« 振り出しに戻る:ホーチミン到着 | トップページ | ホーチミン市での休日 »

2006年1月 6日 (金)

失敗事例の研究:ホーチミン市

 朝からJUKI佐藤社長を訪問し、次に日本センターの伊坂所長、鋳造業の服部社長、三洋電機の片岡会長に電話インタビュー。その後にタンソンニャット空港でベトナム航空の佐藤さんご家族、奈良県立医科大学整形外科高倉教授ご夫妻をお迎えしました。夜は、マーケティング大学のクエ学長と面会することになっています。今日も、かなり多忙です。こういう状況下では、必ず何か失敗するのが私の特徴ですが、やはり失敗しました。

 空港には貸切タクシーで行ったのですが、高倉教授夫妻の迎車があるので、貸切タクシーをキャンセルしました。そこで私の荷物をタクシーの中に忘れました。ホーチミン市では、これまでに携帯電話を盗まれたことと、財布をタクシーに忘れたことがあります。

 携帯電話は公安に届けませんでしたが、自分の携帯電話に電話すると相手が出ましたから、「返してよ」と言いましたが、無言のままでした(当然です)。また財布は戻ってきませんでした。この時は、留学先のハノイからホーチミン市に出張で来ていましたから、財布がなくて宿泊費などが払えなくなりました。まず財布の中のクレジットカードの無効手続きをしました。さらに親しくしていただいていた電気商事の今村所長(当時)からお金を借りて、何とかハノイまで帰ることができました。今村さんはすでに退職されましたが、今でも感謝しております。

 ベトナム訪問は1994年の初訪問以来、すでに50回を超えていますが、その間にいろいろなことがありました。一人での緊張感を維持しながらの行動では、あまり失敗はないのですが、友人や知人と一緒の場合、またアルコールを飲み過ぎた場合、注意力が散漫になって失敗するようです。いつも通訳をしてくれるミーオアインさんは「先生も年ですね」と率直に言われるので「その通り」と答えています。

 今回の忘れた荷物は貴重品ではなく、運転手からサイン入りの領収書をもらっており、さらにそのタクシー会社は緑色がシンボルカラーのME LINHタクシーです。同社は、しっかりした社内管理に定評があるそうです。確かに本社ビルでの遺失物の対応者は親切でした。このような状況では、かなりの高い確率で忘れ物は返却されると思っています。本当にそうなるかどうか?これも実践的な事例研究です。

 日本の外務省の「海外危険情報」によれば、ベトナムでは鳥インフルエンザではなく、ハノイで銃を使った強盗事件の発生が注意と言うことです。これまでナイフによる外国人殺人事件は聞いたことがありますが、銃器の殺人事件は初めてです。銃の事件に対する対応として、銃声を聞いたら、速やかにその場所から立ち去る。路地裏などに入り込まない。深夜の外出は避けるという指示がありました。外国での危機管理は自己責任です。帰国まで数日となりましたが、気を引き締めたいと思います。

 せっかく振り出しのホーチミン市に戻りましたから、しばらくここで休養と準備をして、再びプノンペンに出発しようというのが正直な気持ちです。しかし10日には講義がありますし、ゼミ学生が待っています。ベトナム・ラオス・カンボジアの人材育成に私は貢献したいと思っていますが、それよりも前に日本人大学生の人材育成が最優先です。特にベトナム人学生や研修生の眼の輝きを想起すれば、日本の将来に懸念を覚えることもあります。

 しかしながら、日本には資産蓄積があります。その資産は金銭的だけでなく、知的なものが含まれます。これらの資産の有効活用をすれば、日本の将来は、たとえ人口減少と言えども、懸念することはないでしょう。この場合の知的資産の活用に必要なことは、勉強しようとする意欲や心構え、そうでなくても、何かを知ろうとする好奇心。言い代えれば、理解できないことを理解できないと質問する少しばかりの勇気です。

 少しの勇気があれば、何でも勉強できる日本人学生は幸福だと思います。勉強したい意欲があっても、その資金や施設が十分でないベトナム・ラオス・カンボジアの学生の状況を、もっともっとゼミ学生には知ってもらいたいと思います。

|

« 振り出しに戻る:ホーチミン到着 | トップページ | ホーチミン市での休日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/7888/259573

この記事へのトラックバック一覧です: 失敗事例の研究:ホーチミン市:

« 振り出しに戻る:ホーチミン到着 | トップページ | ホーチミン市での休日 »