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2006年8月 1日 (火)

ベトナム共産党の汚職追放:その強い決意は本気か

 多数のベトナム人とつき合っていると、明らかに「ベトナム共産党員」である人、そのようだと想像できる人、党員ではないが共感・支持している人、まったく政治に関心のない人に分類できるように思う。

 「あなたは共産党員か?」という質問は、日本の場合、思想信条の自由を侵すタブーの質問である。もっとも日本の共産党は野党であるから、ベトナムと同じような状況を考えれば、「あなたは自民党員か?」という質問と類似している。いずれにせよ、こういう質問は避けるべきであるし、そういった質問があったとしても、それは信頼に基づく人間関係が前提とされるものである。

 その人が何党に所属しようが、あまり私は気にならない。その人の人間性それ自体が人間関係の形成にとって重要であると考えている。たとえば「自由民主党」といっても、まったく「自由」も「民主」も理解・実践できていない場合がある。たとえば国歌斉唱の強制などは、どう考えても自由や民主とは相容れない。私個人は、所属するライオンズクラブで国歌を歌っているが、それはクラブのルールだからである。任意のクラブのルールと、国民全員に斉唱を強制することとは次元が異なる。後者に私は反対である。

 さて、本年4月に開催された第10回党大会で、ベトナム共産党が「汚職追放」を強調し、それが「党の存亡の危機」を意味すると指摘された。その後の6月末に国家主席・首相・国会議長が交代し、7月24日~29日にハノイで第3回中央委員会総会が開催され、さらなる汚職防止強化が強調された。

 マイン党書記長は、「汚職を行い、国家・集団・国民の財産を浪費することは泥棒行為であり、誰もがこれを憎み、根絶しなければならない」という故ホー・チ・ミン主席の言葉を引用し、「汚職を行った者は、どのような職務であろうと、在籍しているか退職しているかを問わず断固として処分する」という強い決意を明らかにしたそうである。

 このような汚職強化の取り組みは、単なる「題目」だけではなく、本気とみなさなければならない。私見では、ベトナム共産党は国民の支持があってこそ一党独裁を維持できているのであり、経済成長の基礎としての政治的安定を保っている。

 政府における汚職の多発・深刻化は、ある限度を超えると、どのような政権であっても、国民に強く批判され、その時の事情によっては政権が崩壊するということは歴史の教訓である。

 ベトナム共産党は、この限度に国民の認識が近づいたことを感じているのではないか。だからこそ「党の存亡の危機」という表現を使うのであろう。このように考えれば、今年からの汚職防止の取り組みは「本気」と考えなければならない。

 このことは、進出企業も理解しなければならない。つまり「無理な要求をして、汚職を促進しない」ということである。いわゆる贈収賄事件では、受け取る側だけでなく、贈る側も罪に問われる。ベトナムが「本気」になって「汚職防止」というなら、こういった法整備が急務であると思われる。

 

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