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2006年4月28日 (金)

大学経営の反省と教訓

 今年の黄金週間が始まった。5月1日と2日を休みにして、9連休の職場もあるらしい。私の場合、5月2日に講義があるので、本来ならベトナム出張したいのだが、そういうわけにもいかない。大学の「古き良き時代」には、こういう日は休講して、別の日に補講すればよかったのだが、最近では休講それ自体が教員給与のマイナス査定になる。受験生の減少期を迎えて、大学も「大変な時代」を迎えている。

 私が大学に勤務して20周年を迎えようとしている。流通科学大学の1988年創設と同時に助教授として就任した。この年に子どもが生まれて、今は高校3年生になっている。この当時から、まさに現在注目されている少子高齢化受験生減少が指摘されていた。しかし、その当時は受験生の当面の増加に対応するために臨時定員増といった対応を大学は迫られた。この定員増は臨時であるから、それを恒常的にするために学部増設が行われた。受験生減少という問題は、遠い先の話としてだれも関心をもたなかったが、それが今は最重要の課題となっている。

 先日の私の講義で、企業の永続的な存続のためには、企業間競争のための短期的な戦略と同時に、社会経済構造の大きな変化に対する長期的な戦略が重要であると学生に話した。すでにブログで紹介したミズノ株式会社・北野さんの講義に対する「まとめ講義」(学生の理解を助けるための補足・解説およびレポート返却を目的とした講義)における内容である。「通常の企業は短期戦略に傾注しがちであるが、それと同時に長期戦略を着実に遂行する企業が永続的に存続できる」という命題である。

 このような観点から、大学経営を顧みれば、受験生減少という長期的な変化が事前にわかっていたにもかかわらず、短期的な受験生の増加に目を奪われて、それに対応できていなかったことが反省点である。今の大学経営の危機と呼ばれる状況に教員が不満を言うとすれば、「それは逆境ではなく、まさに自業自得」なのである(本ブログの映画「逆境ナイン」を参照)。ただし正確に言えば、教育・研究労働者にすぎない教員の責任よりも、大学経営者の責任がより重大である。

 受験生減少に配慮した戦略を当時から考えるとすれば、入学偏差値の高い少数精鋭のエリート大学を目標にすることが選択肢としてあった。受験生減少は日本人学生についての問題にすぎないから、受験生を増加させるためには、英語で教育するコースを当時から設定して留学生を増やすことも早期に準備するべきであった。これ以外にも今から思えば、さまざまな反省ができるが、それらは今から急に対処できないことばかりである。

 歴史の逆行は不可能である。しかし反省には意味がある。少なくとも他国の高等教育機関の経営に対する教訓にはなる。そのためにも、こういった反省について包括的・体系的な記録が残されてもよいと思われる。それぞれの大学における反省点だけでなく、文部科学省の教育行政の問題点もまた抽出・集約されるべきである。

 私にできることは当面、学生のための今後の経営教育に大学での私自身の見聞や体験を活用することであると考えている。

 たとえば少子高齢化、地球環境や資源問題、財政赤字や公共投資の問題など、その問題が顕在化した時には、いずれも急に対応できなことばかりである。これは、大学での受験生減少と状況は同じである。

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