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2006年1月 9日 (月)

キングコングを考える

 ベトナム訪問中に、日本でも公開している「キングコング」がハノイでもホーチミン市でも映画館で公開していた。これを見に行こうと思っていたのだが、ベトナム風の吹き替えがあるのはイメージに合わないし、上映時間が3時間と聞いていたのに、ベトナムでは2時間ほどにカットされていたようなので、見るのはやめにした。

 ここで上記の文章に「注」を付けておくと、「ベトナム風の吹き替え」とは、ベトナム人女性一人が英語のセリフの上にベトナム語のセリフをかぶせるのである。かつての日本の無声映画のような印象を受けるのだが、無声映画はセリフのみならず解説も含まれていたと思う。これに対してベトナムは、あくまでもセリフの吹き替えである。なお、民族学博物館の樫永先生夫人によると、ベトナムの洋画の中には、日本と同様にベトナム語字幕版もあるということである。

 さて私の知っている「キングコング」は白黒映画で、かつて小学生の頃にTV放映されていた。現在はビデオをもっている。その後に日本では「キングコング対ゴジラ」が公開された。当時の映画パンフレットは今でも「お宝」として保有している。その後にリメイクされたカラー判「キングコング」では、最後にコングが最新ジェット戦闘機と戦い、それが残酷だという批判が強かったように思う。このように書いているとキングコングと私は、長い付き合いがある。

 最新作「キングコング」をぜひ見に行きたいのだが、予想される最後のコングの可哀想なシーンは見るのが辛い。このことが、少しばかり映画館に行くのを躊躇させている。もちろん最新SFXの特撮技術は必見だと思うのだが---。キングコングと同様に悲しい離別や死別が最後のシーンと言えば、私の所有DVDに限っても、思いつくだけ「オペラ座の怪人」・「ブラザーフット」・「グラディエーター」・「スパルタカス」などがある。

 人間は必ず死に直面しなければならない。こういった映画の共通点は、そのことを私達に想起させてくれることである。人生最後の時まで今の瞬間を大切に生きる。映画の中の主人公は、まさにそういう生き方をしている。しかも大活躍である。私たちは、それに感動する。それを通して自分の一生を考えることができる。

 私自身はどうするのか、どう生きるのか、どう生きてきたのか。こういう問題意識をもってエンタテイメントとして映画を楽しむ。ぜひ「キングコング」の生き方を見に行きたいと思う。

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