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2006年7月30日 (日)

今日は「テキ屋」になりました:「輪投げ商法」の教訓

 「テキ屋」とは、簡単に言えば、お祭りなどの縁日で「いかがわしい物品」を販売する業者のことを言うらしい。以下の話は「いかがわしい」ことはないのだが、すっかり気分は「テキ屋」であった。

 昨日と本日は、私の地元・大阪府箕面市で「みのお祭り」が開催され、昨年に続いて箕面船場ライオンズクラブは「輪投げ」を出店した。私は、店頭で次の業務を輪番で担当した。①お金を200円もらって輪投げの輪3個を渡す。②投げた輪を回収する。③お客さんの主に子どもの年齢に合わせて投げる位置を決める。

 この中で①と②の集金や回収は簡単である。子どもたちの小さな手からお金を受け取って「頑張ってね」とやさしく声をかける。ピンク・青・黄の3種類の輪を子どもの希望も聞きながら渡す。ただし最も多忙なときには、輪の色を選択する余裕もなかった。輪の回収は、笑顔でテキパキとする。時間があれば、「輪投げだよ。残念賞もあるよ」と大きな声を出す。

 この業務の中で③が難しい。歩き始めたばかりの幼児には、「輪投げ」ではなくて「輪入れ」をさせてあげるのだが、それでも輪が入らないことがある。最初は、わざと輪を入れてあげて「はい。よかったね」と賞品をあげるのだが、それをやりすぎると、賞品を渡す担当者から文句が出た。賞品不足になるという心配である。なお賞品は、花火セット、蛍光ネックレスなど夜店にはふさわしい品々である。

 この話、ちょうど企業において、販売担当者が商品を値引きして売り上げを伸ばそうとすることと、財務担当者や在庫管理者がその値引きを歓迎しないという対立関係に似ている。子どもに直面していると、どうしても優しくなってしまうのだが、店全体の管理を考えれば、優しくばかりもしていられない。

 そこでノウハウを学んだ。最初は、少し遠めに投げる位置を決めておいて、そこから投げてもらう。その子どもの特性を見て、位置を前に移動させるかさせないかを決める。第1投で輪が入れば、その位置を移動させない。投げる位置を徐々に前に移動させた子どもは、本人も親も得をした気分になる。もちろん最初に輪が入った子どもは、やや大げさに「よかったね」と拍手してあげると大満足である。

 予算や在庫の制約がある場合の営業では、その営業担当者の創意と工夫に売り上げが依存する。創意と工夫によって顧客満足を追求する。こういった経験が営業担当者の間で相互に共有できれば、おそらく全体に売り上げが伸びる。そのうえに問題が発生した場合、予算や在庫や新商品投入も含めて全社的に対応を考える。

 「輪投げ」店は以上のようなプロセスの縮図であった。なお興味深かったのは、小学生4年生くらいの子どもの事例である。どうしても「花火がほしい」と言って4回も輪投げに挑戦し、最後は150円しか残ってないけど「おっチャンまけて」と言って来た。「そんなに花火が欲しかったら、最初から花火を買ったらエエねん」と私は応じたが、結局、無情にも輪は入らなかった。

 この彼は、勝負の厳しさを学んだかもしれない。他方、将来のギャンブル狂の予備軍になるのかもしれない。人間だれでも勝負またはギャンブルに熱中するし、それに没頭することもある。射幸心というのは、人間の本性のひとつであろう。しかし時間の経過と共に、それが浪費であることに気づく。子どもの時から、そういった経験をしておくことも、射幸心を自己制御する力を養成することになると思う。

 地元の「お祭り」の縮小傾向があるように思うのだが、この「みのお祭り」全体の集客は2日間で5万人であった。「輪投げ」の来店数は1日当たり500人を超えた。久しぶりに小さな子どもたちとふれあう機会をもったが、なかなか楽しかった。「孫がかわいい」という人の気持ちが少し理解できた。以上、いろいろ学んだ数時間の「テキ屋」商売であった。

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2006年7月29日 (土)

ベトナム・ハーザン省ゴックデュン村の出来事:板東あけみさんに聞く

 ベトナムの母子健康手帳と言えば、その普及活動に尽力されている板東あけみさん(ベトナムの子ども達を支援する会事務局長)を思い浮かべることができる。

 板東さんは、ベトナム国家主席から勲章を3度も授与されている有名人である。現在は大阪大学大学院人間科学研究科の博士課程に在籍され、甲南女子大学の非常勤講師もされている。昨日、板東さんとお目にかかり、夕食をご一緒した。

 筆者のベトナム語の先生であったベトナム人女性が、たまたま板東さんの友人という関係で、1998年以来おつき合いいただいている。

 今年は、「母子健康手帳」普及の先陣を切った南部ベンチェ省で東南アジア各国やベトナム全土からの代表者を集めた「第5回国際母子健康手帳シンポジュウム」が11月22日~25日に開催される予定である。その準備で板東さんはお忙しくされている。

 その板東さんから次のような話を伺った。中国に接する北部ハーザン省ゴックデュン村の出来事である。すでにベトナム南部で一定の成果があったために、母子手帳の普及活動は北部に移行させている。そこでは、少数民族が住んでおり、ラオスと同様に高床式の住居である。

 通常は、高床の下には家畜を飼ったりするのだが、それらは住居から隔離され、さらにニワトリは皆無であった。鳥インフルエンザ予防のためにベトナム政府が指示したとおり、ニワトリが処分されている。

 そこで74歳のおじいさんと話をした。おじいさんは、自分の楽しみは家族が働きに出ている間、孫と遊んだり、家族のために食事を一品作ったりするのが楽しみだそうである。子どもは6人。それはお元気ですねと板東さんが言うと、「昔は今と違って政府の家族計画がなかったから」と答えられたそうである。現在、ベトナム政府は「二人っ子」政策を採用しており、コンドームやピルは無料で配布している。

 ベトナムには少数民族が特に山岳地帯に多く住んでいるが、異なった民族間で子どもが生まれたときに、その子どもは、父母のいずれの民族に属するか?これを小学生の子どもに聞いたそうである。すると「それは自分で決めるんだよ。ちゃんと子とも権利条約に書いてあるよ」と答えたそうである。

 以上のエピソードを板東さんから聞いて、「ベトナムは凄い国だ」ということで意見が一致した。山岳の小さな村にまで、政府の鳥インフルエンザ対策が浸透し、さらに老人までも最近の政府の政策を理解している。そして村の小学生までが「子ども権利条約」の内容を学習している。ベトナムは「子ども権利条約」をアジアで最初に批准した国である。

 国民の高い識字率と高い政治意識があってこそ、このようなことが可能になるのだと思われる。それにしても、このような発展途上国は世界で極めて少数もしくは異例であろう。

 村々にまで政府の政策が伝わることは、中央集権的な官僚制の上意下達の息苦しい政治体制が原因だと考える人がいるかもしれないが、ベトナムの場合、それは誤りである。そのような政治体制が、これだけ対外開放が進んだベトナムの現状において維持できるはずがない。そのような政治体制では、国民の不満は高まり、政治的に不安定になる。

