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2006年6月 6日 (火)

ベトナム情報(14-1):なぜベトナムか?

 初めての私のベトナム訪問は1994年3月であった。約10日間でハノイ・ダナン・ホーチミン市を訪問した。当時、ベトナム直行便はなかったので日本から香港経由でハノイに到着した。この時の宿舎は「5月19日ゲストハウス」。商務省が経営する国営ホテルである。このホテルと同じ通りに現在は日本大使館や大宇ホテルが面しているが、当時は野原であった。なお5月19日は、ベトナム独立の祖・ホーチミンの誕生日である。

 同年8月~9月に、中国・広州からベトナム・カントーまで陸路3,350㎞を学生8名と一緒に40日間かけて走破した。これは、流通科学大学主催「ベトナム・中国華南流通調査隊」実行委員長としての参加であった。この総隊長は中内功氏(当時:大学理事長)、副隊長は寺本滉氏(当時:淡路屋・取締役社長)であった。最初の3月訪問は、この本調査の事前調査が目的であり、当時の(株)天津大栄・営業部長の三木さんに案内していただいた。

 この「流通調査隊」に参加した動機は、単にベトナムに対する興味であった。ベトナムはどうなっているか? 私の小学生時代、「戦争はいやだ」といった内容の作文を書いた。これは今も手元に残っている。1965年に北爆が開始され、1973年の「パリ和平交渉」の締結によって米軍が完全撤退した。ちょうど私が10歳から18歳である。最近の鈍感からは想像もつかない多感な青少年の時期をベトナム戦争と共に私は過ごした。

 1994年当時、ベトナムにおけるJETROハノイ事務所長は三浦有史氏であった。その後、朝倉さん・肥後さん・山田さん・石渡さんという歴代所長には今でもお世話になっている。またその頃、お菓子のコトブキ(本社:尼崎市)はベトナム進出企業の寵児であった。同社は、お菓子の最大手国営企業であるハイハ(ハノイ)とビナビコ(ホーチミン市)の2社と合弁企業を設立して操業中であった。日本からの進出企業が数社しかなかったので、同社を訪問・調査する企業は行列を成すほどであった。

 ハノイのハイハコトブキ社の鶴谷社長(当時)は、現在は私と同じ日越経済交流センターの副理事長である。お菓子作りの技術指導をされていた同社の鈴木さんは、その後に社長に就任された。そして現在は個人でPOEMEというケーキ店をハノイで経営されている。

 1994年の「流通調査隊」のベトナム側の受入機関は、商務省傘下のベトナム経済新聞社であった。ちょうど英文経済月刊誌Vietnam Economic Timesを創刊したばかりであった。同誌は、本年8月号の発刊で150号を迎える。同誌の編集長CAT氏は現在もご健在である。

 同社を紹介してくれたHAU氏は、ハノイ工科大学を卒業後にフランス留学を経験したエリートである。その後に国民経済大学で博士号を取得した。流通科学大学が主催した「アジア流通フォーラム2000」(2000年)ではベトナムのEコマースの現状と展望について報告した。このHAU氏とは家族ぐるみの交際が現在も続いている。私が最初に宿泊した「5月19日ゲストハウス」の当時は経営者であった。

 上記の「流通調査隊」はハノイで貿易大学、ダナンでダナン大学、ホーチミン市で経済大学おいて学生交流の機会をもった。ベトナム側の世話役であった貿易大学のDUNG先生は、その後に教育訓練省(日本の文部科学省に相当)の国際部長となった。現在は米国留学中であり、さらなる昇進が期待されている。また当時、ベトナム人学生として学生交流に参加したSON氏は、その後にベトナム外務省に入省し、さらに日本の国費留学生として京都大学大学院で経済学修士号を取得した。そして現在は東京のベトナム大使館に勤務している。ダナン大学で通訳をしていただいたNAM先生は、早稲田大学大学院・THO教授の弟さんであることをその後に知った。今年からNAM先生はダナン大学・工学部長に就任された。

 なお、ダナン大学では日本人学生を歓迎するために爆竹を鳴らしてくれた。1995年のテト(旧正月)以来、浪費と危険を防止するために爆竹は今日まで使用禁止となっている。ベトナムで最初で最後に聞いたの爆竹の音の記憶は鮮明である。ダナン大学の校庭であった。ダナン大学での学生交流の後、日本人の学生たちがダナンの海岸に自動車で向かい、その後ろをベトナム人学生たちがバイクや自転車で追いかけた。さわやかな自転車の動きと学生たちの笑顔は新鮮な印象であった。ベトナムに来てよかった。私にとって原型となるベトナムの心象である。

 以上のようなベトナム初訪問から毎年の訪問が続き、1998年にはハノイの国民経済大学で在外研修のために9ヶ月間を過ごした。その後もベトナム訪問が続き、総計50回以上のベトナム訪問を積み重ねてきた。おそらく今後もベトナムと私のつきあいは継続するであろう。それはなぜか? なぜベトナムなのか?

 その最大の理由は、単純に言って、ベトナムという国家そして国民に魅力を感じるからである。ベトナムの国民性が私を惹きつけるのである。これまでに数カ国の外国人研究者・留学生・研修生と交際してきた。それぞれ魅力的で親しみを感じ、今でも再会したい人々がいる。しかしベトナム人は別格のような気がする。おそらくベトナムと日本の間における国民性の親和感が、その理由であると思う。それを次回に検討してみよう。

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