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2006年2月 5日 (日)

マティスの金魚

 大阪市の国立国際美術館で4月2日まで開催中の「プーシキン美術館展」に家族で行ってきた。内容は「モネ・ルノワール・ゴーギャン・マティス・ピカソ---フランス印象派・近代絵画コレクション」である。参照:国立国際美術館 http://www.nmao.go.jp/

 主要な展示物は、縫製業で富豪になったロシア人2人の蒐集した美術品である。マティスやモネ、無名だったピカソといった画家の作品を買い取り、それらは当初個人で鑑賞されていたようだが、ロシア革命後は国有化され、現在はプーシキン博物館とエルミタージュ美術館で公開されている。昨年に岡山県倉敷市の大原美術館に行ったが、やはり大原孫三郎とそのご子息が私財で購入した作品が展示されている。このようにお金持ちの篤志家・愛好家が若い芸術家を支えてきたことは内外に共通している。

 ホリエモン事件の時に「お金の使い方」の問題を指摘した。どのようにお金を使うかで、そのお金の性質と同時に人間性も明らかになるのではないか。余分なお金で豪遊したり、贅沢したりするというのはだれでも考える。そうでない使い方は何か。お金のない今のうちに考えるのが楽しいのかもしれない。

 今回の展示会における目玉となる作品のひとつは、マティスの「金魚」であった。斬新な色彩は目を見張るのであるが、素人目には幼稚園児か小学生の絵ではないかと思ってしまう。この解釈は、時代背景を考える必要があるのではないか。今でも、その色遣いに驚いてしまうのだから、この作品が発表された1912年は、より以上に驚嘆の評価があったに違いない。ちょうど1917年がロシア革命であるから、この作品当時のヨーロッパは政治的に激動の時代である。このような中で鮮烈な色彩は、まさに革命の赤旗を連想させる印象を与える作品であったのかもしれない。

 作品それ自体は普遍的であるが、そこには歴史が埋め込まれている。「金魚」を見て、このようなことを改めて考えた。

 この「プーシキン美術館展」のほかに、国立国際美術館の常設展示がある。その中で興味深かったのは作品というよりも作家についてである。1997年と2002年の作品が並列に展示されていたが、両方とも同じ作品のように思われた。この5年間に作家は何をしていたのだろうか。この間の生活はどうなっていたのか。

 作品を通して作家を考える。このような楽しみを感じさせてくれるのも美術館の楽しみである。同様に筆者も経験があるが、論文のテーマや内容が研究者の研究歴の中で変化することがある。その理由を説明する人もいるし、そうでない人もいる。その変化は、どのような理由であるか。また、数年間に渡って論文発表しない研究者がいる。その間、この人は何をしていたのか。

 芸術家も研究者も、その作品や論文から人間や人間性を考えさせる点で共通している。しかし最近、このように論文を読み込むことが、多忙のために少なくなったように思う。ここでも改めて、日常の反省をすることができた。

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