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2005年12月31日 (土)

ラオスのリゾート開発

最近のラオスでは韓国の存在感が増しているようです。ビエンチャン市内に韓国の中古車販売店が増えています。韓国政府も、ルアンパバーン国立大学(学生総数1800人)に次いで、2006年からビエンチャン郊外(セイセタ区ソクハム村)で病院建設の支援を始めるそうです。

この病院建設予定地に隣接した2.5㌶の敷地に「ラオ織物村」を建設する計画があります。ハンサナさんが所有する土地です。投資総額は約40万ドル。伝統的な高床式造建築のロッジ5棟(2部屋)の建設が中心となります。この1棟が4万5千ドルです。ラオス織物の工房も建設され、そこで自分の織物を制作したり、敷地内の周囲にある池で釣りを楽しんだりできます。現状は、10名ほどが住める大きな木造住宅と高床のコメ倉があります。

昨日、この敷地を見学に行きました。何羽かのニワトリがいて、タイから移り住んできた年配のラオス人が世話をしていました。ラオスで人間の死亡事例は聞きませんが、「鳥インフルエンザ」要注意です。このラオス人のほかに、ビエンチャンの大学や専門学校で学ぶ若い人々のために、ハンサナさんが住居と食事を提供しています。ハンサナさんは、日本でも昔あったと思うのですが、地方出身の苦学生を無償で援助する篤志家という立場です。奨学金制度などが一般に存在しないラオスでは、このような個人的な支援が社会を下支えしているのだと思います。これらの若者には「勝手に飲酒するな」というような親代わりの躾もハンサナさんはなさっています。

さて、この場所に上記の織物を目的としたリゾートを建設するという計画です。目的の定まった長期滞在型リゾートですが、おそらく短期の休暇しか取れない日本人には向かないでしょう。顧客は欧米人が中心になるでしょう。日本人を相手にするなら、隣に病院が建設されるのだから、高齢者向けの長期滞在住居も考えられないことはない。こんな話をハンサナさんとしました。彼は、この「織物村」の計画以外に、ルアンパバーンに2番目の繊維博物館の建設計画ももっています。伝統を継承するという彼の夢に共感すると同時に、その事業家としての才能に私は敬服しています。彼と私は同年齢で、なぜか気が合うという関係です。

大晦日の午前中、流通科学大学大学院を修了したケックさんと会う約束をしています。彼女は、1月5日に結婚式をするためにラオスに戻って来ています。過ごしやすい乾期の時期は結婚式のベストシーズンだそうです。彼女は故・中内功さんからも気を懸けてもらっていました。これからの幸せな生活をお祈りしたいと思います。

さあ、午後から寒いハノイに移動です。ラオスでは比較的ゆっくりしましたが、ベトナムでは多忙です。次は、ハノイの新年の様子をお伝えします。

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2005年12月30日 (金)

韓国の対ラオス支援

今日は、NGO団体「ラオス日本職業訓練センター」の富永幸子さんを訪問し、いろいろな情報を頂戴しました。これからのNGO・NPOは経費削減し、経営をスリムにすることが重要だと言われていました。

NGO・NPOはボランティアなのだから、お金に執着するのは好ましくないという一般の誤解は改めなければならないと私は思います。日本政府が直接できないような仕事を政府に代わって実施するのだから、十分な資金とそれに対応した専門性が求められます。無償ボランティアだから、いい加減な仕事でも許されるということでは相手国に迷惑な話です。ラオスの人材育成事業の先駆者として、富永さんのまずますのご健康とご活躍をお祈りしたいと思います。

その後、ラオス国立大学・経済経営学部を訪問しました。カムルーサ学部長に挨拶し、トンバン先生と研究打ち合わせをしました。彼は、韓国の支援で開設が計画されている「ルアンプラバーン国立大学」の国際経営管理学部のラオス側の責任者の一人となっています。

日本はJICAを通して、ラオス国立大学の工学部や経済経営学部を支援してきました。他方、韓国は次のような6学部を含む国立大学を全部作るというのですから、日本以上の熱心さです。電子工学部、コンピュータエンジニアリング学部、建設学部、国際経営管理学部、IT経営管理学部、観光管理学部です。確かにこの時期、プノンペンでもビエンチャンでも日本人より韓国人の団体観光客に頻繁に会います。韓国のアジア諸国に向ける関心は、日本以上に高いように思います。

