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2006年9月30日 (土)

ベトナム人と日本人の戦争意識:その両極端の意味は何か?

 これまでベトナム人と日本人は似ていると何度も本ブログや拙著で強調してきたが、国家もしくは戦争に対する意識は大きく異なっている。

Dsc08823  左の表は、朝日新聞(2006年8月6日)の記事から引用である。(クリックすると大きく鮮明に見えます。)

 60カ国で国民の価値観を聞いた「世界価値観調査2000」によれば、「もし戦争が起きたら国のために戦うか」の設問に、「はい」と答えた率は、日本が15.5%で最低。これに対してベトナムは94.4%で最高となっている。朝日新聞の解説(坪谷英紀氏)は、「第2次世界大戦で負けた日独が際だって低く、概して侵略を退けた国や戦争をし続けている国が高いことが目立つ。日本は敗戦で不戦を誓った。この結果を「情けない」という必要はないと思う」と指摘している。

 ベトナムは最高。日本は最低。この好対照をどのように考えるべきか? 「戦争が起きたら」という設問の「戦争」の意味が、ベトナム人と日本人で異なるのではないか。ベトナム人は侵略される戦争、日本人は侵略する戦争を体験してきた。自分の国を侵略されて戦わない国民は少数だろうし、侵略する戦争のために進んで戦う国民も少数であろう。前者がベトナム人、後者が日本人とみなされる。

 「ベトナムはカンボジアに侵略したではないか?」という批判もあるだろう。しかし、カンボジアを訪問し、ポルポト政権の虐殺の記録を見れば、ベトナムの「侵攻」がなければ、さらにカンボジアの悲劇は大きくなっていただろう。カンボジアでベトナム人が多数殺害されていた事実もある。当時のベトナム政府は、カンボジア侵攻を国際的に賞賛されるべきことと思っていたという指摘がある。その政府の意図に反して、ベトナムのカンボジア侵略は国際的な批判を浴びて、日本を含めた戦後復興の経済支援が中断された。これで、ベトナムの経済成長の速度は10年以上も遅延したと思われる。

 侵略される経験を日本人は余り持っていない。鎌倉時代の「元寇」。敗戦後の「GHQの占領」。さらに最近では北朝鮮の日本人拉致が、日本に対する部分的な侵略とみなすことができる。

 侵略する戦争は悪であるが、侵略される側の戦争は正当化されるべきなのだ。日本人は、侵略戦争について真剣に反省しないで、すべての戦争が悪いと思っている。だから北朝鮮の拉致事件についても、厳格に対応できないと思う。侵略する戦争を反省してこそ、侵略される戦争について断固として国民は立ち上がることができる。

 戦争のすべてが悪ではない。どの国にも自衛権はある。ベトナムは自衛権を行使して戦争を行った。他国に対して爆撃する権利がアメリカにあるのか。自分の国のために誇りを持って戦ったのがベトナム人だ。上記の調査結果を見て、ベトナム人が好戦的な国民性もっているという判断は誤りだ。

 以上のように考えれば、かつての第2次世界大戦における日本が侵略戦争をしたと真摯に反省することが、まず重要だ。侵略戦争はしない。しかし侵略された場合は、何としても全力で戦う。こういう論理の順序、こういう教育が必要ではないか。

 何よりもまず、侵略戦争をしないという深い共通の認識が日本人に必要だ。第2次世界大戦における日本の戦争が「自衛の戦争」と言っているようでは反省とはほど遠い。中国東北部(旧満州)が日本の「生命線」であると言っても、それは中国人の国土である。中国人が自らの国土を取り戻す戦争をすることは当然である。これを当然と思うことが、日本は侵略しないし、侵略されたら戦うという意識の基礎となる。

 繰り返すが、かつての侵略戦争の反省があってこそ、侵略する側の国に反対もするし、その逆に侵略される国に自国も含めて支援するのだと思う。すべての戦争が悪ではない。ベトナム戦争(ベトナム人は「アメリカ戦争」と呼ぶ)は、民族の独立と自由と統一のための正義の戦いであった。こういう歴史をもつ国民が「国のために戦う」のは当然であろう。

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2006年9月29日 (金)

今夜は「商売」の秘訣を学ぶ:関西財界Y氏からの至言

 今夜は、関西財界のY氏と大阪でお目にかかった。これまでにも多数のご助言を賜り、私が尊敬する経営者のお一人である。いくつかのお話を伺ったが、今日は「商売」の話。

 商売とは何か? 商売の「商」の字を何と読むか? 答えは「あきない」である。「あきない」は「飽きない」。つまり、商売とは「飽きない」を売ることである。

 この「飽きない」には2つの意味がある。第1は、いつも同じもの、同じサービスでも「飽きない」。これは「ブランド」である。第2は、いつも新しいから「飽きない」。これは「継続的な革新=イノベーション」である。

 確かに商売=ビジネス成功の秘訣は、以上の2つに要約される。ブランドを確立するか、顧客に対して新鮮な感動や驚きを常に提供するかである。そのいずれもが「飽きない」。「商売」という日本語には奥深い意味が込められている。これは発見だ。

 「飽きない」を売ることが「商売」。なるほどと感心し、共感した。こんなことは、経営学の教科書だけでなく『ハーバード=ビジネス=レビュー』にも書いていない。これこそ「実学」だ。 

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2006年9月28日 (木)

ベトナム農民の座り込み抗議:フンイエン省の土地収用

 ハノイ在住のジャーナリスト鈴木勝比古氏によれば、8月29日にハノイ中心部の国会事務局前でフンイエン省の農民数百人が座り込みをしたという。新都市計画のために省当局が土地収用することに農民が抗議したのである。

 3村4千家族が生計を立てる農地・約5百㌶の土地収用について、今年1月から交渉が始まり、そのうち約千家族が補償金額に合意し、残りの3千家族が立ち退きを拒否し、補償金額の引き上げを要求している。

 「農民の1人(女性)は「省当局は6つの法律違反を犯している。私たちはこれまで通り、自分の家に暮らし、自分の農地で生計を立てたいだけだ」と語」ったそうである。

 数百人規模の抗議運動は、ベトナムでは異例である。この出来事をどのように解釈すればよいのだろうか。ベトナム政治・社会の今後を見通すことができるかもしれない。

 なおフンイエン省は、ハノイからハイフォンに向かう国道5号線が通過している。ハノイ・ハイフォン・中国国境に近い好立地の工場建設候補地として注目されており、事実、工業団地の建設で農地が減少していることが、今年8月にドーソンに向かう途中で確認できた。

 1.公安(=警察)が弾圧するというような強硬策を当局はとっていない。民主化が進展しているとみなすことができる。
 たとえば次のような意見は先入観・偏見に基づく誤謬だ。「ベトナムは社会主義国だから強権的な政府が国民を支配している」。そもそもベトナムは社会主義国ではない。最初から間違っている。独自の「社会主義を目指す国」なのである。

 2.補償金額の引き上げを要求している背景には、最近の工業団地の建設などによる「土地成金」の発生がある。
 土地収用を機会に少しでも多額の補償金を受け取り、これからの生活を豊かにしたい。これからの生計手段を農民は失うのだから、この気持ちは当然である。
 たとえば次のような論理が働く。外国企業が開発する隣の工業団地では、池の魚について××ドン、樹木1本について××ドン、ブタ1匹について××ドンを補償した。どうして省当局は、それと同じ金額を出さないのか。金額が少なすぎる。

  3.農民の純粋な気持ちは世界に共通している。
 前述の女性農民の談話のように、農民は農業を続けたい。多額のお金をもらっても、それがなくなれば終わりだ。農業以外に仕事をしたくないし、それ以外の仕事もできない。
 これは、かつての日本の成田空港の土地収用と同じ論理だ。このように考えれば、農地収用に伴う農民の抗議運動は、工業化を進める中で世界に共通して発生するとみなされる。

 以上、この農民の抗議運動は、政府や体制を批判する表現ではない。あくまでも経済闘争と考えられる。だからこそ政府も暴力的な弾圧をしなかった。事実上の容認である。
 また、外国企業が土地収用の期間を短縮するために、補償金を高値につり上げる傾向があることも想像できる。外国企業と省当局との補償価格の相違が、抗議行動の契機になったのではないか。

 ただし、このような抗議運動が経済闘争として政府から容認されるようになれば、次第に工場におけるストライキの増加が心配される。WTO加盟によって、「ストライキは労働者の国際的な権利だ」とベトナム政府が主張すれば、進出外国企業は政府に文句を言えない。それぞれの企業の自己責任・自己解決の問題となる。

 これまでのベトナムにおけるストライキは、韓国企業や台湾企業における賃金不払いや経営者の暴力・暴言といった特種な事件が契機であった。それが今年になって、賃金上昇を要求するストライキがホーチミン市で発生した。これが全国規模で発展する可能性もある。進出外国企業は良好な労使関係に、いまから注意しておかなければならない。

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2006年9月27日 (水)

「逆張り」発想で独自の戦略を創造する:播州信用金庫・和田理事長の講義から

 流通科学大学の「実学」講義の1つである「21世紀の業界展望B」が始まった。受講生は前期よりも若干少なくなって50名。講義担当者としてレポートを読む側からすれば、受講生は少ない方がよいが、他方、せっかくの貴重な講義を多くの学生に聞いてほしいという気持ちも強い。少数精鋭。中身の濃い講義が展開できればと思う。

Dsc08824  さて初回の講義には、播州信用金庫の和田長平・理事長をお招きした。テーマは「現在の金融事情」。

 戦後の経済成長の基礎となった「土地神話」の終焉がバブル崩壊を生んだ。その後、金融業界は不良債権処理が迫られ、最近では郵貯が競争相手として参入。和田理事長は、これらの経緯を説明され、さらに播州信用金庫の独自の経営戦略の成功経験を紹介された。

 バブル崩壊後、不良債権処理とデフレ対策のために2つの選択肢があった。コスト削減と収益拡大である。多くの金融機関は「コスト削減」を採用した。確かに人員と給与の削減が、コスト削減に最も効果的な方法だが、それに伴って従業員の士気が低下する。

 播州信用金庫は、上記2つの選択を役職者に問うた。そして「デフレ下における収益増大策」に挑戦することになった。貸出金残高を増加させるために、融資渉外と融資研修を強化。業容拡大のために、新天地に支店を出す。

 これは「沼地(=貸し剥がし・貸し渋り)に吸い取り紙を置くがごとし」。借り入れを求める顧客は自然に集まった。顧客に感謝されて顧客が増える。これこそが金融機関の社会的使命・社会的責任(CSR)である。

 以上のように業容は拡大したが、コスト上昇を避けるために総人員は増やさなかった。1人あたりの仕事量は増えるのだが、「リストラ」をしないという方針によって、従業員のやる気を引き出すことができた。