 以上のことは、政府と共産党に対する国民の信頼感を反映した出来事であるとみなされる。ベトナム政府の安定性は当分は問題なく持続されるであろう。

 このような話が大阪でできる機会は貴重である。板東さんとの出会いに感謝である。そのシンポジュウムについては、別に紹介したいと思う。以下にHPも開設されている。その成功のために少しでも協力したいと思う。参照:http://volunteer.hus.osaka-u.ac.jp/mch5/index.htm

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2006年7月28日 (金)

最近の少し不愉快なこと:マスコミの影響力

 昨日、大学の私宛に匿名の手紙が届いた。7月15日早朝に放送された私が担当したNHKラジオ「新聞を読んで」に関するご意見であった。

 「ご意見」と言うよりも「ご批判」である。その要点は次の2点であった。①大学教授がアルバイトして放送出演していてもいいのか。②大学1年生に新聞を読んで要約させるといった教育はレベルが低すぎるのではないか。この批判について回答することはできるが、それはここの目的ではない。

 これまでのNHKラジオ出演後にも、お手紙を何回か頂くことがあった。住所をお書きになっている方々には必ず返事をさしあげた。しかし今回のような匿名のご意見は対応に困るし、不愉快な気持ちだけが当方に残る。以上のように普通に書かれた批判ならば、冷静に対処できるのだが、その原文の文体は、あたかも嫌がらせのためのゴロツキの文章であった。

 おそらく当方を不愉快にさせるのが目的だから、その目的は達したことになる。他方、なかなかの書き慣れた文字であるから、書き手は年配の方だと想像される。そう考えると、その非礼は何なのかと怒りも感じる。当方は、所属と氏名を明らかにしているのに、先方は匿名である。そのことだけでも不公平さらに卑怯ではないか。

 私は、このブログでは個人情報をかなり開示している。プロフィールには詳細な経歴まで書かれている。自分の責任を明らかにして、情報開示したかったからである。しかし当然、それにはリスクが伴う。そういった情報を利用した悪事が懸念される。また、私が出張中にブログを書くと、その期間は自宅不在ということだから、これも怖いことである。

 日本の社会状況を考えれば、何が起こっても不思議ではない。十分な警戒が必要であろう。自己責任である。それにしても、早朝のラジオ番組に噛みつく人がいるのだから、TV出演している評論家・コメンテーターは、どれだけ大変かと想像される。

 自由で民主的な国家である現代日本が、必ずしもそうではないように思えてくる。

 「反国家的な自由は脅かされて当然だ。無制限な自由なんて、どこの国にもない」。これは、昭和初期の伍代英介(高橋悦史)のセリフである(五味川純平原作・山本薩夫監督『戦争と人間』第1部「運命の序曲」)。

 その後に日本が侵略戦争の道を進んだことは歴史的な事実である。現代の日本が、そういう時代の入口に立っているような気もしないではない。

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2006年7月27日 (木)

何と言ってもベトナムでは「ワタリガニ」を食べたい

 最近、「ブログを読んでいます」といって声をおかけいただくことが多くなりました。それぞれ方々のご関心によって、ご指摘いただく内容が異なっていることが面白いです。

 今日は、私の大学の同僚教授から、ブログの類別を「ペット」とした欄で掲載した愛犬・テトの話がありました。テトは、ゴールデンリトリバーです。この種の犬は水が大好きなので、最近は散歩の途中で「川遊び」をさせています。箕面川はホタルが飛び交うほどの清流なのですが、少しばかりゴミが気になります。

 空き缶やペットボトルの「ポイ捨て」は、何とかならないのかと思います。思うだけでなくて私は、清掃ボランティア活動を「箕面船場ライオンズクラブ」と「ラオス」で継続しています。こういった清掃活動に参加した人は、自分からゴミを捨てなくなるでしょう。このような効果が清掃活動に期待できます。

 さてペット以外には、ベトナム株式投資の話題がブログでは好評のようです。これについては別に書くとして、ここではベトナム料理を紹介します。

Dsc07665 写真は、7月7日のホーチミン市での海鮮料理店での「ワタリガニ」です。ちゃんとオレンジ色の卵が付いています。この店は、チョロンという中華街に立地していて、いつもベトナム人で満席です。他方、外国人は皆無または少数です。

 この店のDsc07666_1紹介者は、ベトナム三洋電機の初代社長・竹岡さんでした。その当時から今まで、この店は私にとって、とっておきの店となっています。普通は2月~3月までしかない「子持ちワタリガニ」を今でも食べることができます。おそらく食材入手の特別ルートがあるのでしょう。さすがにチョロンだと思います。これが、ベトナムの流通ルートを掌握している中国系ベトナム人の実力です。

 このワタリガニ、塩とレモンで食べるのがベトナムでは一般的です。この塩に時々「調味料」が加えてあることがあります。私は、それを塩だけに交換してもらっています。自然の食材は自然に食べるのが最善です。

 最近になって、一度でいいから「お酢」の味で、このワタリガニを食べてみたいと思っています。甘酢でもいいし、ポン酢でもよい。ベトナム料理には酸っぱい味がありますが、それはお酢ではなくて、パイナップルやトマトなどの味です。ベトナムの「お酢」は、あまり見ません。なおラオスでは、一般の食堂にもナンプラーやチリソースと同様に「お酢」が机上に置いてあります。

 「お酢」は健康食品ですし、その原材料のお米はベトナムで豊富です。ベトナム製日本酒「越の一(えつのはじめ)」があるのと同様に、ベトナム製「お酢」があっても不思議ではありません。

 ベトナム・ホーチミン市の「ワタリガニ」。ベトナム訪問時の気になる料理のひとつです。最後に、このブログは以前にもワタリガニを紹介しています。それほど美味しいとご理解下さい。

  

 

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2006年7月26日 (水)

ベトナムから帰りました:ベトナムに感謝です

 今日の早朝にベトナムから日本に帰りました。この「帰りました」ということについて、次のような私の記憶があります。

 私がハノイの国民経済大学に留学した時期は1998年~1999年。その後のベトナム訪問時に、ホーチミン市から日本に帰国する時に「日本よりもハノイに帰りたい」と思ったことが何度かありました。

 この当時、私の家族は日本にいましたが、家族が分身と考えると、距離は離れていても、その絆は死ぬまで持続します。これに対して、ハノイ滞在中のベトナムの人々との関係は、これまでの日本での生活と異質であり、私にとって初めての体験でした。簡単に言って、私の人生にとって貴重な人間関係がハノイで形成されたということです。

 たとえ日本での人間関係が最悪になったとしても、ベトナムには親しい友人がいて、いつでも暖かく迎えてくれる。それが私の錯覚であるとしても、そういう気持ちにさせてくれるのがベトナムだと思います。