最近のラオスについては、流通科学大学の白石太良先生と南木睦彦先生との共著で「ラオスにおける自然環境の保全と活用:新たな経済発展戦略の模索」という論文を12月に書きました。まだ草稿の段階ですから、コメントを歓迎しています。2006年7月に公刊する予定です。その趣旨は次のようです。

(1)ベトナムやカンボジアのような委託加工型輸出商品の生産は、ラオスの人口が560万人ということを考えれば、大きな拡大は望めない。もし委託加工生産をするとしても、より付加価値の高い製品に特化する。(日本企業セイコーがラオスで時計製造の会社を設立する計画である。ちょうど時計製造で有名なスイスとラオスは共通して内陸国である。また縫製業の中でも、日本進出企業チョーギンのように付加価値の高い「子ども服」を製造する。)

(2)より効率的な外貨獲得のためには、国際観光や天然資源の開発を重点政策にする。より具体的には、お金をラオスで使わないエコツーリズムのみならず、高付加価値の国際的な観光地を開発する。さらに製造業については、ラオスを原産地国とする農産物加工・木工品製造・鉱物資源開発などが考えられる。

(3)そのためにラオスの自然環境全体の実態調査が求められる。ラオス固有の自然資源に何があるかが、これまで明示されていない。

以上のような提案は、ラオス独自の「差別化戦略」を採用するべきであるという考えが基本になっています。隣国の大国であるベトナムやタイのモノマネでは、それらの国々にラオスは埋没してしまうのではないかと懸念しているからです。

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2005年12月29日 (木)

カンボジアからラオスへ

カンボジアの首都プノンペンから、ラオスの首都ビエンチャンに着きました。10年以上もラオスで職業訓練のボランティア活動をされている富永幸子さんに電話して、明日の朝に職業訓練センターを訪問することになりました。

ラオス国立大学・経済経営学部のトンバン先生とも明日、大学で研究の打ち合わせをします。ラオスでもカンボジアと同様に縫製企業を調査しようと思います。彼は、JICA研修の一環で流通科学大学を訪問したことがあります。

また、高級シルク店「カンチャナ」のオーナー・ハンサナさんに会って、新しく一般に公開する繊維博物館を明日の午後に見学することになりました。この博物館、今までは個人的に見学させてもらっていましたが、今度から入場料3ドルで一般に公開されます。「3ドルでいいだろうか」と聞かれるので、「5ドルでもいいよ」と応えたのですが、まあ3ドルが妥当でしょう。この博物館、3代前のラオス特命全権大使であった坂井さんがお気に入りの所でした。それに女優の三林京子さん、また流科大の故・中内功さん、それに奥様も訪問されて、夕食をご馳走になっています。ハンサナさんは来年2月に東京を訪問されます。JETROが主催するメコン流域物産展に出店するためです。このような手工芸品は、大規模な縫製業と異なったラオス独特の産業となっています。

さて、今日までカンボジアに滞在して、カンボジアの印象が飛躍的に改善されました。これまでは、タイ大使館焼き討ち事件などのために、あまり良い印象をカンボジアにもっていませんでした。それ以前のポルポト政権下には、200万人とも言われる大量虐殺が行われました。この印象は強烈です。

しかし午前中に王宮を見学し、その豪華さに圧倒されました。多数の中学生が来ていて、熱心に見学している様子にも感心しました。その後、プノンペンから自動車で1時間ほどのウドンという古都を見学して、カンボジア独特の自然の風景に接することができました。ベトナムともラオスとも違った豊富な水に囲まれた緑の稲作地帯が広がっています。ウドンでは山頂の寺院まで登りましたが、10歳前後の子ども達数名がチップ欲しさにつきまといます。一生懸命にうちわを扇いで風を送ってくれます。煩わしいのですが、子ども達の眼は輝いていました。

プノンペン市内を流れるトンレサップ川沿いのレストランで昼食を運転手と食べながら、心地よい風を受けながら、川を行き来する小舟やボートを見ていると、心身がなごみます。それぞれの国にはそれぞれの生活があり、人々はそれぞれ懸命に生きている。当たり前のことですが、ゆるやかな川の流れを見ながら、それを実感することができました。

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2005年12月28日 (水)