 今後は、郵貯がライバルとなる。また都銀のサービスも強化されるだろうが、地域密着の木目の細かいサービスを都銀以上に提供できれば、十分に競争可能だ。新しい発想や知識や研究開発が、今後の戦略の要である。その一つとして、顧客を店舗に誘致する仕組みを考えることが必要である。「外回り」の渉外は、アパートのオートロックの普及など社会環境の変化に合わなくなっている。

 ほとんどの都銀が「コスト削減」を追求していたときに、播州信用金庫は「収益拡大」を選択した。この「逆張り」の発想が、全国の信用金庫の中で有数の高収益と好待遇を可能にした。このような「逆張り」発想は、和田理事長の歴史観または人生観に起因しているように思われる。

 「目指すべきは昨年より楽をして、昨年より高い成果を上げること」。これは人類の歴史でもある。このように和田理事長は述べられる。

 この意味は深い。普通は「昨年より頑張って」と言うのだが、ここでは「昨年より楽をして」と指摘される。「頑張って」ばかりだと人類は長続きしなかった。楽をしたいから、いろいろな新しい工夫を考案する。

 私見では、勤勉と努力は、今よりも楽をするために使用されるべきである。苦しいだけの勤勉と努力は長続きしない。今よりも楽をするために改善・改革・進歩・創造を考える。これはベンチャービジネスの発想法でもある。今よりも楽をするためには、今が楽であってはならない。今が楽なら、それ以上の楽は望めない。

 ただ「頑張ろう」と言うのではなく、「より以上に楽をするために頑張ろう」。この呼びかけは広く共感されるのではないか。これを換言すれば、「自分の夢」の実現にも通じる。ただし「自分の夢のために頑張ろう」と言うと、その夢は何かという問題になる。これは即決が難しい問題だ。

 そういった難問よりも、もっと気楽に考えて「今よりも楽なこと、楽しいことのために頑張ろう。無理しない」。これは企業経営のみならず、今後の混迷の時代に前向きに楽しく人生を過ごすための処世訓でもあると思われた。多くのことを和田理事長から学ばせていただいた。心から感謝を申し上げたい。

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2006年9月26日 (火)

ラオスから学生が無事に帰ってきた:どうやら大成功だったらしい?!

 ラオス清掃ボランティア活動に参加した流通科学大学の小川さんが研究室に来てくれた。現地で作ったTシャツやTV放送されたビデオCDがお土産だ。このビデオ、容量が大きいので、ここで添付できないのが残念です。

 現地の英語新聞ビエンチャンタイムズに記事が掲載され、さらにラオス語の地元新聞にも活動が紹介されたようだ。またフォード自動車に環境保護の助成金を申請していたが、好意的に対応してくれたようなので、11月に助成金の決定を受ける可能性は高い。

 どうも私が同行するよりも、ラオス側は対応を頑張ってくれたようだ。それはそうだろう。大学生が女子ばかり7名、わざわざ日本から来るのである。私が同行したら、先生に引率された旅行グループの一員だが、学生だけのグループとなると、それはラオス側も何とかしてあげようとより熱心に思うだろう。

 それにしても、ラオス人の皆さんの協力に感謝である。また現地でNPO活動を続けられている富永幸子さんの協力がなければ、円滑に仕事は進まなかった。また日本センターの皆さんの理解と協力は、例年のことであるが、この活動には不可欠であった。学生たちは、自分たちの仕事が多くの人々に支えられていることを学んだに違いない。

 小川さんからもらったビデオを見て、ラオス人の子どもたちの目の輝きは魅力的だった。ラオスの初等教育は、一般に音楽や絵画など情操教育をする余裕がないといわれている。そういう状況の中で、みんなでゲームをして、歌を歌って、そしてみんなが使う校舎の周辺を清掃する。それもラオス人の大学生を交えて一緒にである。そして最後には、お土産の即席ラーメンをもらう。「何かよくわからないけど、楽しかった」という感想が聞こえてきそうだ。

 来年度は、フォード自動車の助成金があれば、少し大きな活動ができるかもしれない。ただしそれは、来年度の参加学生たちが考えることである。今年の活動内容は、学生だけの活動ということで昨年と同じ計画であったが、日本の学生の意識は大きく違ったと思う。それは、自分たちで作り上げる活動という自覚をもてたことだ。この意識を来年にも継続してほしい。

 まだ学生2名がタイのクーデター騒動を避けて、ラオス国内の旅行をしている。したがって全員が無事に帰国したとは正確には言えないのだが、10月初旬に全員がそろったところで、報告会を所属大学(神戸市外国語大学・流通科学大学・兵庫大学)で開催してほしいと思う。

 最後に昨年に続いて今年も寄付金を賜った箕面船場ライオンズクラブ、エースコックベトナム社、さらに学生たちの熱意に理解と協力を惜しまなかった神戸市外国語大学と兵庫大学の関係諸団体に感謝を申し上げたい。

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2006年9月25日 (月)

ベトナムの仕事:多様な側面から人間が見えてくる!

 ベトナムで仕事をする場合、いくつかの側面を私はもっている。大学教員として学生を引率する。この場合は教育者だ。ベトナム企業を訪問してWTO加盟の影響を調査する。これは研究者。日越経済交流センターの副理事長として投資相談の企業と一緒にベトナム企業を訪問する。これはセンター会員向けのサービスの一環でボランティア活動。さらに弊社・合同会社TETの仕事として、ベトナム投資・貿易に直接関係する。これは企業経営者の立場だ。

 最近のNHKラジオ「新聞を読んで」に出演したとき、その後に大学宛に手紙をいただいた。大学の先生は大学だけで教えていればよいという趣旨だ。不愉快な手紙で、もうラジオ出演はやめることにした。この番組に出演して5年以上になる。もう十分と思っていたタイミングでの不愉快な手紙だ。反論や意見を言おうにも、匿名だから連絡先も不明。ともかく失礼な手紙である。この卑劣な投稿者の見解に従えば、最初で述べたボランティア活動やビジネス活動なんて、とんでもない仕事を大学の先生がしているということになる。

 大学で仕事をしている限り、教育と研究は当然だ。その本業を忘れた仕事をしていて、大学から報酬を得るということは詐欺もしくは詐取のような話だ。標準的な本業の責務を果たした後に、それ以外は何をしてもよいという意見もあるだろう。しかし私は本業以外の仕事は、その本業をより以上に進化・深化させ、さらに拡張するという意味がなければならないと思っている。

 たとえば私の本業が理工学なら、ベトナム人に教えに行くことはあっても、ベトナムで仕事するということはないだろう。ベトナムにおいて理工系分野で学ぶことはないとは言わないが、やはりそれは先進工業国に行って勉強するのが自然だろう。

 しかし私の専門は経営学である。現実の企業経営を研究対象としている。日本企業に限っても、たとえばトヨタ・キャノン・松下・エースコック・三洋電機がベトナムで生産・販売している。これらの企業を含めてベトナムで何が問題になっていて、これから何に注意すればよいか。これらの情報は日本企業にとって貴重であるし、経営学の研究課題になりうる。

 企業経営は人間の学問とみなされる。企業組織は「人間の組織」だからである。ベトナムにおける企業経営の諸問題は、欧米の経営理論だけで分析できない。それらは基礎知識であって、「実学」として実際の経営に応用する場合は、ベトナム人という人間に対する深い認識が必要だ。

 たとえば「どうして工具を片付けないのか」。「片付けないからベトナム人はダメだ」と怒る日本人管理者がいる。「片付ける」ということは、日本の生産管理・品質管理の基礎となる5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の一つである。普通の日本人なら「片付けなさい」と指示されれば、それを説明なしに理解する。しかしベトナム人には、その重要性を教えなければならない。ちゃんと教えれば、ベトナム人はちゃんと理解して行動する。教えてもいないことを知らないからといって怒る。それはベトナム人に責任はない。そういうことを教えなかった日本人が悪いのである。

 これはベトナム人に限らず、外国人に対する対応能力が未熟な日本人の例である。相手に対する理解がないと、実際の経営現場で支障がでる。広い意味で人間を理解するためには、様々な人々との様々な側面での交流・親交が必要だ。大学で企業経営を教育研究する人間が、そういうことに関心をもつのは自然の成り行きだろう。そうでない大学教員がいるから、「学者バカ」とか「専門バカ」とか一般に呼ばれる。

 かつて経営学は、「経営学」学と呼ばれてバカにされた。それを少なくとも私は自覚・納得した。実際の企業経営を直接に学ぶ(=研究する)のではなく、アメリカやドイツの学者が作った体系や理論が含まれた「経営学」を学ぶ。学問の欧米崇拝・欧米信仰である。しかし日本の企業経営は日本で、ベトナムの企業経営はベトナムで直接に研究するのが当然だ。普遍的な理論は重要だが、万能ではない。

 以上のような意味で、ベトナムのビジネスを研究し、ビジネスで成功するためには、ベトナム人を理解することが前提だ。だから、これまでのブログでも「100%ベトナム人」とか、「60%ベトナム人」と書いてきた。この意味は、自分が100%「ベトナム人化」するという意味もあるが、相手のベトナム人を100%理解するということでもある。この理解度は、長くベトナムに住んでいるから高まるというものでもない。本人の意識=心構えに依存する。

 経営理論は本を読めばよい。しかし人間理解は直接の面会を経験しなければならない。このように私は考えて、海外に出張している。だからこそ、貪欲なまでにも人に会うのかもしれない。もっともっと時間を取って、もっともっと多くの人々に会いたい。早くベトナムに帰りたい。最近は、こんな気持ちにもなる。

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2006年9月24日 (日)

『投資の楽園ベトナム』を信じてよいか:将来のリスクを検討する

 これまで私はベトナムの投資や貿易について、その推進を基本的な立場として議論してきた。

 弊社・合同会社TETの定款の目的の中にも「直接投資・株式投資そして貿易の促進」が含まれている。しかし客観的に見て、ベトナムの将来に不安がないかと言えば、必ずしも全面的に否定できない。ベトナムで発生が予想されるリスクを想定しておくことは、ベトナムビジネスの展開において重要である。

 この夏の訪越でいくつか気がついたことがあった。それは次のような点である。

 1.政府の改革が遅いとベトナム人自身が不安と不満を高めている。

 これまでベトナム政府の経済改革のスピードは、ステップ=バイ=ステップ。この漸進的な改革は、日本企業から見れば、もどかしさも感じさせたが、ベトナム社会の安定を維持するという点からは納得できた。しかしWTO加盟を前にして、政府の改革スピードの遅延が、日本など外国企業からではなくベトナム国内企業から聞かされることがある。
 WTO加盟を前にして、民間企業は期待と緊張が高まっている。米国資本が参入してくる。ベトナムの銀行は、すべて外資系銀行になるのではないか。小売業でウォルマートが進出してくれば、国内小売市場はどうなるのか。民間企業のみならず一般国民にも不安が高まっている。
 これに対して、ベトナム政府は十分に対応できているのか。外国資本に対して一定の歯止めをかけるような規制が考慮されるべきである。たとえば小売業で言えば、日本の「大規模小売店舗立地法」といった法律があってもよい。これは、日本ではジャスコ・イトーヨーカ堂など流通大手企業からは評判が悪い法律であるが、ベトナムでは、こういった法律は外資企業を結果的に規制することになる。
 こういった法律を用意しておかないと、いわゆるベトナムの小売業からの反発を政府は受けることになるかもしれない。