 家族以外に、こういう気持ちにさせてくれるベトナムの人々に感謝の気持ちで一杯です。そのことが、どれだけ私の人生の選択肢や考え方を豊富にしてくれたことか。

 こういう感謝の気持ちを込めて、次の著書が出版されます。このブログから出発して、それが本になったという経緯があります。同書の最後は「このような「夢」を見させてくれるベトナムとベトナム人に私は心から感謝したい」という文章で終わりました、ベトナムやベトナムの人々から元気や夢を頂戴する。本当にうれしいことです。

 上田義朗+ブレインワークス著『乗り遅れるな!ベトナムがいま熱い』カナリア書房、7月末刊行予定、2006年、1,890円(税込み)。

 今回のベトナム訪問でも、そういった感謝の気持ちを強くしました。今回の仕事で関係したベトナム人が私に感謝してくれるのですが、それだからこそ逆に、私が感謝したいのです。当然のことながら、ベトナム人あってのベトナムです。私たちの不遜や傲慢があれば、それはベトナム人が感じ取るでしょう。ベトナムについて著書まで書かせていただいたのは、すべてベトナムのおかげです。

 こういう気持ちを具体化してベトナムに還元できればと強く思っています。ベトナムのビジネスの成功の重要ポイントは、このような気持ちと態度をもつことであると思います。また、それに対して、その気持ちを理解して、誠意をもって対応してくれるのがベトナム人であると思っています。

 今回のベトナム訪問では、上記のようにホーチミン市から日本に帰りましたが、ハノイに帰りたいとは思いませんでした。その理由を考えてみれば、私自身にとって日本とベトナムが一体化したからだと思います。東京に行くのも、ベトナムに行くのも同じ感覚になりました。

 やり甲斐のある仕事があれば、世界中、どこにでも行く。最近の心境です。でも、世界は無理かも。当面、私の仕事はベトナム、そしてラオス・カンボジアです。

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2006年7月23日 (日)

少しばかり再びハノイに行ってきます

 先日7月7日~12日は、研究目的でベトナムに行ってきましたが、今日からは「合同会社TET」の仕事でベトナム訪問です。もちろん経費は私費です。

 勤務先の流通科学大学・人事課に確認したところ、こういう会社の設立は特に禁止されていません。会社の定款を提出しなければなりませんが、その内容が教育機関と適合性があれば、特に問題ないそうです。

 何と言っても「実学」を追究する流通科学大学です。その教授が、会社を経営していても不思議ではありませんし、その会社が成功すれば、それは歓迎されこそすれ、批判されることはないでしょう。そうでなければ、「実学」の流通科学大学という看板と矛盾していることになります。大学教授がビジネスを成功させてこそ、本当の「実学」の大学と言えるでしょう。

 この場合、本業としての大学での仕事が優先されることは当然です。ここで私は、大学の仕事を自分の仕事と区別して、次のように考えることにしています。つまり、大学での仕事を「趣味」と考えるようにしています。

 趣味とは、自分の楽しみです。だから講義の回数が増えても、それは楽しい。若い大学生と議論し、いろいろ指導するのは充実感を味わえるし、その心境は、まさに趣味です。このように言えば、「趣味とはけしからん。大学の教育や研究は、そんなに甘くない」という批判が聞こえてきます。それはそうですが、ここで私が主張しているのは、私の個人的な内面の気持ち、つまり心構えの話です。もし私が、結果として大学の教育や研究をおろそかにしていると思われるなら、そういった批判は甘受するつもりです。そして改善もします。今は、そういった批判がないように一生懸命に努力するつもりです。

 私は、結果がすべてだと考えています。いくら熱心に全身全霊を教育や研究に注いでも、その成果としての学生の満足度が低ければ、その努力は無駄と言っても過言ではありません。「先生、先生が熱心なのは理解できますが、先生の言っていることを私は残念ながら理解できません」。これは問題であろう。

 他方、私のように「教育や研究は趣味だ」と言っても、その結果として学生が支持してくれれば、それは問題ないでしょう。ただし私は、以上のような傲慢な人間でないように心がけています(常時、妻がチェックしてくれます)。さらに、少なくとも以上のように「問題ない」と評価されるように努力したいと思っています。

 こういうブログを通して、世界中に自分の考えや行動や研究活動を公開しているのですから、これほどの透明性のある研究活動・企業活動はないでしょう。もちろん、すべてを公開しているのではありませんが、全く何も知らせない秘密主義よりはましでしょう。こういう自分の「公約」を公開し、自分自身を励ましているというのが、正直な気持ちです。

 この意味で、毎日ブログを書くという「公約」が果たされていません。これは、すごく私も気にしています。どうぞ、ご容赦をお願いいたします。でも、頑張りますので、ご期待ください。

 今夜はハノイ、明日はハノイで重要会談。「大学教授、アジアで実学を追究する」というブログの副題を実践します。こんな話、どの文献にも書いていません。経営学とは、実践があってこそだと実感しています。評論・あと解釈・理論など、ギラギラした利害の関係する商談において、どれほどの役に立つのでしょうか。気力、気合い、気迫、人間性、人格、オーラ、大声、演技力。そして理屈、理論、正当性。これらが商談の内容。ビジネスの最重要な要素ではないかと考えています。

 また、ハノイからブログが書ければと思っていますが、本当に時間がないのです。

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2006年7月20日 (木)

ベトナムの株式投資の教訓(5):値上がりしないサコムバンクの謎

 これまでにブログで紹介してきた「ベトナム株式投資の教訓」の教訓1から教訓7を新しい著書にまとめて掲載した。教訓8教訓9は、紙幅の都合で次の機会とした。以下は、その続きである。

 ベトナム最大手の民間銀行・サコムバンク(Saigon Commercial Bank)の上場は、ベトナム株式市場で話題を集めた。通常、上場によって大幅な値上がりが期待されたが、現在値は7万6千5百万ドンである(参照:http://viet-kabu.com/ なお額面価格は1万ドン)。

 未上場時の店頭市場では、今年に入って7万ドルから8万ドルで売買されていたから、上場時の値上がりは期待はずれと言ってもよい。これはなぜか?

 上記のHPのデータを見れば、売買量(出来高)は最高で、988,420株(日本円:約5億4820万円)となっており、第2位の株式売買量の6倍に達している。これは、集中的な売買が上場以来続いていることを示している。私見では、8万ドンまでの「もみ合い」が続くのではないか。

 この理由は、いろいろあるだろう。ベトナムの財務諸表など情報開示が不十分であり、そもそもその内容の信頼性に欠ける。サコムバンクには隠れた不良債権があるかもしれない。だから安心できないという理由である。私も財務内容を確認したわけではないし、さらに隠された不良債権の有無を知るほどの情報通ではない。しかしこれは、日本の株式売買の場合も同様であろう。たとえば三菱東京UFJの株式を買うときに、そのすべてを調査・納得して購入する一般株主は少数であろう。

 私見では、未上場時に購入されたサコムバンク株が、利益を出すために大量に売りに出されていると想像される。たとえば2005年8月15日にANZ銀行(オーストラリア・ニュージーランド銀行)が未上場株式10%を35,500ドンで購入する契約をした。ANZ銀行が、上場時に株式を売却しているとは考えられないが、より一般に言って、ちょうど1年前に未上場株を購入した株主は、現在では2倍以上の利益を得ていることになる。