少し困った問題

昨日紹介した縫製企業をA社として、それ以降の訪問先3社の特徴を簡単に紹介します。B社は、シンガポール人がオーナー兼経営者です。ここで驚いたのは、日本の縫製企業で研修生として働いたことがある中国人女性が2名、生産ラインのスーパーバイザーとして働いていたことです。日本語も上手なので驚きました。中国語の通訳を通してカンボジア人を指導しているそうですが、日本研修の成果が、このような形でカンボジアに移転しているのです。外国人研修制度が有効に機能している証拠と思います。

今日訪問のC社は、株主は台湾人で社長がカンボジア人でした。彼はカンボジア商工会議所の理事でもあり、従業員は8千人を超えます。このC社は、セキュリティが厳格です。工場から出る女性労働者に対して、女性ガードマンが簡単な身体検査をしていました。また私の訪問についても、訪問先のサインをもらうようなシステムがあります。こういう会社は、おそらく品質も高いと思います。この社長は、なかなかの見識があり、もっと話したかったのですが、英語の通訳を介してでは限界がありました。中国語を話されるそうです。

D社は、本社が香港にあり、カンボジアには2つの工場があります。この1つの工場の総務部長と会計部長に話を聞きました。カンボジア人労働者の採用と退職の書類をもらったり、いろいろ親切にしてもらいましたが、基本的な経営戦略などは香港に行かないと聞けないようです。

以上、カンボジアの縫製企業4社を訪問して、その製品のほとんどが共通して米国に輸出されています。中国製衣料品について米国の輸入制限があるために、生産が中国からカンボジアにシフトしていることが、生産急増の原因となっています。ただしD社は生産に大きな変化はないと言っていますが、おそらく、もう1つの工場の生産が伸びていると想像できます。

カンボジアは2004年にWTOに加盟しているために、労働組合もあり、ILOは労働法の遵守を厳しくチェックしています。また政府役人の汚職は従来から深刻な問題と指摘されてきました。WTO加盟は経済的な利益よりも、政治的な地位向上が目的と言われてきましたが、縫製業はWTO加盟のメリットを受けています。

以上、カンボジアについて、いくつかの論点が明らかになってきました。それらを含めた統一のアンケート調査を作成して、ベトナム・ラオスの縫製企業と比較してみようと考えています。当初、縫製業に焦点を当てることを考えていなかったのですが、カンボジアにおける主要な製造業として縫製業しかないのですから、しかたがありません。

さて、プノンペンで困った問題が発生しました。持参したノートパソコンの液晶が壊れて、画面の中央部が見えなくなりました。ホテルで仕事することを予定していたのに、これは大問題です。そこで中古の液晶ディスプレイをプノンペンで購入しました。90ドルです。確かに荷物になるのですが、ベトナムで売却すればどうかと考えています。またはベトナム人にプレゼントするのも悪くない。

外国旅行では、さまざまなトラブルがあります。最近では、今年の3月にベトナム・ダナン海岸でメガネが流されました。何があっても、冷静に対応せざるをえません。あわてても失望してもしかたがない。中内さんの遺訓「ネアカ、のびのび、へこたれず」です。明日は、ラオスに移動します。

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2005年12月27日 (火)

カンボジアの小鳥は飛び立つ

午前中に、台湾人が社長の縫製企業を訪問。カンボジア人女性の総務部長にインタビューしました。彼女は英語がダメで、通訳のカンボジア人が一緒に付いてくれました。この会社のスタッフ構成は、台湾人が1名、カンボジア人12名、中国人36名。ほとんどのカンボジア人は中国語ができる。カンボジア人労働者は1410名。男性が67%。平均月給はスタッフで200~250ドル、労働者で70ドルです。FOB価格での売り上げは1200万ドルとなっています。

台湾人がマネージャーとして中国人を雇い、その中国人が通訳を交えてカンボジア人労働者を指導するという人材構成です。中国人の梱包マネージャーにもインタビューしました。英語~カンボジア語~中国語という通訳を介しての話は、私も初めての経験でした。この中国人は、少しばかり良い給与や生活環境が気に入ってカンボジアに来たそうです。縫製業に従事して16年間の経験があるが、カンボジア人の管理は難しい。その理由は、中国に比べて教育水準が低いからと言っていました。