 2.政府の汚職・贈収賄に対して国民の不満は、かつてないほどに急増している。

 ある日本人が公安(=警察)に少しばかりの「心付け」を渡そうとすると、その日本人の知り合いのベトナム人が「そんなもの必要ない」と言う。円滑なつきあいのために日本人が払うお金に対して、ベトナム人が不要というようなことは、あまり以前は聞かなかった。
 これを防止するためには、賄賂を贈る側も厳罰にする必要があるだろう。ちょうど売春を防止するためには買春も同時に取り締まることと同じである。
 いずれにせよ、汚職防止に政府が本気にならないと、国民の不満が増大することは確実である。

 3.所得格差の是正に真剣に取り組まないと、政府批判の声は高まるだろう。

 不動産投資・株式投資などベトナム国内市場は活況である。さらに、すでに指摘したように越僑からの送金は40億ドルに達し、それらが消費を刺激している。高税率であるにもかかわらず、乗用車の購入も活発である。高税率は個人所有の場合であり、社用車であるなら税率は高くないという抜け道もあるが、自動車市場は好調と言える。
 このような大都市部に比べて農村部・山岳部の経済発展は遅延していると言われている。事実、ベトナム政府は地方都市の経済成長を重点的に推進する政策を提起している。このような政策の実施が有効に機能しないと、国民の不安は高まる。
 さらに都市部の中でも、農村部や山岳部から出稼ぎに出てきている青年層の不満が高まっている。都市部において毎年派手になる生活の中で、働いても働いても生活が向上しない不満は政府に向けられる場合がある。

 すべての国で、高度経済成長とともに民主化運動の高揚があった。日本の場合、「安保反対」という政治運動の後に「高度経済成長」の時代を迎え、その後に「公害反対」運動が発生した。それにもかかわらず、自民党は政権を維持してきた。

 韓国の高度経済成長は「漢江の奇跡」とまで言われたが、1988年のソウルオリンピック以降の民主化運動の進展は、高賃金をもたらし、それは「民主化のコスト」とまで言われた。その10年後の「IMF危機」を経て、さらに韓国の民主化は進展し盧武鉉政権を誕生させた。

 このように通常、経済成長に伴って政治運動が高揚し、民主化も進展する。果たしてベトナムは、どのような発展経路を取るのであろうか。社会主義を志向するベトナムであるからこそ、また中国の教訓を学ぶことができるベトナムであるからこそ、ベトナム流の新しい独自の発展を見せてくれるのであろうか。

 以上、政治的な不安定要因を3点指摘した。これらの動向を今後も観察するとともに、それらが杞憂であることを望みたい。また、ベトナム政府の的確な対応を期待したい。

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2006年9月23日 (土)

大友達也『わがボス中内功との1万日』(中経出版、2006年9月)を読む:これほどまでに率直に語られた「中内功論」はなかった!

 表題の著書を読んだ。著者の大友さんは元ダイエー秘書課長。最後の仕事は流通科学大学資料館の館長であり、何度か大学でお目にかかったことがある。

 同書の内容は驚きである。中内さんの女性問題や、ウソの話。けっして善人ではなかったという指摘。晩年にお金に困っていたという話。ここまで書いて良いのかという裏話の連続だ。しかし「暴露本」や「告発書」という「いかがわしさ」や「敵意」を感じさせない。おそらくそれは、中内さんに対する著者の敬愛の気持ちが全編に込められているからだろう。

 さらに同書で注目されるのは、その各ページに挿入された脚注である。脚注だけを読んでも中内さんの人となりが伝わってくる。絶版となった『わが安売り哲学』からの「中内語録」も興味深い。この『安売り哲学』はぜひ再版してほしい。また英語版が出れば、ぜひベトナムでも読んでほしい著書である。出版は1969年であるが、今でも含蓄は深い。

 9月19日に中内さんが亡くなって1年が経過した。大学は学長も替わり、新しいカリキュラムでの1年生も入学してきた。教員評価も本格的に始まった。古き良き時代の大学は過去のものだ。それはそうだろう。社会経済環境が変化している中で、大学だけが不変というわけにはいかない。

 100名を超える教員の中で、開学当初から勤務している教員は私を含めて10名ほどになってしまった。いずれ中内さんを直接知る教員は少数になるだろう。大学創設者・中内功の精神や熱意を伝承することが必要な時代になった。私は私のできる限りで、中内さんの考えていた「実学」を今後も追究したい。それに加えて、1994年に「夜明け前」と中内さんが評価したベトナムの「流通革命」に貢献したい。また中内さんとの約束で、ラオス清掃ボランティア活動は10年間継続しなければならない。

 最後に、著者の大友さんに対して、人間・中内功を率直に淡々と紹介していただいた勇気に敬意を表するとともに、長年のお仕事に「ご苦労さま」と改めて声をかけさせていただきたいと思う。

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2006年9月22日 (金)

日越経済交流センターの相談:1日に6件

 9月22日・金曜日は、日越経済交流センター(地図参照:「JVEEMAP.doc」をダウンロード )の相談で1日を過ごした。私にとっては、産学協同の勉強の場である。「実学」追究の機会を提供していただいている同センターに感謝である。

 ベトナムでの事業展開の相談が主であったが、これまでになく具体的な内容で私も真剣にならざるをえない。どのような事業でも重要なポイントはベトナム側のパートナーだ。日本側が真剣に取り組んで、ベトナム側がそれに応える。こういう手応えを感じることができるベトナムのパートナーが理想だ。

 日本側がいい加減に取り組む仕事について、それ以上の対応をベトナム側に期待するのは無理だ。また、日本側が真剣になってこそ、ベトナム側の真剣さの度合い(=真意)を推測することができる。海外ビジネスは、お互いの気持ちを探り合い、それぞれの信頼関係を作ることが日本以上に重要だ。

 このような日本人の真剣な気持ちは必ずベトナム人に伝わるはずである。そういう相性の良さが日本人とベトナム人の間にある。ただし注意を要するのは、ベトナム側の事情を理解することである。無理して注文を受けていないか。本当に取引を欲しているのか。親切なベトナム人は日本からの注文に気を遣って引き受けることがある。相思相愛のパートナーとなるベトナム企業またはベトナム人と出会えるかどうか。ベトナムビジネス、さらに海外ビジネスの基本だ。

 朝から6件の相談の後、午後5時過ぎに日越経済交流センター理事長の森さんがお見えになった。JR西日本の労働組合員数万人を指導されたカリスマ的な魅力は健在だ。話は単純。ごちゃごちゃ言わない。だからこそ迫力と説得力がある。

 以上、長い1日、いろいろ勉強になった。

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2006年9月21日 (木)

今日から講義が始まる:ベトナムの話からスタート

 木曜日の1時間目は1年生の基礎ゼミ(演習)の日である。今日から講義がスタート。どんどん時間が過ぎていく。

 1年生に、最初の夏休みの過ごし方を話してもらった。部活やバイトで頑張ったという話や、関心のあることや趣味を深めたという話があった。また、ただ遊んだという抽象的な表現もあり、こういう学生は、おそらく時間がただ過ぎただけなのだろう。でも大学1年生、これから何かやることが見つかるし、さらに見つける努力をしましょうという話をした。

 私の夏休みの過ごし方を紹介した。①ベトナムの本を出版しました。②合同会社を設立しました。③ベトナムG7マートの顧問に就任しました。④カンボジアの大学を初めて訪問しました。そのほかに盛りだくさん。確かに今年の夏の1ヶ月は充実していた。

 先生が頑張っているところを見せないと、学生もやる気は起こらないだろう。これは企業も同じだ。経営トップが悠然と遊んでいては、それ以下の従業員が付いて来ないのは当然だ。また学生が元気だと、教員も元気が出てくる。元気な学生は大歓迎である。

 もっとも悠然としている経営者が即座にダメというわけでもない。どこかで凄みをみせればよいのかもしれない。しかし、そういうタイプの経営者は現代的ではない。現代はスピードの時代。意思決定の早い実行力ある経営者でないと「今」に取り残される。

 現在、ベトナムのG7マート向けの資料を収集している。英文が望ましいが、日本語でもよい。日本のコンビニの現状からベトナムが何を学ぶのか。この解釈ができるためには、先のブログで紹介した「二重国籍」の人間が必要だ。日本人であると同時にベトナム人。この両者を使い分けながら、ベトナムに適合したノウハウや技術を移植する。この考え方は製造業にも小売業にも共通していると思う。

 コンビニやチェーンストア関係で数冊の専門月刊誌がある。さらに著書が多数。インターネットの情報も溢れるばかり。この中からベトナム向けの情報を抽出する。日本では役に立ってもベトナムでは時期尚早。ベトナムに役立つことが、日本では当たり前とみなされて記事にならない。大量の情報の中から有益な経営情報を抽出する。この仕事は、まさに私の所属する経営情報学科の存在意味でもある。

 情報そして知識を収集・羅列・蓄積するだけでなく、その情報を有益な経営情報に編集・加工・変換する。後者の作業にコンピュータは有用であるが、「有益」かどうかの判断は人間の仕事である。

 これらの仕事にベトナム人留学生の力も借りよう。ベトナム流通革命の一端を実践的に担う。ダイエー創業者・中内功の理念と熱意をベトナムに継承する。これほどのやりがいのある任務はない。

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2006年9月20日 (水)

タイ・クーデター:平和ボケは通用しない

 大学での会議終了後、ラオス清掃ボランティア活動に参加している父母もしくは家族に連絡した。事前に緊急連絡先を聞いておいてよかった。

 大部分の家族は冷静であったが、学生1人の家族は「だから最初から心配していた」というような話になった。「ラオスは大丈夫ですから」としか返答できなかった。私の娘が同じ状況なら、あまり心配しないと思うが、そうだからと言って、この学生のご家族の御心配を大げさだと批判できない。家族として当然のことである。

 今回、日本からの往路と帰路の航空便の予定が確認できていなかった。日本大使館が関係した場合、日本の出国から帰国までの予定を提出するように必ず指示される。おそらく長い経験から、このような緊急事態を想定したからだろう。リーダーの堀田さんから帰国予定の確認をメールでもらうことになっている。

