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2006年9月17日 (日)

100%ベトナム人の意義:アジア経営学会から学んだこと

 午前中は、ハノイ国民経済大学のチャン・バン・ホア先生が、ベトナムの中小企業の発展について報告した。私は、中小企業と非国有企業の区別についてと、混合という企業形態について質問した。日本でベトナム語の講演を聴けるのは久しぶりである。彼女は同大学ビジネススクールの主任。おそらくラオス国立大学の経済経営学部でのビジネススクールの講義にも関係しているのだと思う。このビジネススクールの開設は、ベトナム政府のODAによるラオス支援の一環である。あさってに彼女は帰国予定。次回にハノイで再会したいと思う。

 午後は、安積(あすか)敏政氏(松下電器(株)グローバル戦略研究所)の報告が非常に興味深かった。「アジアは日本から見ることができない。輸出中心の時代ならよいが、もはや日本生産よりも海外生産が多い時代に日本から放射線状にアジアを見ていても、アジアは理解できない。松下のアジア拠点はシンガポールだ。日本からの発想は時代に合わない」。

 「日本人の予断・予見・偏見を排する。韓国で半導体ができるはずがない。中国で電子部品をつくれるはずがない。こういった意見は誤りであることは明白であるが、ほんの10年前までは「常識」と考えられた。日本人は優秀で「モノ作り」は世界一。この思い込みが現実を見誤らせる」。

 「今日の電子製品は7年間で価格が10分の1になる。かつて電子レンジは100万円した。30年後に中国製の電子レンジは1万円になった。こういった価格の変化のスピードが早くなっている。このスピードに対応しないと、競争に負ける。かつての松下電器のように「真似した電器」というようなことでは必ず負ける。スピードについていけない。現代の経営はスピードだ。世界の同時発売が当たり前の時代」。

 以上、日本人がもつ非常識、つまり日本人の発想の特殊性に影響を受けると、アジアまたは世界の動向が見えなくなる。これは経営のみならず、政治についても妥当するのではないか。

 安積先生の報告に対して、立命館大学の濱田先生(前ソニー研究所)は、経営の現地化には人材が不可欠と指摘されて、以下のような図式を紹介された。

-------------------------------------                              現地に対する忠誠心
                 高い   低い
-------------------------------------
本社に対する 高い        ①    ②
  忠誠心   低い     ③    ④
-------------------------------------

 ①は「二重市民」。②は「心は日本」。③は「現地土着化」。④「フリーエージェント」。この区分は面白い。ベトナムでも、この4つのタイプに日本人を分類できる。①日本も好き。ベトナムも好き。郷に入れば郷に従え。②いつも日本のことを考えている。早く日本に帰りたい。 ③セオムに乗って会社に行こう。ベトナム語を勉強してベトナム人の親友をたくさん作る。多くの日本人でベトナムにはまる人(再訪者)は、この分類に含まれる。④仕事を仕事と割り切れる人。私の経験では、外務省やJICA職員に多いかもしれない。

 この濱田先生の指摘と、前述の安積先生の説明を考慮すれば、これからの日本人ビジネス人に必要とされる人材は、少なくとも②でないことは確かだ。また④では、現地の情報が十分に取れないだろう。すると①か③。二重市民は、50%ベトナム人。50%日本人。これに対して現地土着化が進めば、60%ベトナム人、さらに80%ベトナム人となる。そうなれば、ベトナム人の発想。ベトナム人の感情が理解できる。これは、現地の人材育成・販売戦略に役立たないはずがない。さらに現地市場に適応したR&Dに有益である。

 マルクス経済学の体系の中に「生産力もしくは生産関係が社会を規定する」といった意味の命題があったと思う。これを広く解釈すれば、生産がアジア全域に拡大しているときに、日本にいて日本から発想していて、現実の社会を的確に反映した外交政策や経営戦略が立案できるはずがない。現実と政策や戦略との乖離が生まれる懸念がある。

 今日、日本を中心に据えた政治姿勢が歓迎される風潮がある。これは現実の時代の潮流に逆行しているとしか考えられない。アメリカではなくアジアを基軸にした「アジアの中の日本」を考える。このことは、企業経営のみならず、政治の世界でも注視されてよい。こんなことを考えさせてくれるのも、アジア経営学会ならではである。有意義な東京での学会であった。

 なお今年度は理事会の改選があって、私が理事の一人に選出された。2回目の理事である。昨年の学会開催の功労賞の意味と、ベトナム・ラオス・カンボジアの領域をカバーする役割が期待されているのだと自覚している。ボランティアの仕事が増えたが、選出されたからには与えられた仕事を忠実に遂行したいと思う。

 付記:今回の東京出張は目黒にある岳父の家に宿泊した。今朝、私のズボンにアイロンをかけてくれている岳父の姿を見て恐縮の極みであった。陸軍士官学校を卒業した岳父は、とりわけ服装には注意するという説明を聞かされたが、それにしても申し訳ない。今年の1月に実母を亡くして、兄弟姉妹もなく、本当に一人になったという若干の寂寥感があった。しかし岳父の姿を見ていると、そういった気分が変化した。これから実父母にはできなかった親孝行ができればと思う。

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