この会社は典型的な「委託加工型」輸出企業で、その製品の95%以上は米国です。梱包の箱には「ウォルマート」と書かれていました。世界最大の小売業で、日本市場にも参入しようとしている。ひょっとしたら、ウォルマートを通してカンボジア製の衣料品が日本で販売されるかもしれません。こういう話を私はしました。

カンボジアのWTO加盟の批准が2004年。それ以降の売り上げは、2005年4月から12月まで50%増となり、同社にとってWTO加盟はプラスの効果があると言うことでした。私見では、アメリカの輸入割当(クウォータ)が廃止されたので、輸出が急増したのです。

日本の衣料品企業は在庫を減らすために、一般に多品種少量生産を志向しています。しかしウォルマートほどの強大な販売力があると、価格を下げるために大量生産しても、世界のどこかで売れるので在庫リスクを減らせるかもしれません。たとえば米国本土で売れなければ、それを韓国で販売し、韓国で売れなければ中国に持って行く。輸送費を無視した話ですが、効率的な物流システムを構築すれば、大きなコスト上昇にならないでしょう。

ちょうど26日に「セブン&アイ」と「ミレニアムリテリング」の経営統合が発表されたばかりですから、以上のようなことを連想して考えました。なお前者の鈴木会長と後者の和田会長は、私の講義では、よく出てくる人物です。両氏とも「差別化戦略」を重視している点で共通しています。より簡単に言えば、「他人の真似をするな」ということです。これに私も共感して何度も両氏を講義で紹介してきました。でも、その2つのグループが統合されるとは驚きました。

以上のような午前中の訪問後、プノンペン市内を流れるトンレサップ川の川沿いを散歩しました。天気が良くて風もさわやか。日本の9月~10月の体感で大変に気持ちが良い。しばらく歩いていると、100羽近い小鳥を鳥かごに入れた行商の店が数軒あるのに出会いました。この鳥を買って、自由にしてあげると幸福になるというような言い伝えです。これはベトナムでも聞きました。

「鳥インフルエンザ」のことを考えると、店から早く離れなければと思いました。しかし、鳥かごから開放された小鳥が青い空に元気よく飛び立つ様子は、なかなか絵になる風景です。このことからも、カンボジアの人々には「鳥インフルエンザ」予防情報が十分ではないことが想像できます。それはともかく、人間が小鳥を怖がるというような異常性が、早く解消されることを願ってやみません。

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2005年12月26日 (月)

スマートなカンボジア人

午前中に、プノンペン王立大学の敷地内にある「日本カンボジア協力センター」を訪問し、午後は商業省でお話を聞く予定です。その間に書き込みをしています。

せっかくのゼミのHPですから、まず私から率先して書き込みを毎日しようと思っています。通常のHPなら、先生の業績や経歴の紹介で終わるのですが、先生の今の生態?を紹介するHPは少ないでしょう。このような「少ない」とか「変わってる」という言葉は、私にとってワクワクする「ほめ言葉」ですから、しばらくの間、このブログを毎日続けます。

運転手は紳士的で安心できる人でしたが、上記のセンターのビジネスコースの事務局を勤める青年も優秀でした。日本の新潟県にある国際大学に留学してMBAを取得しているということですが、日本語は十分に話せません(注)。しかし、その気配りや仕事振りは驚嘆に値します。日本人が指示をしなくても、名刺や新聞のコピーは取ってくれるし、会社訪問の調整までしてくれました。今回の私の研究は2008年3月まで続くのですが、カンボジアでは彼に協力をしてもらうことにしました。

上記センターのカンボジア人側の所長は、上智大学で博士号(地域研究)を取得した女性です。彼女も感じがよくて、時間があれば、いろいろ話したくなる人でした。センターの日本人側の中村所長によれば、カンボジアの魅力はたくさんあり、ぜひ日本企業に進出を検討してほしい。そうでなければ、このセンターでせっかく日本の経営・生産管理手法や日本語を勉強しても、それを活用する場所がないということでした。

カンボジアで真剣に勉強したことが活用されないというのは、その受講生にとって残念なことだと思います。日本の大学生は、こういうことを聞いて反省すべきではないでしょうか。実際に活用するべき内容の水準までも、勉強していないのですから。

その後、こちらの共同通信に勤務するカンボジア人の友人と電話で話しましたが、現在、中国の北京にいるそうです。かれも優秀なカンボジア人のひとりで、数年前にWTO加盟の影響について話をしたことがあります。国際的な活躍をしているようで、うれしく思いました。

