抜群だ。胡椒は味だけでなく、香りでも楽しめることが理解できた。この香りは倉田さんの店だけのものだ。コーヒーも同様であろう。

 これまで国産コーヒーを保護するために、ベトナムでは輸入コーヒーの関税は高く設定されていた。(注:これについては昨日、最近の関税表を書店で購入したから、調べれば数字はわかる。) しかしWTO加盟後は、輸入関税の引き下げとなるだろう。そうなれば、香り高い輸入コーヒーがベトナム市場により安価で参入する。国産コーヒーに競争力はあるのか。

 私は、品種改良と加工技術の改善という「正攻法」でしか競争力強化の方法はないと思う。そうでなければ、ベトナムコーヒーは即席コーヒーの原材料としての地位が確定してしまうだろう。このようなことは、すべての製品・業種について言える。

 国際競争力は一朝一夕で養成されるものではないが、どこかの企業が最初にその努力を自社で始めることが出発点だ。その企業は、いつかは同業他社との差別化を達成し、超過利益を獲得できるようになるだろう。業界内での高い評価も受けることができるだろう。自社製品の「ブランド」を確立できるだろう。これが、その努力と勇気の報酬である。その成功に伴って、同業他社の模倣が拡大する。それによって、業界全体の品質改善が進む。

 政府が上から品質改善を訴えるよりも、市場経済においては、以上のような個々の企業の努力と勇気がその具体的な推進力だ。

 最近のベトナム民間企業の創意工夫や改革意欲を見ていると、そういった努力に挑戦する企業が十分に存在していると思う。次は、そういった努力を資金的・技術的に支援する体制である。民間の活力を導入・促進する。こういった改革の方針が、WTO加盟を控えたベトナム政府に期待される。それが最善・唯一の方法であろう。

 そのために、たとえば「ベンチャーファンド」の導入だ。外国人の投資資金を導入し、技術支援もして品質改善を促進する。その後に株式市場で上場を果たす。中小企業の「成功物語」を支援するベンチャーファンド。日本では情報過多のために、このような企業の選択は難しいが、逆にベトナムでは優秀企業の発見は容易だ。合同会社TETは、こういった仕事をしたい。

 昨日、上記のYさんに弊社TETの名刺を見せたら、大笑いされた。「これ何する会社ですか?」。確かに名刺には、株式投資のプロモーション、研究調査のコラボレーション、調査旅行のプロデュースといったカタカナ言葉を並べた。普通に考えれば、怪しい会社だ。真面目に説明すると、以上のことを目標にする会社です。 

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2006年10月 1日 (日)

ありがとうベトナム人!!:ベトナムは良い国だ

 朝にブログを書いて、明日の打ち合わせのためにソンさんを待っていたら、彼が携帯電話を買ってくれた。それもプレゼントだ。かつては日本人がベトナム人に「買ってあげよう」と言っていたのに、今やベトナム人に買ってもらう時代になった。

 ノキア製のカラー画面。軽くて携帯に便利。中古品でよいと言っていたのだが、ちゃんと保証書も付いている。申し訳ないと思いながら、ついつい言葉に甘えてしまった。ありがとう、ソンさん。ありがとう、ベトナム人である。こういうプレゼントに喜んでしまう自分が情けないというか、単純というか。でも最近は、こういった贈り物に喜ばない若者が多いのではないか。当然と思うのである。先生が学生におごって当たり前。先生がお金を払って当たり前。嫌な世の中になったものだ。

 その後、ソンさんに中央郵便局まで送ってもらって、ホーチミン市に書籍や商品見本をEMSで送った。日本なら数千円する重量だが、その何分の1の料金。チャンティエンの本屋に行って、最新の書籍や雑誌を買う。そして昼食は小松みゆきさんとご一緒した。こういう連絡ができるのも携帯電話のおかげである。

