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2006年3月 9日 (木)

インド流「継続学習」の必要性

 バンガロールでインド科学研究院(Indian Institute of Science)を訪問した時、「継続教育センター」(Centre for Continuing Education)の担当者から説明を受けた。いわゆる「生涯学習」のための教育機関がインドにも設立されている。同センターの小冊子には次のように書かれている。

 「科学技術の急速な発展によって、専門教育が単一分野の延長に限定されるのではなく、むしろ全キャリア(職歴)に渡って継続されることが不可欠になっている。必要なことは、生産活動に従事する間の仕事と教育の統合である。それは、新しい需要に対処するのに役立つ。------継続教育(CE)は、専門の特化された知識を刺激・更新するだけでなく、それに関連分野の知識も拡大する」(Information Brochure:CCE, August, 2006, p.1, )。

 「中国+ワン」としてインドを考えると、インドは発展途上国という印象をもってしまうが、これは先入観に基づく誤解であった。インドは核保有国であるし、複数のノーベル賞受賞者を輩出している民主国家である。近年注目されるIT産業の発展の基盤として教育を重視する社会風土がある。このような背景があってこそ、上記の継続教育(CE)が強調されていると考えられる。

 現在、就職活動をしている新4回生にとっても、また卒業生にとっても、生涯学習(インド流・継続学習)は不可欠である。その理由は、まさに上述の通りである。さらに理由を考えれば、あまり最近は見かけないが、かつては色紙などによく書かれた言葉、「知は力」および「継続は力」である。

 この場合の「力=チカラ」とは、様々な意味があるが、その中のひとつは「お金」であろう。一般より以上の知識があれば、それが「お金」になるし、継続した経験・体験を通した一般より以上の熟練は、それも「お金」になる。この両方を統合して、「継続した知識の学習」は「お金」になる。これこそ最初に指摘した「継続教育」が、自分の職歴を通して必要な理由である。

 ここで「お金」というと抵抗感をもつ人もいるだろう。勉強・学習は「お金」のためではなく、生き甲斐・自己研鑽・教養のためにするという見解がある。勉強・学習それ自体が目的である。確かにそういう考え方があってもよい。しかし、いくら知識を学んでも、それだけなら自己も社会も生活も変化しない。その知識に基づいた行動・実行が伴ってこそ、学ぶことに意義がある。これが「実学」である。学んだことを実行する。何のために? お金、自己変革、社会変革などその目的は様々である。

 世の中には「知らないで損する」ことが多い。まさに「知は力」である。さらに知識が陳腐化しないために「継続学習」が必要である。そのことで「知は力」であり続ける。

 

 

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