これから商業省を訪問します。それから滞在中に工業省や丸紅の知人を訪問したいのですが、年末年始は休暇で不在の日本人が多いという事情もあり、どうなるかわかりません。いずれにせよ、プノンペンでの企業調査の概要が決まりましたので、少し安心です。

(注)せっかく日本に留学生しても、一橋大学・神戸大学・早稲田大学・立命館大学などでは英語で講義するコースがありますから、日本語が上達しない留学生が多いです。これについては賛否がありますが、私見では、「こうしなければならない」という問題ではないと思います。各大学・各留学生の事情に依存しますし、それぞれが満足していればよいことです。でも最低限、せっかく日本に来たのだから、日本や日本人を好きになって帰国してほしいと思います。理解してほしいとは言いません。日本人を理解するのは日本人でも難しいことですから。

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2005年12月25日 (日)

プノンペンの携帯電話

午前中に、ホーチミン市内でビナエースコックの浪江社長にお会いしました。今年の夏に「ラオス清掃ボランティア活動」のために同社の即席ラーメンをご寄付いただきました。この報告と御礼を兼ねての訪問です。その後、カンボジアに移動しました。ホーチミン市からわずか飛行時間は30分ほどです。このブログは、プノンペンのインターネット屋さんからの書き込みです。

ベトナムやラオスに比べて、カンボジアのタクシーの運転手は英語が上手ですし、落ち着いた性格をもっている印象です。空港から市内ホテルまで定額料金で7ドルでした。町の様子にはクリスマスの雰囲気がありません。運転手に話すと、カンボジア人は「キリスト教徒ではないから」という答えでした。それは日本人もベトナム人も同じです。両者に共通する大乗仏教の寛容さを実感できます。

ホテルにチェックイン後、明日からの仕事に備えて携帯電話のSIMカードを買うことにしました。ベトナムでもラオスでもカンボジアでもSIMカードを交換さえすれば、同じ電話機が使用できます。これは便利。日本で私は携帯電話を携帯しないで自宅に置いている方ですが、海外の仕事では不可欠です。

ホテル近くの携帯電話屋さんに行くと、カンボジア人の身分証明書がないとカードが買えないことがわかりました。カンボジアでは通信情報管理が厳しいと感じながら、明日に訪問する「日本カンボジア人材協力センター」で相談しようと思って店の外に出ました。すると何と、2001年のラオス滞在中にお世話になった海老原JICA専門家ご夫妻に偶然にお目にかかりました。海老原さんがカンボジア滞在中ということは、同じくJICA専門家の野本さんからお聞きしていましたが、こんなところでお目にかかろうとは驚きでした。

海老原さんのご好意で、その運転手の名前を借りて携帯電話の番号を買うことができました。それが20ドル。前払いの料金チャージが50ドルでした。確かラオスのSIMカードは5ドル程度でした。ちょっと高いような気がしましたし、領収書がドル表示というのも変な感じでした。すでにカンボジアはWTO加盟しており、この意味ではベトナムやラオスよりも先進的です。また多党制を容認する国です。しかし自国通貨のリエルについては、もっと尊重してもいいように思います。

さて今日の夕食をどうするか考えています。前回のプノンペンでは、流通科学大学から同志社大学に移られたタイ研究の専門家・上田曜子先生と「ツバメのから揚げ」を食べました。メコン川を眺めて生ビールを飲みながらの絶好のオツマミでしたが、曜子先生からは気持ち悪がられました。

今回の出張は、日本学術振興会の「科学研究費補助金」に基づく研究調査です。カンボジアでは、アンケート調査ができる現地企業を探すことが主目的ですが、それより以前に社会経済情報の収集が必要と考えています。より詳細な調査報告は別の機会にして、このブログでは、気楽に気がついたことを書いてみようと思います。

何かカンボジアでの質問は、コメントで書き込んでください。滞在中に対応できることは、ご返事します。12月29日午前中までプノンペンです。

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2005年12月24日 (土)

ベトナム:雨のクリスマスイブ

今日は、パナソニック(松下電器)の藤井社長と、鋳造をされている服部社長にお目にかかりました。また建設業ハザマの松本社長も訪問しました。
土曜日のクリスマスイブだというのに、皆さん働くのが当然という雰囲気です。