 それ以前に未上場株式を取得した株主の利益は、それ以上である。これらの株主が、上場時に株式を売却している。したがって株価は上昇しないのである。このことからの教訓は次の通りである。

 教訓10 ベトナムの未上場株式の購入は、当然であるが、早ければ早いほどよい。できれば最初の入札に参加する。ベトナムで上場直前の未公開株を購入しても、当面は上場時に大きな値上がりは期待できない。

 このことは、ベトナム石油採掘会社(PVD)株にも妥当するだろう。入札に参加した時の株価が店頭市場で約3ヶ月で3倍になった。上場まで待っていれば、さらに値上がるだろうが、上場時に急激に値上がるとは限らない。サコムバンク株が、1年前の店頭市場価格の2倍となって上場されたのだから、このPDV株が1年後に上場するとすれば、約2倍の上昇。そうなると、入札時の初値の約6倍値上がれば十分と考えることができる。そうなると約8万~9万ドンである。

 もちろんサコムバンク株もPVD株も長期持続の場合、さらに値上がる。しかし、その値上がりの契機は何か? 私見では、日本の大手証券がベトナム投資ファンドを日本国内で公募する時と考えられる。これが数年先であろう。この期間には、当然ながら「為替リスク」が存在する。

 以上のように考えれば、ベトナム未上場株式の取得は魅力的であるが、必ずしも上場時まで所有しなくても、3倍以上の値上がりで利益を確定しておくことが、現時点では望ましいのかもしれない。その利益をさらに新規公開株の取得に当てることが望ましいように思われる。

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合同会社TET(テト)の設立:新会社法を実践する

 現在、合同会社(LLC:Limited Liability Company)の設立を準備中である。名称は、合同会社TET。TETの振り仮名は「テト」である。

 ベトナムの旧正月であるテト、それが由来する愛犬の名前テトが名前の起源である。この犬のテトは、ブログで「ペット」というカテゴリーで、すでに写真入で紹介した。6歳になるゴールデンリトリバーである。

 会社設立ということは、新しい「法人」を生み出すということである。つまり、法律に基づく新しい人間=人格を作り出すのである。子どもを生むのは女性の特徴であるが、男性でも法人なら生むことができる。この会社TETを大事に育てたい。

 私が出資者であり、私が代表社員であるから、私とTETは一心同体であるが、法律的には別の人格である。したがって私がTETに融資したり、その返済をすることも可能なはずである。TETを大きく育てるのが楽しみだから、私は無理な返済計画を強要しない。このように、同じ私という人間であるが、二役をするような感覚になる。

 大学の仕事とTETの仕事の区別も重要である。部分的には重複するが、区別する部分は区別する。TETの定款には、「国内外の学校・財団・企業など各種法人の経営および経営助言」という項目がある。大学経営や財団運営をすることもTETの将来の仕事である。もちろん日本ではない。ベトナムでである。

 少子高齢化の日本の大学経営は多難である。これに比べて人口が増加し、高等教育の役割が増加するベトナムでの大学経営は、ビジネスとしても有望である。またベトナム人学生に奨学財団を設立したい。株式運用の果実を毎年、奨学金としてベトナム人学生に支給する。

 自分のパートナーとしてTETを大きく育てたいと思う。そのためにはお金。当面の利益が必要である。大学教員は、その点が苦手だ。まあ、いいやと思ってしまう。しかし愛するTETのために、心を鬼にしてお金を稼ごう。今こそ、関西人・大阪人の本領を見せようではないか。では、どのようにお金を稼ぐのか?それは内緒である。いくら大学教員が「お人よし」といっても、それほどバカではない。

 でも、そう簡単に真似できる仕事ではないので、公表してもいいのだが、別の理由でやめておく。ちょっと恥ずかしい。この仕事、また次の機会にお話します。 

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2006年7月19日 (水)

大学教員の納涼会:今日は飲みすぎました

 神戸・三宮駅の近くの日本料理店で、情報学部の教員20数名の「納涼会」があった。要する、前期の講義が終わったことを記念して?の「飲み会」である。

 メインの料理は「鱧=はも」鍋であった。鱧は小骨が多く食べにくいのであるが、それを巧みに骨抜きして食べるところが楽しみなのだが、かなり小ぶりで骨も多かった。鱧の湯引きを梅肉で食べるのも美味いが、それもなかった。やはり大学教員というサラリーマンにとって、予算の都合で高級料理は口に入らない。

 こういう席を私は、どちらかといえば、あまり好きではない。同業者の集まりであるから、その意味での情報交換は貴重だが、それ以外の雑談では、余り話題が広がらないからである。異業種交流ではないが、経営学を教育・研究する者として企業の方々との話題が勉強になる。たとえばベトナムでは、忘れないようにノートを取りながら食事することも多い。

 しかしながら、職場の同僚との飲み会は、気を遣うことがないので嬉しい。若手の幹事の先生方に感謝である。宴会場を見渡せば、私自身、もう年配者の部類に含まれるようである。講師・助教授といった若手教員の研究・教育を応援しなければならない立場なのだと自覚した。私の方が、酔っ払って大声で暴れていてもしかたがない。これは深く反省。

 研究や教育の自由と自主性を相互に認めて、相互に研鑽を積む。こういった大学教職員間の風土をもった組織があってこそ、そういいった教職員に接する学生の満足度も向上するのだと思う。それはともかく次の冬の忘年会、何を食べさせてもらえるか楽しみだ。

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2006年7月18日 (火)

ベトナムで会社を設立する;「統一企業法」の新しい条文

 これまでベトナムで外国人が会社を設立する場合、「外国投資法」に基づいてベトナム企業と合弁企業を設立したり、外国資本100%で外国企業を設立するという形態しかなかった。

 より具体的に前者は、すでに日本で生産活動をしていて、そのパートナーとなる同業のベトナム国有企業を紹介してもらって、日本側は資金、ベトナム側は土地使用権を提供して合弁会社を設立する。「第1次投資ブーム」と言われた1994年前後は、このような形態がほとんどであった。トヨタ・ホンダ・ソニー・松下などがそうである。

 その後、外国投資を促進するために、外国企業の出資100%が容認された。そうなれば、たとえば既存の工業団地に進出を決めて、その会社設立・工場建設の出資金100%を日本企業が負担することが可能となった。キャノンなどがそうである。

 通常、合弁会社にすれば、利益配分などの問題でベトナム側と日本側が株主総会または取締役会で紛糾する場合もあるので、外国資本100%が進出形態では望ましいと言われてきた。

 ただし国内市場を志向する企業の場合、市場販路の開拓などを考慮すれば、国有企業をパートナーとすることが有利なこともある。国有企業の既存の販路(メーカー⇒総代理店(卸売り店)⇒代理店⇒小売店)を合弁企業の製品販路に即座に活用できるからである。たとえばコトブキやエースコックなどがそうである。その後にエースコックは、合弁企業から100%外資企業に転換した。

