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2006年5月 6日 (土)

元吉本新喜劇「谷しげる」さんのこと

 先日、自宅近くの公園で「子どもカーニバル」という催しがあり、元吉本新喜劇の「谷しげる」さんが、正真正銘の「猿回し」の芸で1日2回の公演をされた。「谷しげる」と言えば、吉本新喜劇の黄金時代を築いた人々の一人である。

 「ご機嫌さ~ん」・「あ忙し、あ忙し」などのギャグは有名だったし、木村進・間寛平・坂田利夫の丁稚役に対して谷さんは大番頭役であった。確か旦那さんは前田五郎、番頭は伴大吾であった。今でも私は時たま「あ忙し、あ忙し」が口に出ることもある。懐かしい「谷しげる」の生出演である。これは見に行かなくてはならない。

 たまたま同年配の同僚教授に「吉本の「谷しげる」知ってます?」と聞いても、「知らない」という返事であった。おそらく同教授は若い頃に勉強ばかりしていたか、彼の出身が関西ではないことが知らない理由であると思われた。他方、かなりマニアックな世界で私は青年時代を過ごしたのかもしれない。今年1月に他界した母の「百ヶ日」の法事を連休中にすませた。毎週土曜日のテレビで吉本新喜劇を母と一緒に見て大笑いをしたことを思い出す。

 約30分間の公演は大人でも楽しかった。谷さんは、周囲の子どもDsc07452の観客のために猿が暴れないことに細心の注意を払われていた。この猿は「小太郎」という名前で、かなり長い相方のようであった。また谷さんの話術はさすがである。屋外の観客の注意を引くためにゆっくりした大きな声で話され、うなずいてくれる笑顔の観客(私のこと)には目線をあわせて語りかける。舞台公演と違って観客の集中力が散漫になる野外公演の特別な苦労や難しさが、谷さんの様子から実感させられた。

 注:上記写真は、クリックしていただくと、大きく鮮明に見ることができます。谷さんと小太郎が写っていますが、小太郎は毅然としていて、谷さんは当惑した表情です。

 猿芸の前に谷さんは、吉本興業を退職後の経歴を簡単に話された。俳優の仕事のために上京し、若山富三郎の事務所に所属したが、若山氏が死去。山城新吾の紹介で奥さんの事務所に移ったが、その奥さんが山城新吾と離婚。このように東京では所属事務所を転々とし、余り仕事に恵まれなかったようなことを話された。

 先日、島田紳助の相方であった松本竜介氏が不遇の死をとげた。いわゆる芸人の末路の悲哀を感じさせる出来事であった。その前には同じ吉本新喜劇の岡八郎が他界している。しかし谷さんの小太郎を操る身のこなしは軽やかで、まだまだお元気の様子であった。

 私の青春時代の「谷しげる」はもはや存在しないが、新しい「谷しげる」には一層の活躍をしていただきたいと思う。これからの高齢化社会において、「団塊の世代」の人々は元気な谷さんを見て、大いに励まされるに違いない。谷さんのご健康とご発展をお祈りしたい。

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