 小松さんは、日本ベトナム友好協会の理事そしてFPTの日本語教師である。もうハノイに10年以上滞在。最近の5年間は現在86歳のお母様と一緒に暮らしておられる。この様子は『毎日新聞』(「夕刊とっておき」2006年9月4日)で紹介されている。

 以前に関西空港で買った伊勢の名物「赤福」もちをお土産にしたが、お母様が大感激。それだけ喜んでいただくと、また買って上げたくなる。「赤福」は日持ちしないので早く渡さなくてはと焦った。そういう理由もあって、携帯電話がないというストレスが大きくなっていた。

 とりあえず電話で武装できたので、ひとまず安心だ。ただし、少し風邪をひいた。飛行機の機内でワインを飲んで居眠りしたのが原因だろう。ゆっくりと今日は休むことにしようと思いながらも、夕方はさらに人と会う約束をした。ともかく多忙なのである。

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ハノイからの「ぼやき」:短期出張中のストレス

 今、ハノイにいる。昨夜に着いた。
 明日に合同会社TETの仕事がある。ハノイの国家証券委員会の訪問だ。この委員会は財務省の傘下で、ベトナム証券市場や証券会社を管理統制する機関である。その法制部長のビン氏は、先週に東京でベトナム株式セミナーに出席したばかりであるが、会っていただけることになっている。
 面会の調整をしてくれたソンさん(日越経済交流センター・ハノイ代表)に感謝である。

 ところで朝からストレスだ。携帯電話がないからだ。短時間に効率的に動くには、携帯電話が不可欠だ。以下、上方漫才・故・人生幸郎・師匠の「ぼやき」漫才。

 幸子 「どないしたんや。元気ないがな。」
 幸郎 「それがな、電話できへんねん。」
 幸子 「そんなん。前からわかっとるやないか。」
 幸郎 「そやけど、新しい携帯電話も買わなあかんしな。」
 幸子 「しかたないがな。はよ買うたらええねん。」
 幸郎 「そやけど、そんなにようさん小遣い、もおてへんしな。トホホ---」
 幸子 「そら、あんたの甲斐性がないからや。アホ、ボケ、カス。」
 幸郎 「それはそれとして、まあ皆さん聞いてください。最近の若者はーーー」

 往年の人生師匠の「ぼやき漫才」とは、ほど遠いが、携帯電話がないと、まったく不便だ。携帯電話をラオスのボランティア活動の学生に貸して、その学生は今もラオスに滞在中だ。その携帯電話にはラオス版のSIMカードが入っているが、それをベトナム版SIMカードに入れ替えるとベトナムで使用できる。このカード自体は安いので、カンボジアでも今回は購入した。今は、このベトナム版のカードだけを持っている状態だ。この中に登録された相手の番号が満載。これがないと身動き取れない。

 まさか、貸した時点で、これだけ長く返ってこないとは想像できなかった。この場合、返さない学生が悪いのではなく、指示をしなかった私が悪いのである。だから腹も立つし、ストレスもある。

 同じ日本人ということで、安心してしまって指示しなかったという面もある。活動のために貸したのだから、活動が終わればすぐに返すのは常識だ。それ以降も、ずっと持って行くとは想像できなかった。でも、タイのクーデター事件もあるので、万が一のために携帯電話をもっておいたほうがよいが、それなら一刻も早く帰国するように指示するべきだった。いずれにせよ、私のミスだ。

 相手が外国人なら、必ず何日までに返すように言ったはずである。日本の常識は外国で通用しないのだから。このように考えれば、日本人に対しても外国人並に細かく指示・確認・再確認しないと、いろいろ誤解や摩擦が起こる時代なのかもしれない。

 自分のミスだからこそ、ぼやきたくなる。何と言っても、こんなに突然に出張の必要があるとは私も思っていなかった。ともかく、さあ今から携帯電話を買いに行こう。

 注:今日のハノイは曇り。最高気温は30度以下。ニュースによれば、ダナンで台風の被害が出ているようだ。

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