 2006年7月1日から「統一企業法」が施行された。それによって、現在は実態のないまったく新しい会社をベトナムで設立できるようになった。たとえば外国人としての私が、出資者=株主として貿易会社をベトナムで設立し、その経営をベトナム人に任せるといった形態の会社設立が可能である。

 私は単なる出資者であり、貿易の仕事をするつもりはない。優秀なベトナム人に経営を任せて、私は役員報酬や配当金を受け取るのを楽しみにする。私自身または私の妻が日本の駐在員になり、その駐在員としての報酬を受け取っても良い。他方、ベトナム人は資金を提供してもらって、自分が経営者として活躍できる。このベトナム人経営者にストックオプションを与えて、株主になってもらって、将来に上場するモーティべーションを高める。このような会社設立は、「ベンチャーファンド」に似た投資である。

 こんなことが「統一企業法」で可能になったと判断できる。その条文は、「第2章 企業の新規設立と営業登記」、「第13条-----ベトナムの個人・組織や国籍を問わずあらゆる外国の個人・組織は、本法の規定に従い企業の設立及び管理を行う権利をもつ。」

 この新しい会社は、「営業登録申請書」(第21条)を提出しなければならない。そこで私は発起株主(株式会社の場合)であるから、パスポートなど身分証明を提出する。

 「統一企業法」さらに「共通投資法」によって、これまでのベトナム人と外国人の区別がなくなった。まさにWTO加盟を控えた法改正である。

 他方、日本でも、ここでは議論を省略するが、2006年5月1日から「新会社法」が施行された。LLCやLLPが新しく導入され、有限会社はなくなった。ベトナムと日本の両国にとって、2006年は「企業法」が大改正された記念碑的な年である。

 ベトナムと日本の双方の新しい法律の検討によって、新たなビジネスチャンスが生まれるように思う。私見だが、このベトナムの新法は、これまでのベトナムを変える。ベトナムに対する先入観と固定観念から逃れることが今こそ必要である。これについて再度、次の機会に議論しよう。

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2006年7月17日 (月)

科学研究費補助金=公的資金による海外出張:問題点

 今回の7月7日からのベトナム訪問は、少し前に話題となった日本学術振興会が提供する「科学研究費補助金」に基づく出張であった。これは公的資金=税金による支出である。

 上記の「話題」というのは、不正流用事件である。本来の研究目的以外に研究費を私的流用するという早稲田大学の某教授の事件のことである。

 これが大きな事件になったのは、その内容が悪質であったからだと思う。金額も大きいが、公金の私的流用資金で「投資信託」を購入していたいというのだから驚きである。普通の研究者の感覚では考えられない。

 この科学研究費補助金は、略称「科研費」と呼ばれていて、公的に審査された優れた研究計画に対して支給される研究費である。私の勤務する大学でも、この受給者に対する評価は高い。外部から公的資金を受給できる研究者を擁するということは、その大学の研究水準が高いことを意味し、大学の評価を高めることになるからである。

 私の研究テーマは「ベトナム・ラオス・カンボジアの企業経営におけるWTO加盟・AFTAの影響と対応」である。簡単に言って、ベトナムが年内にWTO加盟するかどうかという時期に、各国の政策担当者や企業経営者は何を考えているかという調査研究である。このことから3カ国における経済発展や企業経営の課題そして提言を導き出すことが目的である。

 現在進行形の実態研究であるから、研究の主要な場所は現地である。文献を収集するだけで目的は達成できない。このような時に、この科研費の「使い勝手」が悪いことがある。

 公金=税金であるから、その使途に規則があるのは当然である。しかし私の場合の不便は次の点である。

 (1)お土産代に使えない。私の場合、企業経営者にインタビューするとき、少しのお土産を持っていく。最近では「フラッシュ・メモリー・スティック」、日本人の場合は「佃煮」などが定番である。こういう使途の場合、相手から領収書または受取証が必要である。常識からして、お土産に領収書はもらえないから、これらは私費となる。私のような場合、この出費がかなり大きい。

 (2)外国出張の時間がない。今回は4泊6日(機中1泊)の出張であるが、その理由は、帰国日の午後の講義と教授会を欠席できないからである。せっかくの出張であったから、ラオスやカンボジアも訪問したかったのであるが、その時間がない。短期間の出張は効率的でない。結局は公金の非効率的に使用していることになる。かつては教授会の欠席に寛大であった大学も、最近ではマイナス評価となる。科研費の受給をプラス評価しながら、その研究を効率的に実施しようとすればマイナス評価となる。矛盾した話である。しかし、そういう規則なのだから、それに従わざるをえない。もちろん講義の休講では補講をするのは当然である。

 (3)予算の締め切り日が3月上旬となっている。こうなれば、3月中の研究活動はできないことになる。春休みで最も海外出張に最適の時期に研究費が使用できない。これも変な話である。

 以上のほかに、いろいろ「科研費」の使用方法に問題点はあると思われる。科研費の不正受給は、前述の早稲田大学のみならず東京大学などでも発生している。規則に従わない研究者のモラル改善が最も重大であるが、その使い勝手の悪さにも原因のひとつがあるようにも思われる。そのために「資金をプールしておく」といった不正行為が、やむにやまれず行われるのではないか。

 実際に使う人の立場で研究費の使用方法が再検討されてもよい。そのような意見を述べる機会は、これまでに皆無であった。公的資金を使用するということで、自信と誇りをもって研究をしたいと私は思っているのだが、実際は、そう単純ではない。

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2006年7月16日 (日)

やっと終わりました EXHAUSTED!!

 今日、ベトナムの著書の校正が終わりました。ベトナム出張とNHKラジオ出演に加えて、この仕事が連続し、やっと終わってホッとしています。ホッと言うよりも、英語でexhausted しました。

 この本は、ビジネス人向けなので、ちょっと学術書とは勝手が違いました。たとえば図表の下には、出所や資料を必ず記載するものですが、それらは巻末に一覧にされています。また、文書の注はできるだけ添付しないようにされています。これらは出版社の意向です。

 考えてみれば、新聞や雑誌には注が付いていません。それだけ「ナマ情報」ということでしょう。そうであれば、ビジネス書でも「ナマ情報」の臨場感を出さなければなりません。ごちゃごちゃした参考文献や注などに依存せずに、すべてが自分の意見・見聞・データに基づく内容が期待されているということでしょう。これが、ビジネス書の売れる条件のひとつなのかもしれません。

 これまで私の単著は、『企業権力のネットワーク』(1994年、文眞堂)です。これは翻訳書ですが、愛着のある本です。翻訳の善し悪しは、英語力ではなく、日本語の表現力に依存することを気づかせてくれました。この時の初版は1500部でしたが、現在は完売しています。他方、今回の本では、一般の人々に売れる本はどういうことかを考えさせれました。もちろん内容は重要ですが、その表現力も重要ということです。今回の初版は3000部です。

 カナリア書房の担当者・日高さんは、明日の祭日も出勤して校正をチェックしてくれることになっています。私の原稿が遅延したために迷惑をかけたということです。申し訳なく、また感謝です。