藤井社長、服部社長、松本社長、いずれもベトナム滞在10年を超える方々です。
いくら仕事とはいえ、ベトナム人やベトナムが好きでないと勤まらないでしょう。
これらの方々は、私のベトナムビジネス研究の指導教授です。
こういった方々の「暗黙知」を「形式知」として表現・定式化することが、私の仕事と思っています。

ベトナムでクリスマスは活発です。
クリスマスツリー、プレゼント、イルミネーション。
通常でもネオンサインが街に輝いていますが、それ以上に華やかです。
国民の大部分は日本と同じ大乗仏教でクリスマスも大好きです。
またキリスト教の人々も何%かを占めています。
赤いサンタクロースの服装をして、白いひげをつけた若者が、2人乗りのバイクの後ろで街を走り回ります。路上でビラを配布しているサンタもいます。

1998年のハノイでは、
お菓子のコトブキの鈴木社長がサンタクロースの着ぐるみで店頭に立って、
子ども達にお菓子を配って、クリスマスケーキの宣伝していました。
これは当時のハノイで画期的でしたが、今日のホーチミンでは通常の販促活動のようです。その鈴木社長は今、ケーキ作りで大変だと想像しています。

今夜は、多数の人々が街にバイクで繰り出すので、自動車の外出は控えたほうがよいと注意されました。渋滞があるし、何かのトラブルに巻き込まれる可能性がある。

ところで今朝、ドンナイ省からホーチミン市に向かって「うずら卵」を積み込んだ小型トラックを見ました。私の自動車の運転手は、あれは禁止されているという意味のことを言っていました。鳥インフルエンザの予防対策で、卵類の市内待ちこみはダメではなかったかと思います。おそらくお金になるので、無理して運んでいるのかもしれません。
ともかく鳥インフルエンザについて、市内にいる限り、まったく平静な様子です。

あいにく、今(ベトナム時間午後5時)は雨が降っています。
雪ではなく雨のクリスマスイブです。

明日はカンボジアのプノンペンに午後出発です。
午前中にエースコックの浪江社長にお目にかかれればと思います。
では、カンボジアからの情報をお待ちください。

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2005年12月23日 (金)

寒い大阪から暑いホーチミン市に

道路が凍結している神戸・大阪からホーチミン市に着きました。こちらは摂氏28度です。もちろんノーネクタイで長袖シャツの腕をまくっています。最初は暑くなかったのですが、しばらくすると汗が噴出しました。でも今は大丈夫です。身体が慣れてきたということでしょう。

ホーチミン市のJETRO中野所長にお目にかかりました。いつも貴重な情報を頂戴しているので、こちらも情報を提供しないと申し訳ない気持ちになります。

今回は、日本で募集した「ベトナム・ドラゴン・ファンド」の話が盛り上がりました。これは、ベトナム企業を対象にした投資信託です。この概要については、このブログの「最近のニュース」で紹介していますから参照してください。この要点は、ベトナムも株式市場が外国人に本格的に開放されてきたということです。その背景には、国有企業を株式会社化して、経営の効率化や資金調達を円滑にしようという意図があります。ちょうどこれは、日本の郵政民営化の趣旨と同じです。ただし私の前述の「最近のニュース」では、国営であろうが、民営であろうが、要するに国民がしっかり経営を監視することがなければ、非効率・不正・モラルハザードが発生するということを指摘しています。こういう指摘は寡聞であり、独創性があると、私は自己満足していますが、すでに偉い先生が主張しているのでしょうか。

今、333(バー・バー・バー)というビールを飲みながら、この文章を書いています。日本では不謹慎なことなのかもしれませんが、ここはベトナム。水の代わりにビールを飲むということにしておきましょう。要するに、日本のビールのような渋みがなく、水のように飲めるということです。

これから「フォー24」でベトナム風の「うどん」を食べに行きます。この店はチェーン店で全国に展開しています。室内は清潔で、外国人も違和感がない。日本で出店しても、かなりの支持が集まると思います。ただベトナム人の感覚では値段が高い(約150円)です。普通の店の2倍くらいの値段です。でもベトナム人のお客はかなり来ています。日本で言えば、「立ち食いうどん」を食べるj人も、「うどん屋」のうどんを食べることもあるという状況でしょう。それだけ選択肢が広がっていることを意味します。消費の選択が広がるということは、それだけベトナムが経済成長している証左です。