 私よりも最優先に、本日中に日本の家族に帰国予定を連絡するように堀田さんを通して学生に指示した。御家族に連絡後、ラオスの堀田さんに国際電話した。ラオスの日本大使館から、バンコクではトランジットだけで直ちに帰国するように指示があったと言うことであった。バンコクに在住しているならともかく、そうでない人間が敢えてバンコク市内を訪問する必要もないだろう。好奇心と楽観論は禁物である。「平和ボケ」は世界に通用しない。また、自分は自分自身で守る。自己責任の原則も当然である。この自己責任の意味が重要だ。「自己責任」を理由にして無謀な行動をする人がいるが、その行動に伴う家族や友人や一般国民の心配を含めた全責任を負担できるのだろうか。

 多々の教訓を得た本年のラオスのボランティア活動である。

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タイのクーデター続報:追記

 学生の携帯電話はつながるのだが、応答がない。おそらくラオス人の小学生や大学生との活動に熱中しているに違いない。そこでラオスの日本大使館に連絡した。

 タイ大使館にラオスから連絡しているが、バンコク市内は平和ということだ。しかし観光地のエメラルド寺院などは政府施設もしくは軍関係施設があるので、観光はしないほうがよいとの話であった。

 市内観光を中止しての帰国が最善だ。今回、旅なれた学生が多いだけに、「何とかなる大丈夫」という勝手な判断をされると困る。また「せっかく来たのだからもったいない」という学生もいるだろう。本日の日本時間の午後6時に学生はラオスの大使館を訪問する予定なので、強く即刻の帰国をするように私の指示を伝えてもらうことにした。

 情勢が変化すれば、航空機それ自体が飛ばなかったり、チケットが予約できなかったリする。

 今、学生リーダーの堀田さん(神戸市外国語大学)と話ができた。みんなでコーヒー店にいるとのことだ。堀田さんは10月に帰国したいということだが、それならラオスで様子を見てからにするように指示した。彼女は陸路でバンコクに向かうというのだが、それもやめておいたほうがよい。ほかの学生は24日に帰国ということなので、空港から外に出ないで、そのまま関空までと指示した。いずれにせよ、ラオスの日本大使館に相談するようにと言っておいた。

 国民の不満を背景に軍隊がクーデターを起こす。これはタイで何度かあった話であるが、もう何とかしてほしい。軍隊の力が強まって、歴史上、ろくなことは起こっていない。ベトナムは、このようなタイの教訓をしっかり学んでもらいたい。このタイのクーデターを契機にして、直接投資の流れは、ますますベトナムに向かうのではないか。

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タイのクーデター続報:日本外務省の指示

 本日20日の外務省の発表によれば、不要不急のタイ訪問を自粛するとともに、現地の在留邦人にはホテルもしくは自宅で待機するように指示が出た。

 この指示は、おそらくラオスで本日午後に日本大使館を訪問する学生たちにも伝わるだろう。ビエンチャンからバンコク経由で早く帰国するか、もしくはベトナム経由で帰国するかのいずれかである。空港から市内に出ることは、この指示から判断すれば、無理である。

 このラオスのボランティア活動は旅行会社を仲介していないので、学生の自主的な判断に委ねられている。それだけに緊張感もある。それが各自の成長にもつながるという趣旨である。帰国途中にバンコク観光を考えていた学生がいたと思うが、即座に帰国が望ましい。私が現地にいれば、航空券の変更手配をするところである。

 おそらく学生の所持している航空券は割引チケットのために変更できないのだろうが、その余分の出費は安全のためのコストである。このように考えるしかない。その判断が学生にできるかどうか。思わぬ災難は、学生だからといって割引してくれるわけではない。

 日本にいて私は以上のように判断するが、ラオスの日本大使館での指示に従うということを基本にしている。学生にも、そのことは厳命しておきたい。それでも指示に反する場合、それは子どもと同じだ。自分自身の世話をできない人間がボランティアをする資格もない。いずれにせよ、友達に説得させてでも帰国しかないだろう。

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2006年9月19日 (火)

タイでクーデター勃発:ラオス滞在中の学生の対応は?

 タイで軍事クーデターが勃発というニュースが、9月20日付け朝刊の第1面である。

 すでにタイ南部やバンコク市内でテロ事件が発生し、タイは安全という気持ちを以前から私はもっていなかった。先日のベトナム株式投資セミナーでは、タイに比べてベトナムは「政治的に安定している」と指摘したばかりだ。その後のアジア経営学会では、タイのタクシン首相は華人であるから、国民の反感も大きいという指摘もあった。

 現在、ラオス清掃ボランティア活動の女子学生が7名、ビエンチャンに滞在中。帰国はバンコク経由であるから、バンコクの争乱は今後の予定に影響を受ける。

 こうような緊急事態の場合、冷静に情報収集し、日本に最も安全に帰る手段を考える。好奇心(=せっかくだから見てみよう)や楽観論(=まあ何とかなるだろう)は禁物だ。

 学生に対する国際電話の要点は次の3点だ。①ラオスの日本大使館の指示に従う。☆こういったことに対応するためにも大使館訪問の日程を組んでいる。②タイ航空が運休の場合、ベトナム航空を利用した別途の帰国ルートを考える。☆学生はクレジットカードを持っているので航空券の購入は可能である。③帰国時にタイ市内に出ない。☆空港から出る場合、交通の混乱が予想される。乗り継ぎが短時間なら空港で待機。

 こういった対応で安心だろう。外国で精神的にパニックになる事例がある。錯乱状態である。緊張や疲労が重なるためである。パニックを防ぐためには行動の予定を確定しておく。何があっても、それなりに対応できることを示しておくことが重要だ。それで気持ちも落ち着く。

 これは企業経営におけるリスク管理と同じだ。たとえば最悪の場合、自宅を売却すれば、借入金は返済できる。これは確かに大変な事態だが、持ち家に執着しなければ、特に大きな問題ではない。そうなればベトナムに移住して好都合というくらいのことを私は考えている。

 外務省のホームページで海外危険情報を見れば、バンコクは「十分に注意」のままだ。クーデターが起こっても、それ以前のテロ事件と同様に変化がない。これは、情報を更新しないという怠慢ではなく、「冷静な対応」とも言える。未確認で誤った情報を公開すると、かえって混乱を生む。拙速である。

 今回の場合、ラオスの平穏な社会・自然環境が救いだ。学生が不安に駆られてパニックになることは考えられない。さらに大学を1年間休学して一人で世界旅行した小川さんがメンバーに含まれている。彼女が中近東付近で荷物の盗難に合ったという経験は、パニック耐久性を高めている。無事の帰国を願う。

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2006年9月18日 (月)

ベトナムに継承できる精神と情熱:流通科学大学シンポジュウム「流通革命は終わらない」開催

  RYUKAフォーラム2006・流通シンポジュウム「流通革命は終わらない」が、故・中内功ダイエー創業者の一周忌(9月19日)を記念して流通科学大学で開催された。このパネラーがスゴイ。平均年齢80歳を超える老いて盛んな「流通革命」の戦士たちだ。

「060918.wmv」をダウンロード  これは、TVのニュースで放映された故・中内功氏の胸像の除幕式、そしてシンポジュウムの様子である。大学の広報部から提供された映像ファイルである。

 伊藤雅俊氏:(株)セブン&アイ・ホールディングス名誉会長
 岡田卓也氏:イオン(株)名誉会長相談役
 西川信男氏:ユニー(株)特別顧問
 清水信次氏:株)ライフコーポレーション代表取締役会長兼CEO
 緒方知行氏(コーディネーター):(株)オフィス2020新社取締役主幹。

 伊藤氏:格差社会の到来と言われるような変化の時代で考慮すべき大切なことは、次の4点だ。①顧客が何を欲するか。②従業員はどうなっているか。③取引先を含めて時代のスピードにどう対応するか。④顧客の視点で安全性など社会を考える。

 岡田氏:世の中も変化、顧客も変化、地域も変化。この変化の中で顧客のために店があるという観点から、不断に革新していく。変化のスピードに対応できないと時代遅れになる。日本の士農工商という意識が今も残っている。これは上下関係でなく、時代の流れであるべきだ。

 西川氏:日本の小売業には欧米の先輩がいた。そこから①多店舗経営の成長戦略、②小売業は立地業、③ドミナント戦略(足下を固めて拡大する)を学んだ。今までの成功例が当てはまらない時代が来た。未来は過去の延長ではない。過去を捨てることも経営者の能力だ。

 清水氏:金融ビッグバン(米国からの金融開放圧力)にダイエーは犠牲となった。本当に中内さんにお世話になった。中内さんは言った。「清水、国家は怖いぞ。我々も気をつけないと。国家は生命財産を守るが、その逆をすることもある」。「流通は国家なり」。「流通は平和産業」。

 4氏に共通した意識は、時代の変化のスピードである。このスピードに対応できなければ、企業は存続できない。ベトナム流通革命の旗手であるG7マートのヴゥ氏も、この認識は共通している。早く改革したい。早く改善しないとWTO加盟に間に合わない。

 より一般に、ビジネスはスピード重視。昨日の松下電器の安積氏も同様の認識であった。そのためには、より具体的に意思決定と実行の迅速化だ。よいと思えば、実行あるのみ。これは創業期には可能でも、組織が大きくなれば難しいのだろう。それを可能にするために組織論が求められる。

 私見でも、変化の時代はチャンス。たとえば10年前に、だれがベトナム株式投資で儲けることを考えただろうか。実際に儲けているのに、未だに信じない人がいる。先入観と固定観念と偏見に執着する人だ。不変の信念があれば、それなりに安心する。その信念が偏狭で誤りであったとしてもである。だれでも変化を認めるのは不安だ。流動的で柔軟な状態では不安を感じて落ち着かない。

 この対処法は、時代の変化を素直に受け入れて認めることだ。「鳥の眼」・「蟻の眼」と同様に「魚の眼」が重要だとブログで紹介し、それを私は何度か強調した。時代の潮流を的確に見る。無理をしない。流れに逆らわない。しかし流れに身を任せる必要はない。

 これまでにラオスのパクセー近郊からメコン川を眺めたことがある。天気の良い日は表面がキラキラと輝くが、その水は肥沃で黄土色だ。しかし流れは意外と速く、船で横断するときは放物線をイメージして、やや上流に船首を向けないと対岸の目的地に着かない。メコン川を眺めているだけでは、この流れが理解できない。

 この「放物線をイメージする」という意味は、企業の経営戦略のことだ。自分の目的を持たない人は、川に入る必要もない。対岸に新しく魅惑の大地が広がっていても、それを川のこちら側から眺めるだけだ。川の流れに不安と抵抗がある。このように思う人は、「魚の眼」をもっていない。流れを読むことができれば、流れを恐れる必要はない。計画通りに、そして軌道修正しながら目的に向かって流れの中を進めばよい。

 昨日のアジア経営学会では研究者として勉強したが、今日の流通シンポジュウムでは合同会社TET・社長として勉強した。これら双方からの勉強に基づいて、学生に教育できることが理想である。