 ともかく、このブログから書き始めた「ベトナム情報」が著書になります。7月末までに出版予定です。ぜひ、ご購入ください。

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2006年7月15日 (土)

NHK第1放送「新聞を読んで」出演の雑感

 NHKラジオ第1放送「新聞を読んで」に出演した。その1週間の新聞5紙(読売・朝日・毎日・日経・産経)を読んで、そのコメントを10数分間自由に喋る番組である。7月15日(土)早朝5時35分から放送された。

 この番組は数十年の伝統があり、かつては日曜日の午後7時のNHKニュースの直後の時間帯に放送され、さらに再放送されたり、海外放送されたりもしていた。

 テレビでも1週間の新聞記事を紹介する番組があるが、その企画のオリジナルのアイデアは、このラジオ放送「新聞を読んで」であると思われる。

 この番組に私は、年間2回の出演を5年間ほど続けたように記憶しているが、これを最後に出演辞退しようと思う。新聞5紙を読んで、そのコメントを述べるという「体力」に限界を感じたからである。

 このような意図を込めて、最後の放送ということで、それなりの気持ちを込めたメッセージを伝えたつもりである。

 ただし事前に用意した原稿が10分弱であったために、収録時のアドリブで時間を延長することになった。これには当惑した。しゃべるのが仕事とはいえ、放送局のマイクを前にした一人での語りである。なかなか要領をえない。これが、少し残念であった。

 講義スタイルで、立ってマイクをもたせていただければ、自由に円滑に話せたのかもしれない。こういう「しゃべり」は、何百回と経験しているからである。

 この放送担当者として、NHK大阪放送局チーフアナウンサーの中村宏さん・坪倉善彦さんに同席していただいた。現役アナウンサーに自分の話を聞かれるというのも緊張する。私は、こう見えても?いろいろ気を遣う性格なのである。

 「滑舌がよくないですから」と私が言い訳を言うと、「よければ、私たちの仕事がなくなりますから」と中村さんや坪倉さんから慰めていただいた。確かにそうである。それぞれの分野には、それぞれのプロの仕事がある。

 夕暮れの大阪城に隣接したNHK大阪放送局に向かう個人タクシーの運転手さんとも同様の話をした。「タクシー料金の割引をしていないが、事故保険は十分に入っている。それがお客さんのためだと思う。安いだけが、お客サービスではない」という内容である。運転手としての「プロ意識」の話である。

 このようなことを考えると、それに関連して私自身の「プロ意識」を反省することになる。これについては、別の機会に論じることにしよう。

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2006年7月13日 (木)

ハノイ新都心の風景から:ベトナムの発展を確信する

 ハノイ新都心の新しいに日越経済交流センターの事務所を訪問した。新しい駐在代表のソンさんが見つけてくれた。

 この新都心、ハノイの大宇ホテルからバオソンホテルの前を直進したところである。かつては田園地帯であった風景が、おそらく近い将来、30階建て以上の高層アパートが林立するだろう。今は、ポツポツと建ち始めている状況である。

 この新都心に11月開催予定のAPECで「杮落とし」をする国際会議場が建設中である。この会議場の外観は完成していた。前回の3月訪問時には建設中であったから、今は内装の段階だと思う。すでに指摘したが、この工事・建設は国内企業のみで実施しているようである。

 たとえばホーチミン市のタンソンニャット空港施設の新築工事は、日本の大手建設会社が企業連合を組んで、ODA資金を使う。これが、今までのベトナムでは一般的であろう。他方、このハノイの会議場は「純ベトナム産」であると思われる。まさに国家の威信をかけた建造物と思わざるをえない。APEC会議にかけるベトナム政府の並々ならぬ意気込みを感じる。

 この意味でAPEC開催中は、ハノイの住民は外出禁止になるのではないかといった予想もできる。ベトナムの反体制運動は少数ではあるが現存するように聞いている。彼らにとってAPEC成功は快いことではない。政府の警戒は当然と言える。

 このアパート群を見ていると、私は、韓国のソウル市内のヨイドを連想した。ヨイドは、ハン川の中州にできた官庁・金融街である。また友人が住む仁川の住宅アパート群にも似ていた。広大な農地や荒地を開拓・敷地化して、その中に高層アパートを建てる。これは歴史の繰り返しである。おそらく日本も同様であろうが、残念ながら私の記憶には、その光景がない。

 このように考えれば、スーパーマーケットやコンビニが多数進出し、さらにレストランが増えるのは目に見えるようである。このブログでも紹介したG7マートは、ホーチミン市にコンビニを出店したと聞いた。ハノイにもケンタッキーフライドチキン店が1軒、さらにすぐに2店開店するそうである。

 ベトナム経済、ベトナム社会は着実に発展している。おそらく今からは想像もできない成長を続ける予感がある。それだからこそ、そこから生じる矛盾の抑制と解消にベトナム政府は敏感にならざるをえないであろう。ここが、かつて公害を経験した日本の経済成長との相違点であってほしいと私は期待している。

 

 

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2006年7月12日 (水)

帰国しました

 早朝に関空に到着。その後に講義があり、教授会があり、夕方からライオンズクラブ例会があった。休む暇なし。

 その後にブログで紹介した「ベトナム情報」の著書の初稿があがったとの連絡があり、来週の火曜日までに校了の指示があった。

 これから出張中の新聞5紙を読んで、NHKラジオ「新聞を読んで」の原稿を書く。収録は金曜日夕方。放送は土曜日の早朝である。

 ちょっとこれは過密だ。もう少しゆっくりしたいのだが、なかなか時間が取れない。

 ベトナム滞在中、以前に大阪外国語大学でベトナム語を教えていたミーオアインさん、商工会議所のフンさん、ハザマの松本さん、アクシスの服部さん、それにエースコックの浪江さん、富士通ジェネラルの川嶋さんと電話でお話しした。

 その後、ダナン大学のナム先生の紹介でフラマリゾートに滞在し、ホイアンとミーソン遺跡を見学した。

 ハノイでは、JICA専門家の市川さん、ユニマートの荒川さん、JETROの馬場さん、それに貿易大学のタム先生、日越経済交流センターのブーバンさん、カインさん、ソンさん。貿易会社のテュイさん、証券管理会社のタイさん、外務省のムンさん。日本料理店・紀伊の小林さん、国民経済大学のフオン先生、三井住友銀行の樫永さん、洋菓子ポエメの鈴木さん、日越友好協会の小松さん、国家証券委員会のロンさん、それに加藤レックの藤井さんにお目にかかった。

 以上のような人々に会って話して、WTO加盟を直前にしたベトナムの現実を感じる。ベトナム在住の親切な皆さんのおかげである。感謝。

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2006年7月 9日 (日)

ベトナムから速報:超多忙の中の休日

 今、ベトナムのダナンです。一昨日からホーチミン市、そして今夜にハノイ移動です。今回のベトナム訪問は、8月の長期出張のための準備です。また同時に、その他の仕事が重層的にあります。

 この中で本日は休養日です。かつての「フラマリゾートホテル」は外国人専用のような高級感でしたが、最近は子どもの海水浴場のようになっています。といってもベトナム人富裕層の子どもたちです。それだけベトナムの経済発展したという証左です。もっとも朝食に来るベトナム人は少数です。もったいないから、部屋でラーメンでも食べているのかなと想像しています。

 おそらくハノイでもブログを書く時間はないと思います。今回は短期で仕事を多数埋め込み過ぎたようです。帰国後に、ゆっくり最近のベトナムの印象を書いてみます。

 

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2006年7月 7日 (金)

口を開けてエサを待つ魚から、自らエサを探す魚になる!!

