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2006年5月 9日 (火)

堺市で「ベトナム投資セミナー」開催

 5月10日(水)午後2時30分から、堺市の堺商工会議所・2階大会議室(電話:072-258-5581)で「ベトナム・ハイフォン市投資促進セミナー」が開催される。

 主催者は、堺国際ビジネス推進協議会ハイフォン市人民委員会である。私が副理事長を務める日越経済交流センターも協力団体に加わっていることから、ここで開催を紹介する。「VNseminar.DOC」をダウンロード

 堺市といえば、本年4月1日から全国15番目の政令指定都市になり、大きな権限を市役所がもつことになった。大阪府から財源や権限も委譲され、より住民に密着した堺市独自の施策が可能となる。このような意味で、最初の外国投資セミナーの対象国がベトナムになったことは偶然ではないと思われる。

 17世紀の朱印船貿易の時代に堺とベトナムは交易で結ばれていた。ベトナム中部のホイアンはダナンから自動車で1時間ほどに位置しているが、当時そこに多数の日本人が住居していた。その中に堺の人々がいたことは間違いない。数年前であるが、堺市に居住されているご家族が、祖先の墓石を探しにベトナム訪問されたということを聞いた。残念ながら、そのご家族のお名前を失念してしまった。これは、当時の市会議員・加藤均さん(堺国際交流協会理事長)のご紹介であった。そのほかに現在はベトナム大使館の参事官のズオンさん(当時は大阪総領事館副総領事)と一緒に堺市助役を表敬訪問した。なお、堺市とベトナムの歴史的な関係は「堺歴史文化交流会議」によって紹介されている。

 写真は、ホイアンの郊外にある日本人の墓石である。江戸時代に鎖国となり、日本に帰国できなくなっDsc04108 た日本人が眠っている。そのように考えていたのだが、それは先入観であった。その墓石の石板には次のような解説がベトナム語と日本語で記されていた。それをそのまま引用する。

 ;写真をクリックすれば、より鮮明に拡大した画像が表示されます。

 「1647年、日本の貿易商人谷弥次郎兵衛(たにやじろべえ)ここに眠る。言い伝えによれば、彼は江戸幕府の外国貿易禁止令に従って日本に帰国する事になったが、彼はホイアンの恋人に会いたくてホイアンに戻ろうとして倒れた。この彼の墓は母国の方向、北東10度を向いている。この遺跡は17世紀にホイアンが商業港として繁栄していた当時、日本の貿易商人と当地の市民との関係が大変友好的であった事の証である。」

 この谷弥次郎兵衛が堺の出身であるかは不明である。しかし当時のホイアンにおける堺の人々が、彼と同じような友好的な環境にあったことは間違いない。この谷弥次郎兵衛は、日本よりもベトナムの恋人を優先する。日本を捨てて恋人の元に寄り添って暮らすことを選択する。これは、当時の日本の生活が辛い状況であったことにも起因しているように思う。ストレスの高い仕事や煩わしい人間関係を脱出して、ベトナムで恋人と自由に暮らすという「夢」は現代人にも通用する気持ちである。谷弥次郎兵衛の墓石は日本を向いているのだが、それは「望郷の念」を後世の人々が推測しただけであって、本当に彼は日本に帰りたかったのであろうか。

 堺市には羽衣国際大学があり、前述の加藤均さんの仲介でダナン大学と姉妹提携している。ベトナムとの交流に現在も熱心な大学である。このように堺市とベトナムは深く幅広い関係を作り上げてきた。そして今回は、野村ハイフォン工業団地を中核にした港湾工業都市ハイフォンの投資セミナーが開催される。

 このセミナーを契機にして、これまでの堺とベトナムの友好交流関係に加えて、経済協力関係のますます発展が期待される。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書の送付状 | 2014年7月20日 (日) 09時28分

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