 なお今日から、ラオス清掃ボランティア活動が女子学生7名によって始まった。予定では午前中に、ラオス内閣府の科学技術環境庁を表敬訪問。その後、ラオスのボランティア活動の大先輩である富永さんを訪問。夕食は、ラオス青年同盟の青年を交えてラオ繊維博物館でウェルカムパーティー。昨日の国際電話では全員の体調は良いようである。Tシャツも完成し、エースコックベトナム社から寄付していただいた即席ラーメンも届いている。この活動は、故・中内功の遺志でもある。成功の報告を期待したい。

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2006年9月17日 (日)

100%ベトナム人の意義:アジア経営学会から学んだこと

 午前中は、ハノイ国民経済大学のチャン・バン・ホア先生が、ベトナムの中小企業の発展について報告した。私は、中小企業と非国有企業の区別についてと、混合という企業形態について質問した。日本でベトナム語の講演を聴けるのは久しぶりである。彼女は同大学ビジネススクールの主任。おそらくラオス国立大学の経済経営学部でのビジネススクールの講義にも関係しているのだと思う。このビジネススクールの開設は、ベトナム政府のODAによるラオス支援の一環である。あさってに彼女は帰国予定。次回にハノイで再会したいと思う。

 午後は、安積(あすか)敏政氏(松下電器(株)グローバル戦略研究所)の報告が非常に興味深かった。「アジアは日本から見ることができない。輸出中心の時代ならよいが、もはや日本生産よりも海外生産が多い時代に日本から放射線状にアジアを見ていても、アジアは理解できない。松下のアジア拠点はシンガポールだ。日本からの発想は時代に合わない」。

 「日本人の予断・予見・偏見を排する。韓国で半導体ができるはずがない。中国で電子部品をつくれるはずがない。こういった意見は誤りであることは明白であるが、ほんの10年前までは「常識」と考えられた。日本人は優秀で「モノ作り」は世界一。この思い込みが現実を見誤らせる」。

 「今日の電子製品は7年間で価格が10分の1になる。かつて電子レンジは100万円した。30年後に中国製の電子レンジは1万円になった。こういった価格の変化のスピードが早くなっている。このスピードに対応しないと、競争に負ける。かつての松下電器のように「真似した電器」というようなことでは必ず負ける。スピードについていけない。現代の経営はスピードだ。世界の同時発売が当たり前の時代」。

 以上、日本人がもつ非常識、つまり日本人の発想の特殊性に影響を受けると、アジアまたは世界の動向が見えなくなる。これは経営のみならず、政治についても妥当するのではないか。

 安積先生の報告に対して、立命館大学の濱田先生(前ソニー研究所)は、経営の現地化には人材が不可欠と指摘されて、以下のような図式を紹介された。

-------------------------------------                              現地に対する忠誠心
                 高い   低い
-------------------------------------
本社に対する 高い        ①    ②
  忠誠心   低い     ③    ④
-------------------------------------

 ①は「二重市民」。②は「心は日本」。③は「現地土着化」。④「フリーエージェント」。この区分は面白い。ベトナムでも、この4つのタイプに日本人を分類できる。①日本も好き。ベトナムも好き。郷に入れば郷に従え。②いつも日本のことを考えている。早く日本に帰りたい。 ③セオムに乗って会社に行こう。ベトナム語を勉強してベトナム人の親友をたくさん作る。多くの日本人でベトナムにはまる人(再訪者)は、この分類に含まれる。④仕事を仕事と割り切れる人。私の経験では、外務省やJICA職員に多いかもしれない。

 この濱田先生の指摘と、前述の安積先生の説明を考慮すれば、これからの日本人ビジネス人に必要とされる人材は、少なくとも②でないことは確かだ。また④では、現地の情報が十分に取れないだろう。すると①か③。二重市民は、50%ベトナム人。50%日本人。これに対して現地土着化が進めば、60%ベトナム人、さらに80%ベトナム人となる。そうなれば、ベトナム人の発想。ベトナム人の感情が理解できる。これは、現地の人材育成・販売戦略に役立たないはずがない。さらに現地市場に適応したR&Dに有益である。

 マルクス経済学の体系の中に「生産力もしくは生産関係が社会を規定する」といった意味の命題があったと思う。これを広く解釈すれば、生産がアジア全域に拡大しているときに、日本にいて日本から発想していて、現実の社会を的確に反映した外交政策や経営戦略が立案できるはずがない。現実と政策や戦略との乖離が生まれる懸念がある。

 今日、日本を中心に据えた政治姿勢が歓迎される風潮がある。これは現実の時代の潮流に逆行しているとしか考えられない。アメリカではなくアジアを基軸にした「アジアの中の日本」を考える。このことは、企業経営のみならず、政治の世界でも注視されてよい。こんなことを考えさせてくれるのも、アジア経営学会ならではである。有意義な東京での学会であった。

 なお今年度は理事会の改選があって、私が理事の一人に選出された。2回目の理事である。昨年の学会開催の功労賞の意味と、ベトナム・ラオス・カンボジアの領域をカバーする役割が期待されているのだと自覚している。ボランティアの仕事が増えたが、選出されたからには与えられた仕事を忠実に遂行したいと思う。

 付記:今回の東京出張は目黒にある岳父の家に宿泊した。今朝、私のズボンにアイロンをかけてくれている岳父の姿を見て恐縮の極みであった。陸軍士官学校を卒業した岳父は、とりわけ服装には注意するという説明を聞かされたが、それにしても申し訳ない。今年の1月に実母を亡くして、兄弟姉妹もなく、本当に一人になったという若干の寂寥感があった。しかし岳父の姿を見ていると、そういった気分が変化した。これから実父母にはできなかった親孝行ができればと思う。

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2006年9月16日 (土)

アジア経営学会でコメンテーターを担当した

 アジア経営学会第13回全国大会が、専修大学神田校舎で開催。前年度の第12回全国大会を流通科学大学で開催したが、もう1年が経過したのかと思うと感慨深い。

 今回の私の仕事は、以下の3先生の統一論題「アジア経済の構造変化」の報告に対するコメンテーターである。川井伸一(愛知大学)「中国経済の台頭と東アジア経済との関係」、吉野文雄(拓殖大学)「東南アジア経済の構造変化」、石上悦朗(福岡大学)「インド経済は離陸できるか?--経済改革以降の産業発展の特徴と課題--」。

 コメンテーターは難しい仕事で、私は苦手である。全面的な批判も賞賛もしてはならず、それらのバランスを考えた評価をして、さらに何か気のきいたことを言わなければならない。今回の難しさは、私の専門外の国々が対象である。ベトナムについては大丈夫。何かコメントできる。かなりラオスも知ってる。今年の夏の訪問でカンボジアも見えてきた。しかし、それ以外の国々となると、ちょっと自信がない。

 こういう時はどうするか。知らないことを今から勉強することは断念。今の知識をフル活用。ベトナム・ラオス・カンボジアからの話をしよう。このように事前に決めていた。それぞれの先生のご報告とご回答から印象に残ったことを以下に紹介する。

 川井先生は、中国ご専門。2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博。それ以降の経済動向はどうなるか。これは吉野先生の質問でもあり、私もコメンテーターとして質問させていただいた。オリンピックなどの国際イベントは中央政府の投資。現在もその後も地方政府の投資は継続すると予想される。したがってオリンピック後の経済停滞の影響は小さいと思われる。学者らしく「将来の予想はできない」と控えめに言われていたが、その内容は説得的であった。中国経済を展望する場合、こういった財政支出の区別が必要であることがわかった。

 吉野先生は、シンガポール・インドネシア・タイ・フィリピン・マレーシアという「アセアン5」を中心に調査研究されている。これは、東南アジア研究の本流。私のようにベトナム・ラオス・カンボジアといった後発アセアン諸国の研究は、経済規模から見れば、「ニッチ」である。最近の潮流として、①中国の台頭、②FTAに見られる地域主義の台頭、③市民社会の台頭という3点を指摘された。またシンガポールと日本のFTA締結は、それほど貿易額に影響を及ぼしていないことが示された。このことは、より大きな経済共同体の構想である「東アジア共同体」の存在意味を問う問題提起である。

 石上先生は、カースト制度を含めた社会学的な知見を経済情報と同様に提供していただいた。特にインドと中国の比較を統計的に提示されたことは有益であった。中国は、農村改革を経験した後の工業化であるが、他方、インドは農村問題を引きずりながら、IT産業や先端医療が発展するという歪んだ経済構造になっている。カースト制は温存され、指定カーストと指定部族は人口の25%に達し、前者の40%、後者の70%が非識字。これにOBC(Other Backward Class:その他の後進諸階級)が52%存在している。そうすると人口の77%が差別された経済的に遅れた人々となる。この社会問題がインド経済に大きな影響を及ぼしていることは間違いない。

 以上のほか、いろいろ勉強させていただいた3時間であった。ひとりの能力や時間には限界がある。やはり学会に出席して多数の先生から知見を吸収する有益性を改めて認識できた。

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2006年9月15日 (金)

今日は東京から:ベトナムの想い出

 今日は東京出張中。

 明日から専修大学で「アジア経営学会」が開催され、コメンテーターを担当している。その詳細は明日に。宿泊は目黒の岳父宅である。

 電話ではあるが、前ハノイJETRO所長の朝倉さんとお話できたことがうれしかった。ちょうど1998年当時、私のハノイ留学中に駐在されていた。アジア通貨危機の時期で、ベトナム投資が落ち込んでいた。通常、苦しい体験を共有したときの印象は深い。その後、朝倉さんは神戸JETRO所長をされ、「関西ベトナム友の会」で2ヶ月に1回の夕食会をもったこともあった。これには女優の三林京子さんにも来ていただいた。この夕食会の継続を朝倉さんは気にされていた。ぜひ再会を企画してみたいと思う。

 以上、今日は終わり。明日、アジア経営学会での内容の一端を紹介しよう。

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2006年9月14日 (木)

ベトナム流コンビニの展開:日本の経験の何が参考になるか?