 2回生後期から始まるゼミ学生の募集中である。すでに第1次募集が締め切られ、現在は第2次募集中である。定員16名で残りの枠は5名である。

 私の研究室を昨日と今日で10名以上の学生が訪問した。「何か質問は?」と聞いても、質問がない。ゼミ訪問とは本来、こういうことを私は勉強したいのだが、このゼミでは何かできるのかと質問するものだと説教した。ゼミは、何かを与えてくれる場所ではなく、自分で学び取る場所である。

 訪問した学生は私の説明を納得したように思うが、まだまだ大多数の理解できていない。どのようなエサを与えてくれるのか。口を開けて待っていれば、何をくれるのか。こような受け身の姿勢を助長することが教育ではない。教育はサービス業であると私は思うが、学生の欲するものを何でも与えることが、学生にとって望ましいサービスではない。

 では、どうすればよいか。私は説明することだと思う。なぜエサを与えないのか。なぜ受け身ではいけないのか。こういった理由をわかりやすく説明して、学生に納得させることである。このような意味で、説明して納得させることが大学のサービスである。社会人になって、そんなことは説明もされないであろう。

 新しいゼミ生を迎えることは年中行事であるが、いつも新鮮な気分になる。親しい友人を迎えるような期待がある。残りの大学生活で、大きな成長を期待したいと思う。

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2006年7月 6日 (木)

北朝鮮がミサイル7発を発射:近所づきあいの方法

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)がミサイル7発を発射した。朝からこのニュースの連続である。

 この話、要するに「困った隣人」が住んでいると考えることができる。同じ隣人であっても日本と違って韓国は兄弟である。いくら北朝鮮が困った隣人であっても、兄弟なので日本と同じ対応はできない。韓国にとって北朝鮮は「困った兄弟」なのである。日本は、このような韓国の立場を理解しなければならない。

 中国やロシアは「親しい友人」として北朝鮮に接してきた。しかし今回のミサイル発射で、中国やロシアにとっても北朝鮮は「困った友人」となった。もう友達ではないと言うのは簡単だが、これまでの長い歴史がある。それを無視するには強い決断がいる。いくら悪い奴でも友人だったことは歴史的な事実である。日本も中国やロシアの友人と言えるが、その関係は北朝鮮とは異なっている。「困った友人」であるが、やはり友人には変わりない。

 このように「困った隣人」・「困った兄弟」・「困った友人」が北朝鮮である。何とかして「普通」になってほしいとだれもが思っている。ただし兄弟や友人に対して北朝鮮は甘えるし、兄弟や友人も北朝鮮を甘やかしてきた。それだからこそ兄弟であり、友人なのである。このようなことも日本は理解しなければならない。ちょうど日本と米国の関係が親密であることに対して、他国から批判される理由がないことと同じである。その関係は当事者間の問題である。

 では、どうすればよいか。どのようにして普通の隣人になってもらうか。隣人であることをやめて、日本か北朝鮮が遠くに引っ越しする。それができればよいのだが、それは不可能である。これから永久に隣人であるから、その意味で長期的な戦略が必要である。日本に、そういったものがあるのかどうか。

 通常、「困った隣人」がいれば、その隣人の兄弟や友人に相談し、その「矯正」について協力を依頼する。しかし現在の日本には、必ずしも中国や韓国に対して親しく相談して協力を依頼する関係が形成されていない。最も相談しやすい親友・米国には協力を快諾してもらうのだが、その米国は「困った隣人」と「犬猿の仲」である。それに隣人と言うには、距離的にも歴史的にも文化的にも遠い存在である。これまでに韓国や中国との関係がより友好的に形成されていれば、現在とは異なった対応が可能であったと思われる。

 本来、隣人の問題は、その周辺の隣人の間で解決するのが本筋である。この場として、「6カ国協議」が用意されている。この協議における日本の立場も大変だろう。「困った隣人」という認識は共通しても、同席するのはその友人や兄弟であり、頼みの米国は隣人とは言い難い。よほど正当性ある論理を堅持・展開しなければ、日本が議論をリードするのは難しいのではないか。

 以上、「困った隣人」に対する対応として次の3点を指摘した。日本が長期戦略をもつこと、同じ隣人として中国・ロシアそして韓国との関係を重視すること、正当性ある論理を堅持・展開すること。これらの観点から、今後の北朝鮮の問題を注視したい。

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2006年7月 5日 (水)

気になっている6月の空白を埋められない

 「ブログ連続」のために6月分の空白を埋めたいのですが、カレンダーが7月に移行してしまうと、6月分に書き込めなくなりました。

 どうすればよいのか。もしご存じの方がいれば、ご教示下さい。

 今日は、簡単にしておきます。

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2006年7月 4日 (火)

企業論の最終講義:株式持合いの復活を危惧する

 今日で、私が担当する前期の「企業論」の講義は最終であった。企業論は、株式会社や企業集団などを主題として、かつては「企業形態論」と呼ばれた伝統ある科目である。今学期は「村上ファンド」事件もあり、そういった時事問題の解説に時間を取られたので、やや時間が不足気味であった。

 私の講義は、日本企業の特徴である「株式持合い」を詳細に議論することが特徴である。初めての私の論文は、大学院生時代の1981年に発表した「株式持合い比率の研究」というテーマであった。このように、株式持合いと私は長い付き合いである。

 この株式持合いが、バブル崩壊後の外国人株主の増大や、株式評価損の発生のために次第に解消されているという。株式持ち合いの本質は、「紙のやり取り」と喝破したのは故・大隅健一郎教授(京都大学)であるが、まさに至言である。お金を実際に出資して株主となった個人株主と、紙=株券の交換(相互に第3者割り当て増資する)で株主となった法人株主とは、その権利が相違して当然である。言い方を換えれば、個人株主の権利が法人株主によって不当に侵害されていると考えられる。

 株式持合いの起源は、乗っ取り防止、経営者の地位を安定させるためである。この意味では、経営者自らが株主主権を侵害しているとも言える。さらに「紙のやり取り」では実質的な資金調達にならない。したがって、このような不当な経営者の行為が、諸外国で容認されるはずがない。だからこそ株式持合いは、日本独特の株式所有形態と言われている。それは日本の特徴というよりも、日本の恥部というべきものなのである。

