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2006年6月10日 (土)

ベトナム情報(15ー1):政治体制

 中国・ベトナム・ラオス・キューバ・北朝鮮。現在の「社会主義国」として思い浮かべる国々である。共通しているのは「一党独裁」の政治体制ということである。そこで次に「社会主義国=一党独裁国=非民主主義国家」という図式が、大多数の人々の間で描かれるようである。そして、資本主義国=日本とは価値観が違うということになる。

 それではベトナムは非民主主義国家であるから、ベトナム人民は民主化運動を進めようとしているのか? 1988年のソウルオリンピックまでの韓国の軍事独裁政権に対する反体制運動が進展したり、1989年6月4日の中国の天安門事件のような市民・学生運動がベトナムで発生したりしたか?

 事実として、そのような大規模な反政府運動はベトナムで発生していない。それでは、ベトナム政府が強力に国民を弾圧しているのか? またはベトナム国民の民主主義に対する認識が低いのか? いずれの回答も否である。1986年の「ドイモイ政策」採択以来、市場経済化は進展し、報道の自由も拡大している。共産党大会や国会で政府政策について活発な議論が戦わされている。また、米国との戦争で大きな犠牲を払って独立を獲得したベトナム国民が、政治的に蒙昧であるはずがない。「自由と独立ほど尊いものはない」という「建国の父」ホーチミンの言葉は小学生でも知っている。

 では、ベトナムは社会主義国ではないのか? より正確には、その通りである。社会主義を志向する国なのである。このように考えれば、冒頭の「図式」は、旧ソ連や東欧の社会主義国を想定した先入観・思い込みということになる。どのようなものにもレッテルを貼って安心するのは人間の習いであるが、そのことによって一般に偏見や恣意性を助長してきたことも事実であろう。ベトナム=社会主義国ということで、せっかくのビジネス機会を逸するのは惜しいと私は思う。

 このようなことを、古田元夫『ベトナムの現在』、講談社現代新書、1996年は、社会主義ベトナム」と「ベトナム社会主義という表現(125頁)で区別している。私見では、前者は、旧ソ連をモデルにした社会主義国という既定の枠組みや概念に自国を適応させるのに対して、後者は、独自の社会主義国の建設に向けて比較的柔軟に発展を模索するとみなされる。1991年のソ連崩壊の後、前者から後者に転換が促進されたと考えられる。古田教授は、そういった転換が1995年のアセアン加盟に結びつくとみなされている。

 私見では、ベトナム社会主義であるからこそアセアン加盟が認められたのであり、社会主義ベトナムではアセアン加盟は困難であったように思う。他方、既存のアセアン加盟国であっても、ベトナムより部分的に自由が制限され非人道的な国は存在する。たとえば意外ではあるが、シンガポールである。2004年1月からは、医療用を除く「チューイングガム」の国内持込が禁止された。さらに「落書き」をすると鞭打ち刑である。

 このように考えれば、ベトナム社会主義は、そんなに息苦しい政治体制ではないという結論になる。 ベトナムの政治体制を検討するために、さらに古田教授の同書を次回に検討することにしよう。

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