 ベトナムの全国規模のコンビニチェーン・G7マートについては、すでに『Daily Times』10月号や『日越経済交流ニュース』9月号で紹介した。「09-2006.rtf」をダウンロード を参照。その基礎になる情報は、本ブログで最初に発信した。

 帰国後、『日経ビジネス』特集記事(2006年9月4日号)「コンビニ、世界を駆ける!セブンイレブンはトヨタになれるか」を入手した。これはG7マートの今後の展開にとって大いに参考になる。そのキーワードは、「海外で成功のカギはローカルにあり」という鈴木敏文氏の指摘だろう。これを簡単に言えば、日本には日本流、ベトナムにはベトナム流のコンビニがあってよいということだ。

 このことを頭で理解していても、たとえば日本の専門家がベトナムに行ってコンビニを指導するとなると、日本との相違ばかりが目についてしまう。「日本ではーーー」という説教が始まる。そこで中国や台湾のコンビニを展開した経験をもった専門家を起用する。そこでも最悪の場合は、先の例と同様に「中国ではーーー」「台湾ではーーー」と自らの経験談が始まる。

 ベトナムG7マート側は日本・中国・台湾のコンビニについて詳しくなったが、それではベトナムでどうするのか。結局、その回答は自分で考えなければならない。しかし、自分で考える時間が十分にないのがG7マートの現状だ。すでに500店舗の加盟店を持ち、それらの加盟店はG7マートに売り上げ上昇や経営ノウハウの提供を期待している。さらにWTO加盟後の巨大流通資本のベトナム進出も予想される。それに対応する体制を一刻も早く整備しなければならない。

 以上、「ベトナム流コンビニ経営」を確立するために試行錯誤している時間の余裕がない。時間とコストを最も効率化した迅速な改善策が必要だ。その要点は、収益性と生産性の向上をベトナム流に進める手順を明示化することである。日本は、コンビニ経営のノウハウが集積している。その中からベトナムで活用できる内容を抽出・編集する。それをベトナム人のスーパーバイザーに教育する。

 この「編集者」として、これから半年間ほど仕事してみようと思う。ベトナム国内小売店を維持・発展させるという目的があるからこそ、ベトナム政府はG7マートの支援を約束している。ベトナムのおかげで仕事している私が、ベトナムのために仕事するのは当然だ。さらに現在、G7マートの資金調達は円滑である。しかし将来の資金需要の増大は必至である。株式市場に上場することも予想される。投資ファンドとしての仕事にも結びつく。今、ベトナムビジネスが熱い。

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2006年9月13日 (水)

ベトナム株式会社リストを入手:さて、どう分析するか?

 ベトナムの友人から「参考までに」ということで、ベトナムの株式会社4112社のリストを入手した。株式会社化した年月・産業・株式所有比率などが記載されている。

 この資料、明らかに今後の株式公開の予定企業リストとして読み替えることができる。さて、これをどのように分析・活用するか。

 産業別・地域別に分類して、株式会社の株式所有分布を明示する。所有株主の構成を分類し、その企業支配の構造を分析する。これからの株式公開後、さらに上場後の株主構成の変化を追跡することもできる。さらに、いろいろ分析ができそうだ。こういう貴重な資料が入ると、わくわくする。分析の成果に期待していただきたい。これで論文は確実に1編できる。

 次に実践的に、この資料をどのように活用できるか。昨日のブログでも指摘したが、従業員持株会と交渉して、その株式が取得できれば、その会社に経営参加できる。

 これらの企業を丹念に訪問し、ベンチャー投資ファンドを背景にして、上場支援ビジネスが可能かもしれない。ある産業に限定し、その産業内での優良企業を事前に分析・抽出しておけば、今後の株式公開時の入札価格の事前の判断材料になる。

 ベトナムのことはベトナム人に聞く。持つべきものは友人である。この資料を有効活用することが、友情に応えることになる。感謝である。

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2006年9月12日 (火)

ベトナム投資ファンドの特徴:経済成長を反映したファンド創設に期待

 9月10日(日)のユナイテッドワールド証券主催の「株式投資セミナー」の様子は、次のホームページで録画放映されている。http://www.uwg.co.jp/ ご関心の方は参照していただきたい。ただし、この講演内容について「校正」していない。私の誤解や説明不足がある。関係の方々にご容赦を賜りたい。連続した講義では次回に訂正もできるが、1回限りの講演はそれができない。ただ恥じ入るばかりである。

 ユナイテッドワールド証券は、インドチャイナキャピタルという投資運用会社に投資を委託しており、最近の投資対象は「エビの加工会社」。従業員持ち株会からの取得を交渉中ということであった。他方、ハノイの消息筋によれば、先日に紹介した石油技術サービスや火力発電所など国営企業の未上場株式の売買やIPO株の取得が話題となり、エビの話など念頭にない。

 このことを直感的に言えば、株式公開や店頭市場の売買情報について地域的な特徴がある。国営企業についてはハノイ。民間企業についてはホーチミン市という区分である。

 これから多数の国営企業が株式会社に転換し、さらに株式が公開され、さらに株式が上場する。このような場合、国営企業を管理するのはハノイの省庁であるから、そういった株式情報の入手はハノイが有利ではないか。また上場市場の所在地はホーチミン市であるが、店頭市場はハノイであるから、IPO株の取得はハノイが有利。

 もっとも、各地方の人民委員会が所有する企業が株式公開する場合は、ハノイが有利というわけではない。ただし株式市場を統括する国家証券委員会がハノイにある限り、証券情報はハノイということになる。

 以上は情報入手の容易さについての話であり、どちらの投資効率が高いかという話とは異なる。上記の「エビの加工会社」と「火力発電所」のいずれが儲かるか。その回答は困難だ。私見では、どちらも魅力的だ。資金があれば、両方を買いたい。

 このような地域的な情報の相違や偏在が発生するのは、ベトナム株式市場の情報公開制度が未整備だからである。現状は、いわゆるインサイダー情報に依存している。投資家に公平・迅速に情報を伝えることが市場メカニズムが機能するための基本である。それができていないので、ベトナム株式投資はリスクが高いと考えるか、それだからこそ好機と考えるか。おそらくベトナムでも近い将来、インサイダー取引規制が施行され、罰則も規定される。だから安心なのか。だから面白くないのか。このような問題には、投資家というよりも、その人の人生感に依存する内容が含まれている。

 昨日に紹介したゴールドマンサックス証券のN-11の資料によれば、2005年のGDPを1とすれば、2015年にベトナムは3~4となっており、11カ国中で最高。このように考えれば、ベトナム経済成長の全体を買えるような投資ファンドの発売が望まれる。10年間で投資金額が3~4倍。ベトナム株式投資は、やはり魅力的である。

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2006年9月11日 (月)

ネクスト・イレブンの筆頭:いよいよベトナムの時代が来たのかも?

 ホーチミン市で三洋電機の在ベトナム片岡会長から、「こんな記事が出たよ」と『サンデー毎日』(8月13日)を見せていただいた。以下、その見出しを引用する。

 ゴールドマン・サックス証券が注目「ポストBRICs」ネクスト・イレブンに乗る:最近、投資家の間で話題になることが多い「BRICs」(ブラジル・ロシア・インド・中国)。しかし、目ざとい人々の間で注目されている一群の新興国がある。その名は「ネクスト・イレブン(N-11)」。「ポストBRICs」とも呼ばれる新たな上昇トレンドをさぐる。

 投資の神様ジム・ロジャーズ氏「私が興味のある国、ない国」:「ベトナムは、現在、最も期待ができる国だ」。そのほかの10カ国は次の通りである。韓国・イラン・インドネシア・フィリピン・エジプト・メキシコ・パキスタン・ナイジェリア・バングラディッシュ・トルコ。

 一般に、BRICs諸国のファンダメンタルズ(経済の基礎条件)は比較的良いとされるが、N-11諸国の中には政情不安などのリスクを抱える国も含まれる。「ゴールドマンがN-11に含めていない南アフリカがファンダメンタルズでは群を抜いています。その次はベトナム、他にトルコ、パキスタン、フィリピン。良くない国として真っ先に挙がるのはイラン。」(BRICs経済研究所代表・門倉貴史)。

 以上、ベトナムは絶賛されている。かつて1998年12月、同じホーチミン市で当時の住友商事の大北所長(日本商工会会長)から、「投資の楽園ベトナムの惨状」『諸君』というレポートを見せていただいたことを想起した。8年間でベトナムの評価が一変した。

 8年前は、そんなことないだろうと、ベトナム投資の成功事例を探すことを試みた。同様に今日、やはり同様に、そんなことないだろうと、ベトナムの問題点を指摘することが重要であると考えている。今回の訪問で事実、これまでになかった問題点を感じることがあった。適時、これらを紹介してみよう。

 それにしても思うのだが、1998年当時に上記の雑誌でベトナム政府を批判した古森義久氏は、今のベトナムについて何と言うのだろうか。ジャーナリストまたは言論人の責任として、何らかの発言が求められる。もっとも単なる反共産主義イデオロギーの宣伝が目的の発言なら、その必要はない。批判のための批判なのだから。そうであるとすれば、もはやジャーナリストや言論人とは恥ずかしくて自称できないだろう。少なくとも私なら。

 

 

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2006年9月10日 (日)

ベトナムIPO株式入札の事例紹介:「投資セミナー」の補講

 国有企業ベトナム石油会社傘下のPTSC(石油技術サービス会社)の株式公開に伴う入札が8月23日に締め切り、8月28日に実施された。

 この入札事例の教訓については、ユナイテッドワールド証券が主催した「ベトナム株式投資セミナー」(9月10日、八重洲富士屋ホテル)の講演で紹介しようと考えていたが、時Dsc08761 間の都合で割愛した。

 同社は国営企業であり、石油関連の製品・部材・設備の生産・経営・輸出入、ホテル・ビル・アパートの運営・サービス提供、石油関連の物流・港湾運営、石油開発サービス、石油関連工事の施工・メンテナンス等を行っている。そのほかのデータは以下参照。

>法定資本金1,000,000,000,000VND(=6,250万ドル)
>2004年末会社純資産価値:2,131,162,806,541VND(=1億3,320万ドル)
>社員人数:2,692
>売上高: 2004年:2,345,000,000,000VND(=1億4,656万ドル)
               2005年:3,292,000,000,000VND(=2億575万ドル)
>税引き後利益2005165,726,600,000VND(=1,036万ドル)
>社員平均所得:20055,000,000VND/1/1月(=313ドル)
>総資産利益率(ROA)2003年:5.3
                     2004年:5.43
                              2005年:6.92%
>自己資本利益率(
ROE) 2003年:15.13
                                 2004年:14.04
                              2005年:14.84
>固定資産:
船舶・石油専用設備・港湾・不動産・運搬設備など

 8月28日の公募発行株競売では、法定株式の37.3%(37,298,700株)を売り出す。そのほかの株主は政府所有60%、従業員所有2.7%。この株式は額面価格が1万ドン、最低初値は1万500ドン。

 入札の結果、購入希望株式数は220,318,000株で入札株式の5.91倍に達した。適格投資家は3,923名。入札成功投資家数は216名。この倍率は18.16倍。この216名の内訳は個人が203名、機関(法人)が13名であった。最低入札価格は36,100ドン。

 

 機関(法人)の入札申し込みは、3,923名中85名であった。この機関とは、いわゆる機関投資家だけでなく会社も含まれている可能性はある。そうは言うものの、通常は株式投資のプロと考えられる機関の入札成功率は大きくない。

 

 このことは何を意味するか。消息筋によれば、たとえばベトコンバンクの入札価格は3万2千ドル、またPTSC取締役の入札価格は3万ドンを下回っていたと言う。このことは、同社の入札の適正価格は3万ドル前後であり、それ以上は割高な価格ということになる。その原因は、個人投資家が企業価値以上の価格で入札したからと考えられる。

 