 この株式持合いが解消されるというので、やっと日本も普通の国になると期待していたが、買占めや乗っ取りを防止するための安定株主を確保するために、株式持合いが復活する傾向があるらしい。欧米流の乗っ取りやTOBの防止策が、いくつか紹介されるようになったが、それよりも最も容易で低コストな防止策が株式持合いという判断であろう。

 株式持ち合いは、経営者が自分の地位を安定化させるための目的である。要するに、経営者の自己保身である。経営者が自らの地位に執着するということである。このようなことを考えると、日本銀行の福井総裁のことを連想してしまう。そこまでして地位に執着したいのだろうか。

 そもそも大部分の銀行の代表取締役は、自らを「頭取」と呼んできた。製造業と違って銀行業は経済的に重要である。そこで呼び方も別格で頭取とする。そのなかでも日本銀行は「銀行の銀行」である。したがって頭取ではなく、「総裁」と呼ぶ。以上、それぞれの特権意識が、その肩書きからもうかがい知ることができる。

 特権意識があるがために、私は特別だから辞任しなくても良いと思い込んでしまうのであろうか。株式持合いは大企業に多い。三井・三菱・住友などの企業集団の紐帯となってきた。伝統ある財閥を起源にもつ大企業のトップにまで登り詰めた経営者は、それにふさわしい自負と特権意識をもって当然である。その地位・役職を簡単に譲り渡すことはできない。そこで株式を持ち合う。このように福井総裁の事件と株式持合いは、本質的に同根であるかもしれない。

 いずれにせよ、いいかげんに株式持合いは、やめたほうがよい。日本にとって恥ずかしいことである。

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2006年7月 3日 (月)

表参道ヒルズ周辺を歩く

 日曜日~月曜日は東京出張である。

 この8月に流通科学大学は「キャリア探検隊 in TOKYO」を実施する。3回生の就職・就業の意識を高めるために東京で2泊して企業訪問をしたり、市場調査をしたりするという企画である。世界のビジネスセンターのひとつである東京を体感するだけでも、学生にとって将来の自分のイメージ作りに有益である。私は、この企画の委員となっており、ファンション業界を担当することになった。

 東京のファッション街を下見するという目的で、表参道ヒルズ周辺を訪れた。表参道にはJR原宿駅から向かった。この原宿駅の建物が復古調で魅力的である。このあたりからファンションの街のトータルのコーディネートが感じられる。その後の表参道でも、交番やトイレ、それに地下鉄の駅まで全体の雰囲気に調和するようなデザインになっている。この統一感の演出が心憎いばかりである。

Dsc07645  ケヤキの並木と低層ビルが並ぶ約700㍍の表参道は、東京では珍しく自然と街との調和を感じさせる場所である。東京には、この表参道に近い明治神宮など緑の深い大きな公園がある。他方、六本木ヒルズのような高層ビルを中心としたショッピングセンターや、古くからの銀座のショッピング街がある。lしかし、緑の並木とショッピング街の両方を備えた場所は少ないのではないか。大阪で言えば、イチョウ並木の御堂筋がそれに相当するかもしれない。この意味で、表参道は貴重な場所である。

 表参道ヒルズは、先のロックフィールドの本社・保育所を設計した安藤忠雄氏の設計である。スロープを巡らしての回遊型のショッピングセンターであり、通路の所々で休憩の座席が用意してある。お祭りの縁日で夜店を歩くような印象を受けた。浴衣を着て団扇をもってブラブラ歩くのも楽しい雰囲気だ。ここでの食事(ディナー)は、3階の並木道側がよい。風に吹かれる柔らかいケヤキの動きが照明に浮かび上がる。ここは恋人と来るべきだろう。l

 ファッション振興を重視している神戸の学生が、この表参道を訪問し、どのような反応を見せるのだろうか。新鮮な感想や印象を聞くことが楽しみだ。 

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2006年7月 2日 (日)

第3回貿易促進研修コース:講師としての雑感

 第3回JICA貿易促進コースの講師を担当した。日時は6月23日(金)、場所はJICA兵庫国際センターである。

 私の講義科目は「ベンチャービジネス」。日本のベンチャービジネスの概要を説明し、その後に起業・創業に関する事例を全員で議論。午後は、3グループに分かれて日本市場に売り込む輸出商品のSWOT分析を発表するという内容である。

 この研修生の出身国が多様である。文字通り「多国籍研修生グループ」である。12名で12カ国:バングラディッシュ・カンボジア・コスタリカ・クロアチア・エジプト・エリトリア・フィジー・モルドバ・フィリピン・南アフリカ・ウズベキスタン・ジンバブエ。いずれも政府機関の貿易促進の若手担当幹部である。

 個人的には、この8月に訪問するカンボジア、軍隊をもたないコスタリカの研修生と話した。日本人の研修担当者から聞いた話だが、「日本人の男性は笑わないのですか?」という質問があったそうである。神戸の商店街などを歩いていて周囲を観察すれば、女性は楽しそうだが、男性は暗い感じがするそうである。

 日本の多数の男性は仕事で疲れている。確かにそうかもしれない。そんな話を聞けば、せめて講義だけでも楽しくやろう。そんな気持ちになってくる。私の下手な英語だが、何度かの「笑い」をとれたので大成功であった。

 たとえば「span of control」の話である。それぞれの管理者が「管理できる範囲」つまり適当な人数が存在するという話である。この管理できる人数について、「自分の妻の場合は一人でも難しい」という指摘は大爆笑であった。その後に考えたのだが、「妻以外の女性なら100人でも管理できる」と言えば、さらに大爆笑だったろう。次の機会のネタとして記憶しておきたい。

 念のために言うが、あくまでも以上の話は「ネタ」である。漫才の「ネタ」を真実と誤解する真面目な人もいるので、お断りしておく。

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2006年7月 1日 (土)

日本大学教職員組合のベトナム訪問

 日本大学の教職員組合では、結成40周年を記念して、今年の8月にカンボジアとベトナムを訪問します。ベトナムのハノイでは、ベトナム教職員組合本部を訪問し、さらに貿易大学の教職員・学生と交流する予定です。

 これは、日越経済交流センターがお世話した企画です。ベトナムの教職員組合が、どのような組織なのか私も興味があります。このような「草の根」の交流が活発になることで、両国の相互理解が深まるでしょう。

 この8月のベトナム訪問の成功をお祈りしたいと思います。

 なお、最近のベトナム旅行は、この日本大学の旅行もそうですが、カンボジア・アンコールワット訪問とセットになっているようです。観光地としてアンコールワットは世界的に有名ですが、それならプノンペン周辺も訪問し、旧ポルポト政権の民族虐殺の歴史も勉強してほしいと思います。有名な観光地巡りでなく、その国や国民と交流する旅が私はお勧めです。

 その意味でベトナムには、まだまだ見所が多数あります。たとえば、ファンティエットは有名な海岸リゾートです。通常は、ホーチミン市から自動車かバスで行きます。しかし鉄道の旅が楽しめます。ベトナム鉄道も、こういった観光地を重視しているのですが、あまり宣伝されていないようです。せっかくの観光資源を有効に活用するマーケティング的発想が必要のように思います。

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