また明日も、ベトナムの情報をお届けします。何か質問はありませんか。

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2005年12月22日 (木)

大雪のゼミ

今日のゼミは出席者が半分。大雪でバスが動かない。自動車が渋滞。でも1時間目の9時からゼミをやりました。

この何年かは加護野先生と伊丹先生の『経営学入門』の教科書を使っています。文章は簡単ですが、その内容は奥深い。何度使っても教えられることは多い。学生よりも社会人が読むべき教科書かもしれません。

9月からのゼミで50ページしか進んでいませんが、ユニクロやコンビニの事例研究をしながら、競争戦略と差別化戦略について「教えた気」に私はなっています。学生の反応を知りたいところです。

流通科学大学の建学理念が「実学」ですから、差別化戦略を実際の就職活動に活用・応用しなさいと繰り返し強調してきました。言い換えれば、自分の個性を伸ばしなさい、他人の真似をするな。これを言い続けましたが、果たして学生は、その気になってくれたのでしょうか。

でも2回生のゼミ生、少し大人になってきたように感じます。就職活動まで1年未満となり、次第に自覚が出てきたのかもしれません。

明日からベトナム・ラオス・カンボジアに出張です。現地からの報告をお楽しみに。それらは「ベトナム・ラオス・カンボジア」のカテゴリーで掲載します。なお、デジカメ写真も添付できればと思います。

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2005年12月21日 (水)

天敵会

12月20日(火)午後6時30分から、大阪北浜で落語を聞いてきました。「天敵会」と言います。

桂歌々志VS桂すずめ(三林京子)の対決という趣向でした。久しぶりの落語で楽しかったです。こういう話術を生かした講義ができればいいなと率直に思いました。

歌々志さんのネタ振りで、大学の落語研究会の最初の出し物がバカ受けして、未だにその壁を越えられないという話がありました。場内は笑い。確かにそうです。私の場合、最初の講義は同志社大学商学部での企業集団論という講義で、500人から600人の受講生の前での第一声の緊張感を今でも忘れることができません。初心に返るというのは重要なことです。

すずめさんの和服は、ご一緒にラオス訪問した時に購入されたシルク生地で仕立てられたそうです。ラオスでの楽しい旅を思い出しながら、お話を楽しませていただきました。

落語については、故・桂枝雀さんのCDを2枚もっているだけですが、今回の演題も買ってみようと思います。古きよき時代の大阪の雰囲気が味わえるように思いました。しかし演題が不明です。すずめさんは「丁稚さんのはかまの畳み方から浮気がバレル話」、歌々志さんは「茶の湯の作法を知らない庶民のドタバタ劇」。どなたか詳しい方、演題をお教えください。

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2005年12月20日 (火)

最近のニュース:ベトナム株式投資の動向

「05-12.rtf」をダウンロード  

最近の「元気な国のゲンキな話」『日越経済交流ニュース』に執筆したレポートを掲載します。ニュース全部をお読みになりたい方は、日越経済交流センターにご連絡ください。電話・FAX: 06-6353-3433

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ブログを始めます

 本日から流通科学大学・上田義朗ゼミの「ブログ」を開始します。

 これまでにもゼミ学生向けに、私のメッセージを中心にメールを頻繁に送信してきましたが、本日からそれを公開し、ゼミ活動を広く理解していただくことにしました。

 また私は、毎月「元気な国のゲンキな話」『日越経済交流ニュース』を連載していますが、市場性が乏しいために、それも「ベトナム・ラオス・カンボジア」というカテゴリーでファイルとして公開します。

 以上のような公開によって、双方向のコミュニケーションが可能になることを期待してます。たとえば高校生が、大学のゼミの中身まで知ることは困難ですが、このようなブログで教員と学生の交流の内容の一端を知ることもできます。

 私は年末年始を利用してベトナム・ラオス・カンボジアを訪問します。このような旅行中は時間的な余裕もあり、いろいろな思いが浮かび、それを学生宛にメールしてきました。これからは、このブログで発信します。一方的な情報の発信ではなく、双方向の議論を期待したいと思います。

 ゼミ活動の活発化に役立てばと考えています。同窓生や社会人・実務家の方々を含めて、いろいろなご意見を頂戴できれば幸いです。

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