 つまり、入札時に株式取得できれば、必ずもうかると単純に考えた個人投資家が高値で入札したと想像される。確かに同社は優良企業であるが、入札で3万6千ドンは高すぎる。すでに本ブログでも紹介したPVD(ベトナム石油採掘会社)の入札最低価格は1万4千ドン前後であった。

 

 こういった株式は、公募入札後の店頭市場における株価の値上がりは期待できないように思われる。それに耐えられない個人投資家が売却し、それを機関投資家が買う。投資効率を最優先にすれば、過剰に評価された割高な株式を入札できなかったとしても、それほど悲観する必要はない。

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2006年9月 9日 (土)

ベトナムについて雑誌の取材を受けた:『ダカーポ』10月4日発売号

 東京駅前のフォーシーズンズホテルで、マガジンハウス社発行『ダカーポ』からベトナムについて取材を受けた。いつもはノート片手にインタビューする私が、今日は取材される立場になった。このホテル、なかなか素敵で大阪出身の遙洋子も取材に使うそうだ。

 女性ライター志水さんの質問は的確。こちらが話していて、ついつい熱が入り、新しい意見が導き出されたり、漠然とした考えがまとまったりする。 おそらく私も数百回のインタビューをしてきたと思うが、これまでのインタビュアーとしての自分自身を反省する機会にもなった。

 ベトナムと日本の政治・経済関係を考える場合、中国を含めた3者間の関係を視野に入れなければならない。歴史を見ても当然と言えば当然だ。何を今更である。日用品や原材料を中国に依存するベトナム。中国を生産基地そして販売市場とする日本。たとえ日本とベトナムが相思相愛でも、日本と中国の関係が不良だと、ベトナムもやりにくい。あまり日本と接近しすぎると中国の機嫌が悪くなる。

 この8月に武部自民党幹事長と冬柴公明党幹事長がベトナム訪問している時、マイン共産党書記長は、胡錦涛(フ・ジンタオ)共産党総書記・国家主席を訪問した。すでにブログで指摘したこの事実は偶然なのか。または意図的なのか。

 企業経営の研究が私の専門だが、企業の経営環境を検討する場合、こういった政治経済学の視点が不可欠である。こんなことを明確にインタビューで意識できた。

 最近の大学では、学生が質問しなくなった。多くの場合、受動的である。学生の質問によって教員も刺激を受ける。今日のインタビューによって久々に刺激を受けることができた。これまで対話式の講義を心がけてきた。その手法は、教員から学生に質問することが中心だった。それに加えて、学生から教員に質問させることにも配慮しなければならない。今日は勉強になった。

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2006年9月 8日 (金)

東京からベトナムを考える:キャリア探検隊イン東京

 今、東京・大井町である。流通科学大学が今年から始めた「キャリア探検隊イン東京」の学生36名を引率するためである。私の担当はファッション業界。7日は(株)ミズノ、原宿の表参道を見学、8日は鳥沢久美子トータルカラーコーディネート事務所、伊勢丹、(株)ルックを訪問した。

 ベトナムからの勢いで来ているから、その調子は持続していて、少しでも時間が自由になると人に会おうと考える。この東京滞在中に何人かの人とお目にかかる予定である。明日からは、10日のユナイテッドワールド証券のベトナム株式投資セミナーの準備でホテルを移動する。

 (株)ルックでは、高級婦人服の展示会に参加させていただいた。アジアでの縫製工場を訪問したばかりの観点から言えば、学生にも華やかな商品だけでなく、その生産現場も見学してほしいという気持ちになる。原材料・生産・製品・商品になるまでの過程を見聞することから、新たな認識が生まれるかもしれない。

 アジアにおける縫製業を考えるとき、WTO加盟後のベトナムの活況は確実であろう。これまでのEUに加えて米国輸出が増加すると予想されるからである。私の印象では、フル生産状態になるような気がする。こういう状況下で日本企業の注文が入る余地があるのかが懸念される。優良な縫製工場ほど仕事が多いのは当然だ。

 このように考えると、今日の経営環境に適応するためには意思決定と行動にスピードが要求されることが、ますます強調されてよい。その反対に「慎重」な意思決定をして、その結果が「バブル経済」の発生と崩壊ではなかったのか。つまり、この「慎重」とは、横並びの「意思決定」不在の状況だったのである。同業他社の様子を見ながら、自分からは主体的に行動しない。一見、慎重のように思えるが、これは他者に依存しているだけである。

 あるベトナム企業は訪問後に早速メールが来て、「お客さんを紹介してくれてありがとう」と礼状があった。ベトナム初のコンビニチェーンのG7マートは、ホーチミンで副社長に会えば、その後にハノイで社長が面会を求めてきた。このスピードは、WTO加盟を控えたベトナム企業で加速されている。アジアビジネスの発展スピードに対処するためには、日本企業もスピードが求められる。

 東京に驚く学生を見ながら、もっともっと視野を広げて世界を見てほしいと思った。

 

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2006年9月 7日 (木)

ベトナム株式投資ファンドに藍沢証券が参入

 これまでベトナム株式投資ファンドを扱う日本の証券会社は、キャピタルパートナーズ証券(ドラゴンファンド)とユナイテッドワールド証券(ベトナム民営化ファンド)の2社だけだったが、新たに藍沢証券が9月17日から「オープンエンド型」のベトナム株式投資ファンドを発売する。

 ここでは、その詳細の説明は省略するが、何度も指摘しているように、ベトナム株式投資で最大の利益を追求するための方法は、IPO株式の取得である。日本でIPO株式と言えば、ベンチャー企業であることが多く、果たして上場するかどうかという懸念も大きい。

 他方、ベトナムでは国営企業の上場予定会社が続々と登場する。ベトナム株式市場の発展にとって、これらの国営企業=大企業の上場は不可欠であるし、その資金調達のニーズは大きいから、上場されないというリスクは小さい。

 このIPO株式の取得の可否が投資ファンドの成果の高低を決めると言ってよい。とはいうものの、このIPO市場に個人投資家(民間個人企業を含む)が多数参入し、入札価格をつり上げる傾向がある。未上場株を購入さえすれば、儲かると思って高値でも買う。これらの個人投資家は、いわゆる上場企業の売買の感覚で未上場株を売買するから、その株価は乱高下する。

 通常、未上場株式は上場を果たすまで長期保有が一般的であるが、ベトナム未上場株も上場株と同様に短期的に売買される。したがって、IPO株式の入札に失敗したからと言って残念に思う必要はない。その後の安値の時点で購入機会があると考えられる。

 ベトナム株式市場の特性は未だに定かでないが、総じて、素人の株式投資家の短期売買による株価の攪乱要因が大きいと言える。

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2006年9月 6日 (水)

夢を継続する:頭と気持ちはベトナムに

 早朝に帰国。すっかり日本は秋。不思議な感覚だ。長い夢から覚めたような気分がする。これまでは日本に徐々に慣れて、いわゆる日常の生活に戻るのだが、今回は少し方針転換。

 これからも継続してベトナム・ラオス・カンボジアを中心に考えることにする。夢から覚めるのではなく、今後も夢を持ち続ける。そうしないと、これらの国々での仕事が中断してし Dsc07816 まう。

 WTO加盟を控えたベトナム。株式市場の動向はどうか。法整備は進展するか。これらの問題から目が離せない。またマーケティング協会の雑誌に投稿。ベトナム初の国内全国チェーンのコンビニ店「G7マート」の支援。こういった宿題が残っている。

 カンボジアについて私は未だ論文を書いたことがない。これまでの収集資料を整理して私見をまとめてみたい。さらにラオスも同様に資料整理をしておきたい。

 いつものように日本バージョンに戻ってしまうと、なかなか以上のような仕事はできない。日本の仕事優先になってしまうからである。たとえば村上ファンドはどうなる? ホリエモン裁判の行方は? ダイエー再建の行方は? さらに新自民党総裁で日本はどうなる? こんなことを考えてしまうと、次第にベトナムから気持ちが離れてしまう。

 そこで夢から覚めないことにした。ここで、このように宣言しておくと、それは次の著書の出版につながる。私が申請・受給している科学研究費補助金は来年も継続予定である。少なくともこの期間だけは、夢を見続けることにしよう。

 上記の研究費を申請する場合、自分の時間・努力の何%を対象となる研究に投入できるかを自己申告することになっている。普通は60%ぐらいと書くのだが、それを80%ぐらいに上げよう。このブログ、しばらく「ベトナム・ラオス・カンボジア」で書き続けてみようと思う。日本に帰っても、まだまだ旅は続く。

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2006年9月 5日 (火)

ホーチミン市の大雨と青空と:次回のベトナム訪問を期して

 最後のベトナム。フォンドン縫製会社のタイン執行取締役に会う。ベトナムの縫製企業は現在、どこも多忙。輸出絶好調である。同社は株式会社化され、総会社が30%の株式所有。その他の多くは従業員持ち株である。将来の上場計画もある。国有企業から民営化され、さらに上場する。ベトナム国営企業の典型的な改革の道筋を歩んでいる。

 JETRO投資アドバイザーの浜野さんに拙著を届ける。松下電器のホーチミン市とハノイの両方に在籍され、双方の都市の在住経験がおありだが、ハノイが好きと言われた。ハノイには四季があるので落ち着くとも指摘された。私も、どちらかと言えばハノイ党である。ベトナムの順調な成長を確信されているご様子の話だった。

 昼食は、三洋電機ベトナム会長の片岡さんにご馳走していただいた。久しぶりの日本食Dsc08733_1 で感激した。片岡さんは、ベトナム社長から会長になられて、東南アジア全域を統括されている。8月にお電話したときは広州におられたし、それ以前はインドネシアにおられた。三洋電機ベトナムは業績好調。今回初めて、サンワタワーの17階の事務所に伺った。この事務所は販売担当の部署だそうである。

 その後、郵便局でラオスのトンバン先生にベトナム語と英語で書かれた『マーケティング事例』の本を3冊郵送した。日本から送るよりもベトナムから送った方が安いはずだ。この著書は、前マーケティング大学学長のクエ先生が事務局長をされているベトナムマーケティング協会が2004年に出版した。マーケティング理論をベトナム企業の事例で勉強させるための好著である。ラオス版が出版されることが期待される。

 猛烈な通り雨が過ぎて、青空が広がった後、富士通ゼネラル・タイに勤務されている前ベトナム社長の川嶋さんにお目にかかった。ホテルのロビーでの話が1時間も続いた。私の拙著は、川嶋さんなどお世話になった方々に捧げる気持ちを込めて書いた。ベトナム進出企業の先人の方々が私の先生であり、専門書に代わる存在であった。「もう65歳だ」と言われていたが、まだまだお元気の様子。今回は、9月11日に日本商工会でベトナム人労働争議に対する対応策を講演される。「まだ原稿を書いていない」と言われながDsc08736 ら、今夕は、山羊のおっぱいの焼き肉を食べる約束をした。

