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2006年1月31日 (火)

『ナニワ金融道』の先駆性

 フジテレビ『ナニワ金融道』のDVD全集6巻が、この1月末に発売された。中居正広・小林薫・緒方拳の主演で、毎年お正月にTV放映されていたが、今年は放送されなかったので、TVシリーズは終了ということであろう。私は、このDVD全集を楽天市場で初回限定盤を予約していたので、(株)帝國金融のティッシュなどの付録がついて宅配便で送られてきた。

 なぜ『ナニワ金融道』かと言えば、原作者の故・青木雄二氏を流通科学大学に筆者が招聘したのである。担当科目「企業論」の特別ゲスト講師としてである。その時の青木氏と筆者とのツーショットの写真も額縁に入れて書斎に飾ってある。もちろん、その前に漫画本全巻を読破した。

 このDVDの第1巻がすごい。シリーズ映画(TV番組)には、筆者の見た限りで言えば、『スターウォーズ』・『バッドマン』・『ロードオブザリング』・『ハリーポッター』、少し古くなると『インディージョーンズ』・『ロッキー』・『OO7』・『猿の惑星』、日本映画では『陸軍中野学校』・『座頭市』・『戦争と人間』・『人間の条件』・『必殺仕置人』・『古畑任三郎』・『踊る大捜査線』などがある。これらのシリーズに共通して、やはり第1作が最高ではないか。そうでなければ、第2作以降の制作が困難になっていたはずである。

 さて『ナニワ金融道』第1巻の何がすごいかと言えば、この作品が、大阪市をモデルにしていると推測される「官官接待」などの不正支出を暴露していることである。現在、大阪市の改革が進行中であるが、そういった公務員の無駄遣いの問題点を一般人にわかりやすく先駆的に告発している。バブル経済時代とその崩壊以降の金銭感覚の麻痺状態の中で、『ナニワ金融道』は「カネ」の本質を的確に描写した。また「カネ」に絡む人間の悲喜劇が詳細にリアルに表現されている。

 ホリエモン事件は、まさに「カネ」の悲喜劇である。青木雄二氏が存命なら、どのようなコメントを述べたであろうか。資本主義である限り、ホリエモン事件の再来は不可避と言えるのかもしれない。

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2006年1月30日 (月)

ベトナムの賭け事:株式投機の可能性

 ハノイ情報によれば、サッカー賭博でベトナム政府幹部が逮捕されたそうである。この掛け金に道路整備のためのODA資金も流用されていたというから、おそらく大問題に発展すると予想される。このような問題の背景のひとつには、ベトナムで賭け事が日常に行われていることがある。

 それ以外の汚職事件の背景として、また公務員の給料が安いということは以前から指摘されてきた。さらに特にハノイでは権力=利権という考えがあり、その特権意識が汚職を助長したと説明できるかもしれない。

 さて筆者の経験でも、1998年の留学当時に宿泊ホテルの従業員から「ターラー」というベトナム特有のトランプゲームを教えてもらった。昼間から男性が街角でトランプしていると、おそらくこのゲームである。日本で言えば、セブン=ブリッジに似ている。相手のカードを取るときに「アン(食べる)」と声をかけたりして、リズム感のあるスピーディなゲームである。これには、だいたいお金をかけることが一般的である。

 今回のサッカー賭博の存在は、以前から指摘されていた。深夜まで欧州フットボール(サッカー)試合やワールドカップをTVで見ていて、若者達が騒いでいるのを頻繁に経験した。サッカーの国際試合の終了後、若者達がバイクで街中を走り回る。日本の阪神タイガーズのファン騒動に匹敵する?騒動である。

Dsc03156  最初は、ベトナムには娯楽が少ないから、サッカーに熱中するのもしかたがないと理解するのだが、実は、サッカー試合に掛け金が動いているということが自然に耳に入る。また昨年、地方のリゾートを訪問したが、「闘鶏」の試合をしていた。ニワトリを戦わせて、どちらが勝つのか賭ける。朝8時頃であったが、50名以上の男性が闘鶏場に集まって、熱心に声援を送っていた。写真を参照。

 ベトナムにおいても非合法な賭け事ではなく、日本のような「公営ギャンブル」事業を整備して、政府財政に貢献するようにすることが最善の策ではないか。すでにサムソンでは外国人向けカジノがあるし、合法的に宝くじ販売が行われている。人間の射幸心は普遍的であり、自己責任に属することであるから、しっかりとした管理された賭け事を検討する時期にベトナムは来ているのかもしれない。

 このような意味で、ベトナム株式市場の発展シナリオを政府は十分に検討ていると思われる。流通市場の上下5%の値幅制限がある。流通市場の加熱で株式市場が「マネーゲーム」にならないような配慮である。株式投資は長期投資とみなすべきであり、経済成長・企業成長に応じて、1株当たりの資産価値が上昇し、それに応じて株価が上昇する。それと同時に、そのような予想や期待に基づいて株価がさらに上昇する。これらの過程を経て健全な株式市場が育成されていく。「マネーゲーム」は最初からその目的で「公営ギャンブル」でやってもらいたい。ホリエモン逮捕という日本の教訓として、ベトナム政府に検討してもらいたいことである。

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2006年1月29日 (日)

キングコングを見た

 昨日、母の葬儀を済ませた。葬儀として反省や後悔があるが、ここでは紹介しない。あまりにも私的なことだからである。

 今日、現在公開中の映画「キングコング」を見に行った。この映画については、ベトナムでも公開中であることを本ブログで紹介した。やっと時間ができて、映画館に足を運ぶことができた。以下、簡単な印象を順不同で述べる。

 1.大恐慌中1933年のニューヨークの描写がよい。当時のブロードウェイ・タイムズスクエアの様子が再現されている。クライマックスでは、路面電車や陸橋電車が当時走っていることがわかった。現在のニューヨークを知る人にとって、これは魅力である。

 2.キングコングの表情がよい。また、おそらくセントラルパークだと思われる氷上でのヒロイン・ナオミ=ワッツとのデートシーンは、おそらく映画史に残る感動である。映画「ロッキー」でのスケートリングのシーンを彷彿させる。同様に夕焼けと朝焼けを前にしたデートも忘れることができない。これらのことから、本作品が愛の物語であることを実感させる。さらにキングコングとナオミ=ワッツと脚本家の愛の三角関係の物語である。初代キングコングよりも、このような情感を十分に感じさせてくれる。

 3.上映時間が3時間を超えることを感じさせない。登場人物を詳細に描写するには、これだけの時間は最低必要であると思われた。主人公の1人である野心家で話のうまい映画プロデューサーは、現代日本のホリエモンを連想させたが、そうするとキングコングはライブドアか、または現代企業そのものか。経営者次第で企業はキングコングにも変身するのである。

 4.巨大なムカデなど節足動物や昆虫に生理的に嫌悪を感じながら、しっかりと感情移入してしまった。これは本当に気持ち悪い。なお恐竜の登場や追跡は、まさに映画「ジェラシックパーク」を連想させた。もっと斬新な映像を見せてほしかった。

 5.このヒロインは非現実的かもしれない。キングコングの手中で激しく振り回されると、普通なら「むち打ち症」である。キングコングの前で彼女はダンスを踊るのだが、その度胸も尋常でない。初代キングコングのヒロインは気がつけば悲鳴を上げていたように記憶している。これほど肉体的・精神的に頑強な女性が本当に存在しているのだろうか。他方、このヒロインの純粋性・素直性が魅力である。キングコングと心を通わす唯一の人間として、キングコングの目線に対応するヒロインの目線も強調されている。このようにナオミ=ワッツは好演である。

 6.伝統的なアクション(活劇)手順を踏襲している。危機が迫る時、間一髪で救援のヒーローとして船長が登場する。この船長は「おいしい役」である。キングコングと脚本家が愛に迷っている中で、船長としての仕事に徹する最も男性的な人物として描かれている。料理の中でのワサビのような役割である。

 7.キングコングが生活していたドクロ島原住民の描写は理解できない。映画「地獄の黙示録」におけるカンボジア原住民の描写が人種的偏見を交えていたように、このドクロ島原住民の場合もひどい。ドクロ島政府が実在するとすれば、この作品の偏見に抗議を表明するであろう。

 8.確かオラウータンかゴリラと女性研究者の心の交流を描いた映画があった。このキングコングを見て、それを想起した。以上のように、このキングコングを見て、いくつかの映画を連想した。このことは、本作品が、それ以前の映画から影響を受けていると言うよりも、初代キングコング映画が、その後の映画に影響を与えたと考えるべきであろう。

 以上、映画「キングコング」。映画鑑賞料より以上の必見の価値がある。感動必至。ご意見をお聞かせください。

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2006年1月28日 (土)

大学の差別化戦略

 1月28日と29日は、勤務先の流通科学大学の入学試験である。その後、昔の言葉で言えば「特待生」のための試験が2月9日と10日にある。この特待生になれば、奨学金として年間100万円または50万円が給付される。筆者は他大学の入学試験制度に詳しくないが、このような給付制度は普通に多数の大学で行われている。

 少子化が進行している状況下で大学間の競争が激化している。この競争手段として、上記のような奨学金給付や授業料減免という金銭的な誘因で受験生を増やそうとすることは当然である。しかし企業競争においては、このような「価格競争」は競争企業間の「共倒れ」もしくは「体力勝負」ということになる。一般の競争戦略では、このような競争状態を回避するために、個々の企業が自社の特徴を顧客に訴求する「差別化戦略」の採用が主張される。

 それでは、大学の差別化戦略は何かということである。伝統・実績・歴史は有力な差別化要因であるが、それだけに依存して、大学それ自体が面白くなければ、受験生にとって不幸である。自由な時間を過ごすことができる大学生活は、長い人生にとって貴重である。その自由な時間を有意義に面白く過ごせる大学は絶対にお勧めである。このような大学時代を送った学生は、その体験を通して、社会人としての重要な事柄を何か学んでいるはずである。その結果として就職も有利になる。

 大学生は授業料を払って「自由な時間」を購入している。これは、どのような大学にも共通している。大学の競争市場は、授業料そのものではなくて、その次の「自由な時間」の使い方なのである。大学は「自由な時間」を販売している。この時間が楽しく有意義ならば、より高額の授業料を払っても受験生は来るはずである。

 そうは言うものの受験生は、自らが購入した「自由な時間」の使い方を入学当初は知らない。ここで丁寧に使い方を指導することが重要になってくる。ただし、かつてのように「勉強は大事だ」というだけでは指導にならない。「自由な時間」という商品の使い方を顧客に応じて、丁寧に「提案」するのである。本当に顧客=学生の立場で考えれば、場合によっては転学や進路変更という結論になってもよい。

 以上、これからの大学は、顧客=学生の多様な要望に対する「ソリューション(問題解決)ビジネス」と考えられる。これを可能にするためには、昔から指摘されているような「木目の細かい指導」というのではない。これは、あたかも店舗にフラッと入って商品を自分で探しているのに、すぐに店員が近づいてきて「これがお勧め」と言われるようなものである。これは、うっとうしい。今の言葉で言えば、ウザイ。こういう店での買い物はしたくない。

 常に学生に注目し、さりげなく要望を聞き、さりげなく的確な提案をする。その商品の購入(自分のやりたいことを見つけた)後も、アフターサービス(助言や相談)は当然であり、場合によっては返品(コース変更)もできるし、場合によっては競争相手の店舗(他大学や専門学校)も紹介する。学生の立場に立って、学生のための提案・指導体制が整備されている大学が、現在の学生にとって魅力ある大学ではないか。

 このような大学であるための重要点は、会社経営と同じである。顧客と直接に接する社員の質を高めることである。大学の教員と職員がどのような人間であるか。これが重要である。顧客にとって、お店の内装や品揃えも重要であるが、商品購入を決める要点は従業員の人間的な魅力であろう。これからの大学にとって、わたしたち教員の個人個人の責任は重い。これが大学の差別化戦略の基礎であると思う。

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2006年1月27日 (金)

葬儀の意義を考える

 今、母の葬儀の準備をしている。今日が通夜、明日が葬儀である。基本方針として、参列者は親族と母を直接知っている人々に限定した。筆者の関係で言えば、勤務先の流通科学大学や地元の箕面船場ライオンズクラブから、葬儀参列についてご丁寧な問い合わせを頂戴したが、お断りすることにした。

 母のための葬儀と思っての判断であったが、もはや本人はこの世に不在である。「ご列席いただければ、母も喜ぶと思います」と言って、母の住所録を見ながら何人かの方々に電話をさしあげたが、遺体が喜ぶはずはない。

 一般によく言われるように、故人の生前における人間関係の「節目」もしくは「区切り」として、やはり葬儀は必要に思う。任意に常時会える人間が、2度と会えない人間に変化するのだから、その人間を取り巻く人間関係も変化する。この変化を各人が意識するための通過儀式として葬儀は意味があるのだろう。

 言い換えれば、ネットワークを構成する点が1つ消滅すれば、その位置に依存して影響はネットワーク全体に及ぶこともある。このネットワークの構造変換を明確に認識するために、何かの儀式が必要なのである。これが葬儀の意義と言えるのかもしれない。このような意義は、いわゆる「弔問外交」と言われるような葬儀にも当てはまる。故人が不在になった後のネットワーク再構築が目的である。

 昨年11月に流通科学大学学園長であった中内功氏の「学園葬」があった。その後の12月に日本チェーンストア協会などが主催する「お別れ会」が東京で開催された。葬儀は親族の方々で行われたのであるが、それだけでは中内さんを知る周囲の人々が落ち着かない。何かの儀式がないと、故人不在の状況を共有して認識できない。

 高齢化社会を迎えて「葬儀ビジネス」は有望な事業ではないかと思われる。サービス業の原点として「顧客の立場に立った葬儀」が理想だと思うのだが、葬儀は顧客自身が慣れていないので、どうしてよいかわからないのが現実である。顧客の立場が定まらないから、結局は業者の立場に主導される。今から自分の葬儀については遺言しておきたい。「故人の遺志」として「顧客の立場」を明確化しておきたいと思う。

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2006年1月26日 (木)

ホリエモン逮捕:学生のコメント

 本日、筆者が担当している講義の期末試験を2つの大学で実施した。科目名は、神戸市外国語大学で「企業経営特殊講義Ⅱ」、本務校の流通科学大学で「企業論」である。

 この共通問題として「ライブドア前社長・堀江貴文(ホリエモン)氏の逮捕についてコメントしてください」と出題した。こういう問題に正解はないから、いわば得点を与えるためのサービス問題の意味がある。合計73名の解答の中で、以下で興味深いコメントを抜粋し、それをコメントする。

 「人生お金だけではないと思います」⇒これはベトナム人がよく言うセリフである。お金は大事だけど、もっと大事なものがある。建国の父であるホーチミンは「自由と独立ほど尊いものはない」という有名な宣言をした。他方、某女優は「よーく考えよう。お金は大事だよ」とTVで宣伝していた。しかし彼女の本音は「愛と男が大事だよ」というのかもしれない。人間にとって大切なのは、お金だけでないことは確かである。では何が大事か。

 「もうホリエモンがTVで見られないのは残念です」⇒最初はホリエモンがTVを自社PRのために利用していたのだろうが、その後はTVがホリエモンを利用したように感じる。マスコミは多くの場合、大衆に迎合するから、逮捕の前と後のホリエモン評価の乱高下が激しい。不祥事が発覚した多くのタレントも、しばらくしてTVに復帰している。政治家もそうである。このように考えれば、ホリエモンのTV復帰もありうると思う。このようなマスコミ=TVの現状が今のままでよいのか。

 「人間として最低であると思う」⇒厳しい批判。大学生だからしかたがないと思うが、ホリエモンよりも最低の人は、もっともっといる。では最低の判断基準は何か。ここから議論・定義しなければならない。そうすれば「人間として最高」も理解できる。ここでも、人間や人生にとってお金がすべてでないことは確かである。

 「自己中心的な人なので批判もされていたが、個人的には尊敬していた。逮捕はショックだった」⇒ホリエモンがもつチャレンジ精神や向上心は、多くの共感を引き起こしても不思議でない。「時価総額世界一」という大きな目標には従業員・株主のみならず、ホリエモン自身が酔っていたのではないか。酔っぱらいは、道を踏み外すこともある。先日のブログで筆者は、藤綱久二郎とホリエモンを比較したが、ホリエモンは政権与党からの応援を受けて国会議員になる野望ももっていた。この意味で、けっして彼は反体制の人間ではなかった。体制側になりたかった人物である。天下の三菱グループ企業全体を敵に回す勇気と覚悟をもった藤綱とは、既存の体制もしくは権力に対する態度・覚悟が異なっているように思われる。ここでも人間の生き方が問われている。

 「CSR(企業の社会的責任)に対する意識が欠けていたのではないか」⇒筆者の講義における模範解答である。今日の日本企業はCSRを強調し、少なからぬ企業ではCRS事業の専門部署をもっている。しかしCRSは直接的・短期的に利益向上に貢献しないので、その推進には抵抗も大きい。この現状を改善するためには、国民の意識向上が不可欠である。CSRにより熱心な企業について、その商品がよく売れる、就職の人気が高い、同業他社に比較して株価が高い、より高い社会的評価およびブランド価値がある。このような社会風土をもつ国に日本が変われば、CSRは促進され、それが世界からも尊敬されるであろう。それにしてもホリエモンはCSRについて、どのように考えていたのであろうか。最低限のCSRは、企業のコンプライアンス(法令遵守)である。

 以上、学生の答案の一部を紹介した。試験は一時的・通過的なものであるが、上記のような議論の論点は、われわれが持続的・恒常的に考えなければならないことである。

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母の死去

 1月25日(水)午後10時35分に母(テル)が、享年81歳で他界した。

 2年近い入院の後に、あれほど帰りたかった自宅に母はようやく戻ってきた。8年前の父の死去の時には感じなかったが、兄弟姉妹のいない私にとって、日常では特に会いたいとは思わなかった母ではあるが、その死は精神的に辛いものがある。一昨日と昨日に病室で「ありがとう」と自然に口に出たが、その時に、わずかにうなずいてくれたのが最後の別れであった。

 母とは、北海道を始めとした国内旅行や、台湾・ハワイ・ニューヨーク・ロサンゼルス・サンフランシスコ・オーストラリア・韓国などの海外旅行を一緒にした。これが親孝行かどうかは定かでないが、内心で喜んでくれていたのではないかと思う。当然のことながら、思い出は尽きないが、過去を振り返るよりも、「ネアカのびのびへこたれず」である。明日のことを考えたいと思う。

 このような意味で、今年を私にとって新しい挑戦の年にしたい。

 

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2006年1月25日 (水)

ホリエモン逮捕をめぐって

 堀江貴文(ホリエモン)氏が逮捕された。ホリエモンについては、私が担当する「企業論」の講義でも昨年に取り上げた。「株式所有に基づく企業支配」という問題に関する具体的な事例としてである。ホリエモンが「株主のことを考えて経営している」と言うなら、なぜ自家用飛行機が必要なのか、なぜ衆議院選挙に立候補しなければならないのか。結局、株主数は多数でも、大株主はホリエモンなのだから、ライブドアは所有者支配=創業者支配の会社である。株主のための経営というのは、多数の個人少数株主のためではなく、要するに自分のための経営なのである。

 かつて1952年に三菱地所の前身である陽和不動産の株式が、藤綱久二郎という相場師によって買い占められた。その株式を高値で買い戻した三菱グループでは、その後、こういった経営権を脅かすような買い占めが2度と起こらないように、グループ内企業が株式を相互に持ち合って安定株主となった。この事件は、いわゆる「株式の持ち合い」が始まった契機となった。

 このときの株式売買益による藤綱氏の豪遊ぶりは兜町で有名であった。高級外車を乗り回し、芸者の背中にお札(千円札?)をペタペタと張って遊んだ。1953年に当時のソ連首相スターリン重体説が流れると軍需関連株から始まって株価は大暴落した。買い占めを進めていた渋沢倉庫の株式で大損した藤綱氏は、寂しく兜町を去っていったと言われている。(以上、NHKテレビ解説より。)

 ひとりの相場師であった藤綱氏が、日本を代表する三菱グループ全体を敵に回す買い占めをし、それが株式市場の日本的特徴となった「株式持ち合い」の発端となった。このような巨大な組織に戦いを挑む藤綱氏に対して、当時の庶民感覚はどのようなものであったのだろうか。私見では、現代のホリエモンに対してと同様に、喝采を送った人も多かったのではないか。しかしその末路は哀れなものであった。

 果たして今回のホリエモン事件は、どのような結末になるのであろうか。また、どのような社会的影響を後世に残すのであろうか。

 ただここで指摘しておきたいことは、藤綱氏もホリエモンも共通して「豪遊」を好むということである。両者のお金の派手な使い方を見ていると、コツコツと努力して貯めたお金でないことは明らかである。お金を貯めることも大事だが、そのお金をどのように使うのかも同様に重要である。その人間性が表現される。お金の多寡はともかく、その使い方を考えてみる価値はある。この意味で、学生時代のアルバイトで貯めたお金を何に使うか。そのお金の使い方で、その学生の人生観や金銭感覚の一端が理解できるかもしれない。

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2006年1月24日 (火)

ハノイのおせち料理

 1998年、ハノイに日本料理店「紀伊」が開業した。ハノイの日本料理店は当時は10店もなく、その新鮮な食材は即座に在留日本人の話題となった。通常は日本やバンコクから輸入した日本食材を使用するのだが、「紀伊」は、その日の朝にハイフォンで捕れた魚が料理された。この姿勢は現在も変わらず、多数の日本料理店が乱立しているハノイの中でも、日本料理店の筆頭としての地位を「紀伊」は維持している。

Dsc06438  写真は、今年の正月の「おせち料理」である。これに「お雑煮」が付いて10ドルである。この「紀伊」には、お正月に2回訪れた。最初は、日本語をベトナム人に無償で教えておられるハノイ在住の和津田撃夫さんと、その家主さん。その翌日は、写真下のようにベトナム人ご家族を招待した。

 Dsc06435 ご主人は写真右手真ん中のハウさん。彼は来日経験があり、拙宅にも泊まっていただいた。ハノイ工科大学を卒業後、国民経済大学でベトナムIT産業の研究で博士号の取得を目標とされている。1994年に初めてベトナムを訪問したとき、彼が訪問先を調整してくれた。それ以来10年以上の交際である。この初訪問は、流通科学大学主催「流通調査隊」の実行委員長としてであり、その総隊長は故・中内功氏であった。

 右手奥の息子さんはインド・バンガロールの大学に留学し、ITと英語を勉強し、昨年からハノイの台湾系IT会社に勤務されている。右手前はハウさんの奥様。アメリカ戦争時に知り合われた。この奥様の手料理は、ご自宅で何度も賞味させていただいた。そのこともあり、今度は私から食事をお誘いした。ハウさんを除いて、ご家族にとって日本料理は初体験である。

 お刺身の中に「ウニ」があった。ベトナムに「ウニ」は生息していないので、この説明が難しい。「日本では値段が高い」としか言いようがなかったが、まあまあの味という奥様の表情であった。日本料理の種類と味は多様であるから、今度は手料理をご馳走できればと思っている。

 お正月を日本の家族と過ごせなかったのは残念であったが、ベトナムの人々と一緒のおせち料理は心を和ませてくれた。

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2006年1月23日 (月)

写真で見るハノイ

 年末年始のベトナム訪問において、ハノイ近代化が急速に進んでいることに筆者は驚いた。ホアンキエム湖の周辺を歩いて、ごちゃごちゃした旧市街でお土産を買うという観光は、それなりに楽しいが、それだけでは、なかなか気がつかないことである。

Dsc06409

 写真2枚の最初は、2003年末にASEAN競技大会が開催され、そのために新しく建設されたスタジアム近くのアパート建設の現況である。その次の写真は、1万人規模の国際会議場の建設現場である。デザインは外国人設計家、資金はベトナム政府の出費である。本年11月にハノイで開催が予定されているAPEC国際会議に使用される。

 筆者は、1983年に初めて韓国・ソウルを訪問しDsc06411たが、このハノイの様子は、その時の汝矣島(ヨイド)を想起した。現在の汝矣島は国会議事堂があり、韓国証券取引所を中心とした金融証券街が形成され、その周辺には高級アパートが林立している。しかし当時は、大手の証券会社は明洞(ミョンドン)にあり、新しい証券取引所が建設中。そして見渡す限り平坦な土地が続き、所々に高層ビルが建設されているにすぎなかった。

 すでに当時、大韓生命ビル(63ビル)やLG(金星財閥)のツインビルが建設されていたかどうか正確な記憶はない。いすれにせよ今日のハノイから、20年以上も前のソウルの活気を感じることができた。

 今、ハノイの親しい日本人から贈られた2005~2020年までの「ハノイ都市計画図」が手元にある。この計画によれば、ホン川に架かる現在のタンロン橋・ロンビエン橋・チョンズオン橋に加えて、さらに6つの橋梁が建設される。キャノンや松下電器が入居しているタンロン工業団地(住友商事が建設)のほかに、タンロン北工業団地やドンアイン工業団地など現在のハノイ市周辺に数カ所の工業団地が配置される。さらに地盤の悪いハノイ市における地下鉄建設は困難と判断され、シンガポールのようなモノレール建設も予定されている。

 このようにハノイは、確実に近代化の道を歩んでいる。なおベトナム政府は経済発展とともに、近い将来ODAが削減されることは承知している。したがって今の間に、できるだけODA資金を効率的に活用することが意図されている。これらの計画に基づいて、外国資本の都市開発も加速されると予想される。

 ベトナムにとって最大のODA支援国である日本は、これらの発展計画に最大限の貢献をしている。さらに民間企業や国民レベルで、われわれは友好親善と交流促進の努力をさらに前進させなければならないと思われる。それが、ベトナムの経済成長とともに日本も経済成長する前提となるからである。

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2006年1月22日 (日)

外国人を信用するということ

 年末年始のベトナム訪問で、ホーチミン市在住の服部社長から、ビジネスで良好な関係をベトナム人と保持するためには、第1に、そのベトナム人家族と一緒に食事する、第2に、常に新しい仕事や情報や顧客を提供・紹介することが大切であると指摘された。

 これは、すべての国際ビジネスに通用することである。取引相手の信用度について日本では、信用調査会社に依頼したり、周囲の「噂」を聞いたり、お互い日本人ということで自らの「直感」で判断できたりする。しかしこれらは、外国人には通用しないと考えるべきである。

 非常に信用できるベトナム人がいたとしても、その妻または夫が「派手好き」とか「遊び好き」というのでは、彼または彼女に大金を預けるのは要注意である。これは日本でも同様である。日本では仕事と家族を区別する場合も多いが、外国では積極的にパートナーの家族とつきあうべきである。私の経験でも、ベトナム人の家を訪問して、子ども達との幸せな家庭の雰囲気が感じられたとき、そのベトナム人が不正を働いて家族と逃亡するというような状況は想像できない。

 また日本人ビジネスパーソンの場合でも、一緒に家族で食事して、意外に奥さんが「派手好き」であったり、逆に「地味」であったりする。派手好きの奥さんをもった夫が、すべて不正をするとは通常は考えられないが、ビジネスの重大局面において相手を信用するかしないかという場合は、そういうことも念頭に入れておくことも必要であると思う。

 外国人とのビジネスのパーティーで、夫婦一緒という場合も多い。また自宅でパーティを開催することもある。これも、自分の「分身」である妻または夫を紹介することで、自分に対する信用度を上げるという効果があるのかもしれない。外国人の取引相手とは家族ぐるみで食事をする。そのことで、友好と親密度を高めることができるし、相手の信用度を測ることにもなる。

 中国から部品購入されている某社長(本社・大阪市)から最近、次のような話を聞いた。最初の1年間ほどは値段も安く品質も安定して、中国での委託生産に満足していたが、次第に部品の品質が悪くなってきた。中国側が手を抜くようになった。この仕事は、日本語のできる優秀な中国人に任せていたのだが、その中国人にクレームを言っても、品質改善の問題は解決しない。

 冒頭の服部社長は、ベトナム人と契約してお金を振り込んだら、それで急にベトナム人の態度が変わることがあると指摘された。契約後も良好な関係を維持するためには、その後も日本から注文や顧客を紹介するなど、ベトナム企業の利益に貢献する。日本企業が欠ければ、その後のビジネスが成立しないようにしておけば、契約後も日本企業は大切にしてもらえる。

 上記の中国企業の品質問題は、この服部社長の話を参考にすれば、契約したら「ほったらかし」という日本側にも原因があると思われる。契約後1年も経過すれば、中国企業にとって仕事と報酬が当然のようになり、いわば「ルーチン作業化」する。中国企業にすれば、さらに売り上げや収入を高めたいし、技術を高度化してより付加価値の高い製品も作りたい。注文が増えないとすれば、さらに利益を上げるためには、品質を悪くしてもいいではないかと中国企業が思っても不思議ではない。

 契約して、きちっとお金を払っているからといって、安心できない。外国企業にとって日本企業が常に利用価値があるようにしなければ、相手の対応も悪くなる。外国企業はさらなる関係を望んでいるのだから、そのように日本企業も対応する。注文を増やす。技術指導する。別の顧客を紹介する。日本企業とつきあっていて利益があると思わせないと、次第に外国企業の気持ちは離れていく。そこで当然、品質も悪くなる。品質が悪くなったからと言って、また別の企業と契約する。しかし同じ対応をしていれば、同じ問題が再び発生するのではないか。

 以上、外国人を信用する時の留意点、外国企業とのつきあい方を指摘した。ビジネスは信頼関係が重要だと言うのは簡単である。しかし本当に、たとえば全財産を外国人に預けて、人生最大の勝負という取引において本当に相手を信用できるのか。このようなギリギリの判断が、ビジネスさらに人生の醍醐味と言えるのかもしれない。

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2006年1月21日 (土)

富士通・川嶋さんの講義

 昨日・20日(金)の午後6時30分~9時30分まで、大阪市立大学大学院都市創造研究科で川嶋修三さんが「富士通のベトナムでの経営展開(事例)」というテーマで講義された。川嶋さんは、富士通ゼネラル顧問・元富士通ベトナム社長・ドンナイ省投資諮問員という肩書きであり、現在も、タイとベトナムの訪問を繰り返されている。

 私は1998年の初対面以来、おつきあいをいただいていて、ベトナムでは「川嶋チルドレン」の一人と自称している。ともかく川嶋さんは、パナソニックベトナムAV(松下電器のベトナム子会社)の藤井孝男・前社長と並んで、ベトナム進出日系企業の「父」という存在である。

 川嶋さんのベトナムに対する貢献は多々あるが、その中でも特筆されるのは、川嶋さんを中心にした日本商工会がベトナム政府に要求して、労働者の賃金を米ドル表示からベトナムドン建てに1999年に変更させたことである。この経済的な効果は絶大であった。隣国カンボジアは最低賃金45ドルと米ドル表示であり、それは実質的にベトナムよりも賃金が高い。また中国の人民元の切り上げ予想が言われているが、ベトナムでは、傾向的なドン安であり、これは外国企業にとっては出資金額が少なくなることを意味する。

 現在ベトナムで活躍する日系企業は多いが、そこで当然と思われている制度は、川嶋さんを初めとするベトナム進出に先陣を切られた人々の勇気と努力の成果なのである。政府に抗議を表明するのだから、ひよっとすると政府から圧力がかかったり、嫌がらせをされるのではないかという懸念が当時あった。それでも政府に言うべきことを言う。この経営者もしくは人間としての勇気ある決断が高く評価される。上記のように米ドルからベトナムドンへの賃金表記の変更(労働法変更)は、今日のベトナム投資の魅力となり、ベトナム政府にも好影響を与えている。

 年末年始のカンボジア訪問では、国内では自国通貨リエルよりも米ドルが一般に流通している。これは独立した国家として異常な状況である。また政府の金融・通貨政策が有効に機能しないであろう。このように考えると、ベトナム政府の政策変更は当然であるし、川嶋さんの主張は正当性があった。

 今回の川嶋さんの講義における新しい指摘は、以上の主張をめぐって、ベトナム国内のマスコミの賛否が2分されたということである。川嶋さんの主張を支持する新聞と批判する新聞があったそうである。この事実は、ベトナムに「言論の自由」が存在していることを証明している。ベトナムは一党独裁というけれども、その政権は合議に基づいており、個人に権力は集中していない。この合議の慣行はマスコミの中にも浸透している。川嶋さんの講義を聞いて、このことを再認識した。

 第2に印象に残ったことは、2000~2002年のIT不況下、富士通ベトナムの業績が悪化した時のベトナム人の対応である。工場が立地するドンナイ省委員会委員長(日本の県知事に相当)が、「引くべき時は勇気をもって引くことが戦争でも必要だった」といったベトナム戦争当時の経験に基づいて、川島さんを励ましたというエピソードが講義で紹介された。戦争とビジネスの舞台は異なるが、戦略には共通した点が多々ある。おそらく省委員会委員長は、川嶋さんに「戦友」のような共感を覚えたのであろう。

 川嶋さんの経験は、ベトナム経済発展にとって歴史的な足跡である。その証言は何らかの形で後世に残されるべきものと私は川嶋さんに申し上げている。それについて私にできることは何でもさせていただきたいと思っている。

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2006年1月20日 (金)

流通科学大学・大阪オフィス

 今、流通科学大学の大阪オフィスで書き込みしています。卒業生が3名きていて、就職活動支援のための情報収集やブログ作成をしていました。「背番号11」で有名な松尾くんのグループです。なぜ有名かというのは、「背番号11」を検索エンジンで調べてみてください。ここの職員の皆さんは3名おられて、唯一の男性職員の小林さんは忙しそうに、就職先企業に電話で訪問のアポを取られたりしています。こういった学生のための目に見えない努力が、学生の就職活動を支えています。

 この大阪オフィスは、梅田の大阪駅前第4ビルの19階にあります。在校生や卒業生が自由に使用できます。特に3月中の就職活動の時期には、1日700名もの訪問者でにぎわうそうです。インターネットやコピーが無料で使用できて、コーヒーやお茶も自由に飲めます。少しほっと息をついて友人と情報交換し、次の企業訪問先に向かう。こういう目的で利用する学生が多いようです。

 私も実は、この事務所の訪問は数回ありますが、少しの時間潰しという目的が多いです。でもそういう時に、冒頭で紹介した松尾くんとの偶然の出会いもあり、いろいろ話をするのが楽しいです。

 流科大の学生の皆さんは、ぜひ大阪オフィスを積極的に利用してください。平日は、午前10時から午後5時まで開いています。

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2006年1月19日 (木)

ベトナム民営化ファンド投資事業匿名組合

 「そこには10年前の中国がある」というキャッチフレーズでベトナム株式投資を募集しているのが、「ベトナム民営化ファンド投資事業匿名組合」と「ユナイテッドワールド証券」である。(http;//www.uwg.co.jp/vietnam/vietnam-fund/v-syouhin.html参照)。この投資募集は1月10日~3月2日となっている。これに先だって、すでに紹介した「ベトナム・ドラゴン・ファンド」の募集が「キャピタル=パートナーズ証券」を通して昨年12月15日に終了したばかりである。

 このように最近の日本ではベトナム投資ファンドが連続して募集されている。それは今、ベトナム株式投資の絶好の機会が到来しているからである。たとえば野村證券や大和証券でベトナム株が自由に売買できるようになれば、安心感は高まるけれども、投資収益率は現在よりも低くなる。ハイリスク=ハイリターンを目標とするなら、今こそベトナム株式投資である。ハイリスクと言うだけに、多数の問題が存在する。

 どのようにベトナム株式を買うのか。現地での利益が日本に送金できるのか。ベトナムの株式情報は信頼性があるのか。政府の規制や税制はどうなっているか。そして最も重要な問題として、何の株式を買えば儲かるのか。これらの疑問に回答することで初めて、自己責任として納得してベトナム株式投資に至るのである。

 冒頭の「ベトナム民営化ファンド」はアメリカの「インドチャイナ=キャピタル=コーポレーション」が投資顧問会社となっている。次の「ベトナム=ドラゴン=ファンド」はイギリスの「ドラゴン=キャピタル=マネジメント」が同じ役割を果たしている。ではなぜ日本人投資家が、ベトナム戦争の敗戦国であるアメリカや、その同盟国であるイギリスの投資顧問会社に依存しなければならないのであろうか。アメリカやイギリスに日本人投資家は食い物にされているのではないか。

 日本とベトナムの友好関係は、ベトナム戦争当時から継続し、日本からの対ベトナムODAは最大である。このように日本とベトナムには長く深い経済・政治関係がある。、これらのことを考えれば、日本人向けのベトナム投資は日本人によって管理運営されて不思議でない。ベトナムに関する知識・情報・人脈が日本人に欠如しているなら、それは外国投資顧問会社に依頼せざるをえない。しかし、それらすべてについて、けっして日本人がアメリカ人やイギリス人に劣っているとは思われない。それでは、なぜ日本人向けの日本人の投資顧問会社が設立されないのか。 

 筆者は今、このような問題意識をもっている。この問題をどのように解決するのか。近日中に公表しようと思う。

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2006年1月18日 (水)

WTO貿易体制:10の利点

 ベトナムは本年度内のWTO(世界貿易機構)加盟をめざしている。隣国カンボジアが2004年9月に加盟承認され、それについてベトナム人の知人は「カンボジアは失うものがないから」とコメントする。しかし政治的な地位から見れば、ベトナムはカンボジアに一歩先を越されたという印象は免れることはできない。

 WTO加盟に伴う利点について、ベトナムでも広報が進んでいる。たとえば次のようなベトナム語と英語の小冊子が一般書店でも販売されている。「WTO貿易体制:10の利点」(10 benefits of the WTO trading system, Nha xuat ban The Dioi, Ha Noi, 2001.)。 筆者の印象では、ベトナム企業経営者はWTOについて概要を知っているが、多数の一般国民は言葉だけ知っており、その内容については理解していないと思われる。これは、日本でも同様の状況かもしれない。

 そこで以下では、同書の内容を要約して紹介する。WTOにおける交渉は日本にとっても無関係ではない。特に農産物の自由化について日本に根強い反対がある。これは韓国でも同様である。このような問題を考える場合、そもそもWTOとは何かという原点に立ち戻った議論が必要であると思われる。この意味で、以下の10の利点をベトナムのみならず日本でも再認識・再検討されてもよい。

 (1)平和を維持する:WTO体制は国際的な信頼と協力を創造・補強する。いわゆる貿易摩擦や経済摩擦さらに保護主義は、かつては世界大戦の原因となっていた。これに対してWTOは、こういった貿易問題を建設的で公平な議論の中で解決する。ある国の保護主義は、長期的には他国からの報復を招き、全体として経済問題が深刻化し、だれもが損する。勝者のいないシナリオを避けるためには国家間の信頼と協力が必要とされる。

 (2)紛争は建設的に処理される:より多くの貿易は、より多くの紛争を生み出す。この紛争はWTO協定と規則に基づいて解決される。このことは、紛争の勝敗について明確な判断基準があることを意味する。

 (3)権力よりも規則に基づいた体制は加盟国すべてに好都合である:WTOの協定は全加盟国の交渉と合意に基づく。富裕国も貧困国も、WTOの紛争解決手順に従って提訴する同等の権利をもつ。小国は、大国からの圧力を受けないので交渉力が増大し、大国は、ほとんどすべての貿易相手国とWTOという同じ協議の場で同時に交渉できるので手間が省ける。WTO協定に含まれた無差別の原則は複雑性を排除し、全加盟国に適応される単一の規則は、世界の貿易体制を簡素にする。

 (4)より自由な貿易は生活コストを削減する:生産に利用される輸入品が安くなるので、生産コストが削減され、最終財やサービスの価格が下落し、生活コストが減少する。具体的には食料品やアパレル・縫製品の価格は下落する。貿易障壁が低くなれば、さらに自動車や電話サービス・携帯電話などの価格も安くなる。ただし農業政策は当面の課題であり、食料安全保障から環境保護まで広い範囲で議論されている。

 (5)輸入品は消費者の選択の幅を拡大する:輸入品によって国内の市場競争が促進され、国産品の品質が改善される。国内生産の原材料・部品・設備として輸入品が使用されると、国内における最終製品やサービスさらに技術の幅が広がる。

 (6)貿易は所得を増加させる:貿易障壁が低くなれば、貿易が増大して国民所得と個人所得が上昇する。ただし政府は、たとえば既存の生産活動における生産性や競争力を向上させたり、新しい活動に転業したりしようとする企業や労働者を支援するために、上記の増加所得を再配分しなければならない。

 (7)貿易は経済成長を促進し、雇用を増加させうる:ただし雇用については次の2点が問題である。第1に、技術進歩が雇用と生産性に強い影響を及ぼす。第2に、貿易による輸入品との競争のために、必ずしも新規雇用を生まない。ただし、より効果的な調整政策を採用した国は雇用が拡大する。EUや米国の実例では、貿易関係会社で雇用が増加している。なお保護主義は雇用喪失をもたらす。たとえば米国における国内自動車産業の保護政策は、日本車の輸入を制限し、米国における自動車価格を上昇させた。これが自動車の売り上げ減少をもたらし、米国の雇用喪失を生んだ。つまり短期的な問題解決(=保護主義)は、長期的にはより大きな問題(=経済衰退・雇用喪失)を発生させる。

 (8)基本原則は貿易体制を経済的に効率化してコストを削減する:いろいろな関税率や規則をもった別々の国内市場よりも、世界が統一市場であった方が、経済効率性の向上やコストの削減に貢献する。その基本原則は、①無差別、②透明性、③貿易条件の確実性増大、④関税手続きの簡素化と標準化である。

 (9)偏狭な利益集団の政治的圧力から政府を庇護する:輸入制限は、ある経済分野を支援する効果的な方法のように思えるが、それは経済全体の均衡を歪める。たとえば縫製業だけを保護すれば、衣料品価格が高くなり、それは全産業における賃金を圧迫する。

 (10)よい政府を後押しする:WTO協定が政府に対する好ましい規律となり、恣意的な政策決定を生み出す汚職やロビー活動を減少させる。

 以上で注目すべきことは、まず(6)が政府の役割を強調していることである。WTO加盟が野放図な市場経済の容認を意味しないことを示している。次に(1)で指摘されているように、WTOは信頼と協力で成立していることに留意するべきである。たとえば日本において、国内農産物の保護は食料安全保障の観点から必要だという主張がある。この背景には、輸入農産物の安定的な供給量・品質・安全性に対する不信感がある。

 しかし日本人農家が、たとえばベトナム人農家に生産の技術指導をしたり、ベトナム人農家を研修生として日本に受け入れたりすることで、上記の不信感は払拭されると思われる。農業分野における国際協力や国際交流を通して、WTOに対する農家の信頼感が形成される可能性があると思う。これについて、より一層に検討されてもよい。

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2006年1月17日 (火)

ライブドア強制捜査とベトナム株式投資

 昨夜、証券取引法違反の容疑でライブドアが東京地検特捜部の捜索を受けた。ニッポン放送やフジテレビの株式取得によって昨年から知名度を上げ、社長の堀江氏は衆議院選挙では亀井静香氏の刺客として広島選挙区に出馬して話題を集めた。

 この捜索の結果次第ではライブドアの上場廃止もありうるので、同社の株式は大暴落となった。この事件発生の根本は、合法的であれば、もしくは違法でなければ、利益のために何をしてもよいという発想にあると思われる。合法と違法の境界ぎりぎりで活動すれば、ライブドアにとって合法であっても、そのほかの法解釈によっては違法にもなりうる。

 ベトナム株式市場において法整備は不完全である。たとえばベトナム上場企業の有価証券報告書が正確かどうか、また会計監査が厳格がどうかと問えば、それは疑問である。ベトナム企業における財務実態を把握するためには、その「含み益」もしくは「含み損」の構造が分析されなければならない。換言すれば、ベトナム企業の公表される財務内容の中で、どの部分に利益や損失が隠蔽されているかを推定することが必要である。それを推定するためのノウハウ開発が、ベトナム株式投資には不可欠である。このことは、ベトナム株式投資の場合、その公表財務データは最初から信用できないことを意味している。

 このように考えれば、コンプライアンス(法令遵守)が当然と思われている日本企業で違法行為があれば、市場は大きく反応し、ライブドアのように株価暴落を招くが、他方、コンプライアンスが最初から疑問視されているベトナム企業においては、それが株価に折り込み済みなので株式売買は低調であり、株価も低迷している。だからベトナム株式投資は魅力がないかといえば、そうではなく、それに対応した収益機会は存在している。

 極論を言えば、最初から信用できないベトナム企業の方が、信用していて裏切られる日本企業よりもリスクは小さいと言える。前者のリスクは「想定内」であり、後者のリスクは「想定外」である。以上、想定外リスクは、想定内リスクよりも大きな損害を生み出すと指摘できる。

 企業統治の改革やCSR(企業の社会的責任)の重要性が指摘され続ける日本で、今でも企業不祥事が止まらない。これは、日本よりも罰則規定が厳しい米国でも同様である。頻発する企業不祥事は、投資家の日本企業に対する信頼を喪失させる。換言すれば、市場に対する信頼がなくなるということである。法整備が進んだ先進国・日本だからと言って、現状で改革を止めるわけにはいかない。ライブドア事件は、このようなことを再認識させてくれた。

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2006年1月16日 (月)

締め切り日の対応

 このブログの姉妹編である「ゼミ学生の部屋」を見ていると、自分は「締め切り日の近くにならないと勉強しない」という意味の文章があった。参照: http://www2.umds.ac.jp/sem/SemYUeda/index.html から「学生の部屋」に入る。

 これには私も共感する。20数年前の卒業論文・修士論文・博士経過論文などが、締め切り日の締め切り時間ぎりぎりの提出であった。これは今も変わらず、たとえば昨年12月に「ラオスにおける自然環境の保全と活用」という論文が完成したが、締切日を過ぎていたために次回掲載ということになった。共同論文であったために他の執筆者に迷惑をかけてしまった。ただし論文の醸成期間をもてたために、その間に修正・訂正ができるという良い影響もある。

 この「締め切りギリギリ」の原因を考えてみると、はっきり言って「要領が悪い」のである。さらに迷惑をかけることはわかっている相手に甘えているのかもしれない。また、ぎりぎりに自分を追い込み、そこから何とか解放されることから生じる快感が忘れられないようにも思う。ちょうど危機から脱出できた時に、より大きな達成感や満足感や安堵感があることと同じである。自分で危機的な状況を作って、それを楽しんでいるのである。これらはいずれも身勝手な理屈である。早期戦力となる社会人を送り出すという本学の教育にとって、これは教員として反省すべきことである。

 もっとも最近、このスタイルが実際に通用しなくなった。体力的に無理できなくなった。徹夜でもしようものなら、その数日後まで影響がでる。では、どうすればよいか。そこで、このブログを活用することに気がついた。当面、このブログを毎日書くことを決めているので、私の仕事をブログに順次、公開していくという方法である。それらを集めて、論文や講義の準備ができればよい。この方法なら、締め切り日の直近に慌てて粗い仕事をしなくてもすむ。少なくとも毎月執筆している『日越経済交流ニュース』については、それに先行して、このブログで記事を紹介していこうと思う。

 学生のブログで、いろいろ教えられることが多い。ゼミHPでのブログ効果は、早速に現れているように思う。 

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2006年1月15日 (日)

ラオバオの現況

 ミャンマーのワウラミネから、タイのフィサヌロック・コンケン、ラオスのサバナケットを通って、ベトナム中部のクワンチ・ツアティエン・フエを結ぶ「東西経済回廊」のDsc04162建設が、ADB(アジア開発銀行)や日本のODA資金を中心にして進められている。フエから中部最大の都市ダナンまでは「ハイバン・トンネル」が、やはり日本のODAによって昨年に完成し、約1時間を要した峠越えが数分に短縮された。

 なお、この回廊について昨年、タイのムクダハンとラオス側を結ぶメコン川の橋梁建設で事故があり、日本人技術者が死亡するという不幸な出来事があった。

 この「東西経済回廊」のベトナム・ラオス国境を昨年6月に筆者は訪問した。写真は、ベトナム側ラオバオの「貿易経済特区」である。この「貿易経済特区」について、Vietnam Economic News, No.1, 2006, pp. 34-35. が特集している。以下では、この記事を紹介するとともに、現地の印象を述べてみたい。

 約20年前にベトナムとラオスの両政府は、ベトナム側ラオバオとラオス側デンサヴァンの貿易地域を最も強力な経済発展地域の一つにすることに合意していた。それを具体化する意味で、ベトナム政府は1998年11月に「ラオバオ貿易経済発展促進地区」を設定した。その後、さらなるグローバル化の進展に対応する規則に改定され、首相令によって「ラオバオ貿易経済特区」と改称された。

 面積1万5800ha・人口3万5千人と計画されている同特区は、この8年間で着実に発展してきた。今日までにベトナム国家財政から3200億ドン(約2012万ドル:1ドル=15900ドンとして計算)が60プロジェクトに支出されている。2005年において総資本額5240億ドン(約3295万ドル)・75プロジェクトが同地区に投資された(実質の投資は24プロジェクト)。

 同地区のクワンチ省の輸出入は、過去5年間で約2億5千万ドルに達しており、そのほとんどはラオバオの国境貿易である。同地区の雇用は2千名を超えている。1999年以前は、毎年約5万人がラオバオを訪問したが、2000年には8万人となり、2005年には11月末までで10万人に達した。

 ミャンマー・タイ・ラオス・ベトナムを結ぶ舗装道路の完成は、これらの国々の相互の経済関係を促進・進化させることは間違いない。特に内陸国ラオスにとっては、陸路でダナン港に直結することは魅力である。バンコックだけでなくベトナムとも陸路で原材料の調達や製品輸出が可能になる。ただし上記の掲載誌も指摘しているように、各国の法律や規制が税制が相違していることが経済交流促進の障壁となっている。

 私見では、少なくとも「東西経済回廊」の通行については、通関業務を簡略化し、さらに長距離トラック輸送のための共同施設の準備が必要であろう。道路建設を支援するADBや日本政府は、これら運用面でのソフトについても引き続き支援することが重要と思われる。たとえばラオスの首都ビエンチャンのワッタイ国際空港は、建設だけでなく空港運営システムまでも日本が支援した。これと同様に、道路建設についても、その運用のノウハウが支援されてもよい。特に国際道路については各国の利害が対立する場合もありうるので、第三国としての日本が、当事者国の利害調整しながら統一的な運行システムを提案・指導することが望ましいように思う。

 なお、昨年訪問した印象では、ベトナム側ラオバオには数軒のホテルもあったが、10万人もの観光客があるとは想像できなかった。ただしフエからラオバオの日帰り観光バスも運行しているようなので、それらの観光客を含めれば、10万人規模の観光客になるのかもしれない。またタイ人やラオス人が国境を越えて、ベトナム観光するという話も聞いた。

 「東西経済回廊」の経済効果や経済発展戦略は、今後の新しい研究テーマになりうる。この意味で、ラオバオは継続して注目すべき地点である。

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2006年1月14日 (土)

ベトナムと韓国を結ぶブリッジ

 1月5日付けのViet Nam News によれば、韓国のゴールデン・ブリッジ金融グループの社長であるリー・ツオン・トアン氏が、ファンバンカイ首相と面会したことが第1面で報道されていた。このリー氏を漢字で書けば「李」となる。このリー氏は、ベトナムの11世紀から13世紀のリー王朝の末裔と言われている。

 彼の金融グループ傘下の韓国ブリッジ証券会社は、ベトナムの証券会社と業務提携をしている。また、韓国にベトナム人青年を招聘し、大学まで奨学金を給付するなどの社会貢献をしている。これらのことは韓国証券界では周知である。

 ベトナムと韓国の関係は、ベトナム戦争に韓国軍が参戦したことから、良好とは思われないのが一般的であった。しかし、アセアン+3カ国首脳会議が1998年末にハノイで開催された時に、当時の韓国大統領・金大中氏が、「両国には過去に不幸な時期があった。遺憾に思う」という謝罪の言葉を、ベトナム政府が要求したわけでもないのに、自ら述べた。ベトナムに対する韓国の友好的な姿勢を表現している。

 すでに韓国は金宇中を総帥とする大宇グループを筆頭にして、ベトナム投資を積極的に進めていたが、1997年から始まる金融危機とIMF改革によって、その大宇財閥が韓国本国では解体された。しかしベトナムにおける大宇は、大宇ホテル、GM大宇自動車、大宇ハネルなどグループから分離されたが、個々の企業としては健在である。現在、総帥・金宇中氏は経済犯罪で収監されているが、今年中には釈放されると見られている。その後、ベトナムで大宇グループが再起するという可能性もある。

 ベトナムと韓国は戦争の歴史をもつが、それだからこそ韓国人のベトナムに対する思いも熱い。戦争に対する贖罪として、ベトナムに友好的な態度をもつ韓国人も多いと聞く。冒頭で紹介したブリッジ証券のリー氏は、まさにその象徴的な人物であろう。現在のベトナム証券市場は、ちょうど韓国証券市場の1970年代に相当するとみなされる。その韓国証券界は、IMF改革を経て「透明性」や「説明責任」といったことが強調されるようになったが、それまではインサイダー取引などが横行していたと言われている。

 果たしてベトナム証券市場は、どのように発展するのであろうか。このシナリオを想定する場合に、韓国の経験は役立つことになるであろう。ベトナム証券取引センターは、もともと日本の証券業界が支援する予定であったが、1990年代からの日本のバブル崩壊によって、野村を始めとする大手証券会社の積極的なベトナム支援が不可能になった。そこで韓国証券取引所がコンピュータのシステム導入などを支援した経緯がある。

 ベトナム株式投資に関心が高まっているが、韓国でも同様の動きが想像される。アジアに国境はなくなっていることを実感させられる。

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2006年1月13日 (金)

最終講義で考えたこと

 今日は3時限目に大学院の講義があり、中国人留学生4名を相手に年末年始の調査旅行の写真を見せながらの報告をした。もちろん最終講義だからこその内容であり、これまでに日本企業の対中国直接投資の論文数編を輪読してきた。

 彼らと話していると、その積極性は日本人も見習うべきことだと思う。知識欲も旺盛である。特にカンボジアで中国人管理者が多数働いていることには興味を示し、給料はいくらもらっているとか、カンボジアの気候はどうなっているとかの質問が続出した。

 今回の縫製業の調査では、中国の原材料をカンボジアに持ち込んで生産し、カンボジアから輸出するというモノの流れであった。中国やタイの人件費が上昇すると、同じことが、ベトナムやラオスでも起こるように思われる。中国の原材料を広州からハノイに持ち込んで生産し、ハイフォンから出荷する。または中国に持って帰る。製品によって、さまざまな組み合わせが考えられる。同様に、タイから部品を持ち込んでラオスで生産し、それをタイに持って帰る。

 原材料や部品の集積が進んでいる広州やバンコックを中心に、それを活用しながら、自国内で付加価値の高い製品を生産する。ベトナム・ラオス・カンボジアが経済発展するための考え方のひとつである。ただしベトナム政府は自国内で、原材料や部品といった「裾野産業」の育成を意図しているが、こういった産業の育成は利益率も低く、なかなか成功しない。それは韓国の事例で証明されている。

 韓国は、日本から原材料や部品を輸入し、それを低い労働コストで生産加工することで輸出を伸ばし、経済発展してきた。このことで韓国貿易の対日赤字は今も解消されていないが、急速な経済発展や、貿易収支の黒字化は達成された。このことをベトナム=韓国、中国=日本と置き換えてみれば、新たなベトナムの発展方向も見えてくるのではないか。

 資源と時間の制約された条件で、何を優先するか。個人でも難しい問題であるが、企業でも国家でも重要な決断であると思う。決断を先延ばしすることは、結局は無為無策と同様の結論に致る。自省すべきことである。

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2006年1月12日 (木)

ベトナム縫製業:後藤論文の紹介

 日本ベトナム経済交流センター『日越経済交流ニュース』2006年1月号に掲載した拙稿「ベトナム縫製アパレル産業の現状:後藤論文の紹介」を添付ファイルで公開します。

 「01-2006.rtf」をダウンロード

 このニュース全体をお読みになりたい方は、日越経済交流センター(TEL・FAX 06-6353-3433)まで問い合わせください。毎月1回、ご自宅に郵送いたします。

 この拙稿は、後藤健太氏(現在はILO勤務)が『アジア経済』アジア経済研究所、2005年10月、第46巻10号に執筆された論文を私見を交えて簡単に紹介した内容です。この後藤論文の包括的で詳細な研究成果は驚嘆に値します。ぜひ原文をお読みになってください。

 後藤先生とは、政策研究大学院大学・大野健一先生が主催されたJICA(国際協力機構)のベトナム産業研究プロジェクトで2001~2002年にご一緒したことがあります。その時、私は皮革履物産業の研究を担当しました。後藤先生は、当時は京都大学大学院博士課程に在学され、やはり縫製業を研究されていました。

 ベトナムがWTO加盟を果たせば、繊維製品に対するアメリカの輸入割り当てが解除され、さらなる輸出増加が期待されます。しかし、ここで先日に紹介したカンボジアなどとの競争激化は避けられません。これらの厳しい競争を通して創意工夫が生まれ、そこから経済運営や経営ノウハウが必然的に習得される。苦しく辛いけれども、 市場経済の高波を乗り越えてこそ、新たなベトナム経済の飛躍が展望できるのだと思います。

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2006年1月11日 (水)

就職面接の傾向と対策

 本日の教授会で就職委員会の報告がありました。採用のための最初の面接は、第一印象で勝負が決まる。目が輝いている。声が明朗である。活気や意欲が感じられる。利発そうに見える。礼儀正しくキビキビしている。こんな第一印象で合否は決められるそうです。要するに、ボーッとして生気が感じられないなら、それで不合格ということです。その合格者について、次は「大学で何を学んだか」が厳しく問われる。

 大学生に「即戦力」は無理ですが、「早期戦力」は期待されています。大学時代に積み上げてきた学習力・成長力・応用力・創造力・企画力などの具体的な実績を示すことが、就職でアピールするでしょう。就職活動を迎えようとする3回生が、これから実績を新たに作ることは難しいでしょうが、実績を整理することはできます。

 では、どのように整理すればよいか。その答えは、比ゆ的に言えば、多変量解析における因子分析や主成分分析を自分の実績について適応するということです。これまでの実績・経験を列挙して、そこから共通の因子を導き出すのです。野球部で頑張ったということを、たとえばゼミでリーダーシップ論を勉強したことと結びつければ、野球部でのリーダーシップの重要性を語ることができるし、たとえばゼミで共同研究をしたことと結びつければ、協調性や責任感をアピールすることができます。

 これまでの出来事を箇条書きにして、それぞれを組み合わせて共通のアピールポイントを複数用意すればよいと思います。ここで重要なことは、出来事を書いて眺めることです。カードにしてもよいでしょう。このような作業を真剣にして、自己分析を進めることが、自己アピールを強化することになります。ただ漠然と、過去の出来事を並べた話は聞いていて退屈ですし、印象に残りません。

 就職活動を前にして、後期試験があるわけですが、その後には準備に十分な時間をかけるように期待しています。日々のアルバイトに流されて、一生を左右する就職活動に集中できないことがないようにしてもらいたいと思っています。

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2006年1月10日 (火)

テトの話

Teto  年末年始の出張から約2週間ぶりに自宅に戻り、最初に迎えてくれたのは、左の写真のテトである。今年は戌年なので、彼について書いてみようと思う。

 テトは、5歳になるゴールデンリトリバーである。名前の由来はベトナムのお正月(旧正月)。なお、今年のテトは1月29日である。

 最近、テトも年を取ったのか、目の周りが白くなったように思うのだが、一般に年齢とともに全身が白く変色するのだろうか。

 彼は、冬の寒さは平気なようで、ますます元気である。確かに今まで、この種の犬をベトナムなど東南アジアでは見かけなかった。暑さには弱いのである。幼犬の頃は室内で過ごしていたが、椅子の足をかじったり、壁紙を破ったりという悪行のために、現在は室外で生活している。彼は寂しがりやなので、できるだけ長い時間を一緒に過ごしたいのだろうとは思うが、しかたがない。

 昨年、流通科学大学の特別講義「21世紀の業界展望」で、動物のための保険販売をしているアニコム・インターナショナル(株)の小森伸昭・代表取締役が講義された。その前後にお話する機会があった。

 「大きな犬を飼う人は自己顕示欲の強い人ですね」。テトは確かに大型犬だが、そうすると私も自己顕示欲が強い。これは当たっている。そうでなければ、このようなブログは書かないであろう。

 小森社長に「私も保険に入ろうと思います」と申し上げたのだが、まだそのままになっている。大型犬は、老後の介護が大変で保険が必要と聞いている。しかし犬には、人間と違って「安楽死」という対応策もある。さまざまな延命策を施すことが、本当に本人にとって幸せかどうか。人間でも問題なることだが、犬でも同様の問題がある。もう少し研究して、保険加入を考えようと思う。

 小森社長は、ベンチャー事業として現在の会社を設立された。その決断は想像できるし、さまざまな障害もあったと思われる。このような迫力が受講生にも伝わり、最も印象深い講義という評価であった。落ち着いた風格ある理詰めの講義というよりも、私は、こういった迫力ある講義をこれからも目標にしたいと思う。そのためにできることは、どれだけ「決断」という場面を経験してきたかだと思う。それが自分の自信につながる。外国出張で一人で現地調査をしていると、そういう経験を積み重ねることができるように思う。

 このような意味で、経験に裏打ちされた迫力ある講義を経営学で提供するには、やはり自分自身が起業するしかないのではないか。最近、私はこのように考えるようになった。

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2006年1月 9日 (月)

後期最終のゼミ

 明日は、3回生と4回生について後期最終のゼミです。

 4回生は、卒業式まで会えない場合もあります。また3回生は就職活動のために、半年ばかり会えない人もでてきます。そこで、これからの計画と方針などを相談します。

 今まで、こういったメッセージはメールで送信してきましたが、特に一般公開しても問題ない範囲内で、ブログで連絡することにします。これに対して意見をコメントとして書き込んでください。匿名でよいですが、私だけには、それがだれかわかるようなシステムにします。変な書き込みは削除できますから、ブログは暴走しないと思います。

 このブログの趣旨は、ゼミ活動を広く知ってもらうことなので、学生の参加が不可欠です。

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キングコングを考える

 ベトナム訪問中に、日本でも公開している「キングコング」がハノイでもホーチミン市でも映画館で公開していた。これを見に行こうと思っていたのだが、ベトナム風の吹き替えがあるのはイメージに合わないし、上映時間が3時間と聞いていたのに、ベトナムでは2時間ほどにカットされていたようなので、見るのはやめにした。

 ここで上記の文章に「注」を付けておくと、「ベトナム風の吹き替え」とは、ベトナム人女性一人が英語のセリフの上にベトナム語のセリフをかぶせるのである。かつての日本の無声映画のような印象を受けるのだが、無声映画はセリフのみならず解説も含まれていたと思う。これに対してベトナムは、あくまでもセリフの吹き替えである。なお、民族学博物館の樫永先生夫人によると、ベトナムの洋画の中には、日本と同様にベトナム語字幕版もあるということである。

 さて私の知っている「キングコング」は白黒映画で、かつて小学生の頃にTV放映されていた。現在はビデオをもっている。その後に日本では「キングコング対ゴジラ」が公開された。当時の映画パンフレットは今でも「お宝」として保有している。その後にリメイクされたカラー判「キングコング」では、最後にコングが最新ジェット戦闘機と戦い、それが残酷だという批判が強かったように思う。このように書いているとキングコングと私は、長い付き合いがある。

 最新作「キングコング」をぜひ見に行きたいのだが、予想される最後のコングの可哀想なシーンは見るのが辛い。このことが、少しばかり映画館に行くのを躊躇させている。もちろん最新SFXの特撮技術は必見だと思うのだが---。キングコングと同様に悲しい離別や死別が最後のシーンと言えば、私の所有DVDに限っても、思いつくだけ「オペラ座の怪人」・「ブラザーフット」・「グラディエーター」・「スパルタカス」などがある。

 人間は必ず死に直面しなければならない。こういった映画の共通点は、そのことを私達に想起させてくれることである。人生最後の時まで今の瞬間を大切に生きる。映画の中の主人公は、まさにそういう生き方をしている。しかも大活躍である。私たちは、それに感動する。それを通して自分の一生を考えることができる。

 私自身はどうするのか、どう生きるのか、どう生きてきたのか。こういう問題意識をもってエンタテイメントとして映画を楽しむ。ぜひ「キングコング」の生き方を見に行きたいと思う。

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2006年1月 8日 (日)

ホーチミン市の偶然

 海外旅行での楽しみは、偶然の出会いということがある。ホーチミン市の同じホテルに宿泊していた米国人は、マレーシアの大学の心理学教授であった。前日にホテルのロビーでマーケティング大学のクエ学長と話しているのを隣で聞いていて、「ベトナムのマーケティングはどうなっているんだ」といった話になった。その後、「米国のウォルマートが日本進出して、大きな日本のスーパーマーケットは対応に神経質だ」という話になった。

 彼は、日本も米国も消費者の心理は同じで、「安いものを探して買う」ということは世界に共通していると言うのだが、私は「日本の消費者は非常に複雑だ」というように日本の特殊性を強調した。彼は、観光旅行のツアーに参加するらしく、その日の夕方に一緒に議論しようということになったのだが、私は別件での夕食会があり、JICA専門家の織田さんにお目にかかった。心理学教授とは名刺も交換せずにそのままになった。また、どこかで偶然に出会うかもしれない。

 今日は日曜日であるが、朝からベトナムのリゾート開発の話をした。これは、私が副理事長をしている日越経済交流センターの仕事である。そこで1993年からベトナムで仕事をしている韓国人の李さんに会った。彼は、ベトナムの韓国系リゾート開発会社の社長である。流暢な彼のベトナム語を聞いていると、本気になってベトナム語を私も勉強しようという気持ちになる。ニンチュウ海岸やファンティエット海岸のリゾート開発に話が弾んだ。流通科学大学には観光を勉強するための学科があるが、ベトナムのリゾート開発について私は実践的な活動をしていると自負している。

 午後から足マッサージ店に行った。70分で10万ドン。チップが5万ドンという明朗会計である。ここでアイルランド人の男性観光客と隣同士になった。彼は、約1ヶ月間の休暇でベトナム全土を旅行したそうである。ベトナム料理はタイ料理より辛くないし、大変おいしいと言っていた。私は、アイルランド証券取引所に「ベトナム・ドラゴン・ファンド」というベトナム投資専門会社が上場するので、帰国したら投資したらどうかと話した。彼は観光客であるが、私は仕事のためにベトナムに来ているのである。少しだけれども、ベトナム情報について優越感を感じた。

 同じ足マッサージ店で、外国人観光客のために英語で受付や案内をしている女性が、ホーチミン市のマーケティング大学2回生であることがわかった。私が、日本のマーケティング大学の教授であると話しているのを聞いて、彼女が「あなたはマーケティング大学で教えているのか?」と質問してきたので、「いやいや。日本のマーケティング大学で私は働いている。でもベトナムのマーケティング大学のクエ学長とは親しいし、昨日に会った。ニエム先生は私の英語とベトナム語の通訳をしてくれる」と答えた。彼女は英語をニエム先生に習っていると言って一度に親しくなった。彼女も感激していた。偶然というのは、それだけ感動も大きいのである。私は「クエ学長によろしく」と言って別れたが、彼女は出口まで見送ってくれた。偶然の出会いで楽しい思いをした。

 今回、カンボジアやラオスではホテルの中で原稿を書いたりしていた。結局、ラオスではメコン川の夕陽を眺める時間もなかった。ようやくホーチミン市で休日を楽しむことができた。こういう時に偶然の出会いがあり、楽しくなる。大学生は、こういう偶然の出会いが次々に訪れる時期だと思う。 偶然の出会いを自分に生かせるか、そのまま通り過ぎて忘れてしまうか。この相違は大きいと思う。

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2006年1月 7日 (土)

ホーチミン市での休日

 今日と明日は完全休日にしたいのですが、今夕と明朝にベトナム観光会社と韓国商社の人に会います。それ以外はフリーです。さすがに少しばかり疲れました。風邪も完治していませんので、ゆっくり2日間を過ごすことにします。

 昨日は、高倉教授ご夫妻や友人のミーさん母子と夕食をご一緒しました。その前にタクシー内に置き忘れた荷物がホテルに届けられていました。さらに、ご丁寧なことに本社の担当者から電話があり、確かに手元に届いたか確認がありました。昨日に紹介したように、おそらく忘れ物は返却されるという予想は正解でした。ベトナムにも立派な会社があります。

 このタクシー会社ME LINHは本当に信用できる会社だと証明されました。運転手の教育や管理のシステムが確立しているのだと思います。この会社が株式公開するなら、必ず投資すると思います。これまでベトナムで多数の企業訪問を経験してきましたが、投資可能かどうかを考えるようになったのは最近です。私は日本で株式投資は熱心ではありませんが、ベトナムでは大変に面白い。それは売買対象銘柄が少ないことと、多様な情報が多方面から入手できるからです。

 日本の個人投資家が、投資対象となる数千社の中から数社を的確に選択するのは不可能です。そうなると、ごく限定された情報に基づく判断になります。日本では、大量の情報が氾濫していますが、本当に役立つ情報の入手や選択は大変に困難です。これに対してベトナムにおける個人投資家は、各階層の多様なベトナム人の友人からの情報が入手できさえすれば、それぞれが投資に確実に役立つ情報となります。ベトナムにおける情報は不確実ですし、その量も少数です。しかし、そういった情報もある程度の量になると、ほぼ真実が見えてきます。ベトナムの方が日本よりも、株式投資に関する限り、情報は有効に活用できるように私は感じています。

 これは、ベトナム株式に対する情報が少ないという意見に対する反論です。上場企業の情報がいくら豊富でも、本当に役立つ情報は信頼できる値上がり株式銘柄の情報です。値上がりしない株式の情報は、極端に言って不要です。さらに役立つ情報は、その売買可能性の情報です。こういった役に立つ情報さえあれば、それ以外の情報は付録のようなものです。

 情報は正確で大量にあるのが望ましいのですが、より重要なことはその「情報活用率」です。少ない情報でも、その役に立つ度合いが高いと「情報活用率」は高くなります。私にとって、この比率は日本よりもベトナムの方が高い水準であると感じています。だからベトナムの株式投資を面白いと私は感じるのでしょう。経営情報学科に所属する教員として、以上のようなことも考えています。

 より一般に言って、以上のような「情報活用率」の高い情報を提供する大学教育が必要なのだと思います。これまでの伝統的な大学のように、大量の情報を与えて、それを学生に自由に選択させるのではなく、本当に役立つ情報を確実に学生に提供する。そして、その情報を応用することまでも教育する。これが「実学志向」と呼ばれる大学の存在価値なのかもしれません。でも、本当に役立つ情報は何か。株式投資の場合は簡単ですが、一般の教育問題になると議論は尽きません。

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2006年1月 6日 (金)

失敗事例の研究:ホーチミン市

 朝からJUKI佐藤社長を訪問し、次に日本センターの伊坂所長、鋳造業の服部社長、三洋電機の片岡会長に電話インタビュー。その後にタンソンニャット空港でベトナム航空の佐藤さんご家族、奈良県立医科大学整形外科高倉教授ご夫妻をお迎えしました。夜は、マーケティング大学のクエ学長と面会することになっています。今日も、かなり多忙です。こういう状況下では、必ず何か失敗するのが私の特徴ですが、やはり失敗しました。

 空港には貸切タクシーで行ったのですが、高倉教授夫妻の迎車があるので、貸切タクシーをキャンセルしました。そこで私の荷物をタクシーの中に忘れました。ホーチミン市では、これまでに携帯電話を盗まれたことと、財布をタクシーに忘れたことがあります。

 携帯電話は公安に届けませんでしたが、自分の携帯電話に電話すると相手が出ましたから、「返してよ」と言いましたが、無言のままでした(当然です)。また財布は戻ってきませんでした。この時は、留学先のハノイからホーチミン市に出張で来ていましたから、財布がなくて宿泊費などが払えなくなりました。まず財布の中のクレジットカードの無効手続きをしました。さらに親しくしていただいていた電気商事の今村所長(当時)からお金を借りて、何とかハノイまで帰ることができました。今村さんはすでに退職されましたが、今でも感謝しております。

 ベトナム訪問は1994年の初訪問以来、すでに50回を超えていますが、その間にいろいろなことがありました。一人での緊張感を維持しながらの行動では、あまり失敗はないのですが、友人や知人と一緒の場合、またアルコールを飲み過ぎた場合、注意力が散漫になって失敗するようです。いつも通訳をしてくれるミーオアインさんは「先生も年ですね」と率直に言われるので「その通り」と答えています。

 今回の忘れた荷物は貴重品ではなく、運転手からサイン入りの領収書をもらっており、さらにそのタクシー会社は緑色がシンボルカラーのME LINHタクシーです。同社は、しっかりした社内管理に定評があるそうです。確かに本社ビルでの遺失物の対応者は親切でした。このような状況では、かなりの高い確率で忘れ物は返却されると思っています。本当にそうなるかどうか?これも実践的な事例研究です。

 日本の外務省の「海外危険情報」によれば、ベトナムでは鳥インフルエンザではなく、ハノイで銃を使った強盗事件の発生が注意と言うことです。これまでナイフによる外国人殺人事件は聞いたことがありますが、銃器の殺人事件は初めてです。銃の事件に対する対応として、銃声を聞いたら、速やかにその場所から立ち去る。路地裏などに入り込まない。深夜の外出は避けるという指示がありました。外国での危機管理は自己責任です。帰国まで数日となりましたが、気を引き締めたいと思います。

 せっかく振り出しのホーチミン市に戻りましたから、しばらくここで休養と準備をして、再びプノンペンに出発しようというのが正直な気持ちです。しかし10日には講義がありますし、ゼミ学生が待っています。ベトナム・ラオス・カンボジアの人材育成に私は貢献したいと思っていますが、それよりも前に日本人大学生の人材育成が最優先です。特にベトナム人学生や研修生の眼の輝きを想起すれば、日本の将来に懸念を覚えることもあります。

 しかしながら、日本には資産蓄積があります。その資産は金銭的だけでなく、知的なものが含まれます。これらの資産の有効活用をすれば、日本の将来は、たとえ人口減少と言えども、懸念することはないでしょう。この場合の知的資産の活用に必要なことは、勉強しようとする意欲や心構え、そうでなくても、何かを知ろうとする好奇心。言い代えれば、理解できないことを理解できないと質問する少しばかりの勇気です。

 少しの勇気があれば、何でも勉強できる日本人学生は幸福だと思います。勉強したい意欲があっても、その資金や施設が十分でないベトナム・ラオス・カンボジアの学生の状況を、もっともっとゼミ学生には知ってもらいたいと思います。

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2006年1月 5日 (木)

振り出しに戻る:ホーチミン到着

午前中にハノイで、洪先生(大阪商業大学)と一緒に韓国企業「大宇ハネル」の朴社長を訪問しました。今年1月1日からのAFTA実施で、冷蔵庫や洗濯機の輸入関税が30%から5%になり、競争が激化している。本国の大宇財閥解体によって、それまでの統一された「大宇」ブランドが使用できなくなり、新しいロゴマークを浸透させるのに苦労している。しかしベトナムで大宇ブランドは好感をもってもらっている。以上のような話をしました。

その後、ベトナムのAFTA実施の影響をハノイで調査されている菊地先生(慶應義塾大学)にお目にかかり、いろいろなお話や貴重な資料を頂戴することができました。先生が、宝塚市にある雲雀ヶ丘学園の同窓であることがわかり、驚きました。それからホーチミン市に移動してからは、国立民族学博物館の樫永先生ご夫妻とお目にかかり、夕食をご一緒しました。

さまざまな人々との出会いの中で、自分の位置を確認していく作業を続けています。韓国人の洪先生は日本語の達人ですし、菊池先生や樫永先生はベトナム語で講義したり、講義を受けたりされています。こういった先生の中で、では自分の独自性をどのように発揮すればよいか。こんなことを考えさせてくれるのは、やはり日常性から離れた海外出張中ならではのことと思います。

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2006年1月 4日 (水)

人材育成と民間企業の発展

 昨日の午後は、民間の機械部品工場、ベトコンバンク証券会社、ドラゴンファンド投資会社を訪問し、その後にJETROハノイの馬場さんにお目にかかりました。さらに日本在住の韓国人・洪先生が日本からお越しになりました。訪問調査もピークを迎えていますが、少し風邪気味ながら何とか元気にしております。今日、このブログを先日ホーチミン市でお会いした鋳造会社・服部社長がお読みいただいているという連絡があり、こうして書くのも緊張します。私のようにベトナムを通り過ぎる人間が、偉そうにベトナムについて語ることに気が引けます。ともかく以下では、見聞したことを簡単に記録に残しておきたいと思います。

 機械部品工場では、品質改善の方法として3Sを実施されていました。5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾(習慣化))については、ハノイのベトナム日本人材協力センター(VJCC)で社長が勉強したそうです。バイク部品をホンダに納品しているので、品質管理には気を遣っているということでした。このJVCCには本日午前中に訪問し、橋本所長・タム所長をはじめ、2月から日本研修に来られる貿易大学前学長ら4名にお目にかかりました。このJICAとPREXが主催する研修では、私が開講と閉講時の講師をすることになっていて、「あまり話すと日本で話すことがなくなる」というような「笑い」を取りました。

 今回、これでベトナム・ラオス・カンボジアの日本センター3ヶ所を訪問したことになります。このようなODA資金に基づいた日本センターの教育や日本研修は、アジア諸国に対して日本が人材育成を重視している証左です。「東アジア共同体」形成などに向けて、アジア諸国と日本の関係がますます重要になってきます。今回の訪問で、こういった人材育成の貢献や成果がさらに多くの内外の人々に知られてもよいように思いました。それが十分でないとすれば、それは日本人および日本政府の「コミュニケーション能力」の不足と言えるのかもしれません。こういった能力の天才とも言える小泉首相自身が内外に一層のアピールをしてもよいと思います。

 午後のベトコンバンク証券会社とドラゴンファンド投資会社の訪問は、別途に『日越経済交流ニュース』の記事を添付します。簡単に問題を述べると、昨年12月15日に締め切りの日本向け「ベトナム・ドラゴン・ファンド・リミテッド」会社型投資信託には30億円を超える資金が集まったそうです。これだけの外貨がベトナムに流入すれば、現在32社しか上場していない小規模なベトナム株式市場は大暴騰してしまいます。これにどのように政府や国家証券委員会は対応するのでしょうか。詳細は、しばらくお待ちください。

 昨夜来られた洪先生は、今回の私の研究のための研究協力者です。現在、私がインターネットに向かっている間、韓国大使館やKOTRA(JETROに対応する韓国の貿易促進機関)を訪問してもらっています。ラオスからの報告でも指摘しましたが、ラオスに続いてベトナムでも韓国の存在感は大きいです。何といっても、ハノイ最初の5☆ホテルは、メトロポールに続いて、かつての大宇財閥が建設した「大宇ホテル」です。今日でも「GM大宇自動車」や「大宇ハネル」などの会社はベトナムで健在です。洪先生の調査報告を今後の私の研究成果に反映させたいと思います。

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2006年1月 3日 (火)

ハノイの発展を実感

日本のお正月から離れて、しっかりとベトナムで仕事しています。

昨日は、ベトナム人民軍の武器などを製造している工場2ヶ所を訪問しました。中国で生産しているプレス加工の建築部品が、ベトナムで生産できないかを具体的に調査するためです。中国は昨年に人民元が切り上がり、価格競争力が弱まっています。ベトナムに生産移転を検討する日本企業があっても不思議ではありません。

今でも記憶していますが、私が初めてベトナム研究に着手した1994年当時、ベトナムで「プレス加工」は不適当だという指摘がありました。それから10年、ベトナムでプレス加工の操業が可能であるような印象を受けました。金型もベトナムで生産できるようになっています。このような時代の変化を読み込んだ論文やレポートは難しいのですが、間違いなく言えることは、ベトナムの経済発展が確実に進展しているということです。

ベトナムでの問題は原材料の入手です。SSという鉄材が原材料ですが、これらは中国からの輸入に依存します。ベトナム国内で調達できないのです。最近の鉄鋼価格の上昇もあり、果たして中国の価格に勝てるかどうかが問題です。なお人民軍の工場ですから、工場長は軍服を着ていたのには驚きました。工場施設の見学も、事前にパスポートなどのコピーを提出しなければならないようです。でも最初だけで、その後は自由に出入りできるそうです。

このようなプレス加工は、日本では中小企業の分野です。ハノイでは「デ・ラ・タン」通りに木材や鉄材加工の小規模な店があります。訪問した人民軍の工場で価格が合わなければ、こういった場所で指定のプレス機械をもった店を探せば、かなり価格は下がるように感じました。でも品質に問題が発生するのは間違いないでしょう。前述の人民軍工場ですら、外国との取引経験がないという状況ですから、一定の品質管理が懸念されます。

今回のベトナム訪問では、ベトナム・ラオス・カンボジアの比較研究の主要対象とした縫製業の調査については研究協力者と打ち合わせただけで、実際の企業訪問は次回にしようと思っています。数年前にも「ベトナム縫製業協会」を始めとする縫製企業を何社か訪問していますから、研究対象の選定に苦労しないと思っています。

今、ハノイ郊外に大規模な住宅開発が進んでいます。外国人の設計に基づく1万人規模の国際会議場もベトナム政府によって建設中です。その周辺は、住宅用アパートが林立するようになるでしょう。この付近を自動車で走れば、ベトナム近代化が着実に進んでいると実感することができます。2003年末の「アセアンオリンピック試合」のメインスタジアム建設が、この付近の開発の手始めになっています。おそらく今年11月予定のAPEC首脳会議の開催までには、さらにハノイは発展をしているでしょう。「経済はホーチミン市、政治はハノイ」というような先入観は、これからの的確な投資判断を誤らせることになるでしょう。

お菓子製造で有名な「ハイハ・コトブキ」の鈴木さんが、昨年10月に社長を退職され、ご自分でケーキ店「POEME」をオープンされました。会社経営という制約から離れて、ご自分の納得できる味と品質のケーキを製造・販売したいと抱負を話されました。たとえばチョコレートも、これまでは価格の面から材料にココアしか使えなかったものを、この新店ではベルギー製のチョコレートを使用されています。もう10年来のお付き合いをさせていただいていますが、、鈴木さんはベトナム企業について最高の先生です。あまり無理をされずに、お元気でご活躍をしていただきたいと思います。

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2006年1月 2日 (月)

ハノイで仕事始め

元旦は、友人の家に2軒招待されました。日本人で1人の新年は寂しいだろうと配慮してくれました。心優しいベトナムの人々に感謝です。

今日から会社訪問を始めます。ベトナムではテト(旧正月)をお祝いしますから、仕事は普通にしています。今年のテトは1月29日です。ハノイでは、まだクリスマスの気分が続いています。

インターネットができないので不自由しています。昨夜、いつも使っているワイヤレスのインターネットカフェに重いディスプレイをもって接続しようとしましたが、前回訪問の8月にできたのに、今は接続できなくなり、このメールはホテルからバイクタクシーで10分ほどのところでやっています。日本語を使えるインナーネット屋が近くに見つかりません。

明日、もう少し詳しくハノイの様子を報告します。もう出発の時間です。

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2006年1月 1日 (日)

ハノイから謹賀新年

謹賀新年

本年もどうぞよろしくお願いいたします

      ハノイより

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