 現在、来越中のライオンズクラブの同僚P氏もお誘いするつもりである。この山羊の乳房の焼き肉は、元気百倍になるはず。周辺のベトナム人の喧噪のパワーに圧倒されるが、それがベトナム。この雰囲気と焼き肉から元気をもらって帰国しよう。なお写真は、焼き肉の次のメニューである「モツナベ」である。

 約1ヶ月の調査の旅が終わる。淡々とした感慨である。さあ、これから9月10日のベトナム株式投資セミナーの原稿を書く。以前、神戸大学経営学部の加護野教授が言われていた。「関西から東京に呼ばれての講演はよっぽどのことだ」と。つまり、東京で開催される講演の講師は首都圏で大部分が調達できるという意味である。よほど特殊な話題でしか、関西から東京に講師の依頼はないということである。確かに、ベトナム株式投資を実践的に話せる大学教員は世界でも皆無だろう。もう一つ、頑張ってみよう。

 この間、このブログの読者から、「まるで自分が旅行した気分になった」という感想を頂戴した。うれしいコメントである。どうも、ありがとうございます。これからも、ベトナムを中心にしてインドシナ3カ国情報を継続的に提供したいと思います。今後とも、ご愛読をよろしくお願いします。

 

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2006年9月 4日 (月)

ベトナムブランドの確立:CMT生産からFOB生産へ

 今日は、ベトナム縫製企業を数社訪問した。CMT生産から自社ブランドを輸出するFOB生産の企業が、ベトナムで存在することがわかった。その熱意を感じると、やはり応援したくなる。

 株式会社化して、将来の上場を勧めたのだが、今のままで十分に出資者がいるという話であった。ファミリービジネスは、日本でも普通だから納得できる。年商100万ドル超。ベトナム民間企業として優良企業である。

 こういった優良民間企業に対して、ベトナムの証券会社は営業して上場を勧めるべきである。上場ビジネス、つまりIPO支援のビジネスは、日本の証券会社では有力は収益源となっている。ベトナム株式市場は未発達であるが、それだけに発展の余地は十分と言える。

 明日、もう一仕事して帰国である。一仕事ではなく、正確に言えば、予定では五仕事である。日本に帰る1_1 のではなく、本当はハノイに帰りたい。そんな気持ちであるが、9月7日から学生を引率した東京出張である。仕事だから粛々と仕事するだけ。もっとも大学で学生に教えるのは趣味のようなものだから、あまり苦にならない。最後に、以前も公開したが、私の家族の一員。テトを紹介する。最も忠実な??わがメンバーの一人??である。弊社の社名であるTETは、彼の名前でもある。彼が飛びついてくるのは大変だが、嬉しいものである。

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2006年9月 3日 (日)

ファンティエットを日帰りで視察:今日は簡単に報告

 朝の7時から12時間をかけて、ファンティエット海岸を日帰りで視察した。旅は道連れだから、P氏とQご夫妻もご一緒した。

 4☆クラスのリゾートホテルで昼食をとったが、このホテルでも宿泊はベトナム人が多数。富裕層は確実に増加している。

 夕食はマンダリン。ここでもベトナム人の子どもが騒ぐ。1998年当時、来客は外国人ばかりであったのに、今はベトナム人がワインを飲んで、それを残すといった状況。そんなもったいないこと、日本人にはできないよ。また私はビールが精一杯。恐るべしベトナム人富裕層の消費・購買パワー。

 9月5日は、富士通コンピュータアプライアンス初代社長の川嶋修三さんとお目にかかれそうである。川嶋さんは来越。私は帰国。そのすれ違いの逢瀬である。最後の最後まで偶然である。

 明日は、朝から縫製企業を訪問。Qご夫妻の専門家としての目利きが楽しみである。

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2006年9月 2日 (土)

ビエンチャンの酒巻さん:どうぞお元気で

 昨日の夕方、ビエンチャンでメコン川の夕陽を眺めていると、かつてJICA専門家の仕Dsc08575 事をされていた酒巻ご夫妻にお目にかかった。ダイエー創業者。中内功がラオス国立大学経済経営学部で講義した2001年12月のことを覚えていただいていた。酒巻さんは、ラオスに定住すると言われていた。それも納得できる。ラオスは、それだけ魅力のある国である。

 今日は、間違いなくビエンチャン~プノンペン~ホーチミン市に着いた。空港で、関西空港からお越しのライオンズクラブの同志P氏を約1時間ほどお待ちした。その後、ホテルにチェックイン。再び、例の海鮮料理の店でクアを食べた。これは、やはり止められない。カニを1匹、大きなエビ(日本に輸入されてない)を2匹、、野菜とお粥を食べて2人前で役3500円。日本なら1万円を超えるだろう。エビも新鮮だから、その身はプリプリ。

 さらにハノイからQご夫妻が来られた。Q氏は、ホーチミン市の縫製企業との取引をお考えで、私の研究調査と共通するので、ご一緒することとなった。まさに「実学」である。縫製の専門家とご一緒すれば、より効果的な研究結果が期待できる。

 そして偶然。P氏とQ夫妻の宿泊と同じホテルで、松下電器ベトナム前社長の藤井さんとお会いした。「藤井さん~~」。「かなわんな~~」という表情を藤井さんはされたが、笑顔で対面。現在、カトーレックのベトナム社長の藤井さんとは、8月にハノイでお目にかかったばかりである。この調査研究の旅は、本当に偶然が重なる。それだけ世界が狭いとも言えるのだが、偶然も、考えれば、幸運である。「ありがとう。浜村淳」である???

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2006年9月 1日 (金)

大きな勘違いと小さな幸せ:飛行機に乗り忘れた???

 ははは---!!! もう飛行機は出ちゃったよ。

 ビエンチャンからホーチミン市の移動は午後の航空機と信じていたら、午前10時30分に出発。というわけで、もう1日、ビエンチャンに滞在することになった。ラオプラザホテル内のベトナム航空オフィスに行けば、午後の便はないとのこと。無料で翌日の便に変更してくれた。幸いに今日と明日の仕事の予定はない。明日の9月2日はベトナムの独立記念日。祭日である。祭日に仕事はできない。

 ここで何が何でもホーチミン市に今日中に着きたいとすれば、どうすればよいか。シュミレーション=ゲームの解答を考えよう。(1)自動車をチャーターしてラオス・ベトナム国境のラオバオまで行き、さらにダナンの友人に事前に連絡して、その国境まで自動車で迎えに来てもらう。フエからホーチミン市までの最終便に間に合うかもしれない。イヤ、これは無理だ。ビエンチャン~ラオバオの時間がかかる。(2)航空機を乗り次ぐ。午後のハノイ行きの便に乗って、ハノイからホーチミン市の航空機に乗り継ぐ。この実現の可能性は高い。これなら今日中にホーチミン市に着ける。(3)ヘリコプターをチャーターして、ベトナム国境まで行き、さらにベトナムでもヘリコプターを頼んで、国境まで迎えに来てもらう。予算制約がなければ、これも可能であろう。(4)大きなボートを買って、メコン川を下る。今は雨期だから水流は速い。小学生時代の算数に「流水算」があった。川を下る場合は加速される。でも、この方法は、どこかで逮捕・拘留? イヤ、ラオス国内のパクセー付近に「コーン滝」があって、そこでメコン川を下る船は止まらざるをえない。私は未知であるが、海外旅行の添乗員の資格試験で、このような問題が出題されているのではないか。また、出題されて当然と思う。

 さて、これまで100回ほどの海外旅行の経験の中で飛行機に自分で乗り遅れたのは皆無。今回が初めてである。もうトシなのである。ただしホーチミン市からハノイや、ビエンチャンからハノイに向かう飛行機のキャンセルやUターンは何度かあった。特にビエンチャンからハノイの飛行機は、途中まで行って、ハノイのノイバイ空港の天候不順で引き返した。長い人生の中では、いろいろなことがある。このように考えて自分を慰めよう。

 今日、ビエンチャンは久しぶりに天気がよいので、ホテルのプールで泳いで、その後にマッサージをしてもらって、ラオスビールを飲みながらメコン川に沈む夕陽を眺める。夏休みの数少ないリゾート気分を楽しもう。

 以上、大きな勘違いは、小さな幸せをもたらしてくれた。この偶然に感謝である。

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ビエンチャンからホーチミン市へ

 今日の予定

 午前中はチェックアウトの時間まで買い物。ビエンチャンに来て以来、新聞以外に何も買っていない。新しい資料があれば買っておこうと思う。午後は空港に出発までマッサージでゆっくりしよう。その後、ホーチミン市到着後は、数カ所に電話しなければならない。

 インドシナ3カ国に注目しようと私が思ったのは、単なる思いつきではなく、ベトナムやラオスに滞在して、これらの国々の関係が重要だと自然に思うようになったからである。他方、ベトナムやラオス政府の宣伝に私が乗せられた側面があるかもしれない。

 しかし客観的に見て、ラオスの大統領がベトナム訪問中。その少し前はカンボジア首相がベトナム訪問。ラオス・ベトナム・カンボジアの要人往来は頻繁である。新聞を普通に読んでいて、これらの国々の関係が深いことが理解できる。または相互に尊重している姿勢が伝わる。日本についていえば、ODAで道路ができたとか、小学校ができたという話である。やはり人の往来はモノの提供よりも外交には効果的である。

 これからの日本にとってアジア外交が課題と言われている。それなら、そう思う国会議員はアジア諸国にもっと出て行けばよい。要人に会わないと格好がつかないという議員は多いし、相手国の要人のランクで自分のランクが決まると考える議員も多いだろう。しかし外交は、その国の人々の生活や、その国に住む日本人の目線を共有することも重要であろう。そういった目線をもった議員がいれば、新しい外交活動として日本のみならず相手国からも評価されるのではないか。外交で最初に考えるべきことは、人と人の交流であると思う。

 カンチャナ店主ハンサナさんに会って、以上のようなことを考えるようになった。彼は政治の世界を嫌って、文化や芸術活動をしている。私が焚きつけて、最近はビジネス人にもなっている。幼い頃から政治の世界を見てきた彼は、おそらくその本質を見てしまったのだろう。だから政治に興味がなくなったのかもしれない。私が「商業省に行ってきた」と話すと、「今度の大臣と友達だ」という。そうだからと言って、それでは大臣に会わせてくれと言うわけにはいかない。活動の世界が違う。一度会っただけで「友達」と自慢する日本人は多いが、彼の場合はそれとは違う。

 ハンサナさんは、こういった人間関係をもちながらも、いわば自分の好きなことをやっている。「恵まれた特別の人間だ」と言ってしまえば終わりだが、その人柄に好かれる。「50歳を超えると健康に注意しないと」。「最近タバコを止めた」。「高血圧によい薬草酒がある」。中年おやじの会話をしながら、お酒を飲んで夜がふける。隣で奥さんが微笑んでいる。この雰囲気は、何者にも代え難い。ラオスのために、ハンサナさんの夢の実現のために、何